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ファインマン4「ハイゼンベルク将軍・接触編」
素粒子戦隊ファインマン 4 — ハイゼンベルク将軍・接触編 — (c) Masaya Kasuga Shaltics 1997 これまでのあらすじ 京都理科大学にて素粒子物理学を研究している斎藤丈隆教授。 彼は過去の過ち(どうせ他人の大事な金庫を勝手に開けたとかだろう)ゆえ に、世界の物理学会を統一・統制しようとする「統一物理協会」から攻撃され る身となってしまう。 教授は自分の立場(と、ついでに学問の自由)を守るべく、研究室の学生と 共に(ほとんどの場合学生のみだけど)統一物理協会への抵抗を決意する。学 位と卒業単位を質に取られた学生たち「ファインマンチーム」は必死で斗うの であった。 協会の送り出した怪人を次々と撃破。だが、まだ安心はできない。「ホイヘ ンス」 「シュレディンガー」 「ボーア」と有能(?)な手下を失ったハイゼンベ ルク将軍は、その怨みをはらさんと臥薪嘗胆の日々を送っているのだ。 ゆかいななかまたち 斎藤丈隆(教授) ちゃらんぽらんな男だが、なぜか教授。 自伝本に「Surely you’re jogging.(邦題:静かにしてください、斉藤教授)、 「Do you care what other people think?(邦題:もうやめてください、斉藤教 授)」がある—かどうかは不明。 真田和也(助手) 白衣を着たスレンダーな青年。知恵袋。新婚さんである。旧友・飛島五郎の 残した技術を元に、6 次元テクノロジー(ツッコミ不可)を完成。その凄まじ さは筆舌に尽しがたい。「こんなこともあろうかと」と直観で発明する。 湯川秀男(B7) 体育会系の体力馬鹿。リーダー格。お祭り男なのは浪花の血。卒業単位のた めに日夜斗っている。でも彼が卒業できないのは、般教のドイツ語の単位がな いからなのだが—。 朝永振一(D1) 冷静沈着で優雅に決めてはいるが、根は関西人。女顔でナルシストでロリコ ン。なぜか敵の必殺技に詳しい。 1 江崎玲奈(D1) 憂いを秘めた醒めた視線で男を黙らせる、無敵の女王様。ファインマンの活 動を始めて以来、プライドが「さいってー」に失墜する毎日。ちなみに、 「ファ インマン」という名前に決定したのは彼女の責任である。 長岡半太(M1) 黙ってりゃサーファー系のいい男。スーパーカーブーム以来、サブカルチャー に生きて 20 年。彼のネタのほとんどは、彼以外にはツッコミ不可能である。愛 読書は「別冊宝島」。 南部陽子(B4) 黙ってりゃかわいい女。踊りださない分、篠原ともえよりはマシだろうか。 こいつがどうして大学に入れたかは永遠の謎である。 統一物理協会 物理学会を統一し、学会を自分たちの物にしようとたくらむ悪の秘密結社。 主催者は大英帝国の生んだ天才・ホウ教授。世界的ベストセラーになった啓 蒙書「ホウ教授、宇宙を語る」などによって、一般市民を洗脳することも忘れ ない。 いちおうおことわり この作品はフィクションです。「えすえふ1 」です。この話の中の物理学は、 ほとんどがホラとハッタリですから、あまり本気にしないで下さい(笑)。 1 サイエンティフィックな言葉を、本来の意味を無視して、SFっぽく書きならべたもの。 2 1 野望の都・コペンハーゲン デンマークのコペンハーゲン近郊のどこかにある統一物理協会総本部。 薄く霧のたちこめた暗い部屋。中央には縦長の机があり、その左右を、奇怪 な姿の怪人たちが並んでいた。 机の奥は一段高まっており、その上には、車椅子に乗った人の姿があった。 その男こそ、統一物理協会の主催者・ホウ教授である。 現在、世界各地の幹部報告会が行なわれている最中であった。 静寂の部屋に、機械合成された声が響く。 「ラザフォード 米国 状況 如何」 単語や文字の間があいているのは、ホウ教授が唯一自由のきく手を動かし手 元の特殊コントローラーで単語を選んでいる、その時間経過である。 頭のまわりに幾重もの輪をつけた怪人ラザフォードは、にわかに立ちあがり、 やや畏まって報告をはじめた。 「UCLA、バークレー、MIT、どこも順調に傘下となっております。あ と物理学会への浸透作戦も順調です。」 報告を受けたホウ教授は、表情を変えることもなく(そもそも変えられな い)、事務的に会議を進める。 