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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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「闇のあとに」―自存について―
加茂, 映子
京都大学医療技術短期大学部紀要 (1981), 1: 127-136
1981
http://hdl.handle.net/2433/49250
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
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時の流れは悠久 であ り,人の一生 はその流れ に浮かぶ, うたかたに過 ぎない。 とはいえ, いやそ
死」 はいつの時代 にも文学の主題であった。「男」 と 「女」はいつの時代 に も
れゆえに,「生」 と 「
戦 い,愛 しあって きた。「生」 と 「
死」,「男」 と 「女」の問題 は,人類がその終駕をみない限 り,
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年 5月受付,同年 8月受領
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京都大学医療技術短期大学部紀要 第 1号 1
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文学の主題であ り続 けるであろう。
エイ ドリア ン ・リッチ (
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9-)は, その詩や散文 において これ らの問題をは じ
め, 自然,宇宙,歴史,芸術 さ らに色 々な差別,女性解放,母性の問題などを取 りあげて きた。 そ
して人間相互 の関係 や,人間を取 り巻 く事象 との関係 を洗 い直 し,正 しいあ り方を探 り, その歪み
をただそ うと して きた。 とりわけ,女性の本然の姿を知 り,男 と女の関係の歪みをただす ことは,
早 くか らリッチにとって重要な問題であった。
本稿 において は, 父への挽歌である 「闇のあ とに」(
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題を, そ して父 と娘 とい う観点か ら 「男」 と 「女」の問題の一端を考察 したい。
エイ ドリア ン ・リッチの父, アーノル ド・リッチは医師であったが,文学 にも造詣 が深 く, ヴィ
ク トリア朝の文学作 品を多 く所蔵 して いた。父 は愛娘, エイ ドリア ンに才能を見 出 し,彼女 は少女
時代か ら父 に励 まされ,導かれて詩を書 き始 めた。 エイ ドリア ンもまた父の期待 によ く応える優秀
な娘であ った。 「父 の手 引きで, ブ レイク, キーツ, テニ ソン, アーノル ド,ス インバ ー ンなどに
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親 しみ, ラ ドク リフ大学 においては, 優 等 生 の 団 体 で あ る フ ァイ ・ピーク ・カ ッパ (
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)に属 し,す ぐれた成績で学士号を得た。 卒業を控 えた1
951年 にW.H.オーデ ンに認 め られ
て処女詩集 『
世界の変化』(
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d)を出版 した」1
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。父の影響 は甚大であった。
0年の間ひ とりの特定の男性 のため
生前の父 と リッチ 自身 との関係 について, リッチは 「私 は約2
に詩を書 いたのです。彼 は私の作品を批評 し,立派だ とはめて くれ, そのために私 は自分が本 当に,
特̀別な才能 を持 っだ 人間であるとい う自信を抱 くよ うにな りま した。 それだか ら当然私 も彼 に
喜んで もらいた いと, いやむ しろ,悲 しませてほな らないとい う思 いで詩を書 いて きま した2
'
」 と
述べて いる。 父 との このような関係 は, リッチの 内に父-の限 りない敬愛の気持をは ぐくんでい
ったが, また同時 に無意識の うちに自己を抑圧す る結果 とな ったのである。成人 した リッチが,父
の死 に際 して父の存在の意味をどのように認識 し, また実感 したかを,以下 において考察 してゆ き
た い。
第四詩集 『
生 に不可欠な もの』(
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)に含 まれ る 「闇のあとに」は,1
