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子ども虐待:理解と支援のための 包括的アプローチ Ⅰ
2011 困難を有する子ども・若者の相談業務に携わる公的機関職員研修 子ども虐待:理解と支援のための 包括的アプローチ Ⅰ 山梨県立大学人間福祉学部 西澤哲 虐待・ネグレクトが子どもに与える 心理的影響をとらえる基本的視点 対人関係への影響 ・トラウマの再現性に影響された対人関係様式 (虐待的人間関係の再現性など) ・アタッチメント関連障害に起因する対人関係様式 (無差別的愛着傾向,親密な人間関係の回避傾向な ど) ・力による支配された環境への適応に起因する対 人関係様式(支配-被支配など) 自己調節障害 ・トラウマ関連障害による過敏性,過剰反応性 ・アタッチメント関連障害による生理,感情・感覚, 行動の調節障害 2 慢性的トラウマ体験の子どもへの影響 今日の子どもにとってもっとも頻度の高いト ラウマ性体験は虐待やネグレクトなどの不適 切な養育 慢性的・反復的要素+「発達」への影響 ▸認知的発達への影響:知的障害の問題 ▸感情・情動の発達への影響:感情調節障害 ▸性格の発達への影響:人格障害との関連 全米子どもトラウマティック・ストレス・ ネットワークによる Developmental Trauma Disorder の提案 3 自己調節障害としての理解 生理的機能:体温,睡眠,摂食,排泄 ・温度感覚の異常,睡眠障害,むら食い,便秘 やトイレット・トレーニングの問題 感情・感覚の調節 ・間歇性爆発性障害,不快感の調節障害・自傷 行為,興奮の鎮静化の困難 行動の調節 ・注意の問題と衝動性(反応性ADHD) 4 自己調節障害の精神病理 乳児期には不在の自己調節機能 不快な感覚・感情→サインの発出(泣く)→ 養育者によるさまざまな刺激の提供(聴覚的刺激,視 覚的刺激,身体への刺激,体感への刺激)→刺激を手 掛かりとした快への回復 自力で快な状態へと戻ろうとする努力(3歳頃?):自 己調節機能の萌芽(経験の記憶の蓄積;内在化と関 連?) 生後直後から開始される養育者の調節への援助 《しつけ》 トラウマ概念の限界:行動の調節障害は説明困難 ・アタッチメント概念の導入の必要性? 5 虐待によるトラウマへの心理療法 『再現性』の心理臨床的理解 自己の機能としての再現性:衝撃的な経験 に対する回復的機能 衝撃の程度が回復の能力を凌駕した場合に 再現は症状化する:PTSDの侵入性症状, 行動による再現,虐待的人間関係の再現性 心理療法の機能:再現が本来の回復機能を 果たせるようにすること Johnson(1989)の3つのR:再体験 (reexperience),解放(release),再統合 (reintegration) 6 トラウマに焦点を当てた心理療法 トラウマ性記憶(traumatic memory)から叙述的 記憶(narrative memory)へ トラウマ性記憶の特徴:断片化と非支配性 二つの断片化:記憶自体の断片化;他の記憶 との不連続性 トラウマ性体験への曝露:怒りや悲しみなど の情緒的負荷の低減 直接的(体験の語り),間接的(ポストトラウマ ティック・プレイ) 7 トラウマに焦点を当てた心理療法 症状としての再現から回復の手段としての再現へ ケアという要素との組み合わせ:曝露に向かうエネル ギー;修正体験(ある子の授乳);物語の肯定的要素(現 実,象徴) 文脈性の獲得:トラウマ性体験を含む自己物語の編纂 「どうして私が叩かれたの」,「どうしてお母さんは 叩いたの」の認知 時間的展望の問題の修正:過去への拘泥,不連続性, 否定的未来展望 親の人生プロットからの解放:自分自身の人生を描け るように 8 アタッチメント(愛着)とは 動物行動学を基礎とした行動システムとしての理 解:Ethologyの貢献 ・離巣性鳥類におけるimprinting:成体に接近行動 を取る幼体の生存価は高まる→適者生存の淘汰圧 ・アタッチメント行動システムと探索行動システム アタッチメントの基本的機能 ・子どもの安心感と情緒的安定性の回復(子どもが 危機事態[eg.