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マーケティングの伝統的研究方法

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マーケティングの伝統的研究方法
( 1 )1
《研
究》
マーケティングの伝統的研究方法
──その形成過程と学説史上の位置──
光
澤
滋
朗
序
Ⅰ
伝統的研究方法の体系的発展
Ⅱ
伝統的研究方法の個別的発展
Ⅲ
産業における無駄排除運動
Ⅳ
伝統的研究方法の学説史上の位置
序
1
マーケティングに対するいわゆる伝統的研究方法とは,第一次大戦後,とりわけ 1920
年代に確立した研究方法であり,具体的には,①商品別研究(commodity approach)
,
②機関別研究(institutional approach)
,③機能別研究(functional approach)の 3 者から
なる。
①の商品別研究は,流通の客体,すなわち流通する商品に着目して,特定の商品がど
のように流通していくかを追求し,商品ごとの流通上の特殊性ならびにそれに関連する
諸問題を解明しようとするものであり,②の機関別研究は流通の主体,すなわち流通の
担い手たる流通機関に着目して,流通が実際,誰によって担当されているかを追求し,
流通を担当する機関ごとの特殊性ならびにそれに関連する諸問題を解明しようとするも
のであり,③の機能別研究は,流通活動,すなわち流通機関が商品を流通せしめるため
に行う活動に着目して,流通がいかなる活動を通して遂行されるかを追求し,遂行され
る活動ごとの特殊性ならびにそれに関連する諸問題を解明しようとするものである。
マーケティングの伝統的研究方法は今日,マーケティングの入門書では普遍的に使用
されており,とくにこれを取り上げ議論されることは少なくなったが,問題がないわけ
ではない。とくに学説史の観点からすれば,なおも大きな問題が残されているといわざ
るをえない。第 1 に,伝統的研究方法は 1920 年代に確立されたとはいえ,それがいか
────────────
1 「マーケティング」
(marketing)はマクロ的には商品流通,ミクロ的には商品販売(需要創造)を意味
するが,以下では断りなき限りマクロ的な意味で使用する。また「研究方法」
(approach)は接近ある
いは接近方法であって,いわゆる研究あるいは研究方法ではないという見方もできるが,ここでは慣用
にしたがって「研究方法」としておきたい。なお,マーケティング論における各種の「アプローチ」に
ついては,加藤勇(1979)が詳しい。
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なる背景のもとに生成したかが明らかでない。確かにこの問題に関心を抱くいく人かの
論者はこの間の事情に触れてきたが,それらが 20 年代固有の事情かといえば後述の通
り問題が残されている。とくにここで生成事情にこだわるのは,ほかでもない事物の生
成事情を明らかにすることは,当該事物の性格や本質を明らかにする上で重要な意味を
持つと思われるからである。第 2 に,伝統的研究方法の学説史上の位置づけに関して
も,それが 20 年代に確立したというだけであり,理論上,明確な位置付けがなされて
いない。したがってまた,伝統的研究方法がマーケティング論の継承・発展にどのよう
な役割を果たしたのか,あるいは逆にどのような理論的限界を有していたのかについて
も明らかにされていない。以下では,これら 2 点を中心に検討を加えることにしたい。
Ⅰ
伝統的研究方法の体系的発展
ショウ(A. W. Shaw)
,バトラー(R. S. Buter)
,ウェルド(L. D. H. Weld)によって
2
開拓されたマーケティング論はその後,1920 年代に伝統的 3 研究方法を採用したマー
ケティング論として確立されるにいたるが,それがどのようなプロセスを経て形成され
るにいたったかについては意見が分かれる。その内,有力な説として,以下の 2 説をあ
げることができる。
(1)
「機能別研究⇒機関別研究⇒商品別研究」説,
(2)
「商品別研究
⇒機関別研究⇒機能別研究」説がそれである。すなわち,
(1)は「ショーにおいて展開
されたかかる問題接近方式はまず初期のマーケティング研究を marketing function の研
究として展開せしめることとなった。……しかるに 1920 年代に入って配給組織=流通
機構の変革に対応して,institutional approach(機関研究)
が生まれてきたのである。……
1920 年代に展開したいまひとつの研究方法は commodity approach(商品別研究)とい
われるものである。……1920 年代における商品種類の多様化がかかる商品別研究なる
3
方法を生み出したものと解することができる」といい,
(2)は「この三つの方法のう
ち,社会経済的マーケティング論形成の初期に多かったのは商品的方法であり,制度的
4
方法,機能的方法は 20 年代になってから次第に形成されてきた」
。また「制度的方法
(およびそれと密接に結合して発展した機能的方法)の社会経済的基盤は,中間商人過
5
剰・排除の問題や流通過程の合理化であった」という主張がそれである。
みられるように,両説では「商品別研究」と「機能別研究」の出現の順序が逆になっ
ている。またその時期も(1)では機能別研究が 1910 年代,商品別研究が 1920 年代,
────────────
2 いわゆるマーケティング論はショウによって開拓されたというのが通説であるが,筆者はショウ以外に
もバトラーとウェルドが存在したのではないかと考えている。詳しくは,光澤(1990)をみよ。
3 日本マーケティング協会,1962, 18 ページ。
4 橋本,1975, 38 ページ。
5 同上,ページ。
マーケティングの伝統的研究方法(光澤)