964年, リッ
5才の時 に書かれた父-の挽歌である。
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あなた は眠 りつづ け私 は見守 る
いの ちの老木 よ
その死 をひそか に願 った こと もあ る老人 よ
もうあなたを揺 り起 こす こともで きな い。
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29-
京都大学医療技術短期大学部紀要 第 1号 1
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81
回転す る レコー ドの溝 もあとわずか
蓄音機 の針が盤 を こす るかすかな音 は
私の胸 を こなごなに砕 いて しまう。
なん とおそろ しい レコー ド/何年 も何年 も
それ は語 りつづけた,私 につ きまとい
異国の言葉でで さえ何度 も何度 も
語 りかけた,私 はあなたを知 っている
あなたが 自身を知 るよ りよ く 私はあなたを
知 っている
あなたが自身を
知 るよ りよ く 私はあなたを
知 っている
ついに私 は不具にな り,私 は
足 をひ きず って立 ち去 った,根 こぎにされて,
丸一年 というもの歌 うこともせず,
生 まれ変 わ り,新 しい息吹 きを吸い込み,
子供達 を産み,言葉 にな らない思 いは溢れ,
壁 に残 るあなたのメネ
テケルを
聴 くことも読む ことも忘れて 日は過 ぎ,
ある朝 目覚 めて知 った
私があなたの娘であ ることを。
えに し
血の縁 は聖なる毒。
今, あなたは退却す る,要請 もないの に。
私た ちはただや っつけてや りたい
すで に私た ちの方がや られているのだが。
今,か らだ中に生気満 ちわた る私 は
-
ああ,-
何 とか して-
私た ちの
戦いの終 りを認 めた くないのに。
私の両の手の凹みにあなたを守 り包んで
いるようだ, それ もやがて消え去 ってゆ く。
あなたの思 い出が うすれゆ き私の不徹底な態度 を懲 らしめて くれ ることもな くなる時,
世界 に開 く上げ下げ窓の吊 り綱 が切れ る。
大 きな音 をたてて窓 は落 ち
閉 じて しまう。私 はた きぎ置場か ら
焚付 けの粗菓 を取 って きて
-1
3
0-
加茂映子 :闇のあとに
もう一度窓を支えよ う。
私 は世界を守 ろ うと思 う。
第 1部 は各連 4行か ら成 る1
0連 によって構成 されている。
第 1連 において, エイ ドリア ンは臨終の父 に ò
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節 くれ立 った
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'には 「あがないをなされた キ リス トの十字
老父の体躯 は 「
老木」 と呼ぶにふ さわ しい。 だが t̀
。「系図」や 「系譜」 の意味 もあ る。聖書 にあるよ うに,t̀reeoflife' はその実が
架 」の意味がある
限 りなきいの ちを与えるとい う 「いの ちの木」を意味す る3)。父 はいのちの源泉であ り, その娘で
ある リッチは父が もた らした実であることを今, リッチは悟 る。一方,かつての父 は 「その死 をひ
そかに願 った こともあ る」 と リッチに言わせ るほど圧倒的な存在であった。父の,男 と して,家長
としての力は彼女 を圧迫 しつづけた。力の権化であ った父 は, もう目を覚ます ことがない。死 を迎
すべ
えようとしている事実の前 には誰 も為す術がな い。 自然の力 に逆 らうことはで きない。第 1達 にお
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d'が行を接 して, しか も行の始 まりにおいて くり返 され ることに注 目 したい。 リッチが父
いて ò
の中に見たふたつのイメージ-
生 のイメージと死のイメージ-
を これ らの ò
l
d'が止場す るが
ゆえに。
しずまりゆ く,父の最期の息づかいは,音が消えたあとも未 だ レコー ドの溝をめ ぐってたて る,
蓄音機の針のかすかなひび きに似ている。 レコー ドが同 じ音色 を くり返 し奏す るよ うに くり返 しき
か された父の言葉 は, リッチの内部で何度 も再生 されて きた, 「私 はあなたを知 っている
あなた
が 自身を知 るよりよ く-・
」 と。
第 4連の後半 か ら第 6連 において は,父の抑圧のためにいわば死 に顔 した リッチの自己回復の過
程が述べ られている。 m̀a
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ẁokeup'などの言葉か らわかるように, 自立の道 は身体的体験 を経てはじめて開けたのであった。
リッチには関節炎の持病があ り,先年来 日 した時4'にも足をひ きず るように演壇 にや って きたが,
