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学術文献から見たインダストリー4.0 と要素技術

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学術文献から見たインダストリー4.0 と要素技術
VN Technology Trend Watch No.302(2015.8.19)
-学術文献から見たインダストリー4.0 と要素技術-
リファレンス情報を活用した詳細化
VALUENEX 株式会社
〒116-0002 東京都文京区小日向 4-5-16
ツインヒルズ茗荷谷
TEL:03-6902-9834
*弊社では XLUS(カイラス)の ASP サービスならびに技術調査業務を行っております。ご関心のある方は上記連絡
先までご連絡ください。
*本レポートに記載した内容および図表の全ての著作権は VALUENEX 株式会社が保有します。無断転載は禁止い
たします。
1.はじめに
製造業に対しインパクトを持つインダストリー4.0
インターネットやクラウド環境、高速無線通信技術
であるが、そこにはどのような要素技術が関連してい
などといった ICT 技術の発達と普及は、我々の生活ス
るのであろうか。またそれに関連する産業はどのよう
タイルを大きく変えてきた。どこにいてもインターネ
なものがあるのであろうか。ここではインダストリー
ットを経由して情報を参照したり会社の情報にアクセ
4.0 を構成する要素技術について、学術文献情報をリ
スしたり、さらにはエアコンや照明といった器具の遠
ソースとして分析を試みた。
隔操作も可能になっている。またバイタル情報を自動
インダストリー4.0 は 2011 年頃から使われ始めた
的に記録し、解析することで健康管理も出来るように
言葉であり歴史が浅いため、インダストリー4.0 を含
なった。今後はさらにビッグデータの活用や IoT によ
む論文のみを見ても全体像の把握は難しい。そこで、
り、Predictive Analytics が様々な分野に応用される時
ここではタイトル、要約あるいはキーワード中に
代が到来するのであろう。
「Industry4.0」または「Industrie4.0」を含む論文(ソ
ICTによる技術革新の影響は個人の生活レベルにと
ース論文)を軸とし、その論文が引用している論文(子
どまらず、ビジネスの世界にも及んでいる。そのひと
引用論文)
、さらには引用論文が引用している論文(孫
つがドイツを中心に進められている、インターネット
引用論文)の、都合 3 階層の文献情報を収集した。デ
を活用した製造業の高度化を目指したインダストリー
ータの収集にはエルゼビア出版が運営する Scopus を
4.0(Industrie4.0)である。
用いた。
なお、
データ取得の都合上、
参考文献は Scopus
インダストリー4.0 が目指すものは生産システムの
に収録されているデータに限定した。インダストリー
高度化であるが、
これは単一企業内の話ではなく、
「外」
4.0 の概念は新しく、該当する論文数は約 5,800 件で
との連携を視野に入れたものであり、また製造の高度
あった。
な管理をコンピュータが支援するものである。これら
の意味するところは「標準化」であり、人への依存度
2.インダストリー4.0 研究に関するマクロ動向
の低下である。なお、これは製造現場から人が排除さ
インダストリー4.0に関連する研究数の推移をFig.1
れるという意味ではない。SAP によれば、働く人はよ
に示す。
Fig.1ではソース論文と子引用論文数は左軸、
り専門性/付加価値の高い仕事に従事でき、さまざまな
孫引用論文は右軸のスケールで示されている。
上述のようにインダストリー4.0 という言葉は 2011
分野の知識/スキルを習得できるとしている。
©2015 VALUENEX Japan Inc.
