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1,589KB - 新エネルギー・産業技術総合開発機構
ISSN 1348-5350
〒212-8554
神奈川県川崎市幸区大宮町1310
ミューザ川崎セントラルタワー
http://www.nedo.go.jp
2008.4.9
1020
BIWEEKLY
NEDO 海外レポート
Ⅰ.テーマ特集
- 地球温暖化特集 -
1. CO2 回収・地中貯留(CCS)技術の現状と展望(世界)
(NEDO 技術開発機構エネルギー・環境技術本部)
1
2. 米国エネルギー省の「気候ビジョン報告書 2007」
‐温室効果ガス排出原単位の削減についての産業界の取組み‐
3. 気候変動に立ち向かうための EU の研究開発
12
25
4. 英国産業連盟による地球温暖化対策に関する提言
‐本格的に動き出した地球温暖化対策‐
5. アルバータ州の二酸化炭素回収・貯留技術への取り組み(カナダ)
38
40
6. 炭素税への取り組み(カナダ)
42
7. メキシコの温室効果ガス(GHG)排出削減戦略と CDM プロジェクト
44
8. 中国の CO2 排出量増加が予想を大きく上回る
‐カリフォルニア大学の研究が示す憂慮すべき状況‐
52
Ⅱ.個別特集
1. 2008 年全人代後の中国のエネルギー情勢
‐南方の雪害で露呈したエネルギー供給体制の脆弱さと政府のエネルギー組織改革‐
0
(NEDO 技術開発機構 北京事務所)
55
Ⅲ.一般記事
1.エネルギー
59
ハイブリッド車への充電が電力系統に与える影響についての調査(米国)
米国エネルギー省はブレイクスルーとなる太陽エネルギープロジェクトに 1,370 万ドルを投資
‐全米の大学から 11 件のプロジェクトを選択‐
建物の省エネルギーは納税者と連邦に利益をもたらす(米国)
61
66
2.産業技術
ゲノミクスと健康格差に関する研究センターを NIH が設置(米国)
‐遺伝学者チャールズ・ロティミがマイノリティ・グループにおける疾病に関する研究を指揮‐
将来の製造に関する 3 つの重要な研究開発優先事項識別報告書・概要(米国)
68
70
URL:http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/
《 本 誌 の 一 層 の 充 実 の た め 、 掲 載 ご 希 望 の テ ー マ 、 ご 意 見 、 ご 要 望 な ど 下 記 宛 お 寄 せ 下 さ い 。》
NEDO 技術開発機構
研究評価広報部
E-mail:[email protected]
Tel.044-520-5150
NEDO 技術開発機構は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の略称です。
Copyright by the New Energy and Industrial Technology Development Organization. All rights reserved.
Fax.044-520-5162
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
【地球温暖化特集】
CO2 回収・地中貯留(CCS)技術の現状と展望(世界)
NEDO 技術開発機構
エネルギー・環境技術本部
プログラムマネージャー
久留島
守広
1. はじめに
20 世紀が「地球資源の消費による発展の時代」とすれば、21 世紀は、「地球環境の制約
下での成長の時代」として、環境問題への人知の集約が不可避な時代だといえる。
環境の世紀を迎え、循環型社会への転換、地球環境問題をはじめとする環境問題への対
応が社会の最重要課題となっている。
一方、世界のエネルギー消費は、中国・インドをはじめとする開発途上国の人口増や経
済発展による増加は不可避で、石炭を中心とする化石燃料に依存することから、今後の対
応においては二酸化炭素(CO2)を分離し貯留するいわゆる CCS(Carbon Dioxide Capture
and Storage:二酸化炭素回収・貯留)技術の産業技術としての導入が求められつつある。
本年 4 月より、京都議定書の実施期間(2008~2012 年の温室効果ガス排出量を平均し
2010 年目標とし、基準年の 1990 年と比較し 6%削減が国際的責務)となったが、2004
年国内の温室効果ガス総排出量(速報値)は 13 億 5,520 万トンと、京都議定書の基準年
である 1990 年を 7.4%上回っている。
国際的にも、温室効果ガスの排出量は増加傾向を示している。例えば、図 1 及び図 2 の
示すように中国・インドをはじめとして発展途上国の温室効果ガス排出量の増加傾向に歯
止めがかからない中、世界各国では温室効果ガス対策として、
「原子力の見直し」などとと
もに、
「CCS の推進」を重要な施策の一つとして位置づけている。
炭 素 換 算 百 万 トン
4500
4000
3500
約 1 8 億トン 増
3000
2500
そ の 他アジア
28%
20%
2000
25%
1500
インド
13%
1000
46%
中国
43%
500
16%
0
1980
1990
2000
日本
9%
2010
(出典:エネルギー経済研究所)
図 1 世界の二酸化炭素排出量
図 2 アジアにおける CO2 排出量の予測
1
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この CO2 の回収・貯留に関する議論は国内的にも活発化している。2006 年秋には、環
境省及び経済産業省が各々CO2 の回収・貯留に関する検討の場を設立した。
まず環境省では、ロンドン条約下での廃棄物の海洋投棄規制に関しその改正案が 2006
年秋に採択され、CCS の手法の一つである「海底下の地層への貯留」が可能とされ、そ
のための国内法制の改正案を審議するべく「二酸化炭素海底下貯留に関する専門委員会)」
(委員長・清水誠東京大学名誉教授)を立上げた。
一方、経済産業省は、
「二酸化炭素回収・貯留(CCS)研究会」
(委員長・茅陽一地球環
境産業技術研究機構(RITE)副理事長)を立上げた。同研究会では、技術課題をはじめ CCS
実施のための法令整備の在り方や、社会的受容性・合意形成、透明性の確保などについて
論議し、報告書をとりまとめた。
さらに、同省・資源エネルギー庁では「石炭火力発電の将来展望研究会」
(筆者が座長)
を設立、前述のアジアにおけるエネルギー需要の急増とエネルギー資源の価格高騰・供給
制約の顕在化において、石炭火力発電を将来ともいかに取組むべきかを中心とした議論の
場を設け、クリーン・コール技術の開発とアジアへの移転、さらに CCS の実施を中心と
した将来展望を報告書にとりまとめた。
2. 地球温暖化問題とは
地球温暖化問題は、各国首脳マターとしていまや国際社会の中心的課題となり、昨年ド
イツにおけるサミットに引続き、本年の北海道・洞爺湖におけるサミットでも主題となる
こととされている。
そもそも、CO2 に代表される温室効果ガスの排出削減を国際的に取組むべく、1997 年気
候変動枠組条約第 3 回締約国会議(COP3)が京都で開催され、先進各国は温室効果ガスの大
幅削減(1990 年比 2010 年平均目標:日本は-6%、EU は-8%、米は-7%他)を約束した。
また本件は、言われている将来の海面上昇のみでなく①「将来の危機ではなく現に今あ
る危機」として持続的開発のための基盤であり、②上記削減目標(京都議定書)の実施規
則他が定められ、本年よりその目標年が始まり、さらに③各国政府・企業は「新たなグロ
ーバル・スタンダード」として戦略的に活用しようとする姿勢がうかがえることなどから、
わが国として産官学の総力を結集した対応が必要である。
このための、CO2 排出削減のメニューは図 3 に示すとおりであるが、①省エネルギーは
その即効性から、工業プロセスのみならず、家電、事務機器、自動車等についても現在官
民あげて新たな技術へのチャレンジが行われ、②原子力も近年の地震災害等による影響が
憂慮されるが、立地への着実な努力が行われている。また、③新エネルギーについては、
導入促進への努力が国内外で行われている。しかしながら、開発途上国では引続き増大す
るエネルギー需要を化石燃料に依存すること等から、世界のエネルギー供給の見通し
(OECD/IEA「World Energy Outlook 2007 Edition」
)では、2030 年までにエネルギー
需要は 50%増加(年平均では 1.6%増)するとされている。その需要増の 70%は、開発途
上国によるもので、中国だけでも 30%を占める。
2
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図 3 二酸化炭素削減技術の体系
また、この見通しでは、現在(2005 年実績で、石炭・石油・ガス等で 80%)及び将来
(2030 年見通し同 81%)とも大部分は化石燃料に依存し、とりわけ 2005 年から 2030 年
へのエネルギー需要増の 83%を占めると予測されている。
こうした状況の下、環境の世紀、21 世紀におけるエネルギー供給確保において、私達が
子孫により良い地球環境を残すために何をなすべきか、また単なる夢の技術でなく産業技
術として、いかに取組むべきであるかが最大の課題であり、原子力の推進とともに CCS
の導入などその早急な対応が問われている。
3. わが国の対応
日本の 1990 年における温室効果ガス排出量は二酸化炭素換算で 12 億 3,700 万トンなの
に対し、最近の地球温暖ガス排出動向については、2004 年の温室効果ガス総排出量(速報
値)は 13 億 5,500 万トンと、京都議定書の基準年である 1990 年を 7.4%上回っている。
今後の見通しでも対策がなされないと目標年の 2010 年には 6%の増加となり、実質的には
12%の削減が必要となる。このため、目標達成には産業界のみならず、民生、運輸の各分
野で非常に大きな努力が必要とされている。
日本は 1998 年 4 月、京都議定書に署名し、国際公約の達成に向けた第一歩を踏み出す
とともに、同年 6 月この国際合意を達成するための取組みとして、2010 年に向けた地球
温暖化対策に関する「地球温暖化対策推進大綱」が地球温暖化対策推進本部により策定さ
れた。また、これに関し、
「地球温暖化対策の推進に関する法律(地球温暖化対策法)
」及
び改正「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネルギー法)
」の 2 つを制定し、
公約達成に向けた今後の方向を示した。さらに、上記削減目標(京都議定書)の実施規則
他が 2001 年に定められたことを受け国内体制の整備に努め、翌年 2002 年上記「地球温暖
化対策推進大綱」の見直しを行うとともに、その実施を担う 3 つの法律、
「地球温暖化対
策法」及び「省エネルギー法」の 2 法律の改正と、電気事業に一定量以上の新エネルギー
の導入を義務づける新法「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法案
(略称 RPS 法)
」を制定の上、同年 6 月 4 日京都議定書批准を行った。
その具体的対策の方向は、経済成長と環境保全を両立しつつ国際公約を達成するため、
3
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①新エネルギーの導入・普及に向けた一層の努力、②省エネルギーのより一層の推進、③
電力事業における燃料転換を図ることなどである。また、
抜本的な温暖化問題の解決には、
中長期的な視点に立った対応が必要であり、技術開発リスクが高くても将来相当の効果が
期待できる革新的な技術開発、現在想定されていないような新技術の開発・普及への取組
みが含まれている。わが国の対策の内訳を図 4 に示す。
1,331
(百万トンCO2)
1,339
(+8.3%)
(+7.6%)
原発の長期停
止の影響分
2.3%
1,300
1,311
現行対策のみ
(+6.0%)
(追加対策の削減量)
4.9%
エネルギー起源
CO2
4.8%
1,237
代替フロン1.3%
メタン等0.4%
1,200
森林吸収源3.9%
京都メカニズム
1.6%
京都議定書削減約束達成
(2008年~2012年)
1,163(▲6.0%)
1,100
基準年排出量
(原則1990年)
2002年度
2003年度
2010年
(出典:2005 年度地球温暖化対策推進大綱等)
図 4 わが国の温暖化ガス排出量削減対策の内訳
4.地中貯留への期待
(1)CCS 技術の国内外の動向
CCS 技術による世界の二酸化炭素貯留ポテンシャルは、地中貯留で 1,745Gt 以上、海洋
隔離で 4,000Gt 以上が見込まれ、
大規模排出源に対応した適切な海域や地層の存在があり、
経済的に成立するかど
うかを考慮する必要が
あるものの、大量の削
減ポテンシャルが期待
できる(図 5 参照)
。
図5
二酸化炭素貯留技術
の概要
4
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我が国では、二酸化炭素隔離技術は、総合科学技術会議における重点分野である環境分
野に位置付けられており、さらに経済産業省のエネルギー環境二酸化炭素固定化有効利用
プログラムの中の研究開発プロジェクトとして推進されている他、前述のとおり関係省庁
における事業化へ向けての検討が進められている。
一方海外でも、多数の国及び機関等が、隔離技術に対する研究開発を熱心に進めている。
特に、石油増進回収法(EOR)の一手段として CO2 を油田に注入することが行われており、
商用化している事例も多数ある。二酸化炭素を用いた EOR による原油生産量は 2000 年世
界で日産約 230 万バレルであり、全世界の原油生産量の約 3.5%を占める。
米国は 1970 年代より、二酸化炭素による EOR を商業的に実現しており、帯水層貯留、
炭層メタン増進回収(ECBM)、さらにフューチャジェンと呼ぶ発電技術も含めた CCS に関
連する多様な研究開発を進めるなど戦略的な展開を図っている。
さらに、ブッシュ政権は化石エネルギー産業に好意的な面があり、エネルギー省 DOE
における CCS に関する予算の顕著な伸びとともに、電力業界・石油産業などをはじめ産
業界も強い興味を示し、州政府も研究・事業施設立地に向けた行動を示している。
カナダでは、アルバータやサスカチュワンの両州を中心に油田増産 EOR、石炭メタン回
収 ECBM などの研究開発が実施されており、2000 年からは、カナダのワイバーン油田に
おいて圧入を実施しているもので、CO2 を用いた石油増進回収(EOR)を目的としたもので、
325km 離れた米国の石炭ガス化工場で発生した CO2 をパイプラインで輸送し、年間 100
万トン規模で 20 年間、総量 2,000 万トンの圧入を計画している(図 6 参照)。この結果、
ワイバ-ン油田において約 50%の石油増産を達成している。ただし、事業化において各国
関係機関も参加して、注入した CO2 漏洩のモニタリングを実施しており、同 CO2 の約半
分の量は再度空気中に排出されるとのこと。一方、同量は地下に留まり、貯留される。
CO2 PIPELINE TO CANADA
Regina
Weyburn
Alberta
Saskatchewan
Saskatchewan
(出典:
Manitoba
Estevan
サスカチュアン州エネルギー資源省資料)
Canada
USA
Montana
North Dakota
図6
Figure 2
Beulah
石炭ガス化プラントから油田までの
Bismarck
CO2 パイプライン(カナダ)
ノルウェーでは Statoil 社が、1996 年より、劣性天然ガスから分離回収した CO2 を北海
ノルウェー沖約 240km の海底帯水層に年間約 100 万 t 規模(ノルウェーの二酸化炭素排
出量の約 3%)で隔離をしている(図 7 参照)
。同国では、導入時約 38 ドル/t- CO2 の炭
素税が課税されるため、炭素税を回避するための手段としても検討されたとのことである。
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(出典:スタットオイル社資料)
図7
天然ガス採掘設備から CO2 分離・帯水層
に年間約 100 万トン注入(ノルウェー)
アルジェリアでは、2004 年からのインサラー・ガス田において、産出ガスから分離した
CO2 (ガス全体の 5~10%)を、大気放散せずに地下のガス貯留層(石炭紀帯水層)に圧
入・貯蔵を行っている。
オランダでは、工業プロセスから分離した CO2 をパイプラインで輸送し、天然ガス採掘
跡に隔離し、夏季に取り出して園芸施設で活用する「CO2 Buffer P,roject」を実施してお
り CO2 の農業利用としても着目される。
また、IEA の CERT では化石燃料部会の下に Greenhouse Gas R&D Programme
(IEA/GHG プログラム)の実施協定を設置し、海洋及び地中隔離技術をはじめとする各種温
暖化対策技術の調査研究と活動成果の普及に努めている。IEA/GHG プログラムには、欧
米先進国を中心とした 17 ヵ国の政府関係機関、
欧州委員会(EC)及び BP、Chevron-Texaco、
Exxon-Mobil、Total-Elf 等オイルメジャーを中心とした 7 企業が参加。日本からは当機構
が参加している。
わが国においても、産官学が連携し国内の具体的なフィールドに適用する技術の開発に
着手している。具体的には、経済産業省により NEDO プロジェクトとして当初の予算計
上がなされた後、地下エンジニアリングと地球環境技術の各々中核機関たる(財)エンジ
ニアリング振興協会及び(財)地球環境産業技術研究機構(RITE)が車の両輪となり、産官
学の技術力を結集した体制のもと上記課題に取組み、新潟県長岡市において CO2 圧入実証
試験による帯水層貯留の実証試験が行われた。この実証試験では、平成 15 年 7 月からの
18 ヵ月間で合計約 1 万トンの CO2 が、地下約 1,100m の帯水層に貯留され、現在、観測
井などによる貯留後のモニタリングが継続的に行われている。
また、CO2 地中貯留を組合せたゼロエミッション型石炭火力発電所の実現に向けた米国
を中心としたイニシアティブ:フューチャジェン(米国エネルギー省主導のもとで進めら
れているプロジェクトで、石炭ガス化発電と発生する CO2 の回収・地中貯留を行うことに
よってニアゼロエミッションを達成する、大規模のプロトタイプ発電施設を建設、実証す
るというもの)に参画すべく、19 年度予算には 7.45 億円の内数として新規計上された。
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対象フィールド(技術)は大きく 3 つに分類される。まず①廃油田・ガス田に貯留する
方法。次に、②CO2 を油田に注入して石油回収量を増加させる原油増進回収法(EOR)。
そして前出図 7 に示すような③帯水層に貯留する方法である。
国内においては、これまでの調査結果から、貯留能力の高い帯水層が日本海側に存在す
ることが確認されており上記③が有望と思われる。高い貯留能力を有するフィールド(地
層)は、難浸透性の岩石で構成されている層(キャップロック)に覆われた封塞構造(ト
ラップ)を持つ構造性帯水層で、調査の結果、構造性帯水層が確認された地域は、陸域 16
ヵ所、海域 13 ヵ所の計 29 ヵ所におよび、その隔離能力は約 15 億トンと見込まれる。こ
れは、我が国の CO2 排出量の内、1990 年を基準とした削減目標 6%の約 2 割、年間 1,500
万トン(全体の約 1.2%)をこのフィールドに地中隔離すると仮定して、約 100 年分に当
たる。
(2)CCS 技術実用化にむけての課題
1)社会的受容性・法的整合性の確保
CCS 技術の基幹である CO2 二酸化炭素の地中への注入については、前述のように
EOR などですでに実用化されているものの、地球温暖化対策の観点からは、隔離技術の
社会的認知を新たに得る必要がある。そのためには、科学的・技術的な知見をさらに集
積し、長期に渡る環境影響評価やリスク評価を積重ねるとともに、より簡便で有効なモ
ニタリング技術を確立することが重要である。
さらに、事業化のためには、図8のように関連法制とともに事業法制の整備が前提で
あり、関係省庁における審議・策定が期待される。(筆者は、鉱業法の改正にて対応す
べきと思料。)
図8
CCS 技術実用化に関係する法制度
ちなみに、気候変動に関する政府間パネル IPCC は、COP7 のマラケシュ合意にもと
づいて、分離回収、貯留技術に関する特別報告書を作成し 2004 年の COP/MOP2 に提
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出した。この中では個々の技術の現状を整理するだけでなく、リスク評価や環境影響評
価等の社会的合意形成を図る上で欠かせない項目についても議論された。
また、海洋海底下貯留については、産業廃棄物の海洋投棄を禁じたロンドン条約及び
ロンドン条約締約国会議において採択された 1996 年議定書(廃棄物の海洋投棄を原則
禁止とするが例外としてリバースリストを規定)との整合性を保つ必要がある。このた
めの同条約が改定され、前述のように国内での同条約における事業についての議論の方
向も注視する必要がある。
更に、国際連合気候変動枠組み条約(UNFCCC)への参加国が義務づけられている国別
報告書を作成するための IPCC ガイドラインが発行されており、温室効果ガス排出量の
推計、報告書の仕様等方針が示されているが、同技術の取り扱いに関する記述がまだ不
十分であり、とりわけ京都メカニズムにおけるクリーン・デベロプメント・メカニズム
CDM として明確に位置付けられることにより、発展途上国も含めた世界各国における
事業化が活発となり、CCS 技術の評価を高めることが期待される。
2)経済性の確保
CCS 技術についてのコスト試算は国内外で実施されているが、図 9 に示すように当機
構の調査資料によると、分離・回収から隔離に至るまでのトータルコストは、海洋隔離
(LNG 複合発電から化学吸収法により二酸化炭素を分離回収した後、LNG 冷熱利用液
化船舶輸送で海中に隔離した場合)では、約 7,940 円/t- CO2、地中貯留(LNG 複合発
電から化学吸収法により二酸化炭素を分離回収した後、
パイプラインで 100km 輸送後、
帯水層に隔離した場合)では、約 6,800 円/t- CO2 と試算されている。特に、トータル
コストのうち約 60~70%程度を占めるのが分離回収に係るコストであり、この分離回収
の為の設備コスト、処理コストを低減することが重要である。米国 DOE は、2015 年頃
に、二酸化炭素分離回収、隔離を含む処理コストを約 10 ドル/t-C ( t- CO2 あたり 327
円程度)にする目標を置いており、EOR 等によるメリットを考慮した上で設定されたも
のと考えられる。
(NEDO 資料)
図9
CCS 技術のコストの
算出例
EU が昨年発表した「世界エネルギー技術の展望報告書(WETO-H2)」では、上記処理
8
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コストが 25 ユーロ/tCO2 に達したならば、
