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研究テーマ 「表現したい!」という思いを育む鑑賞活動をめざして ~生徒
研究テーマ 「表現したい!」という思いを育む鑑賞活動をめざして ~生徒が主体的に参加する鑑賞活動を中心に~ 静岡市立安東中学校 萩原 彰彦 1 研究テーマ 「表現したい!」という思いを育む鑑賞活動をめざして ~生徒が主体的に参加する鑑賞活動を中心に~ 2 テーマ設定の理由 美術は「表現する」教科である。全ての生徒が自分の思いやこだわりを大切にし、のび のびと表現してほしい、それこそが、美術教師としての私の願いである。しかし、現実に 中学生に目を向けると、のびのびと自分の思いを表現することができない生徒は多い。そ のような生徒を大きく二つのパターンに分けて考えてみた。一つ目は、まったく踏み出せ ない生徒。自動車の運転に例えるとブレーキから足を上げられない状態である。自分の発 想や技能に自信がもてず、制作において、どうしていいかわからず、作業が一向に進まな い。二つ目が、アクセルを踏み込めない生徒である。力はあるのに、 「さらに良いものを!」 「もっと自分らしい表現を!」というような気持ちがもてず、無難な型通りの表現で満足 し、追求する気持ちが前面に出てこない。 本校の生徒は、教師や友人の評価に対して極度に敏感になる傾向がある。どうすれば評 価されるのか、どのように表現すれば正解なのかを意識しすぎることによって、思いきっ た表現ができず、安易にマニュアルや正解を求めてくる生徒が多い。 私は、 「鑑賞活動」を軸に、意欲的に表現活動に取り組む生徒を育てることはできないだ ろうかと考えた。一般的に美術というと「作品をつくる教科」というイメージが強く、鑑 賞についての意識は低い。年度当初に行った生徒アンケート【※資料1】では、約7割の 生徒が「美術の授業が好き」と答えているが、 「鑑賞が好き」と答えた生徒は45%にとど まり、14%の生徒が「嫌い」と答えた。「嫌い」の理由を見ると、「あまり感じることが ない」 「静かで面白くない」など、鑑賞に対してちょっとした難しさや退屈であるとの印象 をもっているのがわかる。生徒の中の鑑賞への抵抗感をなくし、単に美術作品に対しての みならず、自分や友人が感じたことまでを認め、共感し合う鑑賞活動が充実すれば、作品 制作においても、自分や友人の良さを認め、生き生きと表現活動ができるのではないかと 考えた。そこで、生徒が意欲的、主体的に参加できる鑑賞活動を実践し、生徒の表現に対 する意識、作品制作に取り組む姿勢が変容することを期待し、次のような仮説を立てた。 生徒が主体的に参加できる鑑賞活動を継続的に実践することで、自分の思いを生き生きと 表現できるようになるだろう。 3 研究方法 研究テーマに迫るために、次の手立てを授業の中で講じていき、生徒の活動や作品を見 ていくことで検証していく。 [1] 表現のブレーキをかけさせないために・・・ 〈手立て1〉言語活動を意識した対話型鑑賞の実践 1つの作品に対する自分の考えや友人の考えを出し合い、認め合う活動を通じて、自由 に発想することの楽しさを知り、美術や、表現に対する抵抗感を取り除くことを目指す。 【実践①】 5分間鑑賞の継続的な実践(昨年度より継続) 【実践②】 対話型鑑賞「最後の晩餐の謎を解け」(2年) [2] 表現の「アクセル全開」を実現するために・・・ 〈手立て2〉ゲストティーチャ―を招いての鑑賞ワークショップの実践 生徒にとって、思わず目指したくなる魅力的な作品を携えて、ゲストに授業に来てもら う。教科書や画集による参考作品の鑑賞ではなく、生身の人間によるワークショップに主 体的に参加することで、課題に対する意欲を高め、よりよい作品をめざす姿を期待する。 【実践③】 プロのコピーライターによるポスターのワークショップ(2年ポスター) 【実践④】 静岡大学の学生を招いての自画像鑑賞ワークショップ(3年自画像) 4 研究経過 〈手立て1〉言語活動を意識した対話型鑑賞の実践 【実践①】 5分間鑑賞の継続的な実践 【※資料2】 全50巻の画集の中から生徒が好きなものを選び、授業開始の5分間で鑑賞を行う。