...

選ばれる沿線であり続けるための SC と商店街による「街の共創」 ~ 駅

by user

on
Category: Documents
15

views

Report

Comments

Transcript

選ばれる沿線であり続けるための SC と商店街による「街の共創」 ~ 駅
選ばれる沿線であり続けるための SC と商店街による「街の共創」
~ 駅ナカ・駅ビルで完結させない街づくり ~
会社名
東京急行電鉄株式会社
部署・役職 都市生活創造本部
ビル事業部 商業部 課長補佐
氏名
山本 英一郎
はじめに
筆者が所属する東京急行電鉄は、鉄道事業、不動産事業、リテール事業、レジャー・サ
ービス事業など地域に密着した幅広い事業を展開する「街づくりの会社」であり、
「東急沿
線が選ばれる沿線であり続ける」という中長期ビジョンを掲げている。そのビジョンを達
成するために、ショッピングセンター(以下「SC」という)をはじめとする広義の「商業
施設」が今後どのような方向に向かっていくべきなのかを示す一助になればと思い、本テ
ーマを取り上げるに至った。
SC は街の利便性やブランド価値を高めるために非常に重要な役割を担うが、一方で地域
の商店街が持つ個性(=収益性だけにとらわれない独自性や希少性)が「街の多様性」を
高め、人気のある街を形成する一因となっていることも確かである。例えば、住んでみた
い街で常に上位にランキングされる吉祥寺は、SC などの大型商業施設と複数の商店街が共
存し、多様な人々を惹きつける魅力的な街をつくっている。また日本では人口減少社会が
今後いっそう進んでいくことにより、SC を取り巻く事業環境がますます厳しくなる中で、
今後の鉄道会社における SC は都市間競争(または街間競争)に勝ち残っていくことが必要
であり、
そのためには SC 単独ではなく商店街などの地域商業者との連携が欠かせなくなっ
てくる。
筆者は本論文において、SC と商店街が「競争」するのではなく、街を「共創」していく
ことこそが、選ばれる沿線であり続けるためのキーファクターであると考え、その「共創」
の可能性・方向性を論じていきたい。
本論文の構成としては、まず第1章で「鉄道会社の街づくりの歴史」を振り返ることで、
街づくりにとって必要な思想(軸)を整理する。次に第2章で「選ばれる沿線になるため
に必要な要素」を、SC と商店街の役割を整理することや吉祥寺の成功事例などをもとに抽
出したい。そして最後に第3章で「SC と商店街による街の共創の方向性」について考察し、
今後のあるべき姿に関する具体的な施策について提言を行ないたいと思う。
第1章 鉄道会社の街づくりの歴史
1-1. E・ハワードの「田園都市構想」
日本における鉄道会社の街づくりの歴史を語るうえで避けて通れないのが、日本の都市
計画論にも大きな影響を与えたイギリスの経済学者 E・ハワードの「田園都市構想」であ
る。19 世紀におけるロンドンは、重工業の発展により大気汚染が拡がるとともに都市に人
口が集中し劣悪な労働環境が蔓延していたため、それを改革しようと考えたハワードは
1898 年に著書「明日の田園都市」を発刊し、
「都市と田園の長所を兼備し、均衡の取れた
社会を形成できるように計画的に生活都市を建設する」ことを提唱した。具体的には、職
住近接型の都市を郊外に建設するというもので、郊外の街の中心部に商業施設や公共施設
を配し、緑豊かなオープンスペースや工場などの働く場所を近くに設けるとともに、廉価
な住宅を積極的に販売することで人口を増加させることにも注力した。1902 年に最初の田
園都市としてロンドン郊外に作られた「レッチワース」を皮切りに、
「ハムステッド」や「ウ
ェルウィン」へと引き継がれ、その後日本を含む海外においても同様の開発が多数行なわ
れた。
ハワードの「田園都市構想」は約 1 世紀も昔に提唱された理論ではあるが、現代の街づ
くりにおいても「職住近接」
・
「自然環境との調和」
・
「コミュニティの創出」など参考にな
る点が非常に多く、当時としては画期的な構想であった。
1-2. 小林一三による「私鉄経営モデル」の構築
日本においてハワードの「田園都市構想」を昇華させ、鉄道を中心として住宅・流通・
レジャー施設等の開発を進めて相乗効果をもたらす「私鉄経営モデル」を構築した人物が
阪急電鉄創設者の小林一三である。小林は鉄道をこれまでの「運輸業」としてのみならず、
地域と文化を育てる「地域開発事業」として捉えた点が稀有な発想といえる。その功績と
して大きく以下の3つがあげられる。
(1)日本初の住宅ローン導入による郊外での住宅開発
小林は 14 年間勤めた三井銀行を退職したのち、1907 年に箕面有馬電鉄(後の阪急電鉄)
の専務に就任したが、当時の同社は、需要が全く期待できない郊外の田園地帯に線路を計
画する田舎電鉄であった。しかし、当時の大阪都市部の人口は約 120 万人と 20 年で約 3
倍となる急激な人口増加をむかえており、公害と人口過密という大きな問題を抱えていた
ため、小林はその問題を解決すべく「都市の喧騒をはなれた郊外の鉄道沿線に広い一戸建
て住宅を作ったらどうか」と考えて住宅造成を進めていった。その住宅販売を促進するた
めに導入したのが「日本初の住宅ローン」で、10 年間毎月 12 円(当時の公務員の初任給
は約 50 円)を払い続ければ自分の家が持てるという画期的なもので、その効果もあって田
舎の沿線人口が急激に増加していくこととなった。
(2)家族で楽しめる娯楽施設としての宝塚少女歌劇団の創設
