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農産物等の輸出をきっかけにした 地域産業の活性化策
農産物等の輸出をきっかけにした 地域産業の活性化策 ㈶静岡総合研究機構 主席研究員 野 村 浩司 要 旨 ◆ 世界の農作物の輸出マーケットは約104兆円と推計され、この10年間で約2.5倍に拡大しているが、日本の シェアは、わずか0.25%であり、加工品が中心である。 ◆ 日本の輸出の歴史において、その主体は一部産地に限られ、行政側の支援はほとんどなかった。 ◆ 国が輸出への関与の度合いを深めるのは平成に入ってからであり、これにより全国的な広がりは見られた ものの、現在、輸出相手国、競合国、日本の地方自治体間の過当競争に陥っている。 ◆ 国の輸出政策の問題点は、主体が入れ替わりながら広く薄く行われている点である。 ◆ 静岡県においても輸出促進策が推進され、一定の成果を上げているが、 「強み」である高品質な農作物、企 業的農業の進展、高度なものづくり産業や食品関連産業の立地などの要素を生かし切れず、加えて、輸出 促進を担う組織体制に欠け、現地商流を握れないという「弱み」を克服できていない。更に言えば、トー タルな戦略の欠如が最大の課題である。 ◆ 団体ヒアリングからは、輸出の可能性として、 「日本食レストラン向け食材」 「スイーツ」などが挙げられ、 検討すべき課題として、「ソフトと結合させたブランド化」「対象の絞り込み」「付加価値の向上」「物流技 術の開発」 「内外のネットワーク構築」 「組織的対応」が指摘された。 ◆ 県内外の27事業者に対して行った先行事例ヒアリング調査からは、団体ヒアリングで指摘された検討課題 に沿った政策の展開に加え、 「継続的取組」が求められることが確認できた。 ◆ 一方、上海、ソウル、台北の消費者に対するアンケート調査を行った結果、団体ヒアリングで指摘された「ス イーツ」の可能性が検証された。 ◆ これらを踏まえ、今後の新たな展開として、① 単なるモノの輸出から観光とセットでの売り込みに転換す る、② 日系から中華系富裕層にシフトする、③ 一過性のフルセット型から、継続的・集中的PRへ転換す る、④ スイーツ、美をキーワードに業務用向け素材の開発を進める、⑤ 梱包、輸送技術の開発で、国内外 の競争力強化につなげる、⑥ 人脈・信頼関係の形成を促進する、⑦ ビジネス経営体の支援と民間主体の緩 やかな連携で、地域に商社的機能を確立するという7つの政策パッケージの推進を提案する。 ◆ これは、国際的ビジネスを視野に入れた農商工連携・6次産業化のフレームワークと言える。また、それ は成熟国型農業への転換に向けた「農の融合産業化」のプロセスであり、その先に静岡県が目指す姿であ る「食の都静岡」の形成があるのではないかと考えられる。 ◆ 長期的な課題として、安全・安心の確保の着実な推進に加え、静岡県の基幹的作物であるお茶に関する産 業政策をけん引する人材の育成とこれを生み出す教育的な機能が県内の大学に求められる。さらに、栽培、 営農、地産地消などの進んだシステムを海外にソフトとして輸出することが、将来のアジアの農業・農村 問題の解決につながると考えられ、これは静岡県の推進する地域外交の理念にも合致するだろう。 SRI 2012.3 No.106 131 静岡県の未来戦略 はじめに ポテンシャルを最大限発揮して、モノだけではなく サービス・文化などのソフトも含めて輸出する視点 1 問題意識 が重要である。 農の「輸出」はある意味で「華」があり、 ポジティ これは言い換えると、国際的ビジネスを視野に入 ブな言葉である。我が国の高品質な農作物が海外で れた農商工連携・6次産業化と言える。つまり、政 人気を博すというニュースは、閉塞感に陥った農業 策のキーワードとして示すならば、成熟国型農業へ 問題への一筋の光になる気がする。しかし、現実は の転換に向けた農業の「融合産業化」あるいは、 「知 検疫・関税・物流の問題などからハードルは高い。 識産業化」の推進と言え、こうした視点から産業政 特に、福島第一原子力発電所事故の影響、さらに円 策として進めていくべきではないか。 高から、日本にとっては逆風が続いている。 これを推進することが、本県の目指す「食の都」 一方、2011年に我が国が環太平洋パートナーシッ の実現につながるのではないか。 プ(TPP)への参加に向けた協議に入ることを表明 このような問題意識に基づいて本研究を進めてき し、前向きな対策として農の輸出が再び注目されて た。 いる。輸出の議論はややもすると 「輸出」 そのもの 繰り返しになるが、輸出そのものは目的ではなく、 が目的に陥りがちとなる。だが、それよりも輸出を 農も含めた地域産業の転換に向けたきっかけづくり きっかけにした「地域活性化」が重要と考える。 である。そこで、本研究のタイトルを輸出促進策で これをどのような方向で進めるのか検討するのが はなく「輸出をきっかけとした地域産業の活性化策」 本研究の大きな目的である。 とした。 工業製品に比べ、旬の時期が短いということ、つ 本研究が、必ずしも以上のテーマに答えていると まり腐りやすいということが農作物の弱みである。 は到底考えられないが、産業政策の一つの新しい切 それをカバーするために、古来、乾燥から冷凍など り口として議論のたたき台となれば幸いである。 様々な創意工夫がなされてきた。今後も、新しい技 流の開発によって、おいしい状態をより長く保ち運 2 研究の流れ ぶ技術を開発していかなければならない。そうすれ ⑴ 対象 ばいろいろなものを輸出できる可能性がある。 本研究の「農作物等」は、農林水産物のうち水産 産地からすれば、国内市場に出す以上のメリット 品を除くものを対象とし、これらを由来とする加工 がなければ輸出に努力する意味がない。 ここからも、 品・食文化を含めて検討する。 地域にとって、所得・雇用の増加等のメリットが還 流する=地域活性化のための輸出という視点が求め ⑵ 研究の目的 られるだろう。そこで鍵になるのが企業的農業であ 本県農業の国際化の一環として、長期的な視野か り、輸出はそのビジネス拡大の一手段と捉えられな ら、本県農作物等の海外市場拡大による地域活性化 いか。 策について調査研究し、既成概念に捕われない方策 また、農作物等の輸出を考えた場合、農・商・工 も含めて提示する。 から観光・物流・情報サービス業など様々な業態が 132 関係し、これらの組合せが必要である。中でも、付 ⑶ 先行調査研究等の状況 加価値を地域で得るためには、観光との連携・結合 国、日本貿易振興機構(以下「JETRO」という) が重要であり、静岡県(以下、 「本県」という)の 等、全国レベルで数多くの調査研究が対象国・品目 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 図1 研究フロー図 出所:当財団にて作成 ごとに相当細かく行われている。 の順となる。各大陸とも概ね毎年右肩上がりで拡大 地方レベルでは、独自の戦略を策定し推進する自 しており、全体としては、過去10年間で約2.5倍の 治体はわずかにあるが、その中でも地域活性化を明 規模に増加している(図1−1)。 確にし、行政施策まで踏み込んだ研究事例はほとん 増加要因としては、貿易自由化の進展や物流情報 ど存在しない。 システムの高度化を背景に、輸入業者が自国の消費 者のために売れる商品を海外に求め、生産者が海外 ⑷ 研究フロー へと販路開拓を行った結果と考えられる。 研究の流れは、図1のとおりである。 一方で、穀物価格の高騰という要因があることに も留意する必要があるだろうが、いずれにせよ金額 第1章 日本の農作物等の輸出をめぐる動向 ベースでは増大しているのは事実である。なお、増 加率の比較では、アフリカ、オセアニア、アジアな 1 拡大する世界の農作物輸出マーケット どの新興国が高い状況となっている。 世界の農作物輸出マーケットはどの程度の規模 2008年の日本の輸入額は567億ドル(約5兆3264億 で、どのように変化しているのであろうか。ここで 円)であり、10年前の約1.6倍の水準となっている。 は、国際連合食糧農業機構(FAO)の統計にある、 一方で同時期に日本の輸出額は27億ドル(約2,576 大陸別の加工品を含む農作物輸入額から全世界の農 億円)と1.7倍に増加している。結果として、2008 作物輸入額を求めてみる。これがすなわち輸出国に 年の日本の農作物の収支は539億ドル(約5兆688億 とってのマーケットの規模と推定できるだろう。 円)の輸入超過であった。 結果として、2008年の全世界の農作物輸入額は、 このように、世界的に農作物輸出のマーケットが 1兆1040億ドルと推定された。当時のレートである 拡大する中で、日本の輸出額は増加しているものの、 1ドル94円で換算すると約104兆円の市場規模であ その比ではないことがわかる。日本は輸入超過国で る。 あり、輸出においては、世界の輸出マーケットのわ 大 陸 別 の 構 成 率 は、 ヨ ー ロ ッ パ49 %、 ア ジ ア ずか0.25%のシェアを占める位置に止まっており、 28%、アメリカ16%、アフリカ5%、オセアニア1% 非常に低いものとなっている。 SRI 2012.3 No.106 133 静岡県の未来戦略 図1−1 世界の農作物輸出マーケットの推移 㧔න㧦⊖ం࠼࡞㧕 㧔ᐕ㧕 出所:「FAOSTAT , © FAO Statistics Division 2011, 23 August 2011」を基に、当財団作成 日本国内の農作物等の市場規模は、この先、少子 図1−2 農林水産物・食品輸出額の推移 化による人口減少から縮小化の一途をたどるのは明 らかである。