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リスクマネジメントの視点から14/医療訴訟と薬剤師のリスクマネジメント

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リスクマネジメントの視点から14/医療訴訟と薬剤師のリスクマネジメント
リスクマネジメントの視点から
医療訴訟と薬剤師の
リスクマネジメント
∼ 弁護士 中村 隆先生 に聞く∼
医療訴訟が増加している今日、医師だけでなく看護師をはじめとするコ・メディカルの責任が問
われるケースが増えています。今回は、法的な視点からみたリスクマネジメントおよび病院薬剤
師に求められる義務や役割、心得などについて大阪弁護士会の中村隆先生にうかがいました。
中村先生は、大阪府医師会をはじめ公立・私立病院の顧問を務められるほか、医療側の弁護士とし
て数多くの医療訴訟に携わっておられます。
Ⅰ
医療事故の現状と
医療法の精神
医療従事者の職業倫理
医療事故にはどのような原因が多いのでしょ
うか?
医療事故裁判は増加している
中村 医療事故のうち医療従事者の過失による医
特
集
はじめに医療事故の現状についてご説明くだ
療過誤の原因として多いのが、注意力欠如などの
さい。
うっかりミス、患者・家族との信頼関係の欠如、イン
中村 リスクマネジメントへの取り組みが行われて
フォームド・コンセントの欠如、医学知識・技術の未
いる病院は増えていますが、医療事故は減らない
熟などです。これらは医療従事者の職業倫理に対
ばかりか増えています。日本医療機能評価機構が
する自覚の欠如が背景にあるといえるでしょう。医
今年3月に発表した2005年(1∼12月)の医療
療法の第1条には、表2の通り“良質かつ適切な医
事故報告によると、死亡または後遺障害を残すな
療を提供し、適切な説明を行い患者の理解を得る
どの重大な医療事故は、全国の主な272大病院で
ように努める”と、明記されています。これが医療
合計1,114件発生しています。1病院当たり年間
の基本理念であり、
リスクマネジメントに取り組む
で平均4件起きている
際にも、根底においてもらいたいと思います。
ことになります。
医療法の第1条は医療に関する憲法のような
医療事故裁判も増加
ものでしょうか?
しています。最高裁 の
中村 そうで すね 。医 師 法や 薬 事 法 、薬 剤 師 法 、
統 計によると、全 国 の
保助看法(保健師助産師看護師法)などは皆さん
裁判所に新たに提訴さ
よくご存知ですが、医療法の第1条は知らない方が
れた医療訴訟
表1 医療事故裁判の現状
件数は平成7
新件数
年 1 年 間 で
488件だった
のが、平成16
年には1,107
中村・平井・田邉法律事務所 件と なって い
弁護士 中村 隆 先生(大阪弁護士会) ます(表1)。
終了件数 和解件数 判決件数 医側判決勝訴率
平成7年
488
426
198
172
61%
10年
632
582
285
232
56%
14年
909
870
381
386
61%
15年
998
1036
508
406
56%
16年
1107
1004
463
405
60%
最高裁統計より
3
表2
【医療法第1条の2(医療提供の理念)】より抜粋
医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、
薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者
危険性を予見できた場合でも、これを回避する
義務を尽くしたにもかかわらず結果として不幸な
との信頼関係に基づき、良質かつ適切なものでなければな
転帰が発現しても過失責任は問われません。
らない。
医療従事者による過失が認められるとき、病院
【医療法第1条の4(医師らの責務)】より抜粋
医師・薬剤師・看護師ら医療の担い手は、第1条の2の
理念に基づき、良質かつ適切な医療の提供を行うように努
め、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を
受ける者の理解を得るように努めなければならない。
中村 隆先生作成
側から賠償分を要求されることはありますか?