「プランク 欧州 如何」 次に呼ばれたのは、欧州を総括しているプランク将軍である。 プランクはやや自信ありげに答えた。 「我々も順調です。特に、CERNに送りこんだ部下・ティム=バーナーズ= リーの仕事ぶりには目をみはるものがあります。彼は、WorldWideW ebというシステムを作り、これにより世界中の科学者はコンピュータネット ワークの虜となってしまいました。皆、研究など後回しで、ハマっています。 我々の思うツボですな。まさに蜘蛛の巣にかかる蝶のようです。」 まわりの幹部からも、プランクの仕事を評価する声があがる。 「うむ。わたしもあれには麻薬のような魅力を感じたよ。かつてソ連のパジ トノフが西側の科学者を堕落させるために作ったウイルス2 よりもはるかに効 き目があるようですな。」 二人の幹部による成功の報告に、場はなごやかな雰囲気を帯びるものの、や はりホウ教授は表情を変えない。機械の冷たい声が響く。 「ハイゼンベルク 日本 如何」 2 「テトリス」のせいで、どれだけ研究の歩みが止ったことだろうか。 3 ハイゼンベルクは、以前のふたりとは対極の態度であった。普段とはうって かわっておどおどとしている。 「それが、、、教授のライバルでもある、斉藤とやらをどうしても傘下にする ことができません。」 「馬鹿 者。 我 待遇 再考 中。 次 最後 機会」 ハイゼンベルクの青い顔がさらに蒼くなる。 「それだけは、お待ち下さい」 その声を無視するかのように、ホウ教授の前のシャッターは白い煙をあげな がら閉ざされた。会議は終了である。 「ざまあないな。ハイゼンベルク」 欧州担当のプランクは、統一物理協会に入る前もライバルだった男を見下す。 「所詮、お前ではその程度なのだよ。」 そう言い残して、会議室を後にする。二人のやりとりを、ラザフォードが嘲 笑を浮かべながら見ていた。 絶望の淵にあるハイゼンベルクの肩を、ポンとたたく者がいた。無二の友人 ディラックである。 「君には申し訳ないが、ホウ教授からお目付として、今度、日本に行くこと になった。よろしくな。」 その友の言葉はハイゼンベルクにとって慰めでもあり、恐怖でもあった。中 央からの監査役が来るということは、降格は時間の問題であるということだ。 降格ならいいかもしれない、処刑だってありうる。 ハイゼンベルクの欠点はやたらと「決闘」に拘ることであった。プライドの 高い男であるがゆえに。 今回ハイゼンベルクは、忌まわしきファインマンチームを誘い出し決闘する ための餌として、バスジャック3 を考えている。 ハイゼンベルクは低く唸り声をあげると、巨大なポッド—転送装置—の中に 入り、任地である日本へと戻った。 3 そういえば、最近バスジャックって聞かないなぁ。 4 ファインマンチーム北へ 2 2.1 梅雨もあけた七月。 教養生以前だったら、七月は「夏休み」という大切な時期かもしれない。 しかし、研究生活に入ってしまうと、頭の中からは「夏休み」という概念が なくなってしまう。より正しく言うと「休み」の概念が変ってしまう。という のも、研究生活というのは、毎日が仕事のようであり、同時に毎日が休みのよ うでもあるからだ4 。 学生が実際に休みをとれるかはともあれ、全世界的に夏休みであった。 その世界的な休暇を利用したイベントが、国際学会である。京都には、京都 国際会議場という立派な建物があり、ここでしばしば国際会議が行なわれてい た。 話はそれるが、この京都国際会議場付近のみどころについて二つ紹介してお こう。 ひとつ、それは「宝が池」である。 かつて、円谷プロの特撮番組「ウルトラセブン」の「ウルトラ警備隊西へ」 という話の中で、 「地球防衛軍研究所」としてロケされたことがある5 。その話 の中で、「宝が池」からロケットミサイルが発射されるといったシーンがあっ たのだった。 これを見た後、実際の「宝が池」を見ると、今にもショボいミサイルが飛び だしてきそうな気がして、なかなかシュールな気分が味わえて楽しい。 それはあたかも、同じく円谷プロの「ウルトラマンティガ」を見た人が、東 京ビッグサイトの建物を見て、 「なんじゃこりゃー、ガッツの基地やんけー」と ツッコミをいれる気持ちと同じである6 。 もうひとつの見どころは、国際会議が行われているときの「近くコンビニ」 である。 どこの国の人であれ、誰でもお腹がすく。皆、食欲を満たすため、近くのコ ンビニに買い出しに出かける。