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筆の話、書の話
2009年 第4回よろなか塾 2009年11月12日(木) 筆の話、書の話 講師: 書家 樋口 紫水 氏 ・プロフィール: 昭和24年生まれ、佐伯市出身。平 成8年に日展初入選以来、入選5回。 県下の現役の書家(漢字)では最多の 受賞者。昭和61年より今井凌雪に師 事、雪心会会員。数々の賞を受賞。最 近、佐伯市歌「美しいのは」、佐伯市 民憲章、福祉憲章を揮毫し、市に献呈。 11月には佐伯市表彰を受賞した。書 道研究「芳山書院」(野岡町2-11-28 TEL:23-3217)を主宰。鶴岡・海崎・三余館・文化会館等 での講師としての指導歴も長い。本名、義行。この秋に 還暦を迎えたばかり。 分の思うように書くことができます。柔らかい筆だと、 グニャというか、ペタというか、自分はこう動かそうと 思っているのに、筆がなかなか思う方に動いてくれませ ん。使いこなすのが非常に難しいのです。硬い筆は、書 きやすいけれども、筆画、線に味わいを出せません。柔 らかい筆の場合は、扱いにくいけれどもとても味わいの ある、表情豊かな線を書くことができます。 ですから、使いこなせる人は柔らかい羊毛の筆を好ん で使います。もちろん、始めから柔らかい筆を使いこな すことは難しいので、これは修練、練習を積んでいくし かありません。書を始めたばかりの初学者の方は、やは り先生や専門店の人に聞いて、お薦めの筆を買うのが上 手な買い方だと思います。 ・筆の毛にはいろいろな材料が使われます 硬い筆、柔らかい筆、それぞれいろいろな材料があり ます。硬い筆には、どういうものがあるかというと、ま ず、馬の毛です。それから鹿、鼬、トナカイ、山馬とい うベトナムなどにいる大きな鹿などがあります。これら の動物からとれる毛は、非常に硬い弾力性の強い毛です。 ・書活動一筋の45年でした 私の最初の師匠は、鶴城高校の近くに住んでおられた 柔らかい筆は、羊毛――山羊の毛です。それから、兎、 故・森神紫陽先生です。高校2年生の時に先生の雅号か 鶏などです。山羊の毛でも背中、首、お尻、喉などとる ら一字をとって「紫水」という雅号をいただきました。 部位によっても種類に違いがあります。また、同じ山羊 それから45年間、書家「樋口紫水」として書活動を続 でも自然の草で育てるか、早く成長させるために配合飼 けてきました。いろいろなことがありましたが、これま 料で育てるかなどによって、毛の質がまったく違ってき で続けてこられたのは、やはり、書が大変好きだという ます。そして、それが筆の書き味に現れてきます。 最も柔らかい筆は、胎毛筆といって、人間の赤ちゃん ことが一番大きいと思います。 の髪の毛です。胎毛というのは生れてから一度もハサミ を入れていない毛先の残った髪のことで、一生に一度し ・文房四宝 かとれません。筆は毛先が大切ですから、一度ハサミを 書にはいろいろな道具が必要ですが、特に硯・墨・筆 入れてしまうと、毛先が切り株のようになって、筆には ・紙の四つが「文房四宝(ぶんぼうしほう)」と呼ばれ、 なりにくいと言われています。 文房(書斎)の中で最も大切な宝と位置づけられています。 胎毛筆を作る場合は、赤ちゃんの髪の毛を7、8セン 今日は、その中の筆についてお話しします。皆さんに チくらいまで伸ばしてから、毛先の向きはばらばらでよ 筆にもいろんな種類があるんだということを知っていた いので、散髪屋さんで切ってもらって、筆屋さんにもっ だきたいと思います。 ていくと綺麗に揃えて筆を作ってくれます。お子さんや お孫さんが生まれたら、是非、胎毛筆を作ってあげると ・和筆と唐筆について よいと思います。ちゃんと名前や生年月日を筆管に彫り 筆には日本で作られる和筆と中国で作られる唐筆があ 込んでくれます。値段も1万円くらいです。とてもよい ります。唐筆は、いろんな長さの毛を混ぜて作るものが 記念になると思います。