( 3 )3
(2)では商品別研究は 1910 年代,機能別研究は 20 年代と全く逆になっている。果たし
て,いずれが正しいのか。
万事において物事の発端を突き詰めることは難しい。ことにそれが遠い古のことであ
ればあるほどなおさらのことということができる。しかし現在の利用可能な資料に照ら
していえば,第 1 に商品別研究,機関別研究,機能別研究は未整理の形ではあるが,す
でにマーケティング論の開拓者であるショウ,バトラー,ウェルドの著作にすべてみら
れたのではないか。第 2 にこれら開拓者の研究成果を商品,機関,機能の 3 側面から整
序・体系化したのが 1920 年代の伝統的研究方法ではなかったか,と考える。しばし敷
延すれば,以下の通りである。
まず前者について。たとえば,Shaw(1912, 1915)は,能率的な生産部門に比肩すべ
き販売部門を構築するためのマーケティング組織(化)
──調整・統制──を主題とす
る。まずその前提としてマーケティング活動の分類を試みる。彼によれば,マーケティ
ング活動は需要創造活動と物的供給活動に大別される。両者はさらに施設活動と運営活
動に分けられ,施設活動は立地,建物,設備に,また運営活動は素材,機関,組織にそ
れぞれ細分されて行く。このような分類により,マーケティングの整序・体系化が可能
になるという。このようにショウは活動(機能)をベースに立論していることが確認さ
れる。しかし同時に,かれの著作には流通機関についての記述がある。そこでは中間商
6
人の生成発展傾向とともに中間商人の減少傾向を示した有名な図があり,とくに中間商
人減少傾向が「近年の顕著な傾向」と洞察したことも周知のところである。また商品の
研究については上の「需要創造活動」の「素材」
(とくに製品差別化)の研究がそれに
該当するといえるであろう。
ま た,シ ョ ウ と 同 様 に 個 別 経 営 的 研 究 あ る い は ミ ク ロ 的 研 究 を 意 図 し た Butler
(1911, 1914)は,商品販売の 3 側面として,①セールスマンシップと販売管理,②広
告,③キャンペーンの背後にあるプランをあげ,このうち最後のもの(彼はこれを「マ
ーケティング方法」と呼び,以後,自らの書名として採用する)を主たる対象とする。
それは具体的には以下の 11 項目からなる。①製品研究,②市場研究,③取引チャネル
の選択,④価格設定,⑤セールスマンあるいは広告の選択,⑥販売方針の決定,⑦マー
ケティング・コストの図式化,⑧セールスマンや広告の組織化,⑨セールスマンと広告
の調整,⑩流通の確保やディーラーとの共同,⑪実際の費用,売上高,利潤に関する詳
細な記録のための計画がそれである。したがってまたバトラーの所説は上のショウと同
様,活動(機能)がベースとなっているとみてよい。しかし同時に,商品については上
の第 1 項「製品研究」で,また機関については同第 3 項「取引チャネルの選択」で詳し
く述べている。
────────────
6 Shaw, 1915, p. 70. 74.
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これに対して,Weld(1915, 1916)は社会経済的研究あるいはマクロ的研究の範疇に
入る。本書は書名の通り農産物を対象に,農産物マーケティングにかかわる諸問題を扱
7
っている。しかしかれが重視したのは,マーケティング機関の問題であった。彼は農産
物マーケティング・システムを 4 段階(農村出荷段階,輸送段階,卸売段階,小売段
階)に分け,各段階におけるマーケティング機関について述べ,とくに専門化の行き過
ぎから余りにも多くの中間商人が存在していること,商品取引所はもっとも効率的なマ
ーケティング方法であり,逆に小売はもっとも費用のかかる機関であると指摘している
(後述)
。なお Weld(1917 b)では,製造業者と卸売業者間に介在する特殊な流通機関
について述べている。また,マーケティング機能についは本書でも随所で触れているが
(集荷,販売,運送,保管,検査・格付けなどの機能)
,後述の通り Weld(1917 a)で
8
はマーケティング機能についての体系的な記述がみられる(後述)
。
このように,マーケティング論を開拓したショウ,バトラー,ウェルドの 3 著には,
後年,伝統的研究方法でいう「商品」
「機関」
「機能」の 3 要素の存在が確認されるので
ある。
次に後者について。伝統的 3 研究方法をより明確に意識し,また実際にもこれを明示
9
したのは,Duncan(1920)である。すなわち,かれの「商品別研究」と「機関・機能
別研究」の対置がそれである。かれによれば,
「商業問題(commercial problem)の研究
は売買すなわち市場で値切り,駆け引きするという意味でのマーチャンダイジングの技
術や科学に関する研究以上のものである。その範囲はより広く,また言葉の真の意味で
より基本的なものである」といい,商業問題の研究方法として(1)機関・機能別研究,
10
(2)商品別研究を提示する。
(1)では,商業問題は,機関的にも機能的にも研究され
る。ただ,機能は機関と分離することは不可能であり,機関はどのような意味でも機能
11
から切り離して議論することはできない」として,両者の一体性を強調している。また
(2)では,
「商業問題は所定の商品の観点から研究することができる。市場で売買され
る綿花,小麦,トウモロコシ,家畜,鉄,皮革などの商品はいずれもその源泉から消費
者にいたるコースをたどることができ,商業問題もそれに関連させて研究することがで
きる」という。
────────────
7 この点から,橋本氏は本書を後年の商品別研究の先駆けと位置付けられている(橋本,1975, 42 ペー
ジ)
。
8 この点から,小原氏は同書を 20 年代における伝統的研究方法の先駆けとされている(小原,1999, 11
ページ)
