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高校公民科の現行カリキュラムが抱える構造的諸問題

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高校公民科の現行カリキュラムが抱える構造的諸問題
−130− 高校公民科の現行カリキュラムが抱える構造的諸問題―「現代社会」の教育目標・内容の検討―
高校公民科の現行カリキュラムが抱える構造的諸問題
―「現代社会」の教育目標・内容の検討―
住
友 剛
第1節:本稿の問題意識
本稿における筆者の問題意識を整理すると,およそ以下の点に集約できる。
第一に,筆者としては,2003(平成15)年の高等学校(以後「高校」と略)1年生から実施
された『高等学校指導要領』1(以後単に『学習指導要領』と略)における「公民科」のカリキ
ュラム2,特に公民科の一科目「現代社会」のそれには,構造的な問題が多々含まれていると考
えていることである。
例えば,第2節で詳述するが,現行の学習指導要領上の公民科カリキュラムは,1989年の学
習指導要領改訂以後,「日本史」「世界史」「地理」といったいわゆる地歴科(地理歴史科)の
各教科と,教育目標・内容面で深く結びついている面を有するにもかかわらず,別教科・科目
として切り離されている。また,公民科の学習内容は,家庭科や新教科「情報」
,「総合的学習
の時間」などと関連する部分を多く含む。だが,具体的にどのように各教科・領域間の連携を
はかっていくのかについて,学習指導要領上では十分な考慮がはかられているとはいいがたい。
さらに,2003年実施の学習指導要領から,公民科「現代社会」の標準履修単位数は4から2に
削減された。
以上のことから,筆者としては,現行の公民科カリキュラムのままでは,系統性なく羅列さ
れた知識をただ消化するだけの学習が行われやすくなるという危惧を抱いた。また,上記の危
惧のとおりに事態が進展すれば,今まで以上に高校生に現代社会の諸事象に対する構造的な理
解を育むことを妨げる結果を生みやすくなる危険性があると考えたのである。
後述するように,高校公民科は「公民的資質」3の育成という大きな目標を掲げている。また,
この目標は,現行の教育制度上,例えば教育基本法などが目指す教育の方向性とも合致したも
のである。しかしながら,1989年の学習指導要領改訂時以後進められてきた「社会科解体」4の
動きのなかで,公民科の目指すべき方向性とその教育内容・方法面との「矛盾」が,2003年実
施の公民科カリキュラムにおいて,なお一層強まったのではなかろうか。
以上のような事情から,本稿執筆に際して筆者は,現行の公民科カリキュラムの構造的な問
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題点をまず明らかにして,それを多少なりとも緩和する学習指導の方法について考察する手が
かりを得たいと考えている。そこでまず第2節において,現行の教育制度上における高校公民
科の位置付けや目標を明らかにした上で,
『学習指導要領』における公民科の教育目標と教育
内容・方法との矛盾点を,実際に学校現場においてカリキュラムを組む教員の仕事を意識しな
がら検討していくことにする。その上で,第3節において,少なくとも現行の公民科カリキュ
ラムが目指すべき方向性を実現するためには,例えば地理歴史科,家庭科,新設の「情報科」
「総合的学習の時間」等との連携を視野において,個々の高校におけるカリキュラム編成のあ
り方を論じる必要があることを,再度『学習指導要領』の検討をふまえて論じていきたい。
なお,本稿は,高校段階における「公民的資質」育成のあり方を検討する取り組みへの「入
り口」としての意味を持つ。したがって,今回の検討は,
「公民科」教育をめぐる現在の状況
と問題点,今後の検討課題を整理(第4節)し,次の論稿へとつなぐ段階までにとどめたい。
第2節:高校「現代社会」カリキュラムが抱える構造的諸問題
(1)高校公民科の教育制度上の位置付け
現行の高校学習指導要領における公民科の概要をまとめるのに先立って,ここで高校公民科
の教育制度上の位置付けを,教育関係法令に照らして検討しておく。
さて,
『学習指導要領』及び『高等学校学習指導要領解説公民編』
(以後『学習指導要領解説』
と略)では,教育課程審議会における審議経過の概要や学校教育法施行規則の改正などには触
れられていても,直接的には,高校公民科が日本国憲法(以後「憲法」と略)・教育基本法・
学校教育法といった関係法令とどのような関係にあるのかまでは触れていない5。
しかし,『学習指導要領』の「第1章 総則」において,「道徳教育は,教育基本法及び学校
教育法に定められた教育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,
学校,その他社会における具体的な生活のなかに生かし,豊かな心をもち,個性豊かな文化の
創造と民主的な社会及び国家の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献し未来を切り開く