この国内マーケットを奪い合うための 消耗戦を続けるのか、それとも新興国を中心として 拡大するマーケットに販路を求め、その成長を取り 込みながら自らも成長していくのか。その方向性が 問われている。 2 日本の輸出状況 2010年の財務省貿易統計によると、日本の農林水 産物の輸出額は約4,920億円で、うち農産物は約2,865 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 億円である。前年対比では、それぞれ10.5%、8.6% の増加であり、いわゆるリーマン・ショック以降減 少したものの、回復傾向にある(図1−2) 。なお、 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年の速報値であるが、1∼ 10月の累計では約 3,644億円で前年同期比8.2%の減少となっている。 2010年の品目別の輸出内訳は、図1−3にあると おりである。全体の58.2%を農産物が占め、加工食 品が26.9%を占めている。 出所:農林水産省(2011)「農林水産物・食品の輸出 促進対策の概要」 (原資料:財務省「貿易統計」 ) 134 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 図1−3 農林水産物・食品輸出額の品目別内訳 図1−4 農林水産物・食品輸出額の国・地域別内訳 (2010年) (2010年) 出所:農林水産省(2011)「農林水産物・食品の輸出 促進対策の概要」 (原資料:財務省「貿易統計」 ) 出所:農林水産省(2011)「農林水産物・食品の輸出 促進対策の概要」 (原資料:財務省「貿易統計」 ) それでは、輸出先は、果たしてどこであろうか。 メロンについては、香港、オマーン、アラブ首長国 同統計によれば、日本の輸出相手国・地域は、上位 連邦に輸出され17.3%の増加であり、緑茶について から香港1,210億円(24.6%)、 米国686億円(13.9%)、 は、前述のとおりであり、第1位の米国に次いで、 台湾609億円(12.4%) 、中国555億円(11.3%)、韓 シンガポール、ドイツに輸出されている。 国461億円(9.4%)の順となっており、これらで全 体の7割を占める(図1−4) 。 3 輸出政策の変遷 農産物・食品のみを品目別に見ると、上位から、 前節においては、最近の日本の輸出状況について たばこ(台湾) 、ソース混合調味料(米国)、アル 貿易データから見てきたが、ここでは、過去からこ コール飲料(米国) 、粉乳(香港) 、清涼飲料水(ア れまでの状況を振り返るとともに、時代の変化に合 、米菓を除 ラブ首長国連邦) 、播種用の種等(中国) わせてどのように変化してきたのか見てみたい。ま く菓子(香港) 、りんご(台湾) 、 植木等(ベトナム)、 た、この間、国・産地が果たしてきた役割等につい 配合調製飼料(韓国) 、豚の皮(香港)が輸出され ても考察する。 ており、中心はやはり加工品である(カッコ内は第 1位の国) 。 ⑴ 昭和までの輸出の推移 一方、主な品目の輸出額の動向を2009年と2010 日本の農水産物の輸出の歴史については、栩木ほ 年で比較してみると、植木等が37.8%(ベトナム)、 か(2010)が詳しい。これを基に、その推移を整理 援助米を除く米が27.0%(香港) 、緑茶が23.9%(米 したのが表1−1である。明治以降の近代化の過程 国) 、粉乳が14.1%(香港) 、ながいも等が11.5%(台 において、さらには戦後の復興期において、農水産 湾) 、 米菓を除く菓子が5.8%(香港)の増加であった。 物輸出が一進一退を繰り返しながら一定の役割を果 なお、参考までに本県の主な農作物である、温州 たしてきたことがわかる。 みかんの輸出先は、第1位がカナダ、第2位が台湾、 第3位が香港であり、2.9%の減少であった。また、 SRI 2012.3 No.106 135 静岡県の未来戦略 表1−1 日本産農水産物の輸出の推移(江戸∼昭和) 出所:栩木ほか(2010)を基に、当財団にて作成 表1−2 日本産農水産物輸出策の推移(平成) 出所:栩木ほか(2010)を基に、当財団にて作成 136 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 ⑵ 国・産地の果たした役割 に求める動きが出てきた。それが2003年の「農林水 農水産物の輸出のけん引役について、栩木ほか 産ニッポンブランド輸出促進都道府県協議会」の (2010)は、 「明治時代から台頭した茶や水産物、み 設立であり、これに後押しされる形で国としても、 かん、梨などの果実類だった。この構造は、戦後復 2005年、農林水産省に「輸出促進室」を新設し、関 興期も基本的に変わらなかった」と分析し、その主 連予算を17倍に増加させた。 体や推進体制については「戦後復興期には果実類や その翌年には、小泉政権下で「攻めの農政」とい 水産物の輸出が本格再開されたとはいっても、輸出 う言葉で示されるような積極姿勢から、5年後に6,000 の取組は、戦前からの伝統を受け継いだ一部産地に 億円という輸出目標が設定され、その推進が図ら 限られていた。財政上の要因もあり、政府や地方自 れた。また、これを継承した安倍政権では2013年に 治体による支援体制もほとんど整わない状況だっ 1兆円という更に高い輸出拡大目標が設定された。 た」と分析している。つまり、外貨獲得を目的とし その後、民主党政権に移り、事業仕分けの結果を た明治政府の当初の誘導策があったとはいえ、その 踏まえて予算の削減がされたものの、新成長戦略の 後は産地(民間)の努力により輸出が広がっていっ 中で政策は継承され、2017年に1兆円という目標 たということである。 の下で事業が推進されている。しかし、リーマン・ ショック後の世界同時不況や円高に加え、東日本大 ⑶ 平成以降本格化した輸出促進策 震災の福島第一原子力発電所事故の影響から、目標 農水産物の輸出に国が本格的に関与していくの の達成は厳しい状況となっている。 は、表1−2に示すとおり、平成に入ってからとな る。 ⑷ 現在の農林水産省の事業内容 日本産の農水産物の輸出は、企業の海外展開が進 農林水産省は、2009年に改定された「我が国農林 み、海外駐在の日本人も増加して日本食や日本産農 水産物・食品の総合的な輸出戦略」(2007年策定) 水産物への関心が高まり、海外における需要が増え に基づく4本柱、すなわち、①輸出環境の整備、② たことが挙げられる。一方で、1980年代に入ってか 品目、国・地域別の戦略的な輸出対策、③意欲ある ら日本に対する市場開放圧力が高まり、牛肉・オレ 農林漁業者等に対する支援、④日本食・日本食材等 ンジの自由化が進み、農産物輸入は急増している。 の海外における需要開拓に沿って官民が連携した取 輸出促進策の拡大は「こうした大幅な市場開放や輸 組を推進している。 入急増に対して、国内の生産者や生産団体の間から 2011年度の事業については、図1−5のとおりで は不満が高まった。それだけに、政府としてもその ある。 不満と懸念の解消を狙って輸出促進を叫ぶ必要性に 特徴としては、東日本大震災の福島第一原子力発 迫られていた」 (栩木ほか2010)という側面も否定 電所事故の影響を踏まえ、海外市場への輸出の継続 できない。 と信頼回復を図るために、「輸出農作物等放射能検 1989年、 国は「農水産物輸出基本戦略検討委員会」 査対応事業」として、都道府県等が整備する放射能 を発足し、関連予算を4倍に増加させた。この政策 検査機器の整備への補助や海外の消費者等に対する により、数年間順調に輸出が増加したが、急速な円 日本産食品の信頼につながる情報発信が加わった点 高で輸出は停滞し、 政策は次第に後退してしまった。 が挙げられる。 その後、平成不況もあって国内では閉塞感が漂う その他に関しては、地域別に行われる研修会や展 中で、地方自治体の側から農水産作物の販路を海外 示・商談会の開催事業、国別のマーケティング調査 SRI 2012.3 No.106 137 静岡県の未来戦略 図1−5 2011年度輸出促進対策事業の概要 出所:農林水産省(2011)「平成23年度輸出促進対策事業の概要」 事業、海外の食品見本市等におけるジャパンパビリ ⑴ 北海道の主な状況 オンの設置事業、輸出に取り組む事業者が海外販促 北海道は、我が国最大の輸出産地である。農産物 活動や商談会、市場開拓調査、テスト輸出・輸送な では、ながいも(台湾、米国)、枝豆(米国、香港) どを行うための補助事業、アンテナショップの設置 などを輸出し、さらにワイン、牛乳などの加工品も 事業、海外におけるマッチング事業、海外外食事業 輸出している。また、水産物では、さけ(中国)、 者等と連携した輸出促進事業などである。 ホタテ貝(米国・EU)、すけとうだら(韓国) 、こ これらについては、名称等は変化しつつも同じよ んぶ(台湾、中国)などを輸出している。特に、な うな事業が毎年度行われているが、基本的には単年 がいもが、薬膳ブームの追い風に乗り、国内流通に 度の取組であり、概ね8月頃から公募され3月末ま 不向きな大型の規格外いもを中心に台湾に輸出さ でに事業を終了することとされている。 れ、重要な販路となっている。 なお、北海道では、ホクレンが㈱ホクレン通商と 138 4 全国に広がる取組 いう専門の貿易会社を設立し、道産農作物等の輸出 国主導により輸出拡大策が行われる中、多様な取 及び飼料等の輸入を行う中で、物産展等の販売促進 組が図1−6∼ 11のとおり全国に広がっている。 