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共和党内の移民制度改革論争について 共和党内の社会・宗教保守主義

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共和党内の移民制度改革論争について 共和党内の社会・宗教保守主義
共和党内の移民制度改革論争について
共和党内の社会・宗教保守主義者に注目する
法学部 3 年 細井啓佑
1
序
2005 年 12 月、米国下院は、不法移民の滞在と不法移民への援助を刑法上の重罪(felony)
化し、同時に米墨国境上に 700 マイルのフェイスを建設することを主な内容とする
H.R.4437 を可決し、上院に送付した。これに対して、上院の共和党マケイン議員、民主党
ケネディ議員は過激なアプローチとして非難し、米国内に既に滞留している不法移民 1200
万人については罰金の支払い、過去支払うべき税金の納付、過去犯罪歴のない事、英語が
流暢である事、市民教育を受けることなどを条件として市民権を与えることなどを内容と
する法案を起草した。H.R.4437 の送付を受けて、翌年 3 月には上院司法委員会で移民制度
改革についての審議が始まったが、そこではこのマケイン=ケネディ案を軸に議論が進ん
だ。
そんな中、下院の移民制度改革コーカス(IRC)の委員長トム・タンクレド議員は、上院
司法委員会のサム・ブラウンバック議員を名指しで非難した。曰く、
「サム・ブラウンバッ
クが気に入らないような(不法移民に対する)アムネスティ(恩赦)などない。ブラウン
バックの過去のアムネスティへの悲惨な投票行動を踏まえると、彼に大した期待をするこ
とはできないが、ブラウンバック上院議員には、是非ご自身の選挙民の声に耳を傾けて頂
き、是非このプラン(マケイン=ケネディ法案)に反対票を投じてもらいたい。i」と。結
局ブラウンバックはマケイン=ケネディ法案に賛成し、8 人の民主党議員と 4 人の共和党議
員の賛成により、12 対 6 でマケイン=ケネディ案が上院司法委員会を通過した。
非常に興味深いのが、タンクレドとブラウンバックが共に共和党員であり、そして共に
その中の社会保守派ii(Social Conservative)に近い立場をとっているにもかかわらず、二
人の不法移民問題をめぐる立場がかくも異なっていることである。しかも、タンクレドは、
H.R.4437 を下院で成立させた一大原動力となった移民制度改革コーカスのリーダーを務め、
またブラウンバック議員は、2005 年の段階でマケイン=ケネディ法案の共同提案者となっ
ているなど、二人ともこの問題にコミットをしていたのである。
本稿では、共和党の保守派、とりわけ社会保守派・宗教保守派と呼ばれる議員たちが、
なぜ不法移民問題について立場を分けるのかについて、2005 年から 2006 年にかけて盛り
上がった移民制度改革論議を一つの素材にしながら考えたい。
2
トム・タンクレドと移民制度改革コーカス
共和党のトム・タンクレド下院議員は、不法移民問題の最強硬派として広く名を知られ
ている。タンクレドの議員活動は、ほとんど不法移民問題を軸としていたといってよい。
250
1976 年にコロラド州下院議員に当選し政治家生活の第一歩を踏み出したが、その後一期目
にも関わらず、移民に対する多言語教育に対する反対運動を組織するなど、その後のタン
クレドの政治的な志向はこの頃からみられる。1998 年に下院議員選挙に初当選してすぐ、
1999 年には不法移民問題の解決を目指す移民制度改革コーカス(Immigration Reform
Caucus, 略称 IRC)を設立した。
タンクレドの政治戦略は、端的にいえば、自らのわずかな政治的資源を不法移民問題へ
の関心喚起に集中させて不法移民問題の優先順位を高め、かつ移民に対して強硬な解決案
を盛んにアピールすることによって自らへの注目度を高めて、不法移民対策をめぐる政治
ゲームの主要プレーヤーとなり、政治家としての実績と評価を得ることにあった。しかし、
IT バブルに沸いた 90 年代の米国社会は不法移民に対しても比較的寛容であり、タンクレド
的な強硬論への支持は広がらなかったiii。共和党の有力議員からの関心も薄く、タンクレド
は典型的な「やかましいバック・ベンチャー」であった。
決定的な転機は 9・11 であった。これ以降米国国内で「国土防衛(Homeland Security)」
の重要性が盛んに論じられるようになり、タンクレドはハイジャックの実行犯が米国国内
に観光ビザで入国した点と米墨国境からの不法移民流入が盛んである事をリンクさせ、不
法移民問題の対処を国家安全保障の問題として訴えるようになった。この時期テロ事件を