非常に便利なことに、日本のコンビニでは自分 がいくら払うべきなのかがレジの液晶ディスプレイに表示されるので、日本語 ができなくても安心して買物ができるのである。 4 休みといえる日は、研究室が停電になるときだけである。 5 ただし話の中では、神戸の六甲山中という設定になっている(笑) 。 6 晴海の見本市会場の近くに、エクシードラフトの基地がありましたね。 5 このコンビニで、よっぽど日本的な物が食べたかったのか、それとも何も考 えていないのか、おにぎりを買う外国人がいるのだ。 そこで困るのはその開け方7 。コンビニのレジのおばちゃんが、一生懸命カ タコトの英語を駆使して、おにぎりの開け方をレクチャーする羽目になる。 さっきまでおおいばりだった大教授どもが、おばちゃんの説明を謙虚に聞い ている。そのギャップがどことなくおかしい。 閑話休題。 2.2 京都で素粒子物理学の学会があるとなれば、当然斉藤研究室にもホストとし ての役割が割りふられるのは、当然のなりゆきといえよう。 もちろん学会開催委員会は、ぐうたらな斉藤教授はアテにせず、専ら斉藤研 究室の学生の労働力をアテにしていた。当然のなりゆきといえよう。 その斉藤教授は、外国からやってくる先生方の接待をしている。普段研究を しない教授が、流暢な英語で喋っているのをのを見ると、不思議と尊敬の念が 浮かんでくるものだ。 今日は、学会前日の「参加登録」の日であった。 真田は、学会開催委員の中核としてフル回転だった。いつもは自己主張をせ ず、地味な男だ。そんな彼が困りはてた表情で「お願いしますよぉ∼」と哀願 すると、頼まれた側は普通ならばムゲに断わることはできない(注:斉藤教授 は普通ではない)。なんとも屈折した人徳を持っていた。 ドクターの学生である朝永と玲奈は、参加登録手続きという、最も面倒な仕 事を受けもっていた。だがそこは腐っても(腐ってるけど)京都理科大生。ジャ パニーズイングリッシュを駆使してなんとかなった8 。 「もぉ、さいってー。長岡ぁ、後で折檻よ。」 玲奈はキレかかっていた。 修士の学生である長岡は当然手伝うべきであるのだ。彼は、そのツッコミ不 可能な独特の持ちネタを喋らなければ、そこそこ好青年なのである。事務的な 接客業をやらせる分には格好の人材である。 実のところ彼は自動車の免許を取りにいっていたのである。 「んじゃ、教習所に行ってきまーす。」 7 最近「ひねってぷっちん」の上から開けるおにぎりって見ないんだけど、どこ行ったんだろ。中層のビニールを 取りだす時、いかに具を一緒にひっぱらないか、スリルがあったのだが。 8 よく日本の英語教育について、 「読み書き話すが見につかない」と非難されてるんだけど、私は「日本語ででき ないことを、英語でできるわけない」とか思ったりするのだが。 6 と、教材の入った黄色い手下げカバンを手に、堂々と研究室を抜けだして いた。 M1である長岡は、そろそろ就職活動をはじめなければならない時期9 。就 職を有利にするためにも自動車免許が必要だったのだ。研究室の行事で個人の 将来は束縛できない。 免許といえば、真田や朝永は自動車の免許を持っており、実際に車を運転し ている。意外にも玲奈も免許持ちだった、ただしペーパードライバーではあ るが。 彼女はSD(SafetyDriver ’s)カードという、一定期間無事 故無違反だと貰える代物をも持っている。このカード、何が大笑いかって、車 を運転しているいないにかかわらず、無事故無違反でさえあれば貰えるのだ。 ペーパードライバーが貰ったSDカードは「SuperDangerous カード」の略である。 湯川は免許を持っていそうだが、実は持っていない。 「俺様はケッタマシーンさえあればいい。」 さすがスポーツマン。行動範囲が一日200キロの男。 「免許はないけど、運転はできる。」 とさえ公言しなければ尊敬できるのだが。 その湯川は学部生ではあるが、重要な労働力として、この学会に連れだされ ていた。ポスターセッション10 に使う、壁用の仕切り板を設置していた。 なお、陽子はといえば、もちろんここにはいない。国際学会という晴舞台で、 とんでもないことをしでかしてほしくなかったからだ。 「院試勉強していなさい。」 というもっともな理由で、ここを遠ざけることができた。 ちなみに彼女はもの凄い記憶力の持ち主である。ほとんどが丸暗記である。 彼女には「理解」とか「知識」というものは存在しない。あるのは「情報」の 羅列だけだ11 。 