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自然科学系研究者のタマゴ向け 「研究成果を論文としてまとめること

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自然科学系研究者のタマゴ向け 「研究成果を論文としてまとめること
自然科学系研究者のタマゴ向け
「研究成果を論文としてまとめること」
ダイジェスト版
~中篇~
小出隆規
不許複製
©Takaki Koide, all rights reserved
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目次
4.論文を書く前に
5.単著の論文を日本語で書く(博士論文を想定)
2
4.論文を書く前に
●論文を書くチャンスを大切にしよう
みなさんが所属している大学の研究室では、雑誌に投稿する英文の論文原稿を、大学院生自らが
書いているだろうか。あるいは、あなたは実験を実施して、得られたデータを教授に渡すだけの
役回りだろうか。ひょっとして、あなたは単なるデータ作成マシーンと化してはいまいか。論文
は教員が書くものだと決めている研究室も多数ある。だがそれは、教育として正しいだろうか。
ぜひ教授に、「自分で論文を書きたい」と言ってみよう。たとえ難色を示されても、まずは、
「実
験の部だけでも書かせてください」とお願いしてみよう。学生時代に一回でも自分で書いたこと
のある人とそうでない人とでは、そのあとでずいぶん違いが出てくるはずだ。
さて、ビギナーがいきなり論文を書こうとしたとき、どうするだろうか。おそらくどうしていい
かわからず途方に暮れることだろう。だから、
1)まず、似たことをやっている論文を探す。できれば複数探す。
2)必要な部分をコピペによりつぎはぎして何とか読める文章のテンプレートを作る。
3)自分のデータをはめ込む。
4)そのようにして出来た稿をもとに、修正して完成に近づける。
このようなやり方は、料理でいえば、出来合いのものを探してきて、重箱に詰めてお節料理の出
...
来上がり、というやり方に似ている。これは料理もどきであって、決して上手にならない料理の
作り方である。
他人の論文をパクり、そっくりの実験を実施し、ネタと数値データの部分だけを入れ替えた論文
が専門誌に出版され、後にそれがバレて、取り下げられたケースがあった。この著者は、プロの
研究者であり現役の大学教員でもあるが、そもそも研究とはなにかを全く理解していないのだろ
う。実はこのような手口は実は古くから知られており、1980 年頃の「アルサブディ事件」が有名
である。興味のある人は調べてみるとよい。なかなかショッキングである。
●まず結果がないとだめ。
言うまでもないが、論文を書く以前に、論文として発表する価値のある結果があることがもっと
も重要である。きちんともれなくデータがそろっていて、かつ、曖昧さのない結果について、確
信を持って書く論文は、書いていて楽しい。きっと、このような論文は読む側も読みやすいはず
である。逆に、データが示す事実に整合性がなく、論があっち行ったりこっち行ったり、まとま
りのないものであった場合には、いざ論文にまとめようとする場合、大変苦労する。こういう論
文は、きっと一流の読み手にかかるとそれはバレバレなのだと思う。
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したがって、ある程度、研究の方針が定まってきたら、これは近い将来論文の Figure X になる
はずだ、とイメージしながら実験結果を出していくのがよい。だが、これは非常に難しいことで
ある。これができたらもうプロ級である。だから、データが出る都度、指導者と綿密なディスカ
ッションをくりかえし、いつごろ、どの雑誌に出すのかを含め、論文を書くためのロジックやス
トーリーを共有しながら、研究を進めるのがよい。
●まずはロジック
さて、論文を書くという作業の前には、論文のロジック(論理)構築をする必要がある。ロジッ
クがあやふやなまま文章をつらつら書き始めてはならない。小説家のインタビューで、「主人公
がひとりでに動き出す」
、というようなことを聞くことが時折あるが、少なくとも科学論文にお
いては、書いているうちにデータが都合よく動きだし・・・ということはない。論文はあくまで
も、執筆者が最初に決めたロジックにしたがって書くものである。
●仮説をたくさん立てよ