受けて米国経済が低迷に向かった事も相まって、タンクレドの立場への支持が徐々に広ま
り始めた。2004 年 12 月には、下院の情報機関改革法案に、反移民的な内容の修正を加え
ることに成功した。
勢いに乗ったタンクレドは、2004 年にチーム・アメリカという PAC を設立しiv、タンク
レドの強硬な移民対策に賛同する政治家への資金供給を行える体制を整え、そして 2005 年
2 月、2008 年の大統領選への出馬を目指す事を表明した。そして 2005 年 12 月には、下院
司法委員会委員長センセンブレナーに、不法滞在と不法移民に対する援助を刑法上の重罪
(felony)とする事を主な内容とする法案を提出させることに成功した。この時の状況は、
タンクレドの「共和党指導部からの電話を、この 2 日でその前の 6 年よりも多く受けてい
る」というコメントがよく言い表していたv。当初 10 人前後しかいなかったメンバーを 92
人に増やした IRC は、センセンブレナー案に、米墨国境に全長 700 マイルのフェンスを建
設する事、米国国内で生まれた不法移民の子供には市民権を付与しない事を内容とする修
正を加えることを主張し、700 マイルのフェンス建設を内容とした修正のなされたセンセン
ブレナー案が下院で可決、上院に送付された。
3
「宗教保守主義者」ブラウンバック
ブラウンバックは、1994 年にカンザス州から下院議員に初当選した。ちょうどギングリ
ッチ率いる共和党が、約半世紀ぶりに民主党から下院多数党の座を奪い取ったその年であ
った。しかし、ブラウンバックはギングリッチの起草した「アメリカとの契約」への署名
を拒んだ。その理由は、アメリカとの契約が余りに急進的だったからではなく、あまりに
251
生ぬるいものだったからであるというvi。それほどまでにブラウンバックは極端な「小さな
政府」主義者であった。その後ブラウンバックは教育省、商務省、エネルギー省等を廃止
する提案をし、それは当然失敗したものの、保守期待の新星として名を挙げていった。
1996 年カンザス州選出上院議員補欠選挙に当選し、98 年には再び当選した。
ブラウンバックは、2002 年以来「プロ・ライフ/プロ・ファミリー」の価値観を信奉す
る議員と関係団体との定期的な会議、バリュー・アクション・チーム(VAT)の議長を務め
ているvii。VAT には、家庭問題研究協議会(Family Research Council)
、イーグル・フォ
ーラム、クリスチャン・コアリションなど、最有力と目される宗教保守団体が参加してい
る。しかも、VAT は性格上極めて閉鎖的で、参加者の発言は基本的にオフ・レコであり、
各団体内部に対しても、会議の内容を漏らす事は許されず、あたかも陰謀結社のごとくで
あるviii。この様な団体の議長としての地位を足がかりに、ブラウンバックは「宗教保守にも
っとも近い議員」としての地位を確立していった。つまり、ブラウンバックはこの VAT の
場を活用して参加団体からのインプットを受け、これを踏まえて自身の政策を練り上げる
と同時にその方針の参加団体への浸透を図ることで宗教保守と緊密な関係を築き上げ、同
時にこういった参加団体への共和党の同僚議員からのアクセスは、ブラウンバックが独占
的に仲介することで、自身の議会内での地位を高めていくという戦略であるix。
このような地位を得たブラウンバックは、もっぱら宗教保守の利益の代弁者として活動
をしてきた。彼の提案した法案でまず有名なのは、
「胎児の感じる痛みを啓発するための法
律(Unborn Child Pain Awareness Act)
」であり、またジャネット・ジャクソンの衣装が
脱げてしまった放送事故を受けた、わいせつな放送事故に対し放送局に科す罰金を増額し
た「放送における風紀強化法(Broadcast Decency Enforcement Act)
」を提案したのもブ
ラウンバックであった。また、結婚を男性と女性との結婚であるとの定義を挿入する憲法
修正(結果的に同性婚は憲法違反となる)を支持している。
さらに、ブラウンバックは同時に人道主義的なアメリカによる海外への介入を訴える運
動を進めており、例えば 2004 年にはスーダンの難民キャンプを訪問し、ダルフール紛争を
ジェノサイドと主張して、それ以来ダルフール紛争の解決の為のアメリカの関与の重要性
を主張し続け、
「ダルフール平和と説明責任法(Darfur Peace and Accountability Act)」の
上院での提案者となった。また、中東問題については、ハマスとパレスチナ暫定自治政府
の解体、中東における 2 カ国共存構想を拒否するイスラエル右派のベニー・エロン氏の提
案に賛成するなどの動きを見せている。他にも北朝鮮の人権状況にも関心を示すなどして
