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加熱調理した乾燥卵黄パウダーのコレステロール酸化と 脂質代謝に
加熱調理した乾燥卵黄パウダーのコレステロール酸化と 脂質代謝に与える作用の解明 明治大学農学部・教授 長田 恭一 ■ 緒 言 食品中の酸化コレステロール(Oxc)は、その製造工程あるいは保存中にコレステロールの一部が酸 化されて生成する。食品中に存在する主要な Oxc は 7α⊖hydroxycholesterol、7β⊖hydroxycholesterol、 5α⊖ e p o x y c h o l e s t e r o l 、 5β⊖ e p o x y c h o l e s t e r o l 、 c h o l e s t a n e t r i o l 、 7 ⊖ k e t o c h o l e s t e r o l お よ び 25⊖hydroxycholesterol の 7 種類である 1)。生体内で検出される Oxc の大部分は食事由来であると考え られる。食事で摂取された Oxc は動脈硬化等の疾患の発症に関与するだけでなく、脂質代謝を撹乱す ることが明らかとなっている 2)。本研究では過去の報告で高いレベルの Oxc が検出された乾燥卵黄パ ウダーのコレステロール酸化の状況と加熱後の Oxc を含むパウダーを摂取した場合の脂質代謝に与え る影響を調べ、吸収された Oxc の体内での動態の一端を明らかにすることを目的とした。 ■ 方 法 1.乾燥卵黄パウダーの加熱によるコレステロール酸化 キユーピータマゴ株式会社から購入した、乾燥卵黄 No.1 を用いた。乾燥卵黄約 1g を 50℃あるいは 100℃で加熱した。加熱後の卵黄パウダー中の酸化コレステロールは既報の方法に従って脂質を抽出 し、けん化後に得た不けん化画分をトリメチルシリル誘導体にして以下の条件で GC⊖MS に供して解 析した 3)。 GC⊖MS の分析条件 機器:GC 部:Agilent 7890A GC、MSD 部:Agilent 5975C GC/MSD カラム:Zebron ZB⊖1MS(60 m×250μm×0.25μm) キャリアガスとその流量:ヘリウム (1.5mL/min) カラム温度:270℃ 注入口温度:300℃ スプリット比:10:1 イオン化法:EI イオン化電圧:70 eV 分析モード:SIM 2.加熱卵黄パウダー摂取による脂質代謝への影響 雌雄混合で 8 〜 10 週齢の健常モデルである日本産野生由来(KOR)マウスおよび自然発症高脂血 症・動脈硬化症モデルである日本産野生由来アポ E 欠損(KOR⊖ApoEshl)マウスを室温(20⊖23℃)、明暗 時間制御(明期 7:00 ⊖19:00)の下、個別ゲージで飼育した。体重、血漿コレステロールレベルの平均 が等しくなるように以下の 4 群に分けた。なお、KOR マウス群は、雄 4 頭雌 2 頭の合計 6 頭、KOR⊖ ApoEshl マウス群は、雄 4 頭雌 4 頭の合計 8 頭を用いた。KOR マウスに基礎飼料(MF 粉末飼料:オリ エンタル酵母工業株式会社)に未加熱の卵黄パウダーを 10%添加した NH⊖ 群、加熱卵黄パウダーを 10%添加した NH+ 群、KOR⊖ApoEshl マウスに基礎飼料に未加熱の卵黄パウダーを 10%添加した EH⊖ 群、加熱卵黄パウダーを 10%添加した EH+ 群に分け、ペアフィーディング条件で 21 日間給餌した。 飼育終了後、麻酔を施して眼底採血死させて、血液と肝臓を採取した。その後、血漿と肝臓の脂質パ ラメータ及び Oxc レベルを測定した。 3.酸化コレステロールの吸収後の動態 安定同位体標識コレステロール(Cholesterol⊖3⊖13C)を加熱酸化し、13.34mg の未酸化の Cholesterol⊖ 3⊖13C と 86.66mg の酸化された Cholesterol⊖3⊖13C 混合物を得た後にそれぞれを含むエマルションを作 成した。9 週齢の Wistar 系雄性ラットの胃内に各エマルションを強制投与して 12 時間後に、麻酔を 施して腹部動脈より採血死させ、血液、肝臓、心臓、腎臓、胃、小腸、大腸内容物ならびに糞便を採 53 取した。血漿は、HDL、VLDL および LDL 画分に分画し、各組織とリポタンパク質に存在する Oxc レ ベルを上記の GC⊖MS 分析方法で解析した。 4.統計処理 データは平均値 ± 標準誤差で示した。動物種と卵黄パウダーの加熱の有無の影響については二元配 置分散分析を用い、各群間の比較には Turkey 多重比較を行った。P< 0.05 で有意差があると判断した。 ■ 結 果 1.