実験データがそれなりに揃ってきたら、それらの結果から導くことができる、むちゃくちゃおも
しろい仮説と全くつまらない解釈の両方を書きだしてみる。むちゃくちゃおもしろい仮説とは、
きっとノーベル賞級の大発見につながるようなものである。ぜひ考えてみよう。きっと楽しい。
全くつまらない解釈は、単なる実験上のミスでした、とか勘違いでした、というのがもっとも多
い。
筆者の研究室では、新入り卒研生が自身の研究テーマで実験をはじめる 4 月から 5 月の間に、毎
年のように、世紀の大発見騒動が持ち上がる。
「先生、合成収率が 200%を超えました」
「おお、それはすごい。質量保存の法則がグラム単位でやぶられるなんて。世紀の大発見や~。
」
とか、
「先生、ゲル濾過カラムで精製したら・・・・タンパク質がなくなりました。」
「おおっ。ミニブラックホールが通過したのかもしれん。みんな無事か。吸い込まれていなくな
った奴はおらんな。
」
など、世紀の仮説づくりに楽しい季節である。だが、これまでのところすべての場合において、
計算間違いでした。とか、クロマトグラフィー検出器の吸収波長の設定が間違っていました、と
か全くつまらない結末であった。
毎年恒例の会話なので、先輩大学院生は、やれやれまたはじまった、と知らんぷり、聞かないふ
りを決め込むが、筆者は、99.999%は教育のためと思い、いたって真面目にやっているのである。
ちなみに、残りの 0.001%は、本当にそうだったら面白いなあ、と大発見の目に賭け続けること
を楽しんでいる。
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さて、全くつまらない解釈に妥当性がないことがわかったら(すなわちデータがそれなりに科学
的整合性をもつものと確信できたら)、とりあえず世紀の大発見仮説は横に置いておいて(決し
て棄却してはならない)
、結果について、そのほかの解釈をできるだけたくさん考える。この作
業を行うことで、客観的かつ妥当な解釈にほとんどの場合落ち着くはずだ。もし、妥当な解釈が
なかった場合には、やはり世紀の大発見かもしれないので、細心の注意を払って証拠となる情報
を再度吟味したうえで再現性確認のための実験を実施すべきである。
●科学に完全にわかったということはない。
「わかった」の定量性について。
この文章も、「ロジック」とか「論理性」とかそれらの「整合性と」か、あたかも数学の証明の
ようなことばを使って書いてはいるが、少なくとも実験化学においては、そもそも完全な証明な
んてない。「わかった」は、「とりあえず今のところはわかったことにしましょう」
、が正しい。
明らかになったとか、わかったというのにも段階がある。
「ほぼ完ぺきに証明された」
、から、
「た
ぶんそうでしょう」まで、その幅は広い。
風が吹けば桶屋が儲かるという話をご存じだろうか。風が吹くと砂が舞い飛ぶ。砂が目に入ると。
眼の見えない人が多くなる。盲人は三味線弾きになる。三味線が売れると猫が減る(三味線には
猫の皮が使われる)。猫が減るとネズミが増える。ネズミが増えると桶が齧られる。だから桶屋
が儲かる、という話である。一見、ロジックは通っているが、それが実際に起こる確率を計算す
ると、ほとんどありえないことが直感的にもわかるはずである。
だから、実験事実からわかることを直列に並べて、ロジックをつなげるときには、各ステップで
実験結果の解釈が正しいか正しくないか、ではなく正しさについて「どれくらい正しいか」とい
う定量性を加味しないと、とんでもない説をぶち上げてしまうことになる。
●都合の悪いデータの取り扱い方
仮説に合わないエビデンスの扱い方。都合が悪いという理由で、
「なかったこと」にしてはなら
ない、もしそれを使用しないのであれば、客観的かつ合理的な理由が必要である。実はこの判断
で悩むケースは大変多い。外れた数値については、異常値棄却検定を行うなど、統計的妥当性を
考える必要がある。
もし、あなたの指導者が、最初から論文のストーリーを決めていて、実験者自身のストーリーを
受け付けず、「こんなデータを持ってこい」と指示するような人で、かつそのストーリーに合わ
ないデータを十分吟味することなく却下する人であれば、できるだけ早くその研究室を離れるの
があなた自身のためである。
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●「ある」は「ない」の反対ではない。
「魚が釣れたので、海に魚はいる」これは正しい。
だが、
「魚が釣れなかったので、海に魚はいない」これはどうか?