。
9 橋本,1975, 50 ページ。
1
0 Duncan, 1920, pp. 7−8.
1
1 しかし文中の他のところでは,「商業問題の最善の分析方法は,上で示唆した 3 つの方法を組み合わせ
ることである。機関と機能は具体例を通して研究される。それが論理的で,かつ科学的な方法である」
(Duncan, 1920, pp. 8−9)といい,ここでは 3 方法を提示しているかのごときであるが,やや明確性を欠
く記述といわざるをえない。
マーケティングの伝統的研究方法(光澤)
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みられるように,ダンカンは機関・機能別研究と商品別研究という 2 つの研究方法を
12
初めて提示したが,前者の機能と機関を分離し,
「商品」
「機関」
「機能」の 3 者を等置
したのは Converse(1926)である。すなわち,かれによれば,マーケティングの教育
には 3 要素が含まれるべきであるとして,商品,中間商人,機能をあげる(生産者と消
費者以外)
。いいかえれば,これは何を(商品)
,誰が(機関)
,どのように(機能)マ
ーケティングするかという区別による。またマーケティング・コースの開発に際して
は,これらの 3 要素の 1 つに重点を置いた 3 つの研究方法が使用されてきたという。す
なわち,
「商品別研究」は各種の商品の研究(最初は羅列的であったが,次第に用途を
基準にグループ化されてきたという)にあり,
「中間商人別研究」
(機関別研究ともいっ
ている)は各種の中間商人の活動を研究することにあり,
「機能別研究」は商品のマー
ケティングや中間商人の活動で遂行される機能またはサービスの研究にあるという。こ
のような 3 観点からマーケティングを体系化したのが,Converse(1930)にほかならな
13
い。
しかし社会科学は自然科学とは異なり社会的背景あるいは基盤に規定される面が多
い。したがってまたマーケティング論の生成発展は「理論の自己展開」としてではな
く,
「基盤との関連」で検討されなければならない。その前に,伝統的研究方法を構成
する 3 研究方法それぞれの発展動向を確認しておくことにしよう。
Ⅱ
1
伝統的研究方法の個別的発展
商品別研究
まず商品別研究は,流通の客体,すなわち流通する商品に着目して,特定の商品がど
のように流通していくのかを追求し,商品ごとの流通上の特殊性ならびにそれに関連す
る諸問題を解明しょうとするものである。具体的にいえば,商品ごとに,①その供給条
件(供給先,供給状態)
,②需要条件(性質・範囲・程度)
,③流通経路を明らかにし,
④その流通にかかわる機関やそれらが果たす役割・機能・政策,⑤全体としての流通上
の欠陥や無駄などの諸事項を明らかにする方法である。しかし,以上の記述は類似商品
では当然,類似することになるので,重複を避けるために,まず対象とする商品の分類
が行われ,それぞれ代表とする商品が選ばれ,上の諸事項が調査・分析される。したが
ってこの研究方法では,商品をいかに系統的に分類するかが鍵となる。
さて,出発点としての商品分類については,当時,以下の試みがみられた。
────────────
1
2 この機能と機関の分離には,「中間商人を排除してもマーケティング機能は排除し得ない。マーケティ
ング機能は誰かによって遂行されなければならない」というウェルドの見解(Weld, 1917 a, pp. 306)
が背景にあるものと想定される。
1
3 本書については,わが国では古くから紹介がみられる。たとえば,谷口,1935, 60−61 ページなど。
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(1)Duncan(1920)
かれは,
「市場に流れる経済財の形態を分類した人はいまだかって存在しない。ここ
ではより科学的な研究がなされるまでの試論」として,商品を 2 種類にグループ化して
いる。
①原料品および食料品
②製造品
両者の区別は,その形態と内容が人工的であるか否かを基準としている。すなわち,
前者は何らの製造過程も通過せず直接,加工工場や消費者のところにやってくる。つま
り自然の状態で市場に到達する。これに対して,後者は途中で加工過程を通過し,その
形態と内容は人間の意志でコントロールされるという。しかし後者の製造品の中でも,
加工食品は食料品の範疇に,また半製品は原料品の範疇に入るから,上の 2 分法は必ず
しも完全なものではない。
(2)Clark(1922)
これに対して,クラークは「用途」の観点から分類している。すなわち,
①個人的消費のための商品
②生産財(加工を必要とする原料)
(a)現状のままの原料,
(b)半製品,
(c)完成部品,
(d)消耗品
③生産や流通で使用される設備
ここには,今日普遍的に使用されている消費財と生産財の区別がみられるが,②と③
の区別が不明確であるなど,
「用途」概念がいまだ定立していない。
(3)Copeland(1924)
14
コープランドも,用途の観点から商品を分類している。ここでは用途概念の明確化や
その細分類がみられる。なおこの分類法は簡潔に整序されたものであるところから,以
後のマーケティング論における標準的な分類法となる。
A.生産財:①装置品,②付属設備品,③業務用消耗品,④加工原材料・部品,
⑤主要原材料
B.消費財:①最寄品,②買回品,③専門品
(4)Rhodes(1927)
以上に対してローズは,商品を物理的特性,生産的特性,用途的特性の 3 観点から分
類し,より網羅的な商品分類法を提示した。
────────────
1
4 なお,コープランドの初期の論文,Copeland(1920)でも,①小売流通のための商品,②卸売流通のた
めの商品との分類がみられるが,いまだ試論の域を出ていない。
マーケティングの伝統的研究方法(光澤)
A.
