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WPA Guidance of the protection and promotion of mental health in

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WPA Guidance of the protection and promotion of mental health in
WPA Guidance of the protection and promotion of mental health in children of persons
with severe mental disorders
精神に重い障害をもつ人びとの子どもを保護し精神保健を促進するための WPA 指針
翻訳;中右(節家)麻理子 1、2、趙岳人 1、3、鈴木真佐子 1、 4、藤村洋太 1、 5、鈴木宗幸 1、 6、
岩谷潤 1、7、福島浩 1、8、南澤淳美 1、9、高橋友香 1、10、田中増郎 1、 11、石山菜奈子 1、 12、永
原優理 1、9、横瀬宏美 1、13
1
日本若手精神科医の会、2 相川記念病院、3 藤田保健衛生大学医学部精神医学教室、4 名古
屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野、5 旭川医科大学医学部精神医学
講座、6 福間病院精神科、7 和歌山県立こころの医療センター、8 横浜市立大学大学院医学研
究科精神医学部門、9 京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学、10 なのはなクリ
ニック、11 高嶺病院、12 東京慈恵会医科大学精神医学講座、13 日本大学医学部精神医学系精
神医学分野
本指針は、子どものニーズと、ニーズに応じた養育のあり方についてまとめたものであ
る。精神に障害をもつ親が用いる薬物は、それが処方薬であれ、乱用薬物であれ、妊娠中
は胎児に悪影響を与えかねない。子どもは、生まれた後も親が重い精神障害をもつことに
よる社会的不利益をこうむるだけでなく、(疾患の種類・重症度・罹病期間にもよるが)不
十分な養育による不利益にもさらされることになる。その結果、子どもに心的発達の障害
や不適切な養育がもたらされることがある。
本指針の目的は、上記の悪影響を予防し、最小限に食い止め、改善するための道筋をつ
けることである。以下は、そのための提言である。親の精神障害が子どもにおよぼす影響
について精神科医および関連職種を教育する。患者自身が養育者であるという認識を促す
べく精神科研修を見直し、それに関連する評価や介入を患者の治療やリハビリテーション
に組み込む。妊娠中の最適な薬物療法を探求する。精神に重い障害をもつ女性が妊娠した
場合に出産前支援計画を立案する。妊娠中および産褥期の女性を対象とした専門家による
サービスの拡充および有効性の評価を行う。精神障害のために児童への不適切な養育の事
例に対処するための実践的な手引きを作成する。障害を抱えた両親あるいは不適切な養育
を受けている子どものいる家庭を支援する際に多職種チームワークが重要であることを再
認識する。世界各国で児童思春期精神保健を発展させる。
.
Key words: Parenting, severe mental illness, mother-infant relationship,
substance abuse, childhood mental disorders, child maltreatment, child and
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adolescent mental health services
Key word;養育・精神に重い障害をもつ人・母子関係・物質乱用・小児期の精神障害・子
どもの不適切な養育・児童思春期の精神保健
(World Psychiatry 2011;10:93-102)
国連子どもの権利条約(1)は、
「子どもが、その人格の十分なかつ調和のとれた発達をする
ためには、家庭環境の下で幸福・愛情および理解のある雰囲気の中で育たなければならな
い」と宣言している。各国は、子どもが親やその他の養育者から保護を受けている間、あ
らゆる心身の暴力・不適切な養育・搾取から子どもを守るために適切な措置をとらなけれ
ばならない。この条約は1989年の国連総会で採択され、192か国に批准されている。これが
権威ある条約であるという理由だけでなく、医学がめざしているのは疾病を予防すること
であるという理由からも、精神疾患をもつ親の子どもの精神保健は重要な課題である。す
なわち、脆弱性を有するこれらの子どもはハイリスク集団であり、この集団への取り組み
は有望な予防的戦略になりうる。
これらの子どもの多くは低所得国で生育している。低所得国は資源に乏しく、国によっ
ては重要な情報も不足している。豊かさと出生率の間には逆説的な関係がある。すなわち、
ヨーロッパや北米など医療制度や科学技術が進んでいる国々における出生数は年間 1000 万
人に満たない。これらの国々における一層の努力もさることながら、年間 1 億 2500 万人の
新生児が出生している他の国々における諸問題の解決もまた喫緊の課題である。したがっ
て、経済的にゆとりのある国では最先端技術を生かしたサービスの導入が望まれ、ゆとり
のない国では国情に応じた介入を推奨している。
養育と子どものニーズ
養育を語る上で欠かせない子どものニーズには、以下のようなものがある。

必要最低限のケア:住居・食物・衛生的な環境・衣類・医療

安全:危険な人びとを含むあらゆる危機からの保護

情緒的な温もり:人として無条件に認められ守られているという子どもの実感。これ
には、励まし・賞賛・思いやりと愛情に満ちた関わりなどが含まれる。

学習支援:子どもの言葉や問いかけに対する速やかな反応・遊び・学校教育への支援・
社会参加の促進などが必要となる。これには、子どもの世界観・男女の気質・長所と
短所の理解が役に立つが、個々の障害との向き合い方を考える上では特別な技能が必
要となる場合もある。

文化的に受け入れられる行動について指導し、一貫した限界を定めること:これは、
他者への思いやり・集団の規律・道徳的な価値基準を子どもに身につけてもらうこと
を目指しており、監督・
(悪い手本から子どもを守るための)見守り・指導・正しい行
動への賞賛によって達成される。容認しがたい行動に対しては一貫した態度で思いと
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どまらせ、怒りを制御し葛藤を解決するという手本を大人が示さなければならない。

