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頭部外傷ビデオ視聴による意識変容効果分析: 自転車用幼児座席使用
頭部外傷ビデオ視聴による意識変容効果分析: 自転車用幼児座席使用時のヘルメット着用について ○掛札逸美(産業技術総合研究所〔産総研〕)、北村光司(産総研)、西田佳史(産総研)、 山中龍宏(産総研、緑園こどもクリニック)、本村陽一(産総研) Attitude change among mothers toward child helmet use while using bicycle child seats: effects of fall brain injury videos ○Itsumi KAKEFUDA (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology [AIST]), Koji KITAMURA (AIST), Yoshifumi NISHIDA (AIST), Tatsuhiro YAMANAKA (AIST, Ryokuen Children clinic), and Yoichi Motomura (AIST) Abstract: Mothers who rode a bicycle with small children using child seats attached to the bicycle frame were more likely to express lower fall/injury susceptibility of their children (optimistic bias) and lower need for child helmet use compared to mothers who never rode a bicycle with children. After exposed to videos which showed a dummy hitting the head against the floor, mothers riding a bicycle with children reported an intention to use child bicycle helmets in future, which was significantly higher than current child bicycle helmet use among them. 1.緒言 本稿では、このモデルを用いて筆者らが進めている 3-5 意識・行動変容介入研究 の一部として、成人用自転 傷害予防においては環境・製品の改善と並行して, 環境・製品と常に相互作用をしながら生きる「人」の 意識や行動を分析・理解し,必要な場合には意識・行 車転倒時の子ども(ダミー)の頭部外傷画像を用い、 ヘルメット使用に対する母親の意識とその変化をみ た研究について報告する。 動を制御する(変容を促す)ことが不可欠である.し かし、意識・行動は,各種の心理的バイアス 1,2(例: 「ケ 2.背景 ガはよくあること。でも、まさか自分の子どもには起 成人用自転車の子ども用座席に子どもを着座させる きるわけがない」 )の影響下にあり,リスク認知バイア 場合、ヘルメットの使用は保護者の努力義務とされて スを変数として含んだ制御モデルの構築と,モデルに いる。しかし、東京都の調査によると、子ども用ヘル 基づいた教育・啓発方法の開発が求められている. Fig.1 に、筆者らが過去の知見をもとに構築した、子 メットを所有している保護者は回答者の 76.5%、所有 者のうち「常にヘルメットをかぶらせている」のは どもの傷害予防に関する保護者の意識・行動モデル(概 54.5%であった 6。一方、成人用自転車の子ども用座席 念図)を示す。 に着座中、子どもがケガをした経験を有する保護者は、 11.7%、ケガには至らなかったもののニアミスを経験し たのは 43.4%、合わせると保護者の半数以上が子ども のケガ、またはヒヤリハットを経験していた 6。 成人用自転車着座中のケガは、頭部に及ぶものが多 く、重大な結果も招きかねない。これらの事実に鑑み、 子ども用ヘルメット着用の推進が必要とされることか ら、今回、効果的な意識変容を引き起こし得るコンテ 例:身近さ:発生率 (客観データ), 身近な実例 深刻さ:HIC,硬膜外血腫,後遺症,死亡可能性,リアルな写真等 効果:HIC 低下率(グラフ等) バリア:ヘルメットの値段 低バリア感:ユーザビリティ Fig.1 A model of parental attitudes and behaviors for childhood injury prevention ンツ開発に取り組んだ。 3.方法 3.1 実験参加者 子どもサークル等を通じて 6 ヵ月~6 歳までの子ども を持つ母親に文書を配布し、実験参加を呼びかけた。 実験に関心を持った母親は依頼文書に掲載された URL にアクセスし、実験に関する説明を読んだ上で自由意 志により参加・不参加を決めた。 お子さんを、おとな用自転車の幼児座席に乗せる (乗せた)時、ヘルメットをかぶらせていますか、 または、かぶらせていましたか? 3.2 介入用コンテンツ 今回の実験に用いた画像は、成人用自転車の転倒 まったくかぶ 必ずかぶらせ らせていない、○ ○ ○ ○ ○ ○ ている、かぶ いなかった らせていた (Fig.2a)に伴い、子ども用座席に着座した状態の小 (回答者は該当する○をクリック) 児ダミー頭部が床に衝突する瞬間を撮影したもので Fig.3 An example of questions ある。