小林は、宝塚に家族で楽しめる娯楽施設である「宝塚新温泉」を 1911 年に建設したが、
その後同施設の集客力を更に高めるために、1913 年に日本初の少女だけの歌劇である「宝
塚少女唱歌隊(後の宝塚少女歌劇団)
」を作り、脚本家としても活躍した。このときもやは
り「大衆の目線」からサービスを検討し、
「観劇料金が何円なら大勢のお客様が来てくれる
か」という観点でその収入に見合うコストで出し物を作り、
「大劇場・低料金公演」の仕組
みを作り上げ成功に導いた。
(3)ターミナル駅でのデパート開発
常に大衆の目線でサービスを考える小林は、駅のホームで乗客を眺めているなかで、お
客様が駅から離れた町中で買い物をし、駅までやってきて電車に乗って帰っていく姿をみ
るうちに、
「駅で買い物ができれば便利なはずだ」という発想から、駅に百貨店を設立する
ことを思いついた。しかも従来の呉服系の高級百貨店ではなく、大衆をターゲットにした
新しい百貨店を目指し、低価格の日用品や最上階に大食堂を設けるなど当時としては画期
的な MD 構成とした。1929 年に日本初のターミナルデパートが誕生し、絶大な集客力を誇
ることとなり、大衆のライフスタイルを大きく変えることとなった。
以上の功績をまとめると、小林の地域開発事業(街づくり)の基本姿勢は「大衆の目線
で商品・サービスを企画し、それによって大衆の夢を叶える」という言葉に集約すること
ができる。小林の登場によって、土地ありきの「プロダクトアウト」の街づくりから、大
衆目線の「マーケットイン」の街づくりが始まったといっても過言ではない。
1-3. 東京急行電鉄による街づくり
ハワードの「田園都市構想」の影響をうけた渋沢栄一は 1918 年に田園都市開発株式会社
を設立し、田園調布などの土地を購入してそこから都心へ鉄道を敷設すべく荏原電鉄を設
立した。渋沢はその経営を軌道に乗せるため、すでに大阪で地域開発事業を成功させてい
た小林一三に相談を持ちかけたところ、五島慶太が推薦されて荏原電鉄の専務に就任し、
その後、商業変更や合併などを経て東京急行電鉄が設立された。
五島慶太は阪急電鉄のビジネスモデルを参考に街づくりを進めていったが、阪急と異な
る独自性を発揮したのが「学校の誘致」と「土地区画整理事業」である。
(1)東急沿線への積極的な学校誘致
五島は小林が進めた私鉄経営のビジネスモデル(鉄道敷設→住宅・商業・レジャー施設
開発)を更に発展すべく、東急沿線に積極的に学校誘致を進めた。その狙いは①継続的な
旅客獲得による運賃収入増、
②著名な学校誘致による沿線のイメージアップの 2 点である。
最も顕著な事例は 1934 年の慶應大学の日吉への誘致である。
誘致にあたって東京急行電
鉄は、約 72,800 坪もの土地を慶応大学に無償供与(当時の時価で約 728 千円。当時の同社
の年間運賃収入は約 510 千円)するという大盤振る舞いをみせたが、これによって開発が
遅れていた日吉エリアの発展が急速に進むとともに、東横線の運賃収入増とイメージアッ
プにつながっていったことはいうまでもない。まさに「損して得とれ」を実践した好事例と
いえる。
その他にも、東京工業大学の蔵前から大岡山への移転や、日本医科大学(武蔵小杉)
、東
京府師範学校(後の東京学芸大学。下馬)
、東京府立高等学校(後の都立大学。八雲)など
を積極的に誘致することに成功した。
ここから学べる教訓は、街づくりは短期的な利益の追求という発想にとどまらず、長期
的な視点から「その地域をどのような街にしていきたいのか」という広い視野で物事を考
えて判断していくことが重要ということである。
(2)多摩田園都市開発における土地区画整理事業
多摩田園都市開発は、五島慶太が 1953 年に発表した「城西南地区開発趣意書」に端を発
する。同趣意書は「東京都は年々50 万人もの人口が増加しており、今年中には 750 万人に
達しようとしているが、東京都の公共施設は 750 万人を標準として設けられているため、
まもなくその機能不全が想定される。そこで大山街道沿いの城西南地区に第二の東京をつ
くりあげる」という内容で、最終的に多摩田園都市は開発総面積 5,000 万㎡に及ぶ民間企
業としては日本最大の都市開発事業となった。
その具体的な手法として用いられたのが、同社による「一括代行方式による土地区画整
理事業」である。これは、土地区画整理事業に関する業務全般を東急電鉄が一括して請け
負い、造成工事などに要する費用を同社が負担するかわりに、造成した土地の一部を保留
地として同社に提供するという方式だ。
この方式のポイントは、一民間企業が独断で街を開発するのではなく、長年その地域に
お住まいの地主の方々と東京急行電鉄とが膝をつきあわせて、街に必要な機能や将来のあ
るべき姿を議論したうえで開発を進めるという点である。
【多摩田園都市の全体図(総開発面積:約 5,000 万㎡)
】
以上、本章で紹介した鉄道会社の街づくりの歴史を振り返ると、鉄道会社の街づくりに
とって必要な思想(軸)は、以下の3点に集約できる。
①「大衆の目線」で商品・サービスを考える(大衆マーケットイン発想)
② 短期的な利益にとらわれない「長期的な視点」での街づくり
③ 地域の方々との「対話」を重視し、一緒に街をつくるという姿勢
第2章 選ばれる沿線になるために必要な要素
前章では原点に立ち返って、鉄道会社の街づくりにとって必要な思想(軸)を整理した
が、本章においては、選ばれる沿線となるために何が必要なのかを具体的に抽出すべく、