いるが、中東問題はもとよりダルフール紛争も、多くのキリスト教徒が犠牲になっている
という事で、宗教保守主義者の関心の強いテーマであり、当然にこれらの活動に当たって
は VAT との緊密な連絡があったものと考えられる。
4
福音派とカトリック
チーム・アメリカのウェブサイトには、イーグル・フォーラムxという社会保守主義団体
252
のウェブサイトのリンクが張られているが、この団体は、VAT の常連とされているxi。つま
り、タンクレドとブラウンバックの支持基盤は、尐なくともその一部が重なるのである。
第 2 章と第 3 章とでそれぞれ、タンクレドとブラウンバックの政治活動の特徴を追ってき
たが、この 2 つの章を踏まえると、不法移民問題での両者の立場の違いは、ブラウンバッ
クの「思いやりのある保守主義者」としての信念の延長線上として、不法移民へも温情あ
る手を差し伸べるべきと考えるところから生じるということになる。しかし、共和党員は
多くが不法移民に批判的だし、ブラウンバックが支持基盤とする社会保守主義的な勢力も、
多くはやはり不法移民を嫌うがゆえに、多くの宗教保守団体もマケイン=ケネディ法案を
支持はしなかったしxii、タンクレドの IRC にも、多くの社会保守・宗教保守主義に近い議
員が参加しているxiii。にもかかわらず、なぜ?という疑問は強まる。
実はブラウンバックは、2 度宗派を変えている。ブラウンバックの両親はメゾディスト派
であり、ブラウンバックもメゾディスト派の教会に属したわけだが、結婚したのち福音派
の教会に通い始めた。そして 2002 年、カトリックに改宗した。ブラウンバックはその改宗
の理由を、癌におかされたこと、マザー・テレサやローマ教皇ヨハネ・パウロ 2 世に感化
されたため、と説明している。しかしながら、そういった心情的な理由があったとしても、
同時にこの説明を額面通りに受け取る事は完全にはできない。というのも、ブラウンバッ
クのカトリックへの改宗の際の代父は、当時下院議員だったリック・サントラムxivであり、
しかもサントラムもブラウンバック同様、宗教保守に近い社会保守主義者であったからで
ある。加えて、熱心なカトリック信者であり、カトリックの信仰をビジネスに取り入れよ
うという趣旨の経営者団体レガトゥスを設立するなどしているドミノ・ピザの創業者トー
マス・モナハンは、2002 年にブラウンバックと知り合って以来ブラウンバックの最重要ス
ポンサーになっている事xvも、ブラウンバックの改宗が単純な信仰上の行動としては説明し
きれない事を強く示唆している。
この改宗を政治的に捉えなおしてみる。40 年前には、プロテスタントからカトリックへ
の改宗は、米国政界ではハンディキャップにしかなりえなかった。しかし、現在ではむし
ろポジティブな効果も期待できるという。というのも、現在ではプロテスタントのうちの
福音派(Evangelicals)は、それ以外の長老派、米国聖公会派、メゾディストといったメイ
ンライン・プロテスタントよりも政治的なスタンスはむしろカトリックに近く、キリスト
教の教義の問題はともかく、社会的なイシュー(中絶や同性婚の問題等)については互い
に協力しようとすることに、抵抗感はそれほどないxvi。そして、2007 年現在、福音派は全
米人口の 28,6%、カトリック派は 24,5%をそれぞれ占めておりxvii、無論信者として国勢
調査の際回答した者のうち社会保守・宗教保守派として見なしうるのはそのごく一部では
あるにせよ、カトリックと福音派との懸け橋となりうる立ち位置は、社会保守主義に支持
基盤を置くブラウンバックにとっての貴重な政治的資源と言える。実際、ブラウンバック
は毎週日曜日に早朝カトリックのミサに出席し、その後妻子の参加している福音派の礼拝
に途中合流を繰り返す事を盛んにアピールしているxviii。
253
移民問題に話を戻す。
(不法)移民として数多く流入するヒスパニック系住民の多くはカ
トリックxixであり、ヒスパニック系住民すべてが不法移民に対する強硬策に反対するわけで
はないがxx、それでも現在ヒスパニック人口の大半を占め、しかも人口増加率の大きい移民
1 世ないし 2 世世代は、比較的親・不法移民的である。社会保守主義的な政治意識を持つ層
から、カトリック・プロテスタントを問わず幅広く支持を集めたいブラウンバックからす
れば、この層を分裂させかねない不法移民問題は、あまり言及したくない問題であった。
実際、2007 年の大統領予備選挙のキャンペーンを通じてブラウンバックが強調したのは、
「神の国アメリカは世界の中で特別な存在である」
「故にアメリカは世界にアメリカ的価値
観を輸出する必要がある」といったことであり、アメリカの人道上の危機が生じている諸
