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生活協同組合、農業協同組合の現状と課題
山形大学人文学部「連合山形寄付講座」 2012年度後期 「労働と生活」 第12回(2012.12.20) 生活協同組合、農業協同組合の現状と課題 大 友 廣 和(山形県生活協同組合連合会 専務理事) 池 田 三 好(山形県農業協同組合中央会 教育部長) 山形県生活協同組合連合会 専務理事 大友 廣和 1.はじめに 皆さんこんにちは。山形県生協連で専務理事をやっております大友と申します。私の方から生活協同組合の現 状と課題ということで約 30 分お話させていただきます。私の話は大きく3つに分かれております。表紙に書いて ありますように「協同組合の誕生の歴史と理念」「協同組合運動の基本方向と課題」、最後に「地域との関わり、 共生の社会づくり」ということについてお話を進めさせていただきます。 2.協同組合の誕生の歴史と理念 最初は「協同組合の誕生の歴史と理念」です。協同組合思想の発生の背景は、18 世紀まで遡ります。ちょうど 封建社会から自由競争の社会に脱皮する中で、18 世紀後半に産業革命が起ります。産業革命が起こって資本家と 労働者の格差社会が出現したということが協同組合思想の発生の直接的なきっかけになります。この思想の源流 がイギリスに生まれたロバート・オウエンという方です。ロバート・オウエンは、1799 年にスコットランドのニ ューラナーという町で織物工場の工場主でした。工場主なんですけれども、当時の労働者の悲惨さを何とか改善 しようと取り組んだ真面目な経営者です。特に小さな子供が働かされているということに対してきちんと教育を 受けさせるとか、労働時間を短くすることに一生懸命取り組みました。彼は、自分の考えをアメリカで実践しよ うということで 1825 年から 29 年にかけてアメリカに渡り、ニューハーモニーという共同体を建設しようと取り 組みましたが、残念ながらこれは失敗に終わりました。 ロバート・オウエンは、次のようなステップを踏んで共同体を作ろうと考えました。最初にみんなが利用する 共同の店を作って生活物資を供給して資金を貯めよう。資金が貯まったらば住宅を建てよう。次に工場を作ろう。 更に土地を購入して農場を作ろう。それで共同のコミュニティを作るということがロバート・オウエンの共同体 構想でした。これに賛同した人達がオーエン主義者と呼ばれておりますけれども、イギリス全土に 200 を超える 共同の店を開店しました。しかし、この共同の店は 1830 年代末にほとんど閉鎖に追い込まれております。経営が うまくいかなかったのが原因です。 そういうなかで世界最初に成功した生活協同組合が現われました。1983 年にロッチデールというイギリスの地 方都市で大ストライキが起こりました。何回も繰り返されたストライキと失職によって労働者の生活は非常に悪 化していました。これをなんとかしなければいけないと考えた人達が 1844 年に先駆者組合を創立しました。この 年の 12 月 21 日に最初の店がイギリスのトードレーン通りに開設されました。これがロッチデール公正先駆者組 合です。このロッチデール公正先駆者組合が奇跡的な成功を遂げたということで、その経験がジョージ・ヤコブ・ ホリョ−クによって伝えられ、イギリス以外のヨーロッパの地、それからヨーロッパ大陸を駆け抜けまして全世 界に広がって協同組合が設立されていったという経過を辿ります。その時にロッチデール公正先駆者組合が掲げ た原則が 9 つに整理されています。このロッチデール原則によって協同組合が全世界に広まったといっても過言 ではありません。 全世界に広がっていった協同組合をまとめる組織を作ろうということで国際協同組合同盟(ICA)が設立さ 1 れました。ICAは 1895 年にロンドンに設立されております。協同組合の発祥はイギリスだということがあって ロンドンに本部も作られたということです。世界各国の農業、消費者、信用、保険、保健、林業、労働者、旅行、 住宅、エネルギー等の協同組合の全国組織が加盟しているというのが世界協同組合同盟です。2012 年 3 月現在、 ICAの加盟組織は 96 カ国で 266 団体、傘下組合員は世界全体で 10 億人を超えるという、世界でも最も大きい NGOの組織になっています。 次に、日本の協同組合はどのようにして始まったのかということですが、1930 年代末に「頼母子講」のような 農民の土着的相互扶助の仕組みを発展させて、大原幽学が「先祖株組合」という形で、二宮尊徳が「報徳社」と 名づけて、農村協同組合をつくりました。しかし、これらは必ずしも近代的な協同組合の設立に対して、直接的 な礎になったわけではありませんでした。 