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1 スポーツ領域における高気圧酸素の魅力
日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 市民公開講座1 スポーツ領域における高気圧酸素の魅力 Vol.47( 4 ), Dec, 2012 本選手権直前の怪我では,それまでの数年間を棒に 振る可能性がある。特に,高い競技レベルの選手に おいて,一日でも早期に回復することの重要性は計り 柳下和慶 知れない。また,トップレベル選手の世界レベルで 東京医科歯科大学医学部附属病院 の活躍は,国民にも勇気とエネルギーを与え,オリン 高気圧治療部・スポーツ医学診療センター ピックでの活躍は日本人としての誇りをもたらす。高 気圧酸素治療のみでは選手の外傷を治すことはでき 高気圧酸素治療は,特殊なチャンバー内で 2.0 〜 ないが,プラスアルファの方法としては他にないアプ 2.8気圧にて 100%酸素を吸入することで,全身に酸 ローチであり貴重である。スポーツ医科学の力を集結 素を供給する治療法で,既に国際的に広く利用され して,早期治癒,競技力向上を目指すことは,スポ ている。高気圧酸素治療の適応疾患は,主に「酸素 ーツ界にとり極めて有意義である。 が供給困難な」循環不全の状態に多く, 「末梢循環不 本院では複数競技のトップアスリートの治療を行 全,難治性潰瘍,コンパートメント症候群,急性動 い,今夏のロンドンオリンピック選手の治療にも使用 脈不全」などがある。高気圧酸素治療は「酸素が供給 し,早期競技復帰への良好な結果も得ている。また, 困難」な低酸素組織に,十分な酸素を供給すること トレーニングや競技会後の疲労回復目的での高気圧 が可能な魅力的な治療法である。 酸素も注目されており,現時点では十分なエビデンス スポーツ活動は怪我のリスクがつきものであり,ス ポーツでは捻挫,打撲,骨折,肉ばなれなどは珍し くない。これらの外傷を生じると,毛細血管の損傷 治療は今後の期待が寄せられている。 一方,市中では 1.3気 圧程 度の空気で加圧する, や患部の腫脹により,循環障害を生じ,患部は低酸 いわゆる「高気圧カプセル」が,病院外施設にて多用 素環境となる。低酸素環境は更に局所を腫脹させ, されている。 「高気圧カプセル」は酸素供給量では極 循環障害を助長する。高気圧酸素治療は,外傷によ めて微増な,いわゆる健康器具であり,病院での「高 る低酸素環境を速やかに改善し,循環動態を改善す 気圧酸素治療」とは明確に区別すべきである。市中の ることで,腫脹を早期から改善することが可能となる 「高気圧カプセル」で酸素の効果を謳うことは過大広 (図 1)。また損傷した靭帯や筋組織の修復には酸素 供給が治癒促進に寄与することが,複数報告されて いる。 図 1 症例:手関節の捻挫 このような背景から,昨今スポーツ現場から,特に 一日でも早く治癒を望むアスリートやスポーツ界から は,高気圧酸素治療へ大きな期待が寄せられている。 プロ野球選手は,一回の打席で勝負をしている。日 168 ではないが,コンディショニング目的での高気圧酸素 告であり,注意を要する。 第 47 回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会 プロシーディング 市民公開講座 2 潜水に起因する障害に対する対処と予防 すくなる 5 )。 減圧障害は,ガスの過飽和状態で生じた気泡による一 次的な影響の後,二次的な影響として治療に抵抗性を示 鈴木信哉 す虚血再灌流障害の病態が作られるため,発症後の時間 自衛隊中央病院 経過は,予後を左右する。そのため発症後直ちに再圧治 療が必要であり,発症後 2 時間を経過すると治療成績が悪 寒冷地の潜水では,水温に合わせたドライスーツなどの 防寒対策が必須である1 )が,レギュレーターもフリーフロー を起こさないように寒冷地仕様を選び,取り扱いにも注意 が必要である。 くなる。再圧治療開始までの間,大気圧下酸素投与や輸 , 液等の補助療法が必要である 7 8 )。 再圧治療は,患者対応及び治療時間の観点から多人数 水に浸かることにより末梢の血液は胸腔内に集まり,水 用高気圧酸素治療装置(第 2 種装置)で行うのが原則であ 泳・潜水後に血痰,呼吸困難などの症状が出て肺水腫が るが,我が国では患者搬送時間や経路が問題となる地域 発症する 2 )が,寒冷地での水泳・潜水では末梢の血管が強 があり,課題である 9 く収縮して起きやすい。