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148. 喫煙関連・非喫煙関連肺癌の臨床的・分子生物学的類型化に基づい

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148. 喫煙関連・非喫煙関連肺癌の臨床的・分子生物学的類型化に基づい
 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011)
148. 喫煙関連・非喫煙関連肺癌の臨床的・分子生物学的類型化に基づいた
新しい肺癌治療戦略の開発
吉野 一郎
Key words:非小細胞肺癌,喫煙,miRNA
*千葉大学 大学院医学研究院
先端応用医学講座 胸部外科学
緒 言
World Health Organization による The Global Burden of Disease project では 1951 年から 2002 年までの世界の疾患
構成の変化より,2030 年の世界規模の疾患構成予測した死因ベスト 10 に,肺がんは 6 位にランクされ,悪性腫瘍では群を抜
いてトップである.我が国でも肺癌による死亡者は,1998 年に 5 万人に達してわが国の癌死因第一位となり,2006 年には
63,255 人となり,さらに 10 年後には 1.4 倍,20 年後には 1.9 倍に増加すると予想されている.20 年程前までは肺癌罹患リスク
として,男性・50 歳以上・喫煙指数 400 以上が挙げられていたが,最近では女性・非喫煙者・腺癌が急増しており(Surgery
2002)
,肺癌は一概にタバコ病とは言えなくなってきた.最近,肺腺癌における上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子変異
と iressa や erlotinib などの分子標的薬による治療効果との相関が見出され,注目を浴びているが,このような腺癌は女性・非
喫煙者に多く,喫煙非関連肺癌の一類型と考えられるようになった.一方,喫煙関連肺癌においては治療に直結する遺伝子異
常はいまだ探索段階である.
私のこれまでの研究の中で,いくつかの肺癌関連分子が喫煙と関連することを示してきた 1).マクロファージ走化因子である
macrophage migration inhibitory factor(MIF)は,炎症遷延作用と造腫瘍性(p53 機能抑制)を併せ持つ MIF の研
究の中で,肺癌組織における MIF の高発現と患者の喫煙習慣が強く相関することを見出した(Clin Cancer Res 2002).さ
らに Skp2 (S-phase kinase-associated protein 2) は,細胞周期を制御する p27 を分解するユビキチンリガーゼ蛋白であ
るが,肺癌組織における Skp2 発現が喫煙者において高く,かつ予後不良因子であることを明らかにした(J Clin Oncol
2005).最近,欧米の化学療法臨床試験に付随した研究において,肺癌組織の p27 発現の低下は,予後のみならず治療効
果と相関することが判明している.解糖系酵素の type II hexokinase や Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase
(GAPDH) の異常発現が,喫煙や予後と相関する事も明らかにした(Proc ASCO 2004)
.これらの研究は肺癌進展に関わる
種々の分子が喫煙により誘導される事を示しており,実際,喫煙者肺癌の術後生存が不良な事から(Ann Thorac Surg
2006),喫煙が肺癌の生物学的態様に強く影響していると推論した.更に喫煙関連化学物質であるベンツピレンに曝露された
肺癌細胞において,migration stimulating factor,twist,TGF-β などの上皮-間葉転換機構に関与する遺伝子群の発現
亢進を示すことで(Cancer 2007),一連の臨床的事象を in vitro にて証明した.この上皮-間葉転換機構は本来,組織の
発生や修複の際に発現するが,最近,固形癌における浸潤や転移への関与が注目されている.また TGF-β は強い免疫抑制
作用を有することから,喫煙により免疫抑制環境が誘導されることも示唆された.
以上より私は肺癌において喫煙が上皮-間葉転換機構を介して浸潤,転移,免疫抑制などの悪性形質の獲得を促進するという
仮説を立て,悪性度の高い喫煙関連肺癌の性質を解明する糸口と考えるに至り,本研究を遂行するにいたった.
方 法
1.切除により得られたヒト肺扁平上皮癌組織と正常肺および 2 種の肺扁平上皮癌細胞株 (PC10 and H157) より total RNA
を調整し, TaqMan Low Density Array Human MicroRNA Panel v1.0 (Applied Biosystems, Foster City, CA) に
*現所属:千葉大学 大学院医学研究院 先端応用医学講座 呼吸器病態外科学
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より miRNA を調整した.cDNA 化して real-time PCR にて定量して癌部と正常部を比較した.また Relative miRNA
expression data were analyzed using GeneSpring GX version 7.3.1 software (Agilent Technologies) にて発現デ
ータを標準化した.