だれも信じないであろう。なぜなら魚が海にいないことを証明するためには、海から水を抜いた
上で、隅々までくまなく探さなければならないからである。そんなのわかってるよ、と読者はい
うかもしれない。しかし、しばしば私たちはこのような過ちを犯す。
「魚がつれたので、海に魚はいる」ことと同義なのは、
「海に魚がいなければ、魚は釣れない」である。このような、逆の裏を対偶とよぶ。命題の対偶
は常に真であるが、命題の裏や逆が真ではないことに注意せよ。(さて突然ですが問題です。こ
のパラグラフには論理的な誤りがあります)
「STAP 細胞はあります」の根拠となる論文がデータの捏造・改竄により否定された後でも、
「だったらないことを証明してみろ」という反論がマスメディアやネット上で多数見受けられた。
「ない」ことを証明することは、科学においては極めて困難なことである。これは悪魔の証明と
も言われる。
研究テーマとして「ない」ことを示すことは、チャレンジングであるが、徒労に終わることが多
いので、研究テーマとして設定することはお勧めしない。しかし、「ない」ことが証明されるケ
ースもある。それは、全体の情報要素を完全に把握している場合である。全体集合がオープンな
ものではなく、有限な集合として規定され、その要素のすべてが明らかである場合にのみ、それ
は可能となる。
「海には魚がいない」が証明できないのは、海は大きすぎて(有限ではあるが)
全体を把握できないからである。しかし、「うちの庭の池には魚がいない」を証明することは、
容易である。池の水を抜いて、くまなく調べればよいだけだからである。
この意味において、ヒトゲノムプロジェクトは有意義であった。たとえばヒトには全部で 2 万と
.......
いくらかしか遺伝子はなく、その中でヘモグロビンの遺伝子はいくつしかない。ということが言
えるようになったからである。
●いま持っているエビデンスのみから無理に解を求めようとしないこと
たとえば、現象 A と現象 B が正に相関している、すなわち A が増加したら B も増加することが
わかったとする。これは、㋐A が B の原因になっていることもあれば、㋑その逆、すなわち B が
増加することが原因で A も増加している場合もある。また、㋒未知の上位の現象 X によって、A
と B が同じ制御を受けている場合もある。しかし、実験研究者が論文を書こうとするとき、自ら
が今持っている情報のみで、論を立てようとする傾向があるので、最初から狙っていない限りは、
なかなか㋒のような上位の未知なる現象 X の存在に思い至るのは難しい。未知の情報がまだある
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のではないか、と常に考える習慣をつけよう。
㋒の例として内臓逆位の話を紹介する。内臓の位置が左右逆になっていることを内臓逆位という。
内臓逆位の人は、副鼻腔炎や気管支拡張等呼吸器の疾患になりやすいことが古くからわかってい
た(カルタゲナー症候群)
。さて、この一見関係がありそうにない、二つの現象はどのような関
係にあるのか。内臓逆位だから呼吸器疾患が現れるのか、それとも呼吸器に異常があるから内臓
が左右逆であるのか。後者のロジックが成り立たないことはすぐにわかる(もしわからなければ、
発達段階に沿って少し考えてみよう)。しかし、前者も真ではなく、二つの現象を制御している
共通の要因 X があったのである。それは、細胞に生えている細い毛(線毛)を構成しているタン
パク質の異常であったのである。線毛が正常に働くことで、細胞外の水流の向きが決まり、これ
によりからだの左右が決定されることが明らかになったのである。また、呼吸器は線毛活動が活
発な組織である。吸い込んだ異物を外に押しやる線毛の運動が不全となることで、呼吸器にも異
常が出るのである。[Lowe et al., Nature 381, 158 - 161 (1996); Okada et al., Cell 121, 633-644
(2005)]
●ロジック破綻の例
「魚介類の生食では食中毒が起こることがあります。食中毒の原因として腸炎ビブリオ菌による
汚染が挙げられます。しかし、腸炎ビブリオ菌は低温に弱いため冷蔵庫に一晩置くことで死滅し
ます。よって、冷蔵庫で保管した魚介類の生食は安全です。
」
「近年、薬剤耐性を獲得した、なかなか死なないゴキブリが増えています。しかし、台所用洗剤
であるマ〇レモンをかけると、薬剤耐性を持ったゴキブリですら死にます。よって、マ〇レモン