開かれた社会と関わりをもつための安定した家庭環境基盤
多くのバリエーションはあるが、これらのニーズは、出生後から 1 歳になるまでの間に
初めて世話をしてくれる人への愛着に始まり、思春期まで段階的に発展しつづける。この
ようにして安全が確保されると、子どもは徐々に自己決定力を身につけ、自我意識のめば
えが見られるようになり、感情を認識し制御して、自らの能力の限界や個性を見出してい
く。就学前の数年間は、遊び仲間と仲よくやっていけるかが重要な課題である。10 歳にな
るころには子どもは自分の好みを確立し、自分で責任をとり、善悪の判断ができるように
なる。思春期は、精神-性的発達と成人期へのゆっくりとした移行が特徴的である。
「養育」という用語は、これらのニーズを満たし、子どもの成長を助けて一人前の成人
に育て上げる取り組みすべてをさす。一方、「ケア」という用語が好まれる場合もあるが、
これは養父母・里親・祖父母など、子どもの養育に実質的に関わる人を含めるためである。
養育は、貧困・不幸な出来事・家庭内暴力・家庭崩壊など、精神疾患以外の様々な要因に
よって妨げられる。近隣住民が暴力的だったり困窮していたりという場合もあれば、対照
的に、助け合いのネットワークでつながっている場合もあるだろう。家庭内のプライバシ
ーと協調・社会的責任・権威や民族性に関する家族の考え方は、文化や宗教の影響を受け
る。また、暴力・紛争・迫害は、子どもをケアする環境に大きな影響をおよぼしている。
妊娠中のリスク
妊娠中の女性に対する精神障害の治療と予防
慢性の精神病をもつ多くの患者、そして再発を繰り返す精神疾患をもつ多くの患者は、
予防または治療を目的として薬剤が処方されており、処方薬を服用中に多くの女性が妊娠
に直面している。一般的に、妊娠中の服薬は避けた方がよいと言われているが、薬剤を中
止するリスクが、薬が胎児に与えるリスクを上回ることもある。妊娠は妊娠後 30~40 日以
上経過して明らかになることが多いので、薬剤を内服している女性の胎児は催奇形性の危
険にさらされることになる。ほとんどの向精神薬の場合、催奇形性のリスクに関しては議
論の別れるところであり、軽微なものとされている。ただしバルプロ酸は(おそらくカル
バマゼピンも)神経管の異常と学習障害をひき起こす可能性がある。葉酸はこのリスクを
減少させるが、解消させることはない。電気けいれん療法は早産を引き起こすことがある
が、これは子宮収縮抑制薬で予防できる。リチウム・抗精神病薬・抗うつ薬・ベンゾジア
ゼピン系薬剤に暴露された新生児では中毒症状と依存症状の両方あるいはどちらか一方の
報告例がある。母乳を通した児へのリスクは過大視されてきた(2)。
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物質乱用
ここでは、もっとも広く研究が行われているエタノール・麻薬・コカインについて述べ
る。これらの薬物に暴露された胎児には、多くの悪影響がみられる。すなわち、胎児の親
たちは、しばしばうつ病や妄想性障害などの精神障害を有している。親たちが他の薬物を
乱用していることも多い。また、種々の社会的問題や貧困に苦しんでいる親もいる。妊婦
健診を受けない親も多い。母体の低栄養、肝炎・HIV・性感染症などの感染症の影響を胎児
が受けることもある。薬物による影響と同様に、母体管理の質は出生後の転機を左右する
大きな要因である。
3 つの物質はすべて、早産と低出生体重のリスクを増加させる。さらに、これらの物質に
暴露された胎児の中には、子宮内の生活が早期に中止するだけでなく、胎盤機能不全によ
り週数に比較し低体重となる危険性がある。薬物への暴露を別にしても、低体重というだ
けで神経学的な機能不全・言語発達遅滞・情緒障害を起こすこともある(3)。
以下、各物質の特徴を簡潔に記す。エタノールは、過量摂取された場合に催奇形性があ
り、先天的な異常を全般に増加させる。小頭症や脳への永続的な損傷を起こす可能性があ
る。また、胎児アルコール症候群は精神遅滞の主要な原因である。麻薬依存に特徴的な合
併症は離脱症候群であり、これはメタドン(またはメサドン)維持療法によっても防ぐこ
とはできない。コカイン乱用に特異的な合併症は胎盤剥離である。半合成オピオイドとコ
カインの長期使用が及ぼす影響に関する報告は多いが、社会的剥奪の影響を考慮すると、
認知機能障害あるいは行動障害への影響についての統一見解は得られていない(4)。
妊娠期間におけるその他の有害な影響
妊娠中の潜在的な不安・抑うつ・ストレスが、子どもに持続的な影響を与えるという意
見がある。それらは妊娠に伴う合併症・早産・低出生体重または子宮内発育遅延・胎児ま
たは新生児仮死・発達遅延などを含むが、持続的な影響についての見解は一致していない。
もっとも支持されている説は、妊娠第2三半期に母親が不安にさらされると小児期中期の
子どもの精神的健康に影響があるというものである。しかし、調査には多くの交絡因子が
介在しており、綿密にデザインされたコホート研究を行わないとこの主張を実証できない。
妊娠中の家庭内暴力は、胎児の受傷や死亡をもたらす危険性がある。同時に、出産に対
する母親自身の態度や意欲に深刻な影響を与えかねない。
妊娠は計画的でない場合が多いが、妊娠が判明した後は全面的に受容されるのが普通で
ある。ただし、最後まで望まれないままの妊娠も認められる。望まれない妊娠の件数は、
妊娠中絶が認められている国では減少しているが、それでも出産直前まで決断が持ち越さ
れる場合もある。低所得国では、望まれない妊娠は重大な問題であり(5)、妊娠の否認・胎
児の虐待・嬰児殺害・抑うつ・母子関係の障害・子どもの情緒障害と関連する。望まれな
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い妊娠がもたらす心理的な影響に関するコホート研究は最優先で行われるべき研究課題で
ある。
精神疾患による養育機能の混乱
程度の差はあれ、親の精神障害によって養育に関する複雑な機能は混乱しかねない。診断
自体よりも、むしろ精神病理学的重症度や慢性度がリスクに影響を与えている。養育に関
する調査の結果、大規模な集団における統計的関連性が報告されている点を強調すること
は重要である。養育する親の精神病理・重症度・罹病期間は様々である。重度のうつ病・
不安障害・摂食障害に罹患していても、さらには精神病症状に苦しんでいても、立派な養
育者になり得る人はいる。
養育への影響については診断ごとに以下のような特徴がみられる。

