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ジェンダー・アイデンティティの社会的構築-ある性転換

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ジェンダー・アイデンティティの社会的構築-ある性転換
Nara Women's University Digital Information Repository
Title
ジェンダー・アイデンティティの社会的構築−ある性転換者の自己
物語とその社会学的考察− : 内容の要旨および審査の結果の要旨
Author(s)
中塚, 朋子; 八木, 秀夫; 栗岡, 幹英; 中島, 道男; 森岡, 正芳
Citation
博士学位論文 内容の要旨および審査の結果の要旨,Vol23,pp.119124
Issue Date
2006-08
Description
博士(学術),博課第302号,平成18年3月24日授与
URL
http://hdl.handle.net/10935/1699
Textversion
publisher
This document is downloaded at: 2017-03-31T13:56:51Z
http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace
氏 名 (本 籍 )
中塚 朋 子
学 位 の 種 類
博士 (
学術)
学 位 記 番 号
博課第 3
0
2
号
学 位授 与年 月 日
平成 1
8年 3月 2
4日
学 位 授 与 の要 件
学位 規 則 第 4条第 1項該 当
(
山口県)
人間文化研究科
論 文 題
目
ジェ ンダー ・ア イ デ ンテ ィテ ィの社 会 的 構 築
-あ る性 転 換 者 の 自 己物 語 と そ の社 会 学 的考 察 -
論文審査委員
(
委員長) 教授
八 木 秀 夫
教授
栗 岡 幹 英
教授
中 島 道 男
教授
森 岡 正 芳
論 文 内容 の要 旨
社会は 「
男」 と 「
女」 という二元性を前提 とした性別観によって成 り立 っている0本論文はそのよ
うな二元論的性別観がある一定の秩序 として構成され、それが人びとの ジェンダー ・アイデンティティ
の形成にどのように影響を与えているかを、女性か ら男性へ性別を変更 したT氏の 「自己物語」の考
泰を中心に杜全構築主義の理論的方法を用いて検討 したものであるD
序章 「ジェ'
/ダー .アイデンティティをめ ぐる自己物語-の接近」では、著者が問題 とする 「
性同
一性障害」の現象と 「
牲同一性障啓」をめ ぐる一連の活動で重要な役割をにない本研究 における主要
j
:
されるC同時 に、著者の視座と方法が、M.
フーコーの影響を受け
な調査対象であるT氏の紹介がJ
バ トラ-の ジェンダ- ・アイデンティティ論、A ン ユツツの影響を受 けた PL.
バーガーとT.
J
L
・
y
たJ .
クマンの社会構成主義、n ガ ー フィンケルのエスノメ ソ ドロジーの方法論 にもとづ くものであ ると
著者の思想的系譜が明らかにされる。
第 1部 「
1
至論 と方法」第 1章 「ジ1ンダー ・アイデ ンティティ論の検討」では、本研究の基本的概
念であるジェンダー ・アイデンティティの定義、その概念の成立過程、理論的枠組みの変遷過程が明
らかにされる。 まず、先行研究の検討からジェンダー ・7イデ ンティティの概念が 「
性差」の議論を
生物学的なものか ら引き離 し、社会や文化 による構成的なものへと転換するために フ ェ ミニズム理論
家たちによって戦略的に持 ち込 まれるにいたる成立の過程が示され、次に、その概念 を発展 させた J
バ トラ-や荻野美穂による理論が詳細に/
J
)析検討 されるoそこか ら本研究における著者の基本的視点、
すf
j
:
わち 「いわゆる r性差J
)と呼ばれる差異が r社会的秩序』として重要な意味を持つ限 り、r
性差』
」
⊥
と して特定の差異 を際立 たせ なが ら身体 は構築 され る。 そ して、 そのよ うな性 の二元制 の もとで構轟
された身体、つ ま り rジェ ンダー化 された身体J を人 びとは生 きて いるということになる」が示 され