1
VN Technology Trend Watch No.302(2015.8.19)
年頃から使われ始めている。学術文献で見るとソース
ソース論文数は提案国であるドイツが圧倒的に多く、
論文は2012年から出現し、
急速に立ち上がっている。
これについで米国、オーストリアなどとなる。子引用
一方で、子引用論文の立ち上がりは 1995 年頃から、
論文数についてみると、米国がドイツを上回り、最も
孫引用論文の立ち上がりは 1990 年頃からとなってお
多くなっている。これに次いでイギリスや中国、イタ
り、かなり広めに見た場合でもインダストリー4.0 に
リアなどが上位を占めている。なお、図には示してい
関連する研究は 1990 年以降のものが主体となってい
ないが、孫引用論文数で見た場合には米国が圧倒的に
ることがわかる。
多く、次いでイギリス、ドイツ、カナダの順になる。
40
当該分野に関しては、日本は子引用論文数で 15 位、
500
ソース
子引用
孫引用
孫引用数で 10 位となっており、こと研究に関しては
欧米諸国に対して出遅れている。
400
30
300
20
200
10
100
論文数(孫引用)
論文数(ソース、子引用)
50
3.関連論文のクラスター解析
インダストリー4.0 に関連する研究がどのような広
がりを見せているか、また国別での注力領域に違いが
あるかを明らかにするため、収集した学術文献情報の
クラスター解析を行った。クラスター解析では解析対
0
0
1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015
象とする文書情報の特徴量をtf/idf 法を用いて評価し、
発表年次
文書相互の類似度に基づき可視化している。類似度評
Fig. 1 インダストリー4.0 関連論文数の推移
価には収集した論文情報のタイトルおよび要約を用い
(図中の実線はアイキャッチ)
た。解析結果を Fig. 3 に示す。図中にはおおよその領
域を識別するためのアイキャッチを青の破線で示して
インダストリー4.0 関連研究における主要な研究機
いる。
関所属国別の論文数(ソース論文および子引用論文)
産業におけるリレーション
を Fig.2 に示した。
ネットワーク
論文数
0
50
100
150
Germany
United States
United Kingdom
China
Italy
ウェブやモバイル
サービス
Canada
製造プロセス
France
Netherlands
Fig. 3 関連論文のクラスター解析結果
Switzerland
Austria
Hungary
クラスター解析結果では、大別して製造プロセスに
Sweden
Portugal
South Korea
関連した研究領域、ネットワーク・コミュニケーショ
ソース論文
子引用論文
ンに関連した研究領域、ウェブやモバイルサービスお
よびそれに関連した研究領域、およびサプライチェー
Japan
ンなど、産業におけるリレーションに関連した研究領
Fig. 2 インダストリー4.0 関連研究の主要国
域に大別される。
©2015 VALUENEX Japan Inc.
2
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クラスター解析結果をより詳細に見ると、クラスタ
するかを明らかにしたのが Fig. 5 である。なお、Fig.5
ーが集積した密集領域が複数形成されている。主要な
は単位面積あたりの論文数を色の変化で示したカラー
密集領域のアサイン結果を Fig. 4 に示す。
コンター図として示している。
赤が論文密度の高い
(研
究が集中している)領域、青が希薄な領域となる。
製品ライフサイクルデザイン
サイバーフィジカル
システムズ
CPS
サプライチェーン
マネジメント
社会持続性
無線センサネット
(a)
リスク分析
生産効率
産業革命
故障診断
ソーシャル
ネットワーク
アッセンブリ
デザイン
配車問題
IoT
スマート工場
RFID
ジョブスケ
ジューリング
製造のスケ
ジューリング
コンテキスト
アウェア
ウェブサービ
スモデル
仮想企業
(b)
ホロニック生産
CPS
マルチエージェント
Fig. 4 主要な密集領域のアサイン結果
製造プロセス領域ではジョブや製造のスケジューリ
IoT
ングやホロニック生産、マルチエージェントの利用な
エージェントシステム
どが研究領域として見られる。またウェブやモバイル
サービスとの境界領域には仮想企業に関する領域が形
成されている。
ウェブやモバイルサービスに関連する領域では、ウ
サプライチェーン
(c)
WSN
配車問題
ェブサービスモデルのほか、コンテキストアウェアに
関連する研究が多く登場している。
ネットワーク領域ではワイヤレスネットワークに関
する研究や RFID タグ、IoT などがハードウェアに関
連する研究領域として見られる。また移動体通信等ソ
ーシャルネットワークと関連するワイヤレスネットワ
コンテキスト
アウェア
ホロニック生産
ークも見られる。産業におけるリレーションでは、製
品のライフサイクルデザインやサプライチェーンマネ
Fig. 5 文献種別による研究領域の違い。(a)ソース論文、
ジメント、あるいは生産効率に関連する研究が見られ
(b)子引用論文および(c)孫引用論文
る。そのほか、故障診断やアッセンブリデザイン、や
や離れるが配車問題なども関連する研究領域として現
ソース論文を見ると、比較的論文集中が見られるのは
れている。
中央付近の「産業革命」というキーワードで代表され
本報でのクラスター解析は、ソース論文、子引用論
る領域、およびスマート工場とサイバーフィジカルシ
文および孫引用論文を含んでいる。そこで、それぞれ
ステムズ(CPS)である。産業革命というキーワード
の論文がクラスター解析結果でどのような位置に出現
を含む領域はインダストリー4.0 の概念を記載した論
©2015 VALUENEX Japan Inc.