鑑 賞カードに「その絵の中で何が起こっているのか」 「どうしてそう感じたのか」など、感想 や気づいたことを書きこんでいく。5分間鑑賞の目的は、主に以下の二点である。 (1)美術作品の鑑賞に慣れる 少ない時間数の中で、鑑賞の授業を行う機会は限られている。そのような状況で、生徒 に少しでも多くの作品に触れ、鑑賞への抵抗感をなくしてほしいと考え、実践した。 (2)鑑賞に関わる言語能力の習得 対話型鑑賞を充実させるためには、感じたことを自分の言葉で表現する能力が必要丌可 欠である。鑑賞に関わる言語能力の訓練のため、継続的な鑑賞活動を実践しようと考えた。 [実践してみて・・・] 昨年度より継続的に行っている実践であり、現在の2年生では延べ20以上の作品を鑑 賞していることになる。最初の頃は、 「何を書いたら良いのかわからない」と言ってほとん ど書けずにいた生徒も、一年間継続して実践している内に作品から感じとったことを自分 の言葉で記述することができるようになった。「作品の中に何があるのか?どう思うの か?」 (記述する) 「どうしてそのように思ったのか?感じたのか?」 (分析する)と基本的 な問いの形式を提示し、 「まずは『記述』をしよう。少しずつ『分析』までできたらレベル が高いよ」などと呼びかけ、個々の能力に応じてより質の高い鑑賞にステップアップでき るようにした。また、生徒が自分の言葉で書けている部分には赤線を引き、生徒が自信を もって記述できるような手立てをうった。回数を重ねる内に、生徒はお気に入りの作家や 作品を見つけ、教室へ早く来て好きな画集を取ろうとする生徒も増えた。鑑賞への抵抗感 を取り除くという点において、成果を得ることができたと思われる。 【実践②】 対話型鑑賞「最後の晩餐の謎を解け」(2年) 【※資料3、4】 対話型鑑賞とは、ニューヨーク近代美術館の学芸員、アメリア・アレナスが提唱する鑑 賞法で、教師(学芸員)が一方的に作品の知識を不えるのではなく、生徒(鑑賞者)が対 話の中で作品の魅力や世界を感じとっていく活動である。今回、鑑賞の題材に、レオナル ド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を選んだ。この作品は、キリストが弟子の中に裏切り 者がいると告げる衝撃的なシーンが、類まれなる人物描写によって表現されている。生徒 が、主体的に生き生きと鑑賞活動に取り組めるように、次のような手立てをうった。 (1)謎解きによる動機づけ 「裏切り者は一体誰なんだろう」と呼びかけることで、生徒が作品の中の場面をそれぞ れ想像し、人物の表情や仕草の描写に深く注目するようにした。 (2)CG複製画の利用 授業の後半場面で、最新の CG 技術で再現された複製画を用いることで、生徒の関心を 高め、人物の表情や細部にまで、より一層注目することを期待した。 [実践してみて・・・] どの生徒も食い入るように作品を観察し、生き生きと発言をするなど、活発な鑑賞活動 を行うことができた。A子さんの授業後の感想【※資料4】を見ると、 「みんなのいろいろ な意見により、いろいろな物語が生まれてきてとてもおもしろかったです。自分だけでは 気づけないようなことも話し合うことでいろいろなことに気づくことができるので、楽し かったです。」とあり、友人との対話により作品の魅力に迫ることができた手応えを感じて いる。またB男くんの感想では「正解はEです。はいおしまい。じゃなくて・・・(中略)・・・ 正解なんてないと思いました。」とあり、一人一人の発想にはすべて価値があり、一つの正 解などないと感じているのがわかる。どの生徒の感想からも、受け身で退屈な鑑賞ではな く、主体的、意欲的に参加できた鑑賞活動に満足感を得ている様子が感じられた。 一方で、授業を組み立てる上で、対話型鑑賞の難しさも感じた。美術館のワークショッ プであれば、参加者が自由に意見を言い合う活動を楽しく行えればいいのかもしれないが、 これは授業である。授業者として『生徒につけたい力』をどのようにおさえればいいのだ ろうか。一つの正解や価値観を無理に導き出したり、ましてや教師がそれを押しつけたり する鑑賞は、対話型鑑賞とは言えない。