主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする」と位
置づけられている。
ここで述べられている「道徳教育」の目標は,高校における教育活動全体を通じて目指すべ
き事項であり,後述の高校公民科の教育目標と共通するものを含む。また,この道徳教育の目
標が公民科の目標と共通するならば,公民科は高校における他教科等のカリキュラム展開とも
密接な関係に位置付けられる必要があるともいえる6。
次に,現行の高校公民科の教育目標を,前述の主要法令における教育目標と関係付けながら
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位置付けておきたい7。
高校公民科の教育制度上の位置付けについて重要な点は,以下の3点である。
第一に,高校公民科の教育目標は,
「広い視野に立って,現代の社会について主体的に考察
させ,理解を深めさせるとともに,人間としての在り方生き方についての自覚を育て,平和的
な国家・社会の有為な形成者として必要な公民としての資質を養う」と定められている。また,
「公民としての資質」について,『学習指導要領解説』は,「現代の社会について探求しようと
する意欲や態度,国家・社会の形成者として,社会についての広く深い理解力と健全な批判力
とによって政治的教養を高めるとともに物心両面にわたる豊かな社会生活を築こうとする自主
的な精神,真理と平和を希求する人間としての在り方生き方についての自覚,個人の尊厳を重
んじ各人の個性を尊重しつつ自己の人格の完成に向かおうとする実践的な意欲を,基盤とした
もの」と述べている。
このような公民科の教育目標や「公民的資質」観を,例えば教育基本法の条文と比較すると,
次のようなことがわかる。
周知のとおり,教育基本法は,日本国憲法の精神に則り,「個人の尊厳を重んじ,真理と平
和を希求する人間の育成を期するとともに,普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざ
す教育」(前文)の普及徹底を目指したものである。これと比較すると,例えば公民科の目標
にある「平和的な国家・社会の有為な形成者」という文言は,「有為な」という3文字を除き,
教育基本法第1条「教育の目的」にあるものと共通である。また,教育基本法第8条には「良
識ある公民たるに必要な政治的教養は,教育上これを尊重しなければならない」とある。これ
は,『学習指導要領解説』にある「社会についての広く深い理解力と健全な批判力とによって
政治的教養を高める」という「公民的資質」観と重なる。この他,「個人の尊厳」や「人格の
完成」など,
『学習指導要領解説』上の「公民的資質」観において用いられる言葉は,教育基
本法の用語とも合致する面が多い。以上のような点からみて,高校公民科は,その教育目標の
面において,教育基本法の理念との結びつきが直接的であるといえるのではないか。
第二に,高校教育の目標と公民科の関係である。高校教育の目標については,学校教育法第
42条により,次のとおり定められている。なお,高校の学科・教科および教育課程(カリキュ
ラム)は,この42条の規定をふまえて文部科学大臣が定める(第43条)ことになっており,そ
れを具体的に定めたものが『学習指導要領』である(学校教育法施行規則第57条,第5
8条)。
一 中学校における教育の成果をさらに発展拡充させ,国家及び社会の有為な形成者として
必要な資質を養うこと。
二 社会において果たさなければならない使命の自覚に基き,個性に応じて将来の進路を決
定させ,一般的な教養を高め,専門的な技能に習熟させること。
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三 社会について,広く深い理解と健全な批判力を養い,個性の確立に努めること。
学校教育法が憲法・教育基本法の理念と密接な関係にあることはあらためていうまでもない
が,ここにおいても再び「国家及び社会の有為な形成者」という文言が登場している。また,
教育基本法8条にいう「良識ある公民たるに必要な政治的教養」の基礎に,学校教育法42条に
いう「(社会についての)広く深い理解と健全な批判力」があるという考え方も可能である。
これらはいずれも,学習指導要領が定める教育目標の「より上位」にある公民科の教育目標と
して位置付けることができる。そして,この学校教育法の条文からは,単に公民科だけでなく,
高校教育全体を通じて「公民的資質」育成が目指されていると理解することもできる。
第三に,高校公民科の目標にある「人間としての在り方生き方についての自覚」を育てる部
分については,
「社会において果たさなければならない使命の自覚に基き,個性に応じて将来
の進路を決定させ」「個性の確立に努める」といった,学校教育法上の高校教育の目標と関連
させて位置付ける必要がある。また,高校公民科のこの目標は,教育基本法にいう「個人の尊
厳を重んじ,真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに,普遍的にしてしかも個性豊
かな文化の創造をめざす教育」と関連させて理解する必要がある。