養育へのとらわれ:心配・強迫・易怒的な思考あるいは妄想といった形で養育に関す
るとらわれがあると、子どもの会話や行動に気づいたり柔軟に対応できなくなる。同
じことが不安障害・強迫性障害・好訴妄想をはじめ精神病性障害や情緒不安定性パー
ソナリティ障害にもあてはまるだろう。時間を浪費する病的活動(強迫儀式・暴飲暴
食・薬物乱用など)は養育上の配慮不足を招く。うつ病のように、そもそも注意力の
低下をきたす疾患も同様である。このように注意力の低下がしばしば起こり長引くと、
子どもの行動に対する限界設定が一貫せず、知的な成長を促す刺激を欠いたものにな
る。

不適切な情緒的対応:子どもへの苦手意識や赤ちゃんを死なせてしまうのではないか
という思い込みにより子どもとの接触を回避するものから、重症うつ病や精神病にお
ける療育放棄に至るものまで、重症度によって情緒的対応には幅がある。

怒り:うつ病・急性精神病・躁病・薬物やアルコールの中毒および離脱時に、怒りは
顕著にみられる。怒りは、夫や他の親族よりも、はけ口として子どもに向けられるこ
とがある。病的な怒りは、深刻な母子関係障害の兆候である。妄想性障害では、子ど
もが敵意の対象になることがある。パーソナリティ障害の中には、爆発的な怒りが目
立つものもある。

病的な振る舞い:子どもは、親の衝動性や極端な気分変動・奇妙な言動・妄想による
行動にさらされる可能性がある。不適切な情緒反応は、親子関係を損ないかねない。
子どもは、戸惑い、ときに恐怖心に至る。精神障害に対する治療を精神科病院などの
施設から地域社会に移行している国々では、多くの子どもたちが精神病をもつ人びと
の振る舞いを間近に経験することになる。
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養育は、以下のような間接的要因によっても影響を受ける。

社会的な苦難:精神疾患と社会的貧困には大いに関連がある(6)。貧困が精神疾患の原
因となる場合もあれば、精神疾患やそれに伴う障害あるいは社会的能力が低下してい
るために貧困に陥る場合もあるだろう。例えば、慢性の精神病をもつ母親(一般の女
性に近い回数の妊娠・出産を経験している)は、より頻回に、未婚の母となる可能性
や夫婦不和・家庭内暴力・貧困・住まいの喪失といった課題と向きあわねばならない。
精神病をもつ彼女たちは、差別され、搾取される弱い立場に置かれている。彼女たち
の多くはより頻回に、強姦の被害にあい、妊娠中絶や性行為感染症と向きあっている。
望まない妊娠をしている。社会的孤立や子育て支援の欠如に悩まされている。精神障
害を抱えたパートナーと暮らしている。彼女たちの子どもは、遺伝的に高いリスクを
有し、行動上の問題を抱える可能性が高い。母親が精神病をもたなくても、これらの
要因が一つ以上あれば、子どもが精神疾患に罹患する危険性を高めることになる。

親子の分離:親の入院が親子関係に深刻な影響をおよぼす可能性はある。たとえ必要
不可欠な治療であったとしても親子の接触は妨げられるため、愛着への影響が生じか
ねない。子どもたちは、しばしば親戚や里親に預けられるため、複数の異なる養育を
受けることになる。公的な里親制度も親族の援助も得られない状況では、養育は不完
全なままとなる。また、精神障害をもつ女性は強制的に子どもから引き離されること
を恐れている。実際に、子どもが別居中の夫や親戚・児童養護施設・里親に引き取ら
れる形で多くの女性が子どもと引き離されている。これは、彼女たちの長引く悲嘆の
原因となっている(7)。親権や面会権を奪われることへの恐怖が、精神医療や福祉サー
ビスとの連携にも影響を与えている。この恐怖のために、助けを求めることができな
い女性もいれば、自ら親であることを名乗り出ることのできない女性もいる。

スティグマ(偏見):親の病気を理由に、子どもがからかわれたり、いじめられたり、
仲間外れにされたりする場合がある。その子たちの親も同じようにスティグマに苦し
んでいるため、子どもの将来に暗い影をおとす社会的孤立をもたらす可能性がある。
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おもな精神疾患が養育にもたらす影響
精神病
慢性の精神病では、子どもの世話はしばしば風変わりで連続性に欠け、子どもへの気づ
きや関わりといった点で質が低下する (8)。産後のエピソードを含む反復性・急性精神病
の場合、回復後に親子関係は正常化することは多い(9)。ただし、精神病エピソードが高頻
度かつ遷延するものであれば状況は異なってくる。
うつ病
うつ病は、特に出産する年代の女性には、もっともよく見られる精神疾患である。うつ
病が母親の育児にもたらす影響については関心が高く、母子間の相互作用や子どもの発達
におよぼす影響について様々な手法による研究がなされてきた。乳幼児の気質や行動もま
た、母親の情緒面に影響をおよぼし、悪循環を形成することがある。とはいうものの、悪
い面ばかりが常ではない。自分の子どもとの交流によって元気づけられるうつ病の母親も
いる(10)。
うつ病が養育にもたらす影響には、以下のようなものがある:

