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布文化・フィールドワーク・自立
Nara Women's University Digital Information Repository Title 布文化・フィールドワーク・自立 Author(s) 佐野, 敏行 Citation 繊維製品消費科学, Vol.40, No.6, pp.9-15 Issue Date 1999-06-25 Description URL http://hdl.handle.net/10935/923 Textversion publisher This document is downloaded at: 2017-03-29T20:58:55Z http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace 3.布文化 ・フィール ドワーク ・自立 卜奈良女子大学 佐 ある文化の中で 「あた りまえ」 とみなされて いる物質文化, 日常生活などについて研究する ことは, もともとそれを課題の一つ としていて 近年新 しい視点か らの関心が増加 してきている 人類学の分野において も,中心的課題か ら外れ るもの とみなされる困難 さをともなってきた. 他の関連分野で も事情 は同様であろう. この困 難 さの生 じる原因には,物質文化の研究 を下位 狗,副次的 とみなす一般的な考 え方がある.一 昨年1 2月に亡 くなった 『 布 と人間』( 1 9 95年拙 釈,原書1 9 89 年)の編著者の一人で人類学者 の アネッ ト・ワイナ一による布 をめぐる物質文化 研究による貢献 は後続の研究に新境地 を切 り開 いた ことに対する功績 を与 えられ,それは物質 文化研究を学術的に低 くみる学界内の状況 を通 過することなしにはあ り得なかった とされてい る( Bel del man &Myer s1 99 8;Ml l l e r1 9 9 8) . この困難 さの中で,自ら研究を始める研究者 は,余程,モノそのものに興味を持 っているか, 研究意義の大 きさを認 めているかの どちらかに ちがいない.他の研究者がそうした研究に対 し て無視 した り,否定的な評価 を与 えるという事 態が生 じるのは,通常科学の中で,そうした研 究 に建設的な評価や助言を与 える能力を持つ者 や,大課題 との結びつきを見通 して意義 を認め る者が少ないか らであると私 には思 える. もち ろん,モノその ものに関心がある者の側がそれ のみの研究を進めて人間に関する他の研究領域 との接点 を見失い,困難な状況 を自ら助長 して しまうことは避 けなければならない. 欧米 における人間 と糸 ・布 ・衣服 との関係 を 野 敏 行イ め ぐった研究が様々なアプローチか ら展開 しは じめたの は,ワイナ- とシュナイダー編著 の 『 布 と人間』刊行が一つの大 きな契機 となって いて,つい最近のことである.モノと人間の関 係 を中心 に置 くことによって,他の研究領域 と の接点 は較べ ものにな らないほど広範囲なもの とな り,今後 もな りうると考 えられる.例 えば, ジェンダー,エスニシティ,文化的アイデンテ ィティ,植民地主義,ポス ト植民地主義,社会 編成,交換,互酬性,不可譲性,文化表象,真 正 さ,文化創造,文化変容,地域振興 ・活性化, ライフヒス トリー, コミュニケーション,政治 経済,国際関係,生態関係,文化間対立,異文 化理解,社会化,などとの関係が挙 げられる. ただ し,列挙 したそれぞれの項 目と布 ・衣服 と に結びつきがあると単に主張 しているのではな い. これ らの項 目と布 ・衣服 との結びつ きには 興味深いものがあ りうると指摘 したいのである. こうした指摘 をしただけでは具体的な中身 を 理解することは難 しく, どのような結びつきが 興味深い もの とな りうるのかについての説明が ない と説得力がないであろう. この限 られたス ペースの中では,要点を一つ述べることしかで きない.それは, これ らの項 目を縦糸 とすると, 横糸のようにそれ らを横 断す る項 目( 例 えば, 癒 し/ス トレス,自立/依存)を設定で きるこ とである. そうすることで,広が りのある興味 深い展開の可能性が生み出されることになるの である.横糸にあたる項 目は,研究者が関心 を もつ事柄 に依 って設定 してよい.