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相模湾におけるイバラヒゲの成熟特性について
神水研研報第 5 号(2000) 1 相模湾におけるイバラヒゲの成熟特性について 北沢 菜穂子 Maturity of roundnose grenadier Coryphaenoides acrolepis in Sagami Bay Naoko KITAZAWA * ABSTRACT Body size frequency,gonadial matuarity, reproductive cycle,and fecundity were described for 260 induviduals of Coryphaenoides acrolepis in 1998 and 1999 in Sagami Bay. Pre anal length (PAL), body weight and gonad weight were mesasured in all individuals, and the gonads of 147 females ( PAL17.0-33.2cm) were examined histologically. Body size of 110 males ranged from 14.0 to 27.0cm PAL with a mean of 20.9cm, and that of 150 females ranged from 17.0 to 34.0cm PAL with a mean of 24.0cm. Size frequency of oocyte diamater was determined in 18 females, and the distribution of oocyte diamater had two modes. Postovulatory follicles were observed from January to May. The youngest maturation in female was estimated to occur at 21cm PAL. Fecundity was determined by counting the number of larger size oocytes in two modes of oocytes for 15 femalse that had the late phase of depositing yolk granules. Relationship between fecundity and PAL of C.acrolepis was given by the following equation : F =1.03xl04xPAL-1.68xl05. Using this equation, the fecundities were estimated 48 thousand at 21cm PAL, and 183 thousand at PAL 34cm, respectivity. 緒 言 深海性ソコダラ類のイバラヒゲは、相模湾以北の太平 洋岸およびカリフォルニア沿岸の水深 300 m以深に分布 している(中坊、1993)1 )。その商業的利用については、 三陸沖において沖合底びき網により漁獲され、 すり身の 原料魚として1㎏当たり 40∼110 円で取り引きされてい る(海洋水産資源開発センター、 1994)2 )。また、神奈川 県水産総合研究所では、相模湾の新たな漁業対象として 同種の資源開発を行っており、 1998 年 11 月には試験的 ながらも漁業者による操業が行われ、1㎏当たり 700 円 で取り引きされるなど、その有望性が期待されている。 本種については、アメリカ西海岸における分布や産卵 生態(Matsui et al. ,1990;Stein and Pearcy ,1982)3 )、 仔稚魚期の形態(Stein,1980)4 ) についての知見がある。 また、本邦においては、東北海域の本種を含む深海性タ ラ目全般について、分布、魚価、胃内容物、成熟体長、 産卵期の推定等が報告されている(橋本 et al.、19825 ); 海洋水産資源開発センター、19942 ) )。しかし、相模湾に おける本種の知見はほとんどなく、その生態や資源量に ついての把握が急務となっている。 そこで本報告では、相模湾において周年に渡って採集 1999.12.27 受理 脚注* 資源環境部 神水研業績 No.47 されたイバラヒゲを用い、卵巣の組織切片を作成して、 同湾における本種の成熟特性を明らかにする。 材料と方法 標本の採集 本研究で使用したイバラヒゲは、 1998 年4月から 1999 年5月までの期間に相模湾の水深 1000∼1500 mにおい て(fig.1 )立縄により採集された 260 個体である。標本 の採集はおおむね月1回のペースで行った。月別の雌雄 別採集個体数は Table.1 に示した。 採集したイバラヒゲは実験室内で、全長( TL)、肛門前 長(PAL)(以下、これを体長と呼ぶ)、体重(BW)、生殖 腺重量(GW)を測定し、目視または生殖腺組織切片の観 察により雌雄を判別した。卵巣については、10%海水ホ ルマリンで固定した。 卵巣組織切片の観察 1998 年4月から 1999 年5月に採集したメス 147 個体 について、卵巣の組織切片を作成し、観察した。卵巣組 織を自動浸透機によってパラフィン包埋後、ミクロトー ムにより厚さ 5μmの連続切片を作成し、自動染色機で ヘマトキシリン、エオジン染色した後、光学顕微鏡で 2 イバラヒゲの成熟特性について 吸水卵(STAGE5) 卵母細胞の卵黄球は全て融合して小板状となり、核 が見えなくなる。 排卵痕あり(STAGE6 ) 卵巣組織中に排卵痕がみられ、明らかに産卵直後と 考えられる。 