うつ病の親の言動は、物悲しく、悲観的である。ユーモアや華やかさを欠き、しばし
ばイライラした物言いである。愛情や優しさ・物分かりの良さを表すことが少ない。
病気によるこのような有害な反応は、細やかで絶え間ない関わりを必要とする乳幼児
期に重大な影響をおよぼす。

うつ病に伴う意欲低下は、親のすべきことを機会ごと奪っていく。その結果、親子の
関わりは、質においても量においても、そして多様性においても損なわれかねない。
思考力は低下し、育児に関する病的な思い込みもあいまって、注意力はもとより問題
解決能力も自制力も低下していく。

うつ病(あるいはうつ病に付随する人間関係の障害)は、言語発達遅延に関連がある
といわれており、さらには、その影響が広範囲なので、その他の学習障害とも関連が
あるといわれている。
うつ病は、身体の健康や発達にも影響をおよぼす可能性がある(11)
。母親のうつ病と
乳幼児の低体重・低栄養との関係について、ブラジル・インド・エチオピア・ベトナム・
パキスタン・ペルーから報告がなされているが、結果は一致していない。
7 / 20
母子関係(愛着)障害
産褥期の心理的過程の鍵は、出産後の数週間にわたって徐々に形成される母子関係の成
立にある。この関係が成立してこそ、母親は献身的に子どもへの注意を維持し、養育とい
う試練に耐えることが可能となる。この成立過程は、出生前に既に障害されていることが
ある。妊娠を受け容れることができなければ、胎児は侵入物と見なされ、結果的に胎児虐
待にいたる場合もある(12)。出生後も、我が子への愛情が感じられないことに落胆し(これ
は出生後早期によくみられる)、まれにではあるが、我が子への反感や憎しみ・拒絶を生じ
ることがある(13)。母親が敵意をもつと乳児の愛情に対する基本的欲求が育たず、相互交流
が重度に障害されて情緒的虐待に至る。乳児の要求が母親に攻撃的な衝動を引き起こし、
これに対する自制が働かない場合には、言葉の暴力や手荒な行動に進展する。このような
状況におかれた子どもは、不適切な養育を受けるリスクが高い。
不安障害
不安障害も、養育に影響をおよぼすことがある。干渉的で行き過ぎたしつけ・悲観的な
ものの見方(日常の冒険が大惨事につながると予測すること)・過保護な親の振る舞いは、
時に心の温かさにも反応の良さにも欠ける状況とあいまって、子どもが周囲の世界を探索
して経験を積む機会を奪ってしまう。その結果、分離不安・不登校・社会活動の制限が生
じることがある。
摂食障害
妊娠中の母親が栄養摂取を極度に制限すると、胎児の栄養不良や発育不良を引き起こす
可能性がある。拒食症や過食症の母親の態度が食事に関する葛藤の元となり、子どもに慢
性的な飢餓や成長障害を生じさせる場合がある。
学習障害
学習障害をもつ女性による養育も今後ますます重要になっていく。なぜなら、施設では
なく地域社会で暮らす人が増えているからだ。しばしば彼女たちは社会的に孤立しており、
同時に数多くの課題を抱えている。彼女たちの子どもは、虐待やネグレクトの危険にさら
されていると言われているが、学習障害をもつ親による養育に関する情報は不足している。
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親の精神障害が子どもに与える悪影響
小児期における心理的障害および精神障害
重い精神障害をもつ親の子どもには、心理的障害が発生するリスクが高い。養育上の問
題だけでなく遺伝素因や親の精神疾患にからむ背後要因も存在するからである。背後要因
の主なものには、先行する産科合併症・貧困・社会支援の欠如・夫婦不和、そして先行き
の不透明な家庭生活を挙げることができる。重い精神障害をもつ親の子どもの多くが犠牲
になりやすいやすい状況にある。子どもの挑戦的な態度と両親の敵意とは、互いに影響を
およぼしてあっている。一方、子ども自身に備わる回復力によって、あるいは健康な片方
の親や他の家族によってもたらされる好ましい影響によって、子どもを保護する要素が正
常に機能する場合もある。
子どものメンタルヘルスや社会的能力といったものは、さまざまな文脈の中ではじめて
予測できるものであって、親の病状で予測できるものではないし、ましてや診断名で予測
できるようなものでもない。愛情の欠如・度を越えた厳しい躾・そして特に不適切な養育
が見られる親子関係が、子どもの認知・行動・情緒に好ましくない影響をおよぼしている
ことは広く知られている。このような養育状況に焦点を当てることによって、危機介入の
またとない好機が得られる。
幼児期初期にみられる障害の中には、養育との関連が非常に強いものがある。極度の虐
待における恐怖の状況も含まれる。被虐待児に共通する行動上の兆候には、(精神科領域に
おける)昏迷に近い無関心・極限状況が迫った時だけに見せる号泣・感情表出と発語の欠
如・周囲の状況に対する過剰な観察と警戒(「凍てついた凝視」“frozen watchfulness”) な
どがある(15)。
もう一つの初期徴候に、特にうつ状態の母親の幼児に見られるものとして知られている、
悲嘆反応がある。幼児は、物を見つめ・微笑み・声を出して笑い・喃語を話すことによっ
て養育者との対話を成立させ、相互関係を深める重要な役割を担っている。このような対
話の申し出がことごとく受け入れられなかった時、幼児は悲嘆に暮れるのである。
生後 1 年目の終わりには、愛着障害が認められるようになる。健全な愛着形成は、関係
性構築のための持続的な能力、仲間に気に入られ、受け入れられようと振る舞う能力の基
盤であり、社会的能力の形成を促すが、ネグレクトおよび虐待的な養育のために、愛着形
成が障害されることがある。幼児期や小児期早期の反応性愛着障害は、生後 5 年の間に認
められ、仲間同士や第三者との関係性に持続的な異常が見られる。施設での養育と関連し
て、でたらめな社交性が認められる、脱抑制的な子どももいる。
小児期後期になると、
「外在化」症候群 (多動性障害・行為障害・反抗挑戦性障害)がみら
れるようになる。養育と注意欠陥/多動性障害(ADHD)との関連には異論もあるが、薬物乱
用や不適切な養育にさらされた子どもは、ADHD の危険性が高まる可能性がある。10 歳ま
9 / 20
でに行為障害や反抗がみられると、10 代での非行はもとより成人後の反社会的行動や犯罪
に進展する。遺伝を含むいくつかの病因が影響すると考えられるが、養育と上記疾患との
関連が多くの研究で明らかにされている(16)。最も明確な関連を示しているのは、権威主義