つまり,ある 具体的なモノについて考 えたい ときには,縦糸 vol .4 0No6( 1 9 9 9)00 3 720 7 2/ 9 9 / 06 00035 2$010 0 / 0⑥ 1 99 9J pn. Re sAs s n. Te x t . EndUs e s ・( 3 5 2 ) 1 0 と横糸にあたる関心項 目をそのモノに交差 させ るのである.あるいは,紙糸 と横糸にあたる項 目の中で関心の持 った ものを交差 させてみて, 交差点で兄いだせる具体的なモノを取 り上 げて, それについて考 えるのである. ここで述べた 2 つの方法 は全 く別個ではな く,一人の研究者が これ らの間を行 った り来た りすることができる. できるだけ,行 き来 しなが ら新たなプロジェク トを展開するのがよい方法であると私は考 える. モノ( 布 ・衣服)に関山がある人が,それに関 する文化 ・社会的研究 を行 うための トレーニン グを受けたい とき,その人 は トレーニング ・プ ログラムをもつ正式の機関の少なさに直面 しな ければならない. この状況 に対応する方法には, まず, こうしたモノに関する研究が下位に位置 づけられていることを無視 して,あるいは,刺 度 ・組織 にこだわ らず,自らの関心 を自らの力 で究めてい くことである. この場合,大 きな学 術上の課題 との結びつきを見失わないようにし てい くことが求められる.別の方法は,通常の 科学の中で トレーニングを受けた後に,布など の研究 をめ ぐって比較的関心の近い者の結びつ きを持ちなが ら活動することである. この トレーニング機関の少なさは,今後の高 等教育機関の動向を考慮すると変わることはな いであろう.む しろその極 に向かっている動 き があると認識する必要がある. とくに旧来の家 政学の枠組みの中で考 えてみた ときにそうであ る. この変化 は日本だけでな く,アメリカにお いて も数年先行 して生 じていた ものである. そ のために,アメ リカにおける布 ・衣服の文化社 会的研究者 は1 9 9 0 年代 に積極的に上に掲 げたよ うな項 目との結びつきを全面に置いた教科書, 研 究 書,学 術 雑 誌 ( 例 え ば,∫ . o fMa t e r i a l Cul t ur e,Fas hi on Theor y, Mus eum Ant hr o po l o g y) の蓄積 に携 わ ってい ったので ある. 日常生活上の身近 なモノである衣服や布 の文化 ・社会的側面 について教育 ・研究する立 場に1 2 年間携わってきた私 は, この 3月に被服 学専攻の修士課程で指導 してきた院生 2人を送 り出した.同時に在職中の大学 における専攻分 野 「 被服学」の幕が閉 じられた.私 は,新 しい 所属の もとで文化人類学をペースにした教育 ・ ( 3 5 3 ) 研究指導に並行 して衣服や布 に関する教育 を行 なえる立場 にある. しか し,研究指導の面か ら すると,学生の側 に関心がない限 り,布や衣服 の文化 ・社会的側面の研究の指導を学部 ・大学 院の学生に対 して行 う機会 はな くなった ことに なる.教 える立場の私 としては,「 被服学」が存 在 していた間は,布や衣服の文化 ・社会的側面 だけでな く,そうしたモノを通 して文化 ・社会 を探究することを教育上の意義 と考 え,積極的 にその意義 を実践する機会をもっ ことができた. しかし,今,学生の側 にそうしたモノへの関心 を持つ者の存在 を前提 にすることができな くな り, この意義 は揺 らぐことになった.文化 ・社 会 を探究する方法 には他に多 くのや り方がある か らである. 「 被服学」の教育研究 に携わっていた とき, 私 は,講義の他 に,専門 とする文化人類学の手 法であるフィール ドワークを主な方法論 とした 研究 を学部生 と大学院生に指導す ることを担当 していた. 