画像は、ヘルメットをかぶっていない状態のも のと、かぶった状態のものがあり(Fig.2b, 2c)、見や すさのため、画像はスローモーションに加工されてい る。ヘルメットをかぶっていない画像では、ダミーの また、子ども用ヘルメットに関連する意識としては、 頭部が床に衝突した瞬間に歪むところが示されてい 以下の質問を用いた。尺度は上記の行動と同じ、等間 る。この画像は、転倒による頭部へのインパクトをシ 隔6目盛のライカート尺度を用いた。 ミュレーションする目的で、金沢大学の宮崎祐介助教 ・成人用自転車乗用時、子どもにヘルメットをかぶせ の研究グループによって撮影されたものである。 るべきだと思うか(コンテンツ曝露前後) ・今後、成人用自転車乗用時、子ども用ヘルメットを 使おうと思うか(成人用自転車に子どもを乗せている 保護者にのみ質問。コンテンツ曝露後) ・自分の子どもが成人用自転車の子ども用座席から転 落・転倒することが起こりうると思うか。これは、Fig.1 の「脅威認知(事故の身近さ) 」にあたる。成人用自転 車に子どもを乗せていない保護者に対しては、「もし、 成人用自転車に乗せていたとして」という仮定のもと で尋ねた。 (コンテンツ曝露前) (a) ・自己効用感(self-efficacy)を尋ねる3つの質問。 「ヘ ルメットを使うべき」「使ったほうがよい」 (b) (c) と思ったとしても、実際に「使える」と思 わなければ、行動の変容と継続には至らな い 7。本研究では3つの側面について尋ね た: 「子どもを安全に座席に乗せる、座席か ら降ろすことができる」 「座っている子ども を静かにさせておくことができる」 「子ども にヘルメットをかぶらせることができる」。 この他、基礎的なデータとして、回答者 の年齢、子どもの人数と年齢なども尋ねた。 本研究は、産業技術総合研究所の倫理委 Fig 2. An experiment to measure fall impact to head (a), head impact video without a helmet (b), and another video with a helmet (c) 員会から実施の承認を得て実施した。 4.結果 実験は 2009 年 10~11 月中に実施され、計 298 人の 3.3 意識と行動の計測 保護者の行動については、介入用コンテンツに参加 母親が実験に参加した。参加者の成人用自転車使用割 合、自転車使用者中のヘルメット使用割合は次頁 Fig.4 の通りである。 者を曝露する前に、 「成人用自転車に子どもを乗せてい 次に、成人用自転車に子どもを乗せている、または る(過去に乗せていた)か」「(乗せている場合の)頻 乗せていた群(子ども乗車群)と、乗せたことがない 度」 「ヘルメット使用頻度」等を、等間隔6目盛のライ カート(Likert)尺度を用いて尋ねた(例は Fig. 3) 。 群(子ども非乗車群)の間で、 「子どもを成人用自転車 計 298 人 常にヘルメットをかぶらせ ている 45.9% 子ども乗車群 ヘルメット を必ずかぶ らせるべき ヘルメット を必ずかぶ らせている 5.42 4.25 54.1% 123 人 ヘルメットを常にはかぶらせ ていない、または、まったくか ぶらせていない 「成人用自転車を使ってい ない、または使っているが 子どもを乗せたことがな い」 ( 「子ども非乗車群」 ) 「成人用自転車に子 どもを乗せている、 ま たは乗せていた」群 (「子ども乗車群」 ) Fig.4. Parental bicycle use with children and bicycle helmet use ヘルメット をかぶらせ る 必 要 は まったくな い かぶらせる 実際の使用 るべき(左) 頻度(右) ヘルメット をまったく かぶらせて いない Fig.6. Discrepancy between helmet need and helmet use frequency among Seat Users 私の子どもが自転車から 落ちて、頭や顔を打つよ うなことは、これから先 起こると思う 4.90 4.26 に乗せる時には、ヘルメットをかぶせるべき」という 意識に違いがあるかをみた。Fig. 5 に示す通り、子ども 乗車群は、子ども非乗車群よりも「かぶせるべき」と いう回答が有意(p<0.01)に低かった。 これから先、絶対に起こ らないと思う 子ども座席に乗せる場 合、ヘルメットを必ずか ぶらせるべき 5.69 子ども 非乗車群 5.42 子ども 乗車群 Fig.7. Difference in parental perception toward injury susceptibility between Seat Users and No-child Riders また、3種類の自己効用感(子どもを安全に乗せる・ 降ろす、子どもを静かに座らせておく、子どもにヘル 子ども座席に乗せる場 合、ヘルメットをかぶら せる必要はまったくない メットをかぶらせる)についてみると、子ども乗車群 子ども 非乗車群 子ども 乗車群 Fig.5. Difference in parental attitude toward helmet need between Seat Users and No-child Riders 一方、子ども乗車群の中で、 「ヘルメットをかぶせる は子ども非乗車群に比べて、いずれも有意に「自分に は簡単だ」 と思う傾向が明らかになった(すべて p<0.01。 Fig.8)。 私にとっては むずかしいと 思う 4.12 間に違いがあるかをみた(Fig.6)。 