...

第 5 章 機械・金属加工産業(自動車部品製造業)

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

第 5 章 機械・金属加工産業(自動車部品製造業)
第5章
機械・金属加工産業(自動車部品製造業)
1.担当業務の紹介
1.1
所属している企業の紹介、業界全体の実像
私が所属したサイアム・メタル・テクノロジー社(SMT 社)は、バンコクから南に 200km
東洋のデトロイトと呼ばれるイースタン・シーボード工業団地にある。
1996 年にシンニッタン㈱と日産自動車㈱の合弁会社として設立、自動車部品を鍛造、機
械加工してタイ国内向けをはじめ日本にも輸出している。
私は、30 年間日産自動車に在籍し、1994 年にシンニッタンに転籍をした。1997 年のバ
ーツショック経済危機でほとんど仕事がなくなった時、日産より新しい部品をいただき、
その立ち上げのため、1998 年 10 月、現地に赴任し、3 年 2 カ月を過ごし 2001 年 12 月に
退職した。その後、設備増強のため応援要請があり 2004 年 8 月より 10 カ月間タイに滞在
した。
SMT 社は 2005 年に従業員 210 名、月産 1,500 トンを生産している。
イースタン・シーボード工業団地には 42 社の日系企業があり、毎月連絡会を持ち情報
交換をしている。又家族のために夏祭り、クリスマス会を開催している。
鍛造作業はマイナーな仕事で、一般の人が日常目にすることは少ない。
しかし、鍛造品の分野は自動車、建設機械、農機具、オートバイ、鉄道車両、ボルト・
ナット、ファスナー等多方面にわたっている。日系鍛造会社は 2005 年現在およそ 13 社で、
多くが 1994∼1996 年に進出している。親睦団体としてタイ鍛造工業会と称し親睦ゴルフ
や仕事上の問題についても日本国内以上の協力体制が出来ている。
タイ国の鍛造の生産高について統計がないので詳細は不明であるが、日系企業では月産
1,000 トンを超える企業が 4 社ほどある。現地企業は旧式プレスにハンマーを 3∼4 台保有
し、月産 500 トン以下の規模である。現地企業は品質保証体制が弱いため、補修部品を中
心に生産している。
1.2
担当業務から見たタイ国の紹介
鍛造品の中心は自動車である。タイ国の特徴は、自動車、オートバイの生産の 90%は日
系企業のノックダウンである。自動車の主力は商業車であり、全生産台数の 75%が1トン
ピックアップトラックである。農機具も鍛造品を使用しているが、クボタ㈱は日系企業の
老舗であり、現地人が社長をしていることで現地化が最も進んだ企業として有名である。
タイ国の現地鍛造会社はハンマーが中心であるが、日系企業は 6,000 トン、5,000 トン
大型プレス(IT フォージ)、1,600 トン自動プレス(エンドーフォージ)が稼動している。生産
量が最大の 1 トン小型商業車の駆動軸(1台に 2 本必要)の生産は鍛造し機械加工をして完
成品として付加価値をあげている。
タイ国内では SONBOON(三菱系)、SMT(日産系)の 2 社が全自動生産ライン各 2 ライン
を有し集中生産をしている。タイの自動車生産は 2005 年に初めて 100 万台を突破した。
2000 年∼2006 年の 6 年間に 2.9 倍という驚異的な伸びを示している(表 1 参照)。
70
表1
タイ国の自動車生産台数
2005 年に百万台突破
タイ国の自動車生産台数の推移(台)
資料:中央銀行
2006年
2005年
2002年
415,593
169,304
2001年
155,942
2000年
97,129
0
200,000
742,053
490,362
251,691
303,328
927,599
628,580
299,039
2003年
1,125,315
847,712
277,603
2004年
1,193,903
895,084
298,819
合計
商用車
乗用車
584,897
459,270
411,727
314,598
400,000
600,000
800,000
1,000,000
1,200,000
1,400,000
総生産台数の 40%が輸出であり、タイの工業化を牽引する産業として期待されている(表
2 参照)。日系鍛造企業もこの活況をうけ、2 直(昼夜)休日出勤とフル生産体制が続いてい
る。2∼3 年前より設備の増強に取り組んでおり、現地企業との生産格差は広がる一方であ
る。
表2
タイ国の車両、同部品の輸出額の推移
生産車両の 40%が輸出される
タイ国の車両、同部品の輸出額の推移(百万バーツ)
資料:商務省
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
2000年
1999年
1998年
1997年
1996年
363,019.4