「フィール ドワークをもとにした研 究」の指導はある程度お こなうことができた. そうした研究指導を通 した学生 との交流 は,私 が興味深い と信 じていた研究内容の一端 を具体 化する機会 として,私 にとって大 きな意味をも っていた. しか し, より的確 に表現すれば,そ の程度 にできただけであった とすべ きであろう. その理由は,「 文化系」の衣服・ 布 の研究 を希望 する学生がある程度存在 しても, フィール ドワ ークをともなう研究に興味 を示す学生 はそれほ ど多 くなかった ということである. ここで,なぜ研究上の関心事 をフィール ドワ ークを通 して見つけだす という経験主義的なア プローチの仕方に関心が薄いのであろうか とい う,人類学者 にとっては素朴な疑問が沸 き上が る. しか し, この疑問は,布 ・衣服の文化 ・社 会的研究に関心 をもつ多 くの研究者 にとって大 きな疑問 とはな らないであろう. そこでフィー ル ドワークに関する一般的な問題 に答 えること か らこの間について考 えてみたい. 称#鞘 ###棚 繊消誌 11 Q.フィール ドワーク とは ? A.フィール ドワー ク とは人々の活動の場 に 研究者 自らが出向いて, その場での彼 らの言動 や活動 を観察 し,彼 らに質問 した り,話 を聞い た り,彼 らとの日常会話か ら,五感 を通 して経 験 することである.要す るに, その場で, その 場の人々 と同様 に生活 を送 ることである. その 経駄 は,後 にまとめて記述 され,分析 の対象 に されるべ きものである. Q. どんな場があるのか ? A.人々が社会生活 を送 っている場 な らば規 模 の大 きさに関わ らず,組織や制度の違 いにか かわ らず, フィール ドワークの場 を兄 いだす こ とがで きる.いわゆる小規模 な伝統的社会 にお いて も,高度情報化 した大規模社会 において も, 都会で も, 田舎で もそれ は兄 いだせ る.科学者 集団,宗教集団,親族集団,非営利集団,親睦 集団な どを対象にす ることがで きる. また,学 校,企業,行政機関,福祉施設,娯楽施設,医 療施設,交通機関,生産現場 な どに場 を兄いだ す ことがで きる. Q. フ ィール ドワー ク と布 ・衣服 との関係 は ? A. この問いには, フィール ドワークの本質 にもどって説明す る必要がある.「あた りまえ」 の事象を捉 えて研究対象にしてい く過程がその 本質である.研究者 は自分の経験の中か ら疑問 に感 じた ことや関心 を抱 いた ことを糸 口 として, その場 の中の 「あた りまえ」の事象 を見直す別 の見方 を発見 す るようにな る. 「 あた りまえ」 の事象 を新 たに見 る目をもっ ことは, そうした 事象の本質的な在 り方 に関心 を持 ち, 問うこ と である.つ まり, その場の中で 「あた りまえ」 のモノである具体 的な布 ・衣服が, その場 の人 々 に とって どのような本質的な結びつ きを形成 しているのかを問 うことである. J T G Y 耕 ‡称#T W I l S i 鞘 布 ・衣服 の文化 ・社会的側面の探究 は,意識 的にしろ無意識的 にしろ,人間 にとって これ ら のモノの本質 を明 らか にしたい とい う根元的な 興味 をもとにしている. そ して, この根元的な 興味の追究 をす る とい うことは, 自分 の経験 の 中で生 じた疑問, 自分の過去の経験 を再解釈 し てみた ときに発見す る疑問, 自分 の過去 と現在 との経験 の結びつ きに気づいた ときに沸 き上が る疑問か ら, そ うした疑問に答 えようと,資料 収集,資料分析,考察 と一連 の研究活動 を展開 す ることである. この考 え方の筋道か らする と, 自分の経験 した ことでなけれ ば,実際の生活の 中にあるモノである布 ・衣服 に対す る研究上の 関心 は生 まれない ことになる. この意味合いか ら, 自分の経験 をその場で集中的 にす る 「フィ ール ドワーク」 と呼 ばれ る過程 を通す ことによ って,布 ・衣服 の文化 ・社会的側面 の探究の展 開が 目指せ るのである. 先 に挙 げた素朴な疑問について考 えることは, 2 年前 にこの分野の教育研究 に携わる際 に 私が1 J いこ留 めた ことについて見直す ことを意味 して いる. この見直 しは, その当時 に戻 って再出発 するための もので はな く,当該商域 の研究の基 盤 について再確認 して,次世代 の研究者 とそれ を共有 してお きたいためである. もちろん, こ の基盤 は,他の学術分野が変貌 してい くの と同 様 に,将来発展的 にその意味が薄れてい くか も しれない. しか し,布や衣服 の文化 ・社会的研 究 に接近する方法が ます ます多様化 していった として も, どの方法 に とって も部分的 にしろ必 要不可欠な手法 として フィール ドワークの特徴 である発見的態度 と経験主義的態度があ り続 け る と私 は信 じている. これ らの態度 を発揮す る ためにフィール ドワー クをす る( 生活経験 を積 む)ので あ り, フィール ドワー クを行 うことを 通 して ( 生活体験 を経 ることによって)これ らの 態度が身 につ くのである.