卵径、卵数の計測 STAGE1∼STAGE4 の各3∼5個体について、卵巣組織を 約 0.4g 採取し、卵径 0.2mm以上の卵母細胞について卵 径を計測した。さらに、STAGE4 の 15 個体から約 0.4g の 卵巣組織を採取し、そのなかから 1.3mm以上の大型の 卵母細胞を計数し、卵巣全体の大型の卵母細胞数に重量 換算し、それを孕卵数とした。 結 果 漁獲したイバラヒゲの雌雄別体長組成を Fig.2 に示し た。オスは 110 個体、メスは 150 個体であった。雄の値 は 14.0 ∼27.0cm の範囲にあり、モードは 20cm 、平均は 20.9cm であった。雌の値は 17.0 ∼34.0cm の範囲にあり、 モードは 24cm 、平均は 24.0cm であった。22cm 未満では 雄の方が多かったが 22cm 以上からは雌の方が多く、 27cm 以上では雌のみがみられた。 Fig.1 Fishing area where 260 C.acrolepis were collected in Sagami bay. 観察した。卵巣の成熟状態の区分は、Hunter and Macewicz (1985)6 )により、以下の STAGE1∼6 に分類した。ただし、 卵黄蓄積期後期のうち、卵母細胞の周辺部から核近くま で大きな卵黄球がみられるものを卵黄蓄積期末期として 区別した。 卵黄蓄積期以前( STAGE1) 卵巣中に卵黄を蓄積した卵母細胞および排卵痕が みられない。 卵黄蓄積期前期( STAGE2) 卵母細胞の細胞質縁辺部付近に顆粒状の卵黄がみ られる。 卵黄蓄積期後期( STAGE3) 卵母細胞の細胞質縁辺部に大きな卵黄球がみられ る。 核周辺の卵黄は比較的小さい状態である。 卵黄蓄積期末期( STAGE4) 卵母細胞全体に大きな卵黄球がみられる 。 Table 1 Monthly number of C.acrolepis examined Fig.2 Saiz-frequency distribution of C.acrolepis PAL 雌雄別の GSI{(GW /BW)x100}の経月変化を Fig.3、各 月の採集個体数を Table1 に示した。GSI の平均値は雄は 5∼8月に 1.2 以下、雌は5∼9月に 5.0 以下の低い値 を示した。また、雌雄ともに GSI が比較的高い 11∼4月 では、GSI の個体間のばらつきが大きくなる傾向がみら れた。 卵巣組織切片の観察を行ったところ、卵母細胞の発達 状態・卵母細胞の密度は卵巣の各部分で同様であった。 そこで、観察には卵巣の下端より約 1/4 の部分の縁辺部 を用いた。各 STAGE の個体の月別出現割合を Fig.4 に示 した。STAGE1 の個体はほぼ周年みられた。STAGE4 の個体 は 1998 年4、5月、1998 年 11 月∼1999 年2月、4月に 出現した。また、STAGE6 の個体は 1998 年4、5月、1999 イバラヒゲの成熟特性について 年1∼4月に出現した。STAGE5 の個体はみられなかった。 STAGE6 の個体の中で最小のものの体長は 21.6cm だった。 Fig.3 Fig.4 3 い正の相関が認められ、成長に伴い孕卵数が増加するこ とが明らかになった(p<0.01) 。この回帰式により体長 毎の孕卵数を推定すると、21cm で約 48000 個、34cm で約 183000 個となった。 Mean GSI in relation to month of collection for male and female C.acrolepis from mid-Sagami bay in 1998 and 1999. Fig.5 Changes in GSI in C.acrolepis females at various ovarian maturity stage. Fig.6 Relationship between PAL and GSI in C.acrolepis females. Monthly change of proprotional frequencies of the varrious ovarian matuarity stage. 各 STAGE 毎の GSI の平均及び標準偏差を Fig.5 に示し た。その平均値は STAGE1∼3 にかけて緩やかに上昇した。 しかし、STAGE4 で急激に上昇し、平均は 9.44 ±2.32 で あった。 雌の体長と GSI の関係を Fig.6 に示した。体長 21cm 以上から GSI が7以上と高い個体がみられた。 各 STAGE 毎の卵径組成の頻度分布を Fig.7 に示した。 その組成は STAGE2∼STAGE4 の各個体とも、 0.4mm以下 の小さな卵群と、それ以上の大きな卵群の二峰型を示し た。後者の卵径範囲は STAGE2 で 0.4∼0.7 mm、STAGE3 で 0.6 ∼1.2mm、STAGE4 で 1.3∼1.7mmだった。 STAGE4の個体において体長と1個体当たりの大型卵 の数の関係を Fig.8 に示した。卵径組成が連続的ではな く二峰型であるため、以下、1個体当たりの大型卵の数 を孕卵数とする。孕卵数は約4万∼ 16 万個であり、体長 と孕卵数の関係は、以下の回帰式で示された。 F=(1.03x104 )xPAL-1.68x105 (F:孕卵数,r2 =0.8732)-① この回帰式から、イバラヒゲの体長と孕卵数の間には高 考 察 本調査で漁獲したイバラヒゲは雄に比べて雌の方が大 きく、体長 27cm 以上の個体は全て雌であった。本種では、 耳石輪紋数が同じである場合雌の方が雄より体長が大き いという知見(Matsui.et.al.1990)1 ) があることから、 この現象は雌の方が高齢魚が多いというよりは、雌は雄 に比べて成長が早いためであると考えられる。 雌の GSI 及び排卵痕を持つ最小個体から、雌の生物学 的最小形は約 21cm と考えられた。