は殺虫剤よりも毒性の高い物質であり、即座に使用禁止とすべきです。
」
上記は、少し考えれば、あれっ、おかしいぞ!、とわかるような例であるが、ほとんど同じよう
なロジックの誤りを実際の研究の中で時々みつけることがある。読者にとっても他人事ではない
ので、よく注意すること。
5.単著の論文を日本語で書く(博士論文を想定)
●さて論文を書こう(日本語で)
英語で論文を書くことについて書く前に、皆さんの母国語である日本語で書くことについて書く。
要するに、何語で書こうと論文の書き方は同じである。
まずそもそも、自分が分からないことは絶対に人に通じるように書くことができない。したがっ
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て、あなたが書こうとする論文(卒業論文や修士論文、博士論文も含む)について、あなた以上
に理解している人はいない、というのが前提となる。あなたは、自分が自分でやった研究の背景、
結果、その意義をきちんと理解しているかどうかを自身に問うてみる。その上で自分に OK が出
て初めて論文を書き始めてよい。
とは言えども、書くことによってはじめて、自分が理解できていない点に気付くこともある。共
著の論文については、あらかじめそれらの点についてじっくり議論することが必要である。また、
共著者にはその義務があるので、わからない点、解釈に不安のある点については、相手が目上の
偉い人であっても議論することを遠慮する必要はまったくない。単著の場合においても、指導教
員を徹底的に利用すればよい。
●まずはデータ、図表の整理
学会発表の準備と同様、まず図と図の説明(figure legend)をつくる(「研究成果を論文としてまと
めること」前篇参照)。パワーポイントやポストイットを活用。すでに学会で報告していれば、
それをたたき台として、再度検討しよう。
繰り返し言うが、論文は、図表によるエビデンスが、ロジックの破たんや漏れがなく連ねられ、
結論に導かれることによって、成立するものである。だから、まず実験結果を科学的に記述した
図表の作成が最初のステップである。図は「言いたいこと述べるための情報の塊」である。注意
したいのは、一つの図に、
「言いたいこと」を盛り込みすぎないようにすることである。ひとつ
の図(複数のパネルを束ねたものでもよい)について、ひとつの結論が言えるようにすること。
図がほぼ固まったら、図の説明を書こう。図の説明文は、短いし、パネル A は何、電気泳動のレ
ーン 1 は何、といった風に、図に示したものが何かを書けばよいので、文章力がない人でも、さ
ほど苦はないであろう。類似の論文を参考にして書き方を真似ればよいだけである。
論文作成の過程で、
「図の仮置き」をする研究室があるらしい。「図の仮置き」というのは、論文
の完成イメージを持つために、それらしい(が実験事実とは異なる)図表を論文の当該箇所に、
「仮に置いておく」
、ことを指す。だが、あまり早い段階(データが出ていない段階)で論文はこう
なるはずといったものを作るべきではない。あくまでも、ある程度鍵となるデータが出てからこ
のような作業をすべきである。また、仮置きをする場合においても、手書きの漫画で十分である。
真実と見まごうように作成した、いかにもそれらしい図や、他の論文やインターネット画像から
借用した図表を自身の論文原稿に仮置きしてはならない。あとで、差し替えを忘れると研究不正
と判断される危険性があるからである。論文の最終版で、仮置した図の差し替えを忘れたことを
言い訳にした(元)研究者がいたが、少なくとも私には、後付けの苦しい言い逃れにしか聞こえ
ない。
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●文章を書く順番
文章を書き始める前に、論文全体の構成を決めよう。一番最初に目次案を作成する。つぎに、各
章で述べるべき事柄を整理したうえで、すでに作成した図と図の説明を順にはめ込んでいく。文
章については、序章から書くか、結果から書くか、実験の部から書くか、それは人によってまち
まちである。初期の段階で、参考文献を順不同で末尾に並べる人もいるだろう。ただ、結果
(Results) を書いた後で、議論 (Disucussion) を書くという順番は守るべきである。
●まずは、箇条書きで論文をつくってしまえ
思いついたまま、つれづれなるままに文章を書いていくと、ついつい情報に重複を生じたり、逆
に情報が抜けてしまったりする。これを防ぐためにも、まずは箇条書きだけで論文をつくってし
