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内発的動機づけに及ぼす養育態度の影警 *
内発的動機づけに及ぼす養育態度の影響* 桜 井 茂 男** (心理学教室) 要旨:桜井(1984)の自己評価的動機づけ(Se1f Evaluative Motivati㎝) モデルより、子どもの内発的動機づけと親の養育態度の間にはポジティブな関 係のあることが予測された。そこで、小学4年生98名を対象に①内発的一外発 的動機づけ測定尺度と②学習に関するコンビテンス(有能さ)測定尺度と③親 子関係診断テストを実施した結果、前二者と後者の間に有意な相関が認められ、 予測はほぼ支持された。 キーワード:内発的動機づけ、コンビテンス、養育態度 桜井(1984)は、Deci(1975)の認知的評価理論(cognitive evaluation theory)を修正 し、自己評価的動機づけ(Se1f Eva1uative Motivati㎝)モデルを提唱した(図1参照)。 刺 激 外的報酬(合フィードバック) 〔制御的側面〕〔情報的側面〕 認知レベル 動機(意図)の 評価 内発的か外発的 感情レベル 自己決定感 動機づけ 有能さの評価 成功・失敗の評価 原因油層 一. @ 自己決定への欲求 有 能 感 有能さへの欲求 レベノレ 学習行動 行 動 好奇行動 達成行動 挑戦行動など 図1 自己評価的動機づけ(S EM)モデル * The Effects of Chi1d−Reari㎎Attitude㎝Intrinsic Motivati㎝ **Shig・oS・k…i(Dψα・亡m批・ナp・ツ・ん・Z・醐、Mα・α胴・…め・ゾ肋㏄ω・π,Mα。σ) 一77一 当初このモデルは場面特殊的なものであったが、その後、特性論的モデルとしても妥当であるこ とが検討されている。その一つの研究として、桜井(1987)は、両親と教師の賞賛・叱責パター ンと内発的動機づけの諸要因との関係を分析し、S EMモデルをほぼ支持する結果を報告してい る。すなわち、賞賛は子どもの内発的動機づけをやや高める効果があった。また、教師の場合に は、ほめることと叱ることの間に交互作用が認められ、ほめるだけが内発的動機づけを高めるの ではなく、ときには口七ることも重要であることを示唆した。そこで本研究ではさらに内発的動機 づけの諸要因に影響をもたらす外的要因として「しっけ」すなわち親の養育態度を取り上げ、特 性論的S EMモデルの妥当性を検討する。 Deciら(1981)が指摘しているように、親や教師は子どもの内発的動機づけの形成に大きな 影響をもたらす。彼は外的報酬に二つの側面すなわち、情報的側面と制御的側面を考えているが、 巨視的な観点からみれば・親や教師の働きかけもこのような二つの側面から子どもの内発的動機 づけに大いに影響を及ぼしているといえよう。たとえば、親の場合、いつも制限ばかりを課して いれば・子どもには内発的動機づけの一つの要素である自己決定感は育まれず・っいにはいっも 他者に決定されることをよしとする人間になってしまうであろう。また、ほめることを知らない でいつも叱ってばかりいる親に育てられた子どもには・内発的動機づけの一つの要素である有能 感は育たず・向上心の低い子どもになる危険性が高いであろう・以上のように親の養育態度は子 どもの内発的動機づけの形成にかなりの影響を与えることが予想される。本研究では、子ども自 身に親の養育態度を評価させ、それと内発的動機づけ諸要因との関係を相関分析により検討する。 方 法 被調査者 公立小学校の4年生98名(男子5i名、女子47名)。 親の養育態度に関する質問紙 田所式親子関係診断テスト<子とも用>の第一部が用いられ た。これ(日本文化科学社の田所式・親子関係診断テストの手引参照)は子ども自身が両親の望 ましくない養育態度を評価するテストで、五つの特徴的な態度、すなわち拒否、支配、保護、服 従、矛盾・不一致という各態度にそれぞれ二つの型が配置されている。それらの構成は表1に示 されている。 拒否的態度とは、親の子どもに対する感情や態度に拒否的な傾向があるもめで、たとえば、子 どもへの愛情の欠如、援助の拒否、子どもの働きかけに対する無視のような態度をいう。このう ち、消極的拒否とは主として子どもに対して無視、放任、無関心、不信用、悪感情、不一致感な どを示す親のタイプである。