る○本章 の後半 は,本研究 の調査 の主要 な対象者 であ るT氏の活動 にとって重要 な課題であ る 「性同
一性障害」概念 を定義す る活動 の検討 を行 って いるO そ こで は、医学的言説が人 びとの自己定義や性
別観 に与 え る影響 と問題性つ いて詳細 な分析 が行 われて いる0
第 2章 「自己物語論 の換討」 は、 この論文 の方 法論 を明 らか にす る葺 で ある。CW ミルズの 「
動
生活誌」
機の語褒論」を中心 に自己物語を形作 る動機 の語嚢 を明 らかにす るとともに、E ゴフマ ンの 「
の概念の検討 を通 して著者 による 「自己物語」 の概念 が示 され る。著者 の理論枠組みの基礎が提示さ
れている章である。
方法論 の検討」 は、前 2章 を踏 まえ、 ジェ ンダー ・アイデ ンティテ ィをめ ぐる自己物語を
第 3章 「
考案す るための方法論 を検討 した ものである。 自伝的 テクス トに示 された作者 の ジェンダー ・アイデ
ンテ ィテ ィが、 テ クス ト外 でな され る他者 との相互行為 に影響 を受 けるとい う本研究の中心的論点が
提示 され る0
調査」 は、第 L部 で検討 された方法を用 いて、 あ る性転換者 T氏の ジェンダー ・アイデ ン
第 2部 「
テ ィテ ィの構築 の過程 とそれに関連す る諸 問題 を検討 し分析 した ものである。
第 4章 「自己物語 の構成 とその変容 (1) - ジェ ンダー ・アイデ ンテ ィテ ィの医学 的言説 -」 は、
T氏の 自伝的 テクス トの分析 によ って性転換 に関す る意味づ けの形成 と変容 を 「性同一性陣等」 とい
男」 と しての ジェ ンダ- ・アイデ ンテ ィテ ィは
う医学的言説 を中心 に分析 した ものである。 T氏 の 「
終始一旦 した ものであ るが、 自分が 「男」 であることを説明す るための語集 は、他者 との相互行為を
通 して変容す る。 また、他者 との相互作用 と、新 たに猿得 された語集 によ って自己物語か再構築 され
てい く過程 が分析 され る。
軍「自己物語 の構成 とその変容
第5
(2) - ジェ ンダー化 され る身体 -」 では前章 で行 った自伝的
テクス トによ る分析 をイ ンタビューによ って得 られた語 りによ って再 検討 した ものである。
第 6軍 「自己物語 の榊成 における記憶 と記録 - ジェ ンダー ・アイデ ンテ ィティと写真 -」 は自己物
語 を構成す る記憶 と記録 の関係 を、写実 とい う記録娘体 を とお して分析 した ものであ る。写真 は記憶
に対 して 「物質的な厚み」を与え るものであ り、 f
j
:
おかつ写真 という媒体 を通 して 「
記憶」 と 「
記録」
は再構成 ・再解釈 されてい く。本章 はその課程 と、それが個人的 な記憶 のみな らず他者 の記憶 を も再
構成 してい く過程 を分析 した ものであ る。
第 7等 「自己物語の構成 と生宿誌 的作業 - ジェ ンダー ・アイデ ンテ ィテ ィの規範性 -」 は個人 をと
りま く人 びとの記憶 や記録の存在 が 自己同一性 や ジェ ンダー ・アイデ ンテ ィテ ィの維持 に寄与 して い
ることを分析 した もので あ る。個人 は他者 によ って提供 され る生活誌的情報 を参照 し自 らの自己物語
を構成 してい くのであ るが、他者 に自己の同一性 を期待す るがゆえに ジェ ンダー ・アイデ ンテ ィテ ィ
l
h
は題範 としての性格を持つ ことを示 しているO
第
8章 「自己物語の構成 とその言己述- ジェンダーかされた身体を生 きる-」では、T氏が語 る自己
物語の分析を行 うとともに、 自伝的テクス トを書 くこととそれを読むことについて、 アクティブ ・イ
ンタビューの方法論 の検討 も含めて分析 している。
終章ではジェンダー ・アイデ ンテ ィティの社会的構築の研究についての総括をお こな うとともに、
今後の課題 と展望を示 しているD
⊥
論 文 審 査 の結 果 の要 旨
社会は 「
男」あるいは 「
女」 というカテゴリーによって人びとを二分するよ うな性別観の もとで成
り立 っている。本研究はそのよ うな二元論的性別論が一定の秩序と して成立 している社会で人はどの
ようにそのカテゴ リーを参.
