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実践!「売れる」商品デザイン
産業支援拠点「青森県産業技術センター」の素顔 ⑤ 実践!「売れる」 商品デザイン 地方独立行政法人 青森県産業技術センター 村中 文人 弘前地域研究所長 1. はじめに 弘前地域研究所は、大正11年に「青森県工 業試験場」として発足して以来、89年間の長 きにわたって、 「弘前の街中研究所」として地 域に親しまれている(写真1)。 写真2 分析技術部(元素分析装置) 分析技術部は、依頼試験や高度な試験分析技 術の開発を担当している(写真2)。 生命科学部は、機能性のある食品、林檎のお 酒、日本酒などの酒類および味噌、醤油などの 発酵食品の開発研究を行っている(写真3)。 写真1 現在の弘前地域研究所 研究所の特徴は、津軽塗や醸造などの伝統技 術を生かしながら、テーブルウェアや健康美容 などの新分野の商品開発に取組んでいること。 また、 「売れる商品づくり」のために、アイディ ア相談から商品化まで一貫して支援する体制を 取っていることである。 業務内容は、時代の要請にあわせて変わり、 現在は4部構成で試験・研究を行っている。 16 れぢおん青森 2011・12 写真3 生命科学部 (清酒、リンゴ加工品、シードル) バイオテクノロジー部は、バイオテクノロ 2.消費者の欲しがるもの ジー技術や機能性素材開発技術を加味した新し い商品開発を中心に、近年ではプロテオグリカ 売れる商品を作るためには、消費者のニーズ ンを素材とした健康美容製品の開発を手がけて を把握しなければならない。 いる(写真4)。 ニーズの把握とは通常、マーケティング調査 によって、消費者の動向や嗜好の変化を情報化 することである。簡単に言えば消費者のことは 消費者に聞けばいいと言うこと。調査対象を絞 り、最小のデータから最大の情報を引き出そう ということになる。 このとき、大きな課題が二つ。第一に、マー ケティング調査にはそれなりの費用がかかるこ と。第二に、消費者自身が「自分が何を欲して 写真4 バイオテクノロジー部 (プロテオグリカン活用商品) いるか」を意識していない場合が意外に多いこ とである。 生活技術部は、津軽塗など伝統工芸技術を活用 作り手側が商品開発に不慣れな中小企業の場 したお土産品や日用品の開発に加えて、県内外を 合、持っている「技術、ノウハウ、アイディア」 問わず企業とのコラボレーションによるデザイン といった、いわゆるシーズばかりに目が行き、 評価技術の開発などを行っている(写真5) 。 消費者不在の商品となる場合が多くみられた。 そこで、当研究所では平成22年から2カ年 かけて、マーケティングに費用や時間をかけず に、消費者のニーズと作り手のシーズをマッチ ングする中小企業向けの商品開発技法、名付け て「製品価値評価法」の研究にトライしている。 まずは評価法を実際の商品に応用し、その結果 をみて、誰でも簡単に利用できるように改良を 写真5 生活技術部(木工工芸品) 加えることである。 以下に、 「売れる商品デザイン」について紹 介したい。ここでいうデザインとは、商品のイ メージづくりから始まり、実際に商品ができる までの一連のプロセスを意味している。 17 3.製品価値評価法とは その時、たまたま、商品コンセプトや宣伝方法 などで相談に来ていた株式会社 玉田酒造店 当研究所の生活技術部が研究・開発した商品 (弘前市)の玉田宏造氏と巡り会った。玉田氏は、 開発のためのオリジナルデザイン手法で、この 玉田酒造の10代目で、年齢は30歳前半。元気 評価法は、商品として作り手がアピールしたい はつらつ、いつでも笑顔、近くにいる人に元気 「性能、機能」という機能的価値のほかに、 「情報、 を分けてくれているような人。 