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2013 年度 農学研究科 博士学位請求論文(要旨)
2013 年度 農学研究科 博士学位請求論文(要旨) 担子菌類ヒトクチタケ (Cryptoporus volvatus) およびアミスギタケ (Polyporus arcularius) のアレロパシーに関する研究 学位請求者 農芸化学専攻 大高 潤之介 アレロパシーについての報告は限られている. このよう 内 容 の 要 旨 な背景のもと, 筆者は担子菌類ヒトクチタケ (Cryptoporus volvatus) とアミスギタケ (Polyporus 生物の生命維持に必要不可欠な核酸, タンパク質, 炭 arcularius) に着目した. 両菌子実体が発生した周辺 水化物, 脂質などの物質を一次代謝産物と呼び, 菌類, には草本植物の成長が乏しく, アレロパシーを発現して 動物, 植物といった系統の違いや属や種に特有の生体経 いることが予想された. そこで, 本研究では両菌のアレ 路から産生されるテルペノイド, アルカロイド, ポリケ ロケミカルの探索を行い, 物質レベルでのアレロパシー タイド, フラボノイドなどの化合物を二次代謝産物と 発現機序の解明を目的とした. また, キノコには同種で いう. 二次代謝産物は生理活性を持つものが多く, 農薬, ありながら化学成分が異なるケモタイプが存在し, その 抗生物質, 香料, 色素, 食品など多方面に応用可能であ 要因は生合成遺伝子の有無に起因するものか, 環境から り, 古来より有用な生理活性物質を含む生物は我々の生 暴露される化合物によりエピジェネティックな遺伝子制 活を豊かするために利用され, 多くの研究の対象になっ 御の結果産生されるかは不明である. キノコの産地によ てきた. る二次代謝産物の組成差異はアレロパシーに大きな影響 しかし, 生産者である生物にとっての二次代謝物質を を与えているものと考えられ, 本研究ではさらにキノコ 産生する意義はほとんど明らかにされていない. したが のアレロパシーに関する新たな知見を得るために, エピ って, ある生物の二次代謝産物の生産意義を解明するこ ジェネティック代謝調節試薬による両菌の二次代謝産物 とは自身の生活を有利にするための進化や取り巻く生態 の変化についても調査した. 系の仕組みを解釈する鍵となる. このような生物の二次 ヒトクチタケが産生するアレロパシーについて 代謝産物によって引き起こされる生物間相互作用および 生態系における生化学的現象の解明を目的とした学問を ヒトクチタケ子実体のアレロケミカルをレタス発芽種 化学生態学 (chemical ecology) といい, 化学生態学が 子に対する成長阻害活性を指標にして探索した. その際, 対象にする一分野に「アレロパシー(他感作用, 全活性法を適用することで, 最も活性発現に貢献してい allelopathy)」という現象がある. る化合物 CPA-H (15) を単離・同定した. 本化合物はレ アレロパシーとは, 植物や菌類などが放出する化学物 タスの幼根と下胚軸の成長をそれぞれ IC50: 0.62 mM, 質が成長の促進や阻害あるいは摂食刺激, 感染防止など 0.83 mM で阻害した. また, 精製過程で活性がほぼ二分 他の生物に対して何らかの作用を及ぼす生化学的現象の したフラクションからは 15-hydroxy CPA-H (16, IC50: ことであり, それに関与する化学物質のことをアレロ 0.99 mM(幼根), 2.00 mM(下胚軸)) を単離・同定し ケミカル (allelochemical) という. 植物-植物のアレ た. 両化合物は, アレロパシー発現に最も貢献するアレ ロパシーについての報告は多いが, 菌類, 特にキノコの ロケミカルであることを解明した. しかし, この結果は 1 多量に含まれている二量体 CPAs が活性発現にほとんど た CPAs の樹冠流や滴下による土壌への移動 → 土壌微 貢献していないことを示しており, Asakawa らによる 生物等による ester 結合の切断 → 活性な 15 と 16 CPAs は一様にイネに対して発芽, 成長阻害をするとい がアレロパシーを発現, [経路 B]: 菌体の土壌への落下 う報告とは異なる. また, 他の植物成長阻害物質と比較 → 土壌微生物等による子実体の分解および子実体中の すると 15, 16 の活性が強力ではなく, さらに単離され CPAs の ester 結合の切断 → 生成した 15, 16 がアレ た量が少なかったことから, ヒトクチタケ子実体が発生 ロパシーを発現] の 2 経路である. した周辺部におけるアレロパシーを説明できなかった. この仮説を一部証明するためのに, 土壌中のヒトクチ Asakawa らはヒトクチタケ子実体から生重量の 1.75% タケ子実体がレタスの成長に及ぼす影響を調べた. その の CPAs を単離したことそれらの大部分が二量体である 結果, 4 日程度をピークに阻害活性が高まり, 分解によ ことを報告しており, これら CPAs の大部分がアレロケ り活性が増すことを間接的に証明できた. しかし, その ミカル前駆体として存在しており, 他の生物による分解 後活性は弱まることもわかった. その理由は活性 CPAs 等の作用により高活性な化合物に変換されて活性を発現 の ether 結合の切断, 更なる分解や土壌による吸着が する可能性が考えられた. そこで, 子実体に含まれる多 生じているためと考えられた. 種の CPAs 等を単離・同定し, 得られた化合物について 引き続き, 子実体が供給可能な活性型 CPAs (15, 16) は同様の阻害活性試験を行い, 構造-活性相関を解析す の定量を行い, ヒトクチタケのアレロパシーポテンシャ ることで, アレロパシー発現機序の可能性について考査 ルを見積もった. 