今の協同組合は明治初期にイギリスやヨーロッパでの協同組合の活動が書物、新聞によって紹介されたことに より原型がつくられていきます。特に有名なのが 1878 年に郵便報知新聞に「協力商店創立ノ義」ということでロ ッチデールが紹介されたことです。 これが日本における生活協同組合の始まりに繋がっていきます。その翌年 1879 年(明治 12 年)に東京に共立商社、同益社、大阪共立商店などが設立されます。東京の共立商社の呼びかけ人に は当時の東京市長や弁護士、ジャーナリストの方達が名前を連ねていました。西洋の新しい思想を日本でも実践 しようという形で始めたということですが、経営的にはうまくいかず、数年で活動を停止し、消滅していきます。 その後、1898 年では共働店運動ということで、労働者が自立して協同組合の設立をしていったのですが、第一 次世界大戦のなか、労働組合への弾圧のなかで協同組合活動も停止していったという歴史を辿ります。 1900 年に産業組合法という協同組合の法律が出来ます。これは戦前の協同組合全体を網羅した法律になってお ります。当時、ドイツに「産業及び経済組合法」という法律があったのですが、日本に取り入れられた際に、経 済という名前が省略されて「産業組合法」という名称になりました。この法律によって信用組合、購買組合、販 売組合、生産組合という4つの組合が活動しておりました。更にこの法律を根拠にして消費組合、医療利用組合 なども作られていきました。 第一次世界大戦後の大正デモクラシーと呼ばれる社会情勢を背景として、消費組合は新たな進展を見せること になります。3つのタイプの消費組合運動が生まれました。一つは「労働者消費組合」という労働組合を中心と した消費組合。それから「俸給生活者消費組合」という一般の市民の方々を中心とした消費組合。それから3つ めに「会社工場付属消費組合」ということで、会社や工場で働いている人達のための会社付属の消費組合です。 ただ、これらも第二次世界大戦のなかで活動を休止していきます。 ここで、賀川豊彦についてお話をしておきます。賀川豊彦は日本の生活協同組合運動の父と呼ばれています。 しかし、生活協同組合運動だけでなく幅広く社会運動に取り組んだ方です。生活協同組合関係に絞って彼の活動 を紹介しますと、1920 年に神戸市において「神戸購買組合」と「灘購買組合」を設立。1926 年には東京で「東京 学生消費組合」 、翌 27 年には「江東消費組合」 、28 年には「中郷質庫信用組合」ということで今の信用組合に繋 がるものを設立しています。さらに 31 年には「東京医療利用購買組合」ということで、今の医療生協の原型を作 ったというのが賀川豊彦の足跡になっております。 第二次世界大戦後に生協運動の再生が図られて、今の日本の生協運動に繋がっていきます。戦後間もない頃は 物資が配給だったので、その配給物資を受け取るために 1946 年∼47 年にかけては町内会生協がどんどん作られ ました。全国で 6500 組合くらいが作られております。ただこれは物資が豊かに行き渡るようになると姿を消して いきます。 その後、1950 年代に労働者の福祉運動として「地域勤労者生協」が出来ていきます。この「地域勤労者生協」 もなかなか事業経営的にはうまくいっておりません。ほとんどが姿を消しております。その後、1960 年代後半か ら市民生協づくりが起こって今の日本の生協運動に繋がる生協がたくさんが出来てくるようになっていきます。 ここで、ちょっと生協の種類について紹介いたします。大きく分けて7つくらいの活動領域があります。一つ は「地域生協」ということで地域に居住する生活者を対象とした生協。山形県内でいえば、生協協立社、生活ク ラブやまがたです。 「職域生協」は職場で働く人を対象とした生協。山形県でいえば警察官の生協があります。3 つめが「大学生協」、ここにあります山形大学生協ですね。それから「学校生協」、これは小学校・中学校・高校 の教職員で構成されています。それから「医療福祉生協」ということで、鶴岡にあります庄内医療生協、酒田の 酒田健康生協、山形にやまがた保健生協ということで県内には3つあります。それから「共済生協」ですね。先 週お話になった全労済・山形県勤労者生協です。最後に「住宅生協」 、これは住宅を作って組合員に供給するとい 2 う生協です。 戦前は産業組合法で全ての協同組合が網羅されておりましたが、戦後は個別法によって協同組合は作られてお ります。資料にありますように、日本では、17 の個別法によって、様々な分野で協同組合が活動をしています。 3.協同組合運動の基本方向と課題 2つ目のテーマの「協同組合運動の基本方向と課題」に入ります。 