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d'は リッチ白身の足の故障の こと,父の抑圧 と, その結果 としての父か らの離別の後の自立
の苦悩, さ らに l̀
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mp'には 「詩などの韻律が乱れ る」意味 もあることか ら,彼女が詩作の意欲や能
力 さえ失 った ことなどを表わ していると考え られ, また最後の意味 は第 5達 の S̀t
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や c̀
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'とも関連づけ られ る。t̀
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'について もまた,ふたつの解釈がな
され得 る すなわ ち, リッチの自己が父 によって根 こぎにされ, そ こなわれた とい う意味 と,父の
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)の根か ら離別 した とい う意味 と。 そ して このふたつはともに,彼女が 自立のために経
なければな らない体験であ った。
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953年, リッチは- -ヴ ァー ドの経済学者, コンラッド (
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詩 において リッチは結婚の ことを とりたてて述べていない。 àne
えに し
の再生を うた う彼女の自立の認識 を推進 したのは,父以外の男性 との縁を得た ことよ りもむ しろ,
3人 の息子たちを世 に送 り出 した母 と しての体験であったように思われ る。1
955年か ら 2年 ごとの
出産 と育児 は リッチに精神的な, また時間的な余裕をほとん ど与 えなか った。 3番 目の子供を妊娠
中の 1
95
8年 8月の 日記 には 「極度の気のふ さぎと身体の疲労を感 じない朝 はほとん どない5
'
」と
記 されているが, 実際, 第 1子を出産 した1
955年 に第 2詩集 『ダイヤモ ン ド磨 き工 その他の詩』
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) が出版 されて以来, 第 3詩集 『義理の娘 のスナ ップ写 頁』
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nLaw)の出版 まで に 8年の隔 りがある。 しか し, この苦闘の 日日の間
に抑圧者 としての父の影響 は次第 に遠のいていった。
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'はカルデア人の王, ベル シャツアルに くだされた予言の言葉である.神か
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京都大学医療技術短期大学部紀要 第 1号 1
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,『
「メネ」
とは,神があなたの治世 を数えて終 らせ られた とい うことです』 (
ダニエル書, 5章 ,2
6節),『
「テ
ら送 られた手 の指が王の宮殿の塗 り壁 に書 いた文字, メネ, テケルを予言者ダニエル は
はか
ケル」 とは, あなたがはか りで量 られて, 目方の足 りないことがわか った とい うことです。
』(
ダニ
エル書, 5章 ,2
7節) と解 き明か した 。 その夜, ベル シャツアルは予言通 り殺 され, メデ ィア人ダ
リヨスがその国を受 け継 いだ, と聖書 は伝えている。
リッチにとって,父の言葉 はダニエルのそれのように深い洞察 に満 ち,娘を掌握 した。 だが リッ
チは父の強い影響 を乗 り越え,父の言葉を忘れ ることがで きるようにな った。 ここには,苦闘のあ
とに得た自立 に対す る誇 りの気持 さえ感 じられ る。
一方, メネ, テケルはベル シャツアル王の治世の終 りを予言 した ものであ るので,父の言葉を忘
れた リッチは,父が 自身の退却 を予言 していたにもかかわ らず, 自立の道 に専念す るあまり,来た
るべ き父の死 について思 いいた らなか った ことを後悔 しているとも解釈で きよ う。
えに し
ある朝 目覚 めて, リッチは父 との縁 を悟 った。 この認識がどのような過程を経て起 ったかについ
て は,一言 も述べ られていない。ただ, この時 リッチが父の娘であるとい う自己の運命 を受 け入れ
る境地 に達 した ことは明 らかである。 「目覚 める」 とい う意志 によ らない現象 と 「知 る」 とい う認