従って、本調査での漁 獲物のうち、雌については約 80%が産卵に参加する可能 性がある個体であると推測される。また、雄につい 4 イバラヒゲの成熟特性について Fig.7 Frequency distribution of oocyte diameter from each of 5 or 3 females. (N1 =Number of individuals examined ; N2 = Number of enumerated oocytes.) Fig.8 Relationship between PAL and fecundity ては体長約 18cm 以上の個体で漁獲時に放精しているも のが観察されており、雌よりも成熟体長は小さいと考え られた。そのため、雄についても漁獲物の大部分が再生 産に寄与している可能性のある個体であると考えられる。 本調査では漁具として立縄を用いた。漁獲したイバラ ヒゲの体長範囲は 14.0 ∼34.0cm であり、漁獲物の大半が 再生産に寄与する可能性がある大型魚であった。しかし 三陸沖でオッタートロール(通常網 96mm目合、一部の 調査点においてコッドエンドの内側に 38mm目合の内 張使用)を用いて行われた調査に於いては、体長範囲は 6∼38cm であり、漁獲物の過半数が体長 15cm を下回る 小型個体であった(海洋水産資源開発センター、1994)2 )。 三陸沖に於いては底引網によりソコダラ類の漁獲が行わ れているが、未成魚の混獲を避ける観点では、相模湾に おける漁業者によるイバラヒゲの漁獲方法は立縄が好適 であると考えられた。 成熟が季節の進行とともに進行することと共 に、排卵 痕を持つ個体(STAGE6)が、漁獲されたことから、イバ ラヒゲは相模湾でも産卵を行っていることが示唆された。 排卵痕の出現時期から、相模湾における本種の産卵期は 1∼5月であると考えられ、青森県∼茨城県沖における 過去の知見とほぼ一致した(橋本 et.al.1982)5 )。一方、 カリフォルニア沖においては、春から初夏にかけて産卵 後の個体が多く漁獲され( Matsui,et.al.1990)3 )、オレ ゴン沖に於いては、4月と9、10 月に成熟卵を持つ個体、 10 月 に 産 卵 後 の 個 体 が 漁 獲 さ れ て い る ( Stein and Pearcy 1982) 4 )。このことより、太平洋東岸沖海域と日 本周辺海域では産卵期が異なると考えられた。 今回、イバラヒゲの孕卵数は約 48000(21cm PAL)∼ 183000 個(34cm PAL)と推定された。しかし、Stein and Pearcy(1982)4 ) はオレゴン沖のイバラヒゲの孕卵数は 22657∼118612 であると報告している。Stein and Pearcy (1982)4 ) は直径 0.81 mm以上の卵を持つ個体について 孕卵数の算定を行っているが、供試魚の体長は 534∼842 mm(TL)、橋本 et.al.(1982)5 ) の換算式により肛門前 長に換算すると 17.0 ∼28.4cm であった。本研究の結果で は体長 17cm といった小型魚は未成熟個体とされ、生物学 的最小形に差があるため小型魚では厳密に比較できない が、本研究の式①により、例えば体長 28cm (PAL )の個 体の孕卵数を推定すると今回の結果では約 12 万となり、 Stein and Pearcy 4 )の結果とほぼ一致する。従って、あ る程度以上の体長であれば、体長当たりの孕卵数はオレ ゴン沖と相模湾でほぼ一致すると考えられた。 本研究においては、雄 の成熟に関する知見が少なく、 今後、精巣の成熟状態の観察や、雄の生物学的最小形の 推定が必要である。さらに、漁業者による相模湾におい てのイバラヒゲの操業も行われつつあるので、適切な資 源管理方策を構築するため、年齢と成長の関係等につい て早急に解明する必要がある。 イバラヒゲの成熟特性について 謝 辞 本研究を行うにあたり、様々なご指導をいただきまし た三谷勇博士を始め当研究所資源環境部の方々に深謝申 し上げます。また、卵巣組織切片の作成にあたってご指 導、ご協力いただいた中央水産研究所生物生態研究室の 皆様、英文を御校閲いただいた同研究室の木村 量博士、 サンプルの採集に協力していただいた神奈川県水産総合 研究所調査船「江の島丸」の乗組員の方々に心から御礼 申し上げます。 引 用 文献 1) 中 坊 徹 次 (1993): 日 本 産 魚 類 検 索 全 種 の 同 定 362. 2)海洋水産資源センター( 1994):平成4年度沖合漁場 等再開発基礎調査[三陸沖大陸棚斜面海域]報告書 5 3)Matsui T., S.Kato,S.E.Smith (1990):Biology and Potential Use of Pacific Grenadier,Coryphaenoides acrolepis off California, Marine Fisheries Review, 52(3), 1-17 4 ) Stein D.L., W.G.Pearcy (1982):Aspect of reproduction,early life history, and biology of macrourid fishes off Oregon, U.S.A., Deep-Sea Research, 29, 1313-1329 5)橋本良平・渡辺光男・小谷地栄( 1982):東北海区の 深海性タラ目魚類の生態について、東北水産研究所研 究報告,44、1-24 6)Hunter J.R., B.J.Macewicz (1985):Measurement of spawning frequency in multiple spawning fishes., NOAA Technical Report NMFS 36, 79-94.