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特殊伐採の名人 - 聞き書き甲子園 foxfire in japan

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特殊伐採の名人 - 聞き書き甲子園 foxfire in japan
森の名人
林業(空師)
特殊伐採の名人
~俺は木の命をもらって生かされてるん~
やなおか
しんいち
お
の
か お り
柳岡 伸一(群馬県北群馬郡榛東村) × 小野 香利(埼玉県 大妻嵐山高等学校2年)
その時にチェーンソーの使い方や刃の擦り方、その他すべてを教
1 自己紹介
わったん。それから自分の腕を磨いていったんさね。
でも、今までに何回か失敗をして、やっと樵とか空師って言え
るようになったん。
生年月日はね、昭和 26 年3月7日生まれ。数えで 65 歳にな
きたぐんまぐんしんとうむら
りますね。名前は柳岡伸一。出身は群馬県北群馬郡榛東村。兄弟
3 ただ切ればいいってわけじゃない
はね、下に妹と弟がいるね。
職業は林業なんだけれども、60 歳の時に母親の介護をしなく
ちゃならなくて、会社を仕方なくやめることになったん。会社を
建物があったりお墓があったりすると木を倒すわけにはいかな
やめる前は、林業の伐出会社に勤めてたね。今は母も亡くなって
いんですよ。家でもなんでも潰しちゃうから。そうしないために、
個人的に仕事をやってるんです。
上の枝から全部切ってくるんさね。上から切るって言っても地上
具体的にはね、
立木の伐採や特殊伐採。
特殊伐採ってよく空師っ
で伐採ができて、一人前以上になってからじゃないと木の上、上
て言うん。聞いたことないかな。特殊伐採って言うのは、立って
がっては切れねぇから。
る木のてっぺんまで登って上から段々に下へ切ってくるん。普通
その時、枝を落とさないで木を切る。だから、ロープで縛っと
の人ではなかなか出来る人が少ないですよ。
く。手切りの場合はね。
他にはチェーンソーの講師、安全指導員、パトロールなど各林
今はほとんど、大っきいクレーンで上からワイヤーを下げても
業事業所を回って新人の育成もしてるんです。
らって、上で木を吊るん。もちろん、木の上登っていって自分で
つけなくちゃならん。
きこり
2 19 歳で樵の道へ
もうひとつは、立木崩しっていうのがあるんだよね。上から崩
して切ってくるん。積み木なんかをよく崩すっていうでしょう。
家が農家で、
農業やっていたから勤めに出られなかったんさね。
それと同じ。上から切っていくんさね。その時は、ロープで縛ん
そしたら、
隣で山やっていた人がいて、
「山、
やらねぇーか」となっ
ないで木を切り落としていくん。一番高い木で 35 mぐらいあっ
て、それで山に入ったん。19 の時かな。
たんじゃないかな。
もうね、
山仕事に入ったら他の職業にも行く気はなかったしね。
もちろん、人間だからね。高い木を登って怖いと思ってる。け
それからずーっとこのままできちゃった。
ど、やらなきゃいけない。怖いけど、その怖さを忘れたらもっと
19 歳の時は木を切るだけが精一杯。急に空師になったわけじゃ
怖い。どこかでね、手抜きしたり。怖さを忘れると……。それが
ねぇから。でも、結局どんどんさせられていった。やる人がい
一番怖いんだよ。
ねぇーからね。
し ま
21、22 歳の頃、四万温泉(群馬県)の奥に腕の良いすばらし
い樵さんと一緒に仕事をする事があって、3年位一緒だったん。
3
Foxfire in Japan 14th
3
を言うんさね。
4 木を登るにあたって
追い口を切る時、
つるって言うのを
しょうちゅうき