結局,共有 したい基 盤 とは, フィール ドワークその ものではな く, それ に伴 う経験 と発見 を重視する態度 その もの だ けで もない. それ は, フィール ドワークを通 してケース毎 に,布や衣服 と人間 との関係 を探 究す る糸口を発見す ることである. この糸口の発見 は,い くつかのケースを知 る Vo14 0No. 6( 1 9 9 9 ) ( 35 4) 1 2 ことによって,そして異なるケースを比較対照 することによって, より自分の問題 として実感 できるようになる.私のケースについてみてい く前に私の基本姿勢 を述べてお く. フィール ドワークで経験 した ことを分析や考 察の対象 として研究 を進めてきた私の専門分野 で,布 と文化 ・社会 との結びつきに関する知的 刺激 と洞察 を与 えて くれたのがワイナ- とシュ ナイダー編 著 「 布 と人 間」 ( 原題 Cl ot ha nd HumanExpe r i e nc e . 1 9 8 9 ) であった. この研究 書の発刊の少 し前 に,自分のフィール ドワーク で観察 した ことや,インタビューを通 して学ん だ ことを,「 布 と衣服」 を中心 にしてみるとい うフィルターを通 して見直す ことをしてみたこ とがある.その結果気づいた ことは,経験 した ことに先述 した項 目を縦横 にクロスさせてい く 操作をしてい くと,布 ・ 衣服の興味深い側面 ( 私 にとっては新鮮 な)がい くつ も浮かび上が って くるということであった. そこで,「 布 と人間」 中の各論文か ら受 けた探究の仕方の精神 になら って, とくに興味深い点についてい くつかの論 文の形にまとめてきた( 佐野1 9 9 1 a,1 9 9 1 b) .こ こで精神 と述べたのは,具体的な個別のケース は,当然なが ら同 じ探究の仕方を使 って探究す ることはできないので,それぞれのケースに合 わせて探究する仕方 を考 えていかなければなら ない という精神である. この精神のもとに 「 布 と人間」所収の1 1のケースが集められ,それぞ れがケースに合わせた方法論 をとっていて も, それ らが収録 されて編著 となった ときに全体 と して一つの主張が編者の力によって創 り出され ることになった.その主張 とは,原書の書名が 示すように,歴史 と地域 を越 えて人間が経験 し てきた布,人間が生 きることとともにあった布, をさまざまなアプローチか ら見直す と興味深 く 研究視野を広げることがで きるという主張であ る. この書の二人の編者のワイナ-はパプアニュ ーギニア東方に位置する トロプ リアン ド諸島で, シュナイダーはイタ リアのシチ リアで と全 く異 なる土地であ りなが ら,フィール ドワークを行 っていて,それぞれの場で人々が布 ・衣服 に費 やすエネルギーの多さに印象づけられるという ( 355) T i ‡ Y l TT ・ i ‡ I TT h V . #・ Y . . 」 ' . 1 共通経験 をもっていた.その ことと,布 と人間 についての研究 はまだ充分な蓄積がなされてい ないことが,二人の共同のプロジェク トを推進 したのであった. まず手がける必要があるとし たのは,同書 に所収 されているジ ョン ・ムラに よるインカの布 に関する先駆的研究のテーマを 応用することであった.それは,社会の仕組み や社会の形成 に,布が どのように使われ,生産 され,そして,人々が一生を通 して どのように そうした布 と経験 を重ねてい くのか,を明 らか にしようとするテーマであった. ここで私が指 摘 したいことは,ムラの挑戦 しようとしたこと が狭 く 「 忠実」に継承 されたのではない という ことであ り, ワイナ- とシュナイターの的確な 着眼 と洞察 と展望 を通 して,広が りが与 えられ た ということである. さらに展開させてい く試 みは我々のすべ きことである. 次に述べることは,私が自分で直接観察 した 事象の再解釈についてで,布 と人間の結びつ き を発達 と自立の脈絡の中で再考す る例 となって いる. 