以上のような検討からすると,現行の教育制度上,公民科が高校教育の「核」をなす教科と
してカリキュラム上位置付けられていると解釈することも可能である。そう考えるならば,公
民科のカリキュラムは,常にこれらの関係法令上の主要概念―具体的には「国家及び社会の有
為な形成者」
「(社会についての)広く深い理解と健全な批判力」
「個性の確立」など―を,日々
の教育実践を具体的に展開する上で(特に学習内容や方法を構成する基本的な考え方として),
個別具体的な状況に応じてどのように位置付けるか,
という観点から問う必要があるといえる8。
また,前述のように高校教育全体を通じて「公民的資質」の育成が目指されていると考えるな
らば,公民科と他教科・領域間の関係についても考察しておくことが,かえって公民科の目指
すべき方向性を具体化することに役立つ面もあるといえる。
(2)公民科「現代社会」カリキュラムの問題点
では,実際に公民科の教育内容や方法は,学習指導要領上どのように構成されているのか。
現在の学習指導要領上,公民科は「現代社会」「倫理」「政治・経済」の3科目で構成されて
いる(各科目とも標準履修単位数は2単位)
。このうち,
「現代社会」2単位,もしくは「倫理」
及び「政治・経済」の2科目計4単位のいずれかが必修とされている。ちなみに,従前の学習
指導要領上では,「現代社会」は4単位の科目であった。したがって,「現代社会」のみを公民
科の必修科目として設置してきた学校においては,週当たりの授業時間数は半減されたことに
なる。
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以後,現行カリキュラム上,必修2単位の履修のみで公民科の目標は達成されるとも考えら
れている点を考慮して,本稿では主として「現代社会」の内容や方法に即して検討する。
まず「現代社会」の目標及び内容について,ある高校公民科教員養成用のテキストでは,
「『現代社会』の科目目標と公民科の教科目標は共通かつ一体的である。したがって,『現代社
会』を履修すれば公民科の目標が達成でき,『現代社会』は公民科の中核をなす科目といえる」
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と述べている。
実際,学習指導要領上,「現代社会」は,「人間の尊重と科学的な探求の精神に基づいて,広
い視野に立って,現代の社会と人間についての理解を深めさせ,現代社会の基本的な問題につ
いて主体的に考え公正に判断するとともに自ら人間としての在り方生き方について考える力の
基礎を養い,良識ある公民として必要な能力と態度を育てる」という目標を掲げている。この
ような「現代社会」の目標は,それが「公民科の中核をなす科目」である以上,(1)で述べ
たように教育基本法の理念とも直接的に結びついているといえる。
次に「現代社会」の具体的な学習内容であるが,基本的には①現代に生きる私たちの課題,
②現代の社会と人間としての在り方生き方,という2つの内容から構成されている。
①は,
「現代社会の諸問題について自己とのかかわりに着目して課題を設け,倫理,社会,
文化,政治,経済など様々な観点から追究する学習」を通して,
「現代社会に対する関心を高め,
いかに生きるかを主体的に考えることの大切さを自覚させる」ことをねらいとしている。また,
現代社会の諸問題としては,「地球環境問題,資源・エネルギー問題,科学技術の発達と生命
の問題,日常生活と宗教や芸術とのかかわり,豊かな生活と福祉社会」10などの問題から,地域
や学校・生徒の実態に応じて,2つ程度を選択して取り上げ,主体的に課題を追究させるよう
な工夫をすることが求められている。
ところで,学習指導要領は,「現代社会」で①の内容を取り扱うことに対して,「この科目の
導入としての性格を持つものである」との位置付けから,「課題を追究する学習に当たっては,
高度な内容に深入りすることは避け,この科目の学習の動機付けや学び方の習得に重点を置い
た工夫」を,各学校及び公民科の担当教員に求めている。このような学習指導要領上の記述の
背景には,「現代社会」の授業時間数(標準2単位)の問題や,後述する「総合的学習の時間」
で扱う内容との関係もあると考えられる。だが,学習指導要領が一方で積極的に現代社会の諸
問題を生徒に学ばせることを求めつつ,別の面で「深入りすることを避ける」よう求めている
ならば,公民科の担当教員がどこまで深く教えるべきか,具体的な場面で対応に苦慮すること
が出てくることが予想される。この点に,現行公民科カリキュラムが内包する構造的な問題の
ひとつがある。
なお,この①の内容にもかかわって,「現代社会」の学習内容の取扱いについては,例えば
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統計資料の見方や情報検索の処理の仕方など,
「学び方」や社会調査の方法などの指導につい
ての事項も含まれている。この点については,第3節で検討する「総合的学習の時間」との関
連で言及することにしたい。
次に②についてであるが,この②は,
「現代社会について多様な角度から理解させるとともに,