協同組合の目的ですが、これは戸室先生からのお話もありましたように、 「働く者の暮らしを守る」ということ です。生協は働く者の暮らしを守る手立てとして、組合員が結集した大衆組織です。事業活動を進め実利を勝ち 取るというところがないと生協運動は進んでいきません。しかし、事業活動だけでは生協運動とは言えません。 いろいろな生活上の諸要求を消化して運動化していく、そこに生協運動の拠り所があるんだろうと考えておりま す。 何よりも「協同」が原点ということで一人では出来ないことを力を合わせてみんなの力で実現する。これが協 同組合運動の原点です。今、地域生協では班を作って共同購入の単位にしております。その班とは何かというと、 協同の一つの単位だということで、班を大事にしながら地域の生協は運動を進めています。 また、よく言われていることに「生協らしい」 「生協らしくない」という表現があります。いろんな事業活動だ とか生協運動をやるなかで、本当にこの活動は生協らしいのかと問われるわけです。生協らしさとは何なのかと いうことですが、それは「助け合い、分かち合いの心がいろんな事業活動、運動に結び付いているかどうか」が 判断の分かれ目だろうと考えています。 生協は願いを実現するために2つの手段を持っています。これは繰り返しになりますが、1つは事業活動を通 して実現するということです。安全・安心な商品が欲しいということで「コープ商品」を開発する。病院や店舗 を作ってということで施設を建設する。2つ目はいろいろな運動を通して実現するということです。安全な食品 が欲しいということで食品の表示をきちんと充実させる。ガソリンや灯油が高いということで、行政や石油元売 りに要請するということです。 この運動と事業の関係ですが、組織=運動が主体で、事業はその上に立つ機能だというように理解して活動を 進めております。 世界で協同組合が発展してくる中で、1980 年のICAモスクワ大会で、レイドローという方が世界の協同組合 運動に対して「そもそも協同組合とは何者であるのか、他の企業と変わりないのか」警鐘を鳴らし、以下の 4 つ の優先分野を今後協同組合が力を入れる分野として提案しました。第 1 の活動優先分野は、 「世界の飢えを満たす 協同組合」でなければならない。食糧・農業の問題に対して取り組みなさいと。第 2 の優先分野は、 「生産的労働 のための協同組合」でなければならない。生産的労働に協同組合は力を入れなさいと。第 3 の優先分野は、 「持続 可能な社会のための協同組合」でなければならないということで、いろんな環境問題、資源保護に取り組みなさ いと。それから第4の優先分野として「協同組合コミュニティの建設」に取り組みなさいと。 それらの提起が世界中で論議され、1995 年の「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」に結実しま した。これは定義・価値・原則からなるものです。これを満たさないと自分達は協同組合だと言っては駄目だと いう原則です。これについては後半の池田さんの方から詳しく触れていただきます。 4.地域との関わり、共生の社会づくり 第 3 節は、 「地域との関わり、共生の社会づくり」の問題です。 地域に根ざすということについてどのように捉えているのかということですが、地域というのは協同組合にと って最も重要な空間だと思っております。地域には実にいろいろな課題があって、もちろん生協だけでは解決で きないですが、いろいろな地域の団体と協同しながら取り組んでいくというのが基本的な姿勢です。 では、これまで地域の課題でどんなことをしてきたのかということなんですけれども、山形県鶴岡市に鶴岡生 協というのがありました。これは現在、「生活協同組合共立社」に名称を変更しています。鶴岡生協は 1995 年に 設立されておりますが、その直後から、ベトナム写真展、平和の取り組みですね。それから水道料金値上げ反対 運動、新聞料金値上げ反対運動等々、地域の生活者が困っている問題について果敢に取り組んできました。 特に大きな取り組みになったのが「鶴岡灯油裁判」です。1973 年に中東で第二次石油パニックが起きまして日 本に石油が入って来ないという事態になりました。その時に石油元売りが 12 社あったのですが、その石油元売り 3 がヤミカルテルを結び、千載一遇のチャンスということで灯油だとかガソリンを出荷しないで値段をどんどんつ り上げていきました。それが国会で取り上げられ、 「諸悪の根源」は石油元売りということで批判を受けた。公正 取引委員会もヤミカルテルを結んだということで摘発いたしました。公正取引委員会の摘発を受けて、 「被害を被 った消費者が損害賠償を受けられない」のはおかしいということで鶴岡生協は、山形地裁の鶴岡支部に提訴しま した。