310,310.1
220,801.5
164,705.8
125,244.3
117,613.9
122,445.3
91,954.1
68,384.4
48,419.6
29,230.9
0.0
50,000.0
100,000.0
150,000.0
200,000.0
250,000.0
300,000.0
(注)バンコク日本人商工会議書「所報」より
71
350,000.0
400,000.0
2. 人づくりの留意点
2.1
危機管理として工場の資産を守る
工具がまたなくなった。今度はフェイスカッターだ。「見える化」を図るため常時使用
しない工具はサイズ別にガラスケースに入れ、鍵を掛けて管理している。
工具管理室は、3 名で工具の出入りと工具の再研摩を担当している。夜、工具室は閉鎖
し夜勤の責任者が鍵を持っていて必要な時に開けて使用することが可能である。日本の本
社からはガラスのケースに入れておくのは、
「盗ってください」と言っているようなものだ
と言われた。工具の紛失は一度でなく二度、三度と発生し犯人は不明である。タイ国では
中古の工具を売っている所がある。通常使用しない工具を調達することがある。当社の工
具は全て社名を刻印している。
紛失した工具が偶然に中古市場で見つかり、従業員の写真を持って行き店の人に見せた
ところすぐに人物が判明した。犯人は工具室長だった。この動きを察知して本人は逃げて
しまった。タイ国では職場の高価なものを持ち出すことが多く、通用門の検査を厳しくし
ている。それでも昼間に塀の外に出しておいて帰りに持って帰る豪の者もいる。飼い犬に
咬まれた思いだが、全面的に人を信頼することは難しいと感じた一件である。
2.2
合弁先との関係について
合弁先といってもタイ国企業ではなく日系企業の合弁である。タイ国に進出することを
決めたのはシンニッタン㈱である。親企業である日産自動車㈱(当時 15%の資本をもって
いた)に話したところ、日産は海外に鍛造工場を持っていない。
特にタイ国には古くから組み立て工場、エンジン工場が進出しており、合弁でやりまし
ょう、資本の 51%は日産、経営は小回りのきくシンニッタンということになった。中堅ク
ラスのシンニッタンと大企業の日産では同じ職場に働いていても待遇が全く違い、お互い
にギクシャクしてくる。
日産からの派遣社員は 170 時間の語学等の教育を受け、家族も海外生活の教育を受けて
くる。派遣員を紹介すると全員がタイ語で挨拶する。一方、シンニッタンには事前教育は
全くない。家族を同行する人は一人もいない。
日産の要求は例えば、①休日の日に社用車を使わせろ、平日は家族の買い物に車を準備
しろ(日産では海外で車を運転することを禁じており、現地人運転手付きである)②土、日
は完全に休日である③生産の遅れは経営を担当するシンニッタンにある、という具合であ
る。シンニッタン側からは日産の人はタイ人にお金を与えて個人的に便宜を図ってもらっ
ているという声がでる。日本の会社には、従業員就業規則があるように日本人派遣者の就
業規則を作成し会社が違っても、人が変っても、これに従うことが大切であり、日本人の
行動を現地の人は注目している。
2.3
QS9000 の取得について
イースタン・シーボード工業団地は、東洋のデトロイトと呼ばれている。私の会社の隣
が FORD、その隣は広大な敷地の GM である。国際規格である ISO に相当する QS9000
規格を取得しないと米国の自動車会社に部品を納入することが出来ない。QS9000 取得に
取り組んで約一年、審査の日が 45 日後に迫り仕上げの時期にきた。活動が遅れているた
72
めプロジェクトチームは土曜日に休日出勤をすることにしていた。当然私も出勤したが、
当日一人も出勤してこなかった。
もともとの計画では、私の退職する 12 月末までに取得する予定だったが、どうしても
出来ないことから、翌月の 1 月 15 日に審査を延期してもらった経緯があった。休んだ理
由はリーダーから一日ぐらい休んでも 1 月 15 日までには何とかなるということで皆で休
むことにした。私には連絡しなかったということだった。
私はプロジェクトチームの全員を集め、土曜日に出勤することは全員の約束である、又
1 月 15 日の審査を再延期することはできない。会社にとって QS9000 の取得は部品納入
に不可欠であることは皆が承知していることである。「 皆さんが約束を守らないなら
QS9000 の取得をあきらめる。約束が守れない皆さんは会社を退職されて結構です」と言
い切った。
翌日、チームリーダーは欠勤したが、他のメンバーは私の前で頭を下げ、15 日を目指し
て全力で取り組むと言ってきた。
リーダーは日本に派遣し研修をしてきており、当社の将来を担う人材と思っていた。3
日間休んだ後、心配した日本人スタッフが本人の家を訪問し説得にあたったようだ。一週