様々な角度から考察を行なっていきたい。
2-1. 住みたい街ランキングからの考察
「選ばれる沿線になるために必要な要素」を考察するにあたり、まずは昨今の生活者が
どのような街に住みたいと考えていて、その要因が何なのかを調べることによって、その
ヒントを探ってみたい。
インターネット調査会社の株式会社マクロミルが 2011 年 5 月に発表した
「住んでみたい
街ランキング 2011」によると、関東では「第 1 位:吉祥寺」
「第 2 位:恵比寿」
「第 3 位:
横浜」という結果になった。吉祥寺を挙げた人の理由をみると「都心に近い」
「買い物が便
利」という利便性の高さに加え、
「自然が多い」
「おしゃれ」という意見が多かった。
(出典:㈱マクロミル「住んでみたいランキング 2011」
)
また住みたい街を選ぶ際に重視する点としては、
「第 1 位:交通の便が良い(87.9%)
」
「第 2 位:買い物に便利(79.8%)
」
「第 3 位:治安が良い(75.5%)
」という結果となった
が、
「買い物に便利」が第 2 位に入っていることからも、SC をはじめとする商業施設の充
実が「住みたい街」に大きく寄与していることがわかる。
(出典:㈱マクロミル「住んでみたいランキング 2011」
)
さらに、街の特徴を挙げて「住みたい街に対する考え方」を調査した結果、
「徒歩圏で何
でもそろう街」が第 1 位となったが、注目すべきは「商店街がある街」が関西よりも関東
において 14.7 ポイントも高くなっており、
関東においては相対的に商店街を重視する傾向
にあることがわかる。
(出典:㈱マクロミル「住んでみたいランキング 2011」
)
以上より、
「選ばれる沿線」になるために必要な要素の1つとして、
「買い物機能」とし
ての SC や商店街が大きな比重を占めていることはわかったが、SC や商店街が飽和状態の
現在において、それが存在するだけではその他の街に対する差別的優位性を持つまでには
至らない。
そこで、
「SC や商店街のどのような要素が差別的優位性をもたらすのか」を検討するに
あたって、
生活者は SC や商店街に対してどのような役割を期待しているのかという視点か
らの考察を次節以降で展開したい。
2-2. 生活者が SC に期待する役割
生活者が SC に期待する役割は、SC の事業ライフサイクルの推移に応じて変化してきた
ものと考えられる。
(1)SC の導入期 : ワンストップショッピング機能の提供
まず SC の導入期においては、SC の根本的な機能の1つとされる「ワンストップショッ
ピング機能の提供」という役割が挙げられる。SC が登場するまでは都心の百貨店がその役
割を担っていたが、郊外人口が増大していく中で、郊外に居住する大衆にとって必要な商
品・サービスが総合的に網羅され、比較購買が可能な SC は非常に便利な施設として重宝さ
れた。
(2)SC の成長期 : 新たなライフスタイルの提案
続いて SC の成長期においては
「新たなライフスタイルの提案」
という役割が挙げられる。
その地域に存在しなかった業種・業態のテナントの導入や、時流に即したテナントの入れ
替え(モノからコトへのシフトなど)を定期的に実施し、常に生活者を飽きさせないよう
な1歩先をいくライフスタイル提案を行なった。それによっておしゃれな街のイメージが
定着し、街のブランドが高まって、ひいては住民の満足度が向上するという好循環を生む
要因となった。例えば、1969 年に玉川高島屋 SC が二子玉川に開業して以降、継続的に新
たなライフスタイル提案を行なってきたことで、二子玉川は奥様方から絶大な人気を誇る
「ブランド化された街」になったことなどが最たる例である。
(3)SC の成熟期(現在)~将来 : 地域の問題解決のためのプラットフォーム
そして現在のような SC の成熟期はというと、上記の 2 点については、既に生活者からす
るとある程度は満たされており、新たな役割が期待されていると思われる。ではそれが何
なのかというと、SC が「地域の問題解決のためのプラットフォーム」としての役割を担っ
てほしいという期待があるのではないだろうか。
昨今における地域が抱える問題といえば「①少子化」
、
「②高齢化」
、
「③買い物難民」
、
「④
失業率の増加」などが挙げられるが、下表のようにこれらの問題の解決策を SC が提案して
いくことこそが、競合との差別化につながる最もよい方策と考えられる。
地域の問題
SC が実現できる解決策(例)
①少子化
SC(特に好立地の駅ビルなど)に保育園や学童保育を誘致
②高齢化
SC に高齢者が集うコミュニティの場を提供
③買い物難民
無料シャトルバスの運行、宅配サービスの導入
④失業率の増加
雇用の創出(地域住民を優先的に雇用)
2-3. 生活者が商店街に期待する役割
流通科学大学の石原教授によると、
「商店街は商圏が広い順に、広域型、地域型、近隣型
の3つに分類され、近隣型や地域型が全体の 8 割を占める」という。その中で最近は、主
婦がエプロンをしたまま買い物に行くような近隣型が減少し、もう少し広域から顧客を集
客する地域型に移行しつつある。生鮮3品をメインとする近隣型が全盛の時代は、個人事
業主が営業する八百屋・魚屋・肉屋などの主人との毎日のコミュニケーションを交えた買
い物を生活者自身も楽しんでいたが、昨今のようにご近所付き合いが減少して、人と人と
のコミュニケーションを避ける傾向にあるなかでは、チェーンストアで安く手早く買った
方がいいと考える人の方が多いのかもしれない。
