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気づかぬ内に運動を修正してしまう脳
気づかぬ内に運動を修正してしまう脳 東京農工大学 工学部 電気電子工学科 特任准教授 瀧山健 連絡先: ken-taki_at_cc.tuat.ac.jp (_at_を@に変換して下さい) 1. 運動学習とは 図 1: 運動学習の例: 楽器演奏、スポーツ、リハビリテーション、ゲーム等が運 動学習の例として挙げることができる。 どうすれば楽器が上手に演奏できるようになるのか、どうすれば足が速くな るのか、どうすればゲームが早く上達できるのか。多くの人が部活動や遊ぶこ とに熱中した中学時代、高校時代、(大学時代)にこれらの疑問を考えたことが あるのではないでしょうか。我々は楽器演奏やスポーツを始めてすぐには思い 描いた通りの演奏、動きはできませんが、トレーニングを積むことで次第に上 達していきます。このように、トレーニングを通じて思い描いた通りの身体運 動を達成できるようになる学習過程を運動学習といいます。神経科学、認知科 学、工学、物理学などに基づき、長年に渡り身体運動に関連する研究が行われ てきていますが、運動学習過程において脳内でどのような情報処理が行われて いるのかは未だに明らかにされていません。運動学習に関連する脳内情報処理 を解明できた後には、最適な楽器練習方法、最適なスポーツトレーニング方法、 最適なリハビリテーション方法の発見が期待できます。 2. ゲームで運動学習過程が調べられてしまう? 図 2: 身体運動とゲームに関わる脳内情報処理の概要。 実はゲームに関わる脳内情報処理は身体運動に関わる脳内情報処理と瓜二つ なのです。つまり、視覚的に得た情報(敵キャラクターが近づいてくるなど)を 入力とし、それに適した運動を出力する(ゲーム機のボタンを押す)など、感覚 情報に基づき適切な運動指令を出力する点は瓜二つであると言えます。近年、 スマートデバイス(スマートフォン、タブレット)を所有している人口は世界中 で約 20 億人にも上ると言われています。もしアプリゲームを使って 20 億人分 の運動学習実験データを取得することができれば、運動学習研究は大きく進歩 するのではないかと期待できます。通常、運動学習実験は実験機器が巨大であ るため被験者の方々に実験室まで移動していただくという負担を背負ってもら います。そのため、せいぜい1つの実験で 100 名データを取得すれば大多数の データが取れたと感じます。もしゲームで運動学習実験が可能ならば、通常の 2,000,000 倍もの運動学習データが取得できることが期待できます。 そこで本研究室では、東京大学との共同研究を通じて運動学習実験を行える スマートデバイス用アプリケーションを開発しています。本アプリケーション では、少し変わった新規な状況において、被験者の方々がどのようにタブレッ ト操作が熟達していくのか、すなわち運動学習過程を検証することができます。 驚くべきことに、被験者の方々は状況の変化に気づかずに、運動が熟達してい く様子が見て取れます。すなわち、気づかぬ内に我々の脳が運動を修正してい く過程が見て取れるのです。 3. 「誤差の予測」仮説の実証に向けて 図 3: 誤差の予測仮説。様々な実験結果を統一的に解釈することができる。 未だ明らかでない運動学習時の脳内情報処理過程ですが、本研究室では「我々 は運動を開始する前に、運動が成功するか否か(=誤差)を予測しており、この誤 差の予測が脳活動に影響する」という新たな仮説を提唱しています(Takiyama et al., 2015, Nature Communications)。この仮説の実証を試みた実験でもまた、 被験者の方々は自分が誤差を予測しているなど全く気づかずに、運動の修正を 行っていました。「気づかぬ内に運動を修正してしまう脳」、このキーワードを 基に本研究室では身体運動の学習に関わる脳内情報処理の解明に挑んでいきま す。