乾燥卵黄パウダーの加熱によるコレステロール酸化 加熱した卵黄パウダー中の Oxc レベルを分析した結果、100℃で加熱した高温加熱調理モデ ル、ならびに 50℃で加熱した低温加熱調理モデルともに加熱時間が長くなると Oxc レベルは増大 した(図 1)。加熱により顕著に増大したのは 5β⊖ epoxycholesterol であった。また、その他に 7α ⊖hydroxycholesterol と 7β⊖hydroxycholesterol が高いレベルで検出された。 2.加熱卵黄パウダー摂取による脂質代謝への影響 血漿総コレステロールとリン脂質両レベルは NH+ 群と NH⊖ 群の 2 群と比べて EH+ 群と EH⊖ 群は 有意に高くなった(図 2)。トリグリセリドレベルも同じ傾向となった。一方、HDL⊖コレステロールレ ベルは、NH+ 群と NH⊖ 群の 2 群と比べて、EH+ 群と EH⊖ 群は有意に低くなった。動脈硬化指数は、 NH+ 群と NH⊖ 群の 2 群と比べて、EH+ 群と EH⊖ 群は有意に高くなった。肝臓の総コレステロールレ ベルおよびトリグリセリドレベルも血漿と同じ傾向となり、リン脂質レベルには変化はなかった(図 3)。以上のように、すべてのパラメータは動物種差の影響が有意ではあったが、加熱卵黄パウダーの 摂取による影響はなかった。 血漿で検出された Oxc レベルは、NH⊖ と EH⊖ の両群と比べて、加熱卵黄パウダーを摂取した NH+ 群と EH+ 群は高くなる傾向となった(図 4)。血漿の Oxc レベルは動物種差と加熱卵黄パウダーの摂 取による影響に有意差が認められたが交互作用はなかった。肝臓で検出された Oxc レベルは、NH⊖ と EH⊖ の両群と比べて、NH+ 群と EH⧻ 群は高くなる傾向となり、加熱卵黄パウダーの摂取に有意な影 響があった。 3.酸化コレステロールの吸収後の動態 未酸化の Cholesterol⊖3⊖13C は、投与して 12 時間後には、肝臓に高いレベルで存在し、各リポタン パク質にも認められ、各臓器にも輸送されていることを確認した(図 5)。一方、酸化した Cholesterol⊖ 3⊖13C は、投与して 12 時間後には、約 5%が生体内で検出された。酸化物はコレステロールと同様に 各リポタンパク質に組み込まれること、また、心臓や腎臓にも存在することを確認した。未酸化の Cholesterol⊖3⊖13C を投与した場合と違って酸化物の大部分は、胃および小腸で高いレベルで検出され た。 ■ 考 察 本研究では、乾燥卵黄パウダーの加熱に伴うコレステロール酸化の状況及び加熱卵黄パウダーの摂 取による脂質代謝への影響について検証した。乾燥卵黄パウダー中の Oxc レベルを分析した結果、加 熱前でも少量の Oxc が存在すること、そのレベルは高温あるいは低温で加熱すると、加熱時間が長く なるのに伴って増大した。しかし、そのレベルは過去に報告された場合 4)と比べて低いレベルであっ た。これは、海外産卵黄パウダーと比べて国産品はビタミン E や β⊖カロテンのレベルが高く、生産 段階で Oxc の生成が低く抑えられていることが反映しているのではないかと思われる。 Oxc を多く含む加熱卵黄パウダーの摂取による脂質代謝に与える影響について KOR マウスと KOR⊖ ApoEshl マウスの 2 つのモデルを用いて検討した。その結果、血漿と肝臓の脂質パラメータの大部分で 動物種差の影響は認められたが、加熱卵黄パウダーの摂取による影響は認められなかった。よって、 短期的には Oxc を含む加熱卵黄パウダーを摂取しても脂質代謝は影響を受けないと考えられる。しか し、血漿と肝臓の Oxc レベルは、未加熱の卵黄パウダーを与えた場合と比べて、加熱卵黄パウダーを 与えた場合には高くなる傾向となり、加熱卵黄パウダー摂取による影響が認められた。また、血漿の Oxc レベルは KOR マウスよりも KOR⊖ApoEshl マウスで高かった。よって、健常者と比べて高脂血症患 者は Oxc の摂取レベルが高くなると生体内の Oxc レベルが高くなるのではないかと予想された。その ため、食事内容等に配慮する必要があるかもしれない。 54 最後に、酸化した Cholesterol⊖3⊖13C 混合物をラットに投与したところ、各リポタンパク質と種々の 末梢組織から Oxc が検出された。他の研究でも、Oxc を投与した場合には動物 5,6)とヒト 7)の両者で血 漿のリポタンパク質中に検出されており、本研究で得た結果と一致した。さらに、腎臓と心臓から投 与した Oxc が検出されたことから、食事由来の Oxc は吸収された後にリポタンパク質に組み込まれて 末梢組織に運搬されると考えられる。