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平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(S))研究
S中間−1 平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(S))研究状況報告書 ふ り が な おざわ ①研究代表者 氏 名 ③研 究 課 題 名 小澤 ともお ②所属研究機関 ・部局・職 智生 名古屋大学・大学院環境学研究 科・教授 和文 分子系統学および化石記録に基づく日本の生物相の起源と形成プロセスの研究 英文 ④ 研究経費 15年度以降は内約額 金額単位:千円 Origin and formative process of the Japanese fauna viewed from molecular phylogeny and fossil records 平成13年度 平成14年度 平成15年度 平成16年度 平成17年度 40,300 16,600 12,200 7,800 6,700 総 合 計 83,600 ⑤研究組織(研究代表者及び研究分担者) 氏 名 所属研究機関・部局・職 現在の専門 役 割 分 担(研究実施計画に対する分担事項) 小澤 智生 系統進化学 名古屋大学・ 大学院環境学研究科・教授 分子系統学的ならびに古生物学的にみ た日本の生物相のなりたちの研究およ び研究の総括 河村 善也 愛知教育大学・ 教育学部・教授 化石にもとづく日本とその周辺地域の 哺乳類の変遷史の復元 林 誠司 古生物学 名古屋大学・ 分子系統学 大学院環境学研究科・助手 分子系統学的にみた日本の海生軟体動物 の起源の研究 ⑥当初の研究目的(交付申請書に記載した研究目的を簡潔に記入してください。) 日本列島はその幅広い緯度分布に加え、暖流と寒流が列島中央部で会合する海洋条件により、その沿岸 域に亜熱帯区から中間温帯区を経て亜寒帯区に到る幅広い海洋生物相が発達している。このような現在の 日本の海洋生物相は古第三紀以降の古海洋気候事変と連動し、温暖期には強化された暖流によって南方か ら、又寒冷期には寒流の著しい南下によって北方から移入してきた海洋生物群が、それ以前の生物群を置 き換えながら日本近海に定着をくりかえし発展を遂げてきた結果であることが申請者らの軟体動物化石 などの研究から示唆されている。 一方、アジア大陸の東縁にある日本列島の陸生動物相の変遷は大陸からの動物群の移入、定着、絶滅の くりかえしの歴史として捉えられることが長鼻類・げっ歯類をはじめとする哺乳類化石の研究から明らか にされつつある。 これまで日本の生物相とその構成種について扱った研究は枚挙にいとまがないが、生物相の系統的起源 と成立プロセスを正面に取り上げ議論した研究は思いのほか少なく、その詳細はいまだ明らかにされてい ない。 本研究は、古生物学、地質学、分子系統学、分子生物学の研究者が共同研究を推進し、得られた多分野 の情報を統合して、現在の日本列島の生物相の起源と形成プロセスを明らかにすることを目指している。 S中間−2 ⑦これまでの研究経過(研究の進捗状況について、必要に応じて図表等を用いながら、具体的に記入してください。) 日本の動物相の起源と成立過程を明らかにするため、陸生および海生の代表的動物種群について、日本 とそのアジア・世界における近縁種の DNA 分析試料の収集をはかり、その分子系統学を中心に研究を進 めた。 日本の陸生脊椎動物相の起源を究明するため哺乳類のイノシシ類、ニホンジカ、ツキノワグマ、は虫類 としては、マムシ類、ハブ類、両生類としては、イモリ類、淡水魚類としてはオヤニラミ類をモデルタク サとして、中国本土、韓半島、沿海州からの DNA 分析用試料を中国科学院、ロシア科学アカデミー、韓 国の研究者の支援のもとに収集し、日本集団の分析試料を含め、広域かつ総合的な分子系統学的研究を実 施した。また無脊椎動物としてはカワニナ類をモデルタクサとして日本各地のみならず、中国大陸、韓半 島から重点的に収集した。 海生動物では、軟体動物のカキ類、アカガイ類、ハマグリ類、カサガイ類、アワビ類、エゾバイ類、ほ 乳類のカマイルカをモデルタクサに選び、DNA 分析試料を日本沿岸、世界各地から収集した。 これらの分析試料から DNA を抽出し、PCR による DNA 断片の増幅と塩基配列決定を順次行い分子系 統解析を進めた。系統解析が進んだ海生軟体動物のハマグリ類、エゾバイ類については、その系統進化に ついて 2001 年 8 月にウィーンで開催された国際軟体動物学会で、またアワビ類、カサガイ類については、 その分子系統進化について 2003 年 1 月の日本貝類学会で、また 3 月にイギリスで開催されたカサガイ類 の国際会議(Limpet 2003)で発表し、国際誌に投稿、受理された。 一方、日本の脊椎動物の起源と渡来を究明するため、日本・中国の新第三系−第四系の哺乳動物化石の 発掘および標本調査を行い、アジアの現生種を含めた比較形態学的ならびに分類学的研究を行った。 