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識の働 きとを結合す る第 2,3行 はま ことにすぼ らしい もの と私 には思われ る。 そ して次行 B̀l
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えに し
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血の縁の持つ業の深 さがみごとに表現 されている。
これまで父 とのかかわ りの経緯を思 い返 して いた リッチは,今,ふたたび現実 に引 き戻 され る。
第 7達以下,第 1部 の後半 において,彼女 は父の存在の意味の大 きさに思 いいた るのである。
第 7, 8連 において,今,父 と立場を運転 し,生の優位 に立つ リッチは,時の力 に抗 うことはで
きないと知 りなが らも,何 とか して父 を生か し,父 との意義ある戦 いを続 けてゆ きたいと思 う。 永
いとお
久 に去 ってゆ こうと している父 はかけがえな く貴 い。両の掌の凹みに包み込んで慈 しみたい思 いさ
えす るのであるが,死 は喪失であ り, 目の前 に横たわ る父を別の形 に して手許 にとどめてお くこと
はで きない。ただ,父の存在 の意味 を受 け継 いでゆ くはかない。
第 9,1
0連 において,父 は リッチの最 も身近かな外界 として把起 され る。 父 とのかかわ りがな く
なることは外界 に開 く窓が閉ざされて しま うことを意味す る。 リッチは突 っかい棒で窓を支えてふ
たたび開けよ うとす る。外界-
それ は彼女 にとって戦 いの場であ り,今後 もそ うなのだが-
外
界 に対 して彼女 は怖 れず 自己を開 こうとす るだけではな く,それを守 って い こうとさえす るのであ
る。
「生 に不可欠 な もの」 は 「闇のあとに」 と同 じ第 4詩集 に含 まれ, そのタイ トル とな っている詩
であるが, この詩 において も,苦境 と戦 い,乗 り越 え, その世界で生 きてゆ こうとす る 「私」の決
意 に, リッチの開かれた自己意識を,彼女を取 り巻 く世界 に対す る積極的な姿勢を読み取 ることが
で きよう。
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32-
加茂暁子 :闇のあとに
この世界で生 き抜 こう
うな ぎのよ うに敏捷 に行動 し,
キ ャベツの よ うに頑強 に。
父が生 を終えた今,彼女が世界 との意義あ るかかわ り-
戦 い, かつそれを守 ること-
つづけることによって,父 の存在 は意味 あるもの とな るであろ う。
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33-
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京都大学医療技術短期大学部紀要 第 1号 1
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さあ, 幽閉の獄屋 か ら出よ う冥界 の捕縛 か ら.
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かつて はあなたが入 ることをねが った この墓所 を
おとな
私 は何度 も訪 い,胸 か き抱 き,唇 をかん だ
あなたの 口ぶ りその ままにわれ知 らず
いと
-
愛 しの娘 よ-
私 は想像 した
とつぶや くことがな いよ うに
いつの 日か
私 もそ こに坐 り,干 か らび,
髪 は木の根 の よ うに拡 が り
か わ らl
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こわれた土器 はひ ざの辺 りに散 らば り
神酒 はこぼれ,香詰 め木伊乃 の
あなたの傍 らに居 る私 を。
いえ いえ, 出ま しょう。滅 びゆ く槍 の
木立 の問 の散歩道 はまだ残 って います
(
槍 の木 ももう見 られな くな るで しょう)
それ にまだあ ります-
草 も水-
ち
もう昔 の夢 にな って しま った光景 です。
一緒 にそ こに坐 り, お望 みな ら
知恵 くらべを楽 しみ ま しょう
行方知れずの小舟 が,
岸 にぶつか る時 まで。
けし
韓菜 の花 が黄 昏時 に赤 く映 えて います
ま るで畑 の いぶ し火 の よ うに。
あなた は もう私 を見 ることもな くな り
-
今で は夢で しかないのです もの-
で もあなたの不安 は今去 って ゆ きます,
み なも
遠 く,水 面 を吹かれて。
つい にあなたの手 に安 らぎがや って きたのです。
第 2部 は 7達 か ら成 る。 父 は息絶 え,葬 られた。 1-3達 にお いて, リッチは葬 られた父 の許を
去 りがた く,父 と隣 り合 って墓所 に坐 す る自分 白身の姿 さえ想像す る。