2.1でスクリーニングされた肺扁平上皮癌で発現低下している miRNA につき,他の臨床検体にて real time PCR にて
validation した.
3.細胞株に当該 miRNA を強制発現させ,野生株と増殖力や遺伝子発現プロファイルを比較することで,miRNA 発現低下
の意義や,標的遺伝子について検討した 2).
結 果
1.まず 5 例の臨床肺扁平上皮癌の切除検体の腫瘍部と正常肺の比較では,655 個の miRNA のうち 30 個が 0.5 倍以下に
発現が低下していた.うち,他の喫煙関連がんでも発現低下が認められている miR133a は本実験でも正常肺における発現量
の 6%と最も低下しており,以後の検討を進めた.
表 1.肺扁平上皮癌において腫瘍組織で発現抑制されている miRNA
5 例の臨床肺扁平上皮癌の切除検体の腫瘍部と正常肺より抽出した mRNA において 655 個の miRNA 発現量を検討した結
果,腫瘍で最も発言が低下していた 10 種類の miRNA を示す. 2.他の 11 例の臨床検体にて定量 PCR 法にて発現が低下していることを確認した.
3.2 種の肺扁平上皮癌株にて miR133a を強制発現させ,標的遺伝子を探索したところ GSTP1 が候補遺伝子となった.こ
の強制発現株では有意に増殖力が低下した.また先の臨床 11 検体にて,miR-133a と GSTP1 mRNA の発現量は有意な負
の相関を示した 2).
考 察
miR133a は,頭頸部癌,食道癌,膀胱癌など 3-5)他の喫煙関連がんでも発現低下が認められており,喫煙関連がん特有の
遺伝子異常である可能性がある.
2
miR133a の標的遺伝子である GSTP1 は,元より細胞内薬物代謝に関与し,がんにおける key drug であるシスプラチンの耐
性に関わることが知られている.シスプラチンは肺癌においても重要な抗がん薬である.また近年注目されている”がん幹細胞”
の特性においても細胞内代謝機能が知られており,今回の研究結果は,このがん幹細胞コンセプトの点からの発展性もあると考
えられた.
今回の miRNA の網羅的解析で発現低下が確認された miRNA が他に 29 個あり,また,miR133a の標的候補遺伝子が他
にも複数あることから,得られた実験データは今後の大きな研究シーズとして発展することが期待され,その中から新しい治療候
補遺伝子・分子が同定される可能性がある.
共同研究者
本研究の共同研究者は千葉大学医学部附属病院呼吸器外科の守屋康充および,千葉大学大学院医学研究院機能ゲノム学の
関 直彦である.
文 献
1) Moriya, Y., Iyoda, A., Kasai, Y., Sugimoto, T., Hashida, J., Nimura, Y., Kato, M., Takiguchi, M.,
Fujisawa, T., Seki, N. & Yoshino, I.:Prediction of lymph node metastasis by gene expression profiling
in patients with primary resected lung cancer. Lung Cancer, 64:86-91, 2009.
2) Moriya, Y., Seki, N., Nohata, N., Mutallip, M., Okamoto, T., Yoshida, S. & Yoshinomi, I.:R-133a is
identified as a tumor-suppressive miRNA of lung squamous cell carcinoma, which targets glutathione
S-transferase P1. Submitted.
3) Mutallip, M., Nohata, N., Hanazawa, T., Kikkawa, N., Horiguchi, S., Fujimura, L., Kawakami, K.,
Chiyomaru, T., Enokida, H., Nakagawa, M., Okamoto, Y. & Seki, N.:Glutathione S-transferase P1
(GSTP1) suppresses cell apoptosis and its regulation by miR-133α in head and neck squamous cell
carcinoma (HNSCC). Int. J. Mol. Med., 27:345-352, 2011.
4) Kano, M., Seki, N., Kikkawa, N., Fujimura, L., Hoshino, I., Akutsu, Y., Chiyomaru, T., Enokida, H.,
Nakagawa, M. & Matsubara, H.: miR-145, miR-133a and miR-133b: Tumor-suppressive miRNAs
target FSCN1 in esophageal squamous cell carcinoma. Int. J. Cancer, 127:2804-2814, 2010.
5) Uchida, Y., Chiyomaru, T., Enokida, H., Kawakami, K., Tatarano, S., Kawahara, K., Nishiyama, K., Seki,
N. & Nakagawa, M.:MiR-133a induces apoptosis through direct regulation of GSTP1 in bladder
cancer cell lines. Urol. Oncol. Semin. Orig. Invest., in press.
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