また、琉球列島の固有生物相の起源を解明するために、中国大陸と陸続きにあった沖縄本島の前期更新 世脊椎動物化石層の大規模な発掘を行い琉球列島の現生種の祖先種を含む多様な化石動物群を発見した。 琉球列島の生物相を代表するハブ類については、祖先種の渡来と琉球列島における固有化の過程を分子系 統学的立場から明らかにし、日本古生物学会のミレニアムシンポジウムで発表した。 これまでの研究経過と今後の研究計画概要は以下の表に示される。 H13 H14 H15 H16 分子系統学的研究 陸生動物 ニホンジ カ類 イノシ シ類 ツキノワグマ類 クサザヘビ 類 (ハブ・マムシ 類) イモリ類 オヤニラミ類(魚類) カワニナ類(貝類) 海生動物 軟体動物 カサガイ類 アワビ類 エゾ バイガイ類 ハマグリ類 カキ類 哺乳類 カマイルカ類 日本およびアジ ア大陸からの採集 日本および世界各地より採集 研究総括と普及書出版 論文作製出版 論文(受理) 論文作製 古生物学的研究 日本(沖縄)の新生代 哺乳類の研究 沖縄の前期更新世の 哺乳類の研究 東アジ ア・東南アジ アの 化石哺乳類との比較研究 (中国科学院古脊椎古人 類研究所他) 分子系統解析 日本各地での発掘調査 論文作製出版 事前調査 本格的発掘 アジ ア大陸の資料との比較 論文作製出版 H17 S中間−3 ⑧特記事項(これまでの研究において得られた、独創性・新規性を格段に発展させる結果あるいは可能性、新たな知見、学問的・学術的なインパク ト等特記すべき事項があれば記入してください。 ) 学問的に重要な次の新事実が明らかにされた。 (1) 日本列島に生息する動物種の多くは異なった時期(更新世では、酸素同位体ステージ 16(63 万年 前)、ステージ 10(43 万年前)、ステージ 2(3−2 万年前)に集中)と異なった移住ルート(南中国 −九州ルート、中国中部−韓半島−九州ルート、シベリア−沿海州−サハリン−北海道ルート)によ ってアジア大陸から渡来した遺伝学的にも分化した複数の移住集団(多くの場合亜種とみなせる)か ら構成されているという一般的事実が明らか にされた(図 1 参照)。 代表例をあげると、ニホンジカでは分布境 界部分でも雑種をほとんど形成しない種のレ ベルに分化をとげた北海道−本州集団と西南 日本集団の 2 大集団から、ニホンイノシシで は天竜川以東の先住者の東日本集団と新移住 者の西に本集団から、ツキノワグマでは本州 に生息するニホンツキノワグマと四国(おそ らく絶滅した九州集団も)に生息する新亜種 (分類学的記載を準備中)から、は虫類のニ ホンマムシでは北海道集団と本州−四国−九 州集団の 2 集団に、また両生類のイモリ(ア カハライモリ)ではそれぞれ 3 亜種、2 亜種 からなる遺伝的に分化した東日本、西日本集 団から構成されている。 図 1 哺乳類の日本への移住時期とルートの一例 (2) ユーラシア大陸とその東縁にある大陸島(日本列島、琉球列島、台湾、フィリッピン群島、スンダ 諸島、スラウェシ島)に生息するイノシシ類、シカ類などの分子系統学的ならびに古生物学的研究か ら、古い地質時代にユーラシア大陸で分化した祖先的系統は環境変動の著しい大陸部では絶滅した が、気候変動の少ない大陸島に移住した集団は絶滅を免れ存遺存種として存続している事実、また大 陸には最近分化した新しい系統が広く分布するという一般的事実が明らかにされた。 (3) 琉球列島とくに中琉球の固有動物相の起源を解明できる前期更新世の古脊椎動物群の発見。 沖縄本島北部山原地域での大規模な化石発掘調査の結果、シカ類 5 種、大形食肉類 1 種、リクガメ 類 5 種などを含む多様性の高い前期更新世の古脊椎動物群が発見された。これらの中には中琉球に現 存する固有動物種のほとんどすべての祖先種が含まれており、画期的な発見となった。分類群毎に順 次記載報告予定である。 (4) 海生軟体動物の多くの分類群の分子生物地理学的研究から、日本の海生軟体動物相の起源と成立過 程についてその概要が明らかになってきた(小澤他、2001)。これらの研究によれば、日本の海生軟 体動物群は、古第三紀以来、日本列島周辺で発展を遂げてきたいわば土着のグループに、暖流に乗っ て南方から移入してきた暖流系要素と北米西海岸地域からアリューシャン列島を経由して寒流に乗 って南下をしてきた北米要素が付加しその基本形が出来上がったということができる。また世界の海 洋に分布するカサガイ類やアワビ類の研究から白亜紀以降の超大陸パンゲアの分裂過程と関連した 世界の海洋生物地理区の成立過程の基本シナリオが明らかにされた(図 2 参照) 。 [ 起源地] 白亜紀テ チス海 E [ ア ワビ 類] H G D′ F D A E [ ト コブ シ類] B B′ I C J 中生代 新生代 D B′ C B A F-G-D′ G H I J E 図2 分子系統樹から帰納され る海洋生物地理区の相互 関係と構成種の移動経路 と分化 S中間−4 ⑨研究成果の発表状況(この研究費による成果の発表に限り、学術誌等に発表した論文(発表予定のものを記入することも可能。)の 全著者名、論文名、学協会誌名、巻(号) 、最初と最後のページ、発表年(西暦) 、及び国際会議、学会等にお ける発表状況について記入してください。 ) [論文] Endo, K., Ozawa, T. and Kojima, S., Nuclear and mitochondrial DNA sequences reveal unexpected genetic heterogeneity among northern Pacific populations of the brachiopod Lingula anatina. Marine Biology, 139, 105-112, 2001. 熊澤慶伯、アロワナ淡水魚類のプレートテクトニクスによる大陸移動 −分子時計と地質データの総合による新しい生物進化像の構築−。月刊 地球、23,208-214,2001. 丹羽良平・河村善也、広島県神石町の帝釈大風呂洞窟遺跡から産出した第四紀の哺乳類―精密水洗によって得られた遺体の研究(その2) — 広島大学文学部帝釈峡遺跡群発掘調査室年報 XV, 115-133. 小澤智生、化石 DNA, 現存種の遺伝子情報による哺乳類の系統進化。学術月報、54,41-45,2001. 小澤智生・林誠司・遠藤守・熊谷毅、分子系統学的にみた日本の海生軟体動物群の起源。生物科学、53,144-147,2001. Kimura, T. and Ozawa, T., Rates of mitochondrial DNA evolution are slower in Mysticete relative to Odontocete Cetaceans. In Pfeiffer, C. J., ed., Molecular and Cell Biology of Marine Mammals, Section 1 (Cetacean Molecular Genetics), Chapter 10, 111-117, 2002. Kimura, T. and Ozawa, T., A new cetothere (Cetacea: Mysticeti) from the early Miocene of Japan, Journal of Vertebrate Paleontology, 22, 684-702, 2002. 河村善也、北海道苫小牧市静川 22 遺跡から出土した縄文時代前期の小型哺乳類、苫小牧市教育委員会(編)苫小牧東部工業地帯の遺跡群 IX —苫小牧市静川 22 遺跡発掘調査報告書—、755-773,2002. 河村善也、最終氷期から縄文時代にかけての日本の動物相、小椋純一(編)日本列島の原風景を探る、京都精華大学創造研究所ライブラリ ー、49-88, 2002. 黒田登美雄・小澤智生・古川博恭、古生物からみた琉球弧の古環境、木村政昭(編)琉球弧の成立と生物の渡来、沖縄タイムス社、85-102, 2002. Nakano, T. and Ozawa, T., Phylogeny and historical biogeography of limpets of Order Patellogastropoda (Gastropoda: Prosobranchia) based on mitochondrial DNA sequences, Journal of Molluscan Studies, in press, 2003. 河村善也、アバクチ洞穴遺跡の完新世小型哺乳類遺体、百々幸雄(編)北上山地に更新世人類化石を探る、東北大学出版会、印刷中、2003. 河村善也、アバクチ洞穴遺跡の後期更新世脊椎動物遺体、百々幸雄(編)北上山地に更新世人類化石を探る、東北大学出版会、印刷中、 2003. 河村善也、風穴洞穴遺跡の完新世と後期更新世の哺乳類遺体、百々幸雄(編)北上山地に更新世人類化石を探る、東北大学出版会、印刷 中、2003. [国際会議、学会] Kimura, T. and Ozawa, T., Phylogeny of platanistoids. Evolution and Adaptation of Marine Mammals: Interface of Molecules and Morphology, Tokyo Institute of Technology, Japan, 2001. Kumagai, T. and Ozawa, T., Phylogenetic relationships among species of the genus Meretrix (Heterodonta: Veneridae) inferred from mitochondrial DNA sequences. World Congress of Malacology, Vienna, Austria, 2001. Kumazawa, Y., Molecular clock estimation in fishes and its application to biogeographical studies. 