火力発電における CCS 発電所シェアは 2050
年には 62%に達すると予測されており、二酸化炭素の年間貯留量は、6.5Gt/年あるい
は総排出の 20%であり、25 ユーロ/tCO2 のコスト削減が達成されれば、図 10 ように
CCS の展開に申し分ない起爆剤となることが期待されるとのこと。
図 10 世界の火力発電と二酸化炭素回収・貯留 - 二酸化炭素固定化ケース
分離回収分野については、日本においても、化学吸収法や膜分離等で優れた技術があ
る。海外では、EOR 等ですでに商業的に地中隔離が実施されている事例もあることから、
当面は我が国のすぐれた分離技術をさらに磨きをかけた上で海外の隔離サイトに適用
し、経済的な可能性を追求することが、わが国での将来において事業化・実施を行う上
の大きな力となる。
また、分離技術の技術開発を推進するためには、表 1 の手法があるが二酸化炭素排出
源の単位時間当たりの処理量、温度、圧力等の物理的特性やガス組成等の化学的特性を
把握したうえで、適切なプロセスを選定し、最適化を図ることが重要である。
表 1 二酸化炭素分離・回収技術の概要
長所
短所
課題
化学吸収法
吸着法
膜分離法
・常圧、低CO2濃度の
ガスに適する。
・大規模化が比較的
容易。
・装置が簡単であり、
中小規模プラントに
適する。
・中小規模では化学
吸収法よりもコスト的
に有利である。
・装置が簡単であり、
小規模プラントに適
する。
・相変化を伴わないエ
ネルギー的に有利で
ある。
・吸収液の再生に大
きなエネルギーを必
要とする。
・排ガス中の不純物
により吸収液が劣化
する。
・吸着剤の再生に大
きなエネルギーを必
要とする。
・NOx、SOxの事前除
去が必要である。
・バルブの切替が頻
繁なため、耐久性の
面で問題を生じやす
い。
・膜が非常に高価で
ある。
・排ガスから固体粒
子、液体成分の事前
除去が必要である。
・CO2回収率が低い。
・吸収液の再生エネ
ルギー低減。・排ガス
中の不純物による吸
収液の劣化対策。
・大規模化の実績が
ないため、大規模化
のためには新たな技
術開発が必要。
・膜の分離能、信頼
性、耐久性の向上な
ど。
9
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更に、表 2 のように大規模な排出源における高濃度の二酸化炭素を処理することが可能と
なれば分離エネルギーを飛躍的に低減させることが可能であるが、酸素分離等の前工程や輸
送・隔離等の後処理工程を含めたトータルシステムを考慮して最適化を図る必要がある。
表 2 我が国の CO2 大規模発生源の特徴
年間排出量(炭素換算)
排出ガスの特性
排出総量
(1999年度)
1箇所あたり
CO2濃度
その他排ガス中物質
排ガス温度
石炭火力発電
所(電力事業)
3,831万t
(平均規模) 約64万t
(大規模) 210~280万t
13~15%
・SOX:30~70ppm・
・ダスト:5~25mg/Nm3
100度前後
石油火力発電
所(電力事業)
1,695万t
(平均規模) 約9.8万t
(大規模) 180~250万t
12~13%
・SOX:~100ppm
100度以下
天然ガス火力発
電所(電力事
業)
2,790万t
(平均規模) 約24万t
(大規模) 100~130万t
8~10%
不純物は少ないが,水
分が15~17%と多い
100度前後
一貫製鉄所(高
炉+転炉)
3,585万t
(平均規模) 約84万t
(大規模)
93万t
高炉ガス:22%
熱風炉ガス:27%
高炉ガスには、CO、H2
の含有量が高い
数百度
セメント工場(キ
ルン保有工場)
887万t
(平均規模)
(大規模)
23~37%
・SOX:~30ppm
・ダスト:50mg/Nm3程度
100度前後
約46万t
95万t
【出典:各種資料を基に NEDO 技術開発機構で作成】
5. おわりに
大量の二酸化炭素貯留ポテンシャルを有し、各国で積極的に研究開発等が行われている
CCS 技術の実用化に向け、(1)社会的受容性・法的整合性確保、(2)経済性確保、の 2 つの
課題がある。これらの課題の中には、社会的受容性確保や国際法上の位置付け等、一国だ
けでは解決が困難であることが多くあり、各国が協力して取組むことが求められる。
当機構は、二酸化炭素の分離・回収、隔離の分野については、IEA/GHG プログラムの
実施協定に参加して各国と共同で調査研究等を進めてきたことから、今後とも積極的に協力
したい。また、
前述の IPCC における二酸化炭素回収・貯留に関する特別報告書において示
された、二酸化炭素の分離・回収から隔離・貯留までの技術内容・コスト比較、環境影響
評価・リスク評価、隔離・貯留に係る法的側面等に関する国内での検討を進め、関連する
技術の確立を含めわが国の法制度策定に協力していきたい。
さらに,多国間連携と併せ二国間の連携強化も図る必要がある。日米間では、フューチ
ャ・ジェン・プロジェクトへの協力など CCS 技術が重要な研究開発課題の一つと目され、
また、EU 諸国の中には,CCS 技術に積極的に取組んでいる国が多く、また、EU 委員会
も本年央には統一した推進方策を策定するとのこと(筆者が、本年 3 月 26 日ブラッセル
にてクリス・デービス議員との面談の際同氏明言)
。これらの国々との協議等を通じ、具体
的な国際共同研究に着手すべきである。
さらに、前述のように、CO2 排出削減のための方策、①省エネルギー、②燃料転換・原
子力、③新エネルギーについては、省エネルギー以外は各々限界と制約を抱えている。ま
た、引続き増大するエネルギー需要を依存することになる化石燃料については、石炭以外
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NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
の石油・天然ガスともその資源賦存量から今世紀央には生産の限界が来ると予測されてい
る。図 11 のように、北海油田には既にその兆候が現れており、早晩英国は石油資源の輸
出国から、輸入国へ転じる(国内需給:緑線)と危惧されているとのこと。
注)
図中のオレンジが石油の生産量、黄色が天然ガ
スの生産量、緑の線が需要量、図中の縦の白い
線の左側が実績、右側が予測値
図 11
英国・北海油田の生産量
こうした状況において、CCS 技術と組み合わせることにより、環境調和型資源としての
石炭の活用として、例えば二酸化炭素分離回収型の石炭火力と地中貯留 CCS を活用した
エネルギーシステムを志向することも一案である。他方、新エネルギーに過大な期待や幻
想を有することは社会・経済の安定性の観点から危険でもあり、これらエネルギー供給の
限界をはじめ、経済性や克服すべき課題を十分に把握することが前提である。
このため、前述のように、CCS 技術と発電技術などを組み合わせた各種技術をエネルギ
ーシステムとして産業活動に組込んでいくことが、わが国のエネルギー・セキュリテイ及
び地球環境のため、またアジアにおける持続可能な社会・経済発展を可能とし新規産業・
雇用の創出に資するとともに、わが国が当該分野で「グローバル・スタンダード」を構築
するためのまさに「メジャー」となるであろう。
このようなことから、CCS が、環境の世紀を支えるキー・テクノロジーとなることを期
待したい。
11
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
【地球温暖化特集】
米国エネルギー省の「気候ビジョン報告書 2007」
―温室効果ガス排出原単位の削減についての産業界の取組み-
米国エネルギー省(DOE: Department of Energy)は 2008 年 2 月、「気候ビジョン報告
書 2007 (the Climate VISION Progress Report 2007)」を発表した。同報告書では、2002
年~2006 年にエネルギー多消費型産業が行った温室効果ガス排出原単位 1 (greenhouse
gas emissions intensity)の改善が報告されている2。NEDO 海外レポートでは地球温暖化
特集として、この報告書のポイントを抄訳し、紹介する。
目次
1. サマリー(要約):気候ビジョンの発足/目標および活動/成果の評価
2. 電力部門:POWER PARTNERSSM(米国電力会社組合連合)より「概況」
3. 付録:データ表 より
1. サマリー(要約)
気候変動は何世代にもわたって持続的な取組みが必要な複雑で長期的な課題である。米
国はブッシュ大統領の指揮の下、短期間で成果を出すとともに好調な経済を維持するとい
う、2つの課題のバランスをとりながら政策を策定・実施してきた。このアプローチによ
り明らかとなったのは、経済が成長するにつれて、新規のクリーンなエネルギー技術に対
してより大きな財政的投資が可能となるということである。さらに米国は、堅固な科学
的・技術的基盤を礎にして、不確定要素を減らし、リスクと便益を明確にし、現実的な影
響緩和オプションを策定することによって、国連気候変動枠組条約(UNFCCC: United
Nations Framework Convention on Climate Change)の最終的な目標―気候システムに
人間が危険な干渉を与えないレベルで温室効果ガス濃度を安定化させること―の達成を
目指している。
ブッシュ政権の主要な取組みには以下のようなものがある:(1) 短期の政策・措置を実施
して、温室効果ガス(GHG)の排出量増加速度を鈍化させる、(2) 気候変動科学の進歩、(3) 技
術開発と商業化の促進、(4) 国際連携の推進。連邦政府は気候変動の取組みを支援するため
に、予算年度2001~2007年に科学、技術、国際支援、及びインセンティブ・プログラムに
対して約370億ドルの助成を行った。これは、他のどの国よりも大きな支援額である。
1
2
温室効果ガス排出原単位とは、温室効果ガスの排出量を、排出量と密接な関係を持つ値(生産数量や建物延
床面積など)で除した値のこと。
NEDO 海外レポート 1018 号:米国エネルギー省の「気候ビジョン報告書 2007」参照。
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/1018/1018-11.pdf
12
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NO.1020,
2008.4.9
気候ビジョンの発足
2002年ブッシュ大統領は、2002~2012年の間に米国の温室効果ガス原単位(greenhouse
gas intensity)(経済生産1単位に対する温室効果ガス排出量の割合)を18%削減するとい
う、壮大ながらも達成可能な目標を設置した。この目標が設置された時点での、2002~2012
年の「未対策の場合(BAU: business-as-usual)」の予想改善率は14%程度であった。未対
策の場合のベースライン3予測(baseline forecast)と比較して、この公約を達成した場合、
ブッシュ政権の試算では、2012年に二酸化炭素(CO2)換算で3億6,700万トンの排出を追加
で防止でき、また、同じ10年間でCO2換算で累積18億3,300万トン以上の排出量を低減で
きるとのことである。
「気候ビジョン」は連邦政府プログラム(自主参加プログラム、展開・導入のためのパ
ートナーシップ、インセンティブ、義務(mandate))の大きなポートフォリオのうちの一
つであり、ブッシュ大統領の目標の達成を支援するものである。原単位を18%削減すると
いう目標の設置にあたり、ブッシュ大統領は民間企業にも役割を果たすよう呼びかけた。
民間の事業者らはこの呼びかけに応じ、2003年2月には、連邦政府と、米国の温室効果ガ
ス排出量の約40~45%を占めているエネルギー多消費型産業部門(表1参照)からの何千
もの企業を代表する各産業連盟が、気候ビジョン(VISIONは「Voluntary Innovative
Sector Initiatives: Opportunities Now」の頭文字)として知られる自主的なパートナーシ
ップ4に参加した。この反響は、企業文化に大きな変化が起こり、企業の意志決定において
温室効果ガス排出量とその結果の重要性が認識されたことを示している。
気候ビジョンには米国で最大規模の事業者もメンバーとして参加しており、様々なエネ
ルギー多消費型産業部門(石油・ガス産業、電力産業、石炭・金属産業・鉱業、製造業(自
動車、セメント、鉄鋼、マグネシウム、アルミニウム、化学品、半導体)、及び林業)を代
表している。以下は参加機関である。
・自動車製造者連合(Alliance of Automobile Manufacturers)
・アルミニウム協会(Aluminum Association)
・米国化学工業協会(American Chemistry Council)
・米国森林・製紙協会(American Forest & Paper Association)
・米国鉄鋼協会(American Iron & Steel Institute)
・米国石油協会(American Petroleum Institute)
・ビジネスラウンドテーブル5(The Business Roundtable)
・工業金属協会(北米)(Industrial Minerals Association—North America)
・国際マグネシウム協会(International Magnesium Association)
3
4
5
ベースライン(ケース):対策のためのプロジェクトなどがなかった場合の想定(値)。
米国のパートナーシップとは「2 名以上の者が営利を目的に共同所有者として事業を遂行する団体」と定義
され、税制上有利な扱いを受けることが出来る。
Business Round Table: アメリカ大手企業の CEO(最高経営責任者)が参加する経済団体。
13
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・米国石灰協会(National Lime Association)
・米国鉱業協会(National Mining Association)
・ポートランドセメント協会(Portland Cement Association)
・米国電力会社組合連合(Power Partners SM)6:エジソン電気協会(EEI)、原子力エネル
ギー協会(NEI)、米国公共動力協会(APPA)、電力供給協会(EPSA)、テネシー峡谷開発公
社(TVA)、農業電力協同組合(NRECA)、及び大規模公共電力評議会(LPPC)。
・米国半導体工業会(Semiconductor Industry Association)
4つの連邦関連機関(エネルギー省(主務官庁)、農務省、運輸省、及び環境保護庁(EPA))
もプログラムに参加している。この新しい自主参加プログラムの立ち上げにあたり、ブッシ
ュ大統領は次のように述べている:「これらのイニシアティブが、米国経済の温室効果ガス
原単位を削減するという私達の目標達成に貢献するととともに、参加事業者と産業界がエネ
ルギー効率と生産性全般を改善し続ける助けにもなることを、私は高く評価している。」
目標および活動
気候ビジョンの主要な目標は、よりクリーンで効率的に温室効果ガスを回収・隔離でき
る技術、実施法、及びプロセスへの移行を進めることによって、産業活動のエネルギーと
温室効果ガス原単位を改善するための、費用効果的な選択肢を特定・探求することである。
気候ビジョンの14参加機関のうち13機関が、エネルギー効率の増大と、各部門の温室効果
ガス原単位を改善するための、量的・質的な目標を示した同意書(letter of intent)を発表し
た(表2参照)。これは原単位の18%削減という目標達成に貢献するであろう。
気候ビジョンの参加機関はこれらの目標を支援するために様々な活動を実施してきた。
これらの活動は、目標達成のための戦略が詳述されている参加機関が用意した作業計画の
中で述べられている。各作業計画は4つのテーマに沿って構成されている:(1) 排出量の計
測及び報告の手続、(2) 短期の費用効果的な温室効果ガス削減機会の特定・実施、(3) 部門
横断型の温室効果ガス排出量削減プロジェクト、(4) 技術研究開発・商業化。
気候ビジョンの参加機関は、2003年にプログラムが設置されて以降、目標に向けて前進
し、その多くはスケジュールを前倒していることを報告している。詳細は気候ビジョン報
告書の第3章に書かれている。以下に各部門の主な概況を示す。
・自動車製造者連合:2002~2005年の間に、同連合のメンバーらはCO2総排出量を約13%
削減した。また2005年に排出原単位を約3%(米国の工場で製造された1車両当たりの
CO2で計算)削減した。
・アルミニウム協会:生産1トン当たりの製造プロセスからの直接排出量(パーフルオロ
6
右肩の SM は Service Mark のことで、登録の有無にかかわらず商標であることを示す略号。このマークが
ないと「電力会社の共同出資者」などの一般的な意味になる。
14
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カーボン(PFC)7とCO2の排出量の合算を含む)は、1990~2005年の間に56%減少した。
・米国化学工業協会:米国化学産業界の温室効果ガス原単位は、1990~2006年の間に34%
改善した。1990年以降、同産業の生産量は41%増大したが、温室効果ガスの総排出量は
7%減少した。
・米国森林・製紙協会:2000~2004年の間に、米国森林・製紙協会の加盟企業は温室効果
ガスの直接排出量をCO2換算で6,120万トンから5,140万トンに低減、約16%削減した。
これは直接排出原単位に換算すると12%となり、生産物1トン当たりのCO2に換算する
と0.514トンから0.453トンに低減されたことになる。
・米国鉄鋼協会:出荷される鋼鉄1トン当たりのエネルギー原単位は、2002~2006年の間
に約15%改善した。1990年以降でみると、エネルギー原単位は約29%削減された。
・米国石油協会:石油精製業者は、2002~2012年の間でエネルギー効率を10%改善する
という目標に向けて取り組んでいる。2006年のエネルギー節約量は52万8,000台以上の
車のガソリン量に相当する。
・ビジネスラウンドテーブル:ラウンドテーブルのメンバー企業のうち70%が「気候
RESOLVE」イニシアティブ8に参加している。ラウンドテーブルのイニシアティブは、
企業が温室効果ガスの管理プログラムを策定・改善するのを支援している。
・工業金属協会(北米):報告によると、温室効果ガス・プログラムに参加している企業
は、2000~2005年の間に、平均で15%を少し上回る量のエネルギー関連のCO2排出量を
削減した。
・国際マグネシウム協会:環境保護庁が主導する「マグネシウム産業界のための六フッ化
硫黄(SF6)の排出低減パートナーシップ(SF6 Emission Reduction Partnership for the
Magnesium Industry)」のもとで、マグネシウム産業界の加盟事業者らは、最強の温室
効果ガスである六フッ化硫黄9の直接排出量を、2005年にCO2換算で80万トン削減した。
目標は2010年までに同パートナーシップに参加している企業の六フッ化硫黄排出量を
完全にゼロにすることである。
7
8
9
Perfluorocarbon: 炭化水素の水素を全部フッ素で置換した化合物の総称。オゾン層は破壊しないが、CO2 の
数千倍温室効果をもつ。
RESOLVE= Responsible Environmental Steps, Opportunities to Lead by Voluntary Efforts.ビジネスラ
ウンドテーブルにより設置された、温室効果ガスの排出を制御し、米国経済の温室効果ガス原単位を改善す
ることを目標とした、自主参加による分野横断的イニシアティブ。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した地球温暖化係数によると、積算期間 100 年で二酸化炭素を
1 とした場合、六フッ化硫黄の温室効果はその 23,900 倍の影響がある。
15
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・米国石灰協会:米国石灰協会の加盟企業が製造した石灰製品のエネルギー関連のCO2原
単位は、2002~2006年の間で約3%削減された。
・米国鉱業協会:炭鉱から排出されるメタンの量は2000~2005年の間で約6%減少した。
・ポートランドセメント協会:暫定データによると、米国のセメント製造業者は、1990~
2020年の間に製造・販売されるセメント製品1トン当たりのCO2排出量を10%低減させ
る目標の達成に向けて、十分な進展を果たしており、多分目標を超えるであろう。
・米国電力会社組合連合(Power PartnersSM): 電力業界は現在、基準年(base year)であ
る2000~2002年の平均値から、10年間で3~5%相当の温室効果ガス原単位を削減する
という目標に取り組んでいる。同連合の2005年の温室効果ガス排出量原単位は、基準年
の平均値から2.5%減少した。
・米国半導体協会:2005年、EPAの半導体協会の加盟事業者は、温暖化を進める危険が高
いフッ素化合物ガス(パーフルオロカーボン(PFCs)、ハイドロフルオロカーボン(HFCs)、
六フッ化硫黄(SF6)、三フッ化窒素(NF3)など)の直接排出量を、CO2換算で770万トン低
減した。
成果の評価
各部門が報告している成功は、米国経済および産業・電力部門における温室効果ガス原
単位のデータでも明らかに示されている10。経済全体に関しては、成長率はベースライン
予測で示された値よりも高かった。その一方で、温室効果ガスの排出量の増加率はより緩
やかとなっている。結果として、2002~2006年の間の温室効果ガス原単位は、ベースライ
ン予測よりも大幅に改善した(改善率予測値3.8%に対して、実際の値は9.5%)。これは
米国が2012年までにエネルギー原単位を18%改善するという目標値の(超過とまではいか
なくても)達成の途上にあることを示している11。温室効果ガス原単位がより早いペース
で改善されているため、2006年の温室効果ガス排出量はベースライン予測のGDP調整後の
値よりもCO2換算で約4億5,000万トン低かった12。
産業・電力部門の2002~2012年をベースラインとした原単位の改善予測値は、経済全体
分析の詳細については、この報告書の第 4 章(本稿では非掲載)または以下の URL を参照されたい:
http://www.climatevision.gov/pdfs/CV_TrackingReport_2002-2006.pdf.
11 GHG 原単位の目標は、「経済全体で 2012 年に GHG 原単位の 18%改善」を基準にしていることを強調し
ておかなければならない。この分析は 10 年間で原単位を 18%改善するという目標に関して、年毎の数値目
標を設定していることを示すものではない。また、経済の特定の部門がトータルの目標の特定の割合を達成
することを期待されていることを示すものでもない。これらのデータは実際の進捗状況を表しているにすぎ
ない。
12 以下を参照:http://www.whitehouse.gov/news/releases/2002/02/addendum.pdf.
