...

水利尿薬のトルバプタンの登場は明らかに浮腫の臨床を変えた。基礎的

by user

on
Category: Documents
16

views

Report

Comments

Transcript

水利尿薬のトルバプタンの登場は明らかに浮腫の臨床を変えた。基礎的
序
水利尿薬のトルバプタンの登場は明らかに浮腫の臨床を変えた。基礎的理解も加速的に拡
がった。その衝撃は 1960 年代に登場したフロセミドやスピロノラクトン,1990 年代のカルペリ
チド(hANP)にも匹敵する。幸いにも,私はこれら三者の変遷をリアルワールドで直に体験す
ることができた。確かに,患者に素晴らしい結果と希望をもたらした。それと同時に,臨床家
や研究者の常識を徐々に,しかし次々と変えてきた。今やこの新しい水利尿薬も同じ経緯を辿
ろうとしている。トルバプタンは機械的除水(ECUM)
に頼らねばならないであろう浮腫患者の
負担を大幅に軽減している。いわば除水薬と称されるべきである。そして臨床家には体液管理
の在り方を,また研究者には過剰な体液の病態生理を今一度考え直すよいチャンスを与えてく
れている。それが 2002 年に発刊された『浮腫』
(北畠 顕・島本和明編)を改訂しようとした大
きな動機となっている。
たお
モーツァルトのように全身性浮腫に斃れた先人は多い。全身性浮腫は進めば進むほど,独歩
どころか,寝返りもままならない辛い終末を強いられている。生体がコントロールするホメオ
スタシスの中でも,最も多い物質は水分である。過剰な水に全身が苛まれるのである。生理的
には過剰な体液は主にナトリウム(Na)利尿によって解消される。Na 利尿効果は基本的に体血
圧上昇に依存する。しかし,体血圧による Na 利尿効果は疾病や加齢により徐々に劣化する。
血圧が高くなっても十分な Na 利尿が得られなかったり,同じ血圧であっても低い効果に留
まったりしてしまう病理である。こうして多疾患有病者や高齢者が次第に体液管理を病み始め
る。高齢者社会で浮腫患者が多くなる理由がここにある。
一方,Na 利尿に介入し,その効果を高めて何とか浮腫を改善しようとの努力が続けられて
きた。フロセミドやスピロノラクトンを代表とする利尿薬開発の歴史である。これらを併せも
ち,さらに血管拡張作用を有する静注利尿薬が hANP である。多くの患者の浮腫を快方に向か
わせた。しかし,ときに強い Na 利尿は溶質である電解質と溶媒である自由水の適正なバラン
スを失わせしめ,皮膚や粘膜の下部組織,リンパ組織,そして間質に移動困難な過剰体液を遺
してしまう。難治性全身性浮腫である。この浮腫は生体の活動や臓器の機能ばかりでなく,細
胞の活性をも低下せしめ,人間としての尊厳を傷つけている。しかも,この過剰な体液の貯留
はアルドステロン刺激を抑制しても消退されず,患者に大きな負担を強いる ECUM が唯一の
方策となっている。全身性浮腫を繰返してきた心疾患や腎疾患,それに肝疾患,呼吸器疾患に
おける共通の正面課題となってきた。したがって,放置すれば,わが国がこれから向かう超高
齢者社会ではこのような難治性浮腫病変に多いに悩まされることになる。それのみならず,超
高齢者社会では全身性浮腫をはじめとして,脳浮腫,血管性浮腫,メニエール病,特発性浮腫
などの局所性浮腫病変も手強い対象となる。水・Na バランスに敏感な臓器や組織,細胞が老
化の影響を最も受け易いと推量する。それらが患者の健康寿命を強く左右するであろう。来た
る膨大な医療負担の増加の観点からも,これらは臨床家や研究者の頭を悩ませている。
水利尿治療薬のトルバプタンは,まず全身性浮腫に悩む心不全患者の除水に成功した。そし
て低 Na と慢性腎臓病(CKD)に悩む心性浮腫患者,膨満した腹水に悩む患者の除水と健全な
循環動態ヘの回帰にも成功している。また,当然のことではあるがバソプレシン刺激が高まっ
ている全身性疾患,SIADH(抗利尿ホルモン分泌異常症)のみならず,局所的な常染色体優性
多発性嚢胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease:ADPKD)にも特効的な作用
をみせている。今後,ナノメディスン薬の展開とともに臓器や組織,あるいは細胞特異的に効
果を発揮するであろう。バソプレシン刺激伝達の機序解明とともに利尿薬の範疇を超えた刺激
伝達制御薬として新たな期待が求められている。それも編者が目指した改訂目的のひとつであ
る。
今回の編集はこれらのニーズに応えようと野心的に企画されたものである。編者の5名は大
いに叡智を集め,その結果が構成内容に端的に示されている。即ち,63 名にのぼる執筆者らが
「第章 細胞液・体液管理と浮腫」
,「第章 浮腫の成因・病態・診断・治療」
,「第章 浮腫へ
の介入法」,
「第章 新しい診断法」にそれぞれの立場から最新の健筆を奮った。この場を借り
て心から感謝する。タイミングよく時代の要請に応えている傑作揃いである。ひとつのテーマ
を横断的に論ずる必要性と重要性をこれほど痛感したことはない。それゆえに,個別に担当す
る項目ごとに自律性をもって頂き,記述を自己完結して頂いた。読者にはご不便を掛ける点も
あるかも知れない。編者の善意ある意図を汲んで頂き,ご容赦頂きたい。
浮腫の問題はこれからも進化し続けるであろう。過剰な体液の管理は全身から臓器へ,そし
て組織から細胞に向かうであろう。できるだけ時代の潮流を指し示すトピックスや有益な一口
メモも挿入してみた。参照して頂ければ幸いである。特に,浮腫に敏感な脳・神経系器官への
アプローチは急がれる。高齢者社会の医療負担を増やす疾患群として位置づけられているから
である。コストやリスクが低く,高いアウトカムが望め,先制予防・先制介入が可能な対応が
真に待たれている。またそれを可能にする早期診断法が確立されねばならない。そのような読
後感想をもち,奮い立つ若い医師・医学者がひとりでも多くでて頂ければ,編者のこれ以上の
喜びはない。
2014 年9月(中秋の名月を背に)
編者を代表して 和泉 徹 
Fly UP