生協の組合員が中心となって 1654 名の原告団になりました。地裁では不当判決、仙台高裁秋田支部では逆 転勝利判決。最後、最高裁判所まで行きまして 1989 年 12 月に不当判決を受けました。何故、不当判決なのかと いうことですが、最高裁の判決は「石油元売りがヤミカルテルを結んで小売価格が上がったということについて 消費者が証明しなさい」というものでした。そんなことは「消費者が証明のしようがない」ということで、当時 の新聞も含めて非常におかしな判決だということになりました。この時、弁護団の先生でありました辻弁護士は 「私達は勝利したし、今も勝利しつつある」とこの裁判を結んでおられます。 灯油裁判が終わってから9年後に民事訴訟法が改正されました。第 248 条に裁判所は消費者が被害を受けたら ば、その損害額を裁判所が独自に認定することができると法律が変わりました。ですから、もう一度灯油裁判を 闘えば勝てるのではないかと思っております。灯油裁判の教訓としては、信頼がなければ何もできない。これは 組合員と組合員同士の信頼、生協の執行部と組合員との信頼ということだと思いますし、理念がなければ進まな い。共感がなければ動きは作れないということで、いろんな運動をやる場合についてはこのことを大切にして進 めていきたいと思っております。 今、山形県生協連では、 「いつまでも住み続けられるまちづくり」をテーマに活動を進めています。先ほど紹介 しました 1995 年の新しい協同組合原則ですが、その時に新しく付け加えられた原則が2つあります。第4原則に 「自治と自立」という原則、協同組合はどこからも干渉を受けないという原則ですね。更に第7原則に「地域社 会への関与」ということで、協同組合は組合員が承認する政策にしたがって地域社会の持続可能な発展のために 活動しようという原則が新たに付け加わっています。 そして今年は、国連が定めた国際協同組合年です。皆さんに全国実行委員会が作りました国際協同組合年のパ ンフレットを配布しておりますので、後ほどご覧になってください。私のところでは触れる時間はございません。 IYCのスローガンとロゴですけれども、国連で採択されたスローガンは「Co-operative enterprises build a better world」です。「協同組合がよりよい社会を築きます」というのが国連で採択されて、全世界の協同組合が 今年一年いろいろな活動を展開しました。ロゴは、7人の人が協力して立方体を持ち上げているというロゴにな っております。 今、全国実行委員会では、日本政府に対して「協同組合憲章」を制定するよう働きかけています。憲章の目的 は 3 つあります。ひとつは、協同組合のアイデンティティと存在価値を再確認して欲しい。ふたつは、協同組合 に対する認知度を向上させて欲しい。みっつは、協同組合法制度の整備と充実を図って欲しいということです。 IYCの全国実行委員会代表は経済評論家の内橋克人さんです。今年の山形県生協大会で講演していただきま した。そこで彼が今提唱しているのはFEC自給圏づくりを協同組合が力を合わせてやろうじゃないかというこ とです。FECの「F」は食料・農業、「E」はエネルギー、「C」はケアです。このFとEとC、これが自給で きる地域を日本各地にいっぱいつくろうというのが彼の提唱です。 この一つの典型になっておりますのが、スペインにありますモンドラゴンの協同組合企業です。スペインのモ ンドラゴン協同組合企業についてはこのビデオを見ていただければいいかと思います。韓国のテレビ局が 55 分の ドキュメンタリー番組を作りました。その予告編で 2 分 11 秒のビデオです。音声は韓国語になっていますが、日 本語の字幕スーパーが出てきます。 (ビデオ鑑賞) ビデオの内容…2008 年再びの金融危機を迎えた世界経済。多くの企業が一時解雇を敢行する中で、唯一一 人の解雇も無く、安定的に成長している企業がある。世界を驚かせた協同組合企業、モンドラゴンの奇跡 の秘密は一体何だろうか。 以上で終わります。 4 山形県農業協同組合中央会 教育部長 池田 三好 1.はじめに 初めまして。山形県農協中央会の池田と申します。はじめに、皆さんは農協(JA)は知っていると思います が、農協中央会という組織については多分聞いたこともないと思いますので、若干説明をさせていただきたいと 思います。農協(JA)は県内に 17 ございます。私ども山形県農協中央会(JA山形中央会)は、農協を監査し たり、法務とか税務とかの経営指導をしたり、あるいは私が今やっています役職員の教育、さらには県と一緒に なって、地域農業の振興を担っているというのが私ども農協中央会という組織です。