活動も担っている。 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 図1−6 農林水産物等の輸出取組事例(北海道) 出所:農林水産省(2011)「農林水産物・食品の輸出促進対策の概要」 (以下、図1−11まで同じ) 図1−7 農林水産物等の輸出取組事例(東北地方) SRI 2012.3 No.106 139 静岡県の未来戦略 ⑵ 東北地方の主な状況 ポールの在留邦人向けに農産物の国際宅配便で顧客 東北においては、りんご(中国、香港、台湾、シ に届ける例がある。また、山梨県のもも、干し柿が ンガポール、中東等) 、ながいも(米国等) 、りんど 台湾に、長野県川上村のレタスが台湾に輸出されて う(オランダ) 、米(香港等) 、日本酒(香港、韓国、 いる。本県からは、緑茶が米国に、温州みかんがカ 米国等)が主力であり、輸出に向けた先行的な取組 ナダ・米国等に、わさびが香港に、いちごがタイ、 が多い。 シンガポール、香港に輸出されている。また、富山 また、中華系の高級食材として、中国、香港等に 県からは鶏卵が香港に、石川県からは、なしが台湾 向けた、あわび、なまこ等水産物の輸出も多い。 に輸出されている. 特に、表1−1で示したとおり、りんごの輸出の 歴史は古く、広範囲に輸出される中で、我が国の野 ⑷ 東海・近畿地方の主な状況 菜・果実類の輸出の3割を占める状況となっている。 東海・近畿地方においては、岐阜県の柿が香港、 タイ等に、愛知県の柿、メロンが香港、台湾に、滋 ⑶ 関東・甲信越地方の主な状況 賀県の米がマレーシアに、京都府の緑茶が中国、香 関東地方においては、都市近郊農業による野菜・ 港等に、和歌山県のももが台湾、シンガポールに輸 果物が輸出されている。特に、成田空港の立地条件 出されている。 を生かして、千葉県産の野菜・果物を香港、シンガ 図1−8 農林水産物等の輸出取組事例(関東・甲信越地方) 140 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 図1−9 農林水産物等の輸出取組事例(東海・近畿地方) 図1−10 農林水産物等の輸出取組事例(中国・四国地方) SRI 2012.3 No.106 141 静岡県の未来戦略 ⑸ 中国・四国地方の主な状況 による福岡農産物通商㈱という貿易会社を設立し、 中国・四国地方においては、広島県のなし、ぶど 福岡県産農作物の市場拡大策を進めている。一方、 う等が台湾、香港に、鳥取県のなし、柿が台湾等に、 佐賀県からは、なし、はまちが中国に、長崎県からは、 島根県の米が台湾に、山口県のふぐが米国に、香川 まぐろ等が中国に、熊本県からは、みかん等がシン 県のみかんがカナダに、愛媛県の柿等がタイに輸出 ガポールに、鹿児島県からは、かんしょ、かぼちゃ されている。 が香港に、緑茶が香港、ドイツ等に、牛肉、豚肉が 香港等に、宮崎県からは、かんしょ等が香港、台湾に、 ⑹ 九州・沖縄地方の主な状況 大分県からは、なしが台湾、中国等に輸出されてい 九州・沖縄地方においては、アジアに近いという る。 立地条件を生かして、輸出への取組が盛んである。 また、沖縄県からは、黒糖等が香港、台湾等に、ゴー 福岡県では、いちご(あまおう)を香港、台湾等に、 ヤ、パイン等が香港等に、鶏卵がシンガポールに輸 緑茶をEU、米国等に輸出している。特に、官民出資 出されている。 図1−11 農林水産物等の輸出取組事例(九州・沖縄地方) 142 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 5 輸出政策の問題点 給し続ける方向が重要である。 ここでは、 これまで見てきたことを振り返りつつ、 国の積極的な関与が始まった戦後の1回目の輸出 国の輸出政策の問題点を整理したい。 促進策では、欧米重視で頓挫した。2回目では、ア 農水産物の輸出のけん引役は、明治時代から台頭 ジアの成長を取り込む方向に明確にシフトしてい した茶や水産加工品、みかん、なしなどの果実類で る。この点では評価されるが、重点はまだ曖昧であ あり、戦後復興期も基本的に変わらなかった。それ るため、国としてもある程度、商品別に対象国等を は、生産・供給・商品特性(日持ちする)という面 明確化するべきである。 から、輸出に適する農産物が存在し、その実績が積 農林水産省が行っている事業は、前述のとおり、 み重ねられた結果である。 毎年似たような市場開拓調査、テスト輸出・輸送な これまで見たとおり、日本の農作物輸出は加工品 どを実施するための補助事業である。これらは、こ が中心である。農作物の「弱み」は旬が短期間であ れまで見てきたように「全国的な広がり」という一 る点であり、これを乗り越えるために、乾燥化、缶 定の効果は得られたものの、主体が入れ替わりなが 詰化から始まり、現在では真空パック、レトルト、 ら、広く、薄く取り組まれている状況である。 カットして冷蔵するなど様々な技術が開発され、加 これは、輸出先国のマーケットから見ると、自国 工品として輸出されてきた。 産及び韓国・中国産等と日本の地方産間で「限られ 時間の問題を越えられれば、単独では輸出に適さ たパイをめぐって市場の奪い合いが起きている」 (下 ない農作物も中間製品・製品としての可能性も高 渡2011)状況と言え、最も大きな問題点となってい まってくる。むしろこうした技術開発を促進し、自 る。 国で付加価値を得ながら新しいジャンルの商品を供 SRI 2012.3 No.106 143 静岡県の未来戦略 第2章 静岡県農作物等の輸出に向けた政策的課題 図2−1 食料需給率の推移(1965-2010) 本章では、農業を取り巻く外的環境を整理すると ともに、本県農業の内的環境(強み・弱み)を分析 する。次いで関係団体等に対して行ったヒアリング を概説するとともに、以上の内容を踏まえたSWOT 分析を行い、政策課題を抽出する。 1 農業を取り巻く外的環境の整理 ⑴ 世界的な穀物消費量の増大と穀物価格の上昇 出所:農林水産省「食料需給表」を基に、当財団にて作成 農林水産政策研究所(2010)によれば、2020年ま での世界の食糧需給見通しは、世界的な人口の増加 図2−2 海外における「日本食レストラン」の展開状況 と新興国の経済成長に伴う肉類消費量の増加、加え て、バイオ燃料向け需要の増大等を要因として、穀 物消費量が増大していく見込みである。 ⑵ 日本の食料自給率の低迷 我が国の食料自給率は、2010年では生産額ベース で69%、カロリーベースで39%であり、ともに低下 傾向にある(図2−1) 。 出所:農林水産省(2006) 「海外における日本食レス トランの現状について」 ⑶ 新たな枠組みによる貿易交渉の進展 自由貿易協定(FTA) ・環太平洋パートナーシッ ⑹ 海外における日本食ブーム プ(TPP)など、特定国間による貿易交渉が進み、 農林水産省(2006)「海外における日本食レスト 国内農業に大きな影響を与える懸念が生じている。 ランの現状について」によれば、いわゆる日本食レ ストランは、健康志向の高まりから増加している。 ⑷ 人口規模の減少による国内市場の縮小化の懸念 中でも北米が最も多く、約1万店舗展開している 我が国は、2005年を境に人口減少の局面に入った と推計されており、10年間で約2.5倍に増加したと指 とされ、一時的な中断はあっても、将来にわたって、 摘されている。その他地域では、アジアで6∼9千 長期的には減少していくものと予想されている。そ 店舗、 欧州でも2千店舗に広がっている(図2−2) 。 のため、国内市場の縮小化の懸念がある。 ⑺ 日本ブランドの揺らぎ 144 ⑸ 食の安全・安心に対する関心の高まり 東日本大震災による福島第一原子力発電所の損傷 国内外でのBSE(牛海綿状脳症) 、中国輸入冷凍 事故を機に、放射性物質による汚染の影響やその懸 野菜の残留農薬問題、高病原性鳥インフルエンザ、 念から世界各国が日本産農作物等の検疫の強化を 口てい疫、 一連の表示偽装事件等が相次いで発生し、 図っており、風評被害もあいまって安全・安心とい 食の安全・安心に対する関心が高まっている。 う日本ブランドが揺らいでいる。 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 2 静岡県農業の内的環境の整理 表2−1 静岡県における作物トップ5・産出額等 ⑴ 静岡県の強み ア 質・量とも全国トップクラスの食材王国 本県では、高度な栽培技術に基づいて、多彩な作 物が栽培されている。その品目は219品目といわれ、 質・量とも全国トップクラスの食材王国である。ま た、品種が多い中にあっても、全国第1位のシェア を誇る農作物が多くある。 出所:静岡農政事務所(2009) 「品目別農業産出額」 茶は、栽培面積が全国の41%、荒茶産出額も39% を占め、第1位である(2010年値)。 わさびの産出額は、全国の76%を占め、第1位で 表2−2 作物別農業法人数の推移(各年1月現在) ある(2009年値) 。 切り枝は出荷量が全国の15%を占め、第1位であ り、ガーベラは作付面積が全国の29%、出荷量が 36%を占め、第1位である(2010年値)。 普通温州みかんは収穫量・出荷量とも、全国の 24%を占め、第1位(2010年値)、温室メロンは作 付面積が全国の39%、収穫量が41%を占め、第1位 出所:静岡県農業振興課資料 である(2009年値) 。 