木を登る時に必要なのが、昇柱器。昇柱器っていうのは、足に
残す。
つける爪。内側の爪で木を止めるでしょ。すると、外側の爪が木
つるって言うの
に当たるわけ。それで、登っていくわけなん。これはね、上で止
は、受け口と追い
まって作業するのにうんと楽なんだよ。
口の間に切らずに
命綱は腰から木を通して回っているだけ。
残す部分。残す大
きさは木の直径の
受け口
約 10 分 の 1。 開
け閉めするドアが
あるでしょ。その
横に付いている金
ちょうつがい
具( 蝶 番 )
。これ
と同じ役目をする
んさね。
つるを切りすぎ
ると木の重量で好
追い口を切る柳岡さん
きな方向に傾いて
いくん。こっちに
昇柱器
倒そうと思った木
が横にいったりし
て ……。 だ か ら、
絶対につるは残さ
なきゃいけないん。
最後に、追い口
で切ったところに
くさびの入れ方
くさびを入れる。
くさびを入れることによって、入れた高さ分だけ、木が起きてく
るでしょ。ほんで、木の重心を崩してやるわけ。そうすると、受
け口の方向へ倒れていくわけなん。
これはね、正確にやらなきゃダメなの。枝の張り具合、木の傾
き具合とか全部自分で計算するの。その木に合わせて。
だから、よく山に行って言うんだよ。数学が出来ないとダメ。
命綱と昇柱器をつけて木に登る柳岡さん
計算式はねぇけど、計算出来ねぇと。
5 46年間で培った経験と技術で正確に木を倒す
木を定めた方向に倒す時、受け口って言うのを作るん。
受け口って言うのは、三角に切ったこの部分を受け口って言う
んさね。この角度が 60 度。深さは、木の直径で3分の1から4
分の1。だいたい4分の1でしょう。
6 木を定めた方向に倒す難しさ
これはね、木を倒す方向に向けてきっちりと作ってやんなく
ちゃならない。
受け口を作ったら、次に追い口って言うのを作るん。
木を正確に倒すまで時間かかるんだー。中途半端にやったら、
追い口は、受け口の3分の2の高さで後ろから切ってくること
だいたいね、命を落とすん。経験を積むのに最低 10 年ぐらいは
4
かかる。
全部ねらっ
て、ぴったり倒れ
るようになるまで。
これはもう体で覚
えるしかない。
切り方を間違え
ると大変なん。い
るんだよ。
木を切っ
ててさ、チェーン
ソーの刃を斜めに
切り込んじゃう人
がいる。水平に切
切った杉の断面
んなさいよって言
う の に。 斜 め に
切っちゃう人がい
これから切る杉の木。高さ 23 m
るの。そうすると、
やばい、やばい。怖いんだ。
今度は木が裂ける可能性がうんと大きくなるん。
木の重心がうんと傾いている木は、
裂ける可能性が非常に高い。
もし裂けた時は早く逃げねぇと。裂けたままで立っていればいい
んだけど、裂けた木が 3 〜 4 m上にいってから離れて、今度は
上から落っこちてくるがね。どこに落っこちるか、わかんねぇー
んだよ。木の下にいれば完全に潰されちゃう。
だから、正確に木を倒すってなると大変なん。10 年ぐらいか
かるから。
つるとなる部分を切っている柳岡さん
7 木を切るにも、いい時期と悪い時期がある
木も時期はあるよ。一番よくないのがだいたい春のお彼岸頃か
ら。木が水を吸い始めるん。水を吸い上げた木は、あんまりよく
ねぇんだよ。木が生長始める時期だから。
逆に今度は、9月から 10 月になると木は水を下げちゃう。一
番いいのは 10 月、11 月、12 月、1月。遅くても2月まで。木
が生長を止めて眠っている間。
木を正確に倒す柳岡さん
なぜかっつうと、4月以降、水を吸い上げた木を切るでしょ。
切った木を今度は製品に使うわけ。すると、虫がつくんだよ。虫
にとってはおいしい木になる。木を乾燥させてもだめなんだ。悪
い時期に切った木は虫がつく。だから、
防虫加工してあるんだよ。