9 理系修士の場合、M1の末には内定している人が多いです 10 ポスターセッション:学会の発表には、聴衆を目の前にして演台で口頭発表する形式と、研究をまとめた図(ポ スター)を壁に貼っておき、興味をもってくれた通りすがりの人と議論するという形式がある。ポスターセッション は、ほとんどコミケのノリだと思う。 11 これでも大学に入れちゃうんだよね。 7 2.3 学会の前日は、夕方にもなると「レセプションパーティー」が行なわれる。 湯川は今までの労働の代償を得ようと、料理にガッツいていた。もはや彼の 知り合いを名乗ろうとする者はいない。皆は他人のふりをしていた。唯一の救 いは、湯川は酒を飲んでも暴れないことだった。 朝永と玲奈は、いまだ参加登録のブースに座りっきりであった。もうこんな 時間には誰も来やしないのに。 その状況に耐えねて下僕朝永は、女王様のためにパーティーから食料を調達 してくる。 参加者を考えているのか、ある程度欧米風の料理であった。肉だけ。野菜だ け。芋だけ。チーズだけ。そういうスタイルである。 料理は、、、筆舌に尽くしがたい個性的な味であった。物価の高い日本での 学会は、どうしても参加登録費が高くなってしまいがちで、海外からの参加が 少なくなってしまう可能性がある。参加人数を増すために登録費を削った結果 が、この料理だった。 「うー。これインチキカマンベールだよ。」(もぐもぐ) 「チーズなんてただのカビの塊よ。」(むしゃむしゃ) 「この肉不味い。」(はぐはぐ) 「フランス料理ってのは、如何に不味い素材をソースで胡麻化して食べるか を追及したものよ。」(ぱくぱく) 「長岡がいたらなぁ。 『エバラ焼肉のたれ12 』とか『ミツカンポン酢13 』とか を買いに行かせるんだが—」(がつがつ) 「このワインもさいってーね。」(ごくごく) 「ビールなんて不味い水だよ。ぃやだな∼。」(ぐいぐい) 食事にボロクソに文句を言っている二人。 そんなに嫌なら食うな! 12 どんなに不味い肉でも、 「肉の触感がする醤油」にしてしまう不思議な液体。 13 どんなに不味い野菜も、 「野菜の歯応えのする酢」にしてしまう不思議な液体。 でも俺、ポン酢嫌い(笑)。俺の前田愛にベタベタひっついている西田敏行はもっと嫌い。 8 踊る人偏 3 3.1 その頃、ハイゼンベルクは「バスジャック」作戦を実行すべく、部下である 全身タイツの戦闘員に命を下していた。 ハイゼンベルクがこれまでの戦闘で戦闘員を消耗しすぎたゆえ、海外から派 遣されたばかりの新米の戦闘員が多かった。彼らはまだ日本の風習を良く知ら ない。幼稚園バスとは何なのかから説明せねばならなかった。 色は多くの場合黄色。 そこにはおちつきがなく、キャーキャー騒いでいる人が乗っている。 その者たちは、指定された手さげカバンを持っていることが多い。 その手さげカバンは、多くの場合黄色。 ハイゼンベルクのぶっきらぼうな指示をうけた戦闘員たちは、そういったバ ス&人間を探すべく。京都の街へと出かけていった。 3.2 学会も三日目になると、日々の仕事はルーチンワークと化す。やっと心が楽 になった矢先、その事件はおこった。 大学事務のから真田の携帯あてに電話がかかる。 「あなた。今、警察から電話があってぇ—」 大学の事務に勤めている、真田の妻・真理14 の声だった。勤務中ゆえか、非 常に事務的に答えた。 「『アルファ』という自動車教習所の送迎バスがバスジャックされたというの。」 「どうしてアルファなんだろ。」 と疑問を口にする。 アルファ自動車学校。生徒は黄色い手下げカバンを持っている。あろうこと か送迎バスも黄色地にαであった。見ようによっては、幼稚園バスに見えない ことはない。それに最近の学生のなんざ幼稚園児以下なんだし15 。 統一物理協会の戦闘員の大ボケ(間違っちゃいないんだけど)によって、ア ルファ自動車教習所のバスは何処へと連れさられていった。 真田は、すぐに近くにいた朝永と玲奈を呼ぶ。 「ところで湯川くんは?」 14 旧姓、桐生。真理=桐生、それだけ。 15 先生の話をちゃんと聞くぶんだけ、幼稚園児のほうがマシかも。 9 そのころ湯川は、国際学会につきものである「optional tour」 に出かけていた。ようするに観光旅行である16 。 京都の人間が京都の観光に出かける。テレビでしか土地を知らない人間と地 元民、そのギャップを肌で味わえるのがなんともいえないカタルシスなのだ。 