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パリ通信 Vol.3 (タイ・パタヤビーチ編) 2010-12-19
パリ通信 Vol.3 (タイ・パタヤビーチ編) 2010-12-19 メートル法がここまで普及したのは、世界共通の単位系という社会的要請、基本単位と その組立量からなる体系の合理性、そしてキログラム原器に象徴される「標準」を国際条 約のもとで管理供給するという中立性によるものと思います。メートル条約そのものは本 文14条と附則21条からなり、なんと1921年に僅かに修正(電気量と物理定数に関 する業務の追加と分担金算出法の改訂)した以外、一切の改訂無く今日に至っています。 (原 文は http://www.bipm.org/utils/en/pdf/metre_convention.pdf) 条文をかいつまむと、原器を維持、管理するための堅固な設備を国際度量衡局が有する こと、国際度量衡委員会がその管理を監督すること、フランス政府はそのために必要な便 宜を供与すること、といった、いわば国際度量衡局の設置法のような内容となっています。 原器は人類の共有財産であり、国際度量衡局および局長は損壊や紛争などのあらゆる危険 から原器を守る使命を帯び、国際度量衡委員会がその監督にあたる、という理念が伝わり ます。この理念は Vol.1 で紹介したキログラム原器の確認によく見て取れます。逆に言え ば原器の社会的位置づけによって国際度量衡局の役割が変わります。 20世紀初頭まではいくつかの原器の管理と加盟国からの要請による校正が主たる業務 でした。そのため職員も技術職の割合が多かったようです。その後メートル原器(長さの 標準)が光の波長に置き換わるなど、原器の役割は相対的に低下し、代わって物理学上の 研究が主たる業務となりました。特に60年代以降の20年ほどはジョセフソン効果や量 子ホール効果などに代表されるとおり、基礎科学の発見が計量標準の精度向上に直接結び つく、計量研究史上の黄金期を迎えます。後から論評するのは簡単ですが、この頃は原器 の管理から解放される一方、多くの新発見が相次ぐ、研究者にとって幸せな時代だったの ではないでしょうか。そしてこのことは多くの標準研究所(当時の日本の計量研や電総研 も含む)にとっても同様だったのではないかと思います。 ところが80年代半ば以降、計量標準は再び通商の場にひきずり出されます。当時米国 が FTA(自由貿易協定)を結ぶ課程で相手国に対し標準を米国機関(NIST)にする(トレー サブルにする)よう要求したり、そうでない場合は同等性の証明を要求したりする例が出 てきました。そのような時行政当局は自国の標準研究所に米国との同等性を示す報告書を 求めますが、筆者も計量研入所当時、訳もわからず過去の米国との同等性比較のリストを 夜中までかかって作成した記憶があります。このような背景から、当事国の計量標準機関 どうしが、独自に相互比較を行い、相互の計量標準の同等性を宣言する動きが出てきまし た。また EC や NAFTA などの経済圏単位でも同様な動きが出てきたりしました。これは世界 で同等な計測が行われる事を究極の目標とするメートル条約にとっては相反する動きです。 このような状況に危惧を感じた関係者は、メートル条約のもとで各国計量標準の同等性を 評価する仕組みづくりに動き出しました。紆余曲折の末、1999年にそのような相互受 け入れ覚書(以下 MRA)が結ばれ、国際比較による同等性評価の仕組みが動き出しました。 これは簡単に言うと、各地域の代表機関が同じ器物を持ち回り測定して各機関の同等性を 確認する。その後各地域の機関どうしが同様の測定をする。その結果全ての参加機関の同 文責:臼田孝 本文章は個人の見解であり筆者が属する如何なる組織を代弁するものでもありま せん。写真・図版は筆者または国際度量衡局に帰属します。 パリ通信 Vol.3 (タイ・パタヤビーチ編) 2010-12-19 等性が評価できる、すなわち A=B、B=C、ゆえに A=C、という仕組みです。まずこうすれば 相互比較を個別に行う(nC2 回)より、大幅に回数を減らせます。また事前に条件や評価法 を調整する機会が得られます。そして国際度量衡局は世界レベルの比較に関する事務局を 担う一方、各地域レベルの比較は欧州、南北米、アジアオセアニア、等に分割された地域 組織が取り仕切る、としました。 大幅な前振りになりましたが、日本が所属する地域組織である「アジア太平洋計量計画」 (以下 APMP)の総会が11月中旬、タイ・パタヤビーチで行われ、同組織の技術委員会主 査である小職もはるばるパリから黒海を超えて出席してきました。APMP はもともと途上国 支援の色彩が強かったのですが、前述した経緯から90年代後半以降、同等性比較のメカ ニズムに組み込まれ、今日の主要課題は所属各機関の同等性評価、より具体的には国際比 較の合理的運営になってきました。世界レベルの比較に参加する機関は、その後行われる 地域レベル比較において基準となるので、測定能力が高く安定した技術を有することが求 められます。ある種のステータスです。このため参加機関の事前調整が、技術主査にとっ ては気を使う作業となっています。小職が担当する音響超 音波振動委員会では中国の台頭著しく、いずれ主導的役割 を果たすと思われます。 本組織への関心は大変高く、前後に開催されるワークシ ョップも含め数百人が参加する大規模な会議となりました。 ホスト機関(今回はタイの標準研 NIMT)にとっても一大行 事で、魅力的な会議とすべくあらゆる努力を払っていまし た。その模様は写真に示すとおりです。 国際比較による同等性評価は一見合理的に見えますが、 現状を科学的に見ると問題もはらんでいます。もともと独 ソーシャルイベントで壇上に招かれ、民 族舞踊を共に踊り国際親善に励む筆者。 立に開発された標準の同等性評価が国際比較の役割なので すが、手っ取り早く同等性を確保するためには定評のある装 置をそっくり導入するほうが得策です。このため特に途上国 では大幅な装置の画一化が進み、国際比較が単なる装置の再 現性評価になっている面もあります。真の値から仮にズレが あっても、皆が同様な値を示すためにそれに気がつかない、 という危険があるのです。このような危惧は MRA 以前にも、 国際比較の結果解析において多数の標準研が存在する欧州 が有利だ、という点で議論があったのですが、形を変えて今 日に続く課題を提示しています。APMP で垣間見るアジア諸 国の標準機関の充実ぶりに目覚しいものがありますが、産総 研は欧米に伍した独立の標準開発能力を有する機関として 存在感を発揮したいところです。 たまたま同時期開催となった“Miss International Queen”コンテストの ポスターが市内至る所にデカデカ と。昨年のチャンピオン・はるな愛 がにっこりと微笑む。こんなところ でお会いするとは・・・ 文責:臼田孝 本文章は個人の見解であり筆者が属する如何なる組織を代弁するものでもありま せん。写真・図版は筆者または国際度量衡局に帰属します。