10
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の原単位の改善予測値よりも高い改善率であった。産業・電力部門については、温室効果
ガス原単位が2002年から2006年にかけて9.4%改善され、産業・電力部門のベースライン
予測の5.4%よりも大きな改善率であった。2005年の原単位は約2.8%という大幅な改善を
みせて2006年にはさらに5.2%改善し、予測値より低い改善率であった2003年と2004年を
補う以上の数値結果となった。
経済全体、及び、産業・電力部門の双方とも、温室効果ガス原単位の改善率は予測値よ
りもかなり大きかった。結果として、これら双方の排出量原単位の改善率はベースライン
を大幅に上回っている(図1参照)。
産業・電力部門の GHG 原単位 2002=1.000
図 1:産業・電力部門の
実際の/ベースラインの 温室効果ガス(GHG)原単位
産・電部門 ベースライン
産・電部門 実績
基となるデータに関しては、付録(後出)の表A-2を参照のこと。
さらに、EIA(Energy Information Administration: エネルギー情報局)の最新データ
では、2006年の米国全体の温室効果ガス排出量13は1.5%減少、同じく産業・電力部門の排
出量は1.4%減少したことが示されている。
13
EIA「Emissions of Greenhouse Gases in the United States 2006 ( November 2007)」 :
ftp://ftp.eia.doe.gov/pub/oiaf/1605/cdrom/pdf/ggrpt/057306.pdf
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これらのデータは、2003年以降、気候ビジョンのパートナーらが自主的な活動を通して
大幅な進展をなし遂げてきたことを示している。このプログラムの長期的成功は多くの要
素に依存することになるだろうが、そのうち幾つかの要素は気候ビジョンのパートナーら
が影響を及ぼせる範囲を超えている。しかし、温室効果ガス原単位の将来の改善に関して
は、米国経済全体と産業・電力部門の双方について、楽観的見方をとれる理由が幾つかあ
る。この報告書で述べられている活動、投資、及び新技術は、この先も温室効果ガス原単
位の改善に引き続き役立つだろう。燃料市場の発展と経済的インセンティブ(例えば、
「2005年エネルギー政策法(the Energy Policy Act of 2005)」の下で実施されているよう
なインセンティブなど)により、経済全体で活動の増加が後押しされており、また、米国
全体でエネルギー効率と低炭素エネルギー源の重要性が高まってきている。
表1:気候ビジョンの部門別
温室効果ガス直接排出量(2002 年)
単位:CO2 換算百万トン注
気候ビジョン 部門
電力産業*1
化学品*1
石油精製*1
鉄鋼*1
鉱業*1
セメント*1,2
パルプ・製紙*1
自動車製造*1
石灰*2
工業鉱物*4
アルミニウム*2
半導体*2
マグネシウム*2
気候ビジョン 合計
米国 合計*3
2002 年の
各部門の
GHG 直接
排出量合計
部門の直接
排出量合計
/米国の総
排出量
2,256
262
172
96
72
70
66
16
11
9
5
4
3
3,042
6,891
32.7
3.8
2.5
1.4
1.0
1.0
1.0
0.2
0.2
0.1
0.1
0.1
0.0
各部門が示
した気候ビ
ジョンの目
標(%概算)
気候ビジョ
2002 年の
ンの各部門
部門別
の排出(%)
GHG 排出
/米国の排
量(調整済)
出量
100
85
60
75
100
95
80
80
95
80
98
80
90
44
2,256
223
103
72
72
66
53
13
10
7
5
4
2
2,885
6,891
32.7
3.2
1.5
1.0
1.0
1.0
0.8
0.2
0.2
0.1
0.1
0.1
0.0
注:項目別に四捨五入表示をしているので合計は必ずしも一致しない。気候ビジョンのパートナーの主要目標
に関連した排出量のみ含まれている。部門別のGHG排出量には以下のものが含まれる:エネルギー関連の
CO2排出量(電力産業、化学品、石油精製、鉄鋼、鉱業、セメント、パルプ・製紙、自動車製造、石灰、
及び工業鉱物※の各部門)、プロセス関連のCO2排出量及びその他の温室効果ガス排出量(セメント、ア
ルミニウム、半導体、及びマグネシウムの各部門)。
※石材、ガラス、ダイヤモンドなど非金属の鉱物資源。
出典:*1: EIA Annual Energy Outlook 2005 Yearly and Supplemental Tables
*2: EPA Inventory of U.S. Greenhouse Gas Emissions and Sinks 1990 – 2003
*3: EIA Emissions of Greenhouse Gases in the United States 2003
*4: Climate VISION letters of intent.
18
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NEDO海外レポート
参加団体
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表 2 気候ビジョン参加団体の量的目標
量的目標
自動車製造者連合
2002~2012 年で米国の製造工場から排出される GHG 排出量原単位
を 10%削減。(製造された 1 車両当たりの CO2)
アルミニウム協会
1990~2010 年でアルミニウム 1 トン当たりの炭素陽極から排出され
るパーフルオロカーボンと CO2 を炭素換算で 53%削減。
米国化学工業協会
1990~2012 年で生産物 1 ポンド当たりの GHG 排出量を 18%削減。
米国森林・製紙協会
2000~2012 年で GHG 原単位を 12%削減。
米国鉄鋼協会
2002~2012 年でエネルギー原単位を 10%改善。
米国石油協会
2002~2012 年で製油所操業のエネルギー効率を 10%改善。
ビジネスラウンドテーブル
GHG を低減、防止、相殺、隔離するための自主的活動に、ラウンド
テーブルの全メンバーが参加。
工業鉱物協会
ソーダ灰業界とホウ酸塩業界のメンバー企業は、2000~2012 年で製
品 1 トンあたりの燃料消費から排出される GHG を 4.2%低減。
国際マグネシウム協会
2010 年末までにマグネシウム製品・鋳物から排出される六フッ化硫
黄を低減。
米国石灰協会
2002~2012 年で製品 1 トン当たりの燃料消費から排出される GHG
を 8%低減。
米国鉱業協会
2002~2012 年で鉱業操業のエネルギー効率を 10%改善。
ポートランドセメント協会
1990~2020 年でセメント製品製造・販売量 1 トン当たりの CO2 排
出量を 10%低減。
米国電力会社組合連合
基準期間 2000~2002 年から 2010~2012 年までに、発電電力当たり
の GHG 排出量を 3~5%相当低減。
米国半導体工業会
1995~2010 年でパーフルオロ化合物の総排出量を 10%低減。
(注)GHG:温室効果ガス
2. 電力部門:POWER PARTNERSSM(米国電力会社組合連合)より「概況」
・2003年1月、米国の電力部門のリーダーらが集い「Power PartnersSM」を設立した。Power
PartnersSMは米国の温室効果ガス排出原単位を大幅に削減することを目指して、新しい
自主的な公約の調整を行っている。Power PartnersSMを構成している7つの電力組織は、
米国の発電量の100%を占めている。
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NEDO海外レポート
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・Power PartnersSMは、基準年2000~2002年の平均値から、10年間で3~5%相当の温室
効果ガス排出原単位を削減すると公約した。電力業界は現在削減目標に向けて取り組ん
でいる。プログラムの開始からたった3年しか経っていないにもかかわらず、2005年の
温室効果ガス排出原単位は、基準年の平均値よりも既に2.54%低減されている。
・Power PartnersSMの初の報告書が2007年1月に発表された。52ページにわたる報告書で
は、温室効果ガス排出原単位の自主的削減における、産業界全体の成果と各企業の成果
が報告されている。
・2002年以降、Power PartnersSMは、炭素原単位の目標達成を支援する産業全体の一連の
イニシアティブを推進してきた:
PowerTree Carbon Company14イニシアティブ、
石炭燃焼製品パートナーシップ(Coal Combustion Products Partnership)、
国際電力パートナーシップ(International Power Partnerships)、
米国電力研究所(EPRI)の技術イニシアティブ5件
(1) CoalFleet for Tomorrow15イニシアティブ
(2) CO2捕捉・貯留試験センター
(3) 農作物生産過程での亜酸化窒素の排出量低減による温室効果ガス相殺の開発
(4) 電力輸送手段の推進
(5) DOEとEPRIが共同設立した核燃料物質研究センター
・電力会社は温室効果ガス排出原単位を削減するために何百件ものプロジェクトを実施し
ている。プロジェクトには以下のようなものが含まれる:原子力出力増強(nuclear
uprate)プログラム、生物学的な隔離(biologic sequestration)、再生可能エネルギープロ
グラム、グリーン電力及びグリーン価格プログラム、エネルギー効率及びDSM16プログ
ラム、SF6プログラム、クリーンコール技術、天然ガス発電、ならびに、企業別の削減
公約。2007年1月のPower PartnersSM年次報告書では多数の事例が報告されている。
・2005年、Power PartnersSMの資源ガイド17がオンライン化された。このウェブサイトは
ウェブベースの資源ツールであり、電力業者と発電業者が温室効果ガスの排出を低減・
防止・隔離する活動の実施を支援するために開発された。毎月何千ものユーザーがこの
資源ガイドから、プロジェクトの説明や他のウェブサイトへのリンクを使用して、様々
なトピックの最新情報や最先端の情報を検索している。
14
15
16
17
電力会社が結成した官民の非営利組織により設置された、植林活動によって、気候変動、絶滅の危機にある
野生動物の生息地保護、水質の改善、及び洪水の防止に取り組むことを目的としたイニシアティブ。
最先端の石炭技術・石炭発電の商業開発を支援するために設置された、産業界主導の包括的な共同イニシアティブ。
Demand-side management: 季節や時間帯による電力供給の負荷を平準化するために、電力会社が需要家側
に働きかける管理・抑制のための諸活動のこと。例:深夜割引料金の設定、効率性の高い機器の奨励など。
http://uspowerpartners.org/
20
NEDO海外レポート
図2
NO.1020,
2008.4.9
Power PartnersSM の GHG 排出量原単位の傾向(年間平均値)
Power PartnersSM は今後 10 年間で、基準年 2000~2002 年の
平均値から 3~5%の GHG 排出量原単位を低減するという公約
を行った。2005 年の GHG 排出量原単位は、プログラム開始後
原単位(発電量 1MWh 当たりの CO2 トン換算)
3 年で既に基準年の平均値より 2.54%低減された。
基準年の平均値
実パフォーマンス
目標年の平均値
Sources: U.S. Department of Energy, Energy Information Administration; 2006
Power PartnersSM Survey.
低減
出典:米国DOE、エネルギー情報局;「2006
Power
実パフォーマンス*
PartnersSM
Survey」
目標年の平均値
出典:米国 DOE、EIA;「2006 Power PartnersSM Survey」
21
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
3. 付録:データ表 より
表A-1
温室効果ガス排出量、経済生産高、排出量原単位のベースライン予測
(2002-2012年)(2002=1.000)
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
経済全体の指数
米国 GHG 指数
1.000
1.027
1.045
1.064
1.083
1.102
1.118
1.134
1.152
1.171
1.188
GDP 指数
1.000
GDP1 ドル当たり
1.000
の GHG 原単位
2002 年と比較し
た GHG 原単位の
0.0%
改善率
産業・電力部門の指数
産業・電力部門
1.000
GHG 指数
産業・電力部門
1.000
生産高指数
生産高 1 ドル当た
りの産業・電力部
1.000
門の GHG 原単位
2002 年と比較した
GHG 原単位の改
0.0%
善率
1.032
1.061
1.094
1.126
1.160
1.201
1.246
1.293
1.342
1.383
0.995
0.985
0.973
0.962
0.950
0.930
0.910
0.891
0.873
0.859
0.5%
1.5%
2.7%
3.8%
5.0%
7.0%
9.0%
10.9%
12.7%
14.1%
1.029
1.047
1.067
1.087
1.107
1.120
1.133
1.149
1.166
1.181
1.043
1.078
1.115
1.150
1.188
1.223
1.261
1.307
1.353
1.391
0.987
0.971
0.956
0.946
0.932
0.916
0.898
0.879
0.862
0.849
1.3%
2.9%
4.4%
5.4%
6.8%
8.4%
10.2%
12.1%
13.8%
15.1%
出典:
「Twenty-First Strategies」-「Industry & Power Group GHG Tracking for Voluntary GHG Programs,
2002-2006, Attachment A」
参照:http://www.climatevision.gov/pdfs/CV_TrackingReport_2002-2006.pdf.
表A-1は、米国経済全体、及び、産業・電力部門の双方について、温室効果ガス排出量、経
済生産高、及び排出原単位(GDP1ドル当たり、または単位IP指数(鉱工業生産指数)当たり)
をベースライン分析としてまとめた表である。これらのベースライン予測値は全て、2002年
の値を1.000とした指数で表されている。表A-1からは以下のような傾向がみてとれる。
・「経済生産高」:2002~2012年で、米国のGDPベースラインは実質38.3%の増加が予
測される。同じ期間のベースラインの工業生産指数は、それよりわずかに高い39.1%の
増加と予測される。
・「温室効果ガス排出量」:2012年の経済全体の温室効果ガス排出量は2002~2012年で
約18.8%増加すると予測している。産業・電力部門については、それよりわずかに低く、
18.1%の増加という予測になった。
・「温室効果ガス原単位」:経済全体の2012年の「温室効果ガス原単位」は2002年と比較
して85.9%であり、約14.1%改善されると予測されている。一方、産業・電力部門は、
22
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
それよりわずかに高い改善率で、2002~2012年で15.1%減少と予測されている。
経済全体と産業・電力部門の2つのベースライン指数の差が最も開いているのは、2002
~2012年の間の初期の年代である。例えば、産業・電力部門の2006年の原単位は、2002
年レベルと比較して5.4%の改善率が予測される一方、米国経済全体のベースライン原単位
は、2002年レベルと比較して3.8%のみ改善の予測である。
表 A-2 ベースライン予測と比較した実際の GHG 排出量(2002~2006 年)
米国経済全体
2002
2003
2004
2005
2006p
GHG 排出量
1.000
1.027
1.045
1.064
1.083
6,944.9
7,012.4
7,133.5
7,181.4
7,075.6
1.000
1.01
1.027
1.034
1.019
ベースライン予測における指数(2002=1.000)
1.000
1.032
1.061
1.094
1.126
実際の米国経済全体の活動指数(2002=1.000)
1.000
1.025
1.062
1.095
1.126
ベースライン予測における原単位指数(2002=1.000)
1.000
0.995
0.985
0.973
0.962
2002 年対比改善率(ベースライン予測)
0.00%
0.48%
1.47%
2.74%
3.80%
原単位指数実績(2002=1.000)
1.000
0.985
0.967
0.944
0.904
2002 年対比改善率(実績)
0.00%
1.50%
3.32%
5.57%
9.55%
ベースライン予測における指数(2002=1.000)
GHG 排出量実績(EIA 報告:CO2 換算百万トン)
GHG 排出量実績指数(2002=1.000)
生産高
GHG 原単位
原単位の改善による GHG 削減量
ベースライン予測対比(CO2 換算百万トン)
-
72.9
136.4
215.2
449.8
2002 年実績対比(CO2 換算百万トン)
-
106.8
244.7
423.2
747.4
2002
産業・電力部門
2003
2004
2005
2006p
GHG 排出量
ベースライン予測における指数 (2002=1.000)
1.000
1.029
1.047
1.067
1.087
3,936.0
3,948.0
4,009.2
4,021.6
3,964.7
1.000
1.003
1.019
1.022
1.007
ベースライン予測における指数 (2002=1.000)
1.000
1.043
1.078
1.115
1.15
実際の産業・電力部門の生産高指数 (2002=1.000)
1.000
1.011
1.036
1.069
1.112
ベースライン予測における原単位指数 (2002=1.000)
1.000
0.987
0.971
0.956
0.946
2002 年対比改善率(ベースライン予測)
0.00%
1.34%
2.89%
4.37%
5.44%
GHG 原単位指数実績 (2002=1.000)
1.000
0.993
0.983
0.955
0.906
2002 年対比改善率(実績)
0.00%
0.75%
1.65%
4.45%
9.45%
ベースライン予測対比(CO2 換算百万トン)
-
-23.4
-50.5
3.4
175.4
2002 年実績対比(CO2 換算百万トン)
-
29.8
67.4
187.3
413.7
GHG 排出量実績 (EIA 報告:CO2 換算百万トン)
GHG 排出量実績指数 (2002=1.000)
生産高
GHG 原単位
原単位の改善による GHG 削減量
出典:
「Twenty-First Strategies」―「Industry & Power Group GHG Tracking for Voluntary GHG Programs,
2002-2006」、参照:http://www.climatevision.gov/pdfs/CV_TrackingReport_2002-2006.pdf.
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NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
表A-2は各年の実際の温室効果ガス原単位の推移を、ベースラインケースから得たベン
チマークと比較したものである。
米国経済全体の「温室効果ガス原単位」に関しては、2002~2006年の間に9.5%改善さ
れた。これはベースライン予測の3.8%よりも大きな改善率であった。この「温室効果ガス
原単位」の急速な改善率によって、2005年の「温室効果ガス排出量」は、ベースライン予
測のGDP調整値に比べてCO2換算で4億5,000万トン低い結果となった。
産業・電力部門に関しては、2002~2006年の間に「温室効果ガス排出原単位」が9.4%
改善された。この改善率は産業・電力部門のベースライン予測の5.4%よりもかなり良い改
善率であった。2005年には大きく改善されて約2.8%となり、2006年にはさらに5.2%改善
された。この改善率の伸びは、予測値より低い値であった2003年と2004年の分を補う以上
の数値であった。
翻訳・編集:研究評価広報部
出典:http://www.energy.gov/media/Climate_Vision_Progress_Report.pdf より以下抜粋:
ⅲ~ⅵ(SUMMARY)、P4&P5(表)、p55(Highlight)、P58(図)、P68~70(APPENDIX)
24
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
【地球温暖化特集】
気候変動に立ち向かうための EU の研究開発
EU(欧州連合)では地球温暖化対策として、再生可能エネルギーの使用拡大、省エネ
ルギー、温室効果ガス排出枠取引制度、CO2 回収・貯留などの政策を推進してきた。本年
1 月 23 日には欧州委員会が気候変動とエネルギーに関する一連の政策の提案を行った 1。
EU ではこれに先立ち、2007 年秋に、
「気候変動との闘い」に関する一連の小冊子を発行
して PR に努めている。NEDO 海外レポートでは、地球温暖化特集として、このうち「気
候変動に立ち向かうための EU の研究開発(2007 年 11 月)
」を取り上げ、その全訳を掲
載する。
目次
1. 気候変動への取り組みにおける研究開発の重要性
2. EU の重点研究開発分野
3. 国際協力
4. 新技術の確実な実用化
5. EU により資金助成を受けている研究プロジェクト
①気候モデルと政策ニーズの関連付け
②気候変動による影響とコストの評価
③より持続可能なエネルギーシステムの実現
④地球観測システムの連携と調整
⑤国際協力
1. 気候変動への取り組みにおける研究開発の重要性
気候変動は非常に複雑で大規模な問題である。集中的な研究努力により、気候変動を引
き起こす要因やその影響を軽減する方法に対して理解が進んでいる。これまでに実施され
てきた研究は、気候変動の原因、兆候、影響を特定するために役立ってきた。その結果、
我々の知識は急速に向上し、不明な要素が減少しつつある。
経済分析を研究に組み入れることにより、気候変動の影響を軽減する対策のうちもっと
もコスト効率の高いものを特定できるようになった。また技術開発に的を絞った研究は、
既存の気候に優しい(climate friendly)技術の改善や新技術の発明につながり、将来の低炭
素社会の実現に大きく貢献している。
1
NEDO 海外レポート 1017 号「欧州の気候変動とエネルギー対策総合政策」参照。
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/1017/1017-12.pdf
25
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
気候に関する変化を予測するには、地球的、地域的、および局地的な研究を実施し、そ
れぞれの必要性に応じた対策を講じる必要がある。
EU は気候変動に関する研究および技術開発に対して 1980 年代から資金を助成し、現実
的な政策目標の策定を後押ししてきた。EU は主に、数年ごとに定められるフレームワーク
計画 2 を通して欧州における研究開発への助成を行っている。このプログラムは EU 加盟国
27 ヵ国のすべての科学者をひとつに結集させるものであり、その門戸は欧州域外の科学者
に対しても開かれている。ほとんどの場合、EU の負担額は費用の一部だけであるため、EU
の研究開発プログラムには各国レベルでも追加資金が投入されることになる。これらのフレ
ームワーク計画はまた、欧州の重点研究分野を各国の研究コミュニティや民間部門に示し、
それらの分野における研究を促進する役割も果たしている。
2. EU の重点研究開発分野
EU の支援している気候変動関連の重点研究開発分野には、大きく分けて次のようなも
のがある。
・ 気候変動とその影響についての理解、観察、予測。
・ 気候変動を軽減し、その影響に対応する方法の有効性、コスト、利益を分析するた
めのツール。
・ 既存の気候に優しい技術の改善、実証、展開、および新技術の開発。
2002~2006 年に実施された FP6 の研究プログラムでは、気候変動に直接あるいは間接
的に取り組むための研究に 20 億€(ユーロ)以上の予算が割り当てられた。また、核関連
の研究には 12 億€が割り当てられた。気候変動の影響による状況の悪化と緊急性の高まり
を反映して、2007~2013 年の FP7 では気候関連研究への助成額が大幅に増額され 90 億€
となった。FP7 の総予算額は 515 億€である。
FP7 では、欧州の政策的措置だけではなく、国連気候変動枠組条約(United Nations
Framework Convention on Climate Change:UNFCCC)および UNFCCC を補完する京
都議定書に基づいた国際的な活動もまた支援されることになる。
FP7 の気候関連研究における主要なテーマは次の 4 つである。
①環境(Environment、総予算 18.9 億€)
このテーマにおける気候変動関連の取り組みでは、気候変動についての理解と、それ
らに対する処理能力や対応力の強化を目指している。具体的には次の内容が含まれる。
2
フレームワーク計画:EU が数年ごとに定めて実施している研究開発支援計画。2002~2006 年にかけて第 6
次フレームワーク計画(FP6)が実施され、2007 年 1 月からは第 7 次計画(FP7)が開始している。
26
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
・ 気候-地球システムの今後の変化に対する予測能力の向上。
・ モデル化技術の「ダウンスケーリング」による地域的・局地的な気候情報の精度の
向上と、より狭い範囲へのそれらの適用。
・ 気候変動の物理的側面と社会科学的側面の統合。気候変動による影響をより正確に
数値化し、欧州さらには欧州域外で役立つ効果的な対策をたてることを目指す。
・ 気候変動によって誘発された水循環の変化、異常気象、人の健康被害の評価。
・ 気候変動の影響を強く受けやすい国や地域で役立つ効果的な適応策の開発。この取
り組みでは、知識ギャップを埋める後押しをすることにより、欧州委員会が 2007
年 6 月に発行した気候変動への適応に関するグリーンペーパー3 の掲げる目標の達成
を支援する。
②エネルギー(Energy、総予算 23.5 億€)
このテーマにおける気候変動関連の取り組みでは、エネルギー供給の安全および気候変
動に関する緊急課題に取り組むために、環境的により持続可能なエネルギーシステムの開
発を支援することを目的としている。具体的には次の内容が含まれる。
・ エネルギーシステム全体におけるエネルギー効率の向上。
・ エネルギー供給構成における再生可能エネルギー比率向上の促進。
・ 脱炭素発電。より長期的には、輸送部門の大幅な脱炭素化。