価格、表情」の3つを加え、5つの価値により 実は、その時、玉田氏が江戸時代創業の由緒 製品を評価するため、新製品の開発時のみなら ある老舗で270余年の歴史を誇る蔵元であるとは ず既製品のブラッシュアップにも使える。また、 知らず、後日ネット検索で知って驚いた。 消費者の「趣味」、 「シーン」、 「嗜好」、 「生活」 「好 、 この運命的な出会いがきっかけで、製品価値 み」を想定し、メッセージ・アピールを絞り込 評価法を用いた商品開発がはじまった。 んでいくので、具体的なイメージが湧きやすく、 かつそのイメージを共有するために、画像で表 レポート(1) まずは現状の調査! 現するビジュアルボードを作ってイメージを具 体化する(写真6)。 題材として選んだ商品は、 玉田酒造店の オール県産酒の「純米大吟醸 華一風」。 華一風は、黒っぽい瓶に和紙風のラベルで、中 央に筆字で大きく「華一風」と書かれ、その右 横に小さな赤字で「純米大吟醸」 。化粧箱も黒く、 これまた中央に白く「華一風」と堂々と書かれて いる。日本酒を愛し、こだわりがある男性に飲ん で欲しい雰囲気と高級感、そして、いぶし銀的な 写真6 華一風で使ったビジュアルボード イメージを感じるものである(写真7) 。 最大の特徴は、商品開発、ブラッシュアップ する過程で、商品の性能や特性が開発メンバー 全員に伝わり、明確、かつ、ぶれない情報が共 有できることである。 さて、当研究所では、いつも所内のどこかで 製品開発を行っている。2年前、製品価値評価 法の主担当者である工藤主任研究員が、製品価 値評価法の題材探しで所内を歩き回っていた。 18 れぢおん青森 2011・12 写真7 「華一風」の四合瓶 レポート(2) 分析・提案開始! 2名の学生(写真8)を推薦していただき、玉 田氏からも快諾をいただいた。ようやくキック さて、この「華一風」の新たな消費者として、 オフである。 華やかな「味」と「名前」を活かし、若い女性 をターゲットに選んだ。さらに、持ち運びしや レポート(3) 桜舞う「華一風」! すく飲みきりサイズの容器とすることで、弘前 さくら祭りを楽しむ女性に絞り込んだデザイン 工藤さんと山形さんからは、幅広い女性に受 企画とした。 け入れられるような、品(ひん)と華やかさを つまり、新しい華やかな日本酒ボトルをデザ 兼ね合わせたデザイン画がいくつも提案され インすることになったのである。 た。いく度となく打合せを重ね、デザイン企画 弘前城と桜、さらに日が暮れるとライトアップ にマッチしたもの、そして玉田氏の要望にも といった素敵なシーンやイメージの中に自分がい マッチしたものを絞り込み、最終的に工藤さん る…そんなお洒落な感覚が必要となってくる。 が提案したものに決定した(写真9)。 この時初めて気が付いた。一番の問題は40 代に突入したおじさんである「研究者自身」の 感覚だった。恥ずかしい話だが、女性向けとか、 カワイイものの感覚が本当に苦手なのである。 この問題を解決するため、デザイナーをはじめ、 メインとなるスタッフは、ターゲット層と同年 代の人にやって欲しいと考えた。 そこで、弘前大学の佐藤光輝准教授(ビジュ アルデザイン研究室)に協力をお願いすること 写真9 新しい「華一風」デザインボトル にした。ありがたいことに、早速、佐藤先生か 文字通りの華やかさを持つこのボトルは、日 ら快諾が得られ、工藤真生さんと山形藍さんの 本酒を飲まない知人や友人達からも「ボトルだ けでも欲しい!」という評価をもらうほど素敵 なもので、中身のお酒も青森の米、青森の酵母、 岩木山の伏流水で仕込んだ純米大吟醸酒。芳醇 な含み香となめらかな味わい。ぜひ一度、お試 しを。 ここで舞台裏を話せば、商品として製造する までには色々な紆余 曲 折も。 