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第1回 いまなぜ キャリア教育が 求められて いるのか - Kei-Net

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第1回 いまなぜ キャリア教育が 求められて いるのか - Kei-Net
 シリーズ「キャリア教育」
いまなぜ
キャリア教育が
求められて
いるのか
第1回 2011 年1月に中央教育審議会から「今後の学校におけるキャ
リ ア 教 育・ 職 業 教 育 の 在 り 方 に つ い て 」 が 答 申 さ れ、 ま た
2011 年春から、全国の大学・短大において教育課程の内外を
通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むための体制
の整備が義務づけられた。
答申では、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学等の各学校段
階、初中等教育と高等教育を通じて、組織的・体系的にキャリア
教育・職業教育を行う必要性とその方策がまとめられている。
このシリーズでは、各学校段階で求められているキャリア教育
とは何か、そしてどのような実践ができるのかを考えていく予定
である。
第1回目ではキャリア教育が求められる社会状況を整理した。
さらに、若者の学校から職業への移行や若年者のキャリア形成・
職業能力開発を研究する小杉礼子先生に、キャリア教育を通じて
児童生徒・学生について育成すべき力、高校や大学でのキャリア
教育について伺った。
Part1 キャリア教育が求められている背景 ―社会・雇用をめぐる社会状況を中心に―
文部科学省により、2011 年春から全国の大学、短大に
<図表1> 就職者の全体構成の推移(学校種別)
キャリアガイダンス(教育課程の内外を通じて社会的・
0.4(0.6 万人)
職業的自立に向けた指導等に取り組むための体制の整備)
が義務づけられた。これは、2008 年秋のリーマンショッ
1970年3月
14.3
5.9
(137万人) (20万人)
(8万人)
59.6
(82万人)
19.8
(27万人)
ク以降の経済状況の悪化に伴う大学生等の雇用環境の悪
化の影響も大きい。しかし、若年層の雇用・就職環境の
約2割
0.7
(0.6万人)
変化は景気のみによるものではない。
そこでまず、雇用や就職をめぐる情勢について整理し
若者を取り巻く環境の変化を確認しておこう。
2010年3月
(79万人)
50.1
(39万人)
産業構造の変化と知識基盤社会の到来により
労働者に求められる能力が変化
0.7
(0.5万人)
5.9
21.2
(5万人) (17万人)
21.4
(17万人)
約8割
0%
20%
40%
60%
80%
100%
■大学・大学院卒 ■短期大学卒 ■高等専門学校卒 ■専門学校卒 ■高等学校卒 ■中学校卒
※専修学校制度は1976年度に創設
資料:文部科学省
「学校基本調査」
まず、就職者の学校種別推移を見てみよう<図表1>。
1970 年には高卒者が 59.6%を占めていた。しかし、2010
転じている。一方、第3次産業は右肩上がりに増加し、
年には大学等進学率の上昇によって、高卒者は 21.4%と
2005 年には全就業者数の 67.2%を占めるに至った。
なっている一方で、大学・大学院卒は 50.1%となり、近
第 3 次産業就業者数が高まる傾向は大卒者ほど強い。
年の就職者は高等教育修了者が中心になっていることが
2009 年 3 月の高等学校・大学卒業者の産業別就職状況を
わかる。
見ると<図表3>、高卒者は第3次産業が 48.7%であり、
この変化をもたらしている理由の1つが、産業構造の
その割合が低下しているのに比べ、大卒者は第3次産業
変化だ<図表2>。第1次産業就業者数は右肩下がりに
で働く者が年々増加し、第3次産業に就職する者が全体
減少し、第2次産業就業者数は 1975 年をピークに減少に
の約8割を占めている。
Kawaijuku Guideline 2011.4・5 55
「キャリア教育」第1回 いまなぜキャリア教育が求められているのか
<図表 2 > 産業別就業者数および構成割合の推移
<図表 3 > 高等学校・大学卒業者の産業別就職状況の推移
100%
第1次産業
1989年
3月卒業者
その他
第2次産業
第3次産業
1993年
3月卒業者
80%
1998年
3月卒業者
35.5
高等
学校
2003年
3月卒業者
43.7
2009年
3月卒業者
51.8
57.3
61.8
67.2
60%
1989年
3月卒業者
第2次産業
第3次産業
1993年
3月卒業者
1998年
3月卒業者
23.4
大学
2003年
3月卒業者
2009年
3月卒業者
0%
40%
31.5
20%
40%
60%
80%
100%
資料: 文部科学省「学校基本調査」
2010 年版「子ども・若者白書」より
34.1
33.1
20%
41.1
<図表 4 > 職業別就職者の推移(学校種別)
31.6
26.1
24.7
13.8
0%
9.3
2.7
1970
34.3
(昭和45)
年
高卒
2010
8.0 10.1 9.8
(平成22)
年
0%
6.0
17.0
4.1
31.3
18.5
20%
10.6
44.1
40%
60%
9.5
80%
100%
■専門的・
技術的職業従事者
4.8
1955
1965
1975
2005
1985
1995
(昭和30)
年 (昭和40)
年 (昭和50)
年 (昭和60)
年 (平成7)
年 (平成17)
年
■第1次産業 ■第2次産業 ■第3次産業 ■分類不能な産業
資料: 総務省統計局「国勢調査」
また、職業別就職者数を学校種別に見ると、1970 年は、
高卒者では事務従事者と生産工程・労務作業者の職に就
く者が多かったが、2010 年は事務従事者の割合が低くな
る一方で、生産工程・労務作業者となる者が 44.1%と半
数弱を占める。つまり、高卒での就職率が低下するとと
もに、高卒者の職業選択の幅が狭まっていることがわか
る<図表4>。
1970
(昭和45)
年
高専卒 2010
(平成22)
年
0%
1970
(昭和45)
年
短大卒 2010
(平成22)
年
0%
1970
(昭和45)
年
大卒
2010
(平成22)
年
0%
1.8
98.2
91.5
20%
4.4
40%
60%
80%
61.0
20%
18.8
40%
31.4
40.3
40%
60%
■生産工程・
労務作業者
■その他
9.5 7.3
80%
100%
23.2
21.0
32.3
34.0
20%
60%
■販売従事者
■サービス
100% 職業従事者
2.8
7.1
3.2
46.1
39.4
■事務従事者
80%
1.8
3.2
5.6 6.7
100%
資料: 文部科学省「学校基本調査」
これらのことは、労働者に求められる能力が製造業に
必要な能力から、サービス業に必要な能力へとシフトし
大卒者については、株式会社リクルートワークス研究
ていることを示している。
所の「第 27 回ワークス大卒求人倍率調査」によると、
低い求人倍率や内定率の中でも労働力需要と
2011 年卒の大卒の求人倍率は、2010 年卒の 1.62 倍から 1.28
就職希望者の間にミスマッチが存在
人 4.2 万人に対して就職希望者 8.9 万人、1,000 人〜 4,999
人の企業の求人 10.4 万人に対して就職希望者 16.4 万人と、
次に、求人の状況を見てみよう。
依然として規模の大きい企業への就職を希望する学生が
景気との連動性が高い求人倍率については、2010 年3
多く、企業規模との就職希望者数のミスマッチは解消さ
月の高等学校卒業者の場合、2009 年の 1.84 倍から 0.52 ポ
れていない。
イント低下し、1.32 倍であった(厚生労働省による職業
また、業種別に見ると、製造業や流通業では求人総数
安定機関および学校が取り扱った求人数の集計による)。
が就職希望者数を上回っており<図表5>、ここにもミ
56 Kawaijuku Guideline 2011.4・5
倍へと低下した。また、従業員 5,000 人以上の大企業の求
<図表 5 > 業種別求人総数と民間企業就職希望者数の推移
製造業
(万人)
45
流通業
製造業就職希望者数
(万人)
45
製造業求人総数
40
40
35
35
30
30
25
25
20
20
15
15
10
10
5
5
0
2005年
3月卒
2006年
3月卒
2007年
3月卒
2008年
3月卒
2009年
3月卒
2010年
3月卒
0
2011年
3月卒
流通業就職希望者数
流通業求人総数
2005年
3月卒
2006年
3月卒
2007年
3月卒
2008年
3月卒
2009年
3月卒
2010年
3月卒
2011年
3月卒
資料: リクルートワークス「第 27 回ワークス大卒求人倍率調査
(2011 年卒)
」
<図表 6 > 正規の職員・従業員を除いた雇用者
(在学者を除く)の比率の推移
在 77.4%で、前年同期を 2.6 ポイント下回り、依然として
厳しい状況である。
(%)
50
45
拡大する非正規雇用者
40
15 ∼19 歳
20∼24歳
25∼29歳
3 0 ∼3 4 歳
3 5 ∼3 9 歳
4 0 ∼4 4 歳
4 5 ∼4 9 歳
5 0 ∼5 4 歳
5 5∼6 0歳
35
30
25
20
15
若年層や低学歴層への影響が大きい
ここでは、正規雇用と非正規雇用などの就業状況や完 全失業率と学歴の関係を中心に見てみよう。
1985 年は全雇用者数 3,999 万人のうち非正規雇用者は
16.4%と全体の2割に満たなかった。しかし、1986 年の労
10
働者派遣法施行、1999 年の改正(派遣業種の拡大)
、2004
5
年の改正(物の製造業務の派遣解禁、紹介予定派遣の法制
0
1992
(平成4)
年
1997
(平成9)
2002
(平成14)
2007 (年)
(平成19)
(注)正規の職員・従業員を除いた雇用者には、雇用形態が不詳の者も含まれる。
資料 : 総務省「就職構造基本調査」
スマッチがあることがわかる。
化など)を経た 2005 年には非正規雇用者は 32.6%と増加
し、2009 年には非正規雇用者が 33.7%を占めている(総
務省労働力調査)。つまり雇用者の約3人に1人が非正規
雇用者ということだ。
年齢階層別に見ると、
<図表 6 >のように、1992 年以降、
15 〜 19 歳非正規雇用率が急激に上昇、20 〜 24 歳、25 〜
厳しい普通科高校卒業者の就職
29 歳も非正規雇用率が上昇傾向にあり、若年層への影響
が大きいことがわかる。
内定率については、文部科学省の調査によると、2010
また、労働政策研究報告書(注)によると、中途退学者は、
年 12 月末現在の高等学校卒業予定者の就職内定率(就職
一貫して正社員の職を得られずにいる「非典型一貫」者の
内定者の就職希望者に対する割合)は 77.9%であった。
率が高い。これは特に女子に深刻で、中卒・高校中退の女
これは、前年同期から 3.1 ポイント上昇している。就職内
子の、実に 72.5%が高校を中退して以降、正社員の職を得
定率を学科別に見ると、
「工業」
(90.6%)
「福祉」
、
(83.2%)、
られずにいる。
「情報」
(79.1%)
、
「農業」
(78.6%)に比べ、
「普通」は
完全失業率は、バブル経済が崩壊した 1990 年は 2.1%
68.5%と、学科によって大きな差がある。特に普通科の就
だった。以後上昇を続け 2002 年に 5.4%に達した後、一旦
職内定率が低い。
2007 年は 3.9%となったが、再び悪化し、2011 年1月分で
2011 年 3 月大学等卒業予定者の就職内定状況は、厚生
は 4.9%である(総務省労働力調査)。この間、15 〜 24 歳
労働省と文部科学省の調査によると、2011 年 2 月 1 日現
は一貫して全年齢平均より高い率で推移し、2011 年は全
(注)
「大都市の若者の就業行動と移行過程 ー 包括的な移行支援に向けて ー 」
(2006 年、No.72、独立行政法人 労働政策研究・研修機構)
Kawaijuku Guideline 2011.4・5 57
「キャリア教育」第1回 いまなぜキャリア教育が求められているのか
<図表 7 > 最終学歴別に見た完全失業率の推移
<図表 8 > 就職を意識した学部選びをする傾向
(%)
7.0
6.0
6.0
6.0
5.1
5.0
5.0
4.0
3.0
弱まっている
やや弱まっている
5.5
4.2
短大・
高専卒
3.6
3.6
3.3
高卒等
5.1
4.1
4.8
3.9
4.4
4.6
強まっている
4.5
27.4%
3.5
3.0
3.0
2.9
16.2%
変化なし
3.9
3.7
0.2%
1.4%
6.0
やや強まっている
54.7%
2.7
2.0
大卒等
1.0
資料: 河合塾「2010 年 11 月実施 高校教員へのアンケート」より
0.0
(%)
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
最終学歴別に見た若年層(15 〜 24 歳)の完全失業率の推移
16.0
14.0
13.7
13.8
14.2
高卒等
13.0
12.0
12.0
10.4
10.0
8.9
8.0
6.0
8.6
7.0
7.5
7.3
短大・
高専卒
8.0
7.4
6.0
6.6
6.8
5.9
31.1%となっている。
このように就職や雇用が厳しくなっていることは、受
験生の大学選びにも影響を与えている。河合塾が実施し
た高校の先生方を対象としたアンケート調査によると、
<図表 8 >のように、「就職を意識した学部系統選びをす
6.2
大卒等
4.8
る傾向」が強まっている。実際、河合塾の模擬試験でも
教員養成系や医療系、管理栄養系といった何らかの資格
2.0
0.0
高 校 卒 が 40.4 %、 短 大・ 高 専 等 卒 が 40.5 %、 大 学 卒 が
就職を意識した学部系統選びが強まる
11.1
10.6
8.5
8.5
4.0
11.1
五・三」と言われるが、2007 年の場合、中学卒が 65.0%、
を取得できる学部で志望者が大幅に増加しているなど、
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
資料: 総務省統計局「2009 年労働力調査概要」
その人気は鮮明である。
こうした状況を念頭に、小学校・中学校・高校・大学
の各学校段階におけるキャリア教育では何をすべきか、
年齢平均 4.9%に対し、
15 〜 24 歳は 7.7%、
25 〜 34 歳は 6.2%
検討していく必要があるだろう。
となっている。
Part2 では、キャリア研究の第一人者である小杉礼子先
完全失業率について最終学歴別に見ると<図表 7 >、
生に、キャリア教育が重要となった背景、キャリア教育
学歴が低いほど失業する率が高い。なお、学歴と失業率
を通じて児童生徒・学生について育成すべき力について
との相関は若年層ほど高い。15 〜 24 歳を見ると、2009
伺っている。
年の最終学歴別失業率は、
「高卒等」が 14.2%と高く、
「大
7・8 月号以降、各学校段階で求められているキャリア
卒等」が 8.0%、
「短大・高専卒」が 5.9% となっている。
教育についての概要とともに、実践事例を紹介する予定
しかし、自らの意思でせっかく得た職を離れていく若
である。
年層も多い。新規学卒就職者の3年以内の離職率は「七・
58 Kawaijuku Guideline 2011.4・5
Part2 いま求められているキャリア教育とは
長期の、より高度な学びを必要とする
知識基盤社会の到来
学び続けるにはその必要性を認識する
プロセスが必要
―独立行政法人 労働政策研究・研修機構
小杉礼子先生に聞く―
ら生まれた言葉です。今回の中央教
育審議会の答申(以下、答申)のよ
うに、2つの言葉が同時に用いられ
るのは時代の要請ということかも
しれません。
キャリア教育は、過去から未来へ
2011 年1月、中央教育審議会は「今後の学校における
と続く個人のキャリアという観点
キャリア教育・職業教育の在り方について」を答申した。
に立ったとき、学校段階で何をすべきか、何ができるか
答申では、各学校段階でのキャリア教育の必要性が提言
というところから出てきた発想です。職業教育は、ある
されている<図表 1 >。
職業に就くために必要な教育で、特定の職業に必要な技
そこで、若者の学校から職業への移行や、若年者のキャ
能訓練も、どの職業にも必要な汎用的な能力も含まれま
リア形成・職業能力開発を研究している小杉礼子先生(独
すから、これも範囲の広い言葉です。
立行政法人 労働政策研究・研修機構)に、キャリア教育
答申では、キャリア教育を「社会的・職業的自立に向
が重要となった背景や、キャリア教育を通じて児童生徒・
けて知識、技能、態度をはぐくむ教育」、職業教育はより
学生について育成すべき力、高校や大学でのキャリア教
限定的に、「一定のまたは特定の職業に従事するために必
育について伺った。
要な知識、技能、態度をはぐくむ教育」と位置づけて使
小杉礼子先生
い分けることにしています。
キャリアとは
過去から現在、未来の中で仕事を考えること
キャリア教育の必要性が高まった理由は
知識基盤社会化と子どもの変化
——キャリアという言葉の定義を、先生はどのようにお
考えでしょうか。
——今なぜ、
「キャリア教育」の必要性が高まったのでしょ
「キャリア」という言葉は、
「職業キャリア」という言
うか。
葉から発想されていると思います。基本的
には「キャリア」は「職業キャリア」であり、
職業キャリアは、過去から現在、未来に至
る個人の職業の連鎖です。
しかし、職業キャリアは職業だけで成り
立つものではありません。例えば、親とし
ての役割、生活上での夫や妻といった役割、
親の介護をしなければならないときにどう
仕事を継続するかなど、生活と職業は切っ
ても切れない関係です。そういった生活面、
発達段階に応じた役割の積み重ねも踏まえ
た上で、過去から現在、未来の中で仕事を
考えることがキャリアだと考えています。
——「キャリア教育」と「職業教育」とい
う言葉はどう違うのでしょうか。 キャリア教育と職業教育は、別の文脈か
<図表 1 >発達の段階に応じた体系的なキャリア教育
各学校段階の推進の主なポイント
幼児期
・自発的・主体的な活動を促す
小学校
・社会性、自主性・自律性、関心・意欲等を養う
中学校
・社会における自らの役割や将来の生き方・働き方等を考えさせ、目標を立てて計画的に取り組む態度
を育成し、進路の選択・決定に導く
後期中等教育
・後期中等教育修了までに、生涯にわたる多様なキャリア形成に共通して必要な能力や態度を育成。
またこれを通じ、勤労観・職業観等の価値観を自ら形成・確立する
高等学校(特に普通科)におけるキャリア教育
・キャリア教育の中核となる教科等の明確化の検討
・就業体験活動の効果的な活用
・普通科における職業科目の履修機会の確保
・進路指導の実践の改善・充実 高等教育
・後期中等教育修了までを基礎に、学校から社会・職業への移行を見据え、教育課程の内外での学習や
活動を通じ、高等教育全般においてキャリア教育を充実する 資料: 文部科学省中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)
」より
Kawaijuku Guideline 2011.4・5 59
「キャリア教育」第1回 いまなぜキャリア教育が求められているのか
現在、キャリア教育の必要性が言われているのは日本
す。
「ありがとう」
といった言葉をかけられたりすればいっ
だけはなく、先進国に共通した傾向でしょう。
そう、自分が世の中に必要な存在、認められる存在だと
経済のグローバル化を背景に、先進諸国での仕事は高
いう感じをもつことにつながります。子どものころに十
い生産性を求められるようになっています。低いレベル
分こうした経験をしないことが、なかなか自己肯定感が
の知識や技術では発展途上国との競争の中では仕事は得
持てず、何をしたらいいわからない受身の若者たちの背
にくくなり、より高い知識、技術、技能を持つことが求
景にあると指摘されています。
められています。知識基盤社会化ということですが、そ
また、兄弟姉妹の減少や子どもの数自体の減少、遊び
れはより高度な、長期にわたる学びを必要とする社会で
の変化などの要素が、コミュニケーション能力の育成に
す。学び続けるためには、なぜ学ぶか必要があるのか、
も影響を与えているという指摘もあります。現代の産業
将来のキャリアを考え、職業について知り、職業体験な
社会がこれまで以上にコミュニケーション能力を要求し
どを通して学ぶ必要を子どもたち自身が認識するプロセ
ているだけに、子どもたちの育つ過程とのギャップが大
スが必要です。キャリア教育が必要である根本はここに
きくなっています。
あると思います。
こうした状況にあって、学校で何ができるかというと
もう1つの要因は、子どもが育つ過程の変化です。今の
きに、「キャリア教育」に結実してくるのだと思います。
子どもたちは、彼らをターゲットとした商品がたくさん売
られ、早い段階から自分でお金を使う「消費者」として一
学ぶ意義を知ること、学び続けられる力の育成が
人前扱いされています。何でも買うことができるという消
高校のキャリア教育の大切な要素
費社会化の進展が背景にあります。社会が豊かになったと
いうことですが、同時に子どもが「生産者」としての役割
——では、各学校段階で重点的に取り組んでいくべきこ
を担う場面はとても少なくなりました。例えば、お手伝い
とはなんでしょうか。
は家庭の中でのモノやサービスの生産でもあるのですが、
まず、基本は自己肯定感の育成だと思います。これが
その機会は少なくなりました。遊び道具を自分で工夫して
答申にある「社会的・職業的自立、社会・職業への円滑
作るといった経験も少なくなっているでしょう。しかし、
な移行に必要な力」<図表 2 >に示されている、基礎的・
生産者としての経験は、自分が他者に働きかけて影響を与
汎用的能力のベースになります。夢を語れるような自分、
える経験です。誰かのために役立っている存在としての自
大事にすべき存在として自分を理解するということです。
分、何かを成し遂げられる自分が感じられやすい経験で
また、
「基礎的・基本的な知識・技能」というのは、小学
<図表 2 >「社会的・職業的自立、社会・職業への円滑な移行に必要な力」の要素
校・中学校段階から積み重ねてい
くもので、教科学習そのものでも
ありますが、働く人としての権利
や義務などもここに含まれますの
専門的な知識・技能
で、少し幅広く考えたほうがいい
でしょう。
図の中段に示されている能力や
キャリア
プランニング能力
課題対応能力
自己理解・
自己管理能力
人間関係形成・
社会形成能力
論理的思考力
創造力
意欲・態度
勤労観・職業観等の
価値観
基礎的・汎用的能力
態度については、どの学校段階で
も発達段階に応じて取り組むこと
になります。人間関係形成力であ
れば、小学校低学年では「友達と
仲良く遊ぶ」ことなどがここに当
てはまります。
基礎的・基本的な知識・技能
図の上段の「専門的な知識・技能」
は後期中等教育、高等教育での学
資料: 文部科学省中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)
」より
60 Kawaijuku Guideline 2011.4・5
びが当てはまるでしょう。知識・
技能の習得は、基礎的・基本的な知識・技能が前提とな
携教育を進めることで現実の労働市場への理解を深めな
ることは言うまでもありません。
がら自分のキャリアを方向付けること、希望通りにいか
先に述べましたように、先進諸国型の産業構造は高度
ないときに自分にとって譲れない仕事選びの基準は何か
な知識や専門性を求める傾向が強くなります。現在日本
に立ち返ること、実は転職しながらキャリアを形成して
では、非正規雇用者や失業者の増加が問題となっていま
きた先輩たちもいることなど、社会的・職業的な自立に
すが、高等教育卒業者ほど非正規雇用比率も失業率も低
向かってしたたかに生きる力を伝えてほしいと思います。
いのです。大学新卒者の就職内定率の低下が問題になっ
また、労働者及び使用者の権利や義務、社会保障の制度、
てはいますが、全体としては高等教育卒業者のほうが安
ハローワークなどの公共サービスの活用法など、社会人
定した職を得やすいといえます。
として自分を守るために必要な知識を現実的なレベルで
——やはり大学を卒業したほうがよいということでしょ
理解させてほしいです。こうした知識は本来義務教育終
うか。
了までに習得すべきものですが、現状では高校に期待せ
専門高校、特に工業高校では、地元の産業界と連携し
ざるを得ません。
て実践的な職業教育に取り組み、地元企業からの信頼も
得て、高い就職率を達成している高校もあります。就き
学士力は産業社会でも求められる力
たい職業によっては高校卒の早い段階から訓練したほう
が成長が早い場合もあります。ですから一概に大学進学
——大学でのキャリア教育はどのように考えればいいで
がいいとは言えないのですが、高等教育卒業者に多くの
しょうか。
求人が集まっているのも確かですから、進学できる環境
医学部や看護学部など専門職養成型の学部・学科の場
であれば進学がプラスになるケースが多いとは思います。
合は、高校段階ですでに職業選択を経ているわけですが、
しかし、進学することをプラスにできるかどうかは、
日本で最も進学者の多い経済・経営系の学部などは、む
進学して学ぶことができる場合です。現代の産業社会は
しろ職業選択を先延ばしして進学してきた学生が多いの
高い知識や技術、専門性を必要としていると言いました
ではないでしょうか。事務・営業系の職種に就くことは
が、進学によってそれを修得できるか、ないし、企業に入っ
想定していても、いざ就職活動となると、どういう業界、
てから修得できるだけの基本的な能力を高めることがで
どういう職種という方向も絞れない学生が少なくありま
きるかが、進学をプラスにする条件です。その学び続け
せん。キャリアセンターなどでの相談や指導などのキャ
る力を身につけるためには、学ぶことの意味を本人がしっ
リア形成支援を多くの大学が実施していますが、それだ
かり理解していなければなりません。だからこそ、大学
けでなく大学も高校と同様に、産業界との連携を進め、
進学者の多くを出している普通科高校でのキャリア教育
プロジェクト型の学習やサービスラーニングなどを取り
が重要なのです。
入れて、教育課程の中で地域の産業界との接点を設けて
私は、勉強することが自分にとってプラスになる、な
いくべきでしょう。
ぜ勉強が必要なのかをわかるためにも、大学や高校で産
現在、大学に問われているのが教育の質です。進学率
学連携を進め、就業体験活動を行うことが重要だと思っ
が高まり学生が多様化する中で、大学教育では何を習得
ています。ただし、今でも忙しい高校の先生方にこの連
すべきかを明らかにするために、「学士力」という考え方
携教育の開発のすべて担うことを求めているわけではあ
が導入されました。この力を構成するのが、学問分野の
りません。産業界と学校をつなぐコーディネーター役を
専門的な知識に加えて、コミュニケーションスキルなど
別に設定する必要があると思っています。
の汎用的技能、自己管理力などの態度・志向性などです。
——ほかにキャリア教育で、大切なことはありますか。
これは大学教育で育成される力であると同時に、産業社
卒業時点で求人があるかないかは景気に左右されます
会で求められる力でもあり、<図表 2 >と重なり合う力
し、地域の産業構造によって就ける仕事は限定されます。
といえます。大学では、この 4 月から教育課程の内外を
将来就きたい職業を早く決めて、その夢に向かって努力
通じて社会的・職業的自立に関する指導が義務化されま
しようと働きかけるような指導では、ひょっとしたら失
す。すなわちすべての大学がキャリア教育に取り組むこ
業者を増やすだけになってしまうかも知れない。産学連
とになったといえます。
Kawaijuku Guideline 2011.4・5 61
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