青年期の意義,経済活動の在り方,政治参加,民主社会の倫理,国際社会における日本の果た
すべき役割などについて自己とのかかわりに着目して考えさせる」ことが主な学習内容であり,
具体的には下記ア∼エの4つの内容から構成されている。
ア:大衆化,少子高齢化,高度情報化,国際化など現代社会の特質と社会生活の変化,青年
期の意義と自己形成などを扱った「現代の社会生活と青年」
。アの内容については,生徒の
実態等に応じて,大衆化,少子高齢化等のうちから2つ程度の内容を選択して学習させるこ
ととしている。また,「内容の取扱い」については,例えば「男女共同参画や社会参加,日
本の生活文化や伝統とのかかわりについて考えさせること」への配慮が求められている。
イ:現代の経済社会における技術革新と産業構造の変化,企業の働きなどを扱った「現代の
経済社会と経済活動の在り方」。
ウ:基本的人権の保障と法の支配,国民主権と議会制民主主義などを扱った「現代の民主政
治と民主社会の倫理」
。ウの内容については,地方自治に触れながら政治と生活の関係につ
いて認識を深めること,個人と個人・個人と社会との関係に着目した「民主社会の倫理」に
ついての学習を行うことが求められている。
エ:世界の主要国の政治・経済の動向に触れながら,人権,国際法,民族問題,軍縮問題,
南北問題などについて理解させるという「国際社会の動向と日本の果たすべき役割」
。エの
内容については,国際社会における制度や機構に関する細かな事柄の学習にならないように
という配慮が求められている。
この4つの部分のうち,イ∼エの部分は「政治・経済」の学習内容と重複している。また,
アの部分のうち「青年期の意義と自己形成」については,「倫理」の学習内容とも共通する面
を有する。したがって,「現代社会」の②の学習内容は,本来ならば「政治・経済」及び「倫
理」の合計4単位の学習時間を用いてもおかしくないほどの深さと広がりをもっているともい
える。そのように考えるならば,②の学習内容は到底,標準2単位程度の学習時間だけでは,
十分に生徒の認識や問題意識を深めるレベルにまで至らないとも考えられる。
また,②についても①と同様,「基本的な事項・事柄を精選して指導内容を構成する」「細か
な事象や高度な事項・事柄には深入りしない」という「内容の取扱い」に関する留意事項があ
る。このため,はたして「現代社会」の授業でどこまでア∼エの内容を深く掘り下げて学習す
ればいいか,現場教員側が対応に苦慮することが出てくるのではないか。特に,「基本的な事
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項・事柄」の学習を通じて,現代社会の諸問題について生徒がさらに深く掘り下げて考察した
いと考えた場合(それはある意味で,公民科「現代社会」の目指すべき方向性を最も実現した
場合でもあるが),今の学習指導要領の枠を超える学習を各学校において認める11のでなければ,
公民科の担当教員は進退に窮することになると考えられる。
以上のように,公民科「現代社会」は,現行のカリキュラム上,一方で「公民科の中核」と
して位置付けられていながらも,教育内容・方法及び単位数等の面から,現代社会における多
様な問題を「浅く広く」学習するだけに終わってしまう危険性をもった科目として構成されて
いる。したがって,高校公民科が「公民的資質」の育成という大きな教育目標を掲げていても,
現行のカリキュラムでは,その公民科に属する科目の学習だけでは,その目標を実現するのに
程遠いという,誠に残念な結果を招く危険性を有していると考えられる。
第3節:公民科と他教科・領域間の関係をめぐって
第2節で述べたように,高校公民科の教育目標は,教育制度上きわめて重要なものであるが,
「現代社会」の教育目標・内容を見る限り,現行公民科のカリキュラムはその目標を実現する
のには不十分なものとなっている。しかし,教育制度上の位置づけからすれば,「公民的資質」
の育成は高校教育全体を通じて行われるべきことでもある。したがって,公民科各科目の学習
だけでは「公民的資質」育成が難しいのであれば,公民科と他教科及び特別活動,総合的学習
の時間などの領域との連携により,各学校のカリキュラム全体を通じてその育成を図ることが
重要となってくる。実際,学習指導要領上,公民科各科目の「内容の取扱い」冒頭において,
地理歴史科など他教科・領域との関連に配慮をすることが求められている。
この第3節では,以上のような問題意識にたって,主に現行の学習指導要領上の教育目標や
内容・方法面での関連性に着目して,公民科と関連が深い地理歴史科,家庭科,情報科,総合
的学習の時間といった他教科・領域との連携による「公民的資質」育成の可能性を探ることに
したい。ただし,本稿では紙幅の都合上,今後の検討課題を整理する程度の記述にとどまるこ
と,いわゆる「普通教科」12のなかで特に関係の深い科目・領域を取り上げたことを先にお断り
しておく。
(1)「総合的学習の時間」との連携
「総合的学習の時間」の創設は,1990年代の教育改革,特に高校のカリキュラム改革におい
「自ら学び,自ら考える力」の育成と
て重要な柱のひとつといえる13ものである。この時間は,
いう方針のもと,
