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過去問分析の方法論【民事訴訟法】
完全征服講座【民事訴訟法等】 過去問分析の方法論【民事訴訟法】 京都校 姫 野 寛 之 ● 平成 14 年度二次試験第2問 ● 訴えの変更に関する次のアからオまでの記述のうち,判例の趣旨に照らして正しいものの組合せ は,後記1から5までのうちどれか。 ア 旧請求と新請求との間に請求の基礎の同一性がない場合には,被告が同意したときであって も,請求又は請求の原因を変更することはできない。 イ 請求又は請求の原因の変更は,著しく訴訟手続続を遅滞させることとなるときは,することが できない。 ウ 控訴審において請求又は請求の原因を変更するためには,第一審の被告の同意を得なければな らない。 エ 請求又は請求の原因の変更は,書面でしなければならない。 オ 裁判所は,請求又は請求の原因の変更を不当であると認めるときは,申立てにより又は職権で, その変更を許さない旨の決定をしなければならない。 1 アウ 2 アエ 3 イウ 4 イオ 5 エオ 【正誤】 本問の正解は,4です。各肢の解説は,各自の過去問集の解説を参照していただくとして, ここでは,各肢の補足説明をしたいと思います。 本問は,訴えの変更にスポットライトを当てて,その手続全般を問う問題ですが,これを利用して 本問において出題されていない訴えの変更に関する知識を整理することは,今後の訴えの変更に関す る問題の出題への対策として,とても有益です。では,始めましょう。 〔アについて〕 旧請求と新請求の間に請求の基礎の同一性がない場合(訴えの交換的変更)でも, 被告が同意したときは,請求又は請求の原因の変更をすることができますが,被告が明確に同意しな くても,異議なく新請求に応訴すれば,訴えの変更が許されます(大判昭 11.3.13,最判昭 29.6.8) 。 また,被告が陳述した事実に依拠して訴えの変更をする場合にも,この要件を考慮する必要はないと 解されています(最判昭 39.7.10) 。 1 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔イについて〕 訴えの変更は,著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは,被告の同意もしく は異議のない応訴があってもできないことには注意が必要です。 〔ウについて〕 ウに関連して,訴えの変更は,事実審の口頭弁論終結前までにしなければなりませ ん(民事訴訟法 143 条1項本文) 。 〔エについて〕 エに関連して,請求の基礎に変更を伴う場合には,変更申立書を被告に送達するこ とを要し(民事訴訟法 143 条3項),これにより新請求について訴訟係属が生じます。 なお,訴え変更による時効中断の時期は,訴え変更の書面を裁判所に提出した時です(民事訴訟法 147 条) 。 〔オについて〕 オに関連して,訴えの変更を許さない旨の決定は,審理を整序するための中間的裁 判であり,新請求を終局的に排斥するものではなく,これに対する不服は終局判決に対する上訴の方 法によるべきとされています。 なお,訴えの変更を適法と認めるときは,その内容に従い,新請求について審判すれば足ります。 【分析】 では,分析です。訴えの変更と比較すべき事項は,「反訴」です。なぜなら,反訴は,原 告に訴えの併合・変更を認めているのに対応して,公平の趣旨から,被告にも同一訴訟手続の利用を 認めるものであるからです。また,反訴により,本訴請求と一定の関連性を有する請求を同一手続で 併合審理することによって審理の重複と裁判の不統一を回避することが期待できるからです。 そこで,本問を「訴えの変更」の問題から「反訴」の問題に作り変えた上で,訴えの変更と反訴を 比較しておきましょう。 2 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔平成 14 年度二次試験第2問「反訴」バージョン〕 反訴に関する次のアからオまでの記述のうち,判例の趣旨に照らして正しいものの組合せは,後 記1から5までのうちどれか。 ア 反訴請求が本訴請求又はこれに対する防御方法と関連しない場合には,原告が同意したときで あっても,反訴を提起することはできない。 イ 反訴の提起は,著しく訴訟手続続を遅滞させることとなるときは,することができない。 ウ 控訴審において反訴の提起をするためには,第一審の原告の同意を得なければならない。 エ 反訴の提起は,書面でしなければならない。 