・ 温室効果ガス排出の削減。
③輸送(Transport、総予算 41.6 億€)
このテーマにおける気候変動関連の取り組みの目標は、温室効果ガスの排出を削減する
ために、より環境に配慮した総合的で高度な輸送システムを開発することにある。主な取
り組みには次のようなものがある。
1)
航空輸送の「グリーン化」
:二酸化炭素の排出を半分に減らすとともに特定の窒素酸
化物(NOx)の排出を 80%減らす技術を開発し、航空機による環境への影響の低減を
目指す。この取り組みの対象には、エンジン、代替燃料、飛行機の新しい構造・設
計、空港運営、および交通管理などが含まれる。
2)
陸上輸送の「グリーン化」:大気(温室効果ガスの排出を含む)・水質・土壌の汚染
を低減するための技術と知識の開発。この取り組みには次の内容が含まれる。
- クリーンで高効率なエンジンおよび伝導(駆動系)装置(ハイブリッド技術を
含む)
- 輸送分野における代替燃料、特に水素および燃料電池の利用
- 車両と船舶の処分方法(廃車と廃船)に関する戦略の開発
- コスト効率とエネルギー効率に関する問題の検討
3
「欧州における気候変動への適応:EU の行動オプション(Adapting to climate change in Europe - options
for EU action. Green Paper) COM(2007) 354」、2007 年 6 月 29 日発行。
27
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
④宇宙と地球の環境・安全モニタリング(Global Monitoring for Environment and
Security:GMES、総予算 14.3 億€)
このテーマにおける気候変動関連の取り組みでは、人工衛星からの地球観測による気候
変動の観測に焦点を当てている。具体的には次の内容が含まれる。
・ 市民の安全確保などを目的とした、衛星を利用した観測システムおよび早期警戒シ
ステムの開発。
・ 危機的な状況を予防あるいは軽減し、環境、安全、自然災害の問題に関する意思決
定を助ける実用的な GMES サービスの開発への支援。
・ 再生可能エネルギーの持続的な利用、湿地帯、砂漠化、土地被覆、土地利用、食物
供給、農業と漁業、炭素吸収と炭素貯蔵、環境プロセスと化学物質、海洋状態など
の現状と変化に関する知識の向上。
FP7 ではこのほか、2007~2011 年の間に、27 億€が核融合と核分裂、および放射線防
護関連の研究に割り当てられている。
また、これらの各テーマの研究に対しては、FP7 以外の取り組みや特定のプログラムか
らも資金が提供される。たとえば、EC の共同研究センターが EU の気候変動戦略への支
援を強化する予定であるほか、競争力・イノベーションフレームワーク計画
(Competitiveness and Innovation Framework Programme)においても 2007~2013 年に
かけて産業界における技術革新の促進に対して 36 億€の予算が組まれている。
3. 国際協力
EU の研究開発フレームワーク計画において、国際協力は不可欠な要素である。FP6 で
は、欧州域外からの科学者に対して 6 億€が割り当てられおり、それらの科学者が EU の
支援する研究プロジェクトや、特定分野における国際協力の構築を目指したプロジェクト
に参加することが可能であった。FP7 では、この分野に対する予算が増額されることが期
待されている。
気候変動に関する国際的な研究活動は、UNFCCC および京都議定書によって明示的に
奨励されている。これら 2 つの協定では、締約国に対して科学的、技術的、社会経済的研
究やその他の研究、系統的な観察の実施、およびデータアーカイブの開発を促進し、各国
が協力しあってこれらの取り組みを進めることを求めている。
そのため、気候変動分野の欧州の研究者は、他地域の研究者と積極的に協力し、欧州の
研究プロジェクトの成果の普及に努めている。
これらの成果は、国連の気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on
28
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
Climate Change:IPCC)にも反映されている。IPCC は、世界中から 1,000 人以上の科学
者を集めて気候変動の原因や影響、対策など既存の知識を評価・統合する取り組みである。
欧州の研究者の多くは、自分たちの研究を公開し、専門的な知識やピア・レビュー4 を提
供することにより、IPCC の活動に直接的に貢献している。IPCC は 2007 年に第 4 次評価
レポートを発行し、同年、その活動の重要性と、気候変動による世界の安全に対する脅威
の大きさが認められ、ノーベル平和賞を授与された。
4. 新技術の確実な実用化
気候に優しい技術を開発しても、それだけでは、気候変動の抑制に必要なエネルギーシ
ステムや経済に変化が生じることはない。これらの技術は実際に利用されて初めて意味を
持つ。低炭素技術の開発および実用化を成功させるには、研究開発を通した「テクノロジ
ープッシュ 5」と研究動機に基づいた「マーケットプル 6」を組み合わせた双対的なアプロ
ーチ、また適切な規制の枠組みが必要であるということが調査により示されている。
「マーケットプル」では、市場のニーズが重要な役割を果たす。たとえば EU の排出枠
取引システムは、EU 内にある約 10,500 ヵ所のエネルギー集約型施設からの二酸化炭素排
出量を制限することにより、排出抑制技術の利用を推進している。EU 加盟国の実施して
いる市場ニーズに基づいた手段には、このほかにグリーン認証制度
7
や再生可能エネルギ
ー源に対する財政的インセンティブなどがある。
風力発電を市場に「引きこむ(pulling)」ことを目的とした研究および政策は成果をあげ
ており、特にドイツ、スペイン、デンマークでは風力タービンによる発電が過去 20 年で
100 倍に増加し、風力発電のコストは約 80%減少している。EU 域内では、風力発電の必
要コストが下がっており、すべての費用要素(投資、運転、保守にかかる費用)を合わせ
て考えた場合で、発電に非常に適した風速の場所では 4~6€セント/kWh8、遅い風速の場
所では 6~8.5€セント/kWh の発電単価となっている。これらの数字は 2006 年に算出され
たものであり、この時点で、従来型の発電所で発電された電力の卸売価格は約 3€セント
/kWh であった。
最近の電力価格の上昇の影響により、平均風速の大きい地域では、現在、風力発電が競
争力を持つようになりつつある。風力タービンの国際市場は約 180 億€規模で、年に 30%
4
ピア・レビュー: 科学論文が出版される前に同分野の専門家たちによる評価(審査)を受ける制度のこと。
テクノロジープッシュ:Technology push. 新技術に潜んだ可能性を探ることを起点とした研究開発の手法。
6
マーケットプル:Market Pull. 顧客や市場一般のニーズにこたえる手段を探ることを起点とした研究開発の
手法。
7
グリーン認証制度:環境配慮の基準を満たした事業者に対して「グリーン認証」を与え、税控除や消費者の
購入義務などといった優遇措置を付与する制度。
8
€/kWh :キロワットアワー(kWh)あたりのユーロセント(€セント、1€ =100€セント)。
5
29
NEDO海外レポート
NO.1020,
2008.4.9
以上の伸びを示しており、欧州企業はその中でも優位に立っている。
風力以外の再生可能エネルギー源や低炭素技術もまた、複数の政策を適切に組み合わせ
て導入することにより、今後より幅広く利用できるようになる状態にある。再生可能エネ
ルギー、炭素回収・貯留、および核分裂の技術の利用が進めば、電力生産の脱炭素化とエ
ネルギー生産における化石燃料利用の削減が可能になる。その他の既存技術も、建物や発
電所、車のエネルギー効率の向上に役立てられる。またこれら以外に、森林や農地の二酸
化炭素吸収力を高めるための処理技術なども開発されている。
一方で、中長期的な排出削減を実現する技術の研究開発は、依然として重要な課題とな
っている。この分野では、水素技術および燃料電池技術が特に有望である。
3C (Clean, Clever, Competitive):
環境技術行動計画(Environmental Technologies Action Plan:ETAP)
2004 年に策定された EU の環境技術行動計画(ETAP)9 は、気候に優しい技術など、EU に
おけるエコ技術の開発の促進と、それらの用途の拡大を支援している。EU のエコ産業には、
気候に優しい低炭素技術、大気汚染制御、廃水管理、リサイクル産業などの分野がある。
既存の、あるいは新しく市場化されたばかりの環境技術のより幅広い利用を促進するこ
とは、環境的な利益をもたらすとともに、欧州の競争力と経済成長を向上させる。このよ
うな認識の下に ETAP は実施されている。
近年エコ産業は大きく成長し、EU 経済において非常に大きな位置を占めるようになっ
た。これらの産業は、今や EU の域内総生産(GDP)のうち 2.1%を占めており、350 万もの
雇用を生み出すに至っている。これらの雇用のうち約 4 分の 3 は水質管理および廃棄物管
理の分野、残りは大気汚染制御や土壌浄化、再生可能エネルギー、リサイクルなどの分野
におけるものである。欧州のエコ産業は国際的にも高い水準にあり、世界市場全体の約 3
分の 1 を占めている。
たとえば、風力発電分野の成功は EU の助成を受けた研究開発プロジェクトに負うとこ
ろが大きく、この成功はほかの分野にとっても手本となるべきものである。ETAP は、エ
コ革新の実現を目指したプロジェクトに対し、FP6 や FP7、その他の EU の助成プログラ
ムを通して、2013 年までに 120 億€を割り当てる予定である。
ETAP は今のところ、エコ技術の開発と導入を遅らせている障害に対して 25 の打開策
を特定している。これらの障害には、経済的障害、不適切な規制や基準、的を絞った研究
の不足、不十分なリスクキャピタル、市場需要の不足などが含まれる。EU 加盟各国は、
9
http://ec.europa.eu/environment/etap
30
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エコ革新の「ロードマップ」を通して、これらの障害に対する取り組みを進めている。こ
れらのロードマップではまた、EU 全体で大きな相乗効果を実現するために、有望な技術
を共有するための基盤も提供している。
環境技術に対する需要は、グリーン調達や成果を重視した環境対策の標準化などの対策
により促進することができる。短期的に見ると、これらの政策では、素早く簡単に大きな
環境的恩恵を得られる分野に焦点を当てる必要がある。このような分野は、たとえば、合
計すると環境影響全体のうちの 70~80%を占めることになる建築、飲食物、民間輸送など
である。
5. EU により資金助成を受けている研究プロジェクト
FP6 の下で EU による資金助成を受けた研究プロジェクトには次のようものがある。こ
れらのプロジェクトは、現在も引き続き進行中である。
①気候モデルと政策ニーズの関連付け
最近の研究の焦点は、大規模気候モデルの開発から離れて、それらの気候モデルと政策
ニーズの関連付けへと移行してきた。現在 EU の助成プロジェクトでは、不確定要因の推
定などを含め、信頼性の高い科学的基礎を提供することによって意思決定に貢献している。
将来の気候変動予測
- ENSEMBLES (2004-2009)
ENSEMBLES プロジェクトは、英国を中心として、EU、スイス、オーストラリア、米
国から 70 のパートナーの参加を得て実施されている。EU による助成額は 1,500 万€であ
る。このプロジェクトは、複数の気候モデルを同時に使って気候変動予測システムを開発・
テストし、地球システムへのフィードバック 10 において不確定要因を定量化および軽減す
ることを目的としている。
http://www.ensembles-eu.org
炭素の発生と吸収 - CARBOEUROPE (2004-2009)
CARBOEUROPE プロジェクトは、欧州における CO2 の吸収と放出による地表の炭素
バランスと、それと関連した局地的、地域的、大陸的レベルでの不確定要素の理解および
定量化を目標としている。このプロジェクトは EU から 1,630 万€、各国政府から 1,600
万€の資金助成を受けて実施されており、欧州の 17 ヵ国から 61 のパートナーが参加して
いる。
http://www.carboeurope.org
10
フィードバック:何かが起こったときに、それが次に起こる現象に影響を及ぼすこと。ここでは、地球シス
テムを構成するさまざまな要素や現象が互いに与える影響のこと。
31
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②気候変動による影響とコストの評価
理論的知識、観測結果、実験結果、および新しく開発されたツールが EU の傘の下でひ
とつに統合されつつある。これによって、気候変動による環境的および社会経済的な影響、
また緩和政策や適応政策による効果とコストに対してより一層の理解が進む。
水と地球の変化 - WATCH (2007-2011)
WATCH プロジェクトは、現在および将来の地球規模の水循環の構成要素と、それらに
関連する水資源の状態を分析、定量化、推測することを目指している。また、社会や経済
の主要分野に関連した、地球の水資源の持つ全般的な脆弱性も明らかにする。このプロジ
ェクトは EU により 1,000 万€の資金助成を受けており、水文学(すいもんがく)11、水資
源、気候に関わるコミュニティがひとつになって、欧州の 14 ヵ国、インド、中国、南ア
フリカ、ブラジル、イスラエルから 25 のパートナーの参加を得て実施されている。
輸送による排出と気候への影響- QUANTIFY (2005-2010)
QUANTIFY プロジェクトでは、欧州の 15 ヵ国と米国の参加を得て、輸送部門による排
気ガスが気候変動、オゾン層破壊、大気組成の変化に与える影響を定量化することを目指
している。さまざまな輸送手段(陸路、船舶、空路)ごとの気候への影響と、それらによ
る二酸化炭素、亜酸化窒素、オゾン先駆物質、微粒子など長期的に留まる温室効果ガスの
排出を評価する。このプロジェクトではまた、船の排気ガスによってできる「航跡雲」と
呼ばれる筋状雲の影響についても評価する。EU による資金助成額は 800 万€である。
http://www.pa.op.dlr.de/quantify/
適応・軽減戦略 - ADAM (2006-2009)
ADAM プロジェクトでは、産業革命以前の時代と比較して気温の上昇を 2oC 以内に留
めて、許容範囲内の変化に抑えることを目的とした軽減・適応戦略のコストと効果を評価
する。また、気候変動への適応とその軽減に関するより長期的な戦略のポートフォリオを
構築する。このプロジェクトは EU から 1,290 万€の資金助成を受けており、欧州の 12 ヵ
国、中国、インドから 26 のパートナーが参加している。
http://www.adamproject.eu/
地球観測 - DAMOCLES (2005-2009)
DAMOCLES プロジェクトの目標は、北極海を覆う氷の層と、地球温暖化の影響による
それらの減少を観察・評価することである。北極海、大気、および北極海を覆う氷の層の
間にある主な相互関係を調査し、国際極年(International Polar Year) 2007-2008 に大きく
貢献する。このプロジェクトは EU から 1,650 万€の資金助成を受けており、EU 加盟国の
12 ヵ国とロシアおよびベラルーシが参加している。
11
水文学(すいもんがく):地球上の水の発生、循環、分布、物理的・化学的性質、自然環境との関わりなど
を研究する地球化学の一分野。
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http://www.damocles-eu.org/
炭素の発生と吸収 - CARBOOCEAN (2005-2009)
海は二酸化炭素の主な吸収源であり、気候変動やその他の要因によってその吸収量に少
しでも変化があれば、深刻な影響が発生する可能性がある。CARBOOCEAN プロジェク
トでは、海による炭素の放出と吸収を正確に評価する。このプロジェクトには 16 ヵ国か
ら 35 のパートナーが参加しており、EU から 1,450 万€の資金助成を受けている。
http://www.carboocean.org
氷から学ぶ:EPICA
極域氷床には、過去の気候や大気中組成の変化を示す、非常に珍しく貴重な記録が残さ
れている。氷の中に閉じこめられた小さな気泡は大昔の大気組成を解明する手がかりとな
る。また気泡中の CO2 レベルと、氷が形成されたときの温度からはその時代における温室
効果の程度がわかる。
1996~2005 年にかけて実施された EPICA プロジェクトは、南極大陸の深い氷コアに
穴をあけるという、欧州の複数国による野心的なイニシアティブであった。これは、欧州
委員会と欧州科学財団(European Science Foundation:ESF)の共同プロジェクトであり、
EU からは 850 万€が助成された。
EPICA プロジェクトの目的は、人間の活動に起因する温室効果ガス排出量の増加に対
して、地球の気候がどのように反応するかをより正確に予測することであった。このプロ
ジェクトでは、これまでで最も長い期間の気候変動データ(80 万年前まで遡ったデータ)
を得ることに成功し、
過去 65 万年にわたる大気中 CO2 濃度の記録を作成して、
現在の CO2
濃度の特殊性を立証した。
③より持続可能なエネルギーシステムの実現
より持続可能なエネルギーシステムを実現するには、クリーンな再生可能エネルギーの
生産量を大幅に増やすとともに、生産から最終使用にいたるまでのエネルギー効率をさら
に向上させる必要がある。より持続可能なエネルギーシステムが実現されれば、温室効果
ガスの削減、空気の浄化、より安全なエネルギー供給、原油価格の高騰に対する脆弱性の
改善などが可能になる。
太陽光 - CRYSTAL CLEAR (2004-2008)
CRYSTAL CLEAR プロジェクトは 16 のパートナーの参加を得て実施されており、結晶
シリコン太陽電池モジュールの生産コストを抑える(目標 1 ワットあたり 1€)とともに、
これらのモジュールの環境負荷を低減することを主な目標としている。このプロジェクト
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は、EU から 1,600 万€の資金助成を受けている。
http://www.ipcrystalclear.info
バイオ燃料 - RENEW (2004-2008)
RENEW プロジェクトは、EU から 1,000 万€の資金助成を受けて、31 のパートナーの
参加を得て実施されている。このプロジェクトではバイオマスから液体燃料を合成するた
めの加工技術の開発と評価が行われており、現在および将来の燃焼機関(エンジン)で利
用できる、コスト効率のよい高品質な燃料の生産を目標としている。
http://www.renew-fuel.com
二酸化炭素の地質学的貯留 - CO2SINK (2004-2008)
CO2SINK プロジェクトでは、EU から 870 万€の資金助成を受けて、かつて天然ガスが
貯蔵されていた地層の下部にある深部塩水帯水層に CO2 を貯留する可能性を探究してい
る。計画されている貯留場所の安全性が確認された場合、6 万トンの CO2 が注入されるこ
とになる。CO2 の注入による影響および注入された CO2 の反応は、特殊なツールを用いて
観測される。
http://www.co2sink.org
水素の貯蔵- NESSHY (2006-2010)
NESSHY プロジェクトでは、EU から 750 万€の資金助成を受けて、自動車用燃料電池
および定置式燃料電池のためのエネルギー担体として水素を貯蔵するための新しい材料と
手法を開発している。このプロジェクトには、欧州の 12 ヵ国と米国から 22 のパートナー
が参加している。
http://www.nesshy.net
燃料電池 - FURIM (2004-2008)
FURIM プロジェクトでは、欧州から 12 の研究所および企業の参加を得て、燃料電池技
術のさらなる開発、特に 150oC 以上の環境で動作する高分子膜の開発を目指している。こ
のプロジェクトは定置式燃料電池技術の商業化を後押しするものであり、EU にから 400
万€の資金助成を受けている。
http://www.furim.com
EU の支援を得て開発されている分析ツール、モデル、データベース
・ PRIMES:EU 加盟国のエネルギーシステムの大規模モデル。エネルギー、環境、技
術に関する政策に幅広く対応し、予測、シナリオ構築、および政策影響分析を可能に
する。
・ POLES:エネルギー分野の世界シミュレーションモデル。地域ごとの需要、供給、価
格に関する長期的予測、および排出権取引制度による影響、CO2 削減計画に必要なコ
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スト、技術改善シナリオの分析を可能にする。
・ GEM-E3:EU 諸国あるいは世界の諸地域における、マクロ経済と環境システムおよ
びエネルギーシステムの相互関係についての詳細を提供するモデル。気候変動に関連
した政策措置に対する一貫性のある評価を可能にする。
・ NEMESIS:EU 諸国が経済政策、環境政策、研究開発政策による短中期的な影響を
評価するための、計量経済学的な部門別マクロモデル。
・ MURE:EU におけるエネルギーおよび再生可能エネルギーの合理的な利用のための
政策・対策と、それらの事前評価に関するデータベース。
・ GREEN-X:気候に優しいエネルギー源と技術、およびそれに伴う温室効果ガス削減
の潜在性とコストを計算するための、データベースを含むツールボックス。
④地球観測システムの連携と調整
欧州の科学者たちは、宇宙、気象、大気、海洋、および地上の観測センターを通して、
人間の活動によって引き起こされている地球の大気、水、土地利用およびエコシステムの
変化を休みなく観測している。これにより、確固とした政策の策定に必要な科学的背景が
提供されている。EU はこれまでに、地球観測ツールの設計、生産、および運用に関して
豊富な経験を持っている。
全地球観測システム - GEOSS (2005-2015)
地球観測の一部として、EU は、新しく「全地球観測システム(Global Earth Observation
System of Systems:GEOSS)」プロジェクトに取り組んでいる。このプロジェクトは、
50 の国と 40 の国際組織および科学関連組織の参加を得て、2005 年 2 月に開始された。
GEOSS プロジェクトは、地球環境の状況に関する情報をひとつに統合して提供する。
http://europa.eu.int/comm/research/environment/geo/article_2450_en.htm#4
全地球的環境・安全モニタリング - GMES (2002-2008)
全地球的環境・安全モニタリング(Global Monitoring for Environment and Security:
GMES)プロジェクトは、EU と欧州宇宙機関による共同プログラムであり、環境と安全に
関するデータを調整し、情報提供元とユーザーを結びつける。
http://www.gmes.info
海洋観測 - MERSEA (2004-2008)
MERSEA プロジェクトでは、海洋物理学、生物地球化学、エコシステムを世界規模お
よび地域規模で運用監視・予測するシステムの開発を目指している。このシステムは、将
来的には GMES システムの海洋部分を構成することになる
http://www.mersea.eu.org
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宇宙からの観測
EU は、気候変動やその影響などを含む地球システムの働きを恒久的かつ連続的に観測
するための宇宙ミッションを実施してきた。欧州委員会の共同研究センターでは、これら
の宇宙観測による情報を抽出し、気象科学に関するニーズに対応して宇宙機関を支援する
ためのデータ分析方法を開発している。
大気観測 - 世界エアロゾル 12 データセンター(World Data Centre for Aerosols)
欧州委員会の共同研究センターは、世界エアロゾルデータセンターを運営している。こ
の施設は、国連の世界気象機関(WMO)による「全球大気監視(Global Atmosphere Watch)
計画の下に設置されている 6 つの世界データセンター(World Data Centre)のうちのひと
つである。
⑤国際協力
気候変動は全地球的な問題であり、EU のすべてのフレームワーク研究計画において、
国際協力は優先度が高く不可欠なテーマである。
気象変動とアフリカのモンスーン - AMMA (2005-2009)
AMMA プロジェクトでは、EU から 1,300 万€の資金助成を受けて、アフリカにおける
地域環境監視システムの強化と、西アフリカのモンスーンに気候変動が与える影響の予測
精度の向上を目指している。
http://www.amma-eu.org
気象変動に関する欧州と南米の協力 - CLARIS (2004-2007)
CLARIS プロジェクトでは、欧州と南米間での地球システムモデルに関する知識や経験
の移行と、高品質な南米の気象データベースの構築を行っている。EU は、このプロジェ
クトに対して 50 万€の資金助成を行っている。
http://www.claris-eu.org
アマゾンのエコシステム - PAN-AMAZONIA (2004-2007)
PAN-AMAZONIA プロジェクトでは、EU から 40 万€の資金助成を受けて、欧州とラテ
ンアメリカにおけるパートナーの協力を強め、気象変動と生物多様性に対してアマゾンの
エコシステムが果たす役割の観察・理解を可能にする人材と技術のクリティカルマス 13 の
構築を目指している。
12
エアロゾル:気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子。その生成過程の違いから粉塵(dust)、フュー
ム(fume)、ミスト(mist)、煤塵 (smokedust) などと呼ばれる。また気象学的には、視程や色の違いから霧(fog)、
もや(mist)、煙霧 (haze)、スモッグ(smog)などと呼ばれることもある。
13
クリティカルマス:ものごとが普及・定着するために最低限必要とされる量。元々は核反応が生じるために
必要な最小の質量(臨界質量)を指す物理学用語。
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大気組成の変化 - EUCAARI (2007-2010)
気候変動の予測を困難にしている重要な要素として、大気中の天然・人工のエアロゾル
による影響、および雲量と雲特性に不確定要因があることが挙げられる。EUCAARI プロ
ジェクトでは、EU から 1,000 万€の資金助成を受けて、これらの不確定要因を大幅に削減
することを目指している。このプロジェクトには、欧州の 17 ヵ国、インド、中国、南ア
フリカ、ブラジル、イスラエルから 48 のパートナーが参加している。
http://www.atm.helsinki.fi/eucaari
翻訳:桑原 未知子