生前 の父 の影響 は レコー ドの回転 が止 った はずの今, い っそ う深 く リッチの内部 に彦透 してお り,
思 わず知 らず,父 の呼びか け-
愛 しの娘 よ-
をつぶや きそ うにな る。 父 とのかかわ りの深 さを
彼女 は改 めて認識 させ られ る。 木伊 乃の父 とともに居 る地下 の獄屋 は, しか しなが ら, あま りに も
-1
3
4-
加茂映子 :闇のあとに
怪奇な,潤渇 した,暗黒の世界であ る。 おびえた ジュ リエ ッ トが薬 を手 に して想像 した地下 の納骨
堂 のように。
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第 4達第 1行の Ǹo,l
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,この行 は捕虜 にな った リア王が同 じく捕われの身 とな った誠実 な末
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娘 コ-デ ィー リアに向か って言 う C̀ome
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いやいや, さ, 牢屋へ行 こう)を連想 させ る。 さ らに,Robe
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r も言 って い るよ うに7'
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5達 における父 とふた りだけの夢の世界 を描 いた 「一緒 にそ こに坐 り,お望みな ら知恵 くらべを楽
しみま しょう」 は, 先 の台詞 にす ぐ続 けて リア王が語 る 「ふた りだけで寵 の中の烏 の よ うに歌お
う---祈 った り, うた った り,昔話 を した り」 を思 い起 こさせ るので ある。 『リア王』 との関連 は
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他 にも見出され得 る。 『リア王』 において も父 と娘 は親木 とその枝 にた とえ られ (
ことわり
若 の世代の交代 の理 はエ ドマ ン ドの 口を通 して 「青年 が起 きあが るの は老人 が倒れ る時 だ」(I
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26) と語 られて いる。
い ざな
牢屋へ誘 う リア王 とは異 な り, リッチは父 を黄泉 の国か ら明 るい陽光の下 に連 れ戻 す。槍 の木立
の散歩道 は父 としば しば散策 した ところで もあろ うか。槍 の木 はアメ リカで よ く見 られ る木である
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)のために次第 に滅 びつつあ ると聞いて い る。 リッチ もこの ことを懸念
が,近年病害 (
して いるのであろ う。
彼女の 目に浮かぶ光 景 は, よ り漠然 と した 自然の事物-
草地 と水-
に移 ってゆ く。 へ さきの
ない小舟 は, ど ことも知れぬ死 の国へ漂 いゆ くのか も しれない。波 に浮かぶ この小舟 は死 の象徴 で
あろう。 モルオールに負わ された傷 のために瀕死 の トリスタ ンが従者 もな くただひ とり乗 り込んで
けし
海原 を漂 った,機 のな い小舟 の よ うに8
)
。 黄昏 に赤 く点在す る畢菜 の花 は,生者 はだれ も行 った こ
いぎ
な
とのない黄泉の国-人 を誘 う灯 りの ようで ある。 また この花 は墓地 に植え られ ることが多 い と聞 く。
その成分 は, ひ ととき,人 を この世か ら連 れ出す不思議 な力を持 って いる。 リッチが父 と語 らい憩
うこの夢の国は, しか しなが ら,閉 ざされた地下 の獄屋 とは異 な り, まことにみずみず しく, 明 る
く,おだやかな自然の光景であ る。
父 との別 れは如何 とも しがたい ことであ り,所詮 この光景 も夢 に過 ぎないけれ ど も, リッチに と
って父 と過 ごす このひ とときは鎮魂の意味 を持 って いるので はな いであろうか。死 とは草繁 り水溢
れ る自然 に帰 ること,死 は人間 にとって当然 の帰結 であ る。
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'ほ, 彼女 の詩が しば しばそ うであるよ うに,広 く深
い意味を簡潔な表現 に凝縮 し, この詩を しめ くくるの にふ さわ しい。 「手」の イメージは活力 に溢
れ,行動的な人物 と しての父 を想像 させ る。 しか しその父 も今,生 を終えた。 リッチは感慨 を こめ
てその生の完結 を受 け入れ, たたえ る。彼女 は父の存在 を肯定す るに到 ったのであ る。 この ことは