オ 裁判所は,反訴の提起を不当であると認めるときは,申立てにより又は職権で,その提起を許 さない旨の決定をしなければならない。 (選択肢省略) * 下線部は,問題文の単語を変更した箇所を示します(以下,同様) 。 以下,変更後の問題文を検討します。 〔変更後アについて〕 変更後のアは,誤りです。 反訴の要件である,「反訴請求が本訴請求と関連する」とは,訴訟物たる権利の内容又は発生原因 において共通点を有することをいいます。したがって,訴えの変更における請求の基礎におけると同 様,原告(反訴における被告)の同意があれば,問題としなくてもよいのです。 〔変更後イについて〕 変更後のイは,正しいです。 反訴を提起することにより,著しく訴訟手続を遅滞させることとなると,迅速な権利救済を求める 本訴原告の利益が損なわれてしまうおそれがあるためです。 なお,著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは,本訴原告の同意があってもできないことは, 訴えの変更の場合と同様です。 〔変更後ウについて〕 変更後のウについて,正誤を判断することはできません。条文で解答すると 正しく,判例で解答すると誤りとなります。以下,解説します。 反訴は,本訴が事実審に係属し,かつ口頭弁論終結前であれば提起することができます。よって, 控訴審において反訴を提起すること自体は許されます。 3 完全征服講座【民事訴訟法等】 しかし,控訴審において反訴を提起すると,本訴原告の審級の利益を失わせることになりますので, 原則として,本訴原告の同意又は異議のない応訴が必要となります(民事訴訟法 300 条)。この点か らすれば,変更後のウは,正しいということになります。 しかし,判例は,反訴請求につき,第一審で実質上審理がなされている場合には,同意は不要であ るとしています(最判昭 38.2.21)。なぜなら,第一審で実質上審理がなされている場合には,本訴 原告の審級の利益が失われることにはならないからです。 最判昭 38.2.21 の事案は,原告の所有権に基づく土地明渡請求に対し,占有権限として賃借権の抗 弁を提出したところ,抗弁が容れられて第一審で勝訴したが,これを不服とする原告が控訴し,その 控訴審で第一審被告が賃借権存在確認の反訴を提起したというものです。控訴審で提起した反訴の内 容である「賃借権」については,第一審で抗弁として主張されているので,原告の同意を要しないと したのです。 この判例を使って,変更後のウを検討すると,誤りとなります。 このように,条文で考えた場合と判例で考えた場合で正誤が変わることがあります。各肢を相対 的に評価することにより解答するしか方法はありませんが,その肢の問題文が問いたい知識が何で あるかを注意深く検討して解答するようにしてください。 なお,平成 16 年度午後の部第1問ウに,変更後のウと同様の問題が出題されています。 〔平成 16 年度午後の部第1問ウ〕 次の…訴訟行為のうち,相手方の同意を要するものは…。 控訴審における反訴の提起 平成 16 年午後の部第1問は,個数問題であり,相対評価で問題を解くことができなかったので すが,他の肢も条文レベルで解答するものと解されること,及び,問題文に「判例の趣旨に照らし」 との文言がないことから,条文の知識を使うべきだと判断することになります。 〔変更後エについて〕 変更後のエは,正しいです。 民事訴訟法 146 条3項は,「反訴については,訴えに関する規定による」と規定していますので, 反訴の提起は,書面ですることになります。 4 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔変更後オについて〕 変更後のオは,誤りです。 上述のとおり,民事訴訟法 146 条3項は, 「反訴については,訴えに関する規定による」と規定し ますので,反訴の提起の方式には,民事訴訟法 133 条が適用されることになります。その後の手続も, 訴えに関する規定が適用されることになります(例えば,民事訴訟法 137 条参照)。 以上,訴えの変更と反訴を比較してきましたが,これらを表にして整理しておきましょう。 