なお、今日の私の持ち時間 はたった 30 分ですので、協同組合や農協という組織・事業の概要や特性をお話して終わることになると思います が、何とぞよろしくお願いいたします。 2.JAのあらまし 言ってみれば、JAだけというよりは「協同組合」組織自体が非営利組織です。皆さんもP・F・ドラッカー は知っていると思います。余談ですが、皆さんも読まれたかも知れませんが、私にも娘が二人おりまして、 「もし ドラ」 (「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」 )を買って読ませました。 ドラッカーも非営利組織について書いておりますので、興味のある方はお読み下さい。 今日は 20 ページの資料を作ってきましたけれども、これに基づいてお話しさせていただきます。 (1)JAとは まず、JAは皆さんの近くにもあって知っている方も多いとは思うんですけれども、なかなか現実的には分か らない面もあると思いますので、若干ご説明いたします。 JAとは、 「Japan Agricultural Co-operatives」の略語で、直訳すれば「一緒にやっていく、協働する」の意味 です。山形県の農業について簡単に申し上げれば、今農家は6万戸ぐらいしかございません。農業産出額は昭和 62 年には 3,300 億円ほどあったのですが今は 2,000 億円ほどしかありません。農家は米、畜産、ラ・フランス、 リンゴ、あるいはさくらんぼ等を生産・販売して生計を立てております。ここで一番大事なのは、JAとは後で 申し上げますが「相互扶助」、これが協同組合それ自体の最も根源的な価値観ということです。JAは農家の協同 活動をサポートするためにいろんな物を販売したり生産資材を供給したり、あるいはお金を貸したり預かったり しているということでございます。言わば、JAとは、相互扶助の精神のもとに農家みんなの営農と生活を守り 高め、公正でよりよい社会を築くことを目的にした組織ということです。 (2)日本の協同組合 日本の協同組合については、準拠法は異なりますが、主な組織者に農業者、漁業者、中小規模の事業者などが あって、各協同組合の組織と事業のあらましは、若干データ的には古いのですが表の通りです。私ども総合JA は全国で 708(うち本県には 17)あり、組合員総数が 969 万人、貯金高が 86 兆円、国家予算にほぼ匹敵するく らいの貯金高を持っています。また、肥料とか農機具などを売る購買高は約3兆円、生産物の販売高は約4兆円 超あるということでございます。 (3)世界の協同組合 世界の協同組合については、これも先ほど大友専務さんから国際協同組合同盟(ICA)の話がありましたが、 日本はいろんな歴史的な変遷がありましたけれども、JAグループは生活連さんと一緒に 1952 年にICAに加入 して現在に至っているということです。なお、ICAというのは世界最大のNGO(非政府組織)であります。 (4)協同組合と株式会社との一般的な違い 私ども協同組合と株式会社との一般的な違いを理解することによって、 「協同組合」という組織特性を知ってい ただけるのではないでしょうか。協同組合の基本的性格ということであれば、これは当然のことながら私どもは 「組合員の組合員による組合員のための組織」であるということです。そういう意味では私どもは自らが「組織 者」であり、自らが「利用者」であり、しかも自らが「運営者」であるというのが、協同組合の組織特性であり ます。一方において、株式会社というのは、株主は会社の事業を利用するかしないかは全く関係がないし、運営 方法についても所有と経営は分離されております。今現在も株価は上がっていますが(講義当時) 、株主は配当や 株式の値上がりを期待して株主になっているだけであって、会社の事業を利用するために株主になっているので はありません。基本的な考え方として、JAだけでなく私ども協同組合は相互扶助の精神で、人間として連帯し 5 相互に助け合い、公正な社会をつくっていくことをめざしています。 一方、株式会社というのは、より多くの利潤を追求するための競争原理ということであります。これは当然、 勝ち組・負け組がはっきりしていて、小泉構造内閣の後ですね、余計それが際立ってきたと言われております。 目的について私どもは、協同組合というのは組合員の生産と生活を守り向上させる。これは生協であってもJA であっても同じです。一方、株式会社にいたってはあくまでも利潤の追求。したがって、私どもはメンバーシッ プということでありますので土着性があります。ところが、株式会社というのはグローバルですから無国籍です。 利潤の追求できるところにはどこへでも行っちゃう。