例えば金閣寺。どうせ外国人は、金閣寺の後ろに富士山があると思っている し、金閣寺の隣に東京タワーが建っていると思っている17 。 「Where is Mt.Fuji?」 とか言いだしかねないのだ。この他にも、こ汚ない竜安寺の石庭なんかを見 て、 「びゅーちふぉー」とか言っている18 など、客観的に見るとかなり楽しい。 そんな中に湯川はいたのだが、真田からのPHSで呼びだされてしまった。 昼過ぎの研究室には、長岡を除く一同が集結した。 「アルファ自動車学校だったら、長岡君が行っているはずだ。とりあえず連 絡を取ろう。」 真田は受話機を持って、長岡のPHSに電話をかける。 ジーーー、ガチャ。プルルルル、プルルルル。 すぐさまそれと同期するように、 ピピピピピピ 鋭い電子音が部屋に響き渡る。その音は、長岡の机の引き出しからだった19 。 「あの野郎。何のためのPHSやねん20 」。 かくして皆の心には、 「いつか長岡を折檻してやる」という思いが燃えあがっ たのだった。 昼食から帰ってくると、事態は急に進展していた。 FAXにて声明文が届いていたのだ。 一同はそれを見て唖然とする。 「伍伎偐代侑、倭他仕伯俳全併僂供。 倍住伯俾荏位伸佻條仁会僂。傑倒仁個儖例他仕。」 全てが人偏の漢字であった。 16 ソウルで学会があったとき「板門店ツアー」に行きました。真近で見る北朝鮮の兵隊さんがスリリングでした。 17 俺様認定国辱野郎・ショーコスギの映画では、 「JAPAN TOKYO」の字幕の後ろに、金閣寺が写ってい て、なかなか大笑いできる。 18 感情を言葉で表す、ってのはワビサビの心が分ってないと思う。 19 実際にあったシチュエーションなんだけど、文章で書くと全然面白くないなぁ(号泣) 。 20 筆者の携帯電話は、目覚し時計以外には使われていません。 10 3.3 一同は、頭をかかえて、なんとか解読しようとした。 だが、三人寄ってもマヌケはマヌケ21 。 「文字コードが化けてるんちゃいますか?文末に『−−−end』とか書い てあって22 。」と朝永。 「それにしても、こういう大事な文書を分からない暗号で書くなんて、いっ たい何を考えてるんでしょ。」と玲奈。 「しかし、この暗号を解かないことには、もしかすると長岡くんが大変なこ とになってしまうのじゃないか?」と真田。 朝永と玲奈は長岡に対する怒りで満ちあふれている。 「「「長岡だったら、助けなくってもいいじゃん。」」」 と冷たいことを言った。隣で陽子が 「れーなさんひどいですぅ。」 ともらすが全く効果はない。 結局、湯川が相方を救うべく 「でも、もしあいつが捕まって洗脳でもされたら、テレ朝特撮シリーズに出 てくるような、むちゃくちゃ嫌な怪人になりそうだぜ。そんなのにつきまとわ れたら嫌でしょ。」 「「「「うーん嫌すぎる。」」」」 一同は、手のひらをひっくり返すように、長岡救出に同意した。長岡を放っ ておくよりは、救出したあとに折檻するほうが楽しいのだ。 ともかく一同は暗号の解読を始める。 理性派の真田がはじめに口火を切った。 「シャーロックホームズによると英語で最も使われる文字は e らしい。これ は日本語ではどうなのか。これがカギじゃないかな?」 そう言うと辞書を探しに出かける。真田がいなくなってしまっては、残った 連中が、チャチャ合戦をするのは目にみえていた。 「子子子子子子子子子子子子子子23 」 「鯛鮃鮪鯖鯵鮎鮭鯨鰤鰹—」 「薔薇、醤油、喧喧囂囂—」 何、漢字博士ごっこをやってるんだか。 21 他、 「三人寄れば馬鹿の三乗」。「三人寄れば文珠の事故」とかいうバリエーションもあります。 22 マイクロソフト、InternetExplorerは、こういう許し難いバグ(仕様?)がある(あった?) 。 23 ねこのここねこ ししのここじし 11 「うーん。そういえば、万葉がなに対抗して『やんきーがな』ってのはどう だろ。『夜露死苦』とか『愛裸武勇』とかから、五十音つくるの24 。」 「それは却下だ。数百年後の考古学者が、地中にうずもれた高架道路の橋脚 のコンクリートに書かれた、謎の漢字文字列をみつけたとしよう。考古学会が 混乱するのは目にみえているじゃないか。」 チャチャから漫才になったころに、ふと陽子が高い声をあげた。 「ごきげんよう、わたしははいぜんべるく。 ばすはひえいのちょうじょうにある。けっとうにこられたし。」 普通に読めばよかったのだった。 