出典:EU action against climate change - Research and development to fight climate change
http://ec.europa.eu/environment/climat/pdf/bali/research.pdf
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【地球温暖化特集】
英国産業連盟による地球温暖化対策に関する提言
-本格的に動き出した地球温暖化対策-
英国を代表する産業団体のひとつ、英国産業連盟(Confederation of British Business)
が気候変動に対する提言を発表した。気候変動を社会、経済に大きな影響を及ぼす重要な
リスクと認識し、政治家、消費者及び産業界の3つの主体が変革し、気候変動の脅威に上
手く対応するための触媒の役割を果たすべきであると明言する。2050 年の英国政府目標は、
努力が必要であるが、早期実行により、対応可能な費用により達成可能である。それは、
消費者が変革を推進し、政府が枠組みを設定し、他国との間で排出削減のための国際的な
合意を取り付け、そして、産業界が投資し、実行するという前提に基づく。
英国産業連盟及びブリティッシュ・テレコム、バークレイズ、マッキンゼー、BP、フォ
ード、ロンドン証券取引所、サン・マイクロシステムズ、テスコ、ロールス・ロイス、シ
ェル UK、コーラス、英国航空、ジーメンス UK 等 18 企業の代表によるタスクフォース
が提言をまとめた。2007 年 11 月 26 日、英国産業連盟年次総会の開催初日にあわせて発
表された。年次総会では、気候変動もテーマのひとつとして取り上げられ、基調講演、パ
ネルディスカッションが開催された。
提言は、消費者、英国政府及び産業界が取り組むべき行動を明示するにとどまらず、低
炭素社会を英国にとって大きなビジネス機会と捉えている。また、キャップ・アンド・ト
レードによる排出権取引は、炭素税導入よりも現実的であると明言する。実効性のある二
酸化炭素の価格形成のために排出権取引制度が重要であること、ロンドンが炭素金融の世
界の中心となりつつあることも含まれている。鉄鋼業、セメント業等の産業別アプローチ
については、EU 排出権取引地域内外の競争力の差を是正する手段とする。
英国産業連盟年次総会会場にて行われた参加者に対するアンケート結果をみると、気候
変動に対する政策の優先順位として、第一に研究開発(44%)、第二に排出権取引(36%)が挙
げられ、環境税はわずか 7%の支持であった。日本向け報道には、
「英産業連盟、環境税支
持を表明」と報道された。後日、英国産業連盟アジア・太平洋局長のブライアン・クレス
氏に確認したところ、本意は、イノベーションが地球温暖化対策に果たす重要な役割にか
んがみ、英国政府が技術等の研究開発に対し、より一層力を入れるべきであるとのこと。
提言に戻ろう。持続可能な解決方法を拓く上で、技術は決定的な役割を担う。政府は、
既存の研究開発に対し、より高い優先順位を与え、新規の解決方法を開拓するための新し
いプログラムの立上げを支援しなければならない。また、消費者が低炭素のものを選択で
きるような方法を提供することも同様に重要である。市場の力だけでは十分ではない。よ
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りグリーンな行為にとって褒美となるような中立型の税制改革、新技術や解決方法が商業
化されるまでの財政的な支援のための、より大規模かつ焦点を絞った研究開発プログラム
等が優先されるべきである。
技術の研究開発に対し、一層の焦点を絞り、より多くの努力が必要とされる。地球温暖
化対策のための技術に関連する選択肢は既に知られているものの、未だ商業的に成り立た
ない。CCS 技術及びゼロ・カーボン・ホームを将来成功させるためには、現段階での実証
が最重要課題であり、エネルギー効率の最も優れた自動車や家電製品の市場導入を成功さ
せるためには、早期市場化の促進が特に必要である。サービス産業のイノベーション及び
異なるビジネスモデルの開発が二酸化炭素の排出の低減につながる可能性もあり、こうし
た分野の開発もまた必要である。新技術とサービスの組み合わせにより、利便性とともに
利用者の行動様式の変化に大きく資する可能性も存在する。提言は、企業がイノベーショ
ンに投資する上で、実効的な二酸化炭素の価格が非常に重要であるとし、特に資本集約型
産業では、初期段階の研究では費用は少ないものの、技術開発が実証の段階に移行すると
ともに、リスクは膨大になり、費用も加速的に増大するとする。
英国企業は、政府及び外国のパートナーと、多岐にわたる産業で重要な研究開発活動に
携わっている。研究開発を奨励する政府の開発プログラムは、公的支出以外にも広範にわ
たっており、企業がリスクを管理する上で、重要な役割を果たしている。しかし、低炭素
技術の実証推進に一層焦点を絞り、早期市場化が特に必要である。また、技術戦略会議
(Technology Strategy Board)、エネルギー技術機構(Energy Technology Institute)等によ
る政府の支援を獲得するためには、時間がかかりすぎる。風力、原子力発電の建設のため
の計画手続きにも手間がかかりすぎる。CCS 技術については、標準規則と計測手続きを開
発すること、貯留された二酸化炭素の長期的な負債の疑問を解決する必要もある、と厳し
い指摘が続く。
しかし、今回の提言において、最も注目すべき点は、タスクフォースとして参加する企
業が、それぞれコミットメントとして自主的な行動を公約したことであろう。英国産業界
が地球温暖化対策に向けて、本格的に動き出したことは確かである。英国産業連盟の動向
は、日本での G8 ビジネスサミットの場でも注目される。
<参考>
○ 英国産業連盟ウェブサイト
http://www.cbi.org.uk/ndbs/staticpages.nsf/StaticPages/home.html/?OpenDocument
○ 英国産業連盟による提言(英文)
「Climate change: Everyone’s business」
http://www.cbi.org.uk/pdf/climatereport2007full.pdf
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【地球温暖化特集】二酸化炭素回収・貯留技術
アルバータ州の二酸化炭素回収・貯留技術への取り組み(カナダ)
高騰する原油価格を背景にカナダ・アルバータ州 1 オイルサンド 2 業界は活況に沸いてい
る。現在、カナダにおけるオイルサンドからの原油生産量は約 100 万バレル/日(全原油生
産量の約 39%)だが、2020 年には約 400 万バレル/日に達すると予測されている 3。その一
方で、オイルサンドから発生する二酸化炭素量は増加する一方で、二酸化炭素削減対策は同
州にとって最重要課題となっている。アルバータ州政府、各企業は経済成長を減速させない
手段として、二酸化炭素回収・貯留技術(以下、CCS)への投資を加速させている。
1. サスカチュワン州で始まった CCS プロジェクト
CCS は、二酸化炭素を回収し半永久的に地中に貯留する地中固定法の一種である。現在、
世界中で注目されている同技術であるが、カナダの動きは比較的早かった。2000 年には既
にサスカチュワン州でワイバーン・ミデール二酸化炭素監視・貯留プロジェクト 4 と呼ば
れる世界初の二酸化炭素監視プロジェクトが立ち上がり、フェーズ 1(2000 年~2004 年)
で同地域の自然環境が長期間の二酸化炭素貯留に適しているとの実証結果を発表している。
同プロジェクトでは、米国のノースダコタ州にある石炭ガス化プロジェクトから得られた
二酸化炭素をパイプラインで輸送し、1,500m の地中に注入される。注入された二酸化炭
素の約半分は原油推進回収法 5(以下、EOR)により地上に到達し再利用されるが、残り
の約半分は半永久的に地中に隔離される。国際エネルギー機関 6(以下、IEA)によって主導
されている同プログラムは、エンカナ社、サスカチュワン・パワー社、トランスアルタ社
など数多くのカナダ企業も参画しており、現在、最終段階(2005 年~2009 年)に入って
いる。
2. アルバータ州大企業がコンソーシアムを形成
世界的にも有名になったワイバーン・プロジェクトの成功を機に、二酸化炭素排出削減
を迫られているアルバータ州エネルギー関連大手企業も CCS 技術に注目し始めた。ハス
キー・エナジー社、インペリアル・オイル社など大手 15 社がインテグレイティッド二酸
化炭素ネットワーク(以下、ICO2N)というコンソーシアムを設立した。同コンソーシア
1
アルバータ州: カナダ西部の州。面積は日本の国土の約 1.75 倍。東はサスカチュワン州、南はアメリカ
と国境を接する。
2
オイルサンド: ビチューメン(重質油)を大量に含む砂
Canadian Association of Petroleum Producers(CAPP)予測。http://www.capp.ca/
4 Wayburn-Midale CO2 Project
5 Enhanced Oil recovery
6 International Energy Agency http://www.iea.org/
3
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ムでは、オイルサンド製造工程(フォート・マクマリー)で発生した二酸化炭素を超臨界
状態でパイプラン輸送し、二酸化炭素の一部を EOR に利用するとともに西部カナダ堆積
盆(以下、WSCB)地域に CCS にて半永久的に閉じ込めることを推進している。
また、アルバータ州主要企業 19 社はアルバータ・セイリン・アクイファー・プロジェ
クト 7(以下、ASAP)を発表。エンカナ社 8 がリーダー格を担う同プロジェクトは、フェ
ーズ 1 では約 75 万 C ドルの研究資金の拠出が予定されている。その後、二酸化炭素を 1
日 1,000 トン処理するパイロット・プラントを約 2,000~3,000 万ドルで建設、商業プラ
ント建設にスケールアップする段階では約 2 億ドルが必要とされている。
3. アルバータ州政府も新気候変動計画で後押し
アルバータ州政府も二酸化炭素削減策として CCS 技術に注目している。同州政府が
2008 年 01 月に発表した新気候変動計画では、2050 年までに 2005 年基準で 14%削減(現
在の経済成長率を維持した場合の予測排出量基準で 50%削減)を予定しているが、排出削
減量 2 億トンの 70%に相当する 1.4 億トンを CSS 技術への投資でまかなうとしている。
同州によると、グレンコー・リソース社が現在、レッドディア地域の EOR プロジェクト
により消費する二酸化炭素は 1 年間に 22 万トン、5 万台分の乗用車から排出される二酸化
炭素に相当するといい、同州は EOR 技術、CCS 技術に投資するのが最も効果的な方法だ
と考えている。具体的なアクション・プランとして、現状の CCS に関する研究・実証プ
ロジェクトをサポートするとともに、官民で構成される CCS 開発審議会を発足させ、CCS
技術に必要な商業施設、インフラ、政策等を協議し、2008 年秋までに州政府に提案書を提
出することになっている。
(出所)
○アルバータ州政府新環境政策:
http://www.environment.alberta.ca/1319.html
○Petroleum Technology Research Centre(PTRC):http://www.ptrc.ca/
○Integrated CO2 Network (ICO2N):http://www.ico2n.com/
○各社インタビュー
7
8
Alberta saline aquifer project
EnCana Corp (本社、カルガリー)
http://www.encana.com/
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【地球温暖化特集】炭素税
炭素税への取り組み(カナダ)
カナダ連邦政府は、温室効果ガスを 2020 年までに 2006 年基準で 20%削減する新環境
政策を掲げている。連邦政府はあくまで補助金とインセンティブの組み合わせによる目標
達成を掲げているが、独自に環境政策を掲げる州政府の間では少しずつ炭素税導入の動き
が広がっている。ケベック州政府、アルバータ州政府、ブリティッシュ・コロンビア州政
府 1 といった炭素税へ取り組んでいる州政府に焦点をあてて報告する。
1. ケベック州政府:カナダ初の炭素税導入
2007 年 6 月 6 日、ケベック州政府はエネルギー製造業者を対象にカナダ初となる炭素
税を発表した。カナダ石油製品協会 2 によると、ケベック州はカナダ第 2 位のガソリン消
費地域であり、国内 22%の精製製品を消費している。
2007 年 10 月 1 日より、ガソリン 1 リットルにつき 0.8 セント、ディーゼル燃料 1 リッ
トルにつき 0.9 セント、家庭用暖房油 1 リットルにつき 0.96 セント、その他石炭・プロパ
ンにも課税されることになった。ガソリン製造業者から徴収される税収は約 6,900 万カナ
ダドル(C ドル)3、ディーゼル燃料・家庭用暖房油からの税収は 8,000 万 C ドル、炭素
税による税収総額 2 億 C ドルにものぼる。これらの税収は「グリーン基金 4」に集められ、
州内の交通機関に利用される。
当初、ケベック州政府では新たな税負担を製造業者が吸収することを期待していた。事
実、クロード・べチャード・ケベック州天然資源大臣は「ガソリン・ディーゼル燃料販売
透明化助長法 5」を議会に提出、新たに必要となった税負担分を石油・天然ガス業者が消
費者へ価格転嫁しないように定めた。ケベック・エネルギー・ボード 6(以下、QEB)に
より最低価格を定め、ガソリン販売所に価格の説明を求めることも盛り込んだ。11 月に議
会に提出されたものの、12 月に審議され廃案となった。
2. アルバータ州政府:州内排出権取引制度と罰則金を導入
オイルサンド景気に沸くアルバータ州政府では、あくまで経済成長を持続させることを前
1
カナダは 10 の州と 3 つの準州で構成されている。最も人口が多いのがオンタリオ州で、ケベック州、ブリ
ティッシュ・コロンビア州、アルバータ州が 2、3、4 位である。
2
Canadian Institute of Petroleum Products
http://www.cppi.ca/home.html
1 カナダドル=約 100 円(2008 年 3 月末段階)
4 Green Fund
5 Bill41 “An Act to foster transparency in the sale of gasoline and diesel fuel”
6 Quebec Energy Board
3
42
NEDO海外レポート
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2008.4.9
提とした広義の意味での炭素税を導入している。気候変動・削減管理法
7
では、2007 年 7
月 1 日より、産業界に温室効果ガス(GHG)削減を義務付けるとともに罰則金も導入して
いる。GHG を年間 10 万トン以上排出するエネルギー企業、化学会社、電力会社などの大
企業が対象で、原単位目標(2003 年~2005 年報告値を基準)で 12%削減することを求め
ている。対象となる企業は約 100 社に達し、アルバータ州 GHG 排出量の 70%に相当する。
気候変動・削減管理法では、対象となる企業は、
a. 工場のオペレーションを改善し、温室効果ガス削減目標を達成する
b. アルバータ州内で排出枠を他企業から購入し温室効果ガス削減目標を達成する
c. 削減目標を達成できなかった企業は 1 トンにつき 15C ドルを支払う
の 3 つのオプションから選択、もしくは組み合わせて実行する必要がある。企業が支払っ
た罰則金は一般財源として利用されるのではなく、気候変動・削減管理基金 8 に預けられ、
温室効果ガス削減のための技術開発に利用される。
3. ブリティッシュ・コロンビア州:北米初の消費者ベースの炭素税導入
2008 年予算(案)でブリティッシュ・コロンビア州は、北米初となる消費者ベースの炭
素税を発表した。ガソリン、ディーゼル、天然ガス、石炭、プロパン、家庭暖房用燃料な
ど全ての化石燃料が対象。二酸化炭素排出量に応じて課税され、2008 年 07 月から 1 トン
あたり 10C ドル、その後 1 年につき 5C ドルが段階的に追加され、12 年には 1 トン 30C
ドルとなる。消費者の負担は下表の通りとなるが、消費者の立場からすると、同時に所得
税の減税措置が発表されており、税制中立となっている。
表
ブリティッシュ・コロンビア州における炭素税概要
初年度
2012 年
(2008 年 7 月 1 日~)
ガソリン
2.4 セント/リットル
7.24 セント/リットル
ディーゼル/家庭用燃料
2.7 セント/リットル
8.2 セント/リットル
(出所)
○ケベック州政府 Bill 41
http://www.assnat.qc.ca/eng/38legislature1/Projets-loi/Publics/07-a041.pdf
アルバータ州政府 http://www.environment.alberta.ca/1319.html
○ブリティッシュ・コロンビア州政府
http://www.bcbudget.gov.bc.ca/2008/default.htm
7
8
Climate Change and Emissions Management Act
Climate Change and Emissions Management Fund
43
NEDO海外レポート
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【地球温暖化特集】
メキシコの温室効果ガス(GHG)排出削減戦略と CDM プロジェクト
1. 温室効果ガス(GHG)排出の現状と世界における位置づけ
メキシコの 2000 年時点の温室効果ガス(GHG)排出量は、全世界の GHG 排出量の 1.5%
に相当する 6 億 3,490 万トン-CO2 である。この排出量は世界で第 12 位、開発途上国の中
では中国、インドネシア、ブラジル、インド、マレーシアに次ぎ第 6 位の排出量となる。
一人当りの GHG 排出量は 6.5 トン-CO2 で世界第 91 位である(表 1 参照)。
表1 主要国の温室効果ガス排出量(2000年)
(排出量単位:100万tCO2,tCO2)
年間排出量
一人当り
順位
国名
総排出量 構成比 順位 排出量
1 米国
6,615.2
15.7
16
23.4
2 中国
4,930.1
11.7
121
3.9
3 インドネシア
3,069.3
7.3
27
14.9
4 ブラジル
2,232.8
5.3
39
12.8
5 ロシア
1,997.4
4.8
35
13.7
6 インド
1,856.2
4.4
162
1.8
7 日本
1,391.8
3.3
53
11.0
8 ドイツ
1,042.0
2.5
40
12.7
9 マレーシア
861.0
2.0
5
37.4
10 カナダ
755.1
1.8
14
24.5
11 英国
687.5
1.6
49
11.5
12 メキシコ
634.9
1.5
91
6.5
13 イタリア
548.5
1.3
64
9.5
14 韓国
541.4
1.3
48
11.5
15 フランス
537.5
1.3
67
9.1
16 ミャンマー
508.6
1.2
54
10.7
17 オーストラリア
505.5
1.2
10
26.4
18 イラン
488.7
1.2
75
7.7
19 ウクライナ
482.7
1.1
61
9.8
20 南アフリカ
430.6
1.0
62
9.8
EU(25ヵ国)
4,970.7
11.8
11.0
上位20ヵ国
30,116.8
71.7
付属書I国
17,572.1
41.8
14.2
非付属書I国
24,434.3
58.2
5.1
42,006.4
100.0
7.0
世 界
(出所)環境省(SEMARNAT)
(原資料)WRI,Climate Analysis Indicators Tool (CAIT)
排出部門別にメキシコの GHG 排出量をみると、エネルギー・化石燃料消費が全体の約
6 割を占め、土地利用・土地利用変化・林業部門(14%)、廃棄物(10%)、産業プロセス(8%)、
農牧業(7%)と続く。エネルギー部門のうち 24%が発電における燃料消費・排出であり、
輸送(18%)、製造業・建設業(8%)と続く(表 2 参照)。
鉱工業の部門別 GHG 排出をみると、最も排出量が多いのが石油・天然ガス部門である。
この部門は憲法 27 条に基づきメキシコ国営石油公社(PEMEX)が独占する部門であるが、
年間 7,473 万 8,000 トン-CO2 を排出し、
国全体の 11.62%、
鉱工業全体の約 3 割を占める。
続いて GHG 排出が多いのが鉄鋼業で国全体の 5.15%を占め、セメント(3.65%)、化学
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(2.06%)と続く(表 3 参照)。
表2 メキシコの部門別温室効果ガス排出量(2002年)
(排出量単位:1,000tCO2)
大分野
エネルギー・
化石燃料消費
分野名
中分野
発電
小分野
自動車
航空機
輸送
鉄道・船舶
小 計
製造業・建設業
漏洩排出
その他燃料消費
エネルギー部門合計
産業プロセス
土地利用変化
土地利用・土地利用 土壌含有有機性炭化物
変化・林業部門
放棄地
(LULUCF)
商業林
LULUCF合計
農業用地
家畜排泄物
農業残滓
農牧業
稲作
その他
農牧業合計
廃棄物処理場
廃水処理場
廃棄物
ゴミ焼却
その他
廃棄物合計
温室効果ガス総排出量
(出所)SEMARNAT
排出量
154,364
103,650
6,334
4,671
114,655
51,455
39,082
29,942
389,497
52,102
67,470
30,358
△ 12,927
4,953
89,854
7,422
38,325
64
128
207
46,146
34,806
30,391
128
259
65,584
643,183
構成比
24.0%
16.1%
1.0%
0.7%
17.8%
8.0%
6.1%
4.7%
60.6%
8.1%
10.5%
4.7%
-2.0%
0.8%
14.0%
1.2%
6.0%
0.01%
0.02%
0.03%
7.2%
5.4%
4.7%
0.02%
0.04%
10.2%
100.0%
表3 鉱工業部門別温室効果ガス排出量(2002年)
(単位:1,000tCO2)
産業分野
排出量
構成比
石油・天然ガス掘削・精製
74,738
11.62%
鉄鋼
33,124
5.15%
セメント
23,476
3.65%
化学
13,250
2.06%
食品・タバコ
4,631
0.72%
石炭鉱山
3,473
0.54%
非鉄金属
1,158
0.18%
その他
88,245
13.72%
鉱工業合計
242,094
37.64%
総排出量(国全体)
643,183
100.00%
(注)排出量は直接排出と間接排出(系統電力消費)
を含む。
(出所)SEMARNAT
メキシコの GHG 排出量は経済成長とともに拡大傾向にあり、2002 年の排出量は 1990
年比 30.1%拡大している。全体の 6 割を占めるエネルギー(化石燃料消費)部門の排出が
24.8%増加しているのに加え、産業プロセスにおける GHG 排出が 60.5%、ゴミや排水な
ど廃棄物からの排出も 96.6%増加している。
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2. GHG 排出削減に向けた政策動向
メキシコは開発途上国(国連気候変動枠組条約非附属書Ⅰ国)の中では唯一、第 3 次国
家報告書を国連に提出(2006 年 11 月)している国であり、従来から気候変動対策に積極
的に取り組む姿勢をみせている。特に現カルデロン政権は気候変動対策を重点政策に位置
づけており、今までにも増して積極的に取り組む方針を明らかにしている。
メキシコ政府は 2007 年 5 月 25 日、
「気候変動国家戦略」を策定し、GHG 排出量の多
い新興国として気候変動対策に積極的に取り組む姿勢を打ち出した。気候変動国家戦略は、
「発電と電力使用」
、
「植生と土地利用」の 2 つの側面における GHG 排出削減ポテンシャ
ルの測定と排出削減プロジェクト機会の特定を行い、各分野における現状や問題点を把握
した上で、将来に向けた対策方針を定めたもの。現段階では具体的な排出削減目標を定め
ていないが、同戦略をベースに作成中の「気候変動個別プログラム」において各分野の詳
細な排出削減目標を設定する計画である。気候変動個別プログラムは 2008 年第 2 四半期
に発表される予定である。
気候変動国家戦略の「発電と電力使用」の分野では、全国的な省エネルギー・プログラ
ムの推進、PEMEX における省エネと排出削減の取り組み、電力庁(CFE)や首都圏配電公
社(LFC)における発電・送配電効率化とエネルギー転換、産業界でのコージェネレーショ
ン推進、再生可能エネルギー発電の推進、輸送システムの効率化などで排出削減ポテンシ
ャルの特定・算出が行われている。
同分野では、CDM(クリーン開発メカニズム)など京都メカニズムの積極的な活用を通
じた排出削減プロジェクトの推進などに加え、国営エネルギー企業における排出削減の必
要性が指摘されている。PEMEX、CFE、LFC の国営エネルギー3 社の排出削減ポテンシ
ャルは、年間 4,240 万トン-CO2 に達すると算出されている。また、再生可能エネルギー発
電事業に対するインセンティブの付与も同分野の対策として挙げられている。メキシコは
2012 年までに、再生可能エネルギーによる発電量を国内発電総量の 3%弱(2005 年時点)
から 8%まで拡大することを目指している。再生可能エネルギー発電による排出削減ポテ
ンシャルは、年間 800 万トン-CO2 を見込む。
「植生と土地利用」の分野では、森林開発、自然保護区域拡大、植林、植林 CDM、森
林系バイオ燃料開発、山火事防止、牧草地の回復などを検討している。この分野では特に、
「プロアルボル(PROARBOL)」という植林プログラムが進行中だ。プロアルボルは、連邦
予算や州政府予算を投じて民間企業や地方共同組合などの植林事業を支援し、2007 年の 1
年間で 2 億 5,000 万本の木を植林した。これは、国連環境計画(UNEP)が推進する植林キ
ャンペーン(Plant for the Planet)の 2007 年の全世界植林目標である 10 億本の 4 分の 1 に
相当する。2008 年には 2 億 8,000 万本を植林する計画である。
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メキシコは地球温暖化問題を世界共通の問題であると認識し、開発途上国であっても何
らかの責任を負うべきだと考えている。気候変動国家戦略においては、2013 年以降の国際
的な枠組みにおいて、メキシコが GHG 排出削減において何らかの数値目標を受け入れる
可能性を示唆している。数値目標の受け入れに際して、環境省(SEMARNAT)は以下の条
件を設定している。
(1)
自主的な目標であること
(2)
基金による支援、円滑な環境技術移転、排出権市場への容易で広範なアクセス
(3)
コミットするものにとってマイナスの目標とならないこと
(4)
目標を達成しない場合に罰則を伴わないこと
(5)
国・地域・産業部門単位のプログラムで CER(CDM で発行されるクレジット)
を発行できるようにすること(既存の CDM の枠組み拡充)
3.