恐怖,不安]におかれたときにアタッ チメント行動システムは活性化→安心感の回復に よって脱活性化(情動の調節のためにアタッチメ ント対象を「利用」できる) アタッチメントと情動の調整機能 9 アタッチメントに関する発達心理学的研究 AinthworthのSSP(新規場面法)による3群の分類(1.5歳) 正常範囲内の愛着のタイプ A:回避型:不安になっても愛着を求めない B:安定型:不安に応じて適切に愛着を求め,愛着に より不安が低減し適切な探索へ C:両価型:低い不安で愛着を求め,対象に接近して も不安が低減せず A型はB型と同様,分離場面等で不安を感じていること を示す生理指標あり A,B,Cは行動が活性化される不安の閾値の高低によ る分類 文化差:米国ではA型への志向性あり 10 未組織型アタッチメント(Dタイプ)の発見 虐待を受けた子どもを対象としたMainによる 分類 Disorganized/Disoriented:組織されていない 愛着スタイル:接近と回避;接近とFreeze; 接近と攻撃;背面接近など 一般の出現率は数%,乳児院では50%強 Dタイプの発達的経過(4歳) ・統制懲罰型(controlling-punitive) ・統制養育型(controlling-caregiving) ・不安定他型(insecure-other):不安定型と強迫 追従型 11 虐待とアタッチメント 虐待を受けた子どもの50∼70%に愛着の 問題が認められる アタッチメントとトラウマティク・スト レスの関連:防御要因としてのアタッチ メント,脆弱性としてのアタッチメント 障害 「安全の基地」が「恐怖の基地」→ア タッチメントの混乱 脳科学の新たな知見 12 アタッチメントと反応性ADHD 反応性愛着障害(幼児期)→注意欠陥多動性障害 (小学校低学年)→行為障害(小学校高学年)→反社 会性人格障害(思春期・青年期)という転帰 反応性ADHD:行動(注意,衝動)の調節障害とし ての理解→医療化の問題 『抱える容器』(holding environment; container) としてのアタッチメント関係 ・注意の問題:アタッチメントと共同注視 ・衝動性の問題:アタッチメントと社会的参照 (social reference) 13 アタッチメントと内的ワーキングモデル (internal working model) アタッチメント行動とアタッチメント関係 Bowlbyはどうしてわざわざ「IWM」という言葉 を用いたか? 内在化された対象イメージ 「見守り機能」:現実の対象から心的対象への 重点の漸次的以降(心の中にいる対象イメージに 支えられて実際の親から離れていられる時間が長 くなる) 「見張り機能」:内的対象による監視→道徳感 形成の基礎(いつでも見られている感じ) 道徳感の2つの構成要素:「行動」の調 節障害としての非行理解 内的対象の自律性(対象の行動パターンの予見) 14 アタッチメントと高機能広汎性 発達障害(アスペルガー障害) アスペルガー障害の中心的特徴を「共感性」 の欠如とする仮説 共感性の3つの要素:『共感的関心』,『他 者視点』,『共感的苦痛』 共感的苦痛と感情麻痺 内的ワーキングモデルと他者視点 高機能広範性発達障害と虐待:過剰な『医療 化』の可能性 15 医療化の問題 『ADHD』や『アスペルガ―障害』という 診断と被虐待体験の関連 医療化とは,「それまで医療の対象でな かった状態が,医療の対象,つまり『疾 病』とされること」→誰かが利得を得る 医療化の功罪:「説明が得られる」(不要な 責めを免れる),「医療への丸投げ」 16 ソーシャルワークプロセスとしてのケア ワーク アセスメントの重要性:家族歴や現症歴の把握,「主 訴」を含めた問題を生じる家族力動と個人の精神力 動の把握 アセスメントに基づくケアプランの作成とそれぞれ(保 護者,子ども,援助機関etc.)の課題の明確化と共有 達成の評価(evaluation)とケアプランの改定 全体のソーシャルワークの一部としてのケアワークと いう位置づけ:「措置変更」の問題etc. 