3.4 一方、ハイゼンベルクは新入り戦闘員のせいでドツボにハマっていた。 比叡山の頂上にバスが行けるはずもないのだった。 しかし、賽は投げられている。新入り戦闘員がカタコトの日本語(?)で犯 行声明文を送っていたのだ。作戦は遂行しなければならない。 ハイゼンベルクは仕方なしに、道からも良く見える比叡山の中腹の広場に車 を止めた。 ここには、クズ鉄やら古タイヤやら廃車やらが不法投棄されていて(本当)、 なかなか怪しげな雰囲気をかもしだしている。 ハイゼンベルクを落胆させたのは、新入り部下だけではない。教習所のバス に乗っている学生たちのほうが強烈だった。 「こんな山奥、つまんなーい。ピッチ通じないし。」 「もっと景色のいいスカイライト(注:スカイラインと言いたいらしい)行 こうよぉ。」 「この車、カラオケないのぉ?」 ジャックされた学生たちは、 「終りなき日常(笑)25 」からの脱脚に、文句を いいつつも結構楽しそうにしている。 そのうるささに、閉口せざるをえなかった。 「もう勝負なんてどうでもいいから、こいつらをこのまま置いて帰ろうか」 と思うほどであった。 24 誰かやって 25 日常の楽しみ方を知らないんだろうね。もしくは日常なんてなくって「終りなき非日常」なのかも。どうでもい いけど、宮台さんが自分たちの意見を代弁していると勘違いしているコギャルが多いようで、なんだかなー。 12 三人そろって— 4 4.1 決闘の場所に向ったのは湯川・朝永・玲奈の三人。真田の車を借りて比叡山 へと登った。 途中にアルファ自動車学校のバスと、全身タイツの戦闘員をみつける。 だが、運転手朝永はそこで車を止めることはなかった。 「変身してからまたこよう。」 極めて冷静な判断だった。 仕切り直し。 砂利の中には、黄色いバスと学生服姿の戦闘員と、黒いマントをまとったハ イゼンベルクがいた。 学生服姿の戦闘員たちは奇声をあげながら、26次元発生装置のボタンを押 す。にわかに、あたりがどよどよとした暗いもやにつつまれた。戦闘員たちは 全身タイツの格好になる。ハイゼンベルクの体の線がぼやけはじめた。 赤いマスクの湯川が 「よし行こう!」 と威勢よく声を出したが、それを静止する声が紫のマスクの下か聞こえた。 「人質に自分たちの正体がバレないためにも、名前を呼ぶのはなしよ。」 玲奈はこんなかぶりものをつけることへの恥づかしさがあった。もちろんそ んな彼女のプライドの高さを、湯川と朝永も分かっている。 「「分ってますよ、玲奈姐さん。」」 二人共、お約束を返した。玲奈の武器である超弦がムチのように炸裂する。 そうこうしているうちに、ザコ戦闘員とのこぜりあいに入る。 その光景を、バスの中の学生たちは楽しんでいた。 「うわー。赤と紫と青の人、ダサダサぁ。」 「空のもやもやってドライアイ?(注:ドライアイスと言いたいらしい)」 「あの黒タイツって、モジモジ君でもやるのかなぁ。」 そんなバスの状況を知らず、湯川たちはひたすらに戦った。 弱い、弱すぎる。 そうこうしているうちに、敵はハイゼンベルクを残すだけとなった。 「もう、お前だけだぜ。」 13 湯川が大見栄をきる。 ハイゼンベルクはマントを脱ぎすて、青色の肉体をさらけだした。 4.2 湯川たちとハイゼンベルクの戦いは、なかなか終わりそうもない。攻撃がほ とんど当たらないのだ。ハイゼンベルクの体はもやのようにゆらいでいる。 湯川たちは少し違和感を感じつつあった。ハイゼンベルクの攻撃は、その動 きと受けたときのダメージが一致しないのだった。 蓄積したダメージによりふらふらになる湯川に、 「フフフ、そろそろ気づいたようだな。私の体の秘密を。私の体には不確定 性原理が働いているのだよ。」 と勝ち誇ったようにハイゼンベルクが言い放つ。 「うむ、あれはまさしく『不確定性原理』だ」 「なに、知っているのか朝永。」 「量子の世界では位置やエネルギーにはある程度のゆらぎがあり、厳密には 測定できない。それが不確定性原理だ。そのため、奴の位置・運動量・エネル ギーなど普通の感覚とは違う。—だが、通常ならばよほど小さな物質でないと この効果はないはずだ。」 朝永は青いマスクの下から淡々と驚きの言葉を述べた。ハイゼンベルクの手 は湯川の喉元へと動く。 「フフフ。よく気づいたな、私はプランク定数を変えることができるのだよ。 だからこのような大きい物体をも量子のように扱うことができるのだ。これで 終りだ!」 だが、怪しげな動きをはじめる手は、突然止った。 