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デジタル権利マネジメント(DRM)技術とe ビジネスの研究
デジタル権利マネジメント(DRM)技術と e ビジネスの研究 −情報価値とビジネスモデル− 東京大学大学院博士課程 要点 木 村 誠 本稿は、デジタルコンテンツの権利ビジネスにおける技術的動向と消費者主導型施与モデルの可 能性について議論する。コンテンツの情報フローに着目し、デジタルコンテンツ流通におけるビジネスモ デルの分類を試み、情報価値(希少性、親近性)の視点からビジネスモデルの意味づけと解釈を行う。 キーワード ・デジタル権利マネジメント ・ビジネスモデル ・デジタルコンテンツ ・信託システム ・DRM 1 はじめに 本稿は著作物のデジタル複製と交換が容易となった時代における e ビジネスについて議論する。はじめ にデジタル権利マネジメントのための技術的ソリューション動向を整理する。次にデジタルコンテンツに 関する情報フローに着目し、デジタルコンテンツ流通に関わるビジネスモデルの分類を試みる。最後に情 報価値(希少性、親近性)の視点からビジネスモデルの意味づけと解釈を行う。 インターネット利用者の著作権軽視傾向の理由として以下があげられる(Schlachter, 1997): 1)デジタ ル情報の複製は極めて容易に行える 2)複製による品質劣化はほとんど存在しないためにオリジナル入手 の便益が少ない 3)複製あるいは配布における限界費用はほとんどゼロである 4)匿名によるファイル操作 が一般的である 5)再生ソフトウェア(Winamp、Freeamp 等)が無償で配布されている 6)インターネ ット上における著作権について十分な教育を受ける機会がない。 著作物不正複製問題における解決方式として次の 3 種類の方式がありえる(木村, 2001) ・技術方式:1)複製防止技術高度化。不正複製が非常に困難となる防止技術を確立する。 ・市場方式:1)取引費用削減。情報技術適用により、著作物識別化、不正複製行為モニタリング、複製許 諾交渉、課金徴収手順の効率化と自動化を行う著作権管理事業として成立させる。2)複製共有様式規範化: 複製共有を前提としたビジネスモデルを確立し、著作物複製による収益の確保、さらに権利者への配分を 行う。 ・制度方式:1)不正複製行為に対する規制強化。著作権侵害関連行為を事前に防止しえるように、規制対 象者を広域かつ罰則を厳格にする。 2)一括集中処理による事前課金化:私的録音・録画補償金制度の様に 複製機器購入段階で事前に課金処理し、複製対価の徴収と分配を社会制度として組み込む。 本稿は、上記における市場方式に着目して議論を進めるものとする。 2 デジタル権利マネジメント(DRM)の考え方 デジタルコンテンツの権利マネジメントと複製防止技術の違いを明確にすべきである( Iannella, 2001) 。 ・複製防止技術:デジタルコンテンツ転送段階にのみ関与して複製防止のための仕組みを組み込む。例と して、Adobe Acrobat と pdf ファイルのような所有物ビュアーデジタル保護コンテナの組み合わせがあげ られる。この技術は、デジタル作品の特殊コード付加と所有物用(proprietary)ファイルフォーマットに よる包装(パッケージ化)から実装される。独自フォーマットは、特定ソフトウェア利用によってのみ開 くことができる。ファイル内に含まれるルールの解読からデジタル作品の読み込み、永続的保存を行う。 また、SCMS で採用されたようなハードウェア組込み型複製防止技術も可能である。 ・デジタル権利マネジメント(DRM):市場アクセス、利用者における利便性、創作者と権利管理業者間にお ける報酬の最適なつり合いを実現しえる戦略策定とシステム開発を行う。コンテンツ創作、保存、取引、 -1- 転送に渡るコンテンツ供給連鎖の全ライフサイクル管理が必要となる。物財の権利マネジメントは、複製 や模倣、移動の障害となるような物理的特性を商品に持たせることにより、物財から利益を得る権利を管 理してきた。容易な複製と転送可能なデジタル財の権利マネジメントにおいても複製の障害となる付加処 理を行い、情報財から利益を得る権利を管理する。 著作権者・隣接権者 集約 著作物供給連鎖 における デジタル 権利マネジメント 出版業者 合 照 利 権 可 許 包装 ・ 保護 消費者 表示 ・再 生 創作 流通・販売 流通業者・仲介業者 図 1 著作物供給連鎖とデジタル権利マネジメント( (ContentGuard,Inc., 2001)を基に作成) DRM の形態の一つとして、信託システム(Stefik, 1997)の概念が有名である。信託システムは、デジタル 作品のコンテキストに基づいた、デジタル作品利用のための期間・条件・課金を統治する権利ルールに従 って稼動するシステムである。