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BEPSプロジェクト の進捗と税制改正へ の影響⑩

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BEPSプロジェクト の進捗と税制改正へ の影響⑩
#
05
マエストロの解説
□□□□■
□□□□■□□□□■□□□
□■□□□□■
複雑になりすぎた 法人税をもう
一度勉強しよう
マエストロの解説
先般、企業に提供されている節税策の報告を
義務付ける制度(報告義務制度)の導入を政府
1
が検討していることが報道された 。これは、
BEPS 行動計画 12「タックス・プランニングの
報告義務」における議論を受けたものである
税務における第一人者 〝税務マエストロ 〟による税実務講座
が、この行動計画における議論をまとめた報告
今週のマエストロ&テーマ
BEPSプロジェクト
の進捗と税制改正へ
の影響⑩
―タックス・プランニング報告義務
#
143
品川克己
書案が本年(平成 27 年)3 月 31 日に公表され
ている。この報告義務制度は、税収減や企業間
の不公平の根源となっている過度な節税スキー
ムに対する牽制効果を狙ったものとされている
が、経理や税務の実務の観点からは、報告義務
が税理士等の外部アドバイザーのみでなくタッ
クス・プランニングを組む企業自身にも課され
るような場合には、多くの企業にとって新たな
事務負担の増加を誘発し、実務上の混乱につな
がる可能性がある。
PwC税理士法人
1
討議草案(報告書案)
(1)報告書案の概要
略歴
89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国
際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及
び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロー
スクールにて客員研究員として日米租税条約につ
報告書案は、タックス・プランニングの報告
義務制度に関連する事項について検討し、勧告
を策定することを目的とするもので、具体的な
いて研究。97年より00年までOECD租税委員会
検討事項としては、①国々の事情に応じた制度
に主任行政官として出向(在フランス)
し、
「 OECD
設計が可能となるよう柔軟性を有した報告義務
移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」
の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財
務省を辞職し現職。
制度のあり方の提案、②国際的なタックス・プ
ランニングにフォーカスした場合の報告義務制
度における留意点、③税務当局間の情報共有の
次回のテーマ
144
#
強化に関するモデルの設計と実施の 3 点が挙げ
平成27年度改正
税理士
熊王征秀
消費税率引上げ、それに伴う課税の適正化
など、消費税法の改正が続く。消費税マエス
トロが実務ポイントを解説する。
られている。特に、既に類似の報告義務制度を
導入している国々(英国、米国、アイルラン
ド、ポルトガル、カナダなど)の例を参考にし
ながら、タックス・プランニングの報告義務制
度の意義および制度設計上の基本原則について
1
※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。
[email protected]
日本経済新聞「企業の節税策 報告義務 税理士・コン
サルにー政府検討」(平成 27 年 5 月 26 日)
No.605 2015.8.3
13
検討されていることから、こうした国々の制度
度では、プロモーターと利用者の双方に報告義
と類似の制度の提案に落ち着く可能性がある。
務を課すものと、一義的にはプロモーターまた
(2)報告義務制度の意義
は利用者のいずれかに報告義務を課すものがあ
本報告書案では、新たに導入すべきタック
る。本報告書案では、報告義務をプロモーター
ス・プランニングの報告義務制度を導入するこ
に課すのが望ましいものとし、プロモーターと
との意義として、次の 3 点を挙げている。
納税者の双方に報告義務を課す方法か、また
・租税回避スキームに関する情報を早期に入手
は、一義的にプロモーターに報告義務を課す
できること
(プロモーターが海外にいるなど一定の場合に
・租税回避スキームに関わる関係者(利用者お
よびプロモーターなど)を認識できること
・租税回避スキームの利用に対して抑止力とし
て働くこと
は利用者に報告義務を課す)方法の、2 つの方
法が提案されている。
こうした論点は具体的な制度設計の技術的な
問題であり、より重要な、かつ本質的な報告義
また、タックス・プランニングの報告義務制
務者の論点としては、報告書案でいわれるプロ
度の設計の際に考慮すべき基本的な原則として
モーターの範囲である。報告書案では、プロ
次の 4 点を挙げている。
モーターについて明確な定義は示されていない
・制度が明確で誰もが理解できるものであるこ
が、一般的には税理士や弁護士、投資銀行等の
と
外部アドバイザーが該当することとなろう。既
・制度の導入により増加するコンプライアンス
存の報告義務制度においても国によって定義が
のコストと制度導入により得られるベネ
