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民事訴訟法 演 習 民事訴訟 法 岡山大学教授 伊東俊明 ITO Toshiaki 設問 民事訴訟法の教科書では,一般的に,「裁判上の自白 (以下,『自白』)が有効に成立した場合には,民訴法 179 条が規定する『証明することを要しない』という 効力(以下,『不要証効』 ),弁論主義の第二テーゼであ る『裁判所は当事者間で争いのない事実は判決の基礎と しなければならない』という効力(以下,『審判排除 効』),自白をした当事者(以下,『自白者』)は,一定の 要件をみたさない限り,自白を撤回することはできな い,という効力(以下,『撤回制限効』)が生じる。…… 判例・通説によると,弁論主義が適用される事実は,主 要事実に限られる。……不要証効は,弁論主義の結果 (帰結)である(職権探知主義が妥当する人事訴訟で民 訴法 179 条の準用が排除されていることが,その証し である)。」という内容の説明がなされている。 以上の説明を踏まえて,ある学生から,次のような趣 旨のレポートが提出された。 「間接事実について弁論主義は適用されない,という 通説・判例によると,間接事実の自白には,弁論主義を 根拠とする審判排除効も生じないし,弁論主義の帰結と される不要証効も生じない。」 この主張の当否を検討しなさい。 ! P OINT ❶不要証効と審判排除効の根拠。❷擬制自白との関係。 ❸撤回制限効の根拠。 解説 1 不 要 証 効と審 判 排 除 効 の 根 拠 本問は,自白の不要証効と審判排除効の根拠を問う問 題である(勅使川原和彦『読解 民事訴訟法』〔2015 年〕 39 頁以下参照。本解説では撤回制限効も含めて検討す る)。まず,民訴法 179 条に関する通説の形成に影響を 与えたと考えられる兼子一博士の考え方を確認してお く。戦前に出版された兼子一『民事訴訟法概論』(1938 年)(以下,「兼子①」)では,不要証効(民訴 179 条) の根拠について,「民事訴訟の解決の結果には国家が直 接痛痒を感ぜぬ上,事実関係は当事者自身が之を知悉す るを常とするから,争なき事実は真実と取扱って大過な く又之に依り訴訟を迅速に処理し得るからである」(同 286 頁)と説明されていたのに対して,戦後に出版され た同『新修民事訴訟法体系〔増訂版〕』(1965 年〔初版 1954 年〕)(以下,「兼子②」)では,「裁判所は立入るべ きでないとの弁論主義の立前から,裁判官の心証形成そ のものが排除される」(同 245 頁)としたうえで,「主要 事実について争ある場合に,その徴表に当る事実〔間接 138 法学教室 Apr. 2016 No.427 事実*筆者注〕についての自白も,証明を要しないが, 主要事実と異って,必ずしも裁判所を拘束するものでな いと解すべきである」(同 248 頁)と説明されることに なった。そして,兼子②における「弁論主義の立前」と いう説明が,その後の議論に多大な影響を与え,自白事 実に不要証効が生じるのは,弁論主義の帰結であり,顕 著な事実に不要証効が生じることとは根拠が異なる,と いう理解(兼子一原著『条解 民事訴訟法〔第 2 版〕』 〔2011 年〕1029 頁等)が,通説として定着したというこ とができる。 しかし,兼子①を踏まえると,当事者間で事実に関す る争いがない限り,裁判所は,コストを要する証拠調べ を実施して,当該事実についての客観的真実性を追求す る必要がない,換言すれば,裁判所は,自白事実の客観 的真実性を前提としてもよい,という考え方が,不要証 効を根拠づけていると捉えることができる(不要証効に よって,裁判所には証拠に基づかない事実認定をする権 限が付与されることになる)。兼子②における「弁論主 義の立前」という説明は,裁判所は,当事者間で争いが ない限り,コストを要する証拠調べをして,客観的真実 性を追求しなくてもよい,という趣旨であり,客観的真 実に基づく裁判が要請される職権探知主義(人訴 19 条 1 項参照)との違いを述べているにすぎないと理解すべ きであろう(「弁論主義」という用語は多義的に使用さ れるので注意を要する)。不要証効の根拠を,次に述べ る弁論主義の根拠と連関させないことが,間接事実の自 白についても不要証効が生じることを整合的に説明する ためには必要となる(三木浩一ほか『民事訴訟法〔第 2 版〕』241 頁は,「証拠裁判主義」の例外とする。山本克 己「間接事実についての自白」法教 283 号〔2004 年〕 74 頁は,不要証効の根拠について,「当事者に争いのな い事実は,真実である蓋然性が高い,という点に求める ことができよう」という)。 自白事実が主要事実に該当する場合には,不要証効に 加えて,審判排除効が発生することになる。審判排除効 の根拠は,すなわち,弁論主義の根拠であり,それを私 的自治(当事者の意思)の尊重に求めるのが,通説的な 理解である(弁論主義における「私的自治」の意義につ いては,高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上) 〔第 2 版補訂 版〕』〔2013 年〕409 頁以下)。当事者間で主要事実につ いて争いがない限り,裁判所は,それに係る客観的真実 性につき疑いを抱いたとしても,判決の基礎としなけれ ばならない(審判排除効は判決段階における効力であ り,証拠調べの要否を決定する段階での規律ではないこ とに留意する必要がある)。審判排除効が発生する結果, 自白の撤回に関する問題はおくとして,仮に自白事実に ついて証拠調べをしても,裁判所は自白事実に反する事 実認定ができないため,コストを要する証拠調べをすべ きではないことになる。これを独立した効力として捉え るかは問題となるが(三木ほか・前掲 242 頁は「審理排 除効」という独立の効力として捉えるが,これに反して 実施された証拠調べが無効となるかは明らかでない), 不要証効と区別することはできそうである。 以上のように,不要証効と審判排除効は別の根拠に基 づく効力ということができる(判例・通説を前提とする 限り,審判排除効が不要証効を基礎づける,という説明 はミスリーディングであろう。間接事実の自白に関して