権利はコンピュータが翻訳可能な言語(権利記述言語)で表記される。さ らにコンピュータ、プリンタ、ソフトウェアは権利を保護し、強要すべく設計される。権利記述言語の標 準化動向として XrML 、ODRL があげられる(Iannella, 2001) 。 DRM では小額決済が採用されることが多い。小額決済は論理的に、ネ ットワーク上に分散した多数の買 手にとって安価なために支払いやすく、売り手にとっては薄利多売的ではあるが無償ではなく、ある程度 の収益を得ることができる決済手段といえる。デジタルコンテンツを容易に大規模で複製配布できる P2P システムが普及する一方で、出版仲介業者における作業負荷あるいは高額な課金が行われずに文学、美術、 音楽そして映像の創作者たちが報償を得る必要性を小額決済は満たしている。 3 DRM ベンダー事例:ContentGuard,Inc. ContentGuard, Inc. は Xerox PARC からスピンオフし、2000 年 4 月に設立された。Content Guard 社 は、無償提供された XML 言語 Xerox DPRL 2.0 の改良版である XrML のライセンス販売ビジネスが中心 である。2000 年 4 月ライセンス提供以降、2001 年 2 月 28 日末までにライセンス導入者数は 2031 であり、 1 週間毎 30 ライセンス導入を予測している。Microsoft、Adobe、Hewlett-Packard、AOL Time Warner 、 Bertelsmann、Xerox 等が導入している。XrML は権利記述言語として、デジタルコンテンツである電子 書籍、デジタル映画、デジタル音楽、会話型ゲーム、コンピュータソフトウェア等の出版と販売を支援す る。Content Guard 社はデジタル出版市場に焦点を当てている。 ContentGuard 社による DRM ソリュー ション例を図 2 に示す。 このソリューションの中核は権利ラベルとライセンスである。権利ラベルは、 「権 利の集合体」を示す XrML 文書であり、ライセンスは権利ラベルから派生する XrML 文書である。権利管 理サーバで作成されるライセンスには、購買される権利と条件、個別保護キー(暗号化キー解読用) 、ライ センスと保護コンテンツのための電子署名、コンテンツ配置情報( URL 等)が記述されている。 -2- 汎用権利 テンプレート 権利ラベルサーバ ② 権利ラベル ① ライセンス (コンテンツ準備) (コンテンツ配置情報) 消費者 保護化ツール コンテンツ 流通用ツール (コンテンツ購入) ( リポジトリURL) 解読キー作成サーバ 保護された コンテンツ ④ ③ メタデータ (コンテンツ入手) (コンテンツ解読) 消費者用ツール コンテンツ リポジトリ 図 2 ContentGuard 社 DRM ソリューション例( (ContentGuard,Inc., 2001)を基に作成) 4 情報フロー種類によるビジネスモデル分類 DRM における利害関係者は次のように 8 分類できる:創作者、権利保持者・ライセンス保持者、出版者、 サービスプロバイダ、技術プロバイダ、販売者、流通者(ディストリビュータ) 、消費者。この関係を単純 化した情報フロー図を図 3 に示す。デジタルコンテンツにおける情報フロー種類として次の三分類を試み る:生産者主導型、仲介者主導型、消費者主導型。さらに、この情報フロー三分類におけるビジネスモデ ル(収益確保手段のモデル)として論理的に次の 5 種類のビジネスモデルを抽出した:直接取引モデル、 広告宣伝モデル、仲介取引モデル、会員有料参加モデル、施与モデルである。 仲介者主導 生産者主導 二次送り手 (受託人) 一次送り手 (著作権・隣接権者) 応答 消費者主導 消費者 (ユーザ) 愛好者 (ユーザ) 要求 応答 要求 応答 要求 要求 作品 応答 要求 応答 •生産者主導型 著作物の一次配布 ( 一次発信者=著作権・ 隣接権利者) •仲介者主導型 著作物の二次配布 ( 二次発信者=代理人・ 信託者) 図 3 情報フローモデル •直接取引モデル •広告宣伝モデル •仲介取引モデル •会員有償参加モデル •消費者主導型 著作物の二次配布 ( 情報発信者≠著作権・ 隣接権保持者( 代理人) 図 4 情報フロー種類とビジネスモデル •施与モデル -3- 表 1 ビジネスモデルの特性 情報フロー種類 ビジネスモデル分類 生産者主導型 直接取引モデル 仲介者主導型 消費者主導型 特性記述 事例 広告宣伝モデル 情報受信者が(一次)情報発信者に直 P-PLANET, PatroNet 接対価を払う 情報発信者が仲介者に対価を払う DigitalPayload, MojoNation 取引仲介モデル 情報受信者が仲介者に対価を払う Music.co.jp, LabelGate.com 会員有償参加モデル 情報受信者が場の運営者に参加料と して対価を払う 情報受信者が嗜好度合から(一次)情 報発信者または仲介者に対価を払う eMusic.com, MP3.com 施与モデル Uprizer.com, Fairtunes.com 本研究は無償コンテンツ化よりは収益面の恩恵があるといえるが、これまで成功したとはいえない消費 者主導型施与モデルの事業可能性について関心を持つ。