私の子どもも孫も胎毛筆を作り 多く、一本の筆の中に短い毛もあれば長い毛もあります。 ましたが、私はその胎毛筆を使って作品を書きました。 それをまとめてひとつの筆を作っています。 孫もとても喜んでくれました。 一方、日本の筆・和筆は、たとえば山羊の毛――これ それから、変わった筆に竹筆があります。竹で作った を羊毛といいますが、割と長いものを吟味して作ってい 筆です。それに藁(わら)でできた藁筆(わらふで)。草で ます。材料を吟味するので、日本の筆は品質的にとても 作った草筆があります。そういう筆を使いますと、味の しっかりしています。その分、中国のものと比べて値段 ある面白い作品が書けます。 的にずっと高くなってしまいますが、やはり、品質のよ また、いろいろな毛を混 い和筆を使うことが多くなります。 ぜ合わせて作る兼毫筆 (け ただ、値段的には中国の筆が圧倒的に安いです。日本 んごうひつ) というのがあ で1万円くらいする大きさの筆でも、中国では千円くら ります。羊毛だけだと柔ら いで買えます。値段が随分違いますから、安い中国のも か過ぎて書きづらい、硬い のを選ぶ人もいるわけです。 筆だと味わいがない。兼毫 和筆と唐筆にはそれぞれに特徴があるので、どちらを 筆というのはそれぞれの長 使うかは好みにもよります。 所を併せ持った筆です。筆の中の方に、馬や鼬の硬い毛 を入れて、周りを柔らかい羊毛などで包み込む。そうす ・柔らかい毛と硬い毛 ると書きやすい筆ができあがります。初学の人には兼毫 筆の選び方ですが、いろいろな動物の毛――山羊や鼬 筆もお薦めします。 (いたち)や狸などからできているので、筆の柔らかさ というのはさまざまです。柔らかい筆、硬い筆いろいろ ・筆の長短、大小 ありますが、使いやすいのは硬い筆です。硬い筆だと自 筆は長さ、大きさからの分け方もあります。穂の部分 が長い筆を長鋒と言います。さらにうんと長いものを超 長鋒と言います。中くらいのものは中鋒。短いのを短鋒、 特に短いものを超短鋒と言います。大筆(おおふで)、小 筆、中筆という大きさからみた呼び方もあります。 柔らかい文字を書こうという時は、柔らかい羊毛を使 い、強さ、荒々しさを表現しようと思えば、硬い筆を使 って書くという風に、表現によって、硬い筆、柔らかい 筆を使い分けます。そして、文字の大きさによって大き な筆、小さな筆と使い分けて、いろいろな表現を書き分 けることができます。 ・実際に手にとって触って比べてみてください 今日は、実際にいろいろな筆をみなさんに触っていた だこうと思いまして、筆をいくつか持ってきました。 これはかなり大きい筆です。 穂が長くて、ちょっと面白い ものです。筆の毛の色が飴色 になっていますが、なぜこん な色になるかといいますと、 これは山羊の髭で作った筆で 髭は餌を食べるときに地面に ついて汚れます。それが毛に 染み込んで飴色になるんですね。山羊の髭の筆はなかな か作れないらしいんです。触っても結構ですから、実際 に手にとってみて下さい。 これが山馬(さんば)の筆です。押さえると、ばちっ と跳ね返るくらいの弾力があります。もう一つ、これも 非常に硬い、弾力のある黒豚の筆です。高級食材で有名 なあの黒豚です。とても荒い毛です。先がまっすぐでな く曲がっています。 次はイノシシの筆です。ほとんど豚と同じで硬い。こ ちらが馬の筆です。これが猿の筆と牛の耳の毛で作った 筆。これはムササビ、これはカモ、ダチョウ、キジ、鵜 (う)、ほろほろ鳥、鶏、金鶏鳥、シャモ、クジャク。こ れはマングース、リス、……まるで動物園に行ったみた いですね。(笑) 筆は墨をつけて使った後は、丁寧に洗っても、もう元 の綺麗な色にはなりません。ちなみに値段はそれほど高 いものではありません。 次は、藁で作った藁筆。これは竹筆。筆で値段の高い のは、先ほどもお話しした赤ちゃんの髪の毛で作った胎 毛筆です。この筆で5万円ほどです。 今、筆を触って見ていただいていますが、何種類かの 筆で字を書いてきました。