的な養育態度である。すなわち、厳格で硬直した養育態度、そして敵意と批判に満ちた雰
囲気は、非行と体罰の悪循環を生み出す(17)。子どもの攻撃性は親から学んで得たものであ
る。攻撃性は、他者からの否定的な反応・学業不振・人間関係や自分が子どもを養育する
時の問題・気分障害・物質乱用や犯罪など、さらなる社会的不利益を連鎖的にもたらすよ
うになる。
一方、うつ病や不安障害といった「内在化」症候群も存在する。小児期後期には、うつ
病と診断される状態が認められる。精神疾患をもつ親の子どもには、うつ病や 10 代の自傷
行為が多くみられるという報告が多数ある。親のうつ病は、自尊心や交友関係の問題も含
め、子どもに多くの不利益をもたらしている。しかし、これらの不利益には、母親のうつ
病に加えて、あるはその代わりに、夫婦や親子間の不和といった「家庭内のリスク要因」
が関連していると言われている(18)。親の不安が子どもの病的な不安形成に与える影響に
ついては、膨大な文献がある。世代を超えた不安の伝達には、一部には遺伝が、一部には
子どもに対する行動モデルや過保護が関与している。
10 代になると、依存症に脆弱性をもつ若者の間で物質乱用が流行するようになり、特に
依存症の親をもつ子どもに流行が目立つ。これには遺伝的因子が一部関与するが、不適切
なしつけ・指導と見守りの欠如・支援の不足・親子間の葛藤・経験者の模倣を通して物質
乱用が起きることが縦断的研究で示されており、養育の影響も見過ごすことはできない。
子どもに対する不適切な養育
子どもに対する身体的虐待
身体的虐待は、特に攻撃的な人格と関連しているが、精神病(19)
・アルコール依存症(20、
21)
・うつ病(20-22)との関連も指摘されている。
ネグレクト
ネグレクトは子どもの基本的な欲求や権利を持続的に満たさないことと定義され、健康
や発達の深刻な障害(23)を引き起こす。また、重症のうつ病・精神病(19、24)
・物質依
存(20、25、26)を合併する可能性もある。
ネグレクトとは、多様な現象の総称である。子どもの苦痛を防がない・身体や精神の医
療を受けさせない・衣類の不足・監督者の不在・危険な養育者のもとへの置き去り・教育
あるいは社会参加の機会を意図的に奪うことなどが含まれる。避け難い結果としての貧困
状況とネグレクトとの鑑別は重要である。すなわち、多くの社会問題を抱えている貧しい
10 / 20
方親の家庭の子どもは、親が最善をつくしていたとしても、ネグレクトと同じだとみなさ
れることがある。これは子どもの栄養状態にもあてはまる。「成長が遅れている」というだ
けでは、明白な証拠がなければ、ネグレクトとみなすべきではない。ただし、全面的な育
児放棄・意図的な餓死あるいは「愛情遮断性小人症」などの極端な例に見られる栄養状態
については、ネグレクトに起因する。
情緒的ネグレクトと虐待
情緒的に不適切な養育は、親子関係の深刻な障害の徴候である。「情緒的ネグレクト」と
は母親が情緒的に遠く、子どもの愛情や助けの求めに応えないことをいう。「情緒的虐待」
とは、悪意に満ち、批判的で、辛辣な言葉によって、子どもをけなし、屈辱を与え続ける
ことをいう。その結果、子どもたちは価値のない存在である、誰からも愛されていない、
スケープゴートの対象である、孤立している、無視されている、と感じたり、自殺や見捨
てるなどと脅されて大人のいいように利用されて、あるいは恐怖に陥れられる(27)
。子ど
もたちの眼前での家庭内暴力も、情緒的に不適切な養育に含めることができる。情緒的に
不適切な養育は、他の虐待と比較して、後に適応障害を引き起こす可能性が高い(28)
。
代理ミュンヒハウゼン症候群
この用語は、自分の子どもを病気に仕立てあげたり病気のふりをさせたりする養育者を
指す(29)
。その手口には、症状の偽装や捏造、あるいは乳児に毒を飲ませ・窒息させ・感
染させるなどして意図的に病気を引き起こすことが含まれる。
子どもの死
これは嬰児殺(新生児を殺害すること)と実子殺 (年長の子どもを殺害すること)の二種類
に分けられる。嬰児殺に関しては通常、精神疾患はなく、パニックや怒りのような情緒的
な危機のもとで起こる。分娩中には様々な意識障害が起こり得るため(30)、母親が単独で
出産する場合にその可能性は除外できない。実子殺は、非常に稀だが、社会の大きな関心
をひくものである。実子殺と精神疾患との関連は深く、特に希死念慮を伴ううつ病のほか、
子どもを巻き込んだ妄想や母子関係の重い障害、そして命令性の幻聴・せん妄あるいは解
離状態といった突発的な急性精神病状態と関連している(31)。実子殺と精神疾患の関連に
ついて取り上げると、精神障害へのスティグマが強まるという主張もあるが、危険性を把
握して実子殺をできるかぎり減らすために行動を起こすほうが良いと我々は信じている。
11 / 20
脆弱な子どもの健康増進活動
成人の精神科医療における臨床実践
診断分類
ICD-11 と DSM-V の多次元システムに、養育に関するコードを義務づけるべきである。
提案されている特定コードの一つは、“出産に関連する精神障害の発症”である。この他にも、
“養育状況(18 歳以下の子どもに関する現時点の養育状況)”という概念を我々は提案して
いる。
臨床評価
国連子どもの権利条約(1)は、締約国は親に対して予防的な健康管理と指導を提供する
べきであると宣言している。成人の精神科医療における現在の取り組みは、宣言が求めて
いるものから程遠い状況にあり、子どもの状態はおろか、子どもの正確な数さえほとんど
把握されていない。精神科医は、多くの患者が親であること、そして患者の子ども達に心
理的な問題が発生するリスクが高いことに留意しなければならない。現場の医師たちは、
標準的な精神科の現病歴を聴取する際に養育状況・結婚・家族生活について質問できるよ
うに研修を受けておく必要がある。これらは、精神保健に関わるすべての専門職の研修に
おいても、研修項目の中心に含められるべきである。
その際、予備調査における質問項目として「あなたは子どもの世話をしていますか?」
と尋ね、続いて、「親としてどのように対応をしていますか?」あるいは「◯◯ちゃん(子
の名前)の世話をする上で心配事はありませんか?」と質問するのがよい。また、養育の
責任がある者には表1のような簡便な評価を行うべきである。いくらか時間はかかるが、
これは家族介入のための手がかりになる。
病院における面会設備