「これからの学校教育においては,多くの知識を教え込むことになりがちで
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あった教育の基調を転換し,自ら学び自ら考える力を育成した教育を行うことが重要である」
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との趣旨から設置された。そして,学習指導要領上,この時間は,各学校が「地域や学校,
生徒の実態等に応じて,横断的・総合的な学習や生徒の興味・関心等に基づく学習など創意工
夫を生かした教育活動」を行うことをねらいとしている。なお,「総合的な学習の時間」は,
「卒業までに105∼210単位時間を標準」(すなわち,3∼6単位)として,各学校においてその
実態に応じて適切に配当することとしている。
「総合的学習の時間」における具体的な学習活動の例として,学習指導要領は「国際理解,
情報,環境,福祉・健康などの横断的・総合的な課題についての学習活動」や「自己の在り方
生き方や進路について考察する学習活動」などを挙げている。このような「総合的学習の時間」
の学習課題は,第2節で述べたよう公民科「現代社会」の教育目標や学習内容と,きわめて密
接な結びつきを持っている。特に,第2節(2)で述べたように,
「現代社会」の学習内容の①,
具体的には「現代社会の諸問題について自己とのかかわりに着目して課題を設け,倫理,社会,
文化,政治,経済など様々な観点から追究する学習」を通して,
「現代社会に対する関心を高め,
いかに生きるかを主体的に考えることの大切さを自覚させる」という内容と,
「総合的学習の
時間」の学習活動は,ほとんど重複していると考えられる。
また,
「総合的学習の時間」は,学習指導要領上,グループ学習や個人学習,体験活動,観
察・実験・実習,発表や討論,調査など,問題解決的な学習方法を積極的に取り入れて行うよ
う設定されている。これに対して,公民科「現代社会」においても,学習指導要領の「内容の
取扱い」において,「的確な資料に基づいて,社会的事象に対する客観的かつ公正なものの見
方や考え方を育成するともに,学び方の習得を図ること」が求められている。さらに,「現代
社会」の「内容の取扱い」では,統計資料の扱い方,情報検索や処理の仕方,簡単な社会調査
の方法,学習成果の発表方法などについて留意することが求められている。このように,学習
方法面での指導上も,公民科「現代社会」と「総合的学習の時間」には共通する内容が多く含
まれている。
以上のことから,筆者は,学習指導要領上公民科「現代社会」及び「総合的学習の時間」の
内容を,教育内容・方法の両面において,積極的に連携させたほうがいいと考えている。また,
その前提に立って,「現代社会」を含めた公民科各教科と「総合的学習の時間」とを有意義に
連携させるように,高校教育全体を視野に入れたカリキュラム構想を描き出す必要があるとも
考えている。このことによって,「現代社会」のカリキュラムが抱える構造的な諸問題を,現
行制度下において多少なりとも解消する道筋を創り出すのではないか15。
しかしながら,筆者の知る限り,現在の高校公民科教育法の教員養成用テキストのレベルで
は,学習指導要領に定める教科の枠組みが所与の前提となっている。したがって「公民的資質」
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育成という高校教育の目標に沿って,他教科・領域と公民科をどう有意義に連携させるかとい
う視点が弱い16。
(2)地理歴史科の各教科との連携
現在,日本史(・),世界史(・),地理(・)17の3科目で構成される地理歴史科
(以後「地歴科」と略)は,「我が国及び世界の形成の歴史的過程と生活・文化の地域的な特
色についての理解と認識を深め,国際社会に主体的に生きる民主的,平和的な国家・社会の一
員として必要な自覚と資質を養う」ことを目的としている。したがって,第2節で述べたよう
に,公民科に加えて地歴科も,「国際社会に主体的に生きる民主的,平和的な国家・社会の一
員としての必要な自覚と資質」の養成という観点から,高校における「公民的資質」育成にお
いて重要な役割を担っている教科だと位置付けることができる。なお,地歴科の指導計画の作
成にあたって,公民科との関連に留意することが求められている。
実際,地歴科各科目の目標や内容も,地歴科全体の目標が「公民的資質」の育成と結びつい
ているため,公民科との関係をある程度意識したものになっている。例えば学習指導要領上の
記述に沿って世界史についていうならば,その目標は「世界の歴史の大きな枠組みと流れを,
我が国の歴史と関連付けながら理解させ,文化の多様性と現代社会の特質を広い視野から考察
させることによって,歴史的思考力を培い,国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と
資質を養う」ことである。また,特に世界史の「内容の取扱い」において,近現代史部分で
は,単に知識を与えるだけでなく,例えば核兵器の脅威,戦争防止,民主的・平和的な社会の