まおう。箇条書きをするにあたっては、情報の階層性を意識して、大見出し、中見出し、小見出
しを使い分けるのが効果的である。箇条書きだけで一旦論文の素案ができてしまえば、論文とし
てはほとんどできたも同然である。
●結果の書き方
結果の部分は、たとえば絵本の読み聞かせをするように書けばよい。「ほら、この図の個々のと
ころがちょっと△×でしょ。これは、こういうことを意味してるんですよ」という風に、読者を
想定しながら書く。結果の部においては、すべての図表および数値データは本文にて言及されな
ければならない。データを見せるだけで、本文で一切説明しないのは、読者に対して「勝手に見
てあなたご自身で情報を解釈してください」という投げやりな態度ともとられ、はなはだ不親切
である。
では、論文では、どこまで、どれくらい詳細に説明すればよいのだろうか。当然、実家のおじい
ちゃんやおばあちゃんに教えるのと、専門分野のエキスパート査読者を納得させるために書くこ
ととは、同じことを説明する場合でも、書き方が全く異なる。いったい誰がこの文章を読むのか。
まずは読者を具体的に想定することが重要である。たとえば博士論文では、読者として主査、副
査となるべき大学教授の顔を浮かべつつ書くべきである。そのうえで、文章による説明は、読者
の頭の中に情報のブロックを一つずつ積んでいくイメージで書く。まず、読者の頭の中にどのよ
うな形の土台があるのかを想像したうえで、順番に積んでいく。
情報の解像度を一定に保つ。近くなったり遠くなったりしてはいけない。ビギナーは知っている
ことは細かく、知らないことは粗く書く傾向が顕著である。これは大変読みにくい。近眼鏡と老
眼鏡をかけ替えながら読むようなストレスを読者に与えることになる。
●序章の書き方
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序章(イントロ)では、関連の過去の研究について述べ、何がわかっていて何がわかっていない
のか、何が求められていて、何ができたらいいのか、について記述する。すなわち研究者として
の著者の立ち位置を明確にし、研究の方向性と意義を主張する章である。某大学の博士論文にお
いて、序章のまるごとコピペが問題となったが、博士論文においてイントロのコピペは論外であ
る。この仕事には独創性がなく、他人が作ったストーリーにしたがって実験しただけであること
を著者自らがカミングアウトしているようなもの、つまり「自分はあほです」と宣言しているよ
うなものである。序章がちゃんと書けるかどうかは、日頃の問題意識と勉強の積み重ねによると
ころが大きい。
●ディスカッションの書き方
ディスカッションの部では、自由に想像して書けばよい。しかし、ビギナーにとっては、自由に、
と言われても書けないだろう。いきなりそれをできるのは、英文論文で使われる表現やフレーズ
のストックがある人だけだろう。ほとんど妄想にちかい話ばかり書いて、SF 小説になっている
ような人もいれば。ふだんから頭を全く使わずに実験していたので、ディスカッションが一行も
書けない人もいる。ディスカッションを書いている時に、自分の実力に初めて気付く研究者のタ
マゴも多いだろう。
●参考文献の書き方
論文を書きはじめるにあたっては、参考文献として必要そうな文献のコピーをまとめて机に積ん
でおくかファイリングしておくことを勧める。パソコン上に保存して、すぐに取り出せるように
なっていればそれも可である。EndNote のような、論文ファイリングシステムを使うのも一般的
である。
参考文献を挙げるにあたっては、必ずその文献を読んで、引用あるいは参照している情報が適切
であることを確認すること。参考文献に総説ばかり挙げている例をみるが、これはよくない。可
能な限りオリジナルの文献を挙げることに留意しよう。
インターネット web ページを引用することは、勧められない。しかし、やむを得ずそれを行う
場合には、URL (http://www...............)と、情報入手のためにその URL にアクセスした日付を記
載すること。web ページは、管理者によっていつでもその内容を書き換えることができるので、
アクセスした日付が必要である。
また、最後に参考文献のすべてが本文に対応しており、順番が誤っていないこと、および過不足
がないかどうかをチェックすること。
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●論文での文章作法