表2−3 ビジネス経営体の販売額シェアの推移 イ 茶、みかん、米、生乳、メロンのトップ5で産 出額の5割 2009年の本県の農業産出額の合計は、2,086億円 と、 全国の2.5%を占め第16位である。上位5品目は、 茶、米、みかん、生乳、メロンであり、これらで全 産出額の49%を占める(表2−1) 。 ウ 農業法人化と企業的農業が進む 本県では、表2−2にあるとおり、茶、野菜、花 出所:静岡県農業振興課資料 きを中心に農業法人化が進んでいる。また、2010年 に「静岡県農林水産業新世紀ビジョン」を策定し、 エ 「食品関連」の製造品出荷額は全国第1位 企業的経営を目指す農業経営体の育成を一つの柱と 温暖な本県は、多様な農産物の栽培と水産資源の した先進的な施策を展開している。 豊富さから、これらを活用した食品関連の産業が集 1 本県ではこれをビジネス経営体 と呼び、その販 積している。経済産業省(2009) 「工業統計調査(品 売金額シェアを高める取組を進めている(表2−3) 。 目編)」によれば、「食料品」に「飲料・たばこ・飼 1 料」を加えた製造品出荷額の合計は、本県が全国第 静岡県独自の呼称。雇用による労働力を活用し、一定 以上の販売規模を持ち、マーケティング戦略によるサービ スや商品を提供し、経営が継承され地域農業をリードする 農業経営体を示す。 1位となっている。 SRI 2012.3 No.106 145 静岡県の未来戦略 オ 製造品出荷額第3位のものづくり県 本県は、西部地域を中心に、輸送用機械、楽器の 表2−4 農業生産額の推移 (単位:百万円) 2大産業に加え、生産用機械などの機械産業、光関 連産業の集積が進んでいる。経済産業省(2010) 「工 業統計」によれば、製造品出荷額全国第3位の「も のづくり県」である。 カ 日本の中央に位置し陸・海・空のインフラが整う 本県は、日本のほぼ中央に位置し、東名高速、国 道1号、JRなど、日本の大動脈が東西を貫通して いる。また、国際貿易港である清水港・御前崎港が 整備されている。さらに、2009年には、富士山静岡 空港も開港し、陸・海・空の物流インフラが整った。 将来的には、 新東名(2012年)、中部横断道(2017年) 出所:農林水産省「生産農業所得統計」 が完成予定である。 図2−3 部門別農業生産額の推移 ⑵ 静岡県の弱み ア 農業産出額が減少傾向、茶の減少が顕著 本県の農業産出額は、1981年の3,467億円をピー クに伸び悩み、減少傾向にある。1985年と比較する と、2009年の全国が71.5%のレベルであるのに対し、 本県は60.9%と約10%ポイントの差があり、減少幅 が深刻な状況である(全国16位。表2−4) 。 その要因として農業生産額の約2割を占める茶の 落ち込みが顕著であることが挙げられる(図2−3) 。 (年) 出所:農林水産省「生産農業所得統計」 イ 農家の減少 2010年の総農家数は減少し続け70,283戸であり、 図2−4 専業・兼業別農家数の推移 1985年と比較すると、58%のレベルである(図2− 4) 。 ウ 農業就業人口の高齢化 農業就業人口の74%が60歳以上であり、高齢化が 著しい(表2−5) 。 (年) エ 耕作放棄地率は全国平均を大きく上回る 農業就業人口の減少や高齢化が進み、耕作放棄地 146 SRI 2012.3 No.106 出所:農 林 水 産 省(1970 ∼ 1995、2000、2005、 2010) 「農林業センサス」 、農林水産省(1999、2001 ∼ 2004)「農業構造動態調査」 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 面積は増加し、2010年には12,494ヘクタールとなっ 表2−5 農業就業人口(販売農家) ている。これに伴い耕作放棄地率は20.3%に達し、 全国平均の10.6%を大きく上回っている(表2− 6) 。 ⑶ 静岡県の農業振興における輸出の位置づけ 2011年3月に策定した静岡県経済産業ビジョン 出所:農林水産省(2010) 「農林業センサス」 (農業・農村編)に「ブランド化の推進」を位置づけ、 その手段として 「県産農作物等の海外市場開拓施策」 表2−6 耕作放棄地の推移 を推進している。基本的な考え方は、流通チャネル の多様化への対応である。 同ビジョンでは、海外販路拡大として認知度向上 が必要な韓国・中国・欧米での商談会参加、テスト 販売等に重点的に取り組むこととされている。 ⑷ 静岡県における輸出の取組 本県では、2004年に生産者団体・企業で海外市場 開拓研究会を組織し、東アジアを中心に農水産物の 海外市場開拓に取り組んでいる。研究会では、約90 名の会員に対して年2∼3回のセミナーを開催し、 出所:農林水産省(2010) 「農林業センサス」 メーリングリストで輸出に関する情報を共有してい る。 と異なったアプローチで進めていくことが求められ、 県の事業を契機に輸出成約が2010年度末で21品 その際、県が担うべき役割はあるだろう。 目、累計390件となった。他県に比べて加工品が多 いのが本県の特徴である。 3 団体ヒアリングの概要 これまで、香港、台湾、シンガポール、タイ、韓国、 ここまでの基礎データ等による整理を補足する目 ハワイで県産品フェアを開催している。うち、 香港、 的で、農作物等の輸出を促進している団体等に対し シンガポール等の量販店では、生わさび、温室メロ てヒアリング調査を行った。 ン、水産加工品等の常時販売を開始するなど、成果 を上げている。 ⑴ 目的 県では、2010年の事業仕分けの結果を踏まえ、成 本県の輸出のあり方、可能性のある産品・地域、 果が出ている香港、シンガポール事業に関して、民 課題及び今後の方向性について意見を聴取するとと 間主導へと転換していく方向となった。しかし、全 もに、県内外で行われている最新情報を把握し、別 体として、現状では日系店舗中心であり、現地の商 途行う先行事例ヒアリングの対象の選定に役立てる。 流に乗っているとはいえない点が一つの課題である。 今後、本格的な販路拡大を目指すのであれば、現 ⑵ 対象 地パートナー ・商社との関係づくりなど、これまで 農作物等の輸出を促進している県内の9団体 SRI 2012.3 No.106 147 静岡県の未来戦略 ⑶ 時期 こに官が輸出促進として販促イベント等で他業者 2011年4月28日から6月22日 を参加させると競合する。 ⑷ 結果概要 ウ 静岡県の強み・弱みの指摘 次のア∼ウのとおりである。 ・本県の強みは多品種、多様性である。 ・弱みは、少量なので量がまとまらず、一品でPR ア 輸出のあり方に対する意見 ・大規模経営・低コストの価格競争に向かうのか、 できない点にある。 ・高品質な作物づくりを追求し、市場でナンバーワ 高付加価値路線で勝負するのか、本県のポジショ ンの評価を得るのが農業者の目標になっている。 ンを考える必要がある。 これら高級品は地元ではほとんど流通しない。 ・輸出は、個人から企業的農家に移行し、販路の選 択の幅が広がるという方向であろう。 ・現地での売価は運賃・関税・検査料が上乗せされ、 エ 今後の検討課題 ソフトと結合させたブランド化 一般的には日本の2∼3倍。この値段で売れなけ ・日本の食文化とセットで提案したい。 れば輸出は合わない。 ・ 「文化と効能」がお茶のセールス・ポイントである。 ・韓国は、農業でも製造業と同様に国が集中投資し て特定分野を育てている。 ・お茶と文化を結合させて売る。茶道のような敷居 の高くない、和テイスト、和モダンな飲み方で分 かりやすく伝える方法が良い。 イ 可能性のある産品・地域に関する意見 ・輸出は、特に鮮度が重要で、日持ちするもの、例 えば、茶、コメ、みかん、柿が良い。 ・日本食レストラン向けの業務用が一番早い。うま ・日本茶は品種でブランド化すれば優位に立てる。 ワイン業界が参考になる。ブランド化には文化面 からのアプローチが有効。静岡は伝統に縛られる 京都よりもポップな茶文化を作りやすい。 く捕まえれば継続した取引も可能である。 ・いちごは、福岡等他県と競合するので難しい。 対象を絞る ・一番は輸入大国の米国。関税以外の規制は強いが、 ・お茶関係で、EU、米国、香港、シンガポールにおい TPPの参加は関税以外の規制を取り払うチャン てフェアに出展するが、なかなか対象を絞れない。 スである。 ・生食用のとうもろこし「甘々娘」が売れている。 真空パック冷蔵で輸出の可能性がある。 付加価値の向上 ・輸出拡大のステップとして、当初は少量の本物で ・茶はロシアに可能性がある。 PRし、現地商流をつかみながら、海上輸送で運べ ・わさびは可能性がある。日本の清流のイメージで る加工品で利益を得ていくという流れであろう。 売る。 ・日本のスイーツは外国人に人気がある。また、お 菓子も可能性がある。最近では、冷凍技術の高度 ・輸出には検疫、鮮度の問題がある。鮮度は、保冷 化により、ケーキ、饅頭、メロンパンの生地など 輸送技術が向上しているため大丈夫だが、梱包の を、焼くだけの状態にして供給できる。 問題が残る。また物流コストも問題である。 ・お茶は歴史的に民の力で販路を開拓している。こ 148 物流技術の開発を SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 内外のネットワークで現地商流をつかむ ・現地情報に精通した輸出先商社等のパートナーを 探し、現地商流をつかむことが重要である。 ・農業者は、県の海外販路開拓活動にお付き合い程 度で参加している状態。せっかくPRしても販路 確保につながらない。 ・県の販促活動はアジアの日系スーパー中心で行っ ている。 ・テストマーケティングをする場ができないか。