17 アタッチメント障害の心理臨床 Trauma Focused CBT Cohen,J.A. & Mannarino, A.P.や Deblinger, E. & Heflin, A.H.による,トラウマに焦点を 当てた認知行動療法 ・記憶およびトラウマのリマインダーに結びついた情緒 ・出来事についての歪んだ認知 ・自己,他者,世界に対する否定的な認知 ・養育者の参加 ・心理教育,虐待に関する曝露,認知的リフレーミング (虐待の原因,責任,結果に関する否定的な自己帰属 的認知),ストレス・マネージメント 18 アタッチメント関連障害への心理療法プロ グラム:CCAPの治療プログラムの試み CWとのアタッチメントを促進するための心理 療法的プログラム CWと子どもの同席セッションを中心とする 同席面接の意味:2つの仮説 (1)CWがholdingを提供することで,トラウマへの曝露 が進む (2)トラウマへの曝露は子どもの不安を喚起するため, CWへのアタッチメント行動が活性化する プログラムの内容 (1)関係強化のためのエクササイズ (2)トラウマ体験への曝露 (3)ライフストーリーワーク (4)CWとの退行的関係の促進 19 プログラムの構成 ●毎週1回:全15回(養育者への心理教育1回,初回90分 養育者面接1回,合同セッション全13回)+フォロー アップセッション1回(半年後) 養育者面接 30分 合同セッション 60分 養育者+セラピスト2名 子どもと養育者 + セラピスト2名 自由プレイ 30分 養 育 者 と 子 ど も 帰 宅 子ども+自由プレイ担当者 20 これまでの治療経験から 80%程度の子どもに主訴の解決や養育者との関係 の改善(強化)などの効果が見られる.また,効果は 少なくとも半年は継続している. 低年齢であるほど効果は高く,年齢が思春期に達 し行動上の問題が顕著な場合には効果が認められ ないこともある. 多くの事例で,トラウマ体験をテーマにしたプレ イとケアをテーマとしたプレイが出現した:被虐 待体験,子どもの「治療」やケア,『ケア葛藤』 多くの事例で,家族や親,成育歴の問題が扱え た:ライフストーリーブック,「人生すごろく」 21 これまでの治療経験から 治療経過中,ほとんどの子どもが治療への心 理的抵抗を示した. 同時に,子ども自身に「CCAPに行かなけれ ば」という動機づけがあり(子ども自身が,親, 家族,人生に直面する必要性を感じている), 不調による中断はなかった(動機づけの重要 性). 児童相談所のソーシャルワーク,施設におけ るケアワークの問題 22 アタッチメント・プログラムの効果測定 2005∼2008年度(上半期)にプログラムを終 了した23事例 ACBL(虐待を受けた子どもの行動チェック リスト)による子どもの行動上の問題の評価 (pre-post-follow比較) ACBL総得点; 力による対人関係(p<0.01) 自信の欠如; 注意/多動の問題(p<0.05) 感情調整障害; 性的逸脱(pre-follow p<0.05) 23 虐待を受けた子どもへの社会的養育 基本的な考え方と機能 治療的養育:衣食住を基本とする子どもの身体 的・生理的欲求の充足および子どもの健康的な 自己像・他者像の形成のために必要となる情緒 的欲求の満足を提供する(単純養護)役割を担う ケアワーカが,子どもに対するその重要性を利用 し,子どもの抱える心理的,精神的,および行動 上の問題の修正を図ることを目的とした意図的で 計画的なかかわりを総合したもの 治療的養育においては,子どもの「自己の統合 性の回復」,「愛着の(再)形成」,「自己物語の編 纂」が重要な治療目標となる 24 自己統御能力の 形成促進 愛着 の形成と対 象 の内在化 人間関係の歪み の修正 Traumafocused PsychoTherapy 問題行動 の理解 と自己への統合 自己物語 の再編集 被保護感(心理的)の形成 安全感・安心感の再形成 虐待を受けた子どもの心理的ケアの構造 25 児童養護施設における アタッチメントの形成に向けた取り組み アタッチメントを重視する日常のケア 子どもの「危機状況」の認識と対応 広島乳児院の事例 安心感の提供とアタッチメント 子どもの成育歴・言動の把握(eg.