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炭のちからが地球を救う! - 青森県産業技術センター

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炭のちからが地球を救う! - 青森県産業技術センター
産業支援拠点「青森県産業技術センター」の素顔
⑦
炭のちからが地球を救う!
地方独立行政法人
青森県産業技術センター
岡部 敏弘
工業総合研究所長 1.新しい地で再スタートした研究所
研究所は、周囲の牧場で牛がのんびりと草を
は
食んでいたり、雲谷、八甲田の山々を間近に眺
平成23年4月、工業総合研究所は約23年間
められるなど自然に恵まれた場所にあり、研究
慣れ親しんだ青森市第二問屋町の地を離れ、青
者にとっては静かで良い環境である(写真2)
。
森市野木の現在地に移転した。
しかし、中心街から離れた分、利用者を呼び込
ここは旧青森県グリーンバイオセンターを改
むためには、研究所の魅力を高めていく取組み
装したもので、青森市中心部から 10 ㎞ほど山
がより一層大切になる。
側に入ったところに位置する。研究所が丸ごと
引っ越すという大がかりな仕事の最中に東日本
大震災が発生し、そのうえ、3月にしては大雪
という悪条件も重なり、引っ越しは大幅に遅れ、
正式なオープニングセレモニーの開催にこぎつ
けた頃には、すっかり真夏になっていた(写真
1)。
写真2 新しい研究所の外観
そのために取り組んだことのひとつが、共同
研究者や博士号を取るために仕事を続けながら
大学院に入学して研究する社会人ドクターを受
け入れるための施設を充実させることである。
移転前は、研究機器がところ狭しと置かれ、
写真1 オープニングセレモニーの様子
絶対的なスペース自体が不足していたが、移転
後は、ぐっと広くなり、研究員の作業環境の向
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れぢおん青森 2012・2
上はもちろん、共同研究者のためのスペースも
十分に確保することができた。またプライバシ
ーが確保された相談室も用意。複数の会議室、
広い駐車場も備え、万全の受け入れ態勢を整え
ている。
2.ものづくり・環境・新エネルギー
写真3 プログラミングの様子
工業総合研究所には、弘前地域研究所や八戸
(2)環境技術部
地域研究所を含めた3研究所からなる工業部門
持続可能な循環型社会の実現に向けた技術開
を統括する企画経営担当や総務調整室の他、も
発を行うことで産業振興と雇用拡大に貢献す
のづくり技術部、環境技術部、新エネルギー技
る、という目標を掲げ、環境に関わる研究開発
術部の3研究部があり、研究部はそれぞれに、
を行っている。
自動制御・計測評価技術や環境負荷物質の排出
近年は、有害物質を取り除く効果があるシク
抑制・回収・処理技術、省エネルギー・省資源
ロデキストリンポリマー(CDP)(写真4)
技術などに関する研究を行っている。
を開発し、技術移転を行った。
(1)ものづくり技術部
ものづくりという広範な名称が示すとおり、
幅広い技術分野の研究開発を行っている。
自然に恵まれた本県の豊富な農林水産資源の
なかでも未だに利用されていない資源の高付加
価値化を目指し、ホタテの貝殻と県産ふのりを
原料とした漆喰の開発、りんごの剪定枝などを
写真4 シクロデキストリンポリマー
活用した活性炭の開発に取り組んでいる。また、
このCDPの技術を用いて開発した新素材で
高齢化社会に向け、情報通信技術(ICT)を
あるCDPシリカが、放射性物質の吸着材とし
活用した組込み技術やシステム化技術を用いて
て共同研究企業から製品化されたのは記憶に新
次世代型福祉安心システムの開発(写真3)を
しい。このほか、シジミの成分であるオルニチ
手掛け、県内企業への技術移転をするなどの取
ンを増加する方法を見出しドリンクなどの商品
組みを行っている。
に応用したり、地域の未利用資源を活用したお
香製品の提案や、樹木、草、海草、農産廃棄物
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などのバイオマス資源を利用する研究開発にも
3.多孔質炭素材料「ウッドセラミックス」
取り組んでいる(写真5)
。
ここまで、研究所の業務や研究内容をご紹介
してきた。これらの技術は、毎日の暮らしにお
いて、便利さ、快適さなどを与えるが、同時に
発生する産業廃棄物や二酸化炭素などを抑制し
