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自由による束縛 -シルクロード・ショック

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自由による束縛 -シルクロード・ショック
自由による束縛
ろう。共産主義の下で抑圧された人民のは
ーはない。大盛りキャビア付きの豪華なフ
にこやかに寄ってくるが、その手にメニュ
− シルクロード・ショック
ショックの第一波は、モスクワからタシ
ずではなかったのか。頭が混乱してきた。
成田を発ってから既に一二時間以上を機中
ゴンを押しながらやって来るのが見えた。
そのとき、前方からスチュワーデスがワ
に、ワインやオードブル、サラダなどがテ
わして、ボルシチとパンだけを頼む。すぐ
ケントに向かう飛行機の中でやってきた。
で過ごしている。狭い座席に縛りつけら
彼女は通路に投げ出された足をみつけた。
ーブルに並べられるが、これには、決して
ルコースを推薦する彼らの執拗な攻撃をか
れ、腰と膝は痛みを増す一方である。少し
﹁お客様、危険ですから、お座席に戻って
角に、プロレスラーのような大男が三連の
後部座席の方へ行くと、満席の客室の一
にした。
い! 私は席を立ち、機内をうろつくこと
に就くことを許さない。もう我慢できな
が、エコノミー・クラスの拷問椅子は眠り
男の両足を払いのけ、ワゴンをねじ込むよ
は、チエツと舌打ちをひとつして、右足で
事に裏切られた。麗しきスチュワーデス嬢
だなどと思いながら見ていると、期待は見
るに違いない。楽しみは長続きしないもの
を言われ、再び苦悩の椅子に縛りつけられ
シートベルトをお締めください﹂ てなこと
彼は白紙に七〇ドルと書いたものを差し出
い。勘定書を持って来い﹂と切り返すと、
方もないことを言い出す。﹁そんなはずな
っと見渡して、﹁七〇ドルです﹂などと途
が終わると、ウエイターはテーブルをぐる
食べるという慎み深さが肝要である。食事
手を触れてはならない。頼んだものだけを
でも楽な姿勢を求めて寝返りを繰り返す
座席を独占して座っているのが見えた。お
す。ここで怯まず、﹁値段を個別に書いた
る。あとは、勘定書をひとつひとつチェッ
うにして通してしまった。傍らで呆然とす
自由な元共産主義者達の行動は、その後
クして、余計な項目を削らせればよい。結
まけに彼は、前の座席の背もたれを全部倒
て眠れるとは、何という幸せ者だろう。な
も度々私に新鮮な驚きを与えてくれた。し
局、料金は初めの一〇分の一程度になる
ものをくれ﹂と食い下がる。すると、一〇
どと思いながらさらに歩いて行くと、今度
かし、他人の気ままな行動というのは、本
が、交渉に約二〇分を要する。毎回、この
る私を横目に、彼女は何事もなかったかの
は、座席の下から通路に足がニョッキリ出
来あまり楽しいものではない。一週間もす
繰り返しである。
し、∴の上に両足を投げ出して大いびきを
ている。危うく踏みそうになって、慌てて
ると、徐々にうっとうしく感じるようにな
自由を謳歌する権利は、ウエイターを含
項目ほどの品名を並べた勘定書がやって来
跳び退いた。気を取り直してもう一度よく
ってきた。買い物やタクシーに乗る際の値
め、すべての人に与えられるべきことは当
ような顔でキッチンに消えていった。
見ると、男が手荷物を枕にして床にのびの
段交渉も、時間があるときは楽しいが、い
かいている。この狭い機内で手足を伸ばし
びと寝ている。なんてお行儀の悪い、で
とても難しいことのように思えてきた。
然である。しかし、自由と不自由の区別は
ホテルでの食事は、毎回、ウエイターと
︵にしきみ こうじ/総合研究部︶
つもとなると嫌気がさしてくる。
に思い描いていたことがやすやすと実行さ
の闘いである。テーブルに着くと、彼らは
も、なんて羨ましい。この数時間、私が夢
れている。この自由な人達は一体何なんだ
49−アジ研ワールド・トレンド No.10(1996.3)
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