入院中の親に子どもが面会する場合には、他患と接触しない場所を提供しなければなら
ない。子どもに自分の疾患をどう説明したらよいかと、病気の親が援助を必要とすること
もある。
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退院計画とリハビリテーション
子どもの発達や養育に関する問題をどう解決するかについて親を教育する必要がある。
可能であれば退院後福祉と連携して、親の休息や子どもの自由時間を含めた長期間の養育
支援計画を作成するべきである。親から離して子どもを保護するという危機を回避するた
めには、家族の状態を確認しなければならない。国連子どもの権利条約は家族計画の重要
性を指摘している。その家族に家族計画が有益な場合には、家族計画についての助言を診
療のたびに行うべきである。簡便な育児評価や治療上有益なプログラムについて将来研究
を進めなければならない。表2は、過負荷状況のインドにおける養育不全への管理的介入
の例である。
出生前計画
重症の精神疾患をもつ女性が妊娠した時には、精神保健チーム・産科チーム・その他の
関係機関同士の連携が重要になる。状況が許せば出生前にできるだけ速やかに、情報を共
有し協調して管理を行うための多職種出生前計画会議を開くとよい。早期開催が望ましい
のは、妊娠の診断(遅れることもある)から出生(早産になるかもしれない)までの期間
が短い可能性があるからである。会議には、家庭医・産科チーム・精神科チーム・(可能な
ら)母親になる本人が加わるとよい。幅広い意味での家族の中から参加者が加わることも
有益である。薬物療法・出産前のケア・早期の再発徴候・産褥期の管理・新生児のケアな
ど、取り組むべき問題は多数ある。陣痛が始まったら、すぐに精神保健チームに知らせる
ことが重要である。母親が子どもの養育に特別な支援を必要とし、子どもを保護するチー
ムの介入が必要となることもあるし、妊娠や産褥期の女性に特化した精神科専門医療への
紹介が必要になることもある。
同様に、精神疾患をもつ男性もしくは女性が家族をもつことを希望する際には、受胎前
計画を支援することが望ましい。
専門家によるサービス
母子精神医学
国連子どもの権利条約は、各国が適切な出生前後の医療を確保するように要請している。
児童精神医学もしくは成人の精神医学の専門分野として、周産期の母子に対する支援が、
数カ国の高所得国で、さらにはインドやスリランカでも展開されている。それらの国々で、
重症例または難治例への対処・スタッフの育成・支援プログラムの展開・研究活動が行な
われている。支援プログラムには、外来クリニック・デイホスピタル・入院施設・アウト
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リーチ・産科との連携・他の支援機関やボランティア機関との連携・医療と法律の両方に
詳しい専門家との連携が含まれる。文化的背景や利用可能な社会資源は様々であるが、支
援の中核を担うのは、精神疾患をもつ母親と子どもにケアを提供する多職種専門家チーム
である。ただし、これらの“非常に優れた”高額の支援プログラムの費用対効果については、
今後検証する必要がある。
障害のある母子関係の評価と管理は、多職種専門家チームによって行われる。出産を終
えてすぐの精神症状をもつ母親はみな、抱えている問題を口にすると児童保護機関の関与
を招くことを恐れて、しばしば問題を隠すため、母親との信頼関係を築くことが重要とな
る。そのためには、以下の有用な問いを用いるべきである。 すなわち、「◯◯ちゃん(子
の名前)にがっかりすることはありませんか?」「自分の赤ちゃんだと身近に感じるように
なるまでにどのくらいの時間がかかりましたか?」 という問いである。子どもに対する否
定的な感情の存在が疑われる場合は、怒りの行動化について確認すべきである。たとえば、
「あなたが衝動的にとってしまった行動の中で最悪なものは何でしたか?」「あなたは今ま
でに自制心を失ったことがありますか?」「あなたが赤ちゃんに行った最悪のことは何です
か?」という問いである。子どもの健康と安全を脅かすほどの嫌悪感に満ちた母親に対し
ては、介入を行わなければならない。適切な治療によって、関係性は正常に戻ることが多
い。
物質乱用のある妊婦へのサービス
アルコールや薬物の乱用が、妊娠中に危険な結果を引き起こすことを社会の全ての人々
が理解すべきである。家庭医や助産師は、妊娠を計画している女性もしくは既に妊娠して
いる女性に断酒するように助言すべきであり、妊娠中の乱用の評価について研修を受ける
べきである。アルコール依存症では、胎児へのアルコールの影響の認識が問題であり、薬
物(麻薬)依存では胎児の暴露の軽減が目的となる。その他の乱用薬物は徐々に減量すべ
きである。アヘンの完全な断薬もしくはナロキソンのようなアンタゴニストの使用は胎児
の離脱症状を引き起こすことがある。子宮内の発育遅延や周産期の合併症を軽減させるた
めには、ヘロインを適度なメサドンもしくはブプレノルフィンに置換することが最良の策
である。
妊娠中の依存症者は集中的管理が必要である。血中・毛髪・尿・胎便もしくは臍帯組織
のマーカーから予期しない乱用が出産後に発見されることがある。中毒もしくは離脱症状
の危険性があるときは、新生児を十分な期間入院させるべきである。初期介入により二次
的な被害を軽減し、識字能力や行動を改善することができる。多職種の専門家による診断
や治療サービスが行われている場合があり(32)、その有効性や世界での展開の可能性につ
いて検証すべきである。
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子どもの保護
国連子どもの権利条約によれば、子どもの保護には、不適切な養育を特定・報告・調査・
治療・追跡・予防すると同時に、子どもや養育者への支援プログラムが含まれていなけれ
ばならないとされている。行政府と立法府の双方が、子どもの利益を最優先に掲げる対応
をとるべきである。これは家族機能を維持することよりも優先される事項であり、子ども
を引き離すことで親の精神疾患が悪化するとしても、子どもの幸福は親の権利に勝るもの
である。各国は、子どもの緊急保護を含め、調査や治療を行うために必要な権限および手
続きを定める法律を制定しなければならない。精神保健の専門家は、その国で効力を有す
る法律の内容および手続きを理解しておく必要がある。
子どもを保護するためには、以下の社会諸機関との連携が必要である。