〔訴えの変更(民事訴訟法 143 条)と反訴(同法 146 条)の比較〕 訴えの変更 反 訴訟係属中に原告が当初の訴えによって 意 義 申し立てた審判事項を変更すること 訴 係属中の訴訟(本訴)手続内で,被告か ら原告を相手方として提起する係争中の訴 えのこと ① 請求の基礎に変更がないこと ① ② 著しく訴訟手続を遅滞させないこと ③ 事実審の口頭弁論終結前であること ④ 要 件 防御方法と関連すること ② 訴えの併合の一般的要件を具備してい ること 反訴請求が本訴請求又はこれに対する 本訴が事実審に係属し,かつ口頭弁論 の終結前であること ③ 著しく訴訟手続を遅滞させないこと ④ 反訴の目的である請求が他の裁判所の 管轄に属しないこと ⑤ 反訴請求につき訴えの併合の一般的要 件を具備していること 相手方 の同意 手 続 原則:不要 原則:不要 例外:請求の基礎に変更がある場合は必要 例外:控訴審における反訴の提起は必要 例外の例外:請求の基礎に変更があっても, 例外の例外:控訴審における反訴の提起で 被告が同意するか又は異議なく応訴すれば も,第一審で実質上審理がなされている場 不要 合には,同意は不要 書面 本訴に準じる 5 完全征服講座【民事訴訟法等】 ● 平成 16 年度午後の部第3問 ● 下記の表は,民事訴訟における証人尋問と当事者尋問について比較したものであり,次のアから オまでの記述について,証人尋問又は当事者尋問に当てはまるものには「○」を,当てはまらない ものには「×」を記載している。この表のアからオまでの記述についての「○」と「×」の記載が 共に正しいものの組合せは,後記1から5までのうちどれか。 ア 裁判所は,当事者を異にする事件について口頭弁論の併合を命じた場合において,その前にそ の尋問をした者について,尋問の機会がなかった当事者が尋問の申出をしたときは,その尋問を しなければならない。 イ 裁判所は,弁論準備手続において,その尋問をすることができる。 ウ 簡易裁判所の事件においては,裁判所は,相当と認めるときは,その尋問に代え,書面を提出 させることができる。 エ 裁判所は,職権により,その尋問をすることができる。 オ 裁判所は,大規模訴訟に係る事件について,当事者に異議がないときは,受命裁判官に裁判所 内でその尋問をさせることができる。 証 人尋 問 当事者尋問 ア ○ × イ × ○ ウ ○ ○ エ ○ ○ オ × ○ 1 アウ 2 アエ 3 イエ 4 イオ 5 ウオ 【正誤】 本問の正解は,1です。各肢の解説は,各自の過去問集の解説を参照してください。ここ では,正解を正確な表にして示しておきます。 6 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔平成 16 年度午後の部第3問の正確な表〕 証 人尋 問 当事者尋問 ア ○ × イ × × ウ ○ ○ エ × ○ オ ○ ○ 【分析1】 では,分析を開始しましょう。 先月号で申し上げたとおり,「証拠」は頻出論点であり,また,本問は頻出形式である比較問題で すので,これを踏まえた分析を行う必要があります。 ここでは, 「鑑定」という証拠調べを挙げて,分析をしたいと思います。方法としては,問題を「鑑 定」バージョンに変えてみます。 7 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔平成 16 年度午後の部第3問「鑑定」バージョン〕 民事訴訟における鑑定について,次のアからオまでの記述のうち,鑑定に当てはまるものには 「○」を,当てはまらないものには「×」を記載せよ。 ア 裁判所は,当事者を異にする事件について口頭弁論の併合を命じた場合において,その前にそ の尋問をした者について,尋問の機会がなかった当事者が尋問の申出をしたときは,その尋問を しなければならない。 イ 裁判所は,弁論準備手続において,その尋問をすることができる。 ウ 簡易裁判所の事件においては,裁判所は,相当と認めるときは,その尋問に代え,書面を提出 させることができる。 エ 裁判所は,職権により,その尋問をすることができる。 オ 裁判所は,大規模訴訟に係る事件について,当事者に異議がないときは,受命裁判官に裁判所 内でその尋問をさせることができる。 鑑 定 ア イ ウ エ オ 以下,変更後の問題文を検討します。 〔変更後アについて〕 変更後のアは,誤りです。 鑑定については,民事訴訟法 152 条2項の適用はなく,再尋問が義務付けられません。 なお,民事訴訟法 152 条2項と同旨の規定として,同 242 条,同 249 条3項を挙げることができま す。 8 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔変更後イについて〕 変更後のイは,誤りです。 弁論準備手続の期日においては,証拠の申出に関する裁判その他の口頭弁論の期日外においてする ことができる裁判及び文書の証拠調べ以外は,することできません。 