他人と同じ辞書を使え。自分だけ特殊な単語の使い方をしていないか。
時折、少しずれた用語の使い方をしている人を見かける。そもそも語の定義が異なっていれば、
読者と共通の理解に至ることはできないはずである。あなたは、あいまいなまま用語を使ってい
ないか、もしあいまいな定義で使っているかもしれないと思い当ったら、辞書でしらべてそれが
正しいかどうかチェックすべきである。あなたがテキトーに使っているその言葉の用法は、不適
当かもしれない。
補集合でモノを指定してはいけない。「・・・・ではないもの」これはダメ。あなたの頭の中に
は、全体集合のイメージがきっとあるのだろう。しかし、それはあなたあるいはあなたの共同研
究者の間でしか共有できていないものではないだろうか。読者にとって「・・・・ではないもの」
という補集合形式で指定されたものは無限に存在してしまうので、いったい何を指しているのか
が分からない場合が多い。たとえば、
「薬剤 A で処理していない細胞」と書くのではなく、
「溶媒
のみで処理した細胞」と書くようにしよう。ほんの些細なことであるが、これだけでずいぶんわ
かりやすい記述になる。
限定を意味する指示語についてもその使用にあたっては十分注意をする必要がある。何も指定さ
れていなければ、
「すべて」や「一般的に」と読まれる。あなたが、
「あの女は怠け者だ」
といえば、通常は一人の特定の女性、とくに何の問題も生じないが、もし
「女は怠け者だ」
と書けば、
「(すべての)女は、
(総じて)怠け者だ」と読まれる。あなたは上野千鶴子に凹られ
るであろう。
また、一般論として、否定形をできるだけ使わないようにしよう。とくに複雑な文章を否定形で
書くべきではない。
「特異的に結合しなかった」と書くと、
「結合したけど特異的でなかった」の
か、そもそも「結合しなかった」のかが分からない。
名詞を連結した単語はできるだけ使うな。使いがちである。
「小胞体送達手法」とか、
「細胞実験」
みたいなのは、よくない。ビギナーが科学に関する文章を書くときも意外によく目にする書き方
である。せめて母国語で書くときくらいは、動詞を上手につかえるよう意識したい。
自然な動詞を使おう。地下鉄マニュアル言葉になっていないか?
地下鉄でよく耳にする
「ダイヤ乱れが発生しました」
は
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「ダイヤが乱れております」
というべきである。
地下鉄では、なにか事が起こった際には
「○○が発生する」といいなさい、という規定があるのだろうか。
「線路内人立ち入りが発生したため・・・」
は、やはり「線路内に人が立ち入ったため・・・」と言ってほしい。
●論文がほぼ完成したら。チェックと推敲。
書いた文章は、必ず寝かせてから使う。前日徹夜して作製した文章をそのまま提出するなど論外
である。寝かせている間に他人の目を通すと効率が良い。傍目八目(おかめはちもく)の効用は
大きい。
いくら推敲してもすんなり読める文にならないときは、そもそも文として筋が悪い、すなわちそ
もそも設定した構文が悪いケースが多い。簡単なやり方としては、主語をまず変えてみる。それ
でもだめなら、思い切ってその文を一旦捨てて、バラバラにした情報のレベルに戻して再構築す
る。あるいは、他の切り口で書けないかを考える。
文章が黒すぎないかどうかをチェックしよう。論文を書くときに、まず手書きで原稿を書くとい
う人はこの時代もはやいないであろう。書き物にワープロをつかうことが普通になってから、日
本語で書かれたページがどんどん黒くなってきた。すなわち漢字が多用され(過ぎ)るようにな
ってきた。ワープロの変換機能が成熟したことで、難しい漢字の用語も、正しくどんどん変換し
て文章中に組み込むことができるようになったことがその理由である。ペンを持って書けば「あ
りがとうございます」と書くところが、ワープロで書いたがゆえに「有難う御座います」になる
し、
「ひたすら」が「只管」になったり、
「ほとんど」が「殆ど」になったりする。どちらかとい
うと漢語調は、論文のような堅い文章には似合っているが、過度の漢字の多用は読みにくいだけ
である。
「~する事によって」を「~することによって」にしたり、
「最も」あるいは「尤も」を
「もっとも」とひらがな標記にすることによって、ずいぶん読みやすい文になる。推敲時には、
ページが黒すぎないかをかならずチェックするようにしよう。
(後編につづく)
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