(6)
森林破壊防止のための国家・地域プログラムの認証を認めること
(7)
国家経済における炭素評価と脱炭素化の段階的プロセスへの支援が伴うこと
民間部門の GHG 排出削減に向けた取り組み
民間部門も GHG 排出削減に向けて、Programa GEI(GHG Program)と呼ばれる自主的
な活動を開始している。Programa GEI は 2004 年 8 月に SEMARNAT と持続可能な開発
のための世界経済人会議(WBSCD)及び世界資源研究所(WRI)の間で協力協定が締結され
て開始されたプログラムである。京都議定書非附属書Ⅰ国では初めてとなる官民連携によ
る温室効果ガス削減対策プロジェクトであり、民間企業や企業組織などの直接参加を促し
ている。
同プログラムは、参加企業の GHG 排出インベントリー作成を支援し、排出削減機会を
明らかにすることで、GHG 排出削減プログラム・プロジェクトへの参加を促す。最終的
には、気候変動問題において各産業分野が直面する課題に、効果的な対策を提供すること
を狙いとしている。同プログラムは、持続的開発のための民間部門研究センター
(CESPEDES)と SEMARNAT が WRI と WBSCD の支援を受けて実施している。米国国
際開発庁(USAID)、英国政府の Global Opportunity Fund(GOF)の資金援助も受けている。
SEMARNAT とメキシコ工業会議所連盟(CONCAMIN)の専門家が民間企業に対する指導
を行っている。
プログラムは 2 段階に分かれる。第 1 段階では、プログラム参加企業が自社の GHG 排
出インベントリーを作成するための技術支援を行う。作成される GHG 排出インベントリ
ーは、WRI と WBSCD が中心となって作成した GHG プロトコルの一つである「GHG プ
ロトコル事業者排出量算定報告基準(GHG Protocol Corporate Accounting and Reporting
Standard)」に従う。第 2 段階では、排出削減プロジェクトから生まれる GHG 排出削減
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NEDO海外レポート
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2008.4.9
量を算定するための能力開発を行う。GHG 排出削減量の算定は「GHG プロトコル・プロ
ジェクト排出削減量算定基準(GHG Protocol for Project Accounting)」に準拠する。
2008 年 3 月現在、52 社が同プログラムに参加しており、そのうち 33 社が 2006 年の自
社の GHG 排出量を算出して結果を公表している(表 4 参照)。33 社合計の GHG 排出量
は、
2002 年のメキシコの GHG 排出量全体の約 16%に相当する 1 億 166 万 3,992 トン-CO2
である。
33 社のうち GHG 排出量が最も多いのはメキシコ国営石油公社(PEMEX)であり、
33 社合計の 46.0%に相当する 4,678 万 3,078 トン-CO2 の GHG を排出している。民間企
業で最も排出量が多いのはセメント最大手の CEMEX であり 1,636 万 3,804 トン-CO(同
2
16.1%)を排出する。その他 GHG 主要排出企業は、鉄鋼の AHMSA、SICARTSA、Mittal
Steel、セメントの Holcim-Apasco、Cooperativa Cruz Azul、Cementos Moctezuma、GCC、
鉱業の Minera México、Industria Peñoles などである。
表4 メキシコの主要企業別温室効果ガス排出量
(Programa GEI参加企業,2006年)
(単位:トンCO2)
企業名
産業分野
排出量
Petróleo Mexicano (PEMEX)
46,743,078
石油・天然ガス
CEMEX México
16,363,804
セメント
Altos Hornos de México (AHMSA)
7,756,442
鉄鋼
Holcim-Apasco
5,625,837
セメント
Mittal Steel Lázaro Cárdenas
4,810,050
鉄鋼
Cooperativa La Cruz Azul
3,588,000
セメント
Cementos Moctezuma
3,048,310
セメント
Siderúrgica Lázaro Cárdenas Las Truchas (SICARTSA) 鉄鋼
2,665,000
Minera México
1,984,634
鉱業
Industria Peñoles
1,891,984
鉱業
Grupo Cementos de Chihuahua (GCC)
1,480,000
セメント
SIMEPRODE(ヌエボレオン州政府機関)
804,619
リサイクル・廃棄物処理
Cementos La Farge
796,000
セメント
Grupo Modelo
778,332
ビール
Minera Autlán
755,829
合金鋼
Wal-Mart México
726,554
小売
Servicios Siderúrgicos Integrados
387,940
鉄鋼
Grupo BIMBO
358,961
製パン・食品
Cervecería Cuauhtémoc Moctezuma
260,871
ビール
NHUMO
234,474
カーボンブラック
Ford Motor Company
145,870
自動車
Siderúrgica Tultitlán
137,721
鉄鋼
Grupo Pórcicola Mexicano
124,809
養豚
Caterpillar México
61,269
建設機械
Hitachi Global Storage Technologies México
35,855
電気・電子機器
Grupo embotellador CIMSA
26,554
清涼飲料
Honda de México
16,626
自動車
Grupo JUMEX
16,570
果汁飲料
Tetrapak
11,772
包装・容器
AMANCO México
PVCチューブ等
11,251
Gas del Atlántico
7,842
LPG販売
ASSA ABLOY Occidente
3,689
錠前・防犯用品
3,445
ITESM Campus Guadalajara
大学
101,663,992
33社合計
(注)排出量は直接排出と間接排出(系統電力消費)を含む。
(出所)SEMARNAT
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GHG 排出量を策定した企業は、次のステップとして自社の排出を削減するプロジェク
トの実施を検討している。2006 年の GHG 排出量を公開している 33 社のうち、既に 5 社
が CDM プロジェクトを計画しており、メキシコ政府のホスト国承認を得ている。
4. メキシコにおける CDM プロジェクト実施動向
メキシコは 2007 年 3 月 14 日現在、国連に登録された CDM プロジェクト件数では世界
第 4 位(101 件、シェア 10.6%)
、登録されたプロジェクトの GHG 排出削減見通し量で
は世界第 5 位(700 万 6,185 トン-CO2、同 3.6%)の地位を占める(図 1 参照)。以前は国
連 に 登 録 さ れ た プ ロ ジ ェ ク ト の ほ と ん ど が ア イ ル ラ ン ド の ア グ サ ー ト (AgCert
International)社による養豚場のメタンガス回収プロジェクト(2006 年 4 月 6 日記事参照)
であったが、2006 年以降、ゴミ処理場でのメタンガス回収、風力発電、小水力発電、ハイ
ドロフルオロカーボン(HFC)破壊など新たなプロジェクトが登録されるようになってきた。
ただし、依然として家畜の排泄物処理によるメタンガス回収案件が全登録件数の 84.2%を
占める(表 5 参照)。
インドネシア
1.4%
南アフリカ
1.4%
図1 CDMプロジェクト国別登録状況(2008年3月14日時点)
その他
16.4%
排出削減見込み量
登録件数
南アフリカ カタール
1.3%
1.3%
アルゼンチン
その他
2.0% チリ
10.0%
2.1%
メキシコ
3.6%
韓国
7.4%
インド
33.2%
韓国
1.8%
チリ
2.3%
マレーシア
2.7%
メキシコ
10.6%
ブラジル
13.1%
(出所)UNFCCC
ブラジル
9.1%
中国
17.1%
インド
15.0%
表5 メキシコのCDMプロジェクト登録状況(2008年3月3日時点)
ホスト国承認前
ホスト国承認済
(No objection
国連登録済
プロジェクトタイプ
国連登録前
CER発行済
CER発行見込
letter 取得済)
件数 1,000tCO2 件数 1,000tCO2 件数 1,000tCO2 件数 1,000tCO2
排泄物処理
15
514 85
2,281 58
1,169
1
32
廃棄物処理
1
23
6
828
8
941
9
1,789
風力発電
5
1,617
3
646
2
298
小水力発電
1
70
3
120
2
41
5
1,529
HFC23破壊
1
2,790
1
2,155
コジェネ・省エネ・燃料転換
1
4 10
692 32
8,830
廃水処理
3
20
2
417
漏洩排出防止
2
665
4
1,062
N2O排出削減
1
103
2
541
輸送
1
24
植林
4
451
地熱発電
3
241
太陽光発電
1
103
配電効率化
1
267
六フッ化硫黄(SF6)回収
1
70
合 計
18
3,397 101
7,005 88
4,301 67
15,630
(注)CER発行見込は年間の削減見込量
(出所)環境省(SEMARNAT)気候変動対策プロジェクト局
49
中国
48.3%
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近年、活発に実施されているプロジェクト分野は風力発電プロジェクトである。メキシ
コには、オアハカ州テワンテペック地峡やバハ・カリフォルニア州など風力発電に適した
土地が比較的豊富に存在し、メキシコ全体の風力発電ポテンシャルは 5,000MW を超える
と言われている。ウォルマートやソリアーナといった大手スーパーマーケット、セメント
大手 CEMEX などが風力自家発電プロジェクトを立ち上げ、一部については既に CDM プ
ロジェクトとして国連に登録されている。
メキシコ最大の GHG 排出企業である PEMEX も CDM プロジェクト実施に乗り出して
いる。以前から検討されていたガス施設における漏洩排出防止プロジェクトに加え、昨今
は製油所における省エネや GHG 排出削減などを実施する動きが見られている。PEMEX
は 2007 年 8 月 14 日、
ノルウェーの Statoil と GHG 削減に関する同意書(Letter of Intent)
に署名した。PEMEX は自社で保有する 3 ヵ所の製油所で温室効果ガスの削減を行い、そ
れによって生じる CER を Statoil に販売する。プロジェクトが実施される製油所は、ヌエ
ボレオン州のカデレイタ製油所、イダルゴ州トゥーラ製油所、オアハカ州ミナティトラン
製油所で、合計で年間 20 万トン以上の CO2 排出が削減される見込みである。その後、
PEMEX は同様のプロジェクトに関する同意書を、英国の EcoSecurities(実施製油所:
サリーナクルス、サラマンカ)
、フランスの BNP Paribas(カデレイタ、トゥーラ)
、米国
の Carbon Solutions のメキシコ法人(トゥーラ)
、日本の三井物産(カデレイタ、ミナテ
ィトラン、マデーロ)とも締結している。
今後活性化することが期待されている CDM プロジェクト分野は、
「コジェネ・省エネ・
燃料転換」の分野である。2008 年 3 月 14 日段階、同分野では 1 件しかプロジェクトが登
録されていないが、ホスト国承認済みのプロジェクトは 10 件あり、国連への登録手続の
過程にある。また、メキシコのホスト国承認指定政府機関(DNA)であるメキシコ温室効果
ガス削減・吸収プロジェクト委員会(COMEGEI)からノー・オブジェクションレターを取
得したプロジェクトも 32 件あり、これら 42 件で合計 952 万トン-CO2 の GHG 排出削減
が見込まれる。CDM プロジェクトとして国連に登録されている 1 件は、野菜缶詰・加工
食品大手の「ラ・コステーニャ(La Costeña)社と果汁大手の「フーゴメックス(Jugomex)」
社によるプロジェクトである。同プロジェクトは両社の排水を嫌気性処理し、メタンガス
を回収した上で発電燃料として再利用するというもの。小規模プロジェクトだが、年間
3,619 トン-CO2 の GHG 排出削減が見込まれる。
ラテンアメリカでブラジルに次ぐ工業国であるメキシコには、鉄鋼、セメント、化学な
ど GHG を大量に排出する産業があるほか、食品加工業や自動車や電気・電子産業など工
場単位の GHG 排出量は少ないが、数多くの工場が存在する産業が存在する。多くの工場
において省エネ・コジェネなどによる GHG 排出削減が進めば、メキシコ全体の GHG 排
出削減に少なからず貢献するものと思われる。
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<参考資料>
①
Secretaría de Medio Ambiente y Recursos Naturales(SEMARNAT)、
Estrategia Nacional de Cambio Climático
http://www.semarnat.gob.mx/queessemarnat/politica_ambiental/cambioclimatico/P
ages/estrategia.aspx
②
SEMARNAT、
Acciones de México de Mitigación y Adaptación ante el Cambio Climático Global
http://www.semarnat.gob.mx/queessemarnat/politica_ambiental/cambioclimatico/D
ocuments/enac/080303%20Reporte_acc.cc.Mx_v08.pdf
③
United Nations Framework Convention on Climate Change (UNFCCC)、
Project Activities
http://cdm.unfccc.int/Projects/index.html
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【地球温暖化特集】
中国の CO2 排出量増加が予想を大きく上回る
‐カリフォルニア大学の研究が示す憂慮すべき状況‐
カリフォルニア大学バークレー校及びサンディエゴ校の経済学者らによる新しい研究
結果によれば、中国の二酸化炭素(CO2)の排出量増加はこれまで予測されていたよりもか
なり早いペースであり、大気中の温室効果ガスを安定化させるという目標の達成はより困
難になったとのことである。
これまでの予測(気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による予測を含む)では、大気
中の温室効果ガスの主原因である CO2 の排出量が、中国を含む地域で 2004~2010 年に毎
年 2.5~5%増加するとみられていた。しかし、今回のカリフォルニア大学の新しい分析で
は、2004~2010 年の中国の年間排出量増加率は少なくとも 11%となった。
この研究は、学術誌「環境経済・経営(Journal of Environmental Economics and
Management)」5 月号への掲載が予定されており、現在はオンライン版で公開されている。
研究者達の最も控えめな予測によると、中国の CO2 排出量は 2010 年までに 2000 年時
点より 6 億トン増加するとのことである。中国単独でのこの増加率は、京都議定書の「CO2
排出量を全先進国で 1 億 1,600 万トン低減させる」という約束に大きな影を落とすことに
なる。(多くの報告書によると、京都議定書に批准しなかった米国は 2006 年まで単独で
最大の CO2 排出国であったが、それ以降は中国が最大の排出国となった。)
換言すると、この先数年間の中国単独での年間予想増加量は、現在英国あるいはドイツ
で排出されている量よりも大きいことになる。
これらの結果に基づき、同論文の著者達は、「現在の世界温暖化の予測は『あまりにも
楽観的』であり、中国やその他の急速に工業化が進む諸国の温室効果ガス排出量を抑制す
る対策が緊急に必要だ」と話している。
この研究論文の著者 Maximillian Auffhammer(カリフォルニア大学バークレー校農
業・資源経済学助教授)と Richard Carson(カリフォルニア大学サンディエゴ校経済学教
授)は、中国の 30 の地方行政区から収集した汚染データに基づき研究を行った。
Auffhammer は今回の論文を、「大気中の CO2 濃度を安定化させる目標を達成するために
は、豊かな先進国が取る対策だけが有効な戦略であるという、広く行き渡っている考えに
警鐘を鳴らすものとなるだろう」と述べている。
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Auffhammer は続けて、「今重要なのは、将来の気候対策に、中国とその他の発展途上
国の合意を必ず取り付けることである」と述べた。「これまで予測されていたのは、一人
当たりの国民所得が増加したように、中国の発電の効率もこの先改善されていき、CO2 の
排出量増加率が鈍化するというものであった。しかし、私達は分析によって、中国の排出
量の増加速度が私達の最も悪い予測を上回っていること、そしてそのために大気中の CO2
を安定化させるという目標がますます達成困難になっていることを発見した。」
これまで研究者達は地域や国の CO2 排出量を、化石燃料の消費量のデータから算出して
いた。そのため既存の分析モデルでは、温室効果ガスの排出量増加率を予測するために、
排出量の値を用いるとともに、人口規模や社会の豊かさ、技術開発などの変数を計算に入
れていた。
カリフォルニア大学の研究者達は、中国の排出量増加について従来の予測結果と大きな
違いが出た要因を説明する上で、彼らが 2004 年までの中国の CO2 排出量のより詳細な全
体像を得るために、地方行政区レベルの数値を分析に使用したことを挙げた。
「これまで研究者達は中国を一つの国として扱ってきた。しかし、欧州の大半の国より
も中国の各地方行政区の方が土地も人口も大きい」と Carson は話す。「それに加えて、
地方行政区はそれぞれ経済発展の度合いや豊かさの差が大きく、人口の増加率にも大きな
ひらきがある。これらの要素は全てエネルギーの消費量に影響を及ぼすため、国全体のデ
ータに基づいた分析モデルでは対応することが難しい。」
化石燃料の消費量のデータは中国の地方行政区レベルでは報告されていないため、研究
者達は CO2 排出量の代わりとして、中国の地方行政区の環境保護管理報告書から入手でき
た廃ガスの排出量を研究に使用した。
さらに研究者達は、中国の CO2 排出量を予測した他の大半の研究は 10 年近く前の情報に
頼っていると話している。1990 年代の中国の国民一人当たりの所得の伸び率はエネルギー
の消費の伸びよりも高かったが、これは通常、CO2 排出量の鈍化につながると考えられる。
「2000 年頃、中国で著しい変化が起こった。2000 年前後は米国が京都議定書に合意す
る望みと、海外からの中国に対する排出量削減要求の両方が、消え始めた時期であった」
と Carson は話す。「エネルギーの使用量が所得よりも速いスピードで増加し始めた。そ
して、使用された殆どのエネルギーは効率が良くなかった。」
同論文の著者達は、中国の中央政府が 2000 年以降、新しい発電所を建設する責務を地
方行政当局に移行し始めたことも要因として挙げている。地方行政当局は中央政府よりも、
よりクリーンで効率性の高い発電所を建設するためのインセンティブや財源が少ない。こ
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のような発電所は、長期的に見れば資金の節約になるが、建設にかかる費用はより高額に
なる。
「政府当局は、出来る限り早くできるだけ安価に発電能力を拡大するために、エネルギ
ー効率を目標から外した」と Carson は話す。「より資金のある沿岸部の地方行政区は、
利用できる最良の技術をベースとして、燃焼による大気汚染が少ない発電所を建設するこ
とが多かったが、より資金の少ない内陸部の行政区の多くは、1950 年代の旧ソ連の効率の
悪い技術の複製で発電所を建設した。」
「問題は、発電所はいったん建設されると、その後 40~75 年使用され続けることだ」
と Carson は話す。「資金が少ないこれらの地方では、これまで予測されていたよりも、
長期的な CO2 排出量曲線(trajectory)が大変高い位置にならざるを得ない。私達の予測では、
中国の大部分の地域で、古くて非効率的な発電所が今なお使われているという事実を組み
入れている。」
この研究の資金は、カリフォルニア大学地球的紛争協調研究所(IGCC: Institute on
Global Conflict and Cooperation)から提供された。
翻訳:大釜 みどり
出典:http://ucsdnews.ucsd.edu/newsrel/international/03-08ChinasCarbonDioxideEmi
ssions.asp
(Copyright ©2008 the University of California, San Diego
All rights reserved. Used with Permission.)