そのような現状にあって、生活者が商店街に期待する役割とは何であろうか。筆者は大
きく以下の2つに集約できると考える。
(1)SC にはない独自性のある店舗の確保
基本的に SC は民間の事業者が営利目的で行なう事業であるため、
誘致するテナントは一
定の売上や客数が期待できて、かつ適正な賃料を負担できる信用力の高いテナント(=ナ
ショナルチェーン)に偏ってしまい、結果としてどこの SC も似通った MD 構成になりがち
である。それ自体はリスク低減の観点からもある程度は仕方がないと思うが、一人の生活
者(=消費者)の立場からすると、そのような SC は訪れた際の新鮮味や高揚感が非常に少
ない。
一方で、商店街や路面において個人事業主が営業しているチェーン店ではない個店の中
には、店主の「こういう店を作りたいという強い思いや情熱」がストレートに営業に反映
され、お金をかけずにセンスで勝負する独自性の高い魅力的な店舗も見受けられる。その
ような店舗は、大抵は SC に出店できるだけの信用力もなく、また仮にデベロッパーがリス
クをとって SC に出店できたとしても、SC の運営上の制約や多数のテナントの中に埋もれ
て魅力が半減してしまうことが多い。つまりそういう店舗は、雑多な商店街や路面・路地
裏でこそ魅力が発揮されるのだ。したがって生活者の視点で考えると、商店街には SC に出
店できない独自性・希少性の高い「魅力的な個店」の存在こそが求められ、またそれがあ
ることで商店街の価値が向上するのではないだろうか。
(2)コミュニティ機能(人と人との絆づくり)の創出
先に述べたとおり、昨今ではご近所付き合いが減少するなど、昔に比べて人同士のコミ
ュニケーションが少なくなってきてはいるが、今後もその傾向は続いていくのだろうか。
筆者の見解としては以下の3つの理由から、今後は現在よりも「コミュニケーションを求
める方向」にだんだんシフトしていくのではないかと考える。
①人間は年齢を重ねるにつれて寂しさを実感しやすくなる傾向にあるため、高齢化の更
なる進展によって、人との付き合いを求める絶対数が急速に拡大する。
②東日本大震災の発生によって、人との絆や助け合いの精神が改めて見直されている。
③mixi や facebook をはじめとする SNS が普及し、簡単にコミュニケーションをとるた
めのインフラが整備された。
上記のような「コミュニティ回帰」にシフトした場合、地域に密着している商店街とい
う機能は、より一層重要な役割を担うことになる。例えば既にコミュニティ機能を担って
いる事例としては、烏山駅前商店街において「無料よろず相談室」を設置し、相談に来ら
れた方に商店街で利用できるコミュニティポイントを 5 ポイント差し上げる取り組みを実
施し、年間で約 2,500 人が相談に来ているという。また、明大前商店街では治安の悪化を
抑制するため、商店街が中心となって 2002 年に民間交番「ピースメーカーズボックス」を
設置したことによって犯罪が抑制され、安心・安全な街づくりに大いに貢献するとともに
同地域の地価上昇にも寄与しているという。
以上の点から、商店街における「コミュニティ機能の担い手」としての役割は、今後ま
すます重要になっていくものと思われる。
2-4. SC と商店街の共存による成功事例 : 吉祥寺
これまで、生活者が SC と商店街に対して期待する役割を整理してきたが、本節では SC
と商店街が共存して最適なバランスを保っている成功事例として「吉祥寺」の街を分析し
てみたい。
2-1でも紹介したとおり、吉祥寺は住んでみたい街として常に上位にランキングされ
る人気の高い街であるが、
「吉祥寺スタイル」の著者である三浦展氏は、著書の中で吉祥寺
の最大の魅力は「いろいろな人がいて、それぞれの人が自分の居場所を見つけられること」
と述べている。つまり一言で表現するならば「多様性」である。
吉祥寺における商業の視点からの多様性をみてみると、SC・百貨店・専門店のような大
型商業施設と個店の集積である商店街が非常に充実している(下記の図表参照)
。大型商業
施設と商店街のどちらか一方が充実している街は多々存在するが、それらが共存して充実
している街は吉祥寺が日本一ではないだろうか。
【吉祥寺マップ】
西友
ロフト
コピス
東急百貨店
サ
ン
ロ
ー
ド
商
店
街
ヨドバシカメラ
ダイヤ街商店街
中道通り商店街
ハーモニカ横丁
パルコ
平和通り商店街
吉祥寺駅
←三鷹
アトレ
マルイ
京
王
井
の
頭
線
JR 中央線
新宿→
【吉祥寺の主な大型商業施設と商店街】
大型商業施設
アトレ、パルコ、コピス、マルイ、東急百貨店、ヨドバシカメラ、
ロフト、西友
商店街
サンロード商店街、ダイヤ街商店街、中道通り商店街、平和通り商店
街、ハーモニカ横丁
吉祥寺における大型商業施設と商店街の共存を支える1つ目の要因として「店舗の配置
構成」が挙げられる。駅前の一等地にサンロード商店街・ダイヤ街商店街・ハーモニカ横
丁が立地し、その奥にコピスや東急百貨店などの大型商業施設が配置されていることによ
って、商店街を多数の流動客が回遊して一定の前面通行量が確保できるため、商店街の売
上にとってプラスの影響がはたらきやすい。
そして2つ目の要因としては「商店街の圧倒的な個性」が挙げられる。なかでもハーモ
ニカ横丁は、狭い路地裏に様々な業種(飲食店・雑貨店・魚屋・八百屋・肉屋)の店舗が
100 店弱も雑多にひしめいており、また1つ1つの店舗に魅力的な特徴がある。特にメン