地球の反対側までも行っちゃう。宇宙までも行っちゃう。 そういう土着の私ども協同組合組織と、無国籍の株式会社とは、組織の役割や目的が根本的に違うということで す。組織者につきましても協同組合はメンバーシップですが、会社は不特定のステークホルダーがいっぱいいる ということです。そして運営方法、これはキーワードとして大事なことですが、私どもは人間平等主義に基づく 一人一票制です。ところが、株式会社については一株一票制ですから株式が多ければ議決権も多いという関係に なっております。 ところで、今の時代はどういう社会かと言うと、新自由主義や行き過ぎた市場原理主義によりまして、これは 政治的な背景や意図は抜きにしてですが、やはりさまざまな格差を拡大させていると言えるのではないでしょう か。例えば都市と農村の格差であり、農村は今、限界集落も増えて非常に疲弊している状況にあります。世代間 の格差も含めて皆様方も私の娘もそうですが、大変な時代に生きていく、あるいはこれからも生きていかなけれ ばならないという時代だろうというふうに思います。 ワーキングプア、働いても働いても所得が少ない人、要するに所得が 200 万円以下の労働者は1千万人を超え ております。ということは就労者の4人に1人が年間 200 万円以下で生活しているということです。そういう国 家が果たしてこれからどういう国家になるかというのは想像を絶するくらいのところがあるのですが、この実態 を私どもはどういうふうに捉え、そして考えていったらいいのかということです。 何を申し上げたいかと言うと、3・11 の東日本大震災を機に、去年清水寺の和尚さんが書いた一文字、 「絆」の 大切さであります。 「絆」という字の語源は、糸へんに半分と書きます。これは絶つことのできない人と人との繋 がり、切れない縁を結んでいくということが如何に大事かということを現しています。3・11 を機に結婚する人 が増えたのは喜ばしいことですが、家族や親子の絆とは何であるか、コミュニティとは、絆とは何であるのかと いうことを改めて考え、見直されているのではないでしょうか。 一昨年ブータンの国王が来日されました。これもちょっと余計な話かもしれませんが、幸せ度の一番高い国は どこかご存知ですか。今年の1位はデンマーク、2位がフィンランド、3位がノルウェー、それから4位がスウ ェーデンでいずれも北欧の国々です。日本はなんと 81 位でした。 (5)協同組合原則について つぎに「協同組合原則」を紹介します。これは 1995 年の第2回ICA全体総会で採択されたものですが、協同 組合の「定義」は資料の通り2つございまして、一つは人々が自主的に結びついた自律の組織だということ、も う一つは共同で所有し民主的に管理する事業体ということです。それから「価値」というのは、協同組合の理念 ということであります。一つは「自助、自己責任、民主主義、平等、公正、連帯」が価値として加わり、そして 更には倫理的な価値ということで「正直、公開、社会的責任、他人への配慮」ということです。言ってみればこ の「価値」というのは、競争社会に対峙する協同組合としての基本的な道徳規範・価値を示したものであり、今 後どうやって実現していくのかというのが、私どもJAグループだけじゃなくて協同組合組織に課せられた責務 であり、これまで以上に大事になってきているということだろうと思います。 「価値」の中に「社会的責任」というのがございます。これは皆さん聞いたことがあるかも知れませんが、C SR(corporate social responsibility)といわれるものでございまして、原発事故なりでも見ても分かる通り、東 電や政府の対応については、説明責任も含めて、いたってまずかったかなということが言えるのではないでしょ うか。 また、 「他者への配慮」というのがあります。稲盛和夫氏という人がおります。みなさんauを持っている人は 稲盛和夫氏、京セラの名誉会長ですが、JALを再生させた社長でもあります。今年の日本一の社長は誰かとい うので稲盛和夫さんがなりました。2位はソフトバンクの孫社長で、3位はファーストリテイリング(ユニクロ) の会長兼社長である柳井正氏です。稲盛和夫さんは私も大好きで、皆さんも好きな方いらっしゃるかもしれませ んが、稲盛和夫氏の言葉に「人生の結果というのは(人生の結果)=能力×情熱×考え方だ」というのがありま 6 す。これは、人生の結果というのは、能力と情熱と考え方の掛け算なんですが、一番大事なのは物の見方、考え 方ですよという教えです。能力は0点から 100 点まで、情熱も0点から 100 点まで、考え方というのは−100 点 から 100 点までということですので、考え方がおかしい(−)と人生の結果も全部おかしくなってしまう。