( 7 )7
商品の物理的特性
①生鮮の程度
②価値の集蜜度(嵩高品,稀少品)
③物理的単位の大きさ
B. 商品の生産的特性
①生産規模(大,中,小)
②生産場所(消費地に近いか否か)
③生産の集中度(集中,分散)
④生産方法(そのまま,手作業,機械生産)
⑤生産期間(長,短)
⑥主産物,共同産物,副産物
C. 商品の用途的特性
①消費規模(大,小)
②消費者数
③購買頻度
④新規性の程度(商品の性質や用途に対する消費者の理解度)
⑤機械的サービスの必要度
⑥需要の独立性(他の商品の用途と独立的か,依存的か)
⑦需要の持続性(年,季節,スタイル,流行に依存的か)
,
⑧需要の弾力性
⑨充足欲望の標準化度(多種商品または単一商品に対す買手の選好)
⑩購買単位コスト(大,小)
⑪消費地域の集中度(集中あるいは,分散)
⑫消費者の購買慣習(最寄品,買回品,専門品)
しかし一般に事物の分類は分析目的によるのであって,網羅的であれば良いというも
のではない。
(5)商品別研究の特徴
以上の商品分類では,①農産物から製造品への移行,②製造品の消費財と生産財の分
化,③それぞれ用途別の細分類がみられる。このような発展動向がすでに指摘されてい
る「商品種類の多様化」を反映したものであるかどうかはやや検討を要する。
いずれにしても,商品別研究では,商品ごとの①供給条件,②需要条件,③流通経路
などの必要諸事項が調査・分析される。われわれはその 1 例として,Breyer(1931)を
あげることができる。なお,この研究方法は記述的かつ具体的であり,商品流通につい
ての詳細な知識を得ることができるが,反面,重複的,反復的であり,また類似商品に
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ついてことさらその差異が強調されるという欠点がみられる。
2
機関別研究
機関別研究は流通の主体,すなわち流通の担い手たる流通機関に着目して,流通が実
際,誰によって担当されているかを追求し,流通を担当する各機関の特殊性ならびにそ
れに関連する諸問題を解明しようとするものであり,流通の担い手としては生産者や消
費者も考えられるが,当時その中軸であったのは流通業者である。したがってこの方法
では通常,流通業者が最大の関心事となる。そのために,まず流通機関を分類し,分類
された流通機関ごとに,①形態上の特徴や果たす役割・機能・活動,②流通上の地位・
重要性,③発展の推移,④競争状態,⑤その他,中間商人の過剰や排除の問題などが扱
かわれる。
(1)Butler(1917)
A. 卸売機関
①ジョバーと卸売業者
②ブローカーと問屋
B. 小売機関
①移動商人(ペドラー,勧誘員,セールスマン)
②小売店舗(専門店,万屋,百貨店,チェーンストア)
③通信販売(通信販売店)
流通業者を卸売業者と小売商業に分類することはかれ以前にもみられるが,小売商業
で通信販売店を取り上げていることは,当時のシアーズやモンゴメリー・ワードなどの
通信販売店の躍進を反映したものと考えられる。
(2)Weld(1917 b)
本論文では,製造業者と卸売業者(ジョバー)間に介在する特殊なマーケティング機
関として,①問屋,②製造業者代理商,③ブローカー,④購買代理商をあげている。ウ
ェルドが専門とする農産物流通の研究ならではの指摘である。
(3)Converse(1921)
コンヴァースは卸売商業では段階別の分類法を採用している。すなわち,
A. 卸売商業
①卸 1 段階:
(ブローカー,卸売業者,ブランチ・ハウス,問屋のいずれか。以
下,同じ)
②卸 2 段階:
(ブローカー,販売代理商,購買代理商,地方のバイヤー)⇒(卸
売業者,ジョバー)
③卸 3 段階:
(販売代理商,地方のバイヤー,輸入業者,地方の出荷業者)⇒
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(ブローカー,卸売業者,競売商)⇒(卸売業者,ジョバー)
B. 小売商業
市場,巡回商,専門店,巡回販売員,万屋,百貨店,通信販売店,チェーント
ア,セルフサービス店
卸売商業に対して,小売商業は羅列的である。
(4)Clark(1922)
これに対し,クラークは卸売商業を機能と地域,小売商業を規模を基準として以下の
ごとく分類している。
A. 卸売商
①ジョバー:全国,地方,地区ジョバー
②機能商人:問屋,販売ハウス,製造業者の販売代理商,ブローカー,購買代理
商
B. 小売商
①小規模小売商:万屋,単位店
②大規模小売商:百貨店,通信販売店,チェーンストア
(5)Maynard, Weidler and Beckman(1927)
かれらは新旧を基準に分類している。
A. 卸売形態
①(通常の)卸売商業
(a)取扱商品:総合ジョバー,ライン卸売商,専門卸売商
(b)活動範囲:地方卸売商,地域卸売商,全国卸売商
②新タイプの卸売商
製造卸売商,半ジョバー,共同卸売商,マーチャンダイジング・ブローカー,
カタログ卸売商,直送卸売商,ワゴン卸売商,現金払い持ち帰り卸売商,チェ
ーン卸売商,営業所卸売商
B. 小売形態
①初期の単純形態
市場,巡回商人,万屋,単体店(近隣店,ショッピングセンター)
②現代の小売店
百貨店,通信販売店,チェーンストア,新形態の小売店(セルフサービス店,
小売協同組合,ロードサイド店,近隣の八百屋市場,トラック販売店,消費者
の卸売サプライハウス)
(6)機関別研究の特徴
以上の機関分類では,①卸売業者と小売業者の分類,②小売商業では大規模卸売業者
1
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(とくにチェーンストア)の発展,③卸売商業では限定機能卸売業者の登場,④流通機
関の協同・統合といった発展動向がみられる。このような発展動向がすでに指摘されて
いる「配給組織=流通機構の変革」を反映したものであるかどうかはやや検討を要す
る。
いずれにしても機関別研究では,分類された流通機関ごとの,①形態上の特徴や果た
す役割・機能・活動,②流通上の地位・重要性,③発展の推移などの必要諸事項が調査
・分析される。われわれはその 1 例として,Maynard, et al.