強度の運動,高血圧,高齢などは 更に発症リスクを上げるので注意が必要である 3 )。 水面近くでは体積の変化が大きく,耳管に空気を通す, いわゆる“耳抜き”が不適切であると,鼓膜破裂が起き, 直後のめまいでパニックに陥ったり,内耳気圧外傷では難 聴になる。潜水器使用時は,2m程度のプールでも肺過膨 張による気圧外傷が発生して動脈ガス塞栓症に至る場合が ある。 空気潜水では,深度が増すと窒素ガス分圧が上昇し,ア ルコール飲用時と類似した症状が出現する。深度が大きく なると,自信の増加や識別力が低下して呼吸ガス消費量に 注意を向けなくなり,突然のエア切れにパニックになること がある。この場合,急浮上が避けられなくなり,動脈ガス 塞栓症や減圧症の原因となる。 窒素麻酔を避けるためと減圧に有利なように酸素濃度の 高い潜水呼吸ガスを使う方法もあるが,吸気中の酸素分圧 が 1.3ATAを超えると酸素中毒のリスクが出てくる。水中で の酸素中毒による痙攣発作は動脈ガス塞栓症を引き起こ 5) す 。 肺気圧外傷は,通常の潜水よりも浮上中のバディ呼吸訓 練,妨害排除訓練,緊急浮上訓練といった高リスクの訓 練中に起きやすいという報告 6 )があるため,それらの訓練 をする場合には,医療スタッフと再圧治療装置で直ちに対 応できる態勢を取っておくべきである。 潜水終了直後に意識障害や痙攣があった時には,まず ,10 ) 。 【参考文献】 1 )U. S. Navy Diving Manual. Revision 6, Naval Sea Systems Command Publication NAVSEA 0910-LP106-0957. April 2008. 2 )山根 修治: 浅潜水垂直素潜り訓練を繰り返した後に 出現した血痰 . 日本高気圧環境・潜水医学会誌 2009; 44:9-15. 3 )S u z u k i S: R e s pi rat or y i s s ue s .Und er s e a a nd Hyperbaric Medical Society Workshop: Medical aspects of diving safety November 2-3, 2004 in Atami. 4 )Denoble PJ: Common causes of fatalities in technical diving. DAN Technical diving conference. Durham, N.C., January 18-19, 2008. 5 )鈴 木信哉 , 鷹合喜孝 , 田中光嘉 , 只野 豊: 潜水の方 法や目的を考慮した安全管理と対処 . 日本臨床高気圧 酸素・潜水医学会雑誌 2010;7:20-30. 6 )Lafere P, Germonpre P and Balestra C: Pulmonary barotrauma in Divers during emergency free ascent training: review of 124 cases. Aviat Space Environ Med. 2009;80:371-5. 7 )鈴木信哉: 減圧障害の最新治療 . 日本高気圧環境・潜 水医学会雑誌 2008;43:41-51. 8 )鈴 木信哉: 減圧障害に対する治療 — 補助療法につ 動脈ガス塞栓症を疑う。随伴症状として,頸部触診での握 いて—. 日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 2010;45: 雪感は皮下気腫を示し,血痰と共に特徴的な所見である。 39-46. 潜水トラブルがなくても,また,気胸等の明らかな肺気圧 9 )杉浦崇夫 , 礒井直明 , 小川均 , 鈴木信哉: 艦艇に装備す 外傷所見がなくても動脈ガス塞栓症は発症することがある る2人用可搬式再圧装置の運用についての検討.日本臨 ので,診断には注意が必要である。 床高気圧酸素・潜水医学会雑誌 2011;8:75-78. 純酸素を呼吸する閉鎖循環呼吸回路方式潜水では,酸 10 )池田知純 , 望月徹 , 小林浩 , 柳澤裕之: 港湾潜水作業 素中毒の発現や,酸素と二酸化炭素の相互作用による意 における減圧障害発症時の救急搬送の問題点 . 日本 識消失のほか,酸素呼吸から空気に切り替えた時の意識 高気圧環境・潜水医学会雑誌 2011;46:267. 消失も起こり得る。素潜り前の過換気により長い潜水がで きるが,上昇中水面近くで低酸素による意識消失が起きや 169