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学位論文名 社会的アイ デンティ ティ理論の再検討と集団内互恵性
博士 (行動科 学)神 信人 学位論文 題名 社会的アイデンテイテイ理論の再検討と集団内互恵性 に関する実証的研究 学位論文内容の要旨 本 論文は 、現在の 集団行 動研究に おいて 大きな影 響カを持っている社会的アイデンティ テ ィ研究 の限界を 示し、 集団行動 における 相互依 存性研究 の重要 性を指摘 するために、7 つ の実験 を行って 、社会 的アイデ ンティテ ィ理論 の妥当性の検討、代替説明原理の提案と そ の妥当 性の証明 、さら に、より 一般性の ある新 しい理論の構築とその妥当性の検討を行 っ ている 。社会的 アイデ ンティテ ィ・アプ ローチ は、集団状況におかれた個人の行動を社 会 的アイ デンティ ティの 高揚(自 己高揚動 機)と いう観点から説明するものである。すな わ ち、こ のアプロ ーチで は、集団 とは同じ ラベル (社会的アイデンティティ)をもつ個人 の 集合体 に過ぎず 、各集 団成員は この社会 的アイ デンティティを高めることを目指して行 動 するの だと説明 する。 この理論 は、当初 、内集 団バイアス(内集団ひいき)の説明原理 と して提唱され、その後、その適用範囲はきわめて広範囲の集団現象へと拡張されている。 し かし、 こうした 社会的 アイデン ティティ 研究の 繁栄に対し、筆者は、@社会的アイデン テ ィティ 理論が現 実の集 団間コン フリクト の解決 に対して有益な指針を提供できない、◎ 集 団とぃ う概念が 単なる 個人のラ ベルと同 一視さ れ、集団内・外に存在する相互依存性の 研 究が疎 かにされ ている 、の2点を指摘 する。 そこで、 筆者は 、集団間 コンフリ クトの原 因 として 社会的ア イデン ティティ 理論が説 明を試 みた内集団バイアスに的を絞って、利得 構 造を用いて内集団バイアスを測定する方法で、実証的に論を進めている。実験の多くは、 社 会的ア イデンテ ィティ ・アプロ ーチの中 心的な 実験パラダイムである、最小条件集団実 験 にもと づぃて行 われた 。 第1 章 ・ 序 に 続く 第2 章 では、ま ず社会 的アイデ ンティ ティ理論 が登場 する以前 の内集 団 バイア ス研究に ついて 触れ、こ れまで提 唱され てきた内集団バイアスについての説明原 理 を概観 している 。それ から社会 的アイデ ンティ ティ理論を導きだした最小条件集団実験 研 究を紹 介し、さ らに社 会的アイ デンティ ティ理 論の内容とその特徴について解説してい る 。次に 、社会的 アイデ ンティテ ィ理論を 支持す る様々な知見と、この理論が社会心理学 界 に与え た影響に ついて 述べてい る。第3章で は、社会 的アイ デンティ ティ理論 の理論上 の 限界と 、最小条 件集団 実験の方 法論上の 問題点 を検討することを通して、内集団バイア ス につい ての代替 理論構 築の糸口 を探って いる。 第4 章 では、 最小条件 集団にお ける内集 団 バイア スの代替 説明原 理として コン卜ロ ール幻 想仮説を提唱し、社会的アイデンティテ イ 理論と コントロ ール幻 想仮説の 比較検討 をおこ なったー連の実験研究について記述して い る。 複数 の実 験結 果は 、次 の諸点を明らかにした。すな わち、a .社会的アイデンテ ィ テ ィ理論は、内集団ひいきの社 会的評価の側面には適用できるが、利得分配などの行動 面 の 内集団ひいきを説明できなぃ こと(筆者は、現実の集団問コンフリクトにおいて重要 な の は、差別的認知である内集団 評価ではなく、差別的行動である内集団ひいきであり、 解 明 すべ きは この 内集 団ひ いき のほうである、と主張する) 。b .内集団ひいきは自己高 揚 動 機に 基づ くと いう Ta feIの主 張に対し、むしろ内集団ひいき行動は後ろめたい行動と 見 な されており、したがって内集 団ひいき行動はその行動が正当化できるときに多く出現 す る こと 。c. この 理論 が立 脚し た最小条件集団の実験状況が理論提唱者の主張するよう な mini ma lc on di ti on といえないこ と。すなわち、幻想であっても(直接ではないが)何ら か の かたちで自己にはね返ってく る(双方向依存性)ことが期待される場合のみ、内集団 ひ い きがおこっており、実際、コ ントロール幻想を保持する被験者だけが内集団ひいきを お こ なっ てい るこ とが 示さ れた 。