例え ば前のライブドアのCEO(最高経営責任者)であった堀江貴文、ほりえもんであります。ほりえもんの能力は 東大がいいかどうかは分かりませんが東大を卒業した。情熱はこの世の中で時価総額世界一の会社にしてみせる ということでした。日本放送とかオリックスを買収しようとしたわけですが、考え方は「金で何でも出来る」と いう考え方(拝金主義)。その考え方がそもそもの間違いで、今や刑務所暮らしということです。村上ファンドの 村上世彰氏も同じで、この人も東大法学部を卒業してインサイダー取引によって 11 億円を超えるような追徴金を とられた人ですが、こういう人間もいる。考え方を磨くということが大事なのではないかということでございま す。 余計な話が長くなりましたが、この協同組合原則については第1原則から第7原則までございます。まずは第 1原則の「加入・脱退の自由」 。第 2 は「民主的な管理」の一人一票というのがキーワード。第 3 は出資金に対す る「利子の制限」 。株式会社であれば幾らでもいいということになりますが、JAの場合ですと7%まで制限され ています。第 4 は「自主、自立」。第5原則は「教育」ということになっていますが、これは 1844 年にできたロ ッチデールの原則にもありましたが、この時既に「教育」というのがあったとは驚くべきことです。言ってみれ ばこの教育というのは競争に対する助け合い。それは人間一人ひとりは弱いものだというところから、相互扶助 なり、助け合いというのが出来てきた。私ども人間としての本性には「競争と助け合い」という両方の心を持っ ています。皆さんも受験を経験してきていますがそれはすべて「競争」です。ところが助け合いというのは、絆 も同じですけれども家族であったり、地域であったり、あるいはサークルであったり、そういう仲間と助け合う ことと競争とで、どっちがやり易いかというと競争の方です。助け合うことよりも競争の方がはるかにし易いの です。ところが助け合いというのは、一人では成り立たないし、なかなか難しいということが皆さん方も感じて いただけるのではないでしょうか。そして競争の極め付けは「戦争」です。協同組合組織は 1844 年の設立当初か ら「教育」というものを大切にしてきたということであります。そこから協同というのは一人では成り立たない、 自ら学ぶことが大事であり、協同組合運動というのは、教育そのものであるというふうにも言えるのです。協同 組合運動は教育に始まって教育に終わるということです。そして第 6 原則は「協同組合間協同」 。最後の第 7 原則 は「地域社会への関わり」 。私どもJAグループ山形も3・11 直後にボランティアとして東松島市に行ってずっと 炊き出しをしてきました。川に車が浮かんでいるような状況、とんでもない悲惨な状況の東松島市に行って中学 校の体育館に行って炊き出しをしてきたわけです。山形市東古舘のほうに協同の杜JA研修所というのがありま す。私どもは震災後福島からすぐに妊産婦を受け入れて今年の3月いっぱいまでほぼ一年間です。私どもの所で 生まれた赤ちゃんもおります。延べ 19 家族 75 名の被災者を受け入れ、ほぼ一年間無料で過ごしていただきまし た。私どもも大変ありがたがられたということで、そういう意味での社会貢献もしてきました。 (6)世界の協同組合の生い立ち 先ほどの大友専務さんの話にもありましたが、歴史上の人物に「協同組合運動の父」といわれるロバート・オ ウエンがおりました。皆さんはカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスというのはご存知と思いますが、 資本論の中でこの人達は批判の的になったということです。シャルル・フーリエやサン・シモンも含めて協同組 合運動に関わった人たちは「空想的社会主義」と揶揄されたのです。資本論のなかでマルクスは「科学的社会主 義」を打ち立て、共産主義社会が到来する必然性を説いたのですが、科学的社会主義を標榜しているマルクス主 義国家の国がほとんどもう挫折か崩壊してしまっているという現実を見ても、空想的社会主義といわれたこうし た協同組合は、ICAも含めて今なお確固たる地位を保持しているのです。 (7)日本の農村協同組合の歩み それから表にある通り日本の農村組合の紹介ですが、勤勉な二宮尊徳というのは皆さんもご存知かと思います。 薪を背負って本を読んで歩く姿というのは、昔はどこの小学校にもあったのですが、二宮金次郎といわれる二宮 尊徳ですね。この人は江戸時代末期、農村における小作人や下級武士が困窮化していった現実を慮って頼母子講 を発展させ無利子で貸し付けを行う「報徳社」を小田原に設立したのです。