同時 に,父 とのかかわ り方 を, さ らに リッチ自身を肯定 す ることであ ると考 えて よいで あろ う。
「闇のあ とに」 は 「男」 と 「女」 につ いて はほとん ど問題 に していないよ うに見え るか も知れな
い。事実,「男」 と 「女」のあ りよ うは 「父」 と 「娘」の関係のかげ にか くれて しまって い る。しか
し,「私 はあなたを知 って いる。 あなたが 自身を知 るよりよ く」 と父 が娘 に言 う, 父 と娘 の関係 は
「男」 と 「女」の問題 と無縁で はない。「男」 と 「女」 のあ りよ うや その関係の歪みの原 因 は, 覗
代 まで確固 と して続 いて い る家父長制社会機構 に大 いに帰せ られ るか らであ る。
父 との結 びつ きは この よ うに強力な ものであったが,母の存在 は リッチにとって どの よ うな意味
を持 っていたであろ うか。
彼女 は母 につ いて, 「私が母 と呼ぶべ き女 は私が生 まれ るよ り前 に 黙 らされて しま ったのです」
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京都大学医療技術短期大学部紀要 第 1号 1
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長制社 会 にお いて, 女 は本 然 の 自 己 を発 揮 す る ことが で きず, そ の結 果 , 自 己を わ れ か ら歪 め, 失
いが ちで あ った。 論 文 集 『産 み 出す女 』(
Of W omanBornl
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)は女 の本 然 の姿 を探 求 し, 社会 に よ
って女 が作 られ て きた経 緯 につ いて論 じて い る。 この書 物 は祖 母 メ ア リ ・グ レイヴ リとハ ッテ ィ ・
ライス に捧 げ られ て い る。 リ ッチ 自身 の編 纂 にな り, 「今 も進 行 中 の 自 己の変 遷 の写 実 的 な記 録」
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)は彼 女 に最 も身近 な母 へ レ ンと姉 シ ンシア に捧
げ られ て い る。 こ こ に も リ ッチの, 女 性 - の熟 いね が い と共 感 とが感 じ られ るの で あ る。
文
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*テキス トは Adn'
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*シェイクス ピアか らの引用はすべて TheWo
Lo
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n,1961 による.
年 9月 1日発行)を用いた.
*聖書か らの引用については 「
聖書」 (日本聖書刊行会,昭和45
1)加茂映子:『アメ リカ女流作家群像』福田陸太郎編著,33
6P.
,寂 々堂,京都 ,1
980.
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2節 ;ヨハネの黙示録22章 2節.
3)創世紀 2章 9節, 3章2
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)ェイ ドリア ン ・リッチは1978年11月か ら12月にかけて来 日し,12月 2日京都国際会館会議場 において 「
女に
生まれて-母性の闇をさ ぐる」 と題 して講演を行な った.
5)Adn'
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,p・151・
8)『トリスタ ン ・イズー物語』第 2章,ベデイエ編,佐藤輝夫訳,岩波文庫.
9) Adn'
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女が生んだ男な ら,どんな武器を振 りまわそうとせせ ら笑 ってやるぞ)と言 っている。追いつめられたマク
ベスが,それで もなお,おれば魔女か ら特別の力を授か ったので,並の男ではないのだぞという思 いにすが
って,いきまいてみせるのだが,この台詞は明 らかに女性に対する侮蔑である。 シェイクス ピアが侮蔑的に
用いた この言葉を, )ッチは女性の有する,女性のみの有するカ-
破壊の力ではな く,存続の力を表わす
言葉 として,表題 に用いた。たとえ月満ちて生まれようと,またマクダフのように月足 らずで 「
女の腹を引
人はみな女か ら生まれる」 ことは真理なのである。
き裂いて」生まれよ うと,「
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36-
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