地域への介入を主張してナショナリスティックな福音派の有権者にアピールし、
「アメリカ
的な」価値観、生活スタイルの擁護を謳い反中絶・反同性愛の姿勢を取って宗教保守的な
有権者に訴えかけ、そして「神への愛は隣人への愛に通じる」と述べ、不法移民問題につ
いては、諸外国の人権を抑圧された人々、囚人xxiなどと不法移民を同列において、彼らにも
「思いやりの心」をもって、温かい手を差し伸べる事が必要だ、という言及の仕方をする
だけであった。
2006 年 3 月の上院司法委員会の採決においてブラウンバックはマケイン=ケネディ案に
賛成票を投じ、マケイン=ケネディ案の共同提案者にもなったが、その後の上院本会議で
の採決に向けて共和党内で展開された妥協案作成に向けて積極的に動いた様子はうかがえ
ないxxii。もちろん、親不法移民的なマケイン=ケネディ案に反対することは、移民制度改
革に重大な関心を持っていたヒスパニック系のカトリック信者を自分から離反させること
になるから避けざるを得なかったが、しかし彼らには、ブラウンバックがマケイン=ケネ
ディ案に賛成したという事実だけでアピールが可能であり、それ以外の有権者に対しては、
マケイン=ケネディ案への賛成への言及は極力控え他のテーマでのアピールを重ねようと
したと、理解すべきであるxxiii。
5
タンクレド・IRC メンバーとカトリック
第 4 章ではヒスパニックのカトリック人口が、アメリカの社会保守・宗教保守主義にと
って重要な存在である事を指摘したが、今度はでは何故タンクレドが、かくまでにこうし
た人口を自らの支持層から排除しようとするのかが疑問として浮かぶ事になる。
が、第 2 章を踏まえると、その答えは単純であろう。タンクレドは一年生議員から頭角
を現すために、不法移民の排斥というテーマを選び、そのテーマの注目度を上げることで
自分の政治的地位を高めていく戦略を選択した以上、その軸にそって自分の政治的立場を
一貫させる必要があった。確かにヒスパニック系のカトリック人口はタンクレドの支持層
になり得たかもしれないが、しかしそれと不法移民の流入に怒る白人保守派の有権者を選
ぶかは、選択の問題である。実は、タンクレドはもともとカトリック信者で、後にカトリ
ックから福音派に改宗をしていたのだが、この行動も彼の政治的戦略と整合的に解釈でき
254
るxxiv。しかし、彼の立ちあげた 92 人(2005 年 12 月時点)の IRC のメンバーにとっては、
タンクレドではなくむしろブラウンバックの路線に向かう余地もあったはずである。IRC
のメンバーの大半は、右派社会保守主義者・宗教保守主義者から成っているというxxvのだ
から、この疑問はさらに深いものになる。
しかし、この IRC メンバーには、あまり目立たない(low-profile)議員が多く所属して
いるといわれているxxvi。また、不法移民問題が、不法移民による大規模抗議行動の頻発に
よって全米の関心を集めていた 2006 年 4 月の世論調査をみてみるとxxvii、
「あなたは、アメ
リカは、不法移民の流入を防ぐために十分な取り組みを行っていると思うか?」という問
いに対して、そう思う:21%、そう思わない:75%という結果が出ている。確かに、「移民
法の強化を進めるアプローチと、移民法の強化と短期就労制度とを組み合わせたアプロー
チのどちらが好ましいか?」との質問に、前者が 30%、後者が 63%と回答し、
「罰金を支払
い、5 年以上アメリカに滞在し、また過去支払うべきであった税金を納め、英語を話せ、か
つ過去犯罪歴のなかった不法移民に、アメリカでの滞在と労働を許すべきか否かxxviii?」の
質問に、許すべしが 74%、許さざるべしが 23%という結果も出ており、世論の大勢は、明
らかに IRC の強硬姿勢よりははるかに穏健である事が分かるが、しかし一般にある政策課
題の現状に不満を抱いていればいるほど、その有権者にとってのその政策の優先順位は高
くなるし、現状に不満を持つ者ほどより多く投票する傾向にあるから、この様な世論調査
の結果をみた「あまり目立たない」議員たちが、不法移民問題について強硬姿勢をとるの
は、合理的であると考える事ができる。加えて、不法移民問題への関心は、共和党員の方
が民主党員よりも高いxxix。実際、H.R.4437 への下院議員への賛否を左右した要因について、
計量分析の手法を使って分析した研究によればxxx、その議員が共和党員である、という事
とその議員が 1 期目の議員である、という事とその議員が H.R.4437 に賛成票を投じた事と
の間の関係は有意であるという。
これらのことから、全米の世論の動向として、選挙区ごとに当然ばらつきはあるにせよ、
全般的に政府の不法移民対策に対して不満が抱かれている状況において、自身の選挙区に