チカツで有名な精肉店「さとう」と、羊羹で有名な和菓子店「小ざさ」は共に毎日行列の
絶えないお店で、その行列自体が吉祥寺の名物と化している。このような個性的な店舗が
存在することで、大型商業施設に負けることなく商店街の鮮度が維持できて、適度なバラ
ンスを保っているのだ。
以上のとおり本章では「選ばれる沿線になるために必要な要素」について考察してきた
が、それらをまとめると以下の要素に集約できる。
①住みたい沿線になるためには「買い物機能としての SC や商店街」が重要なカギを握っ
ている。
②SC が差別的優位性をもつためには「地域の問題解決のためのプラットフォーム」とし
ての機能を強化することが必要。
③商店街が差別的優位性をもつためには「SC にはない独自性のある店舗の確保」と「コ
ミュニティ機能の創出」に注力すべき。
④商店街に独自性のある個店が存在することで SC や百貨店などの大型商業施設とのバ
ランスが保たれて、街に「多様性」が生まれ、魅力的な街が維持できる。
第3章 SC と商店街による街の共創の方向性
前章で「選ばれる沿線になるために必要な要素」を抽出したが、本章ではその要素を満
たすために今後我々は具体的にどのような施策に取り組んでいけばいいのかについて、提
言を行なっていきたい。
現在のような低成長の経済環境においては、
1つの SC および商店街だけが儲かっても街
自体が沈下してしまっては、長期的にみるとその SC および商店街も衰退してしまうため、
いかにして都市間競争(または街間競争)に勝ち残るかが重要である。
したがって結論としては、
「街全体を1つの商業施設(=SC)
」と捉えて、商店街を SC
の売場の1つとして位置づけ、SC と商店街が一体となってお互いの強みは連携して相乗効
果を発揮し、弱みは補完し合い、街としての MD(ソフト)や動線計画(ハード)を構築し、
街全体を活性化していくことが必要である。
従 来
今 後
SC における競争軸
近隣の商業施設間競争
(近隣の商業施設間競争に加えて)
都市間競争・街間競争
SC からみた
商店街の位置づけ
(強い商店街については)
競合の1つ
SC の売場の1つ
(=連携パートナー)
具体的な施策としては、以下に述べる3つ(3-1,2,3)を提案したい。
3-1. SC 事業者による商店街のテナントミックスのサポート
前章で触れたとおり、
「商店街に SC にはない独自性のある店舗を確保すること」が街の
差別的優位性を高めるためのキーファクターの1つと考えられるが、商店街は「テナント
ミックス業務」を計画的に実行する機能が弱いという課題を抱えている。それを解決する
ために、SC を運営する事業者(以下「SC 事業者」という)として何ができるかという視点
で考えると、
「テナントミックス業務」を SC 事業者がサポートするという方法が考えられ
る。具体的には以下の2つの手法が挙げられる。
(1)SC 事業者が商店街にフィットするテナントを仲介
これは、その街のマーケットを知り尽くした SC 事業者が、商店街のテナント構成として
不足している機能を満たすために最適なテナントを誘致し、仲介手数料を得るというスキ
ームである。
このスキームは、商店街としては空室率の改善やテナントの入れ替えによる商店街の活
性化につながるというメリットがある。
SC 事業者としては、テナント情報を豊富に抱えている強みを活かせることと、SC 事業者
としてリスクをとりにくい「独自性はあるが信用力が未知数のテナント」を、リスクをと
らずに誘致して、街としての魅力を高めることができるというメリットがある。一方で、
手間がかかるわりに仲介手数料を得るだけではビジネスとしての旨みが少ないというデメ
リットはあるが、長期的視点による地域発展の観点からも今後必要になってくるモデルと
考えられる。
(2)SC 事業者が商店街の区画をマスターリースしてテナントに賃貸
これは上記(1)からもう 1 歩踏み込んで、SC 事業者が商店街の地権者から土地を賃借
(建物がそのまま活用できる場合は建物を賃借)し、自らテナントを誘致し賃貸すること
によって利ざやを稼ぐスキームである。その参考事例として、本スキームを SC 事業者では
なく商店街が実践している香川県の「高松丸亀町商店街振興組合」の事例がある。
高松市の中心市街地は、バブル期の地価高騰により商店主が中心市街地に住めなくなり
業種に偏りがでる(洋服屋の比率が高い)とともに、郊外のロードサイドに商業施設がで
きて通行量がピーク時の約半分に激減し、売場面積が増えても売上が増加しない悪循環に
陥ってしまった。それに危機感を抱いた高松丸亀町商店街振興組合は、商店街と高松市が
出資する第3セクターのまちづくり会社(高松丸亀町まちづくり株式会社)を設立し、同
社が商店街全体をマネジメントするという再開発の手法を導入した。
【高松丸亀町商店街・スキーム図】
高松丸亀町商店街振興組合
高松市
出資
高松丸亀町まちづくり㈱
(第3セクター)
テナント
賃料
運営委託契約
建物賃貸借契約
各街区の管理運営会社
(ex.高松丸亀町壱番街㈱)
地代(テナント
売上と連動)
定期借地契約
商店街の土地所有者
(出典:高松丸亀町商店街振興組合が発行したパンフレットを参考に筆者が作成)
本再開発における特徴は、土地の「所有権と使用権を分離する」という事業スキームで、
具体的には商店街の土地所有者はそれぞれの土地を所有し続け、まちづくり会社(高松丸
亀町まちづくり株式会社)が運営委託する各街区の管理運営会社と定期借地契約(地代は