様々である状況の中で、本報告書案で用いられ
フィットに大きな乖離がないこと
ているプロモーターには報告対象となる税務ス
・ターゲットとする租税回避スキームを効果的
に捕捉できる制度であること
・報告された税務スキームの情報が有効に活用
されること
キームの供給者(設計・販売・組成・管理のい
ずれかに関与する者)としてアドバイザーなど
幅広い関係者が含まれる可能性があることを共
通認識としている。しかしながら一般人、一般
新たな報告義務制度は、これまでの税制上の
企業に一定の義務を課す以上、その対象者は法
報告制度とは異質なものであり、新たな義務で
令によって明確にすべきであるが、例えば「当
あることもさることながら、税制全般、税務行
該スキームを提供することによって報酬を得る
政に与える影響も小さいものではないであろ
者」という限定を付したとしても、やはり対象
う。具体的な制度設計に当たって非常に重要な
はかなり幅広く、曖昧なものとなろう。
これらの基本原則は、各国税務部局も十分に認
(2)報告の対象となるスキーム
識しなくてはならないポイントといえる。
新たな報告義務制度の最も根幹的な要素は、
2
どのような内容を報告の対象とするかである 。
2
報告義務制度の詳細
BEPS の中での議論は、過度の節税ということ
になろうが、過度か否かの判断やそもそも節税
(1)報告義務者
の定義も容易ではない。結局、その範囲が曖昧
既存のタックス・プランニングの報告義務制
であれば、報告に係る事務負担もかなりのもの
2
米国では、年間 1000 万ドル以上の損失を出す取引を対象としている。また、税理士が年間 25 万ドル以上の報酬を得た場合
を対象としている。
14
No.605 2015.8.3
となる可能性がある。
より記述された特徴のいずれかに該当するタッ
既存の報告義務制度では、あらかじめ定めら
クス・プランニングについて報告義務の対象と
れた要素(hallmarks)を有するタックス・プラ
することを提案している。しかしながら、個別
ンニングを報告義務の対象としている。この要
の税務アドバイスについての守秘義務は当然の
素は国によって様々であるが、一般的には、基
ことであり、報告義務の対象とすることの理由
本的要素として、当該プランニングを提供する
としては希薄過ぎようし、そもそもアドバイ
ことがアドバイザーとしての報酬に結びつくこ
ザーは税務上のアドバイスを提供することに
とが挙げられている。また、いくつかの制度で
よって報酬を得ることを事業としているのであ
は、閾値テストや前提条件を満たすかどうかの
り、すべてのケースが該当する可能性もある。
テストを行うものがあり、最も一般的な閾値テ
また、欠損金の利用を節税策とすることには反
ストは、主要便益テストとなっている。これは、
対論も予想され、所得移転の定義、限定はそも
そのスキームの導入による主要な便益が税務上
そも不可能である。このように、対象となる措
の利益であるかどうかのテストであり、その代
置を不明確にしたまま、報告義務を課すことに
替的なものとして影響が小さい一定の基準を下
は、もう少し慎重にあるべきであろう。いたず
回るものを対象から除くデミニマスルールが設
らに事務負担を増加させることは、本報告書案
けられているケースもある。本報告書案では、
でいう制度導入に当たっての基本原則からも逸
デミニマスルールは基準の定め方が難しく、主
脱している。
要便益テストとの併用は望ましくないものとし
(3)報告のタイミング
ている。いずれにせよそもそも税務上の利益と
対象となるタックス・プランニングの報告を
は何か、また、その決め方に大きく影響される
何時にするかについては様々なタイミングが考
ことに加え、税務上の利益と租税回避の概念と
えられるが、本報告書案では、早期に情報を入
の関係が不明瞭となっていることが指摘できる。
手する等の報告義務制度の意義に鑑み、プロ
報告義務の対象とするタックス・プランニン
モーターに報告義務を課す場合には、対象とな
グの要素の記述方法として、租税回避スキーム
るタックス・プランニングが利用可能となるタ
が共通して有する要素を記載する方法と、税務
イミングに報告させることを、納税者に報告義
当局が関心を有する特定のタックス・プランニ
務を課す場合には、納税者が実際にその対象と
ングを記載する方法とが挙げられている。前者
なるタックス・プランニングを実行する際に報
の方法は、例えば利用者に対してタックス・プ
告させることを提案している。いずれの場合
ランニングに関する守秘義務を課しているもの
も、税務申告と別の手続きにならざるを得ず、
や、報酬体系がそのタックス・プランニングに
事務負担の増加は避けられない。また、報告を
より得られる税務上の利益を加味した割増また
受ける行政側の体制整備も必要となろう。それ
は成功報酬となっているものなどを報告義務の
だけの価値のある報告義務制度にしなければ、
対象として記載するものであり、後者の方法
まったく意味のない制度となろう。
は、例えば租税回避スキームとして一般的に認
(4)タックス・プランニング利用者の特定方
識されている欠損金の利用や所得移転などの個
法
別の取引を含む税務スキームを報告義務の対象
税務当局にとってタックス・プランニングの
として記述するが該当する。本報告書案では、
利用者を特定することは最も重要な事項であ
これら二つの方法を併用し、それぞれの方法に
り、そもそもその目的のための報告義務制度と