中村 例えば、調剤ミスにより健康被害が発生して
患者さんに病院が賠償したケースで、ミスが重大
な場合には、ミスをした薬剤師さんが患者さんから
裁判を起こされていなくても、病院はミスをした本
人に求償権を行使する、つまり、病院が支払った金
ほとんどです。薬剤師の皆さんもぜひ、もう一度読
額の何割かを求めることもありますので注意して
んでいただくことをおすすめします。
ください。
医療事故対策や院内感染対策が問われている今
日、医療法第1条に掲げられている「医療従事者と
しての職業倫理」の重要性が高まっていると思い
薬剤に関する過失責任は、
能書*が基準になる
ます。例えば、医療過誤による行政処分は、これま
薬剤に関する過失責任を判断する基準は何で
で刑事事件で有罪判決を受けた場合にのみ行われ
しょうか?
ていましたが、刑事処罰を受けなくても職業倫理に
中村 医薬品や医療機器の能書*が、医療水準の物
著しく反する行為をした医師、看護師、薬剤師に対
差しとして重視されます。表3の平成8年の最高裁
しても、業務停止などの行政処分がなされるように
の判例では「能書に従わずに医療行為を行って医
なっています。
療事故が発生した場合には、能書に従わなかったこ
とにつき特段の合理的理由がない限り、医師の過
失が推定される」と示されています。
Ⅱ
医療訴訟と過失責任
医薬品の能書*には、製薬会社が治験で得られた
特
集
情報をもとに、適応・用法・用量・効能から副作用ま
過失責任とは、
行為責任であり結果責任ではない
るた め の 基 準にな
医療裁判でよく問われる過失責任についてご
るものですから、用
説明ください。
法・用量などについ
中村 医療裁判では、医療行為や投与した薬剤に
て能書*通り投薬す
よって思わぬ不幸な転帰になった結果から責任を
れば医師、薬剤師、
用して腰椎麻酔をした。術中5分毎に
問われるのではありません。医療行為そのものが
看 護 師には過 失 が
血圧測定したが、麻酔ショックによる低
医療水準に適った注意義務を尽くして行われたか
な い も のと推 定 さ
否かによって、過失責任の有無が判断されます。つ
れます。
2分間隔で血圧測定と注意書きされて
まり、過失責任とは、行為責任であり結果責任では
ま た「 医 療 慣 行
いる。鑑定人は、一般開業医レベルで
ないのです。
に 従った 医 療 行 為
は5分間間隔で測定されることが多く5
患者さんが病院で診療を受けることは、法律上
を行ったからといっ
では患者さんと病院との診療契約になりますが、そ
て 直 ちに医 療 水 準
の診療契約による病院の債務は、最善の注意義務
に 従った 注 意 義 務
を尽くして医療水準に適った医療を提供すること
を尽くしたことにな
で記載されています。安全を確保し適正使用を図
表3
平成8年1月23日最高裁の判例より抜粋
事案■ 昭和49年、化膿性壊疽性虫垂炎で緊
急手術時に麻酔剤のペルカミンSを使
酸素脳症を併発。
ペルカミンS能書には、注入後15分間は
分間間隔測定の結果、低酸素脳症の
発見が遅れても医療慣行から責任がな
い、
と意見した。
判断■ ● 医療慣行に従った医療行為を行った
からといって直ちに医療水準に従っ
た注意義務を尽くしたことにならない。
であり、病気を治すという請負契約によるものでは
らない」とも示され
ありません。問診や観察・検査など患者さんの情報
ている通り、慣行に
の収集を適切に行って、予見義務を尽くしたが、結
よる医 療 行 為 は医
つき特段の合理的理由がない限り、
果として起きた副作用や合併症などの危険性を予
療 水 準と合 致し な
医師の過失が推定される。
見できなかった場合には、過失責任は問われません。
け れ ば 認 められ ま
●
能書に従わずに医療事故が発生した
場合には、能書に従わなかったことに
中村 隆先生作成
*現在、添付文書という
4
せん。医療現場では医師が医療慣行で処方してい
間を要する場合は、情報開示をしながら経過を中
る例もあると思いますが、薬剤師さんは医療水準
間報告していくことで患者さん側の理解を得るよ
*
である能書 と照合して処方せんに疑問がないか
うに努めることが大事です。
をチェックしていただきたいと思います。