70th Anniversary of the Japanese Society of Fisheries Science. International Commemorative Symposium on Molecular Evolutionary Approach to Biodiversity in the Sea, Yokohama, Japan, 2001. Ozawa, T., Population genetics and evolutionary processes of the polymorphic marine gastropods of the genera Umbonium and Suchium (Vetigastropoda, Trochidae) in the Indo-Western Pacific. World Congress of Malacology, Vienna, Austria, 2001. Ozawa, T., Evolution and changes in the distributions of some marine molluscus from China. Hong Kong workshop’s Reunion Conference, Perspectives on Marine Environmental Change in Hong Kong and the South China Sea, Hong Kong, 2001. Ozawa, T. and Endo, M., Phylogenetic relationships of buccinid gastropods of the genera Buccinum and Neptunea inferred from mitochondrial DNA sequences. World Congress of Malacology, Vienna, Austria, 2001. 林誠司, Antitropical 分布とその系統学的起源 −腹足類を例として−。日本古生物学会 2001 年年会、2001. 熊澤慶伯, 分子時計と魚類進化 −ゴンドワナランドの分裂と関連して−。日本古生物学会 2001 年年会、2001. 熊澤慶伯・西田睦, ミトコンドリアゲノム全塩基配列を用いた有鱗類の高次系統関係の研究。日本動物学会第72回大会、2001. 熊澤慶伯・西田睦, ミトコンドリアDNA全塩基配列を用いた有鱗類の高次系統関係。日本進化学会第3回大会、2001. 小澤智生, 分子生物地理学からみた琉球弧の形成史−ハブ類を例として−。日本古生物学会 2001 年年会、2001. 小澤智生・林誠司・遠藤守・熊谷毅, 分子系統学的にみた日本の海生軟体動物群の起源。日本古生物学会 150 回例会、2001. 小澤智生・熊澤慶伯・遠藤一佳, 分子生物地理学と古生物学。日本古生物学会 2001 年年会、2001. Kawamura, Y., Ages and immigration routes of the mammalian fauna to the Japanese Islands in the Quanternary. Conference for the international scientific investigation of Dionysopithecus shuanggouensis and the establishment of the Pei Wenzhong foundation, Nanjing, China, 2002. Ozawa, T., Origin and immigration of Shika deer and Japanese wild boars to the Japanese Island: molecular phylogenetical view. Conference for the international scientific investigation of Dionysopithecus shuanggouensis and the establishment of the Pei Wenzhong foundation, Nanjing, China, 2002. 河村善也、北海道苫小牧市静川 22 遺跡出土の完新世前期小型哺乳類群集、2002 年日本第四紀学会大会、2002. 毛利友紀・小澤智生、ミトコンドリア DNA の塩基配列からみたミミガイ科巻貝の系統関係、日本貝類学会平成 15 年度大会、2003. 中野智之・林誠司・小澤智生、カサガイ類の分子系統と生物地理、日本貝類学会平成 15 年度大会、2003. Nakano, T., Hayashi, S. and Ozawa, T., Phylogeny and historical biogeography of limpets of Order Patellogastropoda (Gastropoda: Prosobranchia) based on mitochondrial DNA sequences. International conference on Limpets (Limpet 2003), Millport, United Kingdom, 2003.