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Safe Community of Inquiryと死の臨床
Safe Community of Inquiryと死の臨床 高橋 綾(哲学者、神戸女学院大学、大阪大学非常勤講師) Safe Community of Inquiry(SCoI)は、こどもたちと対話する教育実践(こどもの哲 学philosophy for children)に取り組んでいるハワイ大学のT.ジャクソン教授が提唱 する対話の場の作り方です。こどもの哲学は、教師から生徒への一方向型の授業ではな く、大人とこどもたちが、対等な関係のなかで共に考えるという、参加型・対話型の教 育実践です。その中でも、ジャクソン教授は、ハワイの多文化的な教室において、欧米 型の「議論 discussion」ではなく、Safetyを重視したケア的な「対話 dialogue」の場 づくりに取り組んでいます。私達は、このSCoIという考え方のなかに、対話・哲学対話 の重要な要素が含まれていると考え、こどもとの対話や教育現場だけでなく、日本ホス ピス緩和ケア協会が主催する専門的緩和ケア看護師教育プログラム(SPACE-N)や病院 内での研修、がん患者・家族グループの交流会にも導入しています。現在、医療の分野 でも、オープンダイアローグなど「対話」の治療的、ケア的側面が注目を集めています。 本ワークショップ前半のレクチャーでは、深いところでの相互理解を目指し、生につい て探究する「対話」の持つ意味、とくに死の臨床や緩和ケア、スピリチュアルケアとの 関係について、SCoIという考え方や紹介者がこれまで実践してきた対話を紹介しつつ、 考えていきます。 ジャクソン教授は、対話において、三つのSafetyが大事だと述べています。Physically Safe、Emotionally Safe(身体的、感情的に脅かされていないこと)、Intellectually Safe(知的に脅かされていないこと)の三つです。Intellectually Safeは、自分の置 かれている立場や他人からどう見られるかなどを気にせず、一人の個人として言いたい ことが話せているか、「わからない」「自分は違う」などの言いにくい意見が表明でき ているか、ということを指します。SCoIは、合意や問題解決のための議論ではなく、身 体と感情を持った人間に焦点をあてた、多様な形の参加が認められるケア的でインクル ーシブな対話であり、そこで重要なのは、進行役が場のSafetyを確保するということ以 上に、参加者が、他者や場のSafetyについても配慮しつつ、自身についてのアウェアネ スを高め、自分がSafe かどうか、いつどんな時に自分はSafeでなくなるのか、という 自己覚知を持つことであると言えます。 SCoIのもう1つの特徴である、Inquiryにおいては、単に対話の参加者に一体感や信頼 がうまれることだけでなく、「問い」を共に探究する者として、考え方の違いがあって もそれを恐れず、自他の考えを吟味しつつ考えを深めていくことが不可欠です。哲学対 話の根本にあるのは、「問答」であり、それを通じて生について探究をしていくという ことです。問答においては、対話相手を対象とみなし、情報のやりとりや相手の状況に ついて知るのではなく、一人の人間として、相手の行動や発言の核にある「価値」や「前 提」を理解しようとすることが重要です。また、こうした問答や探究を通じて、自分や 他人の中にある、価値や前提に気づくことにより、それを一緒に問い、考えることを行 います。対話にはそれに参加する人々の「対等性」が欠かせませんが、「人は何のため に生きるのか」「苦しみの意味とは」というような生についての根本的な「問い」の問 いの前でこそ、教師/こども、支援専門職/患者といった立場を超え対等に考え、「共 生共苦」することができるのではないでしょうか。ワークショップの後半では、このSCoI の考え方に基づき、参加者が互いに問答をすることによって、自他の考えを深め、対話 するというワークをみなさんと一緒に行います。また、こうしたワークやレクチャーを 通じて、対話を通じたケア、スピリチュアルケアとはなにか、死の臨床における対話の 意味とは、ということを考えていければと思います。