おける地盤が余り安定していない共和党議員は、不法移民問題については反・移民的な姿
勢を取らざるをえない、といえるように思われる。逆にブラウンバックは、2004 年に選挙
を終えて 2006 年の段階では任期切れまで残り 4 年あった事、上院における宗教保守派支持
議員の第一人者と目されるなど、一定の政治的地歩を固めていた等、自身の政治的基盤が
強かったがゆえに、マケイン=ケネディ法案に賛成することができたのかもしれない。
6
まとめ
一般的に、共和党の政治家にとっては、移民問題はアンタッチャブルである。というの
も、共和党の支持層を分裂させかねないからである。つまり、「古き良きアメリカ」に郷愁
を抱く保守層、安価な労働力として不法移民の流入を歓迎する経済界、そして 2000 年、2004
年大統領選挙でブッシュ氏が開拓に努めてきた、保守的なヒスパニック系の支持者の 3 者
255
をバラバラにしかねないからである。
もう尐し守備範囲を狭めて、本稿のテーマであった社会保守派・宗教保守派を基盤とし
ようとする議員たちについて考えてみれば、問題は現在は多数を占めるが将来的にその割
合が縮小していくことが分かり切っている白人保守派の立場に立って厳格な移民管理政策
を主張する立場に立つか、今はそれほどでもないが今後その割合の増大が見込まれるヒス
パニック系の住民に配慮して不法移民に寛容な立場をとるか、のバランス問題になるが、
政治的な基盤の安定しない議員たちにとっては、将来を見越したバランスをとるまでもな
く、不透明な次期選挙の当選に向けて政治活動を進めなくてはいけないため、特に共和党
員による予備選挙の事を考慮すると、不法移民問題について、プロ・イミグラントな姿勢
をとる余地は小さいと考えられる。
さらに、ゆくゆくは有力な政治家として名を挙げようと考えているような政治家につい
て言うと、いかなる形で名を挙げるか、言い換えれば自分の「売り」の政策課題と政策ス
タンスをいかなるものにするかを固める必要があり、その主張すると決めた政策課題・ス
タンスと、移民問題をめぐる政策スタンスは整合的である必要があるから、この点にも各
自の移民政策をめぐる立場は左右される。
それにしても、ブラウンバックは「福音派とカトリックの懸け橋」という希有なポジシ
ョンを勝ち得、それがブラウンバックの移民問題をめぐる立場に反映されたと考えられる
のだが、それが「希有」である所以はなにか、そしてにもかかわらずブラウンバックがそ
ういった立場に立つ事が出来た理由はどこにあるのか、これは今後の検討課題であるが、
何か共和党保守派自体の構造と、保守派と移民問題との関係をさらに読み解くカギが潜ん
でいるかもしれない。
256
i US Fed News Service, Including US state news “Rep. Tancredo to Sen. Brownback: just say no to amnesty” March
2st, 2006
ii 何らかの、国として実現を期すべき道徳的価値を想定し、その道徳的価値の実現のために国家が果たす役割を積極的
に肯定する立場。アメリカではキリスト教的価値観と結び付いており、宗教保守と相当程度重なり合う。具体的には、
妊娠中絶反対、同性結婚容認反対等を主張する。
iii Right web “Immigrant Reform Caucus” last updated: March 12th, 2007
iv “FEC Electronic Filings by TEAM AMERICA PAC”
v M.E. Sprengelmeyer, Rocky Mountain News. “Debate on immigration bill in Congress please Tancredo”
December 16th, 2006
vi Jeff Sharlet “God‟s Senator” Rolling Stone, February 9th, 2006
vii バリュー・アクション・チーム(VAT)は、1998 年に下院議長のトム・ディレーによって設立された。Republican
Study Committee “Information about the value action team”
viii Jeff Sharlet “God‟s Senator” Rolling Stone, February 9th, 2006
ix Jeff Sharlet “God‟s Senator” Rolling Stone, February 9th, 2006
x 「プロ・ファミリー」を団体の理念として掲げる。中絶反対、多言語教育反対、公立学校での性教育に反対、専業主