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【個別特集】NEDO海外事務所報告
2008 年全人代後の中国のエネルギー情勢
-南方の雪害で露呈したエネルギー供給体制の脆弱さと政府のエネルギー組織改革-
NEDO技術開発機構 北京事務所
曲 暁光
本年(2008 年)1 月下旬から 2 月中旬まで、中国国土の半分以上を占める南方地域の
19 の省・自治区を強い寒波が襲い、50 年に一度と言われる大雪が降りしきった。この結
果、鉄塔、送配電線に大きな氷柱が付着し、鉄塔の倒壊や、送配電線の切断が起き、多く
の地域で停電のまま正月(日本の旧正月)を過ごすこととなった。また、南北の大動脈と
言われる京広鉄道(北京~広州間の中国の南北を貫く鉄道)が停電で長時間の運休を余儀
なくされ、京珠高速道路(北京~珠海間の高速道路)が氷結し、通行止めとなった。鉄道
の長期間の運休で、正月の帰省を妨げられた、広東省への出稼ぎ労働者ら百数十万人が、
広州駅に押しかけ、当局を相手に、不満による大暴動に発展する寸前の事態に陥った。
中小炭鉱の閉鎖政策による出炭量の低下と、鉄道の輸送能力の弱さという状況に加え、
交通機関の麻痺と復旧作業の遅れは、産炭地が集中する山西省・内蒙古等西北部から、中
国の石炭火力発電所の大半が集中する沿岸地域への燃料輸送に大きな支障を来たした。
一部の地域では、停電、暖房のない極冷状態、停電による断水、食糧不足による極限的
な状況が四十数日間続き、政府は 3 月 8 日になり、ようやく復旧作業の終了を宣言した。
重慶市の山間部で豪雪によって切断された
旧正月に行われた、同左復旧作業の様子(出
送電線の点検(出所:国家電網 HP)
所:国家電網 HP)
この未曾有の雪害で中国のエネルギー供給体制の脆弱さが露呈した。雪害の悪夢覚めや
らぬ 3 月 5 日~18 日に、北京で 5 年に一度の全国人民代表大会の第十一期第一回大会(全
国人民代表大会は中国の最高権力機関で唯一の立法機関。以下、全人代)が開催されたが、
雪害は当初から議題として予定されていた、エネルギー政策、組織改革の議論の方向性に
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も大きく影響を及ぼした。全人代の任期は 5 年で、今回の第十一期全人代の第一回大会(大
会は年一回、毎年 3 月頃に北京で開催)はメンバーの新旧交代を行う節目の会議である。
1.「長距離化、高圧化、大型化」のエネルギー(電力)政策に警鐘-分散型電源の重要性
への再認識
中国の電力供給システムの構造を「木」に例えるならば、根は発電所に当たり、幹はナ
ショナル・グリッドで、幹の周辺に電力の消費先に当たる、たくさんの枝葉が付いているよ
うな単純な構造となっている。
2002 年頃から、中国で競争原理の導入、送配電と発電の効率化を目標とする、大規模な
電力供給体制の改革が行われた結果、旧国家電力公司の送配電部門と発電部門を切り離し、
(1) ナショナル・グリッドの運営・管理と送配電を主要業務とする「国家電網公司」と「南
方電網公司」の送配電会社 2 社及び、
(2) 発電業務を中心とする「中国華能集団」、「中国大唐集団」、「国電集団」、「中国電力投
資集団」、
「華電集団」の発電会社 5 社を設立した。
電力供給体制の改革が一巡した後、送配電分野に関して、全国的な送配電網(ネットワ
ーク)形成、送電ロスの軽減に役立つ超高圧送電の技術導入という送配電網の「長距離化、
高圧化」が進められる一方、発電分野に関しては右肩上がりの経済成長による旺盛な電力
需要を満たすため、発電各社は競うように、各地で超臨界、超・超臨界のような大規模な火
力発電所の建設を進めていった。特に 2006 年後半に政府が、電力会社が新規の発電所を
建設する際、同じ省にある既設の老朽化した中小の火力発電所の廃止を義務化する「上大
圧小」
(大規模な発電の新設、小規模な発電所の廃止) 政策を打ち出して以来、電力会社
の発電所の大型化に拍車がかかった。
一方で、効率化を最優先する「長距離化、高圧化、大型化」の電力政策は中国全体の送
配電・発電効率の大幅な向上をもたらす反面、安定供給という最も重要な社会的責務の達成
は後回しにされている。今回のような大雪では、政府の電力政策の効果が裏目に出て、送
電線の幹線が壊れたことにより、送配電網全体が機能しなくなる最悪の事態を招いた。
今後、電力の安定供給の確保と、送配電網の効率化を両立させるには、産炭地と大規模
火力発電の開発予定地との距離の短縮を図らなければならない。同時に、欧州諸国の再生
可能エネルギー開発の成功事例を参考に、電力供給システムの「木」の幹周辺に生えてい
る枝葉にそれぞれ「宿木」を付ける分散型電源、ミニグリッド整備と大規模電源の開発、
ナショナル・グリッドの強化という、大・小のバランスが取れた、より強固で弾力性のある
電力供給システムの再構築を進める必要がある。
2. 政府のエネルギー組織改革
今回の全人代は、昨年 10 月に行われた中国共産党 17 回大会で胡錦濤国家主席が指摘し
た、各政府組織の権限・責任範囲等を明確にし、所掌事項の重複を避け、効率を上げる「大
部門制(サービス型政府)」の原則を踏まえて国務院が提示した「国務院機構改革案」を審
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議・可決した。
その中で、政府のエネルギー関係組織のハイレベルメンバーで構成されるタスクフォー
ス的性格の、エネルギー国家戦略等を議論・決定する意思決定機関となる、
「能源(エネル
ギー) 委員会」の創設を決定した。
また、国家発展改革委員会の中に設置された能源局は、政策研究を中心とする国務院能
源弁公室、国防科学工業委員会の管理下にある原子力行政を所管する国家原子力機構の機
能を吸収し、上級局(副省級)の「国家能源局」に格上げされ、引き続き国家発展改革委
員会に残り、
「能源(エネルギー) 委員会」の事務局としてエネルギー行政全般を掌る。
当初は、エネルギーの重要性を鑑み、石炭、電力、石油・天然ガス、新エネルギー等を
統括する強力な「能源部(エネルギー省)」を設立する案が有力であったが、今回の結果
は行政組織の改革が 2020 年に最終的に終了することを前提とする中間的なものと位置づ
けされている。つまり、2020 年までに「能源部」の設立をターゲットに「国家能源局」と
いう過渡的な組織が生まれたと見られる。
特に、大雪により中国のエネルギーシステムの脆弱さが露呈したことで、政府上層部は
短期間にドラスティックなエネルギー組織の改革を行うことの危険さを考慮せざるを得な
かったと思われる。
3. 「能源部(エネルギー省)
」設立に係る困難
中国では過去 20 年間、
エネルギー行政のあり方に関して試行錯誤を繰り返してきたが、
今までの行政改革の推移を振り返りつつ、
「能源部(エネルギー省)
」の定着がいかに難し
いかについて簡単について分析してみたい。
中国では 1982 年以来、行政組織改革は実に 6 回も行われてきた。過去長年に渡り、エ
ネルギー行政組織の「三巨頭」である、石炭工業部(省)、石油工業部(省)、電力工業部
(省)が互いをライバル視しつつ、それぞれ傘下の国営エネルギー企業の予算、人事、生
産調整、輸送等企業経営を一元的に管理し、エネルギー行政全般を牛耳っていた。
1988 年に第二次行政組織改革が行われた際、整合性の取れた効率的なエネルギー行政を
目指すべく、中国エネルギーの石炭、石油、電力行政を合体し、「能源部」を創設した。
しかし、
「能源部」設立後も、長年の縦割り行政によって生まれた「縄張り」は簡単に解消
されず、かえって「内部抗争」と「独立運動」が激化した。1993 年に「能源部」は不調の
まま、その短い役割を終えた。
その後、石炭工業部(省)と電力工業部(省)は復活したが、旧石油工業部(省)を二
分化し、事業所が長江以北に集中する開発(上流)部門を中心とする「中国石油天然ガス
総公司」(CNPC)と主力事業所が長江以南にある石油精製(下流)を主要業務とする「中
国石油化学総公司」(SINOPEC)という中国石油産業の両雄が誕生した。その直後に、陸
上油田の開発に限界が見られ、中国近海の洋上油田の開発が急務となったため、洋上油田
の開発業務を担う「中国海上石油総公司」(CNOOC)が設立された。
1998 年に「小さな政府」を目指す朱熔基前首相の主導による四回の行政組織改革が実施
された際、石炭工業部(省)は「国家石炭局」へ格下げされた後、更に所掌業務を炭鉱保
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NEDO海外レポート
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安に絞る内容の組織再編が行われた。この石炭行政部門の凋落を尻目に、神華集団、兗鉱
集団等を代表とする国有の石炭企業は市場経済の経営手法を導入し、経済成長に伴うエネ
ルギー需要の急速な増加とエネルギー価格の上昇を追い風に、国際的な競争力のある企業
への急成長を遂げた。
一方、電力工業部(省)も行政組織の縮小の流れの中で、官庁から「国家電力公司」と
いう企業へと衣替えした後、前述のとおり、送配電業務を中心とする「国家電網公司」
、
「南
方電網公司」
の二社及び、
一般に五大電力と称される 5 つの国有電力会社「中国華能集団」
、
「中国大唐集団」
、
「国電集団」
、
「中国電力投資集団」
、
「華電集団」が設立された。現在、
五大電力だけで設備容量が 3 億 kW 前後に達し、中国全体の 4 割前後を占めている。
電力はもとより、石油、石炭を含むこれら巨大国有企業群は、今日国内のエネルギー産
業をほぼ独占的に支配するエネルギーコンツェルン的存在と言える。また、国家電網公司
を除いて殆どの企業は上場しているとはいえ、基本的に政府の方針を経営に反映させる
「官」の色彩を色濃く残している。
今回の行政組織改革で生まれた「国家能源局」
、並びに将来の設立が噂される「能源部(エ
ネルギー省)
」は大きく成長するこれら「マンモスエネルギー企業」との関係整理を行った
上での、効率的なエネルギー行政の推進が課題となると考えられる。
<参考>
NEDO海外レポート957号「2005年中国政府のエネルギー組織改革-国家エネルギー指導
グループの設立」-前回のエネルギー組織改革に関するレポート
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/957/957-03.pdf
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【エネルギー】ハイブリッド車
ハイブリッド車への充電が電力系統に与える影響についての調査(米国)
プラグインハイブリッド電気自動車とトラックが普及するには、新たに多数の発電所が
必要となる場合と、全く必要にならない場合がある―それは、自動車の所有者達が車に充
電する時間帯によって変わってくる。
オンライン誌「ORNL Review」の最新号で特集
1
されているオークリッジ国立研究所
(ORNL)の最新の研究では、ハイブリッド電気自動車とトラックの所有率が増加した場合
に電力系統に与える影響について、車への充電時間別に調査が行われた。
「電気自動車の影響を調べた幾つかの評価では、車の所有者達が充電を行うのは夜間の
みではないかと予測されている」と、ORNL 冷却・加熱・電力技術プログラム(Cooling,
Heating and Power Technologies Program)の Stan Hadley は話す。
「この予測は、必ずしも人間の性質を考慮に入れたものではない」と研究を主導した
Hadley は話す。「消費者は電力会社が希望する時間よりも、自分の都合が良い時間帯に
充電しようとするだろう。電力会社は車の所有者が所定の時間に充電したくなるようなイ
ンセンティブを策定する必要がある。所有者と電力会社の双方に役立つように充電を最適
化するためには、必要ならば、「スマートな(賢い)」充電機器(電力価格、電力系統の
負荷率、次回の充電がいつ必要か分かる機能付き)の技術を使う手立てもある。
プラグインハイブリッド電気自動車の潜在的影響について、米国 13 地域の 2020 年と
2030 年時点の分析予測が行われた。ORNL の研究者達は、電力需要、電力供給、インフ
ラ、価格及び関連する排出量のレベルについての潜在的影響を調査した。ハイブリッド車
を使うのに必要な電力の予測をするために、ハイブリッド車が 2020 年までに市場に 25%
普及すると仮定し、さらに、セダン車とスポーツ多目的車(sport utility vehicle)も混ざっ
ていると仮定した。幾つかのシナリオが以下の要素―2020 年/2030 年、各地域、午後 5
時/午後 10 時、及びその他の変数に基づいて作成された。
今回の報告書では、ハイブリッド車が市場に出回り始めて、米国民が使用する車の大き
な割合を占めると仮定する 2030 年までに、最も必要となる重要なことは、発電所の追加
であることが判明した。
最悪のシナリオでは、ハイブリッド車の全ての所有者が午後 5 時に、6 キロワットの電
力を充電すると仮定した場合、足りない電力を供給するために、米国で最大 160 の大規模
1
“Pursuing Energy Options New Alternative Fuels” (Volume 41, Number 1, 2008)
http://www.ornl.gov/info/ornlreview/v41_1_08/article11.shtml
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発電所が必要となる。さらに、その電力需要によって、特定地域の電力系統用の予備電力
の余裕分が減ることが予測される。
最良のシナリオは、車が午後 10 時以降に充電され、電力系統への負荷が最小で、そし
てエネルギーの卸売価格が一番安いケースである。一世帯当たりの電力需要次第だが、午
後 10 時以降に車を充電すれば、需要が少ない場合には発電所を追加する必要はない。も
し需要が多い場合でも、米国全体で発電所をたった 8 施設増やすだけですむ。
この研究の詳細な情報と ORNL のその他のエネルギー関連の研究は、次のウェブサイト
を参照されたい:http://www.ornl.gov/review
翻訳:大釜 みどり
出典:http://www.ornl.gov/info/press_releases/get_press_release.cfm?ReleaseNumber=
mr20080312-02
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【エネルギー】太陽光発電
米国エネルギー省はブレイクスルーとなる太陽エネルギー
プロジェクトに 1,370 万ドルを投資
- 全米の大学から 11 件のプロジェクトを選択 -
米国エネルギー省(DOE)は、先進太陽電池(PV)技術の製造工程および製品の開発に取り
組む 11 校の大学が先導するプロジェクトに対して、3 年間(2008~2010 年度)にわたり
1,370 万ドルを投資することを発表した。これらのプロジェクトは、ブッシュ大統領のソ
ーラアメリカ・イニシアティブに不可欠であり、2015 年までに太陽エネルギーを従来の電
力形式に対して価格的に競争力を持つようにすることを目標としている。
太陽エネルギーの利用を増加させること、また、温室効果ガスの排出削減および海外石
油の依存度を減らす取り組みにおいて、我々の国家のエネルギー源を多様化することは重
要である。20%の僅かな大学および産業界のコスト共有と共に、1,740 万ドルがこれらの
プロジェクトに投資される。
「太陽の自然で豊富なエネルギーを利用し、さらにコスト効率を高くエネルギーに変換
することは、温室効果ガス排出量を削減し、かつ電力価格の安定性をより高くすることを
支援する計り知れない可能性を持っている。これらのプロジェクトは、太陽電池技術の技
術革新を高めるだけでなく、クリーンで再生可能な太陽エネルギーを 2015 年までに商業
ベースにのるようにするという、大統領の目標を達成させるのを支援する」と DOE エネ
ルギー効率・再生可能エネルギー次官補のアレグサンダー・カースナーは語った。
これらのプロジェクトに選ばれた大学は、産業パートナーが製造工程と製品を進歩させる
のを支援するために、材料および太陽電池装置についての基本的理解にてこ入れする。これ
らのプロジェクトは、太陽電池によって生産された電力価格を、1 キロワット時(kWh)当た
り 0.18 ドル~0.23 ドルの現在のレベルから、2015 年までに kWh 当たり 0.05 ドル~0.10
ドルの全国的な電力市場において競合し得る価格まで、低下させる可能性を持っている。
これらのプロジェクトは商業化の取り組みを保持し、その結果が市場対応の製品や製造
工程へ迅速に移行させられることを確かにするために、各大学はそれぞれ産業パートナー
と緊密に協力する。さらに、学生は、多様な PV 関連商業化の問題を経験し、成長中の国
内 PV 研究開発産業の競争力を増加させ、かつ適確な科学者を雇用するという取り組みに
より労働力の開発を高める。
光起電力に基づいた太陽電池は、コンピュータ・チップで使用されるものに似た半導体
材料で作られており、太陽光を直接電力に変換する。太陽光がこれらの材料に吸収される
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時、太陽エネルギーはその構成原子から電子を放出させ、電子が材料中を流れることを可
能にして電力を生産する。この光を電力に変換する過程が、光起電力効果と呼ばれている。
これらのプロジェクトは、DOE の 2007 年 6 月 20 日の「資金提供公募、大学の光起電
力プロセスおよび製品開発支援」に応じて選択された。それは、急速に成長している PV
産業への大学の関与を強化することを求めている。選ばれた応募者と DOE との間の交渉
は、直ちに最終プロジェクト計画と資金提供レベルの決定を開始させる。この資金提供は
議会歳出予算に従う。
選択されたプロジェクトを以下のものを含む、
1. アリゾナ州立大学(テンピ、アリゾナ州)と SolFocus 社と Soliant Energy 社:
-国際電気標準会議(IEC)認定仕様による集光型太陽光発電の信頼性評価
集光型太陽光発電の最近のブームは、IEC 製品検査を受けるために待っている商品の大
きな受注残を作り出している。このプロジェクトは、試験の処理量および効率を大きく
増加させるために、産業界との日程や調整を向上させる一方で、環境室試験のような品
質試験のボトルネックを減らすことに注目する。
DOE は、このおよそ 80 万ドルのプロジェクトに、最大 62 万 5,304 ドルを提供する。
2. カリフォルニア工科大学(パサデナ、カリフォルニア州)と Spectrolab 社:
-インジウムリン基盤多重接合太陽電池のためのシリコンラミネート基板上の 100 ミリ
メートの加工インジウムリン
インジウムリン(InP)は、多重接合太陽電池を形成する非常に望ましい基板であるが、そ
のコストが高性能な電池を制限している。このプロジェクトは、安価なシリコンラミネ
ート基板への InP 薄膜層の接合により、InP 層の厚さを 10 分の 1 に縮小することを目
標とし、コスト効率が良く拡張可能な InP 基盤多重接合電池プロセスを可能にする。言
い換えると、このことは、高効率多重接合太陽電池のための新しい設計空間を開く。
DOE は、このおよそ 100 万ドルのプロジェクトに、最大 83 万 7,000 ドルを提供する。
3. ジョージア工科大学(アトランタ、ジョージア州)と Sixtron 社:
-次世代高効率商用シリコン太陽電池の背面接点技術
性能向上のための電池加工技術は、シリコン産業でよく確立されている。しかし、その
ほとんどはより高い加工コストをともなっている。このことは効率の限界増進によって
確認されてはいない。このプロジェクトは、すぐに商業化ができる 17~20%の効率の装
置を生産する十分に廉価な電池プロセスを産出するために、向上したコスト効率の良い
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背面の表面安定化処理、光トラッピングおよびインクジェット印刷背面接点を開発する。
DOE は、このおよそ 190 万ドルのプロジェクトに、最大 150 万ドルを提供する。
4. マサチューセッツ工科大学(ケンブリッジ、マサチューセッツ州)と CaliSolar 社およ
び BP Solar 社:
-高性能で廉価な結晶シリコン太陽電池のための、欠陥エンジニアリング、電池加工お
よびモデル化
このプロジェクトは、これらの廉価な大量生産基板のコスト優位を保持する一方で、工業
用多重結晶シリコン電池と高効率な単結晶シリコン電池との間の効率ギャップを縮める
ために、欠陥を評価して太陽電池内の欠陥の分布を操作する。このプロジェクトは、ピー
クワット当たり 1 ドル未満の生産コストで 18~22%の効率的な電池を目標としている。
DOE は、このおよそ 190 万ドルのプロジェクトに、最大 150 万ドルを提供する。
5. ノースカロライナ州立大学(ローリー、ノースカロライナ州)と Spectrolab 社:
-超高効率多重接合太陽電池のための調整可能な低エネルギーギャップ吸収体
多重接合電池の変換効率は、各層の太陽の広域スペクトルへの応答性のバランスを保つこ
とにより、また各層が発生する電流との調和により増加する。このプロジェクトは、1~
1.5 電子ボルトの段階的な歪みサブ電池層、そして、次に、Spectrolab 社の 3 重接合スタ
ックへ、この層を統合し 4 重接合太陽電池を作成することの開発と最適化により、これら
の両改善を追求する、このプロジェクトは、45%の世界記録効率を目標としている。
DOE は、このおよそ 140 万ドルのプロジェクトに、最大 114 万 7,468 ドルを提供する。
6. ペ ン シ ル ベ ニ ア 州 立 大 学 ( ユ ニ ヴ ァ ー シ テ ィ ー パ ー ク 、 ペ ン シ ル ベ ニ ア 州 ) と
Honeywell 社:
-高効率で廉価な大面積拡張可能な太陽エネルギー変換用の有機半導体異質接合太陽電池
有機太陽電池は、極端な低価格の見込を持っている、しかし現在は接合界面構造の欠点
により低い変換効率を持っている。このプロジェクトは、7%以上の効率を持った廉価な
太陽電池を作る有機半導体と結合する高秩序の大面積二酸化チタンナノチューブ配列
の使用に注目する。
DOE は、このおよそ 150 万ドルのプロジェクトに、最大 123 万 1,843 ドルを提供する。
7. デラウェア大学エネルギー変換研究所(ニューアーク、
デラウェア州)と Dow Corning 社:
-CIGS 太陽電池用の廉価な絶縁フォイル基板の開発
現在、柔軟な銅インジウムガリウムセレン(CIGS)モジュールの直接形成は、高品質の薄
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膜を生産するのに必要な高い加工温度に耐える安価な基板の欠如により制限されてい
る。このプロジェクトは、様々なロールトゥーロール CIGS 生産技術に適用可能なモジ
ュールプロセスおよびシリコン基盤樹脂誘電体で覆われた廉価なステンレス鋼の柔軟
基板の開発を目標とすることにより、この限界に取り組む。プロジェクトは、この基板
に基づいた 12%を越える効率を持った装置を目標とする。
DOE は、このおよそ 185 万ドルのプロジェクトに、最大 147 万 8,331 ドルを提供する。
8. デラウェア大学(ニューアーク、デラウェア州)と SunPower 社:
-高効率背面接点シリコン異質接合太陽電池
このプロジェクトは、電気的特性を向上させ、かつ低温プロセスを可能にするために、結
晶電池セルにアモルファスシリコン(a-Si)フィルムを蒸着する。電池に入る光量を増加さ
せ、かつ 26%以上に変換効率を増加させるために、金属接点は電池の背面に移動される。
DOE は、このおよそ 190 万ドルのプロジェクトに、最大 149 万 4,736 ドルを提供する。
9. フ ロ リ ダ 大 学 ( ゲ イ ン ズ ヴ ィ ル 、 フ ロ リ ダ 州 ) と Global Solar Energy 社 、
International Solar Electric Technology 社、Nanosolar 社 および Solyndra 社:
-CIGS 吸収体の迅速な合成法
このプロジェクトは、種々の加工条件の下で CIGS 薄膜の形成について定量的に説明す
る予測モデルを開発する。これらのモデルは、処理時間を縮小し、商業製造のための拡
張問題を識別するための、最適処理処方を開発するために使用することができる。プロ
ジェクトは、2 分以下の CIGS 合成時間を目標としている。
DOE は、このおよそ 80 万ドルのプロジェクトに、最大 59 万 9,556 ドルを提供する。
10. トレド大学(トレド、オハイオ州)と Calyxo USA 社:
-薄膜 CdTe 吸収体層製作のための向上した大気圧蒸着
最高記録のテルル化カドミウム(CdTe)薄膜デバイスは、8 マイクロメーター(μm)厚の
CdTe 層を利用している。しかし商用生産でのこの構造の複製は、材料費および蒸着時
間を増加させる。このプロジェクトは、CdTe 層の厚さをおよそ 1μm にし、10%のモ
ジュール効率を目標とする。接点、均一性および単一体集積化への改善も達成される。
DOE は、このおよそ 170 万ドルのプロジェクトに、最大 116 万 4,174 ドルを提供する。
11. トレド大学(トレド、オハイオ州)と Xunlight 社:
-大面積 VHF PECVD を使用したアモルファスシリコン基盤薄膜太陽電池の高速製作
従来の蒸着工程の増加する工程処理がより低い装置効率をもたらすので、アモルファス
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シリコンモジュールの加工コストの削減は困難であることが分かっている。このプロジ
ェクトは、高効率アモルファスシリコンおよびナノ結晶体シリコン太陽電池を高速で作
り上げる一方で、高い効率を保持することを目標とする。プロジェクトは、アモルファ
スシリコン/ナノ結晶シリコン(a-Si/nc-Si)太陽電池の 10%の変換効率を目標とする。
DOE は、このおよそ 190 万ドルのプロジェクトに、最大 144 万 2,266 ドルを提供する。
ブッシュ大統領の太陽アメリカイニシアティブに関しての詳細は:
http://www1.eere.energy.gov/solar/solar%5Famerica/
(出典:http://www.energy.gov/news/6071.htm)
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【エネルギー】省エネルギー
建物の省エネルギーは納税者と連邦に利益をもたらす(米国)
建物から失われるエネルギーは、米国内のエネルギー消費量の 40%を占め、また同様の
割合の二酸化炭素を排出している。米国内標準技術研究所(NIST)のエンジニアは、最近、
自分のオフィスのエネルギー消費の改良について調べた。そしてエネルギー関連の改善が
その必要な経費に対して価値をもたらすことを発見した。
この結果に従った NIST の計画は、
「連邦各省庁は 2015 年までに、
2003 年レベルの 70%
へエネルギー消費量を削減する」
、という大統領命令を満たすのを支援し、また一方では納
税者のお金を節約することになる。
NIST 構内の 1 つの汎用建物の 2 つの隣接したオフィス(部屋)を使用して、NIST の
研究者はこの研究に取り組んだ。この建物は、1960 年代初期に NIST 構内に構築された典
型的な建物である。この 2 つのオフィスのうちの 1 つは、改良を行わない比較対照のため
の部室として使われ。また、もう一方の部屋は、外壁からのエネルギーの流失を減らすた
めに改良が加えられた。
それぞれのオフィスは同一レベルの快適さを維持する一方で、様々な省エネルギーオプ
ションで実現できるエネルギー節約を行う機器を慎重に設置した。
- 未改良の対照室は、一枚の窓ガラスの窓ユニットと時代遅れの冷暖房機器を持って
いる。またこの部屋の外壁と内部空間の間に断熱材は存在していなかった。従って外壁の
多くの隙間や空間の結果、部屋の内部と外気との間に大きな空気の漏れが生じていた。
- 改良した試験室は、これらの空気の漏れをすべて閉ざし、外壁はおよそ 9 インチの
ガラス繊維絶縁体で熱絶縁され、また、その 40 年来の一枚の窓ガラスユニットは、2 重ガ
ラスやアルゴン充填の絶縁窓ガラスの窓ユニットに取替えられた。
またオフィス空間の壁に配管を必要とした時代遅れの冷暖房システムに換えて、冷暖房
空気を送るための強制循環式の冷暖房機器が屋根裏に設置された。
改良された試験室と未改良の比較対照室の外
壁の赤外線画像
・左側の、改良された試験室の画像は、より青い
色を示している。これは外壁温度がより低く、
熱の流失が少ないことを表している。
・右側の、改良していない対照室は、青色が僅か
で緑色が多くオレンジ色や赤色を示しており、暖
かい空気が外部へ逃げていることを表している。
(Credit:米国立標準技術研究所)
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これらのエネルギー改良に要した費用はおよそ 2,825 ドルであった。未改良の比較対照
室と改良した試験室を同一の条件に維持するために必要なエネルギーを比較した測定結果
は、59%の節約を示していた。エネルギー改良後の年間コスト節約は、2007 年のエネル
ギー価格で、1 年当たりおよそ 195 ドルに達している。
研究者達は、エネルギー価格が段階的に年率 3%の上昇で計算するために、NIST の建
物省エネコスト効果ツールソフトウェアを使用している。改良後 25 年間以上の使用継続
することにより、改良費用 1 ドル当たりの投資に対して、平均 1.75 ドルを生み出すこと
を、彼等は見つけている。
NIST はこの研究結果の実施を 2008 年 4 月に開始する。第 1 段階では、22 室のオフィ
スが省エネルギー仕様に改良される。残りの 85 室のオフィスは、2009 年と 2010 年に改
造される。
建物エネルギー効率を向上させる NIST の取り組みについての詳細は、
NIST 建物環境部ウェブサイト:www.bfrl.nist.gov/863/で知ることができる。
NIST の建物省エネコスト効果ツールのバージョン 3.0 は、
http://www2.bfrl.nist.gov/software/CET/でダウンロードが可能である。
(出典:http://www.nist.gov/public_affairs/techbeat/tb2008_0305.htm#energ)
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【産業技術】ライフサイエンス
ゲノミクスと健康格差に関する研究センターを NIH が設置(米国)
-遺伝学者チャールズ・ロティミがマイノリティ・グループにおける疾病に関する研究を指揮-
米国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)1 は 3 月 17 日、ゲノミクス 2 と
健康格差
3
に 関 す る 組 織 内 研 究 セ ン タ ー 「 NICGHD(NIH Intramural Center for
Genomics and Health Disparities)」を新しく設立することを発表した。この新しい研究
センターでは、肥満や糖尿病、高血圧などの病気が国民に与える影響についての研究が行
われる。 遺伝情報や臨床データ、また生活様式や社会経済的なデータを収集・解析し、何
十年もの間公衆衛生の専門家たちを悩ませてきた臨床現場で見られる偏りの問題に対して、
ゲノム的アプローチを用いて取り組む。NICGHD は NIH 内で組織横断的に活動し、ハワ
ード大学(Howard University)ヒトゲノムセンターの前所長で国際的に著名な遺伝疫学者
である N・ロティミ博士がその所長を務めることになる。
「この研究センターが新しく設立されることにより、健康格差の根底にある複雑な要因
に関する研究を 21 世紀へ繋ぐことが容易になるだろう。
」NIH のエリアス・ザフーニー所
長はこのように語った。
「NICGHD の遺伝学やゲノミクスの研究者たちと、既存の NIH
の研究プログラムに参加している病気の専門家たちの間に生まれる相乗効果によって、健
康格差に対する理解が向上し、米国内のマイノリティ・グループ、ひいては米国民全体の
役に立つことになる。
」
「NICGHD がまず最初に取り組むべき課題は、健康格差に関する問題のいくつかに対
して、ゲノミクスのツールをどのように利用できるかを探ることだ。
」
ロティミ博士は言う。
「NIH の膨大な専門知識と充実した研究基盤を利用すればより内容の濃い研究が可能で
あり、従来は不可能であったようなやり方で問題に取り組むことができるだろう。
」
これまでの研究により、人間のゲノムは皆非常に似通っているということがわかってい
る。しかし、ゲノム内に存在するほんの僅かな違いのために、髪や目の色、また病気への
罹りやすさや薬剤への反応など、人はそれぞれ異なる生物学的特徴を持つ。また健康や病
気には、栄養状態、運動の習慣、医療を受ける機会などといったゲノム以外の要因も関わ
ってくる。遺伝疫学では、遺伝的な差異と環境的な要因を組み合わせて研究することによ
り、個人の、あるいは特定の人口集団における病気への罹りやすさや抵抗力を評価する。
NIH の組織・研究開発体制等については下記を参照。
「米国国立衛生研究所(NIH)での研究開発への取組状況―医学研究へ毎年290億ドル、27の研究所を持つ巨大
組織、8割が外部研究助成金―」http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/1018/1018-01.pdf
2 ゲノミクス (Genomics): ゲノム学、ゲノム科学。ゲノム(ある生物のもつ全ての遺伝情報)の構造や機能を
研究する生命科学の一分野。
3 健康格差(health disparities): 人種や民族、社会経済的地位による健康と医療の質の格差。
1
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NICGHD は、NIH 所内研究事務局(NIH Office of Intramural Research)の下に置かれ、
国立ヒトゲノム研究所(National Human Genome Research Institute:NHGRI)によって
管轄される。またそのほか、NIH 所長室(Office of Director:OD)、国立糖尿病・消化器・
腎疾病研究所(National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases:
NIDDK)、および情報技術センター(Center for Information Technology:CIT)からも資金
が拠出される。NICGHD の研究活動は、NIH の本部があるベセスダ・キャンパスで行わ
れる。
ロティミ博士はこれまで行ってきた研究を土台にして、遺伝疫学モデルの構築と、集団
遺伝学の研究プロジェクトに引き続き取り組んでいく予定である。これらの研究プロジェ
クトでは、文化、生活様式、遺伝子、ゲノミクス、および健康の相互関係が解明される。
同博士の研究は、現在アフリカに居住している人々とアフリカにルーツを持つ人々の両方
が発症しやすい、一般的で複雑な病気のパターンと決定因子を探求するというものである。
同博士はまた、ヒトゲノム研究所(NHGRI)の所内の遺伝性疾患研究部門の上級研究員で
もあり、これまで、アフリカ諸国や中国および米国で実施されている多数の遺伝疫学研究
プロジェクトに幅広く関わってきた。これらのプロジェクトにはたとえば、アフリカ・ア
メリカにおける糖尿病に関する研究、ハワード大学における家族研究、黒人の肥満遺伝子
に関する研究、黒人女性の健康に関する研究、遺伝子研究における被験者の同意:国際的
な試み、国際ハップマッププロジェクト 4 へのアフリカ人コミュニティの関与、火山性土
壌の場所で裸足で働く人々が罹患する足が変形する病気(Podoconiosis)の遺伝的要因など
がある。同博士はこのような経験から NICGHD の所長として相応しい専門知識を得た。
NICGHD のもうひとつの目的は、発展途上国および米国内のマイノリティ・グループ
出身の学生や科学者に対してトレーニングの機会を提供することである。
ロティミ博士はナイジェリア生まれで、同国のベニン大学を卒業し、米国のミシシッピ
大学で修士号を、アラバマ大学で公衆衛生学修士と博士号を取得した。同博士は、アフリ
カ系の人々の健康に役立つゲノムツールに関心を持つメンバーによって構成される人類遺
伝学アフリカ協会(African Society of Human Genetics)の設立者で会長である。
出典:NIH Launches Center to Study Genomics and Health Disparities
http://www.nih.gov/news/health/mar2008/nhgri-17.htm
翻訳:桑原 未知子
4
国際ハップマッププロジェクト: 2002~2005 年に行われたヒトの病気や薬に対する反応性に関わる遺伝子
を発見するための基盤を整備する国際プロジェクト。カナダ、中国、日本、ナイジェリア、英国、米国の科
学者と各国政府、財団などの協力により行われた。
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【産業技術】ナノテクノロジー
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水素
将来の製造に関する 3 つの重要な研究開発
優先事項識別報告書・概要(米国)
米国の将来の 3 つの重要な先端技術製造領域である、
「水素エネルギー技術」
、
「ナノ製
造」および「知的で統合化された製造」についての研究開発優先順位を識別し記述した報
告書「未来を作る:製造の研究開発に関する連邦政府の優先事項」が新しく発表された。
この報告書は、全米科学技術会議(NSTC:National Science and Technology Council)
技術委員会の「製造の研究開発」に関する省庁間作業グループ(IWG:Interagency Working
Group)によって作成された。
「我々の目標は、国家の重要な問題に注目し、経済へ大きな利益をもたらす可能性を持
っている製造分野を識別することであった。これらの利益は、新しい雇用を生み出し、製
造の競争力を向上させて、重要な国家の目標遂行を推進することを含んでいる」と、この
報告書を作成したグループの事務局長であり、米商務省国立標準技術研究所(NIST)ホリン
グス製造拡張協力の技術展開マネージャーであるデービッド・スティーレンは語った。
今日の動きの速い国際社会へ成功裡に参加するには、製品をコスト効率良く市場へもた
らすために、迅速な技術革新、研究ならびに製造方法を必要とする。この報告書は、3 つ
の重要な「製造の研究開発」領域の各々についてその重要性について記述し、進展にとり
不可欠な取り組みを詳述し、既存の省庁間協力について議論し、将来の研究に関する勧告
を提供する。
この報告書は、米国経済および国家安全保障にとって重要なものとして、これらの製造
領域を列記する。このことは、知識と材料を価値ある製品に変えるために、科学的・技術
的進歩に将来の実現可能性を秘めててこ入れするものとして、これらの領域を識別してい
る。この研究の多くは、研究開発、教育および起業家精神への投資を増やすための政府資
金提供の指示である「米国の競争力イニシアティブ」に該当する。これらの製造領域は、
さらに、大統領の「水素燃料イニシアティブ」
、「国家ナノテクノロジーイニシアティブ」、
および「ネットワークと情報技術研究開発プログラム」によって、連邦政府によって確立
された既存の優先事項に対応している。
NIST からの技術スタッフメンバーは、省庁間作業グループの議長や事務局長として奉
仕し、最終報告の草案作成を監督した。この報告書は、www.manufacturing.gov からオ
ンラインで利用可能である。
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2008.4.9
省庁間作業グループは、以下の 15 のメンバー省庁、機関および連邦政府組織からの代
表からなっている。
農務省(USDA)、商務省(DOC)、国防総省(DOD)、教育省(ED)、エネルギー省(DOE)、
保健社会福祉省(DHHS)、国土安全保障省(DHS)、労働省(DOL)、運輸省(DOT)、環境
保護庁(EPA)、米航空宇宙局(NASA)、全米科学財団(NSF)、中小企業局(SBA)、行政
管理予算局(OMB)、科学技術政策局(OSTP)
将来の製造に関する 3 つの重要な研究開発優先事項
この「未来を作る:製造の研究開発に関する連邦政府の優先事項」報告書は、これらの
3 つの重要である米国の先端技術製造領域、および将来の研究開発優先事項として、それ
らの間に相互依存があることを識別している。
水素エネルギー技術のための製造の研究開発
エネルギー安全保障と大気浄化を向上させるために、米国政府は、自動車や軽トラック
への動力として、石油を、水素を含んだ代替エネルギー技術で置き換えることを約束する。
この問題に対応するには、手頃で信頼できる燃料電池車技術を開発し、かつ水素燃料イン
フラストラクチャーを構築・維持するために、廉価で大容量の製造工程を開発することを
必要とする。他の製造の問題には、生産のための部品およびシステム設計の標準化、水素
の配送や燃料電池の大量生産に関する技術的問題の克服、および大容量の貯蔵タンクの開
発を含んでいる。
ナノ製造
ナノテクノロジーは、将来の経済成長の重要な駆動力で、航空宇宙やエネルギーから健
康管理および農業までのすべての産業に潜在的に影響する、と予想される。ナノ製造は、
ナノスケール(およそ 1~100 ナノメートル、
あるいは 10 億分の 1 メートル)での設計から、
そのユニークな特性が派生するナノスケール構成要素による、材料、構造、装置およびシ
ステムの工業規模生産を包含する。ナノ材料が信頼性を持って手頃に大量生産されるため
には、科学者とエンジニアは、装置や構造をできるだけ小さな寸法へ小型化するトップダ
ウン処理、および、小さな構築ブロックの使用により基礎からナノ構造およびナノ装置を
構築するボトムアップアプローチの開発に関連する困難を克服しなければならない。
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知的で統合された製造の研究開発
情報技術は、製品開発と設計から、配布や顧客サポートまで、製造に関するほとんどす
べての機能を作り変えることができる。知的で統合化された製造は、全工程にコンピュー
ターソフトウェア、コントロール、センサー、ネットワークおよびその他の情報技術を応
用する。このことは、新しい製品を迅速に設計しテストするために、ソフトウェアを使用
することを、あるいは、製品を構築する原料が十分にあること、および、需要家に時間通
りにそれらをもたらす効率的な方法があること、を確実にするために、洗練された供給プ
ロセスをリンクすることを含んでいる。
これらのコンピュータ処理により向上された工程は、水素動力経済の創出、国家安全保
障の向上、ナノテクノロジーの革新的実社会応用の展開、およびその他の将来の国家目標
への中心となる。計算能力の増加や安価なセンサーおよびネットワークデバイスの入手可
能性の増加は、能力、性能および価値を最適化するための新しいプロセスを設計すること
にドアを開く。
相互依存
さらに、これらの 3 つの研究セクターは相互依存の関係がある。例えば、水素を貯蔵す
るナノ材料の設計およびコスト効率の良い生産は、我国の石油依存の輸送システムからの
遷移にとって重要である。報告書によれば、さらに、知的で柔軟な製造は、実社会の応用
にナノスケール要素を組入れる時間とコストを減らすかもしれない。
最後に、この 3 つの研究セクターは、エネルギーと材料を有効に使用し、環境上望まし
い物質を使用して、材料、プロセスおよびシステムを統合することにより、持続可能な製
造に寄与する機会を提示する。
(出典:http://www.nist.gov/public_affairs/releases/manufacturing.html)
報告書「未来を作る:製造の研究開発に関する連邦政府の優先事項」
Manufacturing the Future Federal Priorities for Manufacturing R&D:
Report of the Interagency Working Group on Manufacturing R&D Committee on Technology
National Science and Technology Council
http://www.manufacturing.gov/pdf/NSTCIWGMFGRD_March2008_Report.pdf
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