いい時期に切っていれば、虫は入ってこねぇんだ。寄ってこな
い。よーく知ってる、自然は……。
8 会社勤めのころは……
空師はさー、仕事がある時はとっても忙しいし、なきゃ、全然
ないん。だから、俺の仕事は成り手いないんだよ。食べていくん
切った直後の杉の木
5
に食べていけないがね。収入が不安定なん。だがら、職業として
この時から木を見る目を 180 度ひっくり返されたんさね。そ
はなかなか大変なんだよね。
うか、木だってこんなにも元気よく生きている。俺は今まで思っ
それで、林業のほうの会社に勤めてたんさね。安定した仕事を
てもみず、技術のみにこだわって木を切ってきたけど、木を切る
もって、空師をやってたん。その前は、森林組合に 11 年いたん
ということは木の命を奪ってきたということがね。
急に心が重く、
かなー。そこでは草刈りとか間伐関係をやってたね。
悲しくなってしまったん。
9 つらかったことは……
12 木に対しての思い
まだ、23 歳か 24 歳ぐらいの時だったかな。事故った時はつら
俺の仕事は、この木たちの命をもらわなくては、生活も生きて
かったよね。ケガじゃないよ。でっかい事故だからさ。木を切る
いくことも出来ないん。俺はこの木の命をもらって生かされてい
のに失敗してね。車を1台潰したの。やったことがあるんだよ。
ると思うと、木を切る時には、ごめんよ、かんにんな、切らして
笑えない話なん。車を弁償しなくちゃならない。しまったと思っ
もらうよ、太いところは用材に、枝の細いところはパルプと紙の
ても遅いんさね。あの時は怖さ知らなかったん。
用材に、捨てることなく全部使わしてもらうからと言って、大い
木の切り方を間違えたんじゃなくてね。木を切る時に真ん中に
に仕事をさせてもらってるん。
つるっていうのを残すんさね。それを残さなかったんだ。うんと
山に入る時、朝はおはようと元気よくあいさつして入り、帰る
切りすぎた。切りすぎると間違いなく木は違うところに倒れちゃ
時にはありがとう、お世話さまでした、事故もなくてよかったよ
うから。
と言って帰るんだ。それが今でもずっと続いているん。
それから、毎月 12 日に十二様があるから、お神酒とお頭付き
10 大失敗を転機に
をあげて清めてる。
十二様っていうのは、山の神様なん。女の神様。だからね、女
のこぎり
1台車を潰した大失敗を機に伐採の方法、鋸の切れのよさと
の人は入山禁止になっているでしょ。みんな。なぜかっつうと、
技術、技術と追い求めていったんさね。いつしか切る木がだんだ
同性でね、やきもちやくんだって。昔はそう言われたんだよ。だ
ん大きい木となってそれがブナの原生林という 200 年 300 年と
から、女の人は山に入らないん。今はけっこう入ってくるけれど
いう年数のたった木を手がけるようになっていったん。
ね。
けど、俺なんかまだ空師ってなると、まだ序の口。俺より上の
13 私が大事にしている詩、それは…… 人がたくさんいるから。この年になってもさ、勉強したいと思う
ん。
11 木を見る目が 180 度ひっくり返された
春の芽吹きのころ、大きなブナの木のもとで1人昼の弁当を食
べていたん。なんとなく木に寄り掛かったら、木のなかで何か音
がするんさね。耳を澄まして聞けば、それは芽吹きのため根から
水を吸い上げる大きな音と分かったん。
わぁすごいなーって思って。水が木のなかを音をたてて上って
く。改めて木を下から上へと見上げてしまったね。
金子みすゞさんの詩を知ったきっかけは朝日新聞の天声人語に
※その時作った俳句 大漁の詩が載ったのが最初なん。この詩はやっぱすごい詩なんだ
よね。見方が全然違うんだよ。180 度ひっくりけえってる。
大漁の詩はさ、鰯なんだけど、俺がやっていることと同じなん。