積極的拒否とは子どもに対する体罰、虐待、威嚇、屈辱、過剰な要 求、保護・養育の責任の放棄などの態度を示す親のタイプである。 支配的態度とは、子どもに対して過度な支配力をもつ親が、子どもは親の所有物とみなし絶対 の権力で統制しようとする態度である。このうち厳格型は子どもに対する愛情はあっても、常に 厳格、頑固、強制などの態度をとり、命令、禁止、批判で絶えず子どもを監督する親のタイプで ある。また、期待型は親の要求や野心を子どもに強要する態度で、子どもの素質、能力、適性、 希望などを無視して、専ら親の要求する方向や水準へ従わせようとするタイプである。期待型の 一78一 要求は、子どもの知能・学業・その他の特殊な技能など能力に関するものが圧倒的に多い。 保護的態度とは子どもに対して心配、不安、恐怖などをいだいている親が、しばしばその感情 を子どもを過度に保護することによって解消しようとする態度である。このうち干渉型はやや期 待型に共通した親の感情があり、子どもをよりよくするためにこまごまとした世話をやき、でき るだけの助力や支持を与えようとする型である。不安型は子どもの日常生活、.学業、健康、交友 関係、将来の進路などに、ほとんど無意味と思われる程の心配や不安をいだき、そのため必要以 上の責任をとり・過度の援助や保護を与える型であ乱 服従的態度とは子どもの要求や主張を何事であれ無条件に受け入れてやり、そうすることに満 足している親の態度である。溺愛型は文字どおり、かわいがりすぎで子どもをそぱに置いて相手 をしてやることを何よりの楽しみとし、些細なことに賞を与え、必嘆以上にかぱってやり、少し も子どもを手放したがらないタイフである。盲従型は一切の権力を子どもに持たせ、親はどんな 犠牲を払っても子どもの要求を入れてやろうとする型である。 最後に、矛盾・不一致的態度とは、一人の親が時と場合により、襲や態度に矛盾をきたしたり、 また両親の態度が一致しない態度である。矛盾型とは子どもの同じ行動に対して、ある時は叱責 したり、禁止したりしながら、またある時は見逃したり、奨励したいするような一貫性のない親 の態度である。不一致型とは両親の態度が一一致せず、たとえば、父親は拒否的であり母親は保護 的であるとか、あるいは母親が支配的であり父親が服従的であるとかで、子どもが両親から異なっ た取り扱いを受けるタイプである。 以上、父親と母親に対する養育態度を別々に評定するようになっており、得点化はO,1,2 点の三段階で・高得点ほど望ましくない態度(型)が少ないことを示す。すなわち、高得点ほど 望ましい態度(型)であることを示す。冬型とも可能な得点範囲は0−20点であ孔 内発的動機づけについての質問紙 桜井・高野(1985)の内発的一外発的動機づけ測定尺度 と桜井(1983)の認知されたコンビテンス測定尺度の学習に関する下位尺度が用いられた。前者 は子どもたちの学習に関する内発的動機づけを広範な生活領域から捉えたもので、①挑戦、②知 的好奇心、③達成、④認知された因果律の所在(略して、因果律)、⑤内生的一外生的帰属(略 して、帰属)、⑥楽しさ、という六つの下位尺度で構成されている。挑戦下位尺度は、困難な課 題に挑戦しようとする傾向を、知的好奇心下位尺度は、拡散的好奇心により様々な課題に接近し 情報を収集しようとする傾向を、達成下位尺度は、教師や友達に頼らずに課題に取り組もうとす る傾向を、因果律下位尺度は、ある課題を遂行する意図が個人によって引き起こされていると認 知する(内的因果律)のか、それとも環境によって引き起こされていると認知する(外的因果律) のかという傾向を、帰属下位尺度は、ある課題をすることそれ自体が目的になっている(内生的 帰属)のか、それともその他に目的があり、そのために当該課題をすることは手段となっている (外生的帰属)のかという傾向を、楽しさ下位尺度は、文字通り内発的動機づけにより活動した ときの楽しさを、それぞれ測定している。各下位尺度は、五項目で構成されている。回答は四段 階評定で、内発的動機づけ傾向の高い反応から4,3,2,1点と得点化される。後者のコンビ テンス測定尺度は学習に関する有能感を測定している。七項目で構成されており、四段階評定 一79一 (4−1点)である。得点が高いほど有能さの高いことを示す。