また尊徳は経営の世界でもちょっと 有名なところがございまして、「道徳のない経済は罪悪であり、経済のない道徳は寝言である」と言ったのです。 米沢市出身の平田東助も非常に有名な方で、産業組合法の創設に尽力した人です。 7 3.JAの組織・運営・組合員 JAには正組合員と准組合員がいます。JA事業の内容は購買や販売事業、信用と共済事業まで総合的にやっ ていますが、今日的かつ深刻な問題として高齢者福祉対策があります。我が国では今や 65 歳以上が 23%超です。 今世界の人口は 70 億人で 2050 年には 93 億人位になると言われています。振興国で中国が 13 億人、インドが 12 億人、我が国は 1 億 2800 万人ですが 2055 年には 9800 万人位まで減ってしまう。そういった中で、今高齢者福 祉対策というのは医療費問題も含めて深刻な問題になっている。山形県は特に農村部においては特に高齢化が進 んでいるという極めて深刻な状況。これは行政を中心として社会福祉協議会が中心となってやっているわけです が、対応は追い付かないのが実態です。私どもJAは地域に根差した組織として、高齢者福祉事業にも取り組ん でおります。県内全部のJAが取り組んでいるわけではないのですが、デイサービスとかショートステイだとか あるいはお弁当の配達とかという事業もやっております。 ちなみに私は庄内の遊佐町出身です。今 84 歳になる母親が一人で暮らしていますが、いわゆる「買い物難民」 です。病院に行くにもタクシー、買い物にもたまにしか行けない高齢者が集落内には多くいる実態を国民一人ひ とりが直視すべきではないでしょうか。そういう集落の実態を踏まえ、JAが果たすべき役割というのは、農業 農村の多面的な機能の発揮もありますが、その地域に根差した高齢者福祉事業にも取り組むなどして、集落やコ ミュニティをどうやって維持していくのか、そして繋がりや絆をどうやって高めていくのか、が今の私どもJA グループに強く求められていると認識しております。震災後の仮設住宅の実態を皆さんもテレビで見る機会があ ったと思います。悲惨なことですが、仮設住宅の中での孤独死は本当はあってはならないことです。私どもとし てもそういう地域・コミュニティに対してどう社会貢献出来るのかというところが本当に大事になってきている と考えております。 4.JA運動の進路(基本方向) 最後に申し上げたいのは、私どもの今後の基本方向についてです。3年に1度農協大会を開いておりますが、 JAグループは農家組合員の営農と生活を守りながら、食と農業の再生、そして地域をどうやって再生するかと いうことが重要なテーマと考えております。 資料にはJAグループを巡る情勢と課題がいろいろ書いておりますが、喫緊の課題としては、途上国の人口増 加等による世界的な食料需給が構造的にひっ迫していることや農村経済の疲弊と無縁社会の顕在化などの課題の 中で、まずは食糧自給率の問題があります。今我が国の食料自給率は、3年前に 40%までいったのですが今や 39% です。米は 100%ですが、肉 54%、魚介類 52%、小麦は 11%、大豆は7%、砂糖が 26%、野菜ですら 79%で中 国からたくさん入って来ています。諸外国の自給率を見ると、アメリカは 130%、イギリスでは 65%、フランス では 121%、オーストラリアは 187%もあります。これから世界人口が爆発的に増加する中で、自国の食料政策を どうするかというのが国家戦略としても非常に大事になってきているのです。お金さえあればどこから何でも買 えると主張する人がいます。今日はTPPに賛成とか反対とか言う場面ではないのですが、本当にそうでしょう か。今や日本のGDPは中国に抜かれて3位です。GDPが高く、お金さえあれば何でも買えるというふうに考 えるか、いやそうではないと考えるか、将来的には非常に大きな国家レベルでの重要なテーマとして捉える必要 があるのではないでしょうか。 また、私どもJAグループとしては協同組合原則を大事にしながら、その地域に密着した組織としていかに地 域コミュニティを再構築していくのかが私どもに課せられた大切な責務ではないかと思っております。そういう 意味では「Each for All、All for Each」、(一人は万人のために、万人は一人のために)という協同の精神、相互 扶助の精神をいかに現実の問題として、それを具現化していくのかということが大事になってきているのではな いかと考えております。 5.おわりに 皆さんにとって大学生活はとても大事な時間だと思います。人間力を磨いて、一期一会を大事にしてぜひ大い に勉強し人と繋がってネットワークを作っていただきたいと思います。 ご清聴に感謝し話を閉じたいと思います。皆さんぜひ頑張ってください。 8