て地球環境の保護も行うという最先端の技術で
もある。青森県に限らず、
この地球に暮らす人々
の明るい未来を作るため、世界中の研究者らは
写真5 微生物発酵試験の様子
(3)新エネルギー技術部
技術革新にしのぎを削っているのである。
そういった全地球的な流れの中で、従来の金
次世代・新エネルギー社会実現のために、エ
属、プラスチック、ファインセラミックスなど
ネルギーの利用効率の向上に関する研究開発を
に代わる新しい材料の開発が急務となっている
行っている。
のはご存じのとおり。最近では、新型旅客機ボ
天然の粘土を活用した新しい光触媒の材料
ーイング 787 の機体にCFRP(炭素繊維強
や、天然の高分子を利用した燃料電池用の電解
化プラスティック)などの複合材が多用されて
膜、自然エネルギーと情報通信技術を融合した
注目を集めているが、ここでは、筆者らが開発
新ビジネスの発掘も行っている。りんごの表面
した多孔質炭素材料「ウッドセラミックス」に
に食べられるインクで文字や絵柄を印刷する技
ついてご紹介したい。
術や、再生可能エネルギーのひとつとして注目
されている木質ペレットの熱量や成分を測定す
(1)ウッドセラミックスの誕生
る装置をはじめ、自動化・省力化の研究開発に
本誌 11 月号で若杉林業研究所長が「ヒバと
も取り組んでいる(写真6)。
スギを中心に半世紀」と題してご紹介したヒバ
(一般名としては“ヒノキアスナロ”として知
られ、青森県内で産出されるものが特に青森ヒ
バと呼ばれる)は、青森県に日本全国の 82%
以上が生育し、特に津軽・下北の両半島に集中
している。全国のヒバ材の資源量は 1,613 万㎥
で、その 97%が国有林である。伐採された木
は主に建築用として利用されるが、製材所にお
写真6 近赤外分光分析の様子
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ける加工時に、オガクズなどの廃材が実に約2
∼3割発生する。そのため、製材量の多い青森
によって軽量な電気を通す材料になるのではな
県では、大量に発生するオガクズの処理は深刻
いか、つまり、電磁波を吸収する材料(写真7)
な問題なのである。
などに向いているのでないかとのアドバイスを
これらの廃棄物の有効利用として、最初に青
受けた。木材を電気材料に? これがまさしく
森ヒバの廃材からヒバ油を抽出する技術の開発
逆転の発想で、工業材料への利用に向けて研究
に取り組み、その後抗菌・防虫成分を取り除い
を進めるきっかけとなった。
た廃材を堆肥化して森に戻すというリサイクル
システムを確立した。それから、ヒバ油を抽出
した後のオガクズの利用方法として、炭素材料
への変換を考えたのである。
筆者は当時、旧青森県工業試験場漆工部にお
り、津軽塗に慣れ親しんでいた。そこで、津軽
塗の特徴である研ぎ出し変り塗りの工程にヒン
トを得て、研出作業に使う研磨炭の開発に取り
写真7 ウッドセラミックスの電波吸収体
組んだ。研磨炭は、ホウノキやニホンアブラギ
リなどの天然の木材を焼いて炭にして製造す
このウッドセラミックスは、木材の持つ軟ら
るが、温度や材料が均一でないため、ムラが
かい無定形の炭素とフェノール樹脂が持つ硬い
多く、歩留まりが 10%以下という状況であっ
ガラス状炭素を複合したことが特徴である。一
た。そこで、木炭の割れや硬さを補強するため
般に、炭素材料は、製造が複雑で、高価であり、
に、熱硬化樹脂が硬いガラス状炭素になる性質
複雑な形状への加工が難しいため、利用される
を利用し、オガクズにフェノール樹脂を浸みこ
範囲はごく限られている。そのため、こうした
ませ、酸素を遮断して 800℃で炭化したところ、
課題を解決した製造・加工が容易で、なおかつ、
割れずに形状を保った硬い炭が完成した。これ
優れた機能性を有する炭素材料が望まれてきた
が、「ウッドセラミックス」の誕生であった。
のである。
しかし、やった! と思ったのも束の間、試し
ところで、我が国は、紙製品、家具から家屋
に漆の塗膜を研磨したところ、塗膜を傷つけて
に至るまで多くの木材を利用している。
しかし、
しまって研磨炭として使用できないことがわか
大量に生ずる紙や廃材のリサイクルがきちんと
り、研磨炭の開発としては失敗に終わってし
確立されていないため、その多くは焼却あるい
まった。あきらめるのはまだ早い! とばかり、
は廃棄処分されているのが現状である。そこで
次は電気材料の専門家を訪ねてウッドセラミ
森林資源の確保と効率的な活用方法、リサイク
ックスを見せたところ、木材の持つ多くの孔