なお、これらの下位尺度はS E Mモデルとの対応で考えると、動機(意図)の評価には因果律と帰属下位尺度が、有能さの評価 には認知されたコンビテンス測定尺度の学習に関する下位尺度が、自己決定感と有能感には楽し さ下位尺度が、自己決定の欲求には知的好奇心と達成下位尺度が、有能さへの欲求には挑戦と達 成下位尺度が、それぞれ当たる。 手続き 上記の①親子関係診断テストと②内発的一外発的動機づけ測定尺度と③認知された コンビテンス測定尺度の学習に関する下位尺度がクラス毎に集団実施された。実施者は心理学専 攻の大学生2名(男女1名すっ)であった。実施者は回答方法を詳しく説明した後、各児童に自 由に回答させ、最後に正しく回答しているかどうか点検した。調査は他の質問紙とともに40分く らいで終了した。 結果と考察 子ども用親子関係診断テストの平均と標準偏差(SD)が態度・型毎に表1に示されている。 父親、母親ともほぼ同じ値を示している。つぎに、父親、母親別に内発的動機づけの諸得点と親 子関係診断テストの諸得点との相関係数が求められた。父親の場合は表2に、母親の場合は表3 に結果が示されている。 表1 親子関係診断テストの平均とSD(N:98) カテゴリー 拒 否 支 消極的 積極的 ヤ柄 父 親 母 親 配 保 護 服 従 矛盾・不一致 ?否 藻ロ 厳格 期 待 干渉 不安 溺 愛 盲 従 矛 盾 不一致 15.95 16.29 15.54 16.82 16.96 15.17 17.04 17.38 16.51 16.37 i2.79) i2.95) i3.25) i2.47) i2.15) i3.ユ5) i2.79) i2.34) i2.66) i3.27) 15.80 15.77 16.03 16.01 16.45 14.46 16184 17,42 16.36 i273)1 i2.97) i2.94) i2.47) i2.39) i3.19) i2173) i2.56) i2.72) 16.34 i3.24) ( )内は8Dを示す。 父親の場合をみると、有意な相関係数は拒否的態度と矛盾・不一致的態度に多い。その結果、 拒否的態度の相関係数の平均は.27(ρ<.O1)、矛盾型のそれは.23(ρ<.05)、不一致型のそ れは.34(ρ<.01)と低いあるいは中程度の相関が示されている。支配的態度の相関係数の平 均は。18(ρ<.05)、保護的態度のそれは.17(ρ<.05)と有意ではあるがかなり低くなって いる。服従的態度の相関係数には有意なものは一つもなく、相関係数の平均も、.03(㎜)と有 意ではなくなっている。したがって、父親の場合には、服従的態度以外では一応望ましい養育態 度が子どもの内発的動機づけと正の関係にあることが示され、予測がほぼ支持されたといえよう。 そのなかでも、拒否的態度、矛盾した態度、両親の態度の不一致は内発的動機づけにかなりマイ ナスの影響を与えていることが示唆されよう。 一80一一 表2 内発的動機づけと父子関係の相関係数(N=98) テゴリ コ位尺度 拒 支 否 消極的 積極的 ?否 ?否 配 保 護 服 矛盾・不一致 従 厳格 期待 干渉 不安 溺愛 盲従 矛盾 不一致 .30** .42** .22** .20* .12 .11 一.06 .04 D21 * .36** .21* .23** .11 .25** .18* .19* .02 .09 .14 .24** 有能 さ .29** .32** .25** .24** .24** .28** .11 .03 137** .32** 楽 し さ .17* .26** .05 .09 .04 .10 一.O1 .01 * D17 140** 知的好奇心 .23* ** D26 、15 .11 、03 .03 一.08 .01 .13 .35** 達 成 、25** 134** .16 .28** .30株 .29淋 一.06 .02 .24** ** D36 挑 戦 .26** .24** .11 .24** .25** .23* .15 .14 .33** .38** A23 * ** D34 因果律 帰 平 属 .27** 均 D17 * .18* .03 **ρ<.01 *P<.05 一方、母親の場合(表3参照)には・有意な相関係数は拒否的態度・支配的態度、矛盾・不一 致的態度に多くみられ乱その結果・拒否的態度の相関係数の平均は.30(ρ<.O1)・支配的態 度のそれは.22(ρ<.05)・不一致型のそれは、32(ρ<.O1)、と低いあるいは中程度の相関が 示された・他方・保護的態度の相関係数の平均は.15(㎎)・服従的態度のそれは一.02(㎎)と有 意ではない。