(1927)をあげることがで
きる。なお,この研究方法は上の商品別研究のように重複,反復はないとしても,現象
記述的であることには変わりはない。なお,商品別研究が「流通の縦断的研究」と呼ば
15
れるのに対して,機関別研究は「流通の横断的研究」と呼ばれる。
3
機能別研究
機能別研究は,流通活動,すなわち流通機関が商品を流通せしめるために行う活動に
着目して,流通がいかなる活動を通して遂行されるかを追求し,遂行される活動ごとそ
の特殊性ならびにそれに関連する諸問題を解明しようとするものであり,そのためにま
ず機能を分類し,分類された機能ごとに,①その必要性や重要性,②それを遂行してい
る機関,③流通コストや能率,④機能代置・歴史的変遷などの諸事項を明らかにする。
以下,その出発点である流通機能の分類に関する諸論者の見解は以下の通りである。
(1)Weld(1917 a)
ウェルドはショウが分類した機能は「中間商人の機能」であり「マーケティングの機
16
能」ではないとして,改めて以下の 7 機能を提示した。①収集,②保管,③危険負担,
④金融,⑤再調整(分類,格付け,分割,包装など)
,⑥販売,⑦運送。
(2)Vanderblue(1921)
バンダーブルーがあげる機能は,以下の 10 機能である。①収集,②購買,③金融,
④標準化,⑤運送,⑥保管,⑦分荷,⑧危険負担,⑨販売,⑩分散。
上のウェルドとの違いは,①「分散」を新設し,収集と対置させたこと,②「購買」
を新設し,販売と対置させたこと,③「標準化」を新設したことにある。とくに標準化
は「農業生産物を格付け分類することが流通合理化にとっても重要でもあり,また生産
過程における規格生産による大量生産が発展するためにも重要な意味を持っていたこと
17
を反映する」ものとみられる。
────────────
1
5 谷口,1935, 63 ページ。
1
6 ウェルドの主張に問題がないわけではない。とくに,機能主体が行為主体を離れた流通過程全体である
場合は,マーケティング機能として①需給接合,②収集,分合,分散が想定される。光澤,1990, 252
ページ。
1
7 橋本,68 ぺージ。
マーケティングの伝統的研究方法(光澤)
( 11 )1
1
(3)Cherington(1920)
チェリントンは,諸論者の羅列的な機能分類を本質−副次を基準にグループ化した。
A. 本質的活動
①取引気運の醸成
②接触(現実的,間接的,技術的接触)
B. 副次的活動
①商品機能(収集,格付け,保管,運送)
②補助機能(金融,危険負担)
③販売機能(設備,販売員,公衆関係)
ここでは,通常,諸論者がマーケティング機能とするもの以上に,
「取引気運の醸成」
と「接触」が重視されている。これは,マーケティングにおける売買当事者の相互行為
を強く意識したものとして特に注目される。
(4)Ivey(1921)
アイヴィがあげる機能は以下の 7 つである。①収集,②格付け,③保管,④運送,⑤
危険負担,⑥金融,⑦販売,
以上は羅列的であり,とくに目新しさはないが,彼が機能分類に関連して「マーケテ
ィング機能の統合」
(第Ⅱ章)に触れている点は他の論者と異なる考えである。すなわ
ち彼によれば,
「近年,製造業者,ジョバー,小売業者は相互の機能を引き受けようと
してきた。その結果,当然のこととして,無秩序が発生した。マーケティング機能の統
18
合は旧タイプの中間商人を排除し,彼の機能を新組織の下に結合することを意味する」
という。この機能の結合・統合は,20 年代に顕著となった大規模小売商(とくにチェ
ーンストア)の伸張による中間商人の排除,またそれに伴う機能の統合を反映したもの
として注目される。
(5)Clark(1922)