木を切ってるわけなの。生きている木を。死んでいる木じゃない
よ。木を切ってきたことで、今までずーっと俺は生かされて生き
てきたん。生かされてきたんだよ。
この詩だってそうだよ。ひっくり返してみてさ、海の中で見て
るわけだから。鰯のとむらい。鰯の方から見てる。ふつうの人間
だったら大漁の方を見てるからさ。
6
俺だって当たり前で木を切ってきたわけさ。当たり前でね。だ
ざいます。
から、この詩は俺にとってうんと影響してるん。
そして、私の無理な要望にも応えてくれたことにも、とても感
謝しています。
14 当たり前であることの有り難さ
最後に、この機会を与えてくださった聞き書き甲子園の委員会
のみなさん。本当にありがとうございました。
ほんとね、今の人はみんな、当たり前であることが当たり前だ
と思ってる。酒井先生から言わすとさ、当たり前であることの有
り難さを全部忘れてるん。
あがつまぐん ひがしあづままち
酒井先生っていうのは、長徳寺(群馬県吾妻郡東吾妻町)の
さ か い だいがく
酒井先生もまた金子みすゞ
お坊さんなんだけどね。
酒井大岳さん。
さんの詩を愛好してる方なん。金子みすゞさんの詩について何冊
も本を書いてるん。
15 最後に……
やっぱり、
空師やる時は足場のうんと悪い所ばっかりなんだよ。
他の人が誰も手ださねぇ所をやるんだ。だから、木をみんな切っ
て片付けが出来なきゃならねぇ。けど、周りに出来る人がいねぇ
がね。空師をやってる人って少ないん。だから、俺なんかがやる
と、みんな感謝してくれるね。
[取材日:2015 年 11 月3日]
[出典情報]
・よかウッド
(http://www.yoka-wood.jp/tukaou/kinokirikata.php)
・
「金子みすゞ童謡集」金子みすゞ著、ハルキ文庫、1998 年発行
【取材を終えての感想】
取材をする前は、不安もありました。はたして、相手に失礼の
ないようにうまく取材ができるのかとか……。けれども、それと
は逆にどんな方に私は取材が出来るのか、楽しみであったことを
覚えています。
実際に柳岡さんとお会いして、初めて取材したときは緊張して
たという事もあり、あまりうまく取材が出来ませんでした。
2回目の取材では、1回目とは違って緊張はあまりせずに取材
Profile
が出来ました。
柳岡 伸一・やなおか しんいち
実際に柳岡さんが木を切るところを取材させてもらった時は、
正直言葉が出ませんでした。それは、柳岡さんが切った木がすべ
生年月日:昭和 26 年3月7日 年齢:65 歳
職 業:特殊伐採(空師)
て正確に決まった方向に倒れていくからです。その技術がいかに
略 歴:19 歳で樵の道に入り、林業関係の会社に勤めていたが、
難しいのか……。その技術のすごさがわかりました。
60 歳の時に退職。現在は個人で特殊伐採(空師)をやってる。46
年間で培った経験と独学で、寺社林や民家の敷地に立っている木を
取材を通して柳岡さんとお話をしていくうちに、柳岡さんの優
伐採。周囲に民家や建物があったりすると、枝を落としたりするこ
しい人柄が伝わってきました。理解に苦しむ私にとてもわかりや
とが出来ない。そのため、木の上に登ってロープをかけ、クレーン
すく親切に、何回も説明してくださったこと。また、仕事以外に
などで安全に木を吊り下ろし、伐採。また、国有林である樹齢 200
年〜 300 年のブナの木なども伐採している。他には、各事業所を回
も多くのことを柳岡さんから学ばさせていただきました。私に
り指導員も務めている。
とって、すべてが貴重な経験でありました。本当にありがとうご
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