例 ・普通の農家では対応は困難。輸出には組織力が必 要である。 ・一定の時期に大量に集荷し、選別して市場に流す という仕組の中では輸出は難しい。やはり企業で なければ無理だろう。 ・商談・催事企画等の相談に迅速に動ける機能、フ ェアを恒常的に行える機能、やる気のある事業者 や団体をまとめる機能、これらを担いオール静岡 でセールスできる組織が必要である。 えば、日本在住の外国人記者や会社役員等とその 家族にモニターを依頼する。 ・新しいものを掘り起こすこと。生産と流通のマッ 4 静岡県の政策課題 第1章から前節までで述べてきた内容について、 チングの場を設け、売れる作物の栽培を拡大して 強み、弱み、機会、脅威という4つの軸で整理した いく。 ものが、図2−5である。 組織的対応 ⑴ 政策課題の抽出 ・現地商流に乗せるには、現地商社のネットワーク 本県は、全国シェアの高い農作物が多くあり、企 を生かす必要がある。本県においては、その主体 業的農業も順調に育成され、高度なものづくり産業・ が見えず、つながっていない。商社を立地させれ 食品関連産業が立地し、さらには物流インフラが整 ば活発化する。 備される中で、総合的な潜在能力があるという「強 図2−5 静岡県農作物等の輸出に関するSWOT分析図 出所:当財団にて作成 SRI 2012.3 No.106 149 静岡県の未来戦略 み」 。加えて、緑茶・みかんの長い輸出の歴史から さらに、今後の検討課題として「ソフトと結合さ も優位性がある。 せたブランド化」「対象の絞り込み」「付加価値の向 一方で、輸出促進を担う組織体制に欠け、活動は 上」 「物流技術の開発」 「内外のネットワーク構築」 「組 日系量販店における一過性のPRが中心であり、現 織的対応」という6つの検討課題が浮き彫りになっ 地の商流をつかみきれていないという「弱み」があ てきた。 る。 こうした課題は、これまで関係者において個別に こうした 「強み」 を生かし、 「弱み」 を克服しながら、 議論はされていても、共通の認識ではなかった。そ 海外における日本食ブーム、更にはアジア諸国等の の要因として、本県は、東京と大阪という国内二大 成長という「機会」を取り込み、国内マーケットの 消費地の間にあって、これらと県内で農作物が消費 縮小という「脅威」を乗り越えていくのが、主な政 されるという恵まれた環境があったからであり、全 策課題である。 体として海外販路拡大の議論の必要性がなかったの である。更に言えば、トータルな戦略の欠如という ⑵ 検討課題 点が最大の課題である。 団体ヒアリングでは、 「日持ちする商品」 「日本食 この点では他県もほぼ同様であるが、個別の事業 レストラン向け食材」「スイーツ」の可能性が挙げ 者の中には、指摘された検討課題を乗り越えている られた。 事例が県内外に存在する。 また、お茶は古くから民間事業者の力で日系店を これらを第3章先行事例ヒアリング調査において 中心に定番商品として販売されている中で、あえて 紹介したい。 県産品フェアなどで異なる事業者のお茶を売ること が、競合につながるという問題が指摘された。 150 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 第3章 先行事例ヒアリング調査 の連携を強調している。 本章においては、県内外の先行的な輸出実践者等 他の組織との積極的な連携 27件を対象に行ったヒアリング調査のうち、代表例 同公社を所管する県の部署は観光とは異なる。 を紹介する。また、第2章で抽出した6つの検討課 また、観光の外郭団体として沖縄コンベンション 題との対応関係を整理し、今後の課題への対応の必 ビューローという別組織がある。しかし、「物産と 要性を検証したい。 観光は車の両輪」という考え方に基づき、例えば、 百貨店の催事コーナーにおける物産と観光の共同設 1 県内外の先行事例 置や、集客のための沖縄芸人の出演費用の相互負担 ⑴ 「物産と観光は車の両輪」で一体的なPR など、物産と観光という異なる外郭団体であっても、 名称:㈱沖縄県物産公社(那覇市) 概要:産地問屋・アンテナショップ・物産展販売 積極的に連携しながら事業を推進している。 なお、同公社は、本県及びJA静岡経済連と連携し、 等の機能を融合させて県内産品を国内外に 生鮮食品を富士山静岡空港から那覇空港経由で生鮮 販売 品を輸出する試みに協力している。 実績:直販部門52億円、物産展14億円 距離的ハンデを乗り越えるための機能を担う ⑵ 「日系から中華系富裕層にシフト」 沖縄は大消費地から遠く、県内メーカーが個別に 名称:板柳町ふるさとセンター(青森県板柳町) 販促活動を行うのには無理があった。そこで㈱沖 特徴:りんごによる町おこし拠点施設。町特産の 縄県物産公社は、こうした沖縄の距離的ハンディ りんごを活用し、加工により付加価値を高 キャップを解消するために、「産地問屋」として商 品を仕入れ、県外の流通業者に「卸す」機能を担う めて販売し、生産者所得を向上させるまち づくりを行う。 概要:元々首都圏のデパートで、ジュース等を最 ために設立された。また、銀座わしたをはじめとす 高級のブランドにこだわって試飲販売。そ る直営のアンテナショップの経営や物産展等の「販 の後、香港に販路を拡大し、現地の評価を 売」機能も持っている。この3つの機能の融合によ 受ける。 る県産品の販路拡大が組織の目的である。 人口1万6千人の町の生き残りをかけた挑戦 青森県の板柳町は、人口1万6千人のりんごの町 物産の販売だけではなく観光PRも総合的に行う である。板柳町ふるさとセンターは、りんごによる 県産品の販路拡大の基本コンセプトは、 「物産と 町おこしの拠点施設として1990年に設置された。 観光は車の両輪」と明確である。海外販路拡大に関 1970年代の中ごろ、危機にあったりんご産業に代 しては、県から受託した「沖縄県産品海外展開戦略 わる新産業の模索のため、当時の町長は若手職員6 構築事業」においても、このコンセプトが貫かれて 名を指名し、全国先進地50か所を1年かけて調査・ いる。同公社の宮城常務は、 「香港から年間5万人 分析させた。施設の基本構想は、この検討結果を基 沖縄に訪れるため、物産の販売だけではなく観光の に様々な議論を重ねながら構築されたものである。 PRも総合的に行う。物産と観光は車の両輪である。 なお、町が100%出捐する㈶板柳町産業振興公社り 沖縄で本物を食し、現地に帰って沖縄からの輸入品 んごワーク研究所が施設を管理運営している。 を買ってもらうという循環が重要である。物だけ 売っても一過性のもので終わってしまう」と観光と SRI 2012.3 No.106 151 静岡県の未来戦略 りんごの付加価値を高め、農家所得を向上させる た20日間のフェアで集中的に売り込むのである。 施設建設前までは、単に市場に出荷するのみであっ これまで述べたとおり、板柳町では、同センター たりんごを、全て活用するという考え方に転換し、 を核として、りんごの付加価値を高め、生産者の所 りんごを原料とするジュース、ジャムなどの加工品、 得を向上させるまちづくりを進めているが、輸出を 果汁の搾りかすを使用したクッキー、りんごの木を 推進する中で、中華系の富裕層にも販路を求めなが せん定する際に生じる枝・花を活用した草木染、枝 らこれを実現しつつあるのである。 の焼却灰を上薬に使った陶器を製造・販売している。 なお、同センターは、過去の決算で赤字を計上す 同町では、センターを核に日本一のりんごの里づ ることはなく、順調な経営を続けており、安定して くりを目指す。具体的には、りんごを加工し、付加 70名の雇用を維持し続けている。 価値を高めて、生産者の所得を向上させるまちづく りである。 ⑶ 同一店舗で地道に試食販売を6年間継続 名称:JA全農山形(山形市) 富裕層にターゲットを絞り企画・製造・販売 概要:りんごを中心に、なし、ラフランスなどの ジュースの原料は、落下物ではなく、完熟した状 フルーツを台湾、香港等に輸出している。 態の良品を農家から市場価格以上の価格で買い取 特徴:同一店舗における県産フルーツの試食販売 キャンペーンを、6年間地道に行っている。 る。この完熟りんごを原料とし、試行錯誤の末に最 高級品として製品化することに成功した。 この当時の状況について、葛西所長は、「どこで 県補助事業からりんご中心の輸出が本格化 誰に売るのかターゲットを定めてから製品化し販売 JA全農山形は、20年程前から輸出を開始したが、 した。具体的には首都圏のデパートで、ビンの質 当時、輸出は国内流通の調整弁的な意味での取組で 感、デザイン、ブランド名(Ringo Works)、ロゴ等、 あった。その後、アジアの富裕層が増加する中で、 最高級にこだわって1本1,000円で販売した」と語っ 輸出に頼らざるを得ない時代を認識し、2005年に県 ている。 の補助金を得て本格的に事業を開始している。 輸出先は台湾が最も多く、りんごが90%以上を占 日系から中華系富裕層へシフト める。最盛期は2005年度に320トンの輸出があった 当初は販売に苦労したが、高級デパートの展示会 が、その後は減少傾向にある。要因としては、台湾 への積極的な出展をきっかけに、 当時の香港西武(現 における輸出規制の強化に加え、円高の影響が大き シティ・スーパー)のバイヤーとの関係が深まり、 い。 輸出を開始することとなった。 台湾の次に多いのが香港であり、シンガポール、 現在では、 香港富裕層の旧正月向け贈答品として、 タイ等にサンプル的に輸出しており、輸出の占める りんごとその加工品が中華系好みに仕立てられ、カ 割合は全体の数%程度である。 