以下に 3 つの施与モデル最新事例を示す。 1)施与モデル事例 1、Uprizer.com:FreeNet 創立者である Ian Clarke( 23 歳)が主要技術責任者とし て、5人の創立パートナーによるデジタル音楽配信会社 Uprizer 創立に参加。Rob Kramer を中心に Fred Goldring と Ken Herz(音楽産業専門弁護士)が参加している。2000 年よりシステム開発中。ダウンロー ド毎にボランタリーに購読料を求め、著作権侵害をせずにデジタル音楽配信を行い、個人名義ではなく全 体として支払いがなされ、著作権者に十分に利益が確保できるような仕組みづくりを行う予定である。 2)施与モデル事例 2、Fairtunes.com :2000 年7月にカナダ国ウォーターロー大学数学部の三年生であっ た John Cormie と Matt Goyer が 21 歳で起業。ファン(愛好者)が自発的にアーティストに向けてチッ プや報奨金としてクレジットサービスや電子マネーから送金できる。アーティスト側では自発的な支払い 形式によるオンライン送金を受け取れるように委譲する。 Fairtunes は、送金処理ごとに送金額の 0.5%と 0.02 米ドルを得る。現在、無償音楽プレーヤーソフトである Winamp や FreeAmp と Fairtune 送金機能 (画面インタフェース)の統合化ソフトウェア(プラグインパッケージ)の無償配布を試みている。 3)施与モデル事例 3、Amazon Honor System :アマゾンドットコムのサイトを通じてデジタルコンテン ツを見る度に( PPV により)、他ウェブサイトへの小額献金を容易に行うことができるシステムを 1 クリッ ク支払い機能との統合化を予定している。過去アマゾンドットコムで買物をしたあらゆる消費者(2900 万 人以上)が1ドルからの支払いをできるようにする。50 以上のウェブサイトがこのシステムを利用する予 定である。本サービスは、あるウェブサイトに送金する度に 15 セントと送金額の 15%を徴収する予定。 5 情報価値とビジネスモデルの対応づけの試み 佐々木・北山(2000)はネットワーク上のコミュニティによって情報財が開発され、それが後に商業的に 収益を生み出すプロセスとして、「編集価値」 (情報価値)の生成プロセスと「経済価値」(貨幣的な価値) への変換プロセスの二つをモデル化した。このときの仮説は、 「貨幣的な価値は何らかの希少性に依拠しな いと生まれない。逆に収益は必ず何らかの希少性に必ず依存する」という考え方である。國領 (2001)はこ の概念を発展させて次のように述べている。 「希少性に依拠する経済活動は貨幣によって調整され、希少性 に依拠しないものは非貨幣的な原理によって組織化される。顧客に何らかの価値を提供して評価を受けれ ば、それを物質、サービス容量や複製防護された情報などの希少性と抱き合わせることによって貨幣的収 益を得ることができる。 」情報価値の希少性が収益を生み出すという考え方であるといえよう。 一方、Barlow(1994)は情報の分類学を試みた際に「情報は関係づけである」と見なした。これはさらに 次のように展開されていく:「意味は価値を持ち、各状況に依存する。親近性は希少性よりも高い価値を生 み出す。排他性は価値を持つ。視点づけと権威づけは価値を持つ。 」 第 1 節で示した「市場方式による著作物不正複製問題解決方策」としてあげた「取引費用削減」、「複製 共有様式の規範化」においては情報価値に基づく対価獲得、つまり収益化(貨幣価値化)の概念が異なる。 すなわち、前者が「希少性」としての情報価値に基づく収益化であり、後者が「親近性」としての情報価 -4- 値に基づく収益化であると見なそう。以上の概念を整理することにより、本稿で述べた収益機構、ビジネ スモデル分類、情報価値との対応づけを以下のように示すことができる。 