ただし,民事訴訟規則 129 条の2は,弁論準備手続の期日における,鑑定事項の内容,鑑定に必要 な資料その他鑑定のために必要な事項について,当事者及び鑑定人と協議をすることができると規定 しています。 〔変更後ウについて〕 変更後のウは,正しいです。 簡易裁判所においては,裁判所は,相当と認めるときは,証人,当事者本人又は鑑定人の尋問に代 え,書面の提出をさせることができます(民事訴訟法 278 条)。この点は,地方裁判所の場合と比較し ておいてください。すなわち,(地方)裁判所は,相当と認める場合において,当事者に異議がない ときは,証人の尋問に代え,書面の提出をさせることができます(民事訴訟法 205 条)。 〔変更後エについて〕 変更後のエは,誤りです。 鑑定は,証拠調べの一つですから,当事者からの申立てがない限り,裁判所が職権で証拠調べをす ることはできません。 ただし,職権による鑑定が許される場合について明文の規定があることには,注意が必要です(民 事訴訟法 218 条[鑑定の嘱託],同 233 条[検証の際の鑑定])。 〔変更後エについて〕 変更後のオは,誤りです。 大規模訴訟に係る事件における受命裁判官による証人等の尋問の規定(民事訴訟法 268 条)は,鑑定 人の尋問には適用されません。 【分析2】 平成 16 年度午後の部第3問ア∼オ以外にも,証人尋問,当事者尋問及び鑑定で比較す べき事項がありますので,条文(民事訴訟法 210 条,同 216 条)を中心に整理しておくことが分析とな ります。 1問からより多くの事項を確認,そして吸収することができる点も,過去問分析のメリットです。 9 完全征服講座【民事訴訟法等】 ● 平成 12 年度二次試験第2問エ ● AがBに対して提起した貸金返還請求訴訟の係属中に,別訴において,Aが同一の貸金返還請求 権を自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも,重複起訴の禁止の原則は妥当し,当該抗弁を 主張することはできない。 【正誤】 本肢は,正しいです(最判平 3.12.17)。 民事訴訟法 142 条が重複起訴(以下「二重起訴」といいます。)を禁止する趣旨は,審理の重複に よる無駄や複数の判決による既判力の抵触を防止することです。そして,この趣旨は,同一の債権に ついて重複して訴えが係属した場合だけでなく,自働債権として相殺の抗弁を提出する場合も妥当し ます。よって,Aは,Bに対して提起した貸金返還請求訴訟の係属中に,別訴において,同一の貸金 返還請求権を自働債権として相殺の抗弁を提出することはできません。 【分析1】 本問は,二重起訴の禁止に関する問題ですので,本問を演習する前又は後に,テキスト で二重起訴の禁止に関する知識(要件・判例等)を確認しておきましょう。周辺知識・関連事項を整理 するための素材は,過去問とテキストであることを忘れないでください。 併せて,本問以外の二重起訴の禁止の問題(昭和 59 年度二次試験第2問)の演習をしておいてくだ さい。 【分析2】 では,分析を開始しましょう。上記のとおり,本問の分析として,昭和 59 年度二次試 験第2問の演習を挙げましたので,ここでは,平成 12 年度二次試験第2問エを,昭和 59 年度二次試 験第2問2と関連付けて分析したいと思います。 〔昭和 59 年度二次試験第2問2〕 同一債権の数量的一部を請求する前訴が係属中に後訴で残部を請求することは,前訴で一部請求 であることを明示した場合を除き許されない。 まず,平成 12 年度二次試験第2問エを,昭和 59 年度二次試験第2問2の内容と同じ内容の事例問 題に変えます。 10 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔平成 12 年度二次試験第2問エを昭和 59 年度二次試験第2問2と同じ内容の事例問題にした問題 文〕 AがBに対して提起した貸金返還請求訴訟(数量的一部請求であるが,その旨を明示していない) の係属中に,別訴において,Aが同一の貸金返還請求権の残部を請求することはできない。 次に,正誤を判断しましょう。同一債権の数量的一部を請求する訴訟の訴訟物は,数量的一部であ ることが明示されている場合は,訴求された部分に限定されます。しかし,明示がない場合には,債 権の全部が訴訟物となります。そして,明示がない場合には,前訴と後訴で訴訟物が同一であること になり,後訴(問題文の「別訴」 )の提起は二重起訴の禁止に反し,許されません。 では,数量的一部請求である旨を明示していた場合,無条件に別訴における残部の請求が認められ るのでしょうか? 