また、第4実験からは、最小条件集団における内集団ひ い き が集団間格差を志向するとは 限らないことが明らかにされた。このことから、内集団 ひ い きを集団問競争の産物として とらえる社会的アイデンティティ理論の論拠が、一般に 考 え られている以上に不確かなこ とが示された。さらに「コントロール幻想仮説」は発展 を 遂げ、「集団協 カヒュリスティクス」、という概念に辿り着く。これは集団に所属すること で 喚起 され る“ 集団 内互 恵性 の 期待 ”で あり 、1種の 学習 された信念体系である。第5章 で は、「集団ヒュリスティクス 仮説」の理論的背景を解説するとともに、内集団ひいき は 行 動主体が行うだけではなく、 他者にも内集団ひいきを期待していることを実験で確か め て いる 。第 6章で は、 集団 ヒュ リスティクス仮説が、最小条件集団状況のみならず、社 会 的 ジレ ンマ 状況 にお いて も有 効であることを、2つの実験を行って検証している。これ ら の 実験では、Ta jf el らが使った 利得分配マトリックスではなく、社会的ジレンマ研究で 一 般 的に 使わ れて いる 囚人 のジ レンマタイプの利得構造を用 いている。。第6 実験では、 社 会 的ジレンマ状況において、外 集団成員よりも内集団成員に対して協力的になるのは、 内 集 団成員に対する互恵性期待が 外集団成員に対する互恵性期待よりも強いためであるこ と が 示さ れた 。第 7実験 では 、集 団アイデンティティ効果を説明するためにこれまで提唱 さ れ てきた他の説明(心理的距離 による説明、社会的アイデンティティによる説明、内集 団 ス テレオタイプによる説明)と 、集団ヒュリスティクス仮説の比較検討をおこない、集 団 ヒ ュリスティクスの妥当性が検 証された。最終章では、対集団行動を合理的選択の文脈 の なかで解釈する ことの有効性を示し、集団ヒュリスティクスは、`現実の集団状況における 各 種の相互作用から経験的に獲 得されてきた行動方略であり、対集団関係では内集団に 協 カ することが自己利益にっなが る合理的選択として解釈できることを論じている。そし て 最 終 的 に は 、 対 集 団 行動 研 究 に お け る 相 互 依 存 性 の 重 要 性 に 言 及 し て い る 。 学位論文審査の要旨 主 副 副 副 査 査 査 査 教 教 教 教 授 授 授 授 篠 山 金 梶 塚 寛 美 岸 俊 男 勇 子 景 昭 原 学 位 論 文 題 名 社会的アイデンテイテイ理論の再検討と集団内互恵性 に関する実証的研究 本論 文の最 大の学術 的貢献 は、現在 、社会 心理学の集団行動研究において大きな影響カ を持 ってい る社会的 アイデ ンティテ ィ研究の 限界を示し、集団行動における相互依存性研 究の 重要性 を再び明 らかに したこと にある。 学界で多大な勢カを持っている理論に反論す る の は困 難 を 伴う ものだが 、神氏は 多面的 な切り口 で、社 会的アイ デンテ ィティ理 論の 限界 を指摘 し、論点 を1 っ づっ実 験結果で 裏付け ながら自 論を展 開する。 それらの実験仮 説の 構築、 実験計画 、実験 結果の解 釈・考察 は緻密で堅実、論旨は一貫している。したが って 、これ らの数多 い実証 データの 蓄積を見 る限り、氏の論述は十分な説得性を持ってお り、 学界で 勢カを持 ってい る強カな 理論への 批判研究としての本論文の試みは成功したと いえ る。ま た、既存 理論へ の批判と 同時に、 より妥当性が高く広範な適用が可能な代替理 論の 提出は 、学界へ の貢献・インパクトが大きいと評価できる。研究のim p l ic a ti o n の論述 箇所 に多少 、不徹底 さは残 るが、氏 は論文の 中で、既存理論の批判だけに留まらなぃ広い 視野 で研究 の位置づ けをし ており、 今後の研 究の広がり、展開が十分期待できることを明 確に 示して いる。 氏は 、本論 文の内容 と直接 っながる 4 つの 論文を すでに公表(うち3 点が審査付き論文) し て おり 、 こ のテ ー マ で 学会 発 表 を、 国 内6回、国 外2回の計8回行っ て、そ の研究内 容 につ いては 高い評価 を受け ている。 以上 の こ とか ら、 本審査委 員会は 、神信人 氏が研究 者とし て十分な 能カを 有するこ と を 認 め、 こ の 申請 論文は、 博士(行 動科学 )の称号 を授与 するにふ さわし いと認め た。 - 3―