そうした迷いを最後まで消化できずに、授業に臨 んだ。授業を参観していただいた指導主事の先生や教科リーダーの先生からは、課題提示 の際、 「表情に注目して気づくことあるかな」や「手の動きに注目してみるとどう?」など 視点を一つ不えることで、生徒の発言に自然に方向性が生まれ、対話の内容も深まり、授 業者がつけたい力に即した対話型鑑賞が実現できるのでは、というアドバイスをいただい た。ぜひ、今後の実践に生かしたいと思った。 〈手立て2〉ゲストティーチャ―を招いての鑑賞ワークショップの実践 【実践③】 プロのコピーライターによるポスターの導入ワークショップ(2年ポスター) 【※資料5】 私たちは、知らず知らずの内に「中学生がつくるポスターはこういうもの」という既成 概念をもっている。教科書や資料集には、いかにも中学生らしい模範的なポスターが参考 作品として載っている。生徒は課題がポスターと聞くと「あぁ、ああいうやつを作るのね」 「あんまり面白そうじゃない課題だな」という反応をする。そこで、生徒の既成概念を壊 し、発想の枠を広げるため、広告業界の最前線で活躍しているクリエ―タ―の方を授業に 招き、最新の広告ポスターを体感できるワークショップをできないかと考えた。また、本 題材ではポスターの制作手順において、最初にキャッチコピーについてよく考えることで、 テーマに対しても表現のアイデアに対しても意欲的に追求する気持ちをもたせたいと考え、 言葉のプロフェッショナルであるコピーライターの方に来ていただくことにした。幸運に も本校生徒の保護者にコピーライターを職業としている方がおり、授業の趣旨を伝えると、 快く協力していただけた。3 名のコピーライターの方が、2 年生 7 クラスすべての授業に 来て下さった。 [実践してみて・・・] 生徒は、プロの方が来てくださるということで、初めのうちは緊張をしていたが、内容 が大変わかりやすく、生徒が体験をしながら進行するプログラムであったため、非常に意 欲的に取り組むことができた。また、実際にプロによって制作されたポスターの魅力を肌 で感じ、「私もこういうものを目指したい」「センスの良いポスターってかっこいい」とい う憧れの感情を自然に抱くことができた。C子さんの授業後の感想【※資料6】を見ると、 「授業を受けて世界が広がったような気がする。」とあり、本実践によって刺激を受け、発 想の枠が広がったことがわかる。実際に制作された生徒のポスター作品からには、ありき たりのキャッチコピーはほとんどなく、 「どうしたら人の心をつかめるか」、 「どうしたら伝 えたいことが伝わるか」という点で自分なりのこだわりを見せた作品が並んだ。D男くん の作品【※資料6】は、キャッチコピーにひねりがあって、ユニークな作品である。彼は 絵を描くことに苦手意識をもっていたが、キャッチコピーを工夫することで、魅力的な作 品をつくることができた。本人の感想にも「キャッチコピーがおもしろいとそのポスター もおもしろくなる。」とあり、ワークショップで学んだキャッチコピーの価値を実感し、自 分の発想に対して満足している様子がわかる。制作の感想で「僕の課題はやっぱり色ぬり です。」とあり、良い発想を生かすために、技能の面でさらにがんばりたいという意識もも っている。このワークショップが、彼の今後の制作にも生きていくことが期待できる。 【実践④】 静岡大学の学生を招いての自画像鑑賞ワークショップ(3年自画像) 【※資料8、9】 3年生の題材で、2種類の自画像制作に取り組んだ。 「自画像Ⅰ」は、アクリルガッシュ を用いて自分の顔を写実的に描いたいわゆる古典的なタイプの自画像である。そして「自 画像Ⅱ」は、 「自画像Ⅰ」のカラーコピーをメイン素材としたコラージュ作品である。写実 の追求を目指す「自画像Ⅰ」に対して、 「自画像Ⅱ」では15歳の今の自分の内面を主題と し、技法や画材を自分で選択しながら、自分らしい表現を追求していく課題である。この ように決まった答えが明示されない題材では、どうしたらよいかわからず、制作の糸口す らつかめないという生徒の表れが予想される。また、思春期の中学生にとって、自分の内 面を見つめ、それを作品で表現するという課題は、非常に難しい。