「かぶせるべき」 (5.42) に対し、実際の使用頻度は 1 尺度以上低い値(4.25)を 示し、差は有意であった(p<0.01)。 Fig.7 に、子ども乗車群と非乗車群の脅威認知(傷害 車の子ども用座席から転落・転倒することが起こりう 4.06 3.08 3.08 3.05 乗車群 非乗車群 べき」という意識と、実際のヘルメット使用頻度との の身近さ)の違いを示す。 「自分の子どもが成人用自転 4.70 私にとっては 簡単だと思う 安全な 乗降 静かに座 ヘ ル メ ッ ト らせる をかぶせる ると思うか(脅威認知) 」についてみると、子ども乗車 群が、子ども非乗車群に比べ有意に低い値を示した (p<0.01) 。 Fig.8. Difference in parental self-efficacy between Seat Users and No-child Riders 最後に、介入用コンテンツ(転倒・頭部衝撃画像) 入が必要である。その時、今回用いた頭部衝撃画像の を見た前後で、子ども乗車群の「現在のヘルメット使 使用は効果的であることが示唆された。むろん、 「これ 用頻度」と「これからヘルメットを使おうと思う頻度」 からはヘルメットをかぶらせようと思う」と感じたか を比較した結果、衝撃画像を見た後の「これから使お らといって、実際に明日から全員が必ず使うはずだと うと思う頻度」が高いという結果が得られた(p<0.01。 考えることはできない。介入によって上昇した「これ Fig.9)。 からはかぶらせよう」という意図をいかに実際の行動 (例:ヘルメットを持っていなかった保護者が購入を 子ども乗車群 ヘルメッ トを必ず かぶらせ ている 5.39 4.25 する。しまってあったヘルメットを使い始める)へと これから ヘルメッ トを必ず かぶらせ ると思う 結びつけるか、さらに行動の継続へと促すかは今後の 課題である。 6.結語 子どもの傷害予防分野では、保護者は「子どもの安 全を何よりも優先させるものだ」という社会的思い込 ヘルメッ トをまっ たくかぶ らせてい ない これまでの 使用頻度 (左) これからの 使用意図 (右) これからヘ ルメットを まったくか ぶらせない と思う みが強く、他の傷害予防(交通事故、職域)等では当 然の変数として扱われているリスク認知バイアスが適 切に扱われていない。保護者の多忙な生活を考えれば、 子どもの傷害に対してもリスク認知バイアスが働くの Fig.9. Future intention to use helmet after watching fall videos compared to current use among Seat Users は当然であり、バイアスを取り除きつつ、保護者が実 践できる予防方法を普及していくことが不可欠である。 筆者らはこの方向性に照らし、包括的で効果的な介入 コンテンツの開発・活用を進めていく。 5.考察 本研究は、成人用自転車に子どもを乗せている(乗 7.参照文献 せていた)保護者に見られる認知バイアスを明らかに 1) Weinstein ND: Unrealistic optimism about future life すると共に、今回用いた介入コンテンツがヘルメット 使用を推進する効果を持ちうることを示した。 日常的に子どもを成人用自転車に同乗させている母 events, Journal of Personality and Social Psychology, 39, 806/820(1980). 親群が、子どもを乗せたことがない母親群よりも「ヘ 2) Will KE: Child passenger safety and the immunity ルメットをかぶらせる必要はない」と感じ、かつ「か fallacy: Why what we are doing is not working, Accident ぶらせる必要性」よりも有意に低い実際のヘルメット Analysis and Prevention, 37, 947/955(2005). 使用を示したことは、ふだんから子どもを乗せること で、逆に「ケガは起こらない」という「偽りの安心感 2 3) 北村他: 子どもの傷害予防教育・啓発に活かす VR Immunity fallacy」 を認知の中に育ててしまっているこ 技術, TVRSJ, 14, 11/20(2009). とを示唆する。実際、今回の実験参加者の中では、子 4) 掛札: 子どもの傷害が起こる可能性と深刻さに対す どもを成人用自転車に乗せている群の方が「自分の子 る認知, 日本健康心理学会(東京, 2009). どもには、転落による頭・顔のケガは起こらない」と 5) 掛札: 子どもの傷害の「起こりやすさ」に対する保 考えていた。この「偽りの安心感」は、ヘルメット不 使用をいっそう正当化する。そして、 「ヘルメットをし 護者の認知, 日本健康心理学会(千葉, 2010). なくても大丈夫」という経験を日常積み重ねることで、 6) 東京都生活文化スポーツ局消費生活部生活安全課: 「偽りの安心感」は増強されることが考えられる。 自転車用幼児ヘルメット(2009). 一方、安全な自転車使用に関する自己効用感で、成 7) Bandura A: Health promotion from the perspective of 人用自転車を使用している母親群が有意に「簡単だ」 social cognitive theory. Psychology and Health, 13, 623/649 と感じている点も、ケガが起きない現状から、自分の 行動を過大評価している可能性を示唆している。 本研究で明らかになったような認知バイアス、 「偽り の安心感」を取り除き、ヘルメット使用を促進する介 (1998).