間後、頭を下げ反省している、再度挑戦させて欲しいと申し出てきた。
私の心の中では退職されると大きな損失になるなと思う一方で、この甘えを許すわけに
はいかないと思っていた。何故なら、約束、納期の大切さを知って欲しいと思ったからで
ある。私は予定通り 2001 年 12 月末をもって退職した。
2002 年 1 月 15 日無事に審査が終わったとの報告を、日本の自宅で聞いた。
2004 年 8 月設備の増設応援の要請がありタイ国に向かい、気になっていたリーダーは
元気に現場で指示をしていた。本人から結婚するので是非出席して欲しいと招待状をもっ
てきたので、私は喜んで出席した。自宅の庭に舞台を作り、200 人の出席者と星空の下で
結婚を祝った。あの時の決断でチームリーダーは更に成長したのではないかと実感した時
でもあった。
3.企業内能力開発
3.1
採用と技能評価
従業員を採用する時は、人材派遣会社に条件を出し、応募してきた人を面接する。また
は工業団地を開発したデベロッパーの窓口に求人広告を出す方法をとっている。面接に当
ってこちらから質問すると「出来ます」と答える。日本人のように謙虚に「それについてはよ
く知りません」とは言わない。本人の履歴書もあてにならない。講習会に参加すると必ず終
了証を貰ってくる。これを見せてあれも出来る、これも出来る、となる。必ず筆記をさせ
て確認することが大切である。
油回路、空気回路を書かせる、電気回路を読ませる等、具体的に問えば技能レベルはす
ぐ判明する。工業高校の先生が面接に来ることがある。残念なことにタイ国では先生が尊
敬されていない。誰でも先生になれて、給料は安いと口を揃えて言っている。
採用した後になって解雇する場合は、会社都合であれば在籍期間に応じた退職金を支払
う。本人の都合で退職する時は、退職金は支払わないのが一般的である。
バンコクから 200Km 離れた当社の場合、優秀な人材を採用することは難しく、相手も
73
強気である。「住宅は」「車は」
「土日にバンコクに帰るガソリン代は」と条件を出してくる。
しかし、特別扱いは他の従業員に与える影響は大きなものがある。
住宅の補助程度が適正のようである。会社の幹部になれば会社から車を貸与する。従業
員は待遇に関してオープンである。給料や賞与をお互いに見せ合って高い、安いと言って
いる。安かった人はなぜ私は安いのか問い合わせてくる。
これにきちっと説明する必要がある。そのための一例として、各人の技能レベルを評価
している。ILU レベル管理と呼ばれるもので、I:指導員の指示の元で仕事ができる。L:一
人で仕事が出来る。U:部下の指導ができる。これで評価し待遇の説明、個人の教育に活用
している。
3.2
間接員への動機付け
直接員についてはグループ毎に前年の実績をベースに時間当たり出来高、不良率の低減、
労働災害ゼロ、設備の稼働率等の具体的目標を指示している。
間接員はどうしているか、成果主義が言われれば当然納得のゆく業務を評価するシステ
ムができていなくてはならない。タイ国内で間接員の評価システムについて言及した例を
知らない。私は日本で実施していたシステムをアレンジして担当業務の目標設定、その目
標を達成するための方策(何時までに、何をするか)を記入してもらう。いわゆる方針管理
を導入し、4∼6 カ月毎にレビューをする様にした。問題は各人の目標が適正かの判断がむ
ずかしい。公平性の面から大切である。成果と評価を結びつけることは、働いている人が
納得性を持ったとき次のステップ・アップにつながると思う。
4.担当分野の技術レベル
4.1
鍛造分野の技術、管理レベル
自動車生産が 100 万台を越えたといっても、1 トン小型商業車中心の市場では冷間鍛造、
温間鍛造を導入するメリットがないため、日系も現地の鍛造業者も熱間鍛造が大部分であ
る。現地自動車生産の 90%を占める日系自動車メーカの要求品質はきびしい。鋼材は韓国、
中国から売り込みがあるが、日本製鋼材以外認めていない。ISO9000 を取得すること、部
品の納入不良率は 50PPM 以下、毎月納入不良ワースト企業が報告され対策が求められる。
タイ現地企業にとって日系企業への納入は極めてハードルが高い。現地企業は、特に品
質保証体制が弱いため、重要保安部品を生産することはほとんどできない。鍛造表面の傷
を見る磁気探傷機、内部の傷を見る超音波探傷機、寸法測定をする三次元測定機等検査設
備にまで手が出ないのが現実である。結果として補修部品中心の生産になっている。
鍛造品の生産設備について、材料を加熱する電気誘導加熱装置は同じであるが、成形す
る機械は、日系はプレス中心、現地企業はハンマーが中心である。
プレスの場合は各工程(通常 3 工程)の形状を検討し、傷のない、材料歩留まりを追求し
た設計をし、密閉鍛造(歩留まり 100%)、ニアネット鍛造に挑戦している。
一方、ハンマーは曲げ,つぶしの工程を設けるが基本的に 1 工程で成形するため歩留ま