q しなか ら人生を形づ くっているのかを、社会的構築主義の立場か ら、あ
る性転換者丁氏の自伝的テクス トの分析 とイ ンタビューによって明 らかに しよ うとした ものである。
第 1章 「ジュンダー ・アイデ ンテ ィティ論の検討」は 2つの部分か ら成 り立っO前半 は本研究の基
本的概念であるジ&ンダー ・アイデ ンティティの成立 とその理論的枠組みの変遷を明 らかに したもの
である。概念の成立過程 について、その概念が J
.
バ トラーや萩野美延 の理論 によって発展 させ られ
てきた過程が撒密に分析されている。 そこか ら、蛙的二元論のもつ反転的性格、言説 と身体の関連に
関す る著者独 自の視点、「いわゆる r
性差」 と呼ばれ る差異が r
社会的秩序J として重要 な意味を持
つ槻 り、r
性差J
lと して特定の差異を際立 たせなが ら身体 は横幕 され る。 そ して、 そのような性の二
元制の もとで構築 された身体、つまり rジェンダー化 された身体Jを人びとはqf
_
きているということ
になる」が導 き出され る。第 l章前半部分において著者が ジェンダー ・アイデンティティ論の理論的
考案 において豊富な知識丘 と優れた分析能力を もつ研究者であることが示 されている。
性同一
第 1章の後半部分は、本研究の硝査の対象者であるT氏 の活動 にとって重要な課題である 「
性障嘗」の定義宿動の過程を豊富 な蒐集資料を駆使 して分析 したものである. ここでは著者が ジ ェン
ダー ・アイデ ンティティ論に関す る便れた理論家であるだけでな く「
性同一性陪誓」 というきわめて
現実的で実践的な問題 をあつか うにふ さわ しい社会的事象に対す る鋭 い批判臆力 と分析能力を もつこ
とが示 されている。以上のように既に第 1章 において著者が社会学研究者 にとって必要 な理論構築能
力 と調査笑顔能力の両側面 において優れた能力の持 ち主であることが示 されている。
第 2章 「自己物語論の検討」 は、 この論文の方法論を明 らかに した章である。 そこではまず C.
W
ミルズの動機の語柔論が、 自己物語諭を語 る社会学の基本視座を象徴する理論 と して枚討 される。 そ
こで動機が個人の内部でな く外部に存在す ることを明 らかに した上で、著者 はF
I
己同一性の維持を身
体性でな く他者か らの承諾に依存する営みだと指摘す る。 さらに浅野智彦に依拠 しなか ら、 自己物語
論の位置づけを行 う。 しか し、単なる紹介 に留 まらず、挽野の 「
語 り得ない もの」 についての議論を
批判 しなが ら徹底的に自己の外部 に自己物語の参将点 を兄いだす構築主義的なライフス トー リー分析
の方法論を作 り上 げている.