〔平成 12 年度二次試験第2問エを昭和 59 年度二次試験第2問2と同じ内容の事例問題にした問題文 の単語をさらに変更した場合〕 AがBに対して提起した貸金返還請求訴訟(数量的一部請求であるが,その旨を明示している) の係属中に,別訴において,Aが同一の貸金返還請求権の残部を請求することはできる。 判例は,一個の金銭債権の数量的一部請求においてその請求の当否を判断するためには,裁判所は, 債権の特定の一部ではなく,当該債権の全部について審理判断するから,一個の債権の一部について 訴えの提起を認容した場合に,その残部について訴えを提起することができるかについては,別途に 検討を要するとして,残部請求が当然に認容されるものとはいえない,としています(最判平 10. 6.30)。 なお,金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは,特段の 事情のない限り,信義則に反して許されないとされています(最判平 10.6.12) 【分析3】 さらに分析です。上記判例(最判平 10.6.30)は,前訴において数量的一部請求である 旨が明示されている場合においても,当然には別訴における残部請求は許されないとしていましたが, 別訴において,残部を相殺の抗弁として提出することも禁じているのでしょうか?平成 12 年度二次 試験第2問エを使って問題文を作成します。 11 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔平成 12 年度二次試験第2問エをもとにした問題文〕 AがBに対して提起した貸金返還請求訴訟(数量的一部請求であるが,その旨を明示している) の係属中に,別訴において,Aが同一の貸金返還請求権の残部を自働債権として相殺の抗弁を提出 し,当該抗弁を主張することはできない。 この問題点について判断を示した判例がありますので紹介します。 判例は,一個の金銭債権の数量的一部の請求であることを明示して提起した訴訟の係属中に,当該 債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは,債権の分割行使をする ことが訴訟法上の権利の濫用に当たるなど特段の事情のない限り,許される,としています(最判平 10.6.30) 。 残部の請求が認められないにもかかわらず(上記最判平 10.6.12 参照) ,残部を自働債権として相 殺の抗弁として主張することが認められる理由は,相殺の抗弁は,訴えの提起(請求)とは異なり,相 手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり,相手の訴求する債権と簡易・迅速 で確実な決済を図るという機能を有するものであるからです。 12 完全征服講座【民事訴訟法等】 ● 平成 13 年度二次試験第5問エ ● 少額訴訟に関する次のアからオまでの記述のうち,誤っているものの組合せは,後記1から5ま でのうちどれか。 ア 訴訟の目的の価格が 30 万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについては,少額訴訟 による審理及び裁判を求めることができる。 イ 少額訴訟による審理及び裁判を求める旨の申述は,最初にすべき口頭弁論の期日までにしなけ ればならない。 ウ 少額訴訟においては,即時に取り調べることができる証拠に限り,証拠調べをすることができ る。 エ 少額訴訟においては,判決書の原本に基づかずに判決の言渡しをすることができる。 オ 少額訴訟の終局判決に対しても,控訴をすることができる。 1 アウ 2 アオ 3 イエ 4 イオ 5 ウエ 【正誤】 正解は,4です。各肢の解説については,各自の過去問集を参照してください。 【分析1】 本問を使って,頻出論点である, 「特別な訴訟手続」を整理していきましょう。必ず, お手元に六法を置いて検討してください。 〔アの関連事項〕 少額訴訟は, 「金銭の支払の請求」を目的として訴えを提起することができます が(民事訴訟法 368 条1項。なお,平成 15 年改正により,訴訟の目的の価格が 30 万円から 60 万円 に引き上げられたことには注意が必要です。),支払督促は, 「金銭その他の代替物又は有価証券の一 定の数量の給付」を目的として発せられます(同 382 条)。 〔イの関連事項〕 手形訴訟の場合,手形訴訟による審理及び裁判を求める旨の申述は,訴状に記載 してする必要があります(民事訴訟法 350 条2項) 〔ウの関連事項〕 訴訟において証拠調べが制限されている点については,手形訴訟と同様です(民 事訴訟法 352 条)。 