テナントの売上に応じて変動)を締結して土地を貸し出し、建物はまちづくり会社が所有
し、管理運営会社がテナントリーシングを行ない一体的に運営管理する。これによって商
店街の課題であるテナントミックス業務を、まちづくり会社が一括してマネジメントでき
る体制を整備することに成功した。
高松丸亀町商店街の事例を参考にすると、SC 事業者が商店街の土地所有者と定期借地契
約を締結し、SC 事業者が建物を建ててテナントリーシングを行うというスキームが考えら
れる。その際の主な課題を整理してみたい。
・課題①:土地所有者との合意形成
最大の課題は、SC 事業者が土地所有者の合意をどのようにしてとりつけるかである。一
般的に商店街の店主は SC を競合視しているため、
このスキームに素直に同意することは考
えにくく、特に経営がうまくいっている商店街の同意をとるのは難しいと思われる。した
がって、店主の跡継ぎ不足など何らかの課題を抱えた商店街をターゲットにしていくこと
が近道であるが、そのような情報を常に収集できるように、定期的に商店街との交流をは
かっていくことが求められる。
私鉄系の SC 事業者は地元に密着した事業展開を行ってきた
ことから、相対的に商店街の信頼を得やすい立場にあり、この役回りを演じるにはふさわ
しいプレーヤーといえる。
なお、商店街の全ての地権者と一気に合意形成するとなると難易度が格段に増すため、
まずは一部の区画で実績をつくり、徐々に拡大していく進め方が望ましい(SC 事業者にと
ってのリスクヘッジの観点からも徐々に実施する方がベターである)
。実際に、高松丸亀町
商店街も街区を分けて徐々に開発を進めている。
・課題②:商店街の独自性を喪失させない工夫
2つ目の課題は、先述したとおり商店街の魅力の 1 つは「SC にはない独自性のある店舗
が存在すること」であるが、本スキームを導入することによって「商店街が SC 化」されて
しまい、商店街の多様性という魅力が薄れてしまう可能性を帯びている点だ。
これについては、MD 計画にあたってナショナルチェーンのテナントの割合に上限を設け
ることや、
多少のリスクを取ってでも SC では導入しないようなエッジの効いたテナントを
誘致するなどの工夫が求められる。
また商店街の全部の区画ではなく、衰退している一部の区画のみをマスターリースして
テコ入れすることにより、商店街の独自性を確保しつつ、商店街全体に波及効果をもたら
すという方法も考えられる。
・課題③:SC 事業者の収益性
3つ目の課題は、上記のような課題が山積して難易度が高いわりに、事業としての収益
性が見込めるのかという点である。これについては当然のことながら、商店街の規模やポ
テンシャルによって収益性に差異がでてくるが、街を衰退させないことが鉄道会社として
の長期的な収益性の確保につながるという観点から、赤字にならない範囲内で積極的に展
開していく必要があるのではないだろうか。
3-2. SC と商店街の連携による地域の問題解決の推進
2つ目の施策は、今後の SC に期待される「地域の問題解決のためのプラットフォーム」
としての役割を、
商店街と連携することでよりいっそう推進していくという考え方である。
前章で述べたとおり、昨今における地域が抱える問題(ex.少子化、高齢化、買い物難
民など)について、SC が単独で実現できる解決策もあるにはあるが、様々な制約から単独
での実施には限界があるため、それを商店街と連携することで強化していくという提案で
ある。具体的には以下のような施策が考えられる。
(1)少子化対策について
子育てしやすい環境整備の1つとして、
待機児童を減らすために SC が保育園をテナント
として誘致する例は増えてきているが、SC が1ヶ所誘致しただけでは街全体としての効果
は限定的である。
そこで、SC 事業者がリーシング過程で得た複数の保育園の出店要望に関する情報を、沿
線の商店街の方々へ随時共有(または商店街へ出店希望者を紹介)することで、商店街の
空き店舗を効率的に埋めて空室を減らすとともに、待機児童の増加という街の問題を解決
していくことも可能である。
また別の視点では、昨今の子育てにおける課題として、地域や近隣との関係希薄化によ
る「孤立した子育て」が不安感やストレスを招いて児童虐待につながるといった問題が取
り上げられている。その解決のために、商店街が子育て支援や親子交流拠点等の機能を担
うコミュニティ施設を商店街の空き店舗に誘致するなどの取り組みを行っている事例はい
くつか存在する。例えば、東京都練馬区のニュー北町商店街では、商店街振興組合の有志
がNPO法人を設立し、子育て中の親と子が自由に集まり、親同士の交流や子育て相談が
できる拠点を商店街の中に開設している。このような商店街の子育て支援の取り組みをサ
ポートすべく、SC がそのようなコミュニティ施設の取り組みをもっと積極的に PR すると
ともに、そのコミュニティ向けのイベントを SC 内で定期的に企画して、SC のファンを拡
大していくなどの連携余地があると思われる。
(2)高齢化対策について
高齢者にとって買い物の際の大きな問題は、店舗までの交通手段と購入した商品の持ち
帰りであるが、今後の SC においては、店舗までの無料シャトルバスの運行や購入商品の宅
配サービスがますます求められるようになってくるものと思われる。
資本力のある SC にと
ってはそのようなサービスを導入することも可能であろうが、商店街で同様のサービスを
提供するのは非常に困難である。とはいえ商店街がそのようなサービスを導入していかな