第 3章はジェンダー ・アイデ ンティティをめ ぐる自己物語を考察するための方法絵を検討 した もの
であるD社会学の先行の諸業績を丁寧に分析 しつつ、生活史研究 としてF
l
己頼定 したうえで、本研究
L
I
Z
:
-
を方法論的に特徴づける自伝的テクス トの分析およびイ ンタビューについて乱 圧した検討を加えてい
る。 とりわけ、 自伝的テクス トで呈'
示される作者の ジェンダー ・Tイア ンティティが、テクス ト外で
なさTLる他者および読者 との相互行為に影響を受 けるという本研究の中心的絵 島が、前 2章の理論的
分析を踏まえて説得力ある議論で示 されている。第
1部の 3つの章 によって、本研究が、単なる現代
的な トビ・
Jクスについての調査であるだけでな く、社会学の新 しい動向を踏まえたす ぐれた理論研究
でもあると評価できる。
芳 江部
第 4宰
調査
は第 1部の理論 に もとづ く謁査研究である。
「自己物語の構成 とその変容 (1) -ジェンダー ・7イアンチイチイの医学的言説 -」は、
T氏の自伝的テクス トの分析 によって性転換に関する意味づりの形成 と変容を 「性同一性障害」 とい
う医学的言説i・
中心 に分析 したものである。
性転換を正当化す るためには性 に関する自己認知 、T氏の場合は 「
男」であることの自己認知、を
終始首尾一貫 したものとして自らを納得 させることと同時に、「他者か らの承認」 を得 ることが必要
である。本章 では T氏が、 自らを納得 させ同時に他者を納得 させ るために 「
男」であることを説明す
る語柴が他者 との相互作用や、T氏が取 り組む課題の変化 とともに変容 していく過程が分析 されてい
る。著者 はT氏の自己物語の分析 において、 1、 自己物語 はその時々の課題 によって新たに再構成 さ
れていくものであり、 2、「自覚 されていない動機」が他者 との相互作用の過程で 「真の動機」 とし
て自らの中に組み込まれてい くものである、 とい う自己の理論 の正当性を証明 した。著者 の理論が
「語 りえない もの」 に関する本質論議に影響力を もつであろ うことは疑問の余地がないC また、他者
との相互作用の過程で変容 L再構成 され るT氏の自己物語の力動的分析 は読むものを故 くひきつける
ものであ りス トー リ-テラーとしての著者の高い能力をJ
T
tす もので もある。
第 5章
自己物語の構成 とその変零 (2) は、弟 4妾の自伝的 テクス トの分析 にもとづ く研究 に直
接的イ /タビューの結果を加えることによ って、 自伝的テクス トによる分析方法 とインタビュ-にお
けるイ ンタビュー7-とイ ンタビューイ-の相互作用の過程を重視す るアクティブイ ンタt
=
'
ユ-の方
法を実践 した意義ある章になっている。
第 6章では、一部i・
除いて過去の写真を処分 した T氏の行為を出発点 に、記録を手がか りに自己物
語を横集す る過程を分析する。 この章では、 自伝 に基づいてイ ンタビA-を行い、逆 に自伝をイ ンタ
ビューの結果を もとに読み直すという方法が真価を発揮 してお り、臭味深 い結果を得ている。
第 7葦では、相互行為を通 して自己同一性が維持 される方法について、E ゴフマンの生活誌 という
考え方i・
中心 に して検討 されている。生活誌概念 は社会学においてこれまでも注 Elされてきたが、著
者は、 自己の同一性i・
維持するものとしての記位 と記録 という斬新 な側面か ら7 ブローチ している。
先行研究の検討をとお して藷概念が手際よ く整理 されたのち、田有名や身体が個人 を同定 し特定する
ようT
Jt
57
有性や単独性をはじめか ら持 ち合わせているわけではなく、む しろ、情報の複合件 こそが人
⊥
びとの固有性や単独性という信念をもたらしているという注目すべき論点が、周到な理論的分析と輸
密な調査 との統合によって提示されているo生活誌と自己物語が形成 されるr
iかで、 ジュンダー ・ア
イデンティティは規範性を辞びなが ら構築されているという論点が提示 されることで、 ジェンダー.
アイデンティティの社会的構築 という本研究の中心的テーマはより厚みを増 していったといえようQ
第 8葦 は1
1
氏の最新の著書の自伝的テクス トを主な分析対象としながら直接的イ ンタビューによる
分析 との関連 を論 じたものであるが、調査するものと調査されるものの社会学的考察 にとって今後の
示唆に富む内容 を示 したものと して評価できるであろう.
本論文 は、第-に、社会構築主義の思想にもとづ くジ&ンダー ・アイデ ンティティ論の理論的発展
に寄与 し、第二に、自伝的テクス トによる自己物語論に新たな視点を加えたこと、とりわけ、自己物
語が他者 との相互作用のf
lかで再構成 されていく過程、 さらには相互作伺過程において 「
動機の詩集」
が明確にされてい く過程を鮮明に描 き出 したことにおいて高 く評価される。
以上の点か ら、本審査委良会は本論文が奈良女子大学人間文化研究科博士の学位 (
学術)を授与さ
れるにふさわ しいものであると判断する。
・
L
:
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