過失の有無によって
患者さん側への対応方法は異なる
特
集
民事訴訟では、
過失がないことを証明する必要がある
医療裁判には民事訴訟と刑事訴訟がありますが、
医療事故が起きた場合の対応方法を教えてく
その違いを教えてください。
ださい。
中村 まず民事訴訟で問われる過失責任の理論構
中村 医療事故といっても、明らかな医療事故のほ
成には2通りあります。一つは、診療契約による病
か、患者さんの目線からみて予想していない事態
院の「債務不履行責任」で、最善の注意義務を尽く
が発生したときに、事故後の対応や説明が不十分で、
して医療水準に適った医療を提供するという病院
患者さん側の理解が得られない場合に医療訴訟を
の債務を履行したかが問われます。当事者は病院
起こされるケースが多くみられます。患者さんやご
開設者と患者さん側になります。もう一つは、不法
家族への対応方法は、①過失が明らかな場合、②明
行為に基づく責任です。医師、薬剤師、看護師等の
らかに過失がない場合、③過失の有無を判定する
医療従事者が最善の注意義務を尽くして医療水準
のに検討を要する場合、
とでそれぞれ異なります。
に適った医療を行ったか否か、医療従事者個人の
① の ように、例 えば薬 剤 の 投 与 量 を 間 違 えた
不法行為による「過失責任」と病院の「使用者責任」
など過失が明らかな場合は、速やかに事実とミスの
が問われます。
内容を説明して謝罪することです。この場合、ただ
民事訴訟では患者さん側は“通常、医師・看護師・
謝るだけでは患者さん側は納得しません。事実を
薬剤師の当該過失がなければこのような結果は発
隠さずになぜミスをしたかも説明することが大事
生しないだろう”とある程度の証明をすれば足りま
です。
すが、病院側は“過失がない”ことを客観的に証明
②は逆にミスがないことがはっきりしている場合
できなければ敗訴となります。
です。薬剤でいえば不可抗力の副作用が発現した
過 失 責 任が明らか な 場 合は裁 判になることは
ケースがあります。この場合も早期に事実を説明し、
少なく、多くの場合、示談により解決します。示談の
現在の医学では予測や回避ができず不可抗力であ
場合、謝罪と金銭的に誠意を尽くすとともに、最近
ることを明示することです。事実経過説明のため
では再発防止のための努力を示すケースが増えて
に積極的にカルテを開示したり、不可抗力の説明
います。
のために文献を示して理解を得るように努めるこ
刑事責任が問われるケースとは、ミスの重大性
とが望まれます。
つまり職業倫理に著しく違反したこと、死亡や後遺
③は過失の有無が不明確な場合です。事故発生
障害が発生するなど結果が重大であること、患者
直後は客観的な事実を説明するにとどめ、原因や
さんやご遺族が処罰を求めていること、などの場合
責任の有無については十分に検討する時間を要す
です。刑事訴訟では、検察官は過失があることにつ
ることを理解してもらうように努めます。病院側が
いて厳格な証明をしなければなりません。冤罪防
真摯に検討する姿勢を伝えることが大事です。事
止のためのハードルは高くなっています。
故発生直後に結果だけをみて、患者さんやご家族
に対する気持ちから「申し訳ありませんでした。私
が至りませんでした」とミスを認めたと誤解される
ような不用意な発言をすることは慎まなければな
薬剤師の義務と役割
検討した結果、過失責任がないことが判明しても「ミ
薬剤師法第24条で、
疑義照会が義務づけられている
スを認めていたではないか」と、患者さん側の不信
薬剤師さんが事故防止のために果たすべき役
をつのらせることになります。
割をご説明ください。
原因論および責任論の検討に、数週間以上の時
中村 最も重要な役割は、薬剤に関するチェック機
りません。最初に謝ることで誤解を与えてしまい、
5
Ⅲ
表5 能を尽くすことだと思います。薬剤師法第24条
(表4)に示された処方せんに対する疑義照会は薬
剤師さんの義務規定であり、
これに違反すると50
万円以下の罰金が課せられます。チェック機能に関
【薬剤師法第23条(処方せんによる調剤)】
薬剤師は、医師の処方せんによらなければ、販売又は授与の目的で調剤し
てはならず、医師の同意がある場合を除いて、