「だったら『定数』じゃないだろ。」 朝永の氷のようなツッコミである。ハイゼンベルクは返す言葉がなかった。 一瞬の隙をついて、朝永の攻撃が炸裂する。 「こんなこともあろうかと秘かに真田さんに作ってもらった『硬X線レー ザー』がここで役に立つとは思わなかったぜ。くらえ!」 プランク定数、もといプランク乗数が通常よりもはるかに大きい状態である ハイゼンベルク。照射された電磁波は、通常よりもはるかに膨大なエネルギー をもっている26 。硬X線という高振動数の電磁波ならば、なおさらこの影響が 大きい。ハイゼンベルクはかなりのダメージをくらってたじろいだ。 26 E = hν で、今 h がむちゃくちゃ大きいから。 14 4.3 逃げるハイゼンベルク。追う湯川たち。 「待ちやがれ!」 もう少し近づけば確実に飛道具でしとめられるというくらいに追いつめたと き、突然、大きな爆音が聞こえてきた。 黒い体で真赤な目。バッタのような顔をした怪しげな男がバイクに乗ってやっ てきたのだった。もうもうと煙をあげながら、ハイゼンベルクをかばうように 湯川の前に立ちふさがる。 「何者だ。」 「貴様らに名乗る名などない!」 謎の怪人は、湯川がよく使うネタを奪っていた。自分のネタだけあって、湯 川はきりかえし方も知っている。 「そうか、それならこう呼ぼう『バッタ男』と。」と湯川。 「やめろ、バッタはやめろぉぉ。」 「じゃ、『イナゴ男』。」と朝永 「それもやめろ—俺は『仮面ライダーディラック』覚えておくがよい。」 そう言い残すと、ハイゼンベルクを後ろに乗せて、去って行った。 26次元フィールドが消えたあと、変身を解かないまま、湯川はバスの中に 入る。 バスの中はいままでの騒々しさとはうらはらに急に静まりかえった。 結局、そこには長岡はいなかった。 「さ、どうしよか。」 と相談を始めようとする湯川たちの耳に、人質だったバス内の学生たちの声 が耳に入る。 「やっぱちょーダサダサって感じ∼。中にはどんな人がいるのかなぁ。」 「つまらないアトランタ(注:アトラクションと言いたいらしい)だったね。」 「なんかぁ、もっとぉ、スリルがなきゃつまんないしぃ。どうなるの、この あとぉ?」 このあと — 湯川たちは、バスとその中身をその場に残し、なにくわぬ顔 して下界へ戻っていった。 15 5 食いつくせサラダバー!飲みつくせコーヒー! 5.1 統一物理協会、日本支部。 「戦闘員 左遷 決定」 ハイゼンベルクはモニター越しにホウ教授の叱責を受けていた。声を高ぶら せて哀願する。 「そ、それだけはなんとか。今回は、部下が無能なせいで—あと一度チャン スを。」 「了解 一度 機会。 次 最後。」 なんとか命ごいは成功した。 安堵するハイゼンベルクの目には、ふたりの男の姿が入ってくる。彼らはホ ウ教授の車椅子の横に仁王立ちになった。 「この無能め、次に失敗しおったら、我らボースとフェルミがとってかわっ てやるわ。」 ハイゼンベルク将軍は窮地にたたされた。 5.2 その夜、一同が研究室でネスカフェの安物コーヒーをすすっているところに、 長岡があらわれた。 いかにマイペースな長岡でも、まわりの異様な雰囲気に気づいたようだ。 「お前、アルファ自動車学校って、本当に行ってるんか?」 と湯川が口火を切る。朝永と玲奈は、じりじりと長岡を囲みだす。当の長岡 は何処吹く風といった表情をしている。 「へ?何で?」 「実は—」 湯川は事の顛末を話しだした。長岡の顔はわずかにひきつりだした。 「いやぁ、それは寝坊しちゃってぇ。」 あからさまにデッチアゲである。 「すぐにバレるウソをつくなんて、君はコギャルかい。」 「そうだしぃ∼。」 「長岡くう∼ん。ハリセンの峰打ちと、ハイヒールでおしおき、どっちが いい?」 「ハイヒールの峰打ち27 」 27 痛いと思う 16 「ながおか∼ぁ。しりとりしようか—うどん。」 「ンジャメナ」 長岡はせまりくる三人の攻撃を、いつものネタでかわしてみたが、疑惑はご まかしきれるはずもない。 結局、玲奈がスゴむことにより、長岡はついに観念して、正直に話し出す。 「実は、金がなくって、んで親の仕送りを増やしてもらおうと、『車の免許 取るから金をふりこんで』ってウソついてたの—」 おい、それが22歳の人間のやることかい28 ! 「明日のことを考えてないなんて」 「やっぱりコギャルだ、こいつわ。」 皆はあきれはてていた。もう一つの疑問を口にする 「お金のことはそれでいいんだ。