拡大家族。子どもの健やかな成長に必要な自然環境として、家族の基本的な役割につ
いても条約には明確に述べてられている。父親の積極的な関わりは高く評価されてお
り、同胞や義理の家族・祖父母もしばしば重要な支援者の役割を果たしている。国に
よっては、拡大家族が唯一の社会資源である場合もある。

多職種児童保護チームは、高所得国における中心的存在である。

チームと協力しながら、またはチームの代わりとして、隣人や学校・ボランティア団
体・宗教団体などが、不適切な養育事例を通報し、社会参加や非公式ネットワークを
促進することなどを通じて、家族を支援することができる。

仮の居場所とは、生物学的両親によって安全に養育されない子どもの避難場所である。
これには、養子縁組・里親・さまざまな組織による支援が含まれる。
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不適切な養育の管理
不適切な養育が疑われる場合の早期診断・評価・管理については成書にまとまった記述
がなされている(33)
。虐待と重い精神障害との間に関連があれば、事態は複雑になる。親
の深刻な精神病理のために引き起こされる代理ミュンヒハウゼン症候群を例に挙げると、
保護を受ける子どもの権利と家族の権利であるプライバシー権・通常の医者-患者関係・守
秘義務が競合することになる。調査には家庭医の協力を得て行われる両親の病歴聴取をは
じめ、抜き打ちの家庭訪問、専門家との多岐にわたる協議を経た上での内偵、育児の役割
から両親を除外する作業などが含まれる。診断が確定した場合、両親との面接は非常に重
要である。医師は、自分が把握している事実関係を明確にして子どもへの有害な影響を説
明できるようにし、これから両親と子どもの双方を支援しようとしていることを両親に納
得してもらう必要がある。
不適切な養育を受けた子どもを親から引き離すことが、唯一安全な解決法であることも
少なくない。強制的に子どもから引き離されることは、母親にとって最も心的外傷を伴う
体験であり、回復可能な精神障害のために強制措置がとられる場合はなおさらのことであ
る。それは、子どもにとっても辛い体験であろう。代わりとなる居場所も問題をはらんで
いる。たとえば、孤児院や病院(いわゆる施設症)における子どもの孤独や苦難は以前か
ら知られていた。しばしば非常に有益である里親制度も、時には失敗することがあり、結
果的に将来に混乱を招くことがある。
不適切な養育の予防に関する数多くの研究が行われているが、それらは虐待の高リスク
群への啓発活動や事前の介入を通じて行われている(34)
(35)。重篤な精神障害とそれに
付随する社会的環境の悪化とがリスク要因とならない限り、単に精神病であるといっても、
この指針の対象とするところではない。
世界で利用可能な社会資源
世界の子どもの大部分を占めている国における、子どもを守るための社会資源に関する
情報を集めるために、私たちは 19 カ国から調査書を入手した。また、同僚に手紙を送って、
法律・公的なあるいは政治的支援・国の記録・報告書・児童保護チーム・研修・公共サー
ビス・その他子どもの保護に当たっている機関に関する情報を補った。多くの高所得国か
らはもちろん、アフリカ 6 カ国(エチオピア・ケニア・モザンビーク・ナイジェリア・タン
ザニア・ウガンダ)、東南アジア 3 カ国(インド・パキスタン・フィリピン)、中東 2 カ国(エ
ジプト・トルコ)
、中南米 3 カ国(アルゼンチン・ブラジル・メキシコ)からも回答を得るこ
とができた。そして、下記の 4 つのグループに分けることができた:

グループ 1 は、裕福な国から成り、法整備や様式は異なっているが、ありとあら
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ゆる社会資源が利用できる。例えばカナダは、子どもの不適切な養育の研究に大
きく貢献している。

グループ 2 は、トルコや台湾から成り、開始は遅れたが効果的なサービスの整備
に向かって前進している。例えばトルコには、子どもを保護するチームが少なく
とも 14 チーム存在している。