しかも、服従的態度の相関係数には有意なものは一つもない。したがって、母親の 場合には、保護的態度および服従的態度を除き、一応望ましい養育態度は子どもの内発的動機づ けと正の関係にあることが示され、予測はほぼ支持されたといえよう。 表3 内発的動機づけと母子関係の相関係数(M二98) テゴリー コ位尺度 拒 否 支 消極的 積極的 藻ロ 藻ロ D28 * 配 保 服 護 ** D31 * D18 ** D28 .12 .14 ** D27 .12 ** D27 * D23 D18 * 有能 さ ** D29 .33淋 .27** .35淋 .13 .28** 楽 し さ .25** ** P36 * D17 .19* .03 知的好奇心 ** D26 ** P24 * D17 .17 一.04 達 ** D28 ** D29 .16 ** D31 ** D27 ** D41 .39株 * D20 .22* .22* 帰 属 成 挑 戦 平 均 、30淋 矛盾・不一致 厳格 期待 干渉 不安 溺愛 盲従 矛盾 .28* 因果律 従 * A22 一81一 一.04 .03 .16 * D36 .05 .09 * P20 D21 * ** D30 .05 一.01 ** D32 .07 一.1O 一.03 D23 * .36** 一.03 一.13 一.04 .06 .34** ** D27 =.07 一.05 .15 .34** D18 * 一.00 .00 .29** ** D31 D20 * .32榊 .且5 **一P<.01 *ρ<.05 不一致 一102 父親の場合と母親の場合を比較してみると、共通点としては、①拒否的態度、支配的態度、矛 盾・不一致的態度と子どもの内発的動機づけとの間に有意な正の相関がみられたこと、②そのな かでも、不一致型の相関係数がかなり高かったこと、③服従的態度では有意な相関が縛られなかっ たこと、が挙げられよう。不一致型すなわち両親の養育態度が一致しない場合に子どもの内発的 動機づけが育ちにくいことは日常的な知見と一致しよう。これはおそらく、家庭で夫婦喧嘩が多 かったり、子どもの教育に対する意見や行動が異なっていたりして、子どもが安心して学習に取 り組めない状況が影響しているものと考えられる。また、父親の場合でも母親の場合でも、服従 的態度と子どもの内発的動機づげとの間に有意な相関が見いたされなかった点は、つぎのように 考えられよう。服従的態度は一応子どもの要求を受け入れているという面でややポジティブな家 庭環境を作り出しているため、子どもの内発的動機づけは阻害も促進もされないのではないだろ うか。この点は、今後より多くのデータにより詳細に検討する必要があろう。 つぎに・父親の場合と母親の場合の相違点としては・保護的態度で父親の場合には平均で有意 な相関が得られたが、母親の場合は平均で有意な相関が偉られなかったことが挙げられよう。し かし・相関係数に大した違いはない。敢えていえば・母親の場合には一般的にある程度の保護的 態度はその役割として期待されるところであり、その結果、相関は有意にならなかったのであろ う。 引 用 文 献 Deci,E.L.1975〃r桃{c Mo左1Uα亡1oπ.P1enum Press.佐伯 畔(訳)1980やる気を育て る教室一内発的動機づけ理論の実践一 金子書房. Deci,E.L.,Ne尼1ek,J.,& Sheinman,L.1981Characteristics of the rewarder and intrinsic motivation of the rewardee.Jo〃㎜五〇ゾPersoπα胱ツα〃Soc三αZ Psツ。ん。Zo醐, 40, 1−10. 桜井茂男 1983認知されたコンビテンス測定尺度(日本語版)の作成 教育心理学研究,31,60− 64. 桜井茂男 1984内発的動機づけに及ぼす言語的報酬と物質的報酬の影響の比較教育心理学研究, 32, 286−295、 桜井茂男 1987両親および教師の賞賛・叱責が児童の内発的動機づけに及ぼす影響 奈良教育大 学紀要,36,173−182. 桜井茂男・高野清純 1985内発的一外発的動機づけ測定尺度の開発 筑波大学心理学研究,7, 43−54. 一82一