過去の成果を集大成したのが,以下の機能表を提示したクラークである。
A. 交換機能
①需要創造,②集荷
B. 実物供給機能
③運送,④保管
C. 補助的機能
⑤金融,⑥危険負担,⑦標準化
クラークの分類法は標準的なものとして当時のみならず以後も(また今日でも)採用
されているものである。
────────────
1
8 Ivey, 1921, p. 19.
1
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(6)機能別研究の特徴
以上の機能分類では,①機能の整序・体系化(←合理化)
,②標準化・格付け機能の
登場(←合理化)
,③機能協同・統合(←中間商人排除)などの発展動向がみられる。
このような発展動向がすでに指摘されている「配給過程の合理化」を反映したものであ
るかどうかはやや検討を要する。
いずれにしても機能別研究では,これらの機能分類に即して分類された各機能ごとに
①マーケティング上の必要性や重要性,②それを遂行している機関,③流通コストや能
率などの必要諸事項が調査・分析される。われわれはその 1 例として,Clark(1922)
をあげることができる。なお,マーケティングの機能別研究は,上の 2 研究方法に比べ
て分析的ではあるが,反面,抽象的であるといわれている。なお,機関別研究が解剖学
19
的性格をもつのに対して,機能別別研究は生理学的性格をもつ。
Ⅲ
産業における無駄排除運動
以上,伝統的研究を構成する 3 研究方法の発展動向についてみてきたが,それぞれの
発展を促した要因として,これまでに,たとえば商品別研究では「商品種類の多様
化」
,機関別研究では「配給組織=流通機構の変革」
,機能別研究では「配給・流通過程
の合理化」が指摘されてきた。しかしこれらは果たして 20 年代に伝統的研究方法を生
成させた要因といえるであろうか。
たとえば,「商品種類の多様化」
は明らかに 20 年代に固有のものではない。とくに 19
世紀末には生産財のみならず消費財でも耐久消費財を含めて各種のものが多数,登場し
20
ている。したがって,
「商品種類の多様化」は明らかに 20 年代における商品別研究生成
の要因とはいえない。同様に,
「配給組織=流通機構の変革」も 19 世紀後半,とくにそ
の第 4 四半期以後,進行してきた事態でもある。すなわち,製造業者による流通過程へ
の介入や大規模小売商(百貨店,通信販売店,チェーンストア)の伸張によって,流通
21
機構の変革がすでに生じている。その点,最後の「配給・流通過程の合理化」はやや検
討を要する。流通面における合理化は,すぐ後にもみるように 20 年代に盛んにみられ
るが,合理化それ自体は 20 年代に特殊のことではない。流通面に限ってみても,それ
22
はマーケティング論の当初から追求されてきたものであった。また農産物の流通では 19
23
世紀末の農民運動と関連してそれ以前もみられた。したがって,単に「配給・流通過程
────────────
1
9 Maynard et al., 1939, p. 16.
2
0 Chandler Jr., 1959.
2
1 光澤,1990,第 3 章。
2
2 マーケティング論の開拓者であるショウ,バトラー,ウェルドはいずれも,非能率なマーケティングの
是正=マーケティングの合理化を主題としている。
2
3 Industrial Commission, 1901,参照。
マーケティングの伝統的研究方法(光澤)
( 13 )1
3
の合理化」をいうだけでは機能別研究生成の要因としては不十分である。
では,伝統的研究方法を 20 年代に生成発展させた真の原因は何か。端的に結論をい
えば,それは 1920 年代に全産業に拡大・普及した「産業における無駄排除運動」では
なかったかと考えられる。
いわゆる「産業における無駄排除運動」は,第 1 次大戦後,当時の商務長官フーヴァ
ー(H. Hoover)
が提唱したものである。周知のように,アメリカ経済は第 1 次大戦(1914
−1918)の反動として,20 年中頃からの激しい恐慌に見舞われるが(いわゆる 20 年恐
慌)
,この恐慌脱出策としてフーヴァーが提唱した政策が「産業における無駄排除運動」
であった。1920 年,フーヴァーはアメリカ技師協会」
(Federated American Engineering
Societies)
──技術者団体の全国的な統一体──の初代会長として,産業界における能
率を制約している諸要因の検討を指示し,17 名の技師を指名し,
「産業における無駄排
除委員会」
(Committee on Waste in Industry)を組織した。この委員会はただちに 6 主要
産業の実態調査を行い,1921 年 6 月にその結果を報告書,Waste in Industry で公表して
いる。
報告書は産業における無駄の原因として,①資材,工場,設備,労働者の不適切な管
理による生産の低下,②資材,工場,設備,労働者の遊休による生産の中断,③所有
者,経営者,労働者による意図的な生産の制限,④労働被害,産業災害による生産の中
24
止をあげ,またその対策として①組織の改善と経営統制の徹底,②生産管理の確立,③
生産計画と販売政策との調整,④製品標準化の徹底など 17 項目にわたって提示してい
25
る。これらは,以後,アメリカ産業界を指導する指針としての役割を果たすことにな
る。
報告書は主として生産面での浪費実態とその対策に重点が置かれているが,流通面に
ついても一部触れている。たとえば,
「流通の過度はアメリカ企業の立派な恥である。
その大きさは生産おける無駄に等しいか,それを超えるかもしれない。浪費的な方法や
実践は,大衆に新製品や新用途を教育するのに必要と考えられる‘教宣的な’活動に始
まり,新製品や新用途の開発にいたるまで常識の範囲を超えて行われており,業界にと
ってもまさに危機になりつつある。
‘実演’や‘保証’はしばしば浪費を導くような流
通努力の 2 大源泉である。浪費的な広告キャンペーンをもたらす高度に競争的な精神以
外に,顧客を誘引する不公正なアローワンスは,流通コストを引き上げ──それは早
晩,販売価格の引き上につながる──,他方,すべての購買者はそれによって利得する
26
少数者への譲歩のために支払いを強制される」などの指摘がそれである。
────────────
2
4 The Committee on Elimination of Waste in Industry of the Federated American Engineering Societies, 1921,
pp. 8−23.