今後は、Oxc の生体内での蓄積行程や体外への排泄に関わる代 謝等を調べる必要があると思われる。 ■ 要 約 乾燥卵黄パウダーの加熱に伴うコレステロール酸化の状況ならびに加熱した Oxc を含む卵黄パウ ダーの摂取による脂質代謝への影響について調べ、さらには Oxc の代謝の一端を検証した。乾燥卵黄 パウダーを 50℃あるいは 100℃で加熱すると Oxc レベルは加熱時間が長くなるのに伴って増大した。 しかし、過去に報告されたような高いレベルにはならなかった。Oxc を多く含む加熱卵黄パウダーの 摂取による脂質代謝への影響を調べた結果、血漿と肝臓の脂質代謝パラメータに変動は生じなかっ た。しかし、加熱卵黄パウダーを摂取させた場合には血漿と肝臓の Oxc レベルは高くなった。また、 血漿の Oxc レベルは健常マウスよりもアポ E 欠損マウスで高かった。以上のことから、国産の卵黄パ ウダーのコレステロールは酸化されにくく、Oxc を含む加熱卵黄パウダーを摂取しても脂質代謝は影 響を受けにくいと考えられる。しかし、高脂血症患者が加工食品由来の Oxc の摂取レベルが高くなる と生体内の Oxc レベルは高くなりやすいと予想された。 ■ 文 献 1.長田恭一、山田耕路 .(2002)食事と酸化コレステロール . オレオサイエンス 2, 249⊖256. 2.Osada, K., Kodama, T., Yamada, K., Nakamura, S., Sugano, M.(1998)Dietary oxidized cholesterolmodulates cholesterol metabolism and linoleic acid desaturation in rats fed high-cholesterol diet. Lipids 33, 757⊖764. 3.Terunuma, S., Kumata, N., Osada, K.(2013)Ezetimibe impairs uptake of dietary cholesterol oxidation products and reduces alterations in hepatic cholesterol metabolism and antioxidant function in rats. Lipids 48, 587⊖595. 4.Paniangvait, P., King, A.J., Jones, A.D., German, B.G.(1995)Cholesterol oxides in foods of animal origin. J. Food Sci. 60, 1159⊖1174. 5.Bascoul, J., Domerguea, N., Mourtob, J., Debryb, G., Crastes de. Paulet A.(1987)Intestinal absorption and fecal excretion of 5,6a⊖epoxy⊖5c ⊖cholesta⊖3/3⊖ol by the male wistar rat. Lipids 21,744⊖747. 6.Vine, D.F., Mamo, J. C.L., Beilin, L.J., Mori, T.A., Croft, K.D.(1998)Dietary oxysterols are incorporated in plasma triglyceride-rich lipoproteins, increase their susceptibility to oxidation and increase aortic cholesterol concentration of rabbits. J. Lipid Res. 39, 1995-2004. 7.Emanuel, H.A., Hassel, C.A., Addis, P.B. , Bergmann, S.D. Zavoral, J.H.(1991)Plasma Cholesterol Oxidation Products(Oxysterols)in. Human Subjects Fed a Meal Rich in Oxysterols. J. Food Sci. 56, 843⊖847. 