そこで、 「自画像Ⅱ」の 導入として、美術を学ぶ大学生による、単なる写実を超えた、感情や心のありように力点 をおいた自画像の鑑賞を授業に取り入れることにした。静岡大学教育学部美術科専攻の学 生に授業への協力を依頼し、3 年生 7 クラスの授業に教員を目指す4名の学生が、参加し てくれることになった。また、授業で提示する自画像作品は、それらの学生のものも含め、 8名の学生から作品を借用して実施した。 [実践してみて・・・] 中学校の授業において、教科書の写真やカラーコピーなどではなく、本物の油絵作品を 使って鑑賞活動ができる機会は少ない。この授業で、本物の油絵を初めて見たという生徒 もいた。大学生の自画像作品は、表現方法、描画の技法、構図などにおいて、実にバラエ ティに富んでいて、中学生が思い描く「自画像」の既成概念を壊し、多彩な表現方法の魅 力を伝えるには十分なインパクトがあった。中学生にとっての大学生は、遠くて手の届か ない偉大な巨匠ではなく、「自分もこうなりたい」「この作品を真似してみたい」と素直に 思える身近な憧れの存在なのである。生徒の感想【※資料 9】には「静大生の自画像を見 たとき、自分を表現するのは本当にたくさんの工夫があるんだなと思い、私もそんな風に 表現してみたいと思いました。」とあり、大学生の作品によって、発想の幅が広がり、表 現する意欲も高まったことが伺える。また、作品完成後の E 子さんの感想【※資料10】 には「作る前のときよりも客観的に自分を見つめることができ、成長できたと思いま す。・・・(中略)・・・14才の私をつめ込めたと思います。」とある。のびのびと自分を表 現できたことで、作品のみならず、自分自身の存在までも認めることができている。生徒 達の作品からは、生き生きと自分を表現できた喜びが伝わってくるようである。 5 成果 継続的に実践している 5 分間鑑賞によって、生徒にとって鑑賞は明らかに身近なものに なっている。対話型鑑賞において、作品の世界に入り込み、生き生きと発言する生徒の姿 からは、主体的な鑑賞活動を心から楽しんでいる様子が感じられた。生徒にとって「美術」 や「鑑賞」に対する精神的な敷居は、随分低くなったという確かな手応えがあった。 ゲストティーチャ―の授業では、ゲストの方の魅力に助けられ、大変充実した内容にな った。事前にミーティングを重ね、こちらの趣旨や目的を十分に理解していただいた上で 実践できたことも良かった。完成した生徒作品からは、ゲストティーチャ―の授業が、技 能、発想、そして何より意欲の面において、表現活動に大きな影響を不えたことが伝わっ てくる。 私は、全生徒の作品を校内に展示している。学校は美術館となり、生徒も職員も毎日の 生活の中で自然に鑑賞活動を行っている。生徒からは、「僕の絵は下手だから貼らないで」 とか「あいつの作品は変だ」といった、自分や他人の作品を否定するような言葉は聞かれ ない。ましてや作品へのいたずらなど一切ない。技術の巧拙に関わらず、互いの表現を認 め合える個々の意識が育ち、全体の雰囲気ができてきた。今後のよりよい表現活動につな がる土台ができたと感じている。それこそが、何よりの成果であると考えている。 6 課題 依然、自分に自信がもてず、思い思いの表現ができない生徒がいることも事実である。 そのような生徒には自己肯定感をもたせ、自分の表現ができるよう、個に応じた手立てが 必要であると感じた。例えば、対話型鑑賞で発言できない生徒がいる。しかし、その生徒 も様々なことを感じ、ワークシートに良い気づきを書いていたりする。そうした生徒の発 想を拾い上げ、授業に生かしていきたい。それによって、その生徒は自分の発想に自信を もち、次回は積極的に表現できるようになるかもしれない。 また、すべての実践において、教師は『生徒につけたい力』をしっかりと意識し、課題 の提示方法やワークシートの構成方法などを工夫することが大切であると学んだ。鑑賞に おいても制作においても、現状に満足せず、目的意識をもって題材を組み立てることが、 生徒のより良い表現活動につながることは間違いない。 今回の研究で得たことを必ず今後に生かし、さらに自己研鑽に励みたい。