子どもからの 成育歴の聴取;個人ログ) 「自分のことをよく知ってくれている」 子どもの人生の「間接的目撃者」となる 「足」で稼ぐ!! 26 アタッチメント自己の統合性の問題 アタッチメント対象との関係で形成される自己: ・アタッチメントの問題は自己の統合性の問題に 解離された自己の統合性の回復 ・トラウマを受けた自己の表現としての問題行動の 理解と自己への統合の促進 ・生活において観察される自己の分断化 ・寸断された歴史:時間的展望への影響 抱えてくれる環境(holding envirnment )の重要性 ・バラバラな自己が統合されるためには、まず部分 化した自己が抱えられる必要性 27 自己物語の再編集 子どもの視点からのライフヒストリーの聴取,整理とそ のための「事実」の収集:どんな些細な情報でも子ども にとっては貴重な資料 認知のゆがみの修正:自己中心的認知,二分法的認知, 親を守ろうとする傾向,魔法的思考 トラウマ体験を含み,肯定的な将来時間展望につなが る物語(現状の肯定的受け入れが必要!) 「問題行動」の因果関係の理解 親の不適切な養育の認識,文脈性の付与 親への怒りの同定と適応的表現 親の人生プロットからの解放,自身のプロットの編集 CWが子どもの人生の「間接的目撃者」となること 28 心理教育的アプローチ 虐待体験のある子どもへの心理教育プログラ ムの必要性 「心理療法」と「治療的養育」をつなぐ場としての グループワーク Anger Managementの心理教育の試み ・セカンド・ステップ,TIP,Dinosaur デイ・トリートメント・プログラムの必要性 ・学校不適応の増加とそれにともなう「出校停 止」への対応 29 (付録)発達障害とは? 第1の発達障害:知的障害=「知能」の発達の障害 第2の発達障害:自閉性障害(カナー症候群)=「知 能」の発達の障害+対人関係能力・コミュニケー ション能力の障害 第3の発達障害:高機能自閉性障害(ァスペルガー 症候群),自閉スペクトラム=「知能」を含まない 発達障害(?) 第4の発達障害(杉山):内因性⇒外因性 Reid, S.(1999)の『外傷後自閉性発達障害』 (Autistic post-traumatic developmental disorder) 30 発達障害という概念の危うさ 「発達」のどの側面に障害が生じているの か?:ADHDやLDが含まれるのはなぜ? 「発達」は内因にのみ規定されるわけではな い.「発達障害」は内因のみ?(おそらく)内 因と外因が混在 「外因」論争の宿命:「ようやく親が責めか ら解放されたのに・・・」 精神科における「障害」の危うさ:何を「障 害」とするかは,個と社会の関係に規定され る⇒医療化(medicalization)の問題 31 発達障害という概念に対する疑問 ADHDと診断された子どもの80%が不適切 な養育を受けていたという報告 ▸一般には,「ADHDであることを親が分かっ ていなかったため・・・」と説明されるがその 逆は? 虐待を受け施設で養育されている子どもが, 思春期以降にアスペルガー障害と同様の状 態(共感性の不足や「一人称」からの移行の 困難さ)になるという経験 32 Reid, S.(1999)の『外傷後自閉性発達障害』(APTDD) 自閉症の症状と子どものPTSDの症状の類似性への着目 ▸反復的プレイ:反復的行為・発語 ▸回避・解離:自己刺激による身体感覚への没頭 ▸過覚醒・過活動:情緒的過敏性と反応鈍磨の複合 Reidの仮説:「生来的な脆弱性」(「過敏性」と「完璧 性」)+「生後2年間におけるトラウマ性体験」⇒一部の 自閉性障害 Tustin(1981)の encapsulation :ある種の脆弱 性を持つ子どもにとって,心理的な「装置」が整う前 に母親からの分離という事実を認識することが「心因性 自閉」(psychogenic autism)を生じうる. Reid:APTDDとは,当初はトラウマへの適応的な体験 であったものが不適応的となった情緒,行動及び認知の セットである. 33