保育園における約 1年間のフィール ドワーク で,子 どもと子 ども,子 どもと保護者,子 ども と観察者の間の社会的相互作用 を観察 しフィー ル ドノー トに記録 した ( San°1 9 8 3 ) .大学院で の研究 として行 った この観察資料の中には,夕 方の母親が子 どもをお迎 えに来た ときの場面で, 両者の出会いの ときの行動パターンを観察 した 記録があ り,その場面での身体的接触 に関 して 子 どもの年齢 を軸 に記録 を整理 して分析 した. 当初,観察記録の整理は簡単な作業で済む と思 っていた. しか し,身体的接触 をどのように定 義するかで,ある記録 を使用するか しないかが 決定 して しまうことか ら,的確な定義 をしなけ ればな らないことが作業を始めて直 ぐにわかっ た.身体的接触 とは,実際に肌 と肌,あるいは 身体の一部 と一部が接触 した ときをいうのか ? 実際にそうした接触がな くて も肌 と衣服の接触 繊消誌 1 3 があった とき,あるいは,衣服 と衣服の接触が あった ときをい うのか ?実際 に肌 にしろ,身体 の一部 にしろ,衣服 に しろ接触がな くて も,辛 を伸 ばすな どの身体的接触 を求 めるジェスチャ ] ‡ < YJ ‡ i Y . . G Y j ; T L Y J T ; lメ ‡ ーや動作 をした ときを,身体的接触 に準ず る と して,含 めるのか ?出会 った直後 に身体的接触 をしな くて も,間 をおいて( 声かけ,笑顔,腕 を 振 るな どの動作 を しなが ら)その後 に,上記 し たいずれかの身体的接触 ( お よびそれ に準 ず る 身体的接触)がみ られた ときを含 めるのか ? 定義上 の問題 を解消す る方法の一つは,出会 いの場面 を研究者が常 に一定 にコン トロール し て観察すれ ばよい.私の場合 は, 自然状態での 社会的相互作用の在 り方 を研究する立場 をとっ ていたので, この方法論 を とることはで きなか った.当然 なが ら,多様 な出合いの場 を観察す ることにな り,その多様 さを整理す る過程 を経 なけれ ばな らな くなったのであった.科学的研 究の手続 きを とる以上,分析のための定義 を多 様 な資料か ら抽出 しなければな らない.結局, 操作的な定義 として,肌 にしろ,身体 の一部 に しろ,衣服 にしろ,接触 のあった場合 を,子 ど もと母親 の身体的接触 のあった出合い とみなす ことにした. その結果, そうした出合いの生 じ る頻度が子 どもの年齢 を追 うごとに明確 に減少 す ることを提示で きた.赤ん坊期 には親の方が 0 0 パ ーセ ン トの頻 度か ら,年長組 抱 くため に1 の年齢では子 どもの方か らも,親 の方か らも身 体的接触 を しないために頻度 はゼ ロに近 くなる. 分析者側 の問題 は,身体 の一部が接触 するこ とと,服 の布地 を通 して接触 す ることが等価 に とらえて よいのか どうか, とい うことであった. もしそうな らば, そうとらえられ る根本的な理 由 とは何 なのであろうか. そこで,身体 の一部 が接触 する出合いの頻度 と,布 を通 した接触 の み られ る出合いの頻度 を分 けて図示化 してみる と,前者 は,子 どもの年齢 をお うごとに急減 し, 後者 は, 1歳児か ら 5歳児 までの問で緩やかな 凸形分布 を示 した. また,子 どもと母親の二人 の間の相互作用であるので,主 に どち らが身体 的接触 を持 とうとしたかで分 け,子 どもの年齢 に合わせて どのようにそれぞれの頻度が変化す るのかをみてみると,母親 の方 は,前者 と重 な Vol .4 0No6( 1 9 9 9 ) り合い,子 どもの方 は,後者,すなわち布 を通 した接触 に重 な りあった. これ らの ことか ら, 母親の方が直接子 どもに関わ ることを少な くし てい くとき,子 どもの方が積極 的に母親 に関わ り,母親か らの関わ りを引 き出そうとす る, と 解釈で きる.子 どもの方 は,母親 の衣服 の布地 で もよいか ら接触 す ることによって,母親 に親 密 さを伝 え,母親か ら安心感 を得 ようとす るよ うにみえる. この ことを 「自立」の視点か ら解釈 してみよ う.人間の一生の中で最初 の 自立 は,周囲の人 間に全 く依存 した状態か ら自分で歩 き回れ るよ うにな り, 自分 で食事 を摂 った り排滑 をお こな えるようになった ときである.