2
5 Ibid., pp. 24−33.
2
6 Ibid., p. 396.なお,ここでは,①各販売費目を販売部門に課すこと,②販売上の冗費をチェックす
1
4( 14 )
同志社商学
第55巻 第1・2・3号(2
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0
3年9月)
ここで指摘されているのは個別企業レベルの問題であるが,流通上の浪費は流通過程
全体に及ぶものであることはいうまでもない。この点については,フーヴァーが別途,
27
言及したものが参考になる。すなわち,かれによれば,製造業者や農家と最終消費者間
の流通には多数の無駄が存在し,年々,多額の資金が無駄になっているとして,以下の
ような各種の浪費を列挙する。①投機,努力の怠慢,途方もないブーム(結果的には失
業や倒産をもたらす)から生じるの浪費,②生産・流通間の季節的性格から生じる浪
費,③情報不足(生産・流通上の全国的在庫量)から生じる浪費(付随的なリスクや投
機をもたらす)
,④品質や等級の欠如から生じる浪費,⑤条件・規格・種類の不必要な
重複から生じる浪費,⑥企業実践における用語や記録の不統一から生じる浪費(誤解,
不正,争いをもたらす)
,⑦商品の劣化から生じる浪費,⑧不完全な輸送やターミナル,
不能率な荷積み・出荷・検印から生じる浪費,⑨とくに生鮮食料品などの無秩序なマー
ケティング(供給過剰や過少を結果する)から生じる浪費,⑩流通経路内の多段階性や
多数の流通経路から生じる浪費,⑪不良信用から生じる浪費,⑫改行しようとしている
事業の基礎についての理解不測から資本を枯渇させる人の破滅的な競争から生じる浪
費,⑬広告や販売促進努力における巨額の出費から生じる浪費,⑭零細業者の不公正な
実践から生じる浪費,⑯原料の使用や不必要な火災や交通事故などから生じるおびただ
しい浪費がそれである。現在,浪費を削減しようとする手立てもみられず,年々多額の
資金が無駄になっているが,浪費の削減は政府規制によるのではなく,産業・商業の自
28
発的な協同化によって可能であると指摘しているのが特徴的である。
報告書を契機に展開されることになった「産業における無駄排除運動」はやがて生産
面ではフォード・システムに代表される流れ作業方式による大量生産をもたらし,また
29
その前提としての製品の標準化を徹底させることになったが,流通面でも大量生産に対
応して大量販売方式の盛行を見るとともに,流通過程では大規模小売商(とくにチェー
ンストア)の伸張による中間商人の排除,またそれに誘発されたマーケティング機能の
代置・統合がみられるにいたった。
このように,フーヴァーの提唱した「産業における無駄排除運動」は 20 年代に全産
業・商業に拡大・普及していくが,これがマーケティングの研究面に反映されても決し
て不思議なことではない。当時の著名な研究者の一人であるクラーク(F. E. Clark)は
いう。
「ハーバート・フーヴァーを主宰者とし,著名の技術家をもって組織された委員
会が練達の技術家によりて過去半世紀以上の久しきにわたりて科学的に研究された生産
────────────
る販売プログラムのレビューを整除する。③顧客調整の責任を販売部門以外に置き,また製造部門に
「明細書以外の」購買を防止する意見を与えるなど,個別企業観点からする提案がみられる(執筆者
C. E. Knoeppel)
。
2
7 Hoover, 1926, pp. 769−771.
2
8 Ibid., pp. 770−771.
2
9 山川,1930,第 3 章,参照。
マーケティングの伝統的研究方法(光澤)
( 15 )1
5
に対してさえ,なおわずかに 50% の能率を示すに過ぎざる意味の判断を下せしことし
ばしばなるに鑑みれば,科学的研究の開始せられてよりいまだ 12 年にも満ず,しかも
前者の団体に比し遥かに小に,かつ主として独習の人士の集団により研究され来れる配
給が到底最高の能率を上げつつあるものとは言い難しとの批判を受けても敢えて怪しむ
30
に足らぬのである」と。
ここにマーケティングの研究も,
「産業における無駄排除運動」の一環として,コン
ヴァースのいう「マーケティングの 3 要素」の観点からマーケティング実態を詳細に調
査・分析する,いわゆる伝統的研究方法を生ぜしめたと考えられるのである。
Ⅳ
学説史上の位置
以上,マーケティングの伝統的研究方法はフーヴァーのいわゆる産業における無駄排
除運動に触発され形成された経緯についてみてきたが,本稿にはいまひとつの課題が残
されている。伝統的研究方法の学説史的意義,すなわちそれである。マーケティング学
説史家,バーテルス(R. Bartels)は伝統的研究方法が登場した 1920 年代を「統合の時
代」と呼び,
「バトラー,ショウ,ウェルド,チェリントン,アイヴィそのほかによっ
て形成されたいく筋かの糸が一条の論理的,統一的,包括的な体系へと織り合わされ
31
た」といい,また 1920 年代をマーケティング論の「黄金時代」と回顧している。しか
32
し事実の指摘のみで,伝統的研究方法それ自体の理論的意義については触れていない。
伝統的研究方法の学説史上の意義を正しく評価するためには,その基本的性格や方法論
的特徴(その効用と同時に問題点も)も明らかにしなければならないであろう。
1
マーケティング論の生成発展
ところで,1910 年代半ばに 3 人の巨匠,ショウ,バトラー,ウェルドによって開拓
33
されたマーケティング論は 3 人 3 様の内容を持つものであったが,いずれの論者の所説
にもすでにみたようにコンヴァースの「マーケティングの 3 要素」を内包するものであ
った。