表 2 収益機構、ビジネスモデル分類、情報価値との対応づけ 収益機構 ビジネスモデル分類 情報発信者が対価を支払う 情報価値 広告宣伝モデル 親近性 < 希少性 情報受信者が対価を支払う 直接・仲介取引モデル 親近性 ≪ 希少性 情報受信者が対価を支払う 会員参加有償モデル 親近性 > 希少性 情報受信者が対価を支払う 施与モデル 親近性 ≫ 希少性 表 3 「情報受信者が対価を支払う」収益機構におけるビジネスモデル比較 特性 直接・仲介取引モデル 会員参加有償モデル 施与モデル コンテンツ流通量 少量 小∼中量 大量 情報の価値基準 希少性 希少性、親近性 親近性 値づけ機構 売り手主導 売り手(運営者)主導 買い手主導 複製対価獲得方法 複製許諾料、PPV 、PPU 会員参加登録料 献金 対価(支払額)ゆらぎ 一様(ゆらぎ小) 一様(レベル分け可能) ゆらぎ大 手順の複雑性 希少性実現用 DRM 技術 参加継続動機づけ管理 無償から献金への意思決定 潜在的事業リスク 希少性維持用投資と取引成立 有償参加会員召集と維持 無償価値性対立と献金成立 6 まとめ 表 3 に示されるように直接・仲介取引モデルと施与モデルによる収益性を比較しようとするならば、直 接・仲介取引モデル収益性{情報流通量(小)×売り手主導値づけ額(大)}と施与モデル収益性{情報流通 量(大)×買い手主導値づけ額(小)}の大小について論じることになる。現状の収益性を比較した場合は、 直接・仲介取引モデル≫施与モデルである。しかし、将来において直接・仲介取引モデル≧施与モデルと なる可能性の追求を行うことは新たな相乗効果を生み出すかもしれない。現時点では直接・仲介取引モデ ル、会員参加有償モデル、施与モデルの並列施行が不可能であると断言はできない。複数のビジネスモデ ルが相補的関係を持つような環境創造もありえる。これらのビジネスモデルをハイブリッド化して採用し、 複数の徴収方法から情報受信者に利用手順を選択してもらいながら改善していく方策も実施可能であろう。 デジタルコンテンツ流通事業においては直接・仲介取引モデルだけではなく、施与モデルについても、 著作(財産)権侵害問題解決に貢献しえるビジネスモデル選択肢として導入する価値があるといえよう。 参考文献 [1] Eric Schlachter, “The Intellectual Property Renaissance in Cyberspace: Why Copyright Law Could be Unimportant on the Internet”, The Berkeley Technology Law Journal, 1997. [2] 木村誠, "情報技術軌道と著作権管理システムの共進化", 進化経済学論集, 第 5 集, pp.152-161, 2001 年. [3] Renato Iannella, “Digital Rights Management(DRM) Architectures”, D-Lib Magazine, Volume 7, Number 6, June 2001. URL: http://www.dlib.org/dlib/june01/iannella/06iannella.html [4] Mark Stefik, “SHIFTING THE POSSIBLE: HOW TRUSTED SYSTEMS AND DIGITAL PROPERTY RIGHTS CHALLENGE US TO RETHINK DIGITAL PUBLISHING”, Berkeley Technology Law Journal, Vol. 12, No.1 ,1997. [5] ContentGuard,Inc., "RightEdge Brochure", 2001. URL:http://www.contentguard.com/PDFs/RightsEdge%20brochure.pdf [6] URL:http://www.guardianunlimited.co.uk/Archive/Article/0,4273,4046308,00.html [7] URL:http://imprint.uwaterloo.ca/issues/092200/1News/news01.shtml [8] Troy Wolverton, “Amazon debuts Honor System”, CNET News.com, Feb. 6, 2001, URL:http://news.cnet.com/news/0-1007-202-472395.html [9]佐々木裕一+北山聡,國領二郎監修,"Linux はいかにしてビジネスになったか",NTT 出版,2000 年. [10] 國領二郎,“ネットワーク時代における協同の組織化について", 組織科学, pp.4-14, Vol.34, No.4, 2001 年. [11] John Perry Barlow, "The Economy of Ideas", WIRED, 2.03, March 1994. URL:http://www.wired.com/wired/archive/2.03/economy.ideas.html -5-