ければ、ますます衰退の道を歩むことになる。
そこで SC と商店街が連携して、
共同で無料シャトルバスや宅配サービスを運営するとい
うことも考えられる。当然のことながら商店街も運営費用の一部を負担すべきであるが、
例えばその原資は 2009 年に施行された「地域商店街活性化法」の認定による補助金で賄う
などして、商店街の負担は増やさずに顧客サービスを拡充し、SC としても自社の負担を軽
減しつつ地域に貢献できるという Win-Win の関係が成り立つのではないか。
このように SC と商店街が連携することで、
お互いにとってメリットのある施策を創出し
ていくことが必要であるが、そのためにも両者が定期的に話し合う場を設けて、心の障壁
を低くしていくことが求められる。
3-3. 駅ナカ・駅ビルで完結させない街づくり
鉄道会社が積極的に展開している駅ナカ・駅ビル事業は、生活者の高い利便性という観
点から今後も拡大傾向が続くものと思われるが、一方でその展開によって、駅の外で商売
を行っている商店街で買い物をする人が減少し、街が衰退してしまうという課題が存在す
ることも確かである。地域に密着した幅広い事業を展開している鉄道会社にとって、
「面と
しての地域の成長」があってこそ自身の持続的な成長ももたらされるので、手法を間違え
ると諸刃の剣になりかねない。
また冒頭で述べたとおり、SC を取り巻く事業環境がますます厳しくなる中で、今後の鉄
道会社における SC は都市間競争(または街間競争)に勝ち残っていくことが必要であり、
そのためには SC 単独ではなく商店街などの地域商業者との連携が欠かせなくなってくる。
そこで最後に、鉄道会社が駅ナカ・駅ビル事業の展開において留意すべきポイントについ
てふれてみたい。
(1)駅ナカ・駅ビルの MD 構築について
まず1つ目に、駅ナカ・駅ビルの MD 構築にあたっての留意点としては、駅ナカ・駅ビル
から駅ソトの商店街にいたる「街全体を1つの商業施設(=SC)
」と捉えて MD を構築して
いくべきである。例えるならば、駅ナカ・駅ビルを街の核テナントと位置づけて、商店街
をモール型のサブテナントとするイメージだ。そのような視点で捉えることで、街全体と
しての回遊性や滞在時間をいかに増やすかという発想がうまれ、来街者人口の増加(=パ
イの拡大)につながり、結果として SC としての売上増加にも結びついていくのである。
そして、それをふまえた駅ナカ・駅ビルのテナントリーシングについては、近接する商
店街の中にその街の象徴ともいうべき店舗があるならば、それと競合するような業態は駅
ナカ・駅ビルに誘致すべきではない(ただし、駅の乗降客が多い商圏の大きな街であれば
全体のパイも大きいので、比較購買できるように競合となる同業態があってもいいケース
も存在する)
。また、商店街の中に有力な人気店があるならば、それを駅前で紹介(広告料
は収受)し、街に人を流す仕組みをつくることも有効である。
このような考え方に基づいて街全体の MD を構築することで、駅という「点」の発想から
街という「面」の発想にシフトし、街全体の発展を考慮したあるべき姿を考えられるので
はないだろうか。
(2)街全体のプロモーション活動について
2つ目に、街全体を盛り上げるためのソフトの施策として、SC と商店街の連携による街
全体のプロモーション活動を推進していく必要性について述べたいと思う。
これからは
「街
間競争」にいかにして勝ち残るかがポイントとなってくるため、SC と商店街で競うことよ
りも、両者が連携して街をプロモーションし、街全体のパイを増やすことに注力すべきで
ある。
参考となる取り組み事例として、東急田園都市線・たまプラーザ駅直結の SC「たまプラ
ーザテラス」と駅周辺の3つ商店街(たまプラーザ商店会、たまプラーザ中央商店街、た
まプラーザ駅前通り商店会。以下総称して「たまプラーザ商店街」という)の連携事例を
紹介したい。1982 年にたまプラーザ駅前に「たまプラーザ東急 SC」が開業し、その後 2007
年以降段階的に同 SC を大幅に増床リニューアル(2010 年 10 月にグランドオープン)し、
駅直結の SC として名称を改め「たまプラーザテラス」が開業した。それにあわせて、東京
急行電鉄(同 SC の所有者)
、東急モールズデベロップメント(同 SC の運営者)
、たまプラ
ーザ商店街が中心となり、
美しが丘連合自治会や駅前のイトーヨーカ堂なども巻き込んで、
「we love tamaplaza project」
という運営組織を立ち上げた。
この組織は「たまプラーザをもっと住み良く、もっと素敵な街にすることを目指して、周
辺の施設や団体、企業が協力して、街の繁栄と発展のため必要な事業を行うと共に、会員
相互間、街の住民、就業者、その他関係者のコミュニケーション活動、コミュニティの形
成を支援し、永続的、発展的なしあわせ溢れる街づくりを目的とするプロジェクト」で、
春の桜フェスティバルやクリスマスシーズンのゴスペルライブの実施、また東日本大震災
後にはチャリティグッズを販売して被災地への寄付活動を行うなど、地域に密着したイベ
ントを展開している。
このように SC が中心となって商店街や自治会などの関係者を巻き込
み、地域一体となって「自分の街に愛着が持てるような活動」を地道に実施していくこと
が、これからの SC が担うべき役割といえるのではないだろうか。
商店街などの地域事業者との共同プロモーションでは、費用対効果の観点から、商店街