実現といった重要課題を認識させることや,科学技術の発展に伴う諸問題や前述の国際社会の
重要課題について,適切な主題を設定し,生徒の主体的な学習を深めるよう留意することが求
められている。
ところで,周知のとおり,
「社会科解体」と呼ばれる1
989年の学習指導要領改訂以前は,地
歴科の各教科は,現在公民科に含まれる各教科とともに,「社会科」という一教科を構成して
いた。また,少なくとも旧社会科の時期には,現在,地歴科に含まれる各科目の学習内容が
「公民的資質」の育成とどのように結びつくかについて,社会科教育研究の内部において多様
な観点からの議論の蓄積があった18。このような歴史的経過があること及び学習指導要領上の
留意事項などとの関連を考慮すると,公民科各教科の学習,特に「現代社会」の学習をすすめ
るにあたっては,地歴科各教科の学習内容と公民科のそれとをどう相互に関連付けていくかに
ついて,教員側が常に意識しておく必要がある19。そのことによって,現代社会の諸問題を「浅
く広く」学ぶだけに終わりかねない現行の公民科カリキュラムの問題点が,地歴科との連携を
意識することによって,多少なりとも緩和される余地を持つのではなかろうか。
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(3)家庭科,情報科,保健体育科などとの関係
この他,紙幅の都合もあるため,
「現代社会」を中心とした公民科各科目と関連の深い部分
についてのみ,高校家庭科・情報科・保健体育科のカリキュラムの内容を紹介しておく。
まず家庭科について。例えば,家庭科に含まれる科目「家庭基礎」の目標において,「人の
一生と家族・福祉,衣食住,消費生活などに関する基礎的・基本的な知識と技術」を習得させ
るとしている。この目標との関連において,「家庭基礎」の内容では,高齢化や少子化といっ
た家族をめぐる諸問題,家庭の消費生活と経済,環境とのかかわり,消費者の権利と責任など
について学習することになっている。また,「家庭総合」も内容面ではほぼ同様であり,その
目標は「人の一生と家族,子どもの発達と保育,高齢者の生活と福祉,衣食住,消費生活など
に関する知識と技術を総合的に習得させ,生活課題を主体的に解決するとともに,家庭生活の
充実向上を図る能力と実践的な態度を育てる」としている。これらの目標・内容は,福祉や消
費生活,環境などといった現代社会の諸問題を扱う面で,公民科「現代社会」の目標・内容と
密接な関係にある。
次に情報科であるが,情報科は教科全体の目標において,
「情報及び情報技術を活用するた
めの知識と技能の習得を通して,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,社会の
なかで情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,情報科の進展に主体的に対応
できる能力と態度を育てる」としている。このため,情報科の各教科においても,単に情報機
器の操作や情報処理の方法などに関する内容だけでなく,情報化社会の進展に伴う人々の生活
の変化や情報倫理などに関する内容を取り扱うことになっている。例えば「情報」という科
目は,その目標に「情報化の進展が社会に及ぼす影響を理解させ,情報社会に参加する上での
望ましい態度を育てる」とあり,内容面でも「情報の公開・保護と個人の責任」
「情報化の進
展と社会への影響」といった事項を取り扱っている。このような内容は,公民科「現代社会」
が取り扱う「現代社会の諸課題」や,「倫理」が扱う「現代の諸課題と倫理」と共通している。
そして保健体育科であるが,この教科に含まれる科目「保健」の内容において,「社会生活
と健康」という項目がある。ここでは「社会生活における健康の保持増進には環境などが深く
かかわっている」という観点から,環境と健康,環境と食品の保健,労働と健康といった社会
的な諸問題と健康との関連について学ぶべき内容が示されている。また,思春期の体や心理,
性に関する問題や,保健・医療制度などについても「保健」の内容において取り扱うよう求め
られている。これらの内容は,十分に学習をふかめていけば,例えば公民科「現代社会」の環
境や福祉に関する内容,
「倫理」などにおける「青年期の課題と自己形成」といった内容,さ
らには家庭科の内容などとも密接に結びつくといえる。
−140− 高校公民科の現行カリキュラムが抱える構造的諸問題―「現代社会」の教育目標・内容の検討―
第4節:今後の検討課題
以上,第2節・第3節で検討したように,高校公民科,特に「現代社会」において「公民的
資質」の育成という課題をすべて担いきることは,実際のカリキュラムの構成上相当に困難な
ことといわざるをえない。したがって,教育制度上の位置づけにたちかえって,高校教育全体
のあり方を「公民的資質」育成という観点から構想し,他教科・領域間の相互連携を前提とし
て現行の公民科の教育目標・内容を位置付けることが,今後の公民科教育に最も求められてい
るといえるのではないか。
また,このように現行の公民科カリキュラムを評価するならば,当然ながら,大学教育にお
ける高校公民科担当の教員養成にあたっては,ただ単に現代社会の諸問題に対する多面的な考