タログにも掲載されて販売されている。 同所長は「シ 日本の農作物の品質は世界が認めるものであり、 ティ・スーパーが、当センターの商品を最も購買意 これを求める消費者が多いため、国内外にできるだ 欲が高まる旧正月の贈答用に向けた戦略商品として け広く提供していく。それにより産地を活性化する 位置付けている」と述べている。 ことが重要と考えている。 輸出額は全体の1割を占め、金額にすると4千万 円となるが、うち5割相当をギフトの時期に合わせ 152 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 信頼関係を継続して実績を残す 派手な手法も良いが、地道に継続することが大切 全農山形は、台湾に強いネットワークがある国内 であり、全農山形ではこうした方針を今後も継続し の輸出業者と提携し、関係性を構築しながら輸出す ていく予定である。 ることを重視している。 仮に、担当者が代わってしまうと一から関係を構 築しなければならない。輸出は息の長い取組である ため、組織として体制を継続する仕組みを整えなけ ⑷ 独立した商社を設立し現地商流をつかむ 名称:福岡県庁・福岡農産物通商㈱ 概要:現地PRを一過性のイベントで終わらせず、 ればリスクが生じるのである。 産地と消費地の物流と情報をつなぎ、農家 これは、相手国から見ても同じことであり、少な 所得向上に直接結びつく輸出を実現するた くとも最低3∼4年は同一国の同一店舗で継続して 実績を残していく方法が良い。つまり、各国で一つ 大手の業者と手を結んで継続的に販促をしていくと いう方針である。 め「福岡農産物通商㈱」を設立。「あまおう」 のブランド名で、いちごを香港、台湾、シ ンガポール、タイに輸出。 特徴:段階的に品目数を拡大。価格競争力を持た せるため、柿の低コストな船便での輸出を 推進するなど、物流の効率化戦略を検討中。 地道な継続が現地ネットワーク形成に 2011年、台湾の高島屋で6年目のフェアを開催し ブランド価値向上のため地域がまとまった たが、同一時期に同一会場で行っているため、恒例 福岡産農作物の単価を高め、所得向上を目指すた 行事のようになっている。継続性のないフェアに大 め、1970年代中頃から東京での価値を高める活動と 金を投入して新規開拓を狙うよりも、現在の取引を して、JA全農ふくれんが中心となり各農協が協力 継続することを現況では優先している。表面上、毎 してブランドの統一化や共同配送などを行ってき 年同じ取組を行っているようだが、常に様々な新し た。このように地域としてまとまる素地があり、輸 い話があり、期間中現地バイヤーと商談を重ねる中 出に関しても、県の負担に加えて、それぞれの団体 で、新たな品目等を提案することもある。 も負担に協力する中で活動を行ってきた。 このため、確実に現地とのネットワークが広がっ ている。例えば、2009年から日本人学校との交流が 地方発輸出促進の先駆けとして 始まり、その翌年には山形県知事が、さらにその翌 1992年から10年間、日本の自治体でも早い時期か 年には全農山形の会長が課外授業を行っている。 ら香港において期間限定でアンテナショップを開設 現地店舗での販促活動は、売上げの増につながる。 し、福岡産農作物の評価を確認する活動を行った。 例えば、生産者が店頭に立つと現地の販売促進スタッ 当時は、国の補助は存在せず、出展料は県負担で、 フよりもその日の売上げが高くなる。その理由は、 渡航費等は参加者がそれぞれで負担し合った。 日本の生産者が現地語に不慣れでも一所懸命汗をか 本格的に輸出に取り組み始めたのは2002年からで いて売る姿が好感を持たれるからであるらしい。 あり、香港で商談会、台湾で販売促進フェア、上海 生産者等の参加による販促活動は売上げの増加以 に試験輸出等を行っている。 外にも副次的な効果がある。例えば、現地情勢や消 2004 ∼ 2007年度は拡大期であり、シンガポール、 費者志向の変化に対して、生産者や農協がその情報 タイ、米国、欧州へと広げていった。この当時から、 をいち早く入手できるという側面があり、その後の 国が輸出対策促進事業として補助を始め、急激に全 栽培への意欲につながる。 国の自治体が参入してきた。 SRI 2012.3 No.106 153 静岡県の未来戦略 PRを一過性のイベントで終わらせない 2008年度から県では現在の輸出促進室を設置し、 JAグループと共同で専門商社の福岡農産物通商㈱ ⑸ 抹茶を海外展開の戦略商品に 名称:㈱流通サービス(菊川市) 概要:無農薬抹茶を海外展開の戦略商品として輸 を設立した。農業団体が80%を出資し、県が3%、 出。イギリス、タイ、シンガポール、台湾 それ以外は地場企業5社と福岡大同青果㈱が出資し 等に販路を開拓。自分で作って自分で売る ている。 設立の目的は、PRを一過性のイベントで終わら せず、産地と消費地の物流と情報をつなぎ、農家所 というシンプルな考え方に基づいて、店頭 での実演販売を国内外で行う。 特徴:イギリスでは、消費者向けに抹茶をティラ ミスやアイスにかけて実演販売したところ 得向上に直接結び付く輸出を実現することである。 好評を博した。見本市に出展して名刺交換 すなわち、産地主体の輸出による現地商流の形成で した相手は国内外問わず営業に出掛ける。 ある。 家族経営の小回りの利いた営業で成果を上 このような組織がない場合、海外から発注の動き げる。 があってもなかなか対応できない。商社は多く存在 競争力のある商品と販売ネットワークが強み するが、産地が主体的に戦略を持って輸出を行うと 静岡県菊川市の㈱流通サービスは、煎茶・コー いう取組が必要である。これを進めれば、国内では ヒー・紅茶の国内販売を中心に約3億円の売上げを 評価されない作物も輸出の可能性が生じてくるだろ 確保している。輸出は4年目となるが、抹茶需要の う。 高まりもあって輸出の売上げは年々倍増している。 上記の目的を実現するための組織として、前述の 同社の強みは、競争力のある商品を持ち、原料・ ように県をはじめ農業団体が中心となり地場企業の 流通を押さえている点である。この点で客のニーズ 賛同も得て事業を推進しているが、3年経過した中 にきめ細かく対応できる。また、後述する独自に構 では、残念ながらまだ採算は取れていない状況であ 築した販売ネットワークも強みである。 る。 自らつくって自ら売るだけ 今後はコスト競争力を高め、現地商流をつかむ 同社は元々製茶業であったが、自社で栽培する重 このため、現在、福岡県や農業団体では、更なる 要性を痛感し、山間地の放置茶園を借り栽培を始め 輸出拡大策の検討を進めている。 た。現在、農業生産法人として、4.5ヘクタールの 今後は、日系スーパーの富裕層に限らず、現地 規模で栽培しており、複数の農家とも栽培契約を交 スーパーの顧客である中間層を対象に現地商流をつ わしている。また、同社では、当初から抹茶を海外 かみ、拡大していくことも重要と考えている。その 展開の戦略商品として考え、その組織として天竜ア 場合、コスト面での競争力が求められるため、柿な グリファームを設立した。 どを船の定期便で運べる産地体制の確立など、物流 同社の海外取引は、イギリスが最も多い。店頭で の効率化も進める考えである。 ティラミスやアイスに抹茶をかけて実演販売したと 今後の輸出拡大を展開するため、県では、東アジ ころ好評を博した。次がタイであり、現在、アイス アに近い福岡という地の利を生かす視点が重要であ クリーム向けの需要に供給が追いつかず、先方から ると考えている。 商品を取りに来る状態である。タイの業者は中国産 に比べ同社の抹茶が安価なため切り替えたが、その 後、色・味・香りの良さからアイスの売れ行きが好 154 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 調であることから、店舗を増設する計画である。 家族経営を強みに転換 その他、ベルギーの有名パティシエが同社の抹茶 社長がスリランカ出張の際に、家族を連れて行っ を採用し、世界の三ツ星レストランのシェフの会か たところ「ファミリー」と取引先が呼び出すほど親 らも選定されたため、フランス、ドイツでの販売に 密な関係づくりが出来た。同国は元イギリスの植民 もつながる可能性がある。服部社長は、「やはり直 地のため、ビジネスはイギリス流で、妻同伴が基本 接出掛けなければだめだ。コンセプトは簡単。自分 である。特に子どもの同伴は、次の跡取り候補とし で作って自分で売るだけだ」と指摘する。 て長い関係を意識した付き合いに変わってくる。 このように、同社は、小規模家族経営という弱み 抹茶を輸出の戦略商品に を、先に述べたとおり、「小回りが利く」「顔が見え 社長は、学生のころ、バックパッカーとして欧米 る」というプラスの要素に光を当て、強みに転換す 各国を回った経験等から、煎茶の土産があまり喜ば る中で、ネットワーク構築を図っている。ここから れないことを痛感していた。外国人にとって、煎茶 多くの示唆が得られるだろう。 は飲み方が難しいが、抹茶はケーキ、アイス、牛乳 など、分かりやすく、かつ多様な使い道に可能性が あることを知っていたのである。 ⑹ 技術と発想の組合せで新たな商品価値を創造 名称:㈱フードランド(浜松市) 抹茶に関しては、国内市場では宇治のブランドに 概要:みかん等の果物をまるごとペースト状に加 対抗できないが、山間地が多い静岡は無農薬で栽培 工する技術を開発。販路を国外にも向けた しやすいという点で、優位性があると考え、今後も 6次産業化を実践している。 同社の海外戦略として継続していく予定である。 