これを変更して調剤してはなら
ない。
【薬剤師法第25条の2(情報の提供)】
連して罰金刑を定めているのは薬剤師法だけです
薬剤師は、販売または授与の目的で調剤したときは、患者又は現にその看
から、法 律 で は 誤
護に当たっている者に対し、調剤した薬剤の適正な使用のために必要な情報
薬防止のための
チェックを い かに
表4 【薬剤師法第24条
(処方せん中の疑義)】
を提供しなければならない。
薬剤師法より抜粋
薬剤師さんに期待
薬剤師は、処方せん中に疑
に従って調剤する義務が定められています。薬剤
しているかがわか
わしい点があるときは、その処
師さんの勝手な判断で処方せんを変更したり調剤
ります。
方せんを交付した医師に問い
合わせて、
その疑わしい点を確
してはいけません。これに違反すると1年以下の懲
疑義照会が適切
かめた後でなければ、
これによ
役や50万円以下の罰金が課せられます。処方せん
に行われるために
って調剤してはならない。
の疑義照会義務とともに薬剤師さんは医師との連
は、医 師からの 処
薬剤師法より抜粋
携をとくに重視する必要があります。
方せんに病名を記してもらうほか、劇薬の類であれ
なお、投薬治療は、指示出しや指示受け、調剤、投
ば処方目的や簡単な病態を一言コメントしてもらい、
与、などそれぞれの段階で医師や看護師さん、薬剤
患者情報を共有する必要があります。私は、その点
師さんが関与しますから、投薬の安全性の確保の
を医師の先生方にお話していますが、薬剤師さん
ためには、適切な連携が求められます。その流れの
も医師に要望していただきたいと願っています。
中でのうっかりミスが少なくありません。医師・看
病院の薬剤師さんと調剤薬局の薬剤師さんとの
護師さん・薬剤師さんが各々の立場で投薬につい
いわゆる薬薬連携においても、処方医師と薬剤師
ての安全性を自覚し、お互いにチェック機能を果た
さんの連携と同様に、患者情報の共有化を徹底す
すことで、
うっかりミスを防止することが重要です。
ることで、投薬治療の安全を確保することが重要で
すので心掛けて欲しいと思います。
薬剤師の説明義務は重要
薬剤師のチェック機能が、一層重視される
特
集
その他に、病院薬剤師さんに求められることを
ご指摘願います。
疑義照会の他に情報提供義務など薬剤師さん
中村 先ほどお話したように、医療現場では能書と
が問われる可能性のある義務や責任についてご説
異なった処方指示が医療慣行によって出されるこ
明ください。
ともときにはあるだろうと推測します。その場合は、
中村 薬剤師さんの重要な役割の一つとして、薬
医師に質問して、能書に照らして合理的な理由があ
剤師法第25条の2(表5)に示されている情報の
るかどうか確かめていただきたいと思います。薬剤
提供があります。薬剤の受け渡し時に患者さんに
師さんは、能書は医療慣行に優先することを前提
薬剤の適正使用のための説明をするだけでなく、
にし、薬剤に関する安易な応用編という概念は避け
日常的にも厚生労働省や製薬会社からの医薬品等
るべきでしょう。
安全性関連情報をよく読んで、医師や看護師さん
また、電子カルテやオーダリングシステムを導入
に伝えていく必要もあるでしょう。薬剤師さんが病
する病院が増えています。その場合には医師から
棟に出て患者さんに服薬指導する病院が多くなっ
の処方指示が薬剤部に直結するシステムですから
ています。薬剤師さんが医師から患者さんに説明
これまで処方せんを仲介していた看護師さんのチ
することを依頼されたときは、医師と同様に薬剤師
ェック機能が働かなくなることがありますので、より
さんにも説明義務と責任が生じます。
一層、薬剤師さんのチェック機能が重要になって
また、医師には例外を除いて調剤による投薬を
きます。薬剤に関する事故が一向に減らない状況
するとき処方せんの交付義務があります(医師法
をみると、薬剤師さん自身が積極的にチェック機能
第22条)。一方で、調剤は薬剤師さんの業務です
を働かせて、安全対策に取り組まれることを期待し
から、薬剤師法第23条(表5)は、医師の処方せん
ます。
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