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いえる。本報告書案では、プロモーターに一義
係者に対し、関係する国々にまたがってタック
的に報告義務を課す場合には、対象となるタッ
ス・メリットが発生し、また、一般的にその影
クス・プランニングの報告の際に税務当局から
響も大きくなるなど、国内税務スキームと比較
照会番号を発行し、プロモーターはそのスキー
しいくつかの相違点があるとされている。本報
ムを利用する者にその照会番号を通知するとと
告書案では、そのような相違点を考慮に入れ、
もに、照会番号を通知したクライアントのリス
国際的なタックス・プランニングにフォーカス
トを税務当局に報告することを提案している。
した場合の報告義務制度における留意点が次の
プロモーターと利用者の双方に報告義務を課す
ように述べられている。
場合には、照会番号の発行やクライアントリス
・クロスボーダー取引に係る節税効果(二重控
ト の 報 告 は 必 ず し も 必 要 に な ら ず、 ダ ブ ル
除など)が生じる国際的タックス・プランニ
チェックや定量的な影響額の評価に役立つもの
ングについて、節税効果に着目した新たな要
としている。誰にとってダブルチェックが必要
素(hallmarks)を開発し、アレンジメント
なのか、定量的な影響額の評価がなぜ必要なの
の構造に関わらず、そのような節税効果が得
か、理解困難である。企業活動の阻害要因とな
られるように設計されたアレンジメントを幅
りかねず、税務当局側の理屈でしかない。こう
広く捉えるようにすべきである
した報告義務に適正課税の担保を委ねることは
・国内の納税者がクロスボーダー取引に係る節
税務行政の怠慢ともいえよう。いずれにせよ、
税効果が生じるアレンジメントに関与してい
報告対象となるタックス・プランニングを明確
る場合(自らに重要な経済上の効果が生じる
にしなければ、いたずらに事務コストのみが増
か、取引の一方に重要な税務上の効果が生じ
加しかねない点に配慮すべきであろう。
る場合)には、そのアレンジメントは報告義
(5)報告の位置付けおよび罰則
務の対象とすべきである
本報告書案では、報告義務制度に基づく税務
・クロスボーダー取引に係る節税効果が同じ企
当局への報告は、税務当局が報告されたタック
業グループ内で生じるか、または、国内の納
ス・プランニングを承認したことを意味するも
税者がアレンジメントの関係者である場合に
のではないことを法令上に明文化しておくこと
限り報告義務を課すべきである
を提案している。また、当制度において報告す
・報告義務を課された者が十分な情報を有して
べき取引が必ずしも租税回避に該当するとは限
いない場合には、不足する情報を有している
らないものとしている。では、何を、なぜ報告
と考えられる者に対して当該情報を依頼して
させるのか曖昧になってしまおう。
いることを証明するべきである
また、報告義務制度の実効性を確保するた
これらは、いずれも曖昧な記述である。そも
め、報告義務を怠った場合に罰則を科すことを
そもアレンジメントとは何か、節税効果と軽減
提案している。罰則を伴う義務を課すのであれ
措置の相違点は何かなど、きわめて曖昧なまま
ば、より一層制度導入の必要性、その内容を明
議論されている点が危惧される。
確にする必要があろう。
3
国際的スキームの場合の留意点
国際的なタックス・プランニングは複数の関
16
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4
まとめ
本討議草案で提案されているタックス・プラ
ンニングの報告義務制度は、タックス・プラン
ニングに対して幅広く報告義務が課される可能
は、コンプライアンスコストの増加、税務当局
性がある内容となっている。適正課税の担保の
からの質問や税務当局との論争が増加する可能
ために特定のタックス・プランニングや租税回
性があろう。税務申告の電子化等の簡素化が進
避スキームを報告させるといえば聞こえはいい
んでいる一方で、こと細かく各取引内容を報告
が、租税回避スキームの概念は極めて曖昧であ
させることは、適正課税の担保のためのコスト
る。そのため米国等、既存の制度でも一定規模
としては高すぎるといえよう。内容によっては
の取引や税理士報酬を対象としており、これは
税務部門、経理部門で対応が難しい内容となる
租税回避スキームを抽出して報告させることが
であろうし、事業運営上のコストが増加するこ
難しいためであろう。結局、一定以上の金額の
とは避けられまい。税務部局の理屈のみで進め
取引等の報告にならざるを得ず、一般企業のみ
る政策ではないと考えられる。今後の議論の動
ならず税理士等の外部アドバイザーにとって
向について注視することが必要である。
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記事に関するお問い合わせは週刊「T&Amaster」編集部にお寄せください。執筆者に質問内容をお
伝えいたします。
TEL:03-5281-0020 FAX:03-5281-0030 e-mail:[email protected]
※なお、内容によっては回答いたしかねる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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