親 の方 は,その 時期の子 どもの発達 をみなが ら自分か ら子 ども に手 を出す ことを控 えてい く.子 どもの方 は, 自ら行動 していける快感 を得なが ら最初 の自立 を果た してい く. しか し,完全 に依存す ること か ら逃れ られないために,母親の服 の布地 に触 れ る ・掴 むな どして,依存状態の継続 を示 し, 自立す るときの不安定感 を解消 させ ようとする 行動がみ られ る. 小 さな子 どもが母親 の衣服 にまとわ りつ く, あるいは じゃれつ くことは, 日本 においては一 般的 にそれほ ど奇異 な ことではな く, しばしば 「 甘 え」の表現 ととらえられ る. しか し,アメ 1 )カで調査 を行 っていた とき,数人以外 はすべ て白人の子 どもたちか らなる保育園で,やは り 1年間にわたるフィール ドワークをしていると きに,子 どもと母親 の出合いの場面 を観察す る と,乳児期 の出合 い方 は日本 と同様 であ りなが ら,それ以後の発達段階で,子 どもか ら親の服 の布地 に接触 す るケースを観察す ることは稀 で あ る こ とに気 づ い た ( 比 較 分 析 につ い て は, Fuj i t a& Sa n°1 9 8 8;San°1 9 8 9参照). アメ リカにおいては小 さい子 どもが母親の服 にまとわ りついた りじゃれついた りす ることは, 子 どもが甘やか されて育 っていることを表 して ( 356) 1 4 しまい,親 にとって も子 どもにとって も精神的 に 不 利 な 立 場 に 陥 る こ と に な る( c f. , M cDermot t1976). つまり,子 どもは早い時期 か ら自立 していることを表す行動 をとるように 育て られ,依存 していることを表す行動をとら ないように育て られるのである. そのかわ り, 個人間相互の親密感を表すのに,直接肌 と肌が ふれ合 うハ ツギング( 抱擁) ,キス,握手が どの 年齢層の間で も儀礼化 されて行われるのである ( 佐野1986). これは依存関係 を表すのではな く 平等の関係 を表す行動である.そして,子 ども は, しばしば,その子 どもが必要な限 り,赤ん 坊の時期 に使 っていた小型の肌かけ布地 ( ブラ ンケ ッ ト)やぬい ぐるみを持 っていて も許 され る. この布地はセキュリティ ・ブランケッ トと 呼ばれ,本人 にとって安心感 をもた らす布 とし て認められているのである. 様 にイギ リスか らの独立を果た したアメリカの 独立革命時のワシン トンをはじめ とする指導者 によるホームスパ ン布の生産 と使用 も一つの例 である. こうした事柄 は,歴史的出来事であ り, それを研究するのにフィール ドワークは必要な い と考 えるのが一般的であろう. しか し,歴史 を研究する際にもフィール ドワークによる知見 が大 きな興味を引き出すことが認められること も確かなことである と指摘 してお きたい( 例, タロノン1995). あた りまえの身近なモノである布 と,人間の 経験 との間の関係は深 く,その深 さを知 ろうと するには,人間にとっての布の本質 とは何か と いう根元的な問題 を丁寧 に,そして新鮮なアプ ローチを屠 区任 して明 らかにしてい くことが必要 である.フィール ドワークはそのための唯一の 方法ではない. しか し,常に新たな洞察をもた 出合い という一場面に限定 し比較対照するこ とで( c f. , Fral ( e1975,San°1988)明 らかにされ た子 どもと母親 との相互作用の子 どもの年齢に らす源泉 として使われ続 けなければな らない. また,布 には力があることを具体的なケースで 確認するためにでもある. その布の力 とは神秘 よる差 と文化 による差が示唆するのは,布が自 立の仕方, させ方 と密鞍 な関係があるというこ とである. この密接な関係 は文化 によって異な る様相 をしめす ことは日本 とアメリカの例か ら もわかる. さらに,布 は,人間の一生の各段階 でそれぞれに,ある一人の人間の生 き方に密接 な関係があることが暗示 されている. この意味 合いか らすると, これ まで とってきた考 え方の 道筋 を高齢者 にもあてはめて考 える必要がある ことが理解できる.