ル、二酸化炭素の抑制などいずれの面において
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も付加価値の高い炭素材料として、開発と利用
その他、国土交通省の土木研究所では、ウッ
を進めてきたわけである。
ドセラミックスに酸化チタンを付着させ、道路
の上部に骨材として舗装することでディーゼル
(2)ウッドセラミックスの利用
車の排気ガスを吸着させて分解する研究が行わ
ウッドセラミックスは、環境調和型材料とし
れている。また温湿度の変化によって抵抗値が
て、日本のみならず、中国、韓国、タイなどの
異なる特性を活かし、温湿度センサーの開発も
アジアをはじめ、アメリカ、ドイツ、イタリア、
行われている。
オーストリアなど各国で研究されており、遠赤
クラフト関連では津軽塗に、研磨炭としてで
外線を出す発熱体、温度や湿度センサー、電磁
はなく、漆の塗膜面の弱さを補強する目的で、
波吸収体、手芸品や工芸品などのクラフト、燃
ウッドセラミックス粉体を「紗」(ここでは津
料電池の電極材などへの応用が期待されてい
軽塗の一技法である 紋紗塗に使うもみ殻炭の
る。現在、最も実用化に近い例として遠赤外線
ことを指す)として用いた。その結果、耐摩耗
ウッドセラミックス乾燥機がある。ウッドセラ
性を4∼5倍に向上させることができた。これ
ミックスが持つ高い遠赤外線を出す特性を用い
により、あまり丁寧に扱われない使用環境の下
て、魚介類などをこれまで以上に効率よく乾燥
でも津軽塗を用いることができるため、テーブ
させる低温乾燥機の商品化が期待されている。
ルや棚、仏壇などの新たな商品化にもこぎ着け
また、ウッドセラミックスをコンクリートに
た。
混入させた材料で作ったヒーターを加熱するこ
また、落下したりんごをウッドセラミックス
とで、ウッドセラミックスに水を常に保持させ
技術で炭化して、インテリア用の置物であるり
て水の融解熱を利用した融雪方法を開発し、橋
んご創作炭が市販されている(写真9)。
しゃ
もんしゃ ぬり
の歩道に用いて融雪効果を実証した(写真8)。
写真9 市販されたりんご創作炭
写真8 融雪システムを導入した橋の歩道
そのほかにも、電磁波吸収体などの電磁シー
ルドや燃料電池分野など、ウッドセラミックス
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の用途を拡大するために、様々な研究を進めて
研究所には、県内産業の発展やそのための支
いる。最近では、りんご搾りかすから作ったリ
援という重要な役割もあり、依頼されて実施す
ンゴウッドセラミックスや、家畜の排出物を利
る各種の材料試験や成分分析、さらには研究所
用したウッドセラミックスなどの研究開発にも
の機器の利用、共同研究や受託研究などのメニ
取り組んでいる。
ューを用意している(写真 10、11)
。
リンゴウッドセラミックスでは、農業用遠赤
外線放射シート、脱臭剤などの活性炭、冷暖房
用の蓄熱材、自動車のクラッチ板、分子ふるい
などへの応用について検討を行っている。特に
りんご炭は、マイクロ単位といった極めて小さ
い粒径を有するので、分子ふるいやダイヤモン
ド材料として有効であると期待されている。ま
写真 10 顕微フーリエ変換赤外分光光度計
た、廃材やりんご搾りかすを処理する時に出る
煙成分から得られる木酢液及び木酢油には抗菌
性があるため、これらについてのさらなる技術
開発も行っている。
今後は温暖化対策としてウッドセラミックス
技術を活用し、産業廃棄物となる建築廃材、オ
カラ、鶏糞などのバイオマス資源の循環型処理
写真 11 高速液体クロマトグラフ
システムの構築を目指したいと考えている。
今後もさらに、メニューの充実を図り、皆様
4.研究所のこれから
に頼られ、気軽に相談、来所していただけるよ
うな研究所を目指していく。それと同時に、研
漆工芸用の研磨炭という、本来目指した用途
究員も一丸となってスキルアップに努めていく
には向かなかったウッドセラミックスが、ふと
ので、今後の工業総合研究所の取組みにどうか
したきっかけからその方向性を変え、これまで
ご注目をいただきたい。
の研究を通じて将来の地球環境保全に役立つ技
術へと広がり、発展してきた。各研究部が現在
取り組んでいる研究も、様々な応用分野への広
がりを経て、皆様の生活の中になんらかのかた
ちで姿を現す日が、きっと近いことだろう。
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