1920 年代の論者はこれらマーケティング論開拓者の研究成果を引き継ぐとともに,
────────────
3
0 Clark, 1922,緒方清・緒方豊喜訳,1932, 701 ページ。一部,仮名に変更。
3
1 Bartels, 1976,山中訳,1979, 223 ページ。
3
2 同上,230 ページ。この点はわが国でも同様であるが,とくにわが国では,ある論者は 3 研究方法のす
べてが必要といい(向井,1930)
,ある論者は商品と機能別研究で十分であるといい(谷口,1935;林,
1954)
,ある論者は機能と機関別研究が重要だといい(桐田,1951)
,ある論者は機能別研究で十分だと
いう(北島ほか,1976)など,3 研究方法を前提とした議論に終始し,3 研究方法それ自体の理論的意
義については無関心である。
3
3 光澤,1990。
1
6( 16 )
同志社商学
第55巻 第1・2・3号(2
0
0
3年9月)
他方ではこれを「マーケティングの 3 要素」の観点から整序・体系化することになっ
た。
また,伝統的研究方法に依拠するマーケティング論は,
「産業における無駄排除運動」
の一環として登場したというその生成事情からも明らかなように,すぐれてマクロ的,
社会的性格を持つものであった。すなわち,伝統的研究方法は商品別研究であれ,機関
別研究であれ,機能別研究であれ,流通過程全体の観点からそこにおける無駄や,非能
率を排除し是正することを意図するものであり,今日のわが国の呼称でいえば「流通
34
論」に該当するものといえる。ここにまたマーケティング論は,第 1 次大戦を境にミク
35
ロとマクロに分裂し,それぞれの道を歩み出すことになる。
2
伝統的研究方法の特徴
マーケティング論における 1920 年代以降の特徴として,ある論者は「1920 年代,30
年代のマーケティング研究は全体として方法論的自覚が欠如しており,知識技法の無方
36
向的累積の形成が進行したとみてよい」と指摘しているが,マーケティングの個別経営
37
的研究と同様に,伝統的研究方法についても伝統的研究方法なりの方法論があったので
はないだろうか。
すなわち,伝統的研究方法は商品別研究,機関別研究,機能別研究のいずれであれ,
その方法論的特徴は「分析的方法」を採用している点に見出すことができる。ここに,
分析的方法とは所与の現象を単純な部分ないし要素に分解し,その中から共通の要因や
因果関係を発見しようとする方法であり,近代科学はあまねくこの方法により進歩発展
38
してきたが,マーケティング論もその成立以来,この方法が採用されてきた。20 年代
のマーケティング論もマーケティング現象を「マーケティングの 3 要素」である商品,
機関,機能の観点から分析的に研究するという方法を採用し,マーケティング現象を商
品,機関,機能の 3 観点から整序・体系化したということができる。
もちろん分析的方法は事物の分析に終始するものではない。弁証法的には,分析は同
時に総合の方法でもあるから,分析された要素ないし部分の相互関連から全体を予想す
ることになる。これをマーケティングの伝統的研究方法でいえば,いまかりにマーケテ
ィング現象を「全体」とし,分類された特定の商品,機関,機能を「個」とすれば,3
────────────
3
4 この点,「マーケティング論の視点はあくまで個別企業」「社会経済的研究といっても,企業への貢献を
意図している。……企業的ないし経営的研究のための前提である」とされる三浦氏の見解(三浦,
1976, 46, 48 ページほか)には疑義を差しはさまざるを得ない。もちろん,伝統的研究方法の成果を個
別企業の目的に利用するなど,その利用方法は論者の自由であるが。
3
5 ミクロ的,個別経営的研究の発展については,光澤(1987)を参照されたい。
3
6 荒川,1984, 216 ページ。
3
7 光澤,1987,参照。
3
8 ショウ,バトラー,ウェルドがいずれも分析的方法を採用していることはいうまでもない。
マーケティングの伝統的研究方法(光澤)
( 17 )1
7
研究方法はいずれも全体を個に細分し,その中から共通の要因や因果関係を見ると同時
39
に,他方では,細分された個の総合から全体を把握しようとする方法だとみてもよい。
3
伝統的研究方法の問題点
マーケティングにおける伝統的研究方法はそれ自体,いくつかの効用をもつであろ
う。
①一般的効用として,複雑な商品流通上の事実や知識を得ることができる。
②マクロ的効用として,全体としての流通システムの問題点を明らかにし,流通シス
テムを改善するための方策を提示する。
③ミクロ的効用として,企業経営者の意思決定に際して有用な資料を提供する。
しかし同時に,伝統的研究方法は方法論的には大きな問題を孕むものでもあったこと
にも注意されねばならない。端的にいえば,それは「全体は諸部分の単なる総和では理
解し得ない側面を持つ」ということに帰着する。
分析的方法に依拠する伝統的研究方法は,上にも触れたごとく,全体を個に細分し,
細分された個の総合から全体を把握しようとするが,全体にはまず全体を支配する法則
性や目的性,あるいは哲学でいう「創発的属性」が存在し,決して部分には還元できな
い側面をもつ。いいかえれば,全体は個の総和ではなく,あくまで有機的全体(organic
whole)でなければならない。また有機的全体の把握には,全体をあくまで全体として
認識する全体論(wholism)的認識が必要である。ここにまた分析的方法の,したがっ
てまたそれに依拠する伝統的研究方法の理論的限界が看取されると思われる。
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