55 A Abundance 3 加熱前 4 0 0400000 0 0 0 1 2 0 0 200000 0 0 0 2 4 5 1 : 7α-Hydroxycholesterol 2 : 7β-Hydroxycholesterol 3 : 5β-Epoxycholesterol 4 : 5α-Epoxycholesterol 5 : 4β-Hydroxycholesterol 6 : Cholestanetriol 7 : 6-Ketocholestaol 8 : 7-Ketocholesterol 6 00 50 ℃ 48時間加熱後 4 0 0 400000 0 0 0 3 4 2 1 2 0 0 200000 0 0 0 5 6 8 7 00 100℃ 9時間加熱後 4 0 0 400000 0 0 0 00 1 515.00 .0 0 25 2 20.00 0 .0 0 2 525.00 .0 0 50℃加熱 25 20 15 10 5 0 3 030.00 .0 0 0 12 24 Heating time (h) 48 5 3 535.00 .0 0 Retention time (min) Total oxc (mg/100g) B Total Oxc (mg/100g) > 3 4 2 1 2 0 0 200000 0 0 0 6 4 40.00 0 .0 0 7 8 4 45.00 5 .0 0 5 50.00 0 .0 0 100℃加熱 20 15 10 5 0 0 1 3 6 Heating time (h) 図 1 卵黄パウダーの低温および高温加熱に伴う酸化コレステロールの生成 A : 加熱前後のステロール成分のトータルイオンクロマトグラム B : 加熱に伴う酸化コレステロールレベルの経時的変化 56 9 b 1200 b 160 900 mg/dl mg/dl 200 総コレステロール 600 300 0 800 a a NH+ NH- mg/dl 80 EH+ b EH- b 40 b a 10 0 0 NH- a bc EH+ EH- ac 100 NH+ NH- 動脈硬化指数 EH+ b EH- 0 NH+ NH- b 20 200 NH+ b 150 b 50 30 a トリグリセリド 200 40 600 400 a a 120 0 リン脂質 250 HDLコレステロール mg/dl 1500 EH+ EH- a a NH+ NH- EH+ EH- 図 2 未加熱あるいは加熱した卵黄パウダーを摂取した KOR および KOR-ApoEshl マウスの血漿脂質 レベル Mean±SE of 6-8 mice in each group. abc Values without a common superscript letter are significantly different at p<0.05. 57 12 40 トリグリセリド 50 総コレステロール b 40 リン脂質 b 30 4 30 20 a a 20 mg/g Liver mg/g Liver mg/g Liver 8 10 10 0 NH+ NH- EH+ EH- 0 0 NH+ NH- EH+ EH- NH+ NH- EH+ EH- 図 3 未加熱あるいは加熱した卵黄パウダーを摂取した KOR および KOR-ApoEshl マウスの肝臓脂質 レベル Mean±SE of 6-8 mice in each group. ab Values without a common superscript letter are significantly different at p<0.05. 12 16 b 血漿 肝臓 二元配置分散分析 µg/ml a 4 a 0 µg/g Liver 12 8 4 E <0.01 NS H <0.05 <0.05 E×H NS NS E:動物種差、H:Heat a NH- 肝臓 P 8 0 NH+ 血漿 EH+ EH- NH+ NH- EH+ EH- 図 4 未加熱あるいは加熱した卵黄パウダーを摂取した KOR および KOR-ApoEshl マウスの血漿と肝 臓の酸化コレステロールレベル Mean±SE of 6-8 mice in each group. ab Values without a common superscript letter are significantly different at p<0.05. 58 A Colon 1.60% Feces 0.41% Kidney 13.04% Small intestine Stomach 7.93% 0.32% B LDL 0.12% HDL 4.21% VLDL 0.92% Heart 2.35% LDL 0.42% VLDL 0.18% HDL 0.13% Small intestine 26.37% Kidney Colon 0.66% 0.75% Feces Liver 3.49% 3.64% Heart 0.51% Stomach 64.16% Liver 68.79% 図 5 投与した未酸化の Cholesterol-3-13C(A)と酸化した Cholesterol-3-13C(B)の体内での分布 59