どうして研究室に来ないんだい。」 「それはですね—」 長岡の表情は急に輝きをとりもどした。一同は、いつもの長岡ネタがくるこ とを予想し、あきらめという予防線を張った。 「それは—サークルの先輩と『フランダースの犬』耐久上映会をやってたん ですよ。」 「そんな、アニメなんかを—」 「『なんか』ってあなた—あなたは『フランダースの犬』を見て泣かないん ですか?最終回を見ながら ネロ∼ぉ、死ぬな∼ぁ! と男泣きするところに、このアニメの醍醐味があるんですよ。」 野郎共がアニメを見て集団号泣事件 — なんともおぞましい光景である。 「この感動が分からないなんて、あなたには人の心がないんですか?」 「ない。俺には、犬を虐待するアニメにしか見えない。」 湯川が断言した。もはや折檻は決定である。湯川がめくばせをすると、朝永 はそそくさと電話に近寄った。 「玲奈姐さん。長岡君の実家の電話番号はいくつでしたっけ?」 「それだけはやめてくれぇ。」 長岡はもう終りである。降伏した者にはさらに精神的な攻撃が加えられる。 「俺、アイスクリームが食べたいな。」と湯川 「僕、フォルクスでステーキ。」と朝永 28 せめて、 「ちゃんと教習所に行くけど、親に請求するのは正規の教習料の 17 1.5 倍」って程度にしときなさい。 「ファミリーレストランで我慢してあげるわ。」と玲奈。 かくして学会ののち、長岡が親を騙して手に入れたお金で、学生たちは豪華 なディナー(っても所詮はファミレス)を食べることができた。 食いつくせサラダバー!飲みつくせコーヒー!29 嗚呼楽しき青春の日々。総合人間・環境学科のアンミラ織田像30 は、そんな 学生たちを今日も見守っている。 29 「コーヒーおかわり自由」というセットがあるファミレスに行き、ひとりがセットを注文。そのコーヒーカップ を使って、何人もでコーヒーをまわしのみする、、、ってことを昔やったことがある。心ある店員が「お代は一人ぶん でいいですから」と言って、皆の分のコーヒーカップをもってきてくれた。(よいこはまねしないように) 30 http://www.i.h.kyoto-u.ac.jp/ihs/orita20.jpg 18 6 本日の復習 真田: 今日は不確定性原理について説明します。 湯川: あー疲れてるから、長岡ぁ後は頼むわ。今回出番がなかっただろ。 長岡: 呼ばれて飛びでてジャジャジャジャーン。あ、お呼びでない、 お呼びでない、こりゃまた失礼いたしまし— スパーン 朝永: いい加減にしなさい。さて、不確定性原理とは、「位置と運動量、 もしくはエネルギーと時間を同時に正確に測ることはできない。」 というものです。どうしてか分かりますか?長岡くん。 長岡: それは簡単ですよ、測定装置がショボかったからです! スパーン 朝永: お前の実験の誤差が大きいのは、お前の腕が悪いんじゃい— それはさておき、粒子の位置を見るためには少なくとも一個の 光子をあてなければならない。しかし、その光子のせいで粒子の 位置が動いてしまう—という説明がよく使われますね。 真田: 粒子の位置は確定できるけれども、波動は位置的な広がりをもって いる。粒子性と波動性の二重性をもっている量子においては、この 双方の性質が反映されているのです。 長岡: この二重性、「量子が粒になったり波になったり千変万化だ」と トンデモ系の人は勘違いしているようなんだけどそうじゃない。 両方の性質を持っていて、測定系により粒として解釈するのが妥当 だったり、波として解釈するのが妥当だったりするだけっす。 真田: 不確定性原理は、スリットの間に通る粒子の回折によって説明する ことがよくあります。 速度 v で動く質量 m の粒子。この de Broglie 波長は λ = (h/mv) です。 この粒子が幅 ∆y のスリットを通るとき、回折がおこります。 朝永: 回折した角度を θ とすると、∆ysinθ = λ。 真田: 回折の結果、運動量の方向も広がり、+θ∼ − θ の範囲では、 厳密に定義できなくなってしまいます。スリットと平行な方向への、 運動量の変化量を ∆py とすると、∆py = 2psinθ 。 朝永: さっきの式から、sinθ = λ/∆y だから— 長岡: ∆py = 2pλ/∆y となる、従って ∆py ∆y = 2pλ = 2h。 真田: いい加減だけど、二変数を同時に確定できないことが分かります。 19