塩基処理前後の 15, 16 の量を比較し することにした. たところ, 塩基処理により 15 で約 40 倍, 16 で約 ヒトクチタケ子実体は 2 通りの溶媒抽出操作により抽 2000 倍と爆発的に増えることがわかった. さらに, こ 出し, 各種クロマトグラフィーによる精製過程を経て 8 の 結 果 を 全 活 性 で 評 価 す る と 処 理 前 の 15 は 種の新規化合物を含む計 18 種類の CPAs を単離・同定 0.29/0.21(幼根/下胚軸), 16 は 0.18/0.09 に対し, 塩 した. また, そのうち 3 種は天然有機化合物として初 基 処 理 後 で は 15 が 単離であった. 構造-活性相関解析の結果, 強い活性を 370.21/183.25 であり, 15 で 57 倍, 16 で 2068 倍に 発現するためには CPAs は単量体であること, 単量体 なった. また, 両化合物合わせた全活性は幼根で 386, CPAs の isocitric acid 部が ester 化していない, な 下胚軸で 195 であり, 今までに報告のあるアレロケミ どの条件が必要であることが判明した. この結果を考慮 カルの全活性と比較してヒトクチタケは極めて高いアレ すると, ヒトクチタケが自然環境下で強いアレロパシー ロパシーポテンシャルを有することが分かった. 16.29/12.17 , 16 が を発現するためには, ほぼ不活性な多量の二量体 CPAs 一方で, ヒトクチタケ菌糸体がエピジェネティック が単量体に, isocitric acid 部が carboxyl 基に変換さ な遺伝子発現制御を促す化学物質により, 二次代謝産物 れる必要があると考えられた. 単離した CPAs の化学構 の組成が変化することを示した. この結果はヒトクチタ 造に着目すると, 一般的に化学的および生物学的に最も ケが自然環境下で他の植物, 微生物等により暴露される 切断されやすい ester 結合が切断されると, すべての 化学物質や宿主の成分組成, さらに光, 雨といった物理 化合物が活性を有する単量体 15,あるいは 16 に変換 的刺激によって制御される遺伝子が変化することで, 産 される. 化学的安定性を調べたところ, 塩基性条件下で 生される二次代謝産物の組成や量が変動している可能性 は二量体 CPAs の ether 結合は切断されずすべて 15, を示す. 新しく生成した二次代謝物質は未同定であり, 16 に変換された. 一方, 酸性条件下では isocitric アレロパシー関連物質である可能性もあることから, 引 acid 部の ester は加水分解され, ether 結合は保持さ き続き研究を進める必要がある. れるが, 単量体と二量体は平衡状態で存在することがわ かった. アミスギタケが産生するアレロケミカルについて 以上の考査から, 雨水などで抽出された CPAs や子実 アミスギタケは成分研究に必要な子実体量を採取する 体は溶脱や, リターとして土壌に達し, 土壌微生物, 植 ことが困難だったため, 菌糸培養により得た培養液に含 物などによる消化や放出された酵素によって活性型 まれる二次代謝物質について単離・同定を行い, そのう CPAs (15, 16) に変換されアレロパシーを発現すると考 ち主要なものについてレタス発芽種子に対する成長阻害 えられ, ヒトクチタケの CPAs によるアレロパシー発現 活性試験を施し, アレロパシーについて考察を行った. 機序の仮説を立てた. すなわち, [経路 A]: 溶脱され また, ヒトクチタケ同様にエピジェネティック代謝調節 2 試薬により, 産生される二次代謝産物が変化することに ついても明らかにした. 培養液は常法に従い溶媒抽出を行い, 化合物の単離・ 精製を進めた. hexane 相から 2 種の既知化合物, aq. MeOH 抽出物から3種の既知化合物とともに4種の新規化 合物 2(S)-hydroxy albicanol (19), 2(S)-hydroxy albicanol 11-acetate (20), arcularine A (23), arcularine B (24) を単離・同定した. 19, 21, 22 はレタス発芽種子に対する成長阻害試験 を行い, 19 は幼根と下胚軸に対してそれぞれ IC50: 1.7 mM, 1.5 mM で活性を示したことから, アレロケミカル候 補物質であることが示された. アメリカ産アミスギタケ液体培養抽出物からは単量 体 CPAs の単離が, ドイツ産アミスギタケからは今回 単離した 3(S)-hydroxy albicanol (= 25) を含めた 4 種のセスキテルペノイドの単離が報告されていること から, 個体により二次代謝産物が異なる「ケモタイプ」 が存在することが示唆された. そこで, 前述したヒト クチタケと同様にアミスギタケ菌糸体に対し化学的刺 激による二次代謝産物の変化を調査した. 分析の結果, すべての条件においても CPAs や新規化合物を見出す ことができなかったが, 二次代謝産物の産生量が大き く変化することを確認した. この結果は, アミスギタ ケが宿主等環境の違いにより産生成分が大きく変化し, 化学分類学的に別種と識別されうる危険性があること を示している. 一方, アメリカ, ドイツ産アミスギタ ケから単離されているほとんどの化合物を見いだせな かったことは 3 株間の代謝産物の違いが該当する二次代 謝産物に関する生合成遺伝子の有無によるもの, もし くは別種である可能性を示している. このことを明ら かにするためには関連する二次代謝産物の生合成遺伝 子を明らかにするなど分子生物学的な研究を推進する 必要がある. 本研究で得られた知見は多様な自然環境における化 学生態学的現象の一部を解明したに過ぎないが,キノコ を取り巻くアレロパシーを化合物レベルで解明した世 界初の例になる. 今後, ここでの研究成果が未解明の 化学生態学的現象を解明する糸口となることを望む. 3