写真8 工藤さん(左)と山形さん(右) 19 一つは、ボトルに桜の模様を印刷する過程で、 これは、 「華一風」をより効果的にプロモー 印刷機や条件を変えても思うような印刷ができ ションするためのツールで、パーティ会場など ないという問題。なかなか解決できずに、試行 で目にすることが多いカクテルグラスタワーの 錯誤の毎日。たどり着いたのが、フロスト加工 ような形状をしており、 「華一風」を三段に積 による表面処理である。これで、ようやく製造 み重ね、中心部に、ほんのりと控えめな照明。 がスタート。 これで「華一風」のデザインボトルがより素 しかし、喜びもつかの間、冷蔵庫から瓶を出 敵に見えることになった。実際、多くの人が足 したところで、ラベルにトラブルが発生。温度 を止め、商品を手にし、その結果、高い評価を 差と吸湿によりラベルにしわができたり、のり 得ることができた。 が溶けてラベルがずれるなど。ラベルの紙質が この場を借りて佐藤先生には感謝を申し上げる。 決まるまで、これまた試行錯誤をくり返し、湿 度の影響を受けにくい紙を発見して事なきを得 4.2011年グッドデザイン賞を獲得 た。 商品撮影の時も、予期せぬトラブルが。会場 さて、製品価値評価法とその成果である「華 の弘前公園が雨模様で、撮影に好適な光が得ら 一風」デザインボトルが2011年度グッドデザ れない上、寒さで手が震えて写真がピンぼけに イン賞を受賞(写真11)。初めての取組みにト なってしまったことなど。 ライして喜びを手にしたのである。 今になってみれば笑い話のようなことも数多 くあったが、ボトルデザインを一新した「華一 風」を完成させ、平成22年8月からの発売に こぎ着けることができた。さらに、「華一風」 専用のディスプレイスタンドもデザインしてい ただいた(写真10)。 写真10 ディスプレイスタンド(右側) 20 れぢおん青森 2011・12 写真11 2011グッドデザイン賞 この成果は、県内の産業振興にも応用できる て、利益を上げる手助けをすること」と考えて ことから、10月14日に三村知事に表敬訪問し、 いるので、 大いに勇気づけられた次第でもある。 受賞の報告をした(写真12)。 5.おわりに 新しい商品の開発は、多くの労力や資金が必 要で、しかも、必ずしも成功するとは限らない。 しかし、当研究所で実践した製品価値評価法に よる方法では新商品コンセプトを作ってゆくプ ロセスを、「楽しく」行うことができるため、 商品開発を取組み易くするという意味でも良い 写真12 三村知事表敬訪問 方法であると考える。 今後は、商品化された結果が企業へと還元さ グッドデザイン賞のうち、酒類での受賞は例 れ、さらに新たな製品開発のサイクルにつなが が少ない。あったとしても大手メーカーが受賞 るよう、技術経営的な視点に立ったサポート力 しているケースが多いので、今回の「華一風」 の強化も必要である。 の受賞は、異例であり、青森県にとっても、当 当研究所には、今回紹介したエピソードの他 研究所にとっても嬉しい限りである。 にも、いろいろな製品開発・技術開発のための 審査員のコメントは、 「日本酒離れが進行し ノウハウや技術が詰まっています。アイディア ている中、このプロジェクトは、商品としての が欲しいとき、技術的な問題で困ったときには、 出荷が少ない点にしっかりと視点を定めて、解 ぜひ、お気軽にご相談ください。 決するための『手法(仕組み)』を構築している。 これまでの酒のイメージにとらわれない新しい 女性層にターゲットを絞り、ネーミング、ボト ルデザイン、店頭でのアッピールまで考慮して 開発し、新商品としての新規販路を獲得してい る。この『手法(仕組み)』が多くの県産品に 活用されることを期待したい。」とのこと。 大変なことを期待されてしまった。 とはいうものの、私としては、弘前地域研究 所の使命は「青森県の企業が、楽しく仕事をし 21