使う筆の種類によって文字の 表情が随分違います。一番左が、ムササビ。墨をつける と随分柔らかくなります。線も少し柔らかい感じになり ます。二番目は、鶏。鶏の羽はあっちを向いたりこっち を向いたり、まっすぐになりません。それが面白い効果 を生み出す場合もあります。三番目は、竹筆。非常に硬 い感じがします。四番目は、藁筆。藁を束ねたもので書 いています。随分かすれています。朴訥な感じがします。 五番目は狸の筆で、穴蔵か ら出てきたような感じです。 用具、筆の種類によって、 文字の表現が大きく異なる という感じがわかったでし ょうか。 筆によって様々な表現が 可能になります。 ・出しても落選、出しても落選が続きました 私の一年間というのは、大阪で行われる春の日本書芸 院展から秋の日展まで、展覧会への出品作の制作に一年 中追われている感じです。 もちろん、作品を書くことも大切なのですが、私はそ れ以前に、普段から良いものをたくさん見て、そこから 栄養を吸収することが大切だと思っています。そのため に、中国にはもう30回くらい行っています。中国に行 っても観光や買い物はほとんどしません。本を買うくら いです。あとは山に登って自然の岩肌に文字が彫られた 摩崖刻石を見たり、博物館や史跡を訪ねて石碑を見たり 千年以上前の人が実際に書いた真筆など見に行っていま す。そういったものを見ると、やはりとても感動します。 歴史の中で評価されて今に伝わる古典というのはやっぱ りすごいなと改めて思いますし、その都度、本物を見な ければいけないと強く感じます。東京でも、そういった 本物を見られる機会があれば、できるだけ出かけて行っ て、本物の書を見て、そこから栄養を吸収するようにし ています。 日展の作品は、だいたい7月くらいから書き始めまし た。草稿ができたら、私の師匠のいる奈良の方に持って 行き、作品指導を受けます。それから書き込んで、9月 の中旬に作品を仕上げるという日程です。とにかく何枚 も何枚も書いて、足腰立たなくなるくらいまで書きます。 今年の日展のために書いた作品の枚数は、300枚を超 えました。作品のサイズは、横60cm・縦240cmで、 80字の漢詩を4行に書いて出品しました。出品した時 には、精根尽き果てたという感じがしました。入選した のは幸運でした。これまで5回入選しましたが、実はそ れまでに30回近く出品しています。あとの20数回は 落選しています。出しても落選、出しても落選、もう今 年でやめようかなということが何度もありましたが、そ れでも根気強く続けた結果、ここ数年で5回入選するこ とができました。これからも、足腰立たなくなるまで一 所懸命書いて挑戦していこうと思っています。 ・ボランティア活動と書道教室 ここ数年、年に何度かボランティアで佐伯と日田の養 護学校で書写の指導をしています。養護学校の生徒たち と真剣に向き合って取り組んでいくと、通じるものがあ って、非常に心を打つ作品を書いてくれます。養護学校 の生徒の書く作品というのは、純粋な心を文字に表現す るということで、非常に感動させられます。トキハイン ダストリーや養護学校の「風の子まつり」などで展示さ れますので、是非見に行って下さい。 私の書道教室は、市内各所で行っていますが、幼稚園 生から86歳の方まで習いに来ています。高齢の方も随 分書道の勉強をしております。皆さんも遠慮せず、お歳 を気にしないで、是非習いに来ていただきたいと思いま す。遠くは福岡、北九州、大分、別府からも来ていただ いて、みんなで一緒に勉強しています。お陰様でとても 楽しく勉強できています。 最近はパソコンでも、なかなか立派な毛筆体がありま す。しかし、何と言っても手書きの筆の文字というのは その人の心も温かみも伝わって来るように思います。 70歳、80歳から習いはじめてもやはり上手になる ものです。皆さんもこれを機に、大いに書の勉強をして いただきたいと思います。 皆さん、本日はどうもありがとうございました。 <書き起こし 田原>