3
VN Technology Trend Watch No.302(2015.8.19)
文が多くなっている。スマート工場はインダストリー
これらはインダストリー4.0 に限らず利用可能な技術
4.0 の生産面での中心的な取り組みであると考えられ
である。また SCM やマルチエージェントの製造業へ
る。また CPS はインダストリー4.0 の制御において中
の応用にも論文が広く見られる。
心的な役割を果たすものであり、仮想空間と実空間を
(3)英国
英国の場合、仮想企業や SCM、スケジューリング、
結びつけ制御を行うための仕組みである。
これらのソース論文に引用されている論文(子引用
マルチエージェントなどの研究が多くなっている。セ
論文)について見ると、とくに研究集中が見られる領
ンサーネットワークやコンテキストアウェアの領域に
域として CPS、IoT および製造に係るエージェントシ
は少ない。
ステムがある。IoT はモノがインターネットを介して
(4)カナダ
つながることであり、インダストリー4.0 でもしばし
カナダに関しては特に製造制御と配車問題に研究の
ば取り上げられるコンセプトである。エージェントシ
集中が見られる。
ステムに関しては、製造プラン形成やネゴシエーショ
(5)イタリア
ン、アッセンブリセルコントロールなどへのマルチエ
ージェントの応用に関する研究である。
WSN や製造サポートツールなどに加え、配車問題
など、広く研究がなされている。
インダストリー4.0 に関するソース論文、およびそ
以上のように、主要国間でも研究領域に違いが見ら
れに引用されている子引用論文に比較して、孫引用論
れる。とくに関連論文数の多い提案国であるドイツと
文の広がりは大きい。とくに研究集中が見られる領域
米国では主要な研究領域に違いがあり、相補的な関係
としては、ワイヤレスセンサーネットワーク(WSN)
、
にあると言える。
サプライチェーンマネジメント、コンテキストアウェ
アおよびマルチエージェントなどであるが、そのほか
にも仮想企業や RFID、あるいは配車問題など、広範
サポートベクター
マシン
ドイツ
CPS
SCM
米国
SCM
WSN
に広がっている。
CPS
RFID
Cnt Aware
オートメーション
4.国別の注力領域
Cnt Aware
インダストリー4.0 はドイツが中心に推進している
が、主要国はどの要素技術に注力しているのであろう
英国
マルチエージェント
カナダ
SCM
か。Fig.6 に論文全体での上位 5 カ国の国別研究領域
配車問題
スケジュール
をカラーコンター図で示した。
(1)ドイツ
ドイツの主要な研究領域はクラスター解析結果の中
央に近い領域に多い。とくに産業のオートメーション
に関連する研究と CPS に関する研究に集中が見られ
る。またサプライチェーンマネジメント(SCM)にも
集中が見られる。逆に WSN 研究領域には集中が見ら
仮想企業
製造制御
マルチエージェント
全体
イタリア
WSN
配車問題
れない。また特徴的であるのはサポートベクターマシ
ンに関する研究が多い点である。
製造サポートツール
(2)米国
米国はとくに孫引用論文数が突出して多い。研究領
域は全体に広がっているが、その中でもワイヤレスセ
Fig.6 主要国の研究領域
ンサーネットワークやCPS、
RFIDなどに研究が多い。
©2015 VALUENEX Japan Inc.