りの悪化は避けられない。
日系企業はほとんどが金型工場を併設している。現地化が最も遅れているのが金型設計
部門である。これが出来ないことは、品質不具合対策が出来ないことと同じである。日系
74
各社共に日本人型設計技術員がはずせない状況にある。
しかし、金型加工技術は日系企業の要求を満たす加工レベルにある。日系企業も社内能
力が不足した時は社外の現地企業に依頼している。
作業現場の管理にいたっては、現地の鍛造会社は中小企業であり、整理・整頓、更に「見
える化」等全く行なわれていない。掲示物もほとんどないのが現実である。
日系企業は日本の親企業に負けない管理をしている。このことが品質レベルにもはっき
り現れている。鍛造品の不良率は製品形状によって差があるものの、一般的には 0.5%であ
あり日系企業はほぼこのレベルにきている。
現地企業は目視検査だけで検査のレベルが違い比較できないが、現場を見る限り不良率
は 1%以上である。総合的にみると日本の 20∼30 年前のレベルにある。
5.その他
5.1
内部告発は怖い
内部告発が日本でも食品関係を中心に暴露され大きな問題になっている。
タイ国は何年も前から内部告発を奨励し、告発した本人を罰してはいけない、政府は奨
励金を支給すると言われている。日系の企業は日本製の設備を導入している。(今では中古
設備の持込を禁止している)
設備の修理部品が必要になった時、特に緊急を要するときハンドキャリーで日本から持
ち込むことがある。(電気部品のように小さく、軽いものが対象になる)
税金を払わずにそのまま工場に持ち込むケースがあった。あまり罪の意識がなかったこ
とも事実で、支払いがあるから購買、経理の担当者は輸入税が未払いであることは承知し
ていたはずである。そのことをマネージャーに進言せず、税務署に告発した。ある日突然、
税務署が査察に入り、過去 3 年間の購入書類をすべてダンボールに入れて持って行った。
結果としてペナルティを課せられ、利益はすべて飛んでしまった。告発した本人が三分
の一貰ったのではないかと社内で噂している。私たちは高い授業料を払ったことになった。
5.2
環境問題について
東南アジアをはじめとして発展途上国の環境が注目されている。 タイ国も例外ではな
い。
あのチャオプラヤ川の汚染もひどくなっている。しかし、工場の排水について厳しい対
応が求められている。工場のピット内の廃油を処理槽に入れず間違って雨水溝に流し、外
部に廃油が流れるミスが発生した。
工業用水の給水、排水については工業団地を開発したデベロッパーが管理しているのが
一般的である。デベロッパーの指示はすぐに廃油を回収すること。集水池(100m×200m)
に用意してある船、油回収ネット、油吸収スポンジ、中和剤、人手が不足すれば手配もし
てくれる。工業用水を使用する工業団地内の企業への影響を考えてデベロッパーの対応、
協力はすばらしいものだった。日本より環境への取り組みが甘いということはない。かか
った費用と再発防止策を要求されたのは当然で、定期的にデベロッパーが工場排水ピット
から採取,検査を実施している。
75
5.3
国際税務専門官が私の自宅にやって来た
タイ国日系企業を退職して一年半後、関東信越国税局国際調査課国際税務専門官が私の
自宅やってきて 2 時間にわたって聴取された。
(1) 1996 年に創立以来 5 年を経過し、自動車業界が活況を呈している中で利益がでてい
ないのはなぜか。
(2) ロイヤルティを日産自動車㈱に支払っているのにシンニッタン㈱に支払ってい
な
いのはなぜか。
(3) 日本の親企業の社長が来タイ時の費用はどう処理しているか。
(4) 役人へのリベート、従業員との飲食等の費用はどうしているか。
要するに、利益隠しをしているのではないかということである。
私は経理担当でないので詳細は説明できないが、1997 年にバーツショクが発生し工場閉
鎖に追い込まれた。やむを得ず安価で受注しライン停止を避けた、その影響が続いている。
また、日本人派遣者が多く、日産から 4 名、シンニッタンから 4 名、合計 8 名であり、
早い時期に品質、生産の安定化をはかり、日本人派遣者は 3 名以下で運営する必要がある。
最近導入した大型プレスも仕事量が少なく 1 直体制である。
これが利益のでない大きな要因である。裏金つくりには、私は全く感知していないので
裏金が「ある」とも「ない」とも説明できないと答えた。聴取を受けた 1 年後、現地でか
ら 2004 年には黒字化が達成されているとの報告を受けた。
どこの国も税金の徴収に必死になっているが、経理の透明化、法令の遵守はどこにいて
も実践しなくてはならない。
76
写真―1
写真―2
整理・整頓より
整理・整頓より
77
「物の置き方」
「見える化」
写真―3
品質不良の検討
1ケ月分の不良品
1トン小型商業車の後車軸
78
Fly UP