13 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔エの関連事項〕 この判決の言渡しは,いつ行われるのでしょうか? 少額訴訟における判決の言渡しは,相当でないと認める場合を除き,口頭弁論の終結後直ちにしま す(民事訴訟法 374 条1項) 。 では,その判決でできることは? 少額訴訟では,判決によって支払を猶予することができます。すなわち,裁判所は請求認容判決の 場合,被告の資力その他の事情を考慮して,判決言渡しの日から3年を超えない範囲内で,支払時期 や分割払いの設定や遅延損害金の支払義務の免除を定めることができます(民事訴訟法 375 条1項)。 この分割払いの設定をした場合には,分割払いの勝訴判決の実効性を確保するため,被告が支払を怠 った場合の期限の利益の喪失について定めをすることとしています(同2項) 。なお,この定めに関 する裁判については不服を申し立てることができません(同3項) 。 ここで,民事訴訟法に定められている似た制度を挙げ,相違点を検討しましょう。 平成 15 年改正で,簡易裁判所の機能拡充を目的として,和解に代わる決定の制度が創設されまし た(民事訴訟法 275 条の2)。この制度は,裁判所は,金銭の支払請求事件において,当事者間に争 いがない場合であって,相当と認めるときは,被告に対し,分割払い等の定めをした上で原告に金銭 の支払を命ずる決定をすることができることとするもので,この決定は,これに対して当事者から2 週間以内に異議の申立てがあれば失効し,異議の申立てがなければ裁判上の和解と同一の効力を有す ることになります(同1項・4項・5項) 。 では,375 条(判決による支払の猶予)と 275 条の2(和解に代わる決定)を表にして比較してみ ましょう。 14 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔375 条(判決による支払の猶予)と 275 条の2(和解に代わる決定)との比較〕 裁判の形式 ① 375 条 275 条の2 判決 決定 簡易裁判所における訴訟の目的の ① 価格が 60 万円以下の金銭の支払の 請求を目的とする訴え 要件 金銭の支払の請求を目的とする訴 え ② 被告が口頭弁論において原告の主 ② 請求を認容する判決をする場合 張した事実を争わず,その他何ら ③ の防御の方法をも提出しない場合 被告の資力その他の事情を考慮し て特に必要があると認めるとき ③ 被告の資力その他の事情を考慮し て相当であると認めるとき 原告の意見を聴 く必要がある なし あり 年数 3年を超えない範囲 5年を超えない範囲 年数の起算点 判決の言渡しの日 か? 決定の告知を受けた日から2週間の不 変期間の経過時 ① 支払時期の定め 内容 ② 分割払いの定め ③ 同左 遅延損害金の支払義務を免除する 旨の定め 不服・異議の申 立てが許される 許されない 許される か? 〔オの関連事項〕 オについていつもの問題文の単語を置き換える方法を使って分析しましょう。な お,下線部は,問題文を変更した箇所を示しています。 15 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔平成 13 年度二次試験第5問オ〕 少額訴訟の終局判決に対しても,控訴をすることができる。 〔過去問の単語変更後の問題①〕 手形訴訟の終局判決に対しても,控訴をすることができる。 〔過去問の単語変更後の問題①〕は,誤りです(民事訴訟法 356 条本文)。手形訴訟の終局判決に 対する不服申立手段として,異議申立てが認められているからです(同 357 条)。なお,一般的訴訟 要件の欠缼に基づく却下判決に対しては,控訴をすることができます(同 356 条ただし書)。 〔過去問の単語変更後の問題②〕 少額訴訟の終局判決に対して適法な異議があり,通常の手続によりその審理がなされた。その終 局判決に対しては,控訴をすることができる。 〔過去問の単語変更後の問題②〕は,誤りです(民事訴訟法 380 条1項)。少額訴訟の判決に対す る不服申立手段は,民事訴訟法 378 条1項に規定されている異議しか認められません。 なお,その他の控訴をすることができないものとして,民事訴訟法 282 条(訴訟費用の負担の裁判 に対する控訴の制限)があります。 〔参考−民事訴訟法 282 条〕 訴訟費用の負担の裁判に対しては,独立して控訴をすることができない。 【分析2】 さらに分析を進めます。