特徴:みかんペーストは、ケーキ、クッキーなど の業務用原料に活用され好評。 顔の見える実演販売からネットワークを拡大 ミカン由来のアロマオイル、香料も製品化。 同社の最初の輸出のきっかけは、アグリフード 肉の軟化処理技術による成功で事業を拡大 EXPOである。この展示会に出展し、JETROの商 ㈱フードランドは、元々肉の卸売業で、現在の中 談会からバイヤーと結びついた。展示会では、石臼 村社長で三代目となる。社長の専門は心理学で米国 を持参し、その場で挽いて抹茶ラテにしたところ評 ハワイ大学に留学した経験を持つ。牛肉・オレンジ 価が高まった。 の輸入自由化が進む状況下、社長は、家業を継ぐた 販路は、実演販売から広がり、その評判が評判を めに通った食肉学校で、パパイン酵素を使った牛肉 呼んで多くの依頼が来るようになった。こうした機 の軟化処理技術を習得した。 会を逃さずに、社長が営業マンという小回りを利か 同社は、この技術を用いて、業務用向け米国牛の せながら、ネットワークを拡大しているのである。 販売を伸ばし、3年間で浜松最大手の牛肉屋になっ 海外では、商社経由の商品を同社に変更してしま た。その後、ホテルからの依頼によりハンバーグな う例もある。店舗側からすると、商社マンは3年も どの半加工品の納入も手がけることになり、野菜か すれば担当者が変わってしまうが、顔の見える商売 らコメまで様々な食材を扱うようになる。半加工品 を続ける同社との長い信頼関係を保っていく方が安 はホテルのレシピに基づくものであり、業務を通じ 心と考えるらしい。 て同社は膨大なデータを得ていく。この蓄積を基に、 同社は、外食産業、給食事業まで事業領域を拡大し、 精肉店から食品全般の総合企業へと革新的変化を遂 SRI 2012.3 No.106 155 静岡県の未来戦略 げている。 みかんの花の価値の再発見 香料も可能性がある。みかんは、摘果よりも花の 技術と発想の組合せで全く新しい価値を創造 段階で摘み取って香料等に加工すれば、ばらに匹敵 肉の軟化処理は、温度と時間管理がポイントであ する価値があるが、花摘み作業の重労働は受け手が り、これを怠ると極端に軟化し液状化してしまう。 ない。そこで、発想を転換し、都会の女性向けにみ 社長は、商売上、夜の付き合いも多かったため、そ かん花摘み体験ツアーを企画した。 の管理に手を抜いて提供した結果、大失敗を何度も みかんの花言葉は「花嫁の喜び」である。ツアー 繰り返すようになった。 は、香料の抽出過程と瓶詰めの体験要素も含めて企 ある親類の集まりで、社長は、傷物・摘果みかん 画され、2012年は、複数の全国有名大学から課外授 が廃棄されるという話題に着目し、かつて失敗した 業で参加したいとの話がある。 経験を生かし、まるごとみかんを溶かしてペースト 地域にとっては、高齢化が進む中、摘果が困難と 化して活用するアイデアを思いついた。 なっており、若者の来訪が二重三重の喜びにつなが ペースト化は、初期投資を抑えるため同社では行 る。参加者にとっては、三ケ日のイメージを持ち帰 わない。生薬製造工場等の酵素分解処理プラントの り、地元スーパーで買い物する際には三ケ日産を買 空き時間を使い、酵素と管理手順を明示して製造委 う誘引にもつながる。つまり、最終目的は、三ケ日 託するのである。つまり、同社の初期投資は0円。 ブランドの形成であり、ファンづくりである。 工場にとっては、空き時間の活用で収入が得られる メリットがある。 将来三ケ日みかんブランドがパリに進出 このように、同社は、果物の軟化技術を発展させ 2011年、パリのパティシエ組合から話があり、10 ビジネスモデル化した。ここでは、技術と発想の新 トンのみかんペーストの輸出許可が下りたが、福島 しい組合せから、全く新しい商品価値を独自に創造 第一原子力発電所の事故の関係で頓挫してしまっ する視点が注目される。 た。本来ならば、今頃はシャンゼリゼ通りに三ケ日 みかん原料のお菓子が並んでいたはずである。その 無限に広がる開発の可能性 後、2012年早々に実験用としての注文をもらってい このみかんペーストは、現在、石けん、香水、マ るため、将来パリに出ることとなるだろう。 ッサージオイル、ポン酢、ハイボールなど100種類 また、農業資源の豊富なBRICsのベンチャー企業 の製品の原料として用いられており、最終製品の可 から酵素分解処理のプラントを1ユニット4億円で 能性は無限大に広がる。 輸出しないかという提案もある。 ペーストは、単品のみかんの倍以上の価格で販売 このように様々な話があるが、同社では日本国内 可能であり、加えてビタミンC、食物繊維、ポリフェ での消費拡大の余地がまだあると考えている。 「産 ノール、カロテンが損なわれずに「まるごと溶け込 地崩壊を起こさないことが重要。みかんを一所懸命 んでいる」のが特徴である。しかも、溶けているた 栽培する人がいるからこそ我々の商売が成り立つの めペースト化の過程で廃棄物はほとんど出ない。 だ」と産地あっての6次産業化という想いを社長は 価格は、フランスの輸入オレンジピューレの半値 語っている。 以下で提供できるため、洋菓子店はフランス産から 同社の国産原料の製品に切り替えてきている。 156 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 ⑺ まねのできない冷凍えだ豆を製造し輸出 名称:JA中札内(北海道中札内村) 概要:とれたてのえだ豆をゆでた後に液体窒素で る。ここまで確立するのに本当に苦労した。ノウハ ウはどこにもまねできない」と組合長は述べている。 この工場が、110人の雇用を生み出しているが、 瞬間冷却し、色・味・食感の優れた冷凍え 村の人口規模が4,000人であることを考えると効果 だ豆として差別化。米国、香港、ロシア、 は大きいと言えよう。 シンガポールに輸出。加工品開発に積極的。 特徴:組合長自らがドライアイスで保冷した商品 を海外に持ち込みトップセールスを実施。 「EDAMAME」は世界共通語 同組合では、全国32府県の学校給食に供給してい 右肩上がりのえだ豆 たが、販売を伸ばすためJETROや銀行の海外商談 JA中札内の農家戸数は170戸であり、その耕地面 会に参加し2008年から輸出を開始した。組合長自ら 積7,800ヘクタールのうち、えだ豆は550ヘクタール。 の手荷物にドライアイスを詰めて海外へと持ち込 その他はビート、麦、ばれいしょ等を栽培している。 み、試食を重ねながら徐々に販路を拡大している。 えだ豆は、毎年2億円の増加を実現して、年間20億 海外に行けば輸出につながる。これまで積極的に 円程の売上げを確保している。販売先は、大手スー 進めた中で、2011年度は、主力の米国に加え、ロシ パー向け7割、学校給食が3割であり、輸出は1% ア、香港、シンガポール、ドバイ向けに合計1億ト に満たない。 ンの目標を立て準備してきたが、東日本大震災で頓 挫してしまった。 組合長自らが販路開拓 「海外ではどこに行ってもEDAMAMEが通用す 2004年度までは毎年1∼3千万円の赤字だった る。世界共通語になっている感がある」と組合長は が、現在の山本組合長の就任後、柔道家としても著 語る。食べ方も日本と変わらず、ロシアではウオッ 名である組合長が、自ら知人を駆け回るなど努力し カのつまみとなっている。用途は居酒屋レストラン て販売した結果、2005年度から黒字に転換した。 などの業務用が多い。 組合長は現在でも、東京には年間30回以上、えだ 豆のために日帰り出張する。組合長自らが出掛ける 瞬間凍結えだ豆から加工品にも重点 と先方の対応も変化し、商談もスピーディに進む。 同組合では、フランスから効率化のため収穫機を その場で決断して話を決めたケースは数多く、組合 3台導入し、1日60トンの収穫が可能となった。収 長は「自ら動かなければ販路の拡大にならない。変 穫後は、工場に輸送、ひげを取り、蒸して塩水に浸 わり者の組合長と言われるが、当たり前のことをし し、一気に冷凍して製品化する、この間2時間であ ているつもりだ」と語っている。 り、色も味も落ちない。 さらに2009年度には「むきえだ豆」の製造装置を まねのできない製造ノウハウを確立 国の補助を得て導入し、学校給食の炊き込み御飯用 2007年に発生した中国の冷凍ギョーザ事件の際に 等の高付加価値商品として提供している。 は、えだ豆が欠品し、大手居酒屋チェーンに大きな また、同組合では、通年で安定した販売が得られ 迷惑をかけた。この反省から、2009年、国の補助を るよう35種類の加工品を開発しており、これからも 受け5千トンの処理が可能な工場を20億円かけて増 開発に重点を置いていく方針である。 築した。 「全国から視察が来て日本一と評価される が、ハコではなく製造ノウハウが一番だと思ってい SRI 2012.3 No.106 157 静岡県の未来戦略 ⑻ 輸出の鮮度保持技術が競争力の向上に 名称:JA新いわて(岩手県八幡平市) 概要:安代地区のりんどうの国内シェアは3割で 要がある。つまり、11億円産業の収益で輸出が成り 立っているのである。なお、輸出額は約1千万円で 輸出割合は1%未満である。 11億円産業。 「安代りんどう」のブランド このように輸出すればする程、赤字が増える状況 で、オランダの花き市場に輸出し高値で取 であったが、2011年度は、円高・ユーロ安という厳 引されている。 しい状況の中にあっても黒字となる見込みであり、 特徴:輸出そのものは、円高の影響から赤字が続 明るい兆しが見えつつある。 くも国内の売上でカバーしている。 オランダまで20時間空輸する間の質を保 ちながら輸送する技術・ノウハウを蓄積し たため、結果的に国内競争力を高めている。 