アメリカの高齢者センター でボランティアをしなが ら行 った長期 フィール ドワークの経験か ら布 に関わることについてケ ースをここでは提示することはできないが,介 護の場面で も, 日常生活の場面で も検討すべ き 興味深い事柄があ りうることを指摘 しておきた い( 佐野 ・藤田1988). 布 と自立 との関係 は,人間の一生 とかかわる だけでな く,地域や国の独立 ・自立 を目指す動 きの中にもある. その一端 は,ガンディーが糸 紡 ぎに着眼 し,粗布であるカーディをイギリス か らの独立 とイン ド再生のシンボル として使い 的な力ではな く,人間が生 きてい く上で必要な 力の ことである. 続 けた ことにみ られ, この 3月に私の研究室か ら巣立 った那須久代の研究 (1999)に詳 しい.同 ( 357) ポ ‡ 鞘 鞘 ‡糊 文 献 1 9 9 5 ) ・タロノン, ウイ) )アム ;r 変貌す る大地』勤革書房( ・佐野敏行 ;「 人類学的非言語行動研究の視点」 ,F 民族学研究』 5 1 巻 2号2 0 0 21 3 頁( 1 9 8 6 ) ・佐野敏行 ;「 贈 り物 としての下着 :アメ リカにお ける衣生活 の文化分析」 ,F 衣生活』3 5 巻 3号3 8 4 5 貢( 1 9 9 1 a ) ・佐野敏行 ;「 ガラージセール,古着,そしてジェンダー ー米国 コ ミュニティーにおける消資財の再循環 とその文化的意味」 『 家政学研究』3 7 巻 2号 7 1 7 9 頁( 1 9 9 1 b) ・佐野敏行 ・藤田其規子 ;「 老人の 『 場J と役割- コミュニティ の コンテクス トにおける民族誌的分析」,F 民族学研究。5 3 巻 3号3 1 0 2 0 貢( 1 9 8 8 ) ・那扇久代 ;「 ガ ンディーのカーデ ィ創出 とイ ン ド再生-粗布 をめ ぐって」奈良女子大学修士論文( 1 9 9 9 ) ・ワイナ- とシュナイター編 ;r 布 と人乳 ドメス出版 ( 1 9 9 5 ) ・Be l de l ma n・T・ 0・andFr e dR・ My e r s ,Obi t ua r y Anne t t e We i ne r . Amer l C anAnE hr o po l o gz s t ・ Vol1 0 0 . NO37 5 7 7 5 9 . ( 1 9 9 8 ) 繊消誌 1 5 ・Fr a k e ,Cha r l e sO ;Ho wt oe nt e raYa ka nhous e I nM ,e ds,S o c t o c ul t ur alD men s 1 0 nS Sa nc he sa nd1 3 Bl ount o fLan gu a geUs e Ne w Yor k.Ac ade ml CPr e s s .pp2 5 4 0 . ( 1 9 7 5 ) ・FuJ l t a,Mar l ko and Tos hl yuk lSa n°,Chl l dr e nl n Amc r l C ana ndJa pa ne s eda yc ar ec e nt e r s Et hno gr a phy a ndr e f l e c t l VeC r o s s C ul t ur li a nt e r vl e Wl ng l nHe nr yT Tr ue ba& C De l ga doGa l t an( e d s. ) ,Sc ho o landSo c i et y Ne l VYor k,Pr a e g e r pp7 3 9 7( 1 9 8 8 ) ・Mc De r mot t ,Ra yP.,ki dsma kes e ns e Unpubl l S he dPh. D dl S S e r t a t l On,De pa r t me nto fAnt hr opo l ogy,St a nf o r d Unl Ve r S l t y. ( 1 9 7 6 ) ・Mi l l e r .Da nl e l,Gr o a nsf r o m aBoo k s he l fNe w Bo o k s ure a nd Cons umpt l O n Jour nalo f l n Ma t e r l alCult Mat e r i alCul t ur eVo 13 ( 3 )3 7 9 1 3 9 1 . 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