4
VN Technology Trend Watch No.302(2015.8.19)
5.被引用論文に見る関連研究のトレンド
この引用論文の研究領域変化は、インダストリー4.0
インダストリー4.0 に関する記述を持つ論文は2012
年から登場し、かつ論文数も多くない。そのため、単
が、より具体的かつ詳細化していることを示している
ものと考えられる。
独でのトレンドを捕らえることは難しい。
そこで 2013
年から 2015 年の3年間で引用される論文がどのよう
に変化しているかで研究者の関心の変化を捉えること
を試みた。結果を Fig.7 に示す。
6.民間企業の参入状況
インダストリー4.0 に関連する研究に対する民間企
業の参入状況はどのようになっているのであろうか。
学術文献の著者情報をもとに、民間企業の取り組み状
2013
況を可視化した結果を Fig.8 に示す。なお、Fig.8 では
2014
民間企業が著者所属機関に含まれる論文を持つクラス
SCM
配車問題
ターの外周を赤でマークしている。
民間企業を著者所属機関に含む
WSN
IEC規格
エージェント制御
WSN
RFID
ビジネスモデル
2015
WSN
仮想企業
クラウド
スケジュール
Cnt Aware
ホロニック製造
ホロニック製造
オートメー
ションソフト
Fig. 7 引用論文に見る研究者関心領域の変化
IEC
Fig. 8 民間企業の参入状況
引用論文の推移を見ると、
2013 年時点で発表された
クラスター解析結果から見る限り、民間企業の取り
ソース論文で引用(子引用および孫引用)されている
組みは全体に広がっていることが分かる。領域別に見
のは、主に配車問題が多く、次いでワイヤレスセンサ
ると、製造プロセスにおいては IEC 規格やオートメー
ーネットワークとなる(そのほかにもあるが論文数が
ション、およびホロニック生産に関する研究が多い一
多くない)
。2014 年になると、サプライチェーンマネ
方で、エージェント制御に関しては少ない。ウェブ・
ジメントとエージェント制御、および IEC 規格に関連
モバイルサービス領域に関してはクラウドは多いが、
する研究が活性化している。IEC 規格とは電気・電子
コンテキストアウェアに関しては一部の領域に限られ
分野の国際標準規格であり、たとえば分散システムに
ている。ネットワークに関しては、RFID とセンサー
対する IEC 規格に関する研究などが見られる。
ネットワークの一部に集中が見られるが、CPS に関し
2015 年になると、さらに引用論文の領域は変化し、
ては少ない。産業におけるリレーションに関連する領
主にクラスター解析の左側の領域が活性になってきて
域については、ビジネスモデルに関する研究は見られ
いる。特に多いのがワイヤレスセンサーネットワーク
るが、サプライチェーンマネジメントや生産効率など
等のネットワーク技術、コンテキストアウェアなどの
の領域には研究が少ない。
ソフト技術、そして仮想企業である。これに加え、製
民間企業の取り組みが全て学術文献として表に現れ
造プロセスではスケジューリングやホロニック生産が
るわけではないため、学術文献による結果のみを見て
増加している。
判断することは危険を伴うが、インダストリー4.0 に
©2015 VALUENEX Japan Inc.
5
VN Technology Trend Watch No.302(2015.8.19)
必要と考えられる技術のうち、いくつかはまだ民間企
業の研究が十分でない領域があると考えられる。これ
らの領域はインダストリー4.0 をビジネスチャンスと
して見る場合、一つの参入の切り口になるのではない
だろうか。
7.おわりに
インダストリー4.0 に関連する研究動向について、
学術文献情報を用いたクラスター解析により研究開発
動向の分析を試みた。
インダストリー4.0 ではスケジューリングや診断を
含む、マルチエージェントなどを使った高度な製造プ
ロセス管理、全体を統合するためのサイバーフィジカ
ルシステムズと情報収集のためのセンサーネットワー
クや RFID、さらには情報を処理するためのコンテキ
ストアウェアなどがあり、これを処理するためのクラ
ウド環境が関連している。さらには仮想的な取引を行
うための仮想企業やサプライチェーンマネジメントな
ど、様々な要素が関係してくる。なお、本報では取り
上げなかったが、セキュリティも重要な要素である。
セキュリティに関してはクラスター解析上ではネット
ワークとウェブ・モバイルサービスの領域に広く分布
していることを申し添える。
インダストリー4.0 の目指す姿は一つの企業にとど
まらない全体の最適化であるが、そのゴールにたどり
着かなくとも、今後の製造業を変えうる技術が生み出
される可能性がある。すでに日本企業が実現している
製造プロセスの最適化や、今後さらに進展するであろ
うマスカスタマイゼーションやホロニック生産などに
寄与する技術が生じる可能性は高い。今後もインダス
トリー4.0 に関する動向は注目すべきものであり、日
本企業としても取り組みを促進する必要がある。
(著者紹介)
本多克也:ソリューション事業本部長、博士(工学)
新技術事業団研究員、
三菱総合研究所主任研究員を経て 2008
年より現職。専門領域:ナノテクノロジー・材料等の先端科
学技術調査分析および海外の科学技術調査分析。
©2015 VALUENEX Japan Inc.
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