プライドをかけブランドを守る 花き部会では、輸出を止めたらどうかという意見 もあった。しかし、撤退は寂しいという会員の意見 ニュージーランドとの交流から輸出へ もあり、輸出向けに出荷を行う15人に続けてもらっ JA新いわてのりんどうは、出荷額約11億円と全 ている状況である。 国シェアは30%以上である。その中心となる安代地 農家にとって、輸出による金銭的なメリットは少 域では、日本のりんどうをけん引するという自負か ない。外国に自分のりんどうが輸出されているとい ら「花き研究センター」が開設され、数多くの新品 う「想い」と世界に通用するという「プライド」で 種の開発が行われている。 行っている。八幡平営農経済センターの小笠原監理 このように独自の品種開発と規模拡大が図られる 役は、「オランダにおける安代ブランドを守るとい 中で、同地域では需要期以外の価格の低迷という問 うことであろう」と述べている。 題を抱えていた。このため、国内需要期以外の販売 促進と安定化を目的に、オランダへの輸出に取り組 輸出で培われた鮮度保持技術が競争力の向上に んだ。きっかけは、ニュージーランド生産者との交 同地区の生産者は、オランダへの輸出によって、 流の中で、輸出のアドバイスを受けたことによる。 品種別に出荷するタイミング・温度管理等が微妙に 2003年に県の「りんどう輸出チャレンジ事業」が 異なる点まで追及して花持ちを維持するノウハウを 3年間予算化され「花き研究センター」の日影所長 苦労して確立した。この培われた鮮度保持技術が、 を中心に取り組んだ。事業は、終了後の2006年度か 国内で生きており、安代のりんどうは他産地より「日 らJA新いわてに移管され、現在に至っている。 持ちが良い」という高評価を受けている。つまり、 海外向けに戦ってきた結果、国内競争力を高めてい 赤字でも何とか輸出を継続 るのである。 2003年度の輸出は24万本、その後順調に伸びて 158 2008年には66万本のピークを迎えたが、これ以降は 若い後継者も順調に育つ 減少し、2010年は25万本の実績となっている。 同地区では、後継者が順調に育ち、20数名の青年 輸出は、順調に見えるが、利益を出すのは厳しい 部員が在籍する。輸出を担っているのはこれら30∼40 状況である。オランダへの輸送のための航空運賃な 歳代の若い生産者であり、部会の役員も他の産地に どの経費を引くと、2007年度以外は、ほとんど赤字 比べて若い。高齢者では輸出に伴う規格の選別作業 であった。そのため、輸出用に出荷した生産者の手 等は困難であり、若いからこそできる作業である。 取額を国内と同等にするよう花き部会で調整する必 これら若手生産者は、オランダ市場に直接出掛け SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 刺激を受けるとともに、海を越えて海外に栽培・出 で取り組んだ結果、輸出の割合が徐々に増え、現在 荷しているという事実が、若い生産者の栽培意欲に では概ね30%を占める状況である。海外向けの実績 も良い影響を与えている。 は約150トン。2011年は東日本大震災の影響から販 売実績は前年を下回る見込みである。 輸送技術・ノウハウを基に新たな販路拡大へ 同社の輸出先は北米が中心で60 ∼ 70%を占める。 2011年度、同組合では、新たな販路拡大を目指し、 北米は東日本大震災直後に一時期落ち込んだが、夏 経済産業省の「ジャパントップブランド事業」の採 以降はほとんど影響がなくなり、むしろ通常より増 択を受け、香港、米国の市場調査を行った。この調 えている。次が台湾で、半分に激減。他のアジア圏 査で安代りんどうは高評価を受けたため、今後、香 も同様で、特に香港がひどい状況である。 港、米国向けの販売を収益の柱にするよう、来年度 も引き続き調査する予定である。 日本食レストランの拡大ブームに乗った これまで輸出に関しては、 様々な困難があったが、 同社の海外輸出は、大手ノリメーカーとの関係か 同調査の中で、これまで培ってきた輸送技術・ノウ ら始まった。米国では、1980年代後半から1990年代 ハウがニューヨークへの20時間の空輸という厳しい にかけての日本食ブームから日本食レストランが急 環境の中で生かされた。過去の経験の蓄積は無駄で 増し、ノリの需要が高まった。同社はその販路にう はなかったのである。 まく乗った形で、業務用を中心に取引を拡大してい る。 輸出の継続で技術をつなげる 大手ノリメーカーと同社は全米で15支店を持ち、 同地域では、このような技術・ノウハウは将来に 膨大な品目を取り扱う日系の卸売業者と結びつき、 つなげていきたいと考えている。したがって、部会 そのルートを使って販売している。本格的に輸出を としても輸出は止められないのである。 実践する場合、このように現地販売網を持つ者との また、 「安代りんどう」に対してバイヤーにもファ 取引が必要である。 ンがおり、 他国の産地よりも高値で落札されている。 このブランド力を生かして、将来、全世界に向けて 国によって異なるアプローチ 販売していくのが大きな夢となっている。 国が異なっても、どのような人間と組むのかが最 も重要と言えるが、国によってややアプローチが異 ⑼ 現地販売網を持つ事業者と結びつき輸出 名称:㈱やまま満寿多園(御前崎市) 概要:20年前から茶の輸出を開始し、世界十数か 国に積極的に輸出する(輸出割合3割) 。 特徴:中国におけるノリ養殖のパイオニア的存在 である大手ノリメーカーとの接点から茶の 輸出を始め、お茶の販路を拡大している。 なる。 例えば、同社は香港において、何千の品目を取り 扱い、自らレストランまで経営する総合食品商社と 協力関係にある。この商社が小売にセールスする際、 同行して営業させてもらい、サンプルなどを配りな がらPRする手法を取っているのである。 一方、台湾では、お茶専門業者と代理店契約を結 20年前から緑茶輸出に挑戦 んでいる。これは、数多くの出張を繰り返す中で、 ㈱やまま満寿多園は、20年前から緑茶の輸出を開 台湾の茶業関係者と人脈を構築したことにより締結 始し、現在、十数箇国に販路を広げている。国内販 できたのである。 売が厳しく、海外に「伸びしろ」があるとの考え方 その他、展示会の出展から取引される場合もある。 SRI 2012.3 No.106 159 静岡県の未来戦略 日系店以外の商流をつかむ ている。 日系販売店との20年来の取引関係から、他の日系 店から話があっても、現在の日系店との関係をほご わさび栽培の投資負担から経営は厳しい にするつもりはない。同社は、米国では日系、欧米 わさびはボックス式で栽培するが、定植してから 系、中国系、韓国系全てと取引しているが、今後は 収穫までに1年半かかる。同社の出荷先は、ほとん 日系以外から話があれば、積極的に拡大していく予 どが青森県内である。ハウス栽培であるため収穫が 定である。 安定し、受注していつでも出荷できるのがメリット 世界的にも、中国人居住者が増加の一途をたどっ であり、新規参入の建設業には合っている。根茎は ており、 これら富裕層のマーケットに注目している。 主に仲卸、直売所向けであり、茎はわさび漬けなど の加工用として食品加工業者に販売している。 お茶が持つネットワークの活用も とうもろこしは、主に仲卸・市場に出荷するが、 同社は海外事業を行う部署とスタッフがいて、自 他にインターネット、FAXで受注販売する。リピー 前で輸出の手続が可能である。県内事業者と連携し ターが多く顧客は100件程ある。また、業者に対し て、競合しない商材を同社のノウハウ、販路ネット ては、生あるいは真空パック向けに販売する。りん ワークで海外輸出できる可能性があるのではないか ごは全て市場出荷である。 と考えている。 わさびは毎年黒字ではあるが、初期投資額が大き 「何もわからない者が海外で販路を開拓していく く、設備の減価償却がままならない。収穫量はある のは、とても厳しく現実的でない。むしろ、お茶が 程度決まっているので、更に収益を上げるには加工 持つ既存の海外販路ネットワークを活用していく方 品の開発と労務費の削減しかない。 策があるのではないか」と増田社長は述べている。 ドバイでわさびのPRにチャレンジ ⑽ 事業協同組合を設立し輸出に再挑戦 名称:嶽開発㈱(青森県弘前市) 概要:建設会社でありながら農業参入。とうもろ 同社は、GULFOODドバイ2007に建設関係の団体 から補助を受けて参加した。日本食ブームもあって 高級ホテルの一流シェフが興味を持ってブースに来 こし、わさびを主に栽培。わさびの輸出を 場するなど、わさびへの関心も高かった。しかし、 検討し、ドバイの見本市に出展 商談の数は、やはり「りんご」が多く、結局、りん 特徴:出展したメンバーを中心に事業協同組合を設 立して長芋の台湾輸出活動を始動している。 公共事業の削減を背景に建設業から農業に参入 ごジュースのみ可能性ありという程度で終わった。 価格と支払いの条件面で折り合わなかったからであ る。 嶽開発㈱は、2005年「津軽・生命科学活用食料特 160 区」を活用し、 建設業として農業への参入を図った。 事業協同組合を設立し輸出に再チャレンジ 青森の産業は、農業と建設業が主体であり、特に ドバイに出展した会社を中心に建設系の2社が加 弘前市は人口の4割が建設業関連に携わっている状 わり2010年にACネット事業協同組合という組織を 況である。参入した背景には公共事業の減少があっ 設立し、農作物を台湾に輸出する活動を開始してい た。 る。目的は、青森県産品の海外輸出であり、公共か 主な