からすると費用を拠出しても SC にお客様を取られるだけでうまみがないという主張が想
定されるが、SC が協力することで商店街単独ではできないプロモーションができるメリッ
トや、先述の街間競争の意義を粘り強く説明することで、まずは1回トライしてみること
が肝要である。
(3)ハードの留意点について
最後に駅ビルのハードに関する留意点について、駅直結の SC である「たまプラーザテラ
ス」の事例をもとに3点述べたいと思う。
まず 1 つ目に、駅ビルが街に対して閉じた空間にならないように、駅ビルから駅ソトの
商店街にいたる動線を開放的に確保し、駅ビルと商店街を人がスムーズに流れる動線を構
築すべきである。街を1つの SC と考えるのであれば、SC 内の動線計画を考えるのと同様
に、商店街への動線計画も考慮すべきである。1つの事例として「たまプラーザテラス」
においては、駅改札から「たまプラーザ中央商店街」へと抜ける動線を、エスカレーター
を設置するなどして的確に確保し、駅から商店街へ人がスムーズに流れる光景がみうけら
れる(下図参照)
。商店街にとって、店舗の前面通行量は売り上げに大きな影響を与えるた
め、街としての持続的な成長を考えるのであれば、商店街へと続く動線をどのように計画
するかは非常に重要なポイントである。
2つ目に、駅ビルの中に周辺住民の方々が利用できる「コミュニティスペース」を設け
ることの必要性が挙げられる。これは先に述べた「SC による地域の問題解決」に関連する
が、今後の少子化や高齢化の更なる進展にともなって、
「コミュニティ」の重要性がますま
す高まってくるため、その流れをサポートする機能としての「コミュニティスペース」を
駅ビル内に設けることが必要と考えられる。
「たまプラーザテラス」においては、一般の利
用者に有償で貸し出し可能な「プラーザホール by iTSCOM」というコミュニティホール(約
134㎡×2室)を設置し、各種セミナーや地域のイベントなどが数多く実施されている。
SC 事業者からすると、コミュニティスペースの設置は売場面積の減少となるため、直接的
な収益性という視点ではマイナスにみえるかもしれないが、一方で、それがあることで住
民の交流が活発になり、
またセミナー等のイベントで SC の集客が増えるなどの副次的な効
果が期待できるため、欠かせない施設の1つといえる。
3つ目は当然のことではあるが、街との調和を考えて「街並に配慮した建物デザイン」
を採用することである。住民の視点にたつと、自分の住んでいる街に駅ビルができること
は自体は非常に便利なことではあるが、そのデザインが街と不釣合いでは街のイメージダ
ウンにつながり失望をまねいてしまう。特に駅は「街の顔」であるため、駅ビルについて
は郊外の SC 以上に気を配り、
「この街に住んでいて誇らしい」と思えるような建物デザイ
ンを採用していく必要がある。また建物デザインに限らず、セール等の装飾物についても
街並や商店街の装飾物との整合性を考慮し、街全体としてのデザインを適切に管理してい
くことが求められる。
【たまプラーザテラス・駅改札から商店街への動線】
たまプラーザ中央商店街
下記写真の撮影向き
改札から
商店街への動線
おわりに (「競争」から「共創」へ)
選ばれる沿線になるために、鉄道会社の1事業としての SC と商店街とが、どのような関
係性を構築して「街を共創」していくべきかについて述べてきたが、一般的に SC と商店街
のそれぞれの経営がうまくいっているときには連携する必要性を感じないものである。し
かし本論文で提言したような連携策は、SC と商店街が競争して対立軸の構造にある現在に
おいては、すぐに実施しようと思っても相互理解や事業スキームの検討に長い時間がかか
ってしまうものである。したがって長期的な街づくりの視点から、SC 事業者と商店街とが
地盤沈下する前の段階から徐々に交流し、将来のあるべき姿について語る機会を設け、お
互いの信頼関係を築いていくことが非常に重要である。
当然ながらお互いの利害関係がぶつかる場面もあるだろうが、それを恐れて対話をせず
に街が衰退するのを黙って見過ごすようなことはあってはならない。このような厳しい事
業環境の今こそ、鉄道会社の街づくりの原点に立ち返って「大衆の目線で、長期的な視点
で、地域との対話を重視した街づくり」を行なっていくべきであり、まさに「競争」から
「共創」へと舵をきることが求められていると思う。
以上
<参考文献>
・NHK 取材班「その時歴史が動いた 7 起業家・小林一三の挑戦」KTC 中央出版 2001
・北原遼三郎「東急・五島慶太の生涯」現代書館 2008
・倉橋良雄「ザ・ショッピングセンター」東洋経済新報社 1984
・東京都商店街進行組合連合会「商店街 2020 年ビジョン」東京都商店街進行組合連合会
2011
・日本経済新聞社「経営に大義あり 小林一三」日本経済新聞社 2006
・三浦展「吉祥寺スタイル」文芸春秋 2007
・リチャード・フロリダ「クリエイティブ都市論」ダイヤモンド社 2009
<参考ウェブサイト>
・高松丸亀町商店街振興組合ホームページ http://www.kame3.jp/
・たまプラーザテラスホームページ http://www.tamaplaza-terrace.com/
・東京急行電鉄㈱ホームページ http://www.tokyu.co.jp/
・阪急電鉄㈱ホームページ http://rail.hankyu.co.jp/
・㈱マクロミルホームページ http://monitor.macromill.com/
Fly UP