婦の「フルタイム・ハウスメーカー」としての役割を支持の立場をとる。
xi The weekly standard “Mr. Compassionate Conservative” August 7th, 2006
xii Knight Ridder Tribune Business News “Christian ask: can you love thy neighbor but deport him, too?” April
28th, 2006
xiii Right Web http://www.rightweb.irc-online.org/profile/Immigration_Reform_Caucus
xiv Washington post “Who runs gov / Sam Brownback”
xv Tribune News Service “Domino‟s Pizza founder tosses money, influence to Sen. Brownback” December 15th,
2005
xvi New York Times “The „Hypermodern‟ Foe; how the Evangelicals and Catholics joined forces” May 30th, 2004
xvii 2008 Statistical Abstract of United States
xviii The weekly standard “Mr. Compassionate Conservative” August 7th, 2006
xix ヒスパニック人口の約 70%がローマ・カトリック信者であり、22%がプロテスタントであるという。
Miguel A. De La
Torre “Religion and Religiosity” 2008
xx 例えば、カリフォルニア州で不法移民への公共福祉サービスの利用をほぼ全面的に禁ずる提案 187 号が住民投票に
かけられた際、ヒスパニック系住民の約 3 割はこれに賛成した。
xxi ブラウンバックはキリスト教的な受刑者社会復帰プログラムの導入を推進していた。
xxii この時積極的に妥協案作成に動いた共和党議員は、マケイン、マルティネス、ヘーゲル、スペンサー。フリストな
どであり、逆に強硬な姿勢を取り続けたのはキール、コーニンらであった。
xxiii ブラウンバックに近い VAT の定例会合に参加していた宗教保守、社会保守主義団体にしても、立場はブラウンバ
ック個人と同様であった。移民制度改革問題が俎上にのぼっていた 2006 年 4 月 27 日、VAT にも参加していた家庭問題
研究協議会(Family Research Council )主催のパネルディスカッションに参加した 8 団体のうち、2 団体は団体とし
て移民問題についてはコミットしないと答え、1 団体は「全体のコンセンサスとしてまず国境警備の強化を行い、しか
る後に今いる不法移民に対処すべきという雰囲気はある」と述べつつも、やはり公式にコメントは出していないとした。
Knight Ridder Tribune Business News “Christian ask: can you love thy neighbor but deport him, too?” April 28th,
2006
xxiv The Denver Post “Tancredo slams pope on immigration” April 17th, 2008
xxv Right web “Immigrant Reform Caucus” last updated: March 12th, 2007
xxvi Right web “Immigrant Reform Caucus” last updated: March 12th, 2007
xxvii New York Times, March 14th, 2006
xxviii マケイン=ケネディ案が上院司法委員会を通過した後、共和党保守派との妥協を図って 4 月 5 日頃にまとまった
ヘーゲル=マルティネス案に沿った内容である。
xxix Joseph Carroll “Republicans, Democrats differ in views of nation's top problems” April 6th, 2006
xxx Joel S. Fetzer “Why did house members vote for H.R.4437?” The international Migration Review, Fall 2006
257
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