グループ 3 は、インドやウガンダからなり、子どもが非常に多く、ある程度の資
源はあるものの実際のサービスを供給できず、先駆的な施設を作り上げるのに苦
戦している。

グループ 4 は、例えばパキスタンのような国からなり、子どもの不適切な養育の
問題は解決にはほど遠い、初期段階にある。児童保護法案は議会の決定を待って
いる段階である。障害となっているのは家族のプライバシーを重んじる文化であ
る。
私たちは、経済的な制約の中で、それぞれの国で子どもの保護を改善するにはどうした
らよいか、報告者に質問してみた。ここには回答の一部だけ述べている――スタッフや資金
がもっと必要なのは自明である。そのほかで、第一にあげられたのは、タブーとされてき
たこの話題に、多くの人の注目を集めるために(パキスタン)、大衆・教師・精神病をもつ
患者の家族、そして土着ヒーラーまで、啓発する必要性であった。次に重要なのは、小児
科医・プライマリーケアチーム・助産師と訪問看護者などの専門家に対する精神保健の訓
練であるとされた。3 番目にあげらえたのは、これらの子どもが高リスク群であることを認
識して行動を起こすよう、政府に陳情活動を行うことであった。
児童・思春期の精神保健サービス
児童・思春期の精神保健サービスは、精神的に脆弱な子どもへの精神保健を推進するた
めに欠かせない。これらのサービスは、前述した全ての疾患に対する治療を提供するほか、
教育・訓練・評価・他機関との連携・研究と予防・ガイドラインの開発などについても重
要な役割を果たす。臨床においては、両親・子ども・子どもを取り巻く社会的家庭的状況
に焦点をあてた多職種チームによるケアが最もよい。家族療法・母子精神療法・子どもの
年齢や発達段階に応じた短期認知療法など、さまざまな精神療法・心理的介入が開発され
ている。
低所得国ではこのようなサービスがほとんど提供されていないことが、われわれの調査
で明らかとなった。2005 年 WHO は 66 カ国からの回答にもとづいて、児童思春期におけ
る精神保健関連の社会資源アトラスを出版した。各国の正確な実情は定かではないが、こ
のアトラスによれば出生率が高いほとんどの国々で児童思春期への精神保健サービスが十
分でないことは明らかである。例えば毎年 150 万人の子どもが生まれているウガンダには
首都カンパラに2つの精神科の外来クリニックがあるのみで、児童精神科医の資格を有す
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る医師は1名しかおらず、主にてんかんと精神発達遅滞を扱っているのが現状である。37
カ国でほとんど精神保健の訓練を受けていない小児科医によってケアが提供されており、
アメリカ合衆国においてさえ児童精神科医が不足している。
低所得国でも無理なく実施でき、財政的負担が軽く文化的にも受け入れやすい、精神疾
患をもつ親とその子どもへの臨床的介入方法を見出だすことは、優先的な課題である。精
神的に脆弱な子どもとその家族を支えるための拡大家族の活用も、臨床的介入に含まれよ
う。
前途は長く険しい。まず、診察を行う能力がある専門家を育成しなければならない。彼
らは、啓発、政治家へのロビー活動にも指導的な役割を担うことができる。また、模範と
なる組織を創設して訓練プログラムを開始しなければならない。訓練は、将来専門家をめ
ざす人だけではなく、子どもと直接接する職種(たとえば看護師やその他の医療スタッフ・
教師など)や、助けを必要とする子どもを支える地域社会の人にも提供されなければなら
ない。
重い精神障害の親をもつ子どものニーズに応じるためには、児童思春期の精神保健サー
ビスが世界規模で発展しなければならない。
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表1
養育の責任者である患者のための簡易育児機能評価
A. 子どものあらゆるニーズが満たされていることを確認する
B. 問題があれば、以下の評価を行う

子どもとの関係の質

家庭内暴力

不規則な登校

その他の課題、すなわち健康や安全に関するネグレクト、過保護もしく
は子どもによる親役割の代行

子どもの感情障害もしくは混乱した行動

代替となる保護の供給
C. 利用可能な支援:
もう一方の親・拡大家族・学校・隣近所・非政府機関、もし
くは保健医療サービス
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表2
インドでの重篤な精神疾患をもつ症例における育児評価と介入の事例
7 歳の息子と 9 歳の娘と 35 歳の未亡人が暮らしており、初老の義父が近所に住んでいた。
2 年間、彼女はほとんど家を出ず、子ども達を監禁し衛生に配慮せず、菓子や炭酸飲料を与
えていた。ついに妄想上の迫害者に対し怒鳴り出したので、近所の人が義父を助けて彼女
を入院させた。
養育評価の所見:
・子どもはビタミン欠乏症であった
・子どもが病気になった時、母親は医者に連れて行かなかった
・子どもは6ヶ月間登校せず、友達がひとりもいなかった
・母親は騒々しく気まぐれであった
・上の子どもが親代わりをしており、家事をしなければならなかった
利用可能な支援:
・子ども同士そして祖父との絆
・(母の振る舞いのため疎遠になっていた)親戚
・心配している近隣者や学校の先生
(成人)精神医療は全ての支援を提供する要であった。一般的な社会福祉は欠けていたが、
チームにソーシャルワーカーが配属され、訓練中のレジデントとともに家族支援計画を担
当した。
対策:
・義父は子ども達のケアにあたっての指導と物質的援助をうけた。彼は登校を保
証することにも賛成した。
・家族に母親の精神疾患の説明を行うと、母親への批判的な態度が弱まり、定期
的に面会に行くことに同意した。近所の人は義父への援助を続けた。
・教師が子どもの出席と健康の確認を定期的に行った。
・子ども達は母親に面会し、母親は養育の要点を教わった。
・子ども達は、遺伝負因・ネグレクト・片親家庭そして不安定な子ども時代によ
るリスクが高いため、児童精神科医による評価と介入を受けた。
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