少額訴訟の判決に基づく強制執行に関して,平成 16 年に改正 がなされています。 平成 16 年改正法(平成 16 年 12 月3日法律第 152 号)は,少額訴訟に係る債務名義による金銭債 権に対する強制執行は,地方裁判所が行うほか,申立てにより,少額訴訟に係る債務名義が成立した 簡易裁判所の裁判所書記官が行うものとするとともに,この強制執行(少額訴訟債権執行)は,裁判 所書記官の差押処分により開始するものとしています(民事執行法 167 条の2) 。 16 完全征服講座【民事訴訟法等】 ● 平成 14 年度二次試験第1問 ● 次のアからオまでの記述のうち,判例の趣旨に照らしてAAA内に「訴えの取下げ」と「請求の 放棄」のいずれもが入るものの組合せは,後記1から5までのうちどれか。 ア 原告は,離婚請求訴訟においてAAAをすることができる。 イ 第一審の原告が控訴審においてAAAをしたときは,第一審の判決は,その効力を失う。 ウ 原告は,本案の終局判決前にAAAをしたときは,同一の訴えを再度提起することができる エ AAAは,書面でしなければ,その効力を生じない。 オ 被告が本案について準備書面を提出した後における原告によるAAAは,被告の同意を得なけ れば,その効力を生じない。 1 アイ 2 アエ 3 イオ 4 ウエ 5 ウオ 【正誤】 正解は,1です。各肢の解説については,各自の過去問集を参照してください。 【分析1】 本問は,訴えの取下げと請求の放棄の比較問題ですが,ここでは比較する論点を変えて 検討してみましょう。 訴えの取下げと比較すべき論点,それは「控訴の取下げ」です。上記問題文中の「請求の放棄」と いう単語を「控訴の取下げ」に置き換えて検討します(ここでは,「控訴の取下げ」がAAAな内に 入るか否かを検討します。「訴えの取下げ」については,過去問集を参照してください) 。 〔「控訴の取下げ」をAAA内に入れた場合の問題文〕 ア 原告は,離婚請求訴訟において控訴の取下げをすることができる。 イ 第一審の原告が控訴審において控訴の取下げをしたときは,第一審の判決は,その効力を失う。 ウ 原告は,本案の終局判決前に控訴の取下げをしたときは,同一の訴えを再度提起することがで きる エ 控訴の取下げは,書面でしなければ,その効力を生じない。 オ 被告が本案について準備書面を提出した後における原告による控訴の取下げは,被告の同意を 得なければ,その効力を生じない。 以下,検討します。 17 完全征服講座【民事訴訟法等】 〔ア−正しい〕 離婚請求訴訟においては,訴えの取下げ・請求の放棄いずれも認められることから, 控訴の取下げも認められるものと解されます。 〔イ−誤り〕 第一審の原告が控訴審において控訴の取下げをしたときは,訴訟は初めから控訴審に は係属しなかったものとみなされ,控訴提起の効果は遡って消滅し,第一審の判決が確定することに なります(民事訴訟法 292 条2項,同 262 条1項) 。 〔ウ−解答不能〕 無理に分析を行う必要はありませんので,解答不能としておきます。 〔エ−誤り〕 訴えの取下げの方式が,控訴の取下げに準用されています(民事訴訟法 292 条2項, 同 261 条3項)。よって,控訴の取下げは,原則として,書面でしなければなりませんが,口頭弁論 等の期日においては,口頭ですることができます。 〔オ−誤り〕 訴えの取下げをする場合,相手方の同意が必要とされていますが(民事訴訟法 261 条), 控訴の取下げをする場合,被控訴人の不利益となりませんので,相手方の同意は不要です。 最後に,訴えの取下げと控訴の取下げの比較の表を載せておきます。何度も申し上げますが,分析 は,分析結果を習得するために行うものなのですから,まとめの表を作成することはとても重要なこ とです。 〔訴えの取下げと控訴の取下げ〕 訴えの取下げ いつまで可能 控訴の取下げ 判決が確定するまで 控訴審の終局判決があるまで か? 方式は? 原則:書面 同左 例外:口頭 相手方の同意は 必要 不要 必要か? 取下げの効果 第一審判決は効力を失う 第一審判決が確定する は? 取下げが擬制さ される される れるか? 18 完全征服講座【民事訴訟法等】 【分析2】 本問はアからオまでの5つの比較項目を挙げていますが,自分で比較項目を増やし,そ の正誤を検討し,知識を整理することも分析の一つです。ここでは,具体例を挙げていきますので, 各自で正誤を判断し,知識を整理しておいてください。 〔追加する比較項目〕 ① 訴訟委任に基づく訴訟代理人がする場合,特別の委任を受けなければならないのか? ② 上告審においてすることができるか? 以 上 19