察に向けての知識・スキル面のレベルアップを図るだけでは不十分だということになる。
とりわけ,本稿では詳述できなかったが,「公民的資質」とはいかなるものか,それをどの
ように育成するかについても,現在の社会的な問題状況をふまえつつ,公民科担当教員として
必要な範囲で教育理論的・方法論的に考察を深める必要がある。また,他教科・領域間の相互
連携による「公民的資質」育成を狙うのであれば,自らの担当教科である公民科のカリキュラ
ムだけでなく,公民科と関係の深い地歴科・家庭科・情報科や総合的学習の時間などのカリキ
ュラム構成についても,ある程度の学習をすすめておく必要がある。さらに,高校公民科が小
学校生活科・社会科,中学校社会科における教育の蓄積の上に立って教育活動を行うのであれ
ば,これらの学校段階における取り組みについても概観しておくことが必要である。そして,
これまでの社会科教育のカリキュラムに関する歴史的な研究・実践の蓄積についても,当然な
がら「公民科教育法」の授業の中で触れていく必要があるといえる。
これに加えて,高校公民科の教育が本気で「公民的資質」育成について考えるのであれば,
高校卒業後の進路にも視野を広げること,例えば大学教育における「人文・社会系」諸領域の
教育・研究動向についても,何らかの形で触れておく必要があるといえるのではなかろうか。
このように,高校公民科のカリキュラムについては,今後検討すべき課題が山積している。
今回の検討は,あくまでも現行の高校公民科カリキュラム,特に「現代社会」の内容について,
学習指導要領に沿って批判的に検討するだけの内容にとどまってしまった。今後も引き続き,
高校公民科のカリキュラム編成のあり方について,残された具体的な課題を一つ一つ検討しな
がら,筆者なりの見解を蓄積していくことにしたい。
京都精華大学紀要 第二十七号
−141−
<注>
1 本稿における『高等学校学習指導要領』は,1999年3月に告示されたときのものを用いている。ちな
みに,この学習指導要領は,いわゆる「ゆとり教育」に対する批判を受けて,2003年12月に一部改正
が行われた。しかし,その改正は,①学習指導要領が各学校におけるすべて生徒に対して指導すべき
内容の範囲や程度等を示したものであること,②学校において必要がある場合は学習指導要領に示し
た事項に付け加えて指導を行うことを認めたこと,この2点を除いて,具体的な教育目標・内容など
について変更は行われていない。したがって,本稿では1
999年3月に告示されたものを前提として議
論をすすめる。
2 本稿では「カリキュラム」について,ひとまず「定められた教育目的とこれに対応する教育内容をセ
ットにした教育・学習のコース」(『教育用語辞典』ミネルヴァ書房,2003年)としておく。なお,「カ
リキュラム」の概念やそのあり方等については教育学研究上の重要な研究課題であり,数多くの先行
研究があることはいうまでもない。
3 「公民的資質」については多様な見解がありうるが,ひとまず本稿においては,「国家・社会の成員と
して求められる知識・理解,能力,関心,態度のこと」(日本社会科教育学会編『社会科教育事典』ぎ
ょうせい,2000年,
5
4)としておく。
4 1989年の教育課程改革(具体的には学習指導要領の改訂)によって,小学校低学年社会科の廃止とと
もに生活科が新設され,高校社会科が改編されて公民科・地理歴史科が設けられたことを,社会科教
育研究においては「社会科解体」と呼んでいる(前出『社会科教育事典』)。また,この「社会科解体」
に際して,現場教員や社会科教育の研究者などの間から,当時,強い批判の声が寄せられていた。当
時の「社会科解体」への批判については,緊急シンポ世話人会編『社会科「解体論」批判』
(明治図書,
1986年)を参照。ただ,筆者としては,今日,この1
989年実施の「社会科解体」からさらに進んで,
公民科「現代社会」の内容等が旧社会科の理念から遠ざかったという認識を持っている。
5 このほか,『高等学校学習指導要領』「第1章 総則」中,「第1款 教育課程編成の一般方針」では,
「各学校においては,法令およびこの章以下に示すところに従い,生徒の人間としての調和のとれた
育成を目指し,地域や学校の実態,課程や学科の特色,生徒の心身の発達段階および特性等を十分考
慮して,適切な教育課程を編成するものとする」ということが述べられている。
6 ちなみに,社会認識教育学会編『改訂新版 公民科教育』
(学術図書出版社,2000年)や,森秀夫『公
民科教育法 改訂版』
(学芸図書,2002年)など,すでに市販されている高校公民科教育法のテキスト
では,公民科が教育基本法等の理念と共通する教育目標をもつことは触れられていても,他教科等の
それとも密接な関係をもつことにはほとんど触れられていない。
7 以下,本稿において教育関連法令を参照する場合は,『解説教育六法2004年版』(三省堂)を用いた。
8 なお,ここではこれ以上深入りしないが,例えば「国家及び社会の有為な形成者」
「(社会についての)
−142− 高校公民科の現行カリキュラムが抱える構造的諸問題―「現代社会」の教育目標・内容の検討―
広く深い理解と健全な批判力」
「個性の確立」といったキーワードをどのように理解し,どのように公
民科教育のあり方を構想するかについては,多様な意見があってしかるべきである。また,これらの
キーワードの内実をどうイメージするかについては,それ自体が,現代社会における諸課題の解決に
向けての思想的な問題であり,政治的・社会的・文化的な実践とも深く結びつくものであることは,
あらためていうまでもない。
9 前出『改訂新版 公民科教育』
1
9。
10 このような「現代社会」の学習内容は,本学人文学部の社会メディア学科・環境社会学科が教育・研
究の対象としている領域にほぼ合致しているといえる。また,現代社会の諸問題について領域横断的・
総合的に学習を深めようとする本学人文学部の学生たちは,法学,政治学,経済学,哲学といった公
民科と関連の深い特定分野を専攻した他大学の学生とは異なって,高校公民科「現代社会」の内容を
軸にしつつ,高校のカリキュラム全体を視野に入れた「領域横断的・総合的」学習のあり方を構想す
ることが可能な思考方法を身に付ける余地が十分にあると思われる。
11 この点については,一応,学習指導要領総則の「第6款 教育課程の編成・実施に当たって配慮すべ
き事項」において,科目の目標や内容の趣旨に反したり,生徒の負担過重にならない限り,公民科等
各教科の内容として学習指導要領で示した事項以外を加えて指導することが認められている。また,
注1で述べたとおり,2
003年12月に,学習指導要領を生徒全員に共通の学習内容・範囲等を示したも
のとする一部改正が行われている。
12 高校における普通教科とは,国語,地理歴史,公民,数学,理科,保健体育,芸術,外国語,家庭,
情報の10教科である。こういった普通教科については,学習指導要領上,すべての生徒に履修させる
各教科・科目(必履修教科・科目)が設定されている。
13 「総合的学習の時間」の創設は,1
996年の中央教育審議会第一次答申において,
「生きる力」の育成と
「ゆとり」のある教育活動を展開するという趣旨から,「教育内容の厳選と基礎・基本の徹底」と「横
断的・総合的な指導の一層の推進」という文脈において提案されたものである。したがって,他教科
の学習内容を「厳選」することによって一定のまとまった時間を生み出し,従来の各教科を横断的・
総合的に学ぶような学習内容を構築することが求められている。
14 文部省『高等学校学習指導要領解説 総則編』東山書房,1999年12月,
3
。
15 と同時に,
「現代社会」標準4単位を2単位に削減して別途「総合的学習の時間」を創出するという方
法ではなく,逆に「現代社会」の単位数は従前のままにして,その教育内容・方法面でより「総合的
学習の時間」の趣旨に近いものに変えるというカリキュラム改革の方向性もあったのではないか。
16 例えば,前出の社会認識教育学会編『改訂新版 公民科教育』
(学術図書出版社,2000年)や,森秀夫
『公民科教育法 改訂版』(学芸図書,2002年)には,こういった「他教科・領域との連携」を扱った
章や節は見られない。
京都精華大学紀要 第二十七号
−143−
17 世界史・日本史・地理は標準2単位の科目,同じくは4単位の科目である。また,世界史また
はのうちから1科目,日本史・または地理・のなかから1科目が,高校の必修科目として設定
されている。公民科よりも地歴科の必修科目及び単位数が多いことについても,歴史や地理の学習が
現代社会の諸問題に対する考察と結びつかない危険性があるがゆえに,本来ならば批判的な検討が必
要な課題であるといえる。ただ,紙幅の関係上これ以上踏み込めないため,その検討は別の機会に譲
ることにする。
18 ここで戦後社会科におけるカリキュラム論争のあゆみを詳述することは,本稿の趣旨からはずれるの
で,別の機会に譲りたい。ただ,例えば,前出『社会科教育事典』の「社会科と地理教育」の節を参
照すると,地理教育には,大きく分けると,民主的・平和的な社会を理解し,その社会の形成者とし
ての態度や能力といった公民的資質を,地理的な内容や思考方法を活用して育成しようとする「社会
科地理教育」の流れと,場所の体験を得ながら築いていく世界像を,一層豊かに支援することを中心
的な目的とする「地理科地理教育」の2つの方向性があるという。また,同じく『社会科教育事典』
の「社会科と歴史教育」の節によると,例えば歴史教育における時系列によった知識の積み上げを重
視する立場と,現実的な諸問題の解決を基盤にした歴史学習を重視する立場との論争が,戦後日本の
社会科教育において継続されてきたことがわかる。
19 と同時に,高校教育が今後も「公民的資質」育成を大きな目標に掲げるのであれば,当然ながら,1980
年代の「社会科解体」をめぐる論争や地歴科・公民科の分離というカリキュラム改革のあり方も,現
在の状況をふまえてもう一度再検討されるべきものであるといえる。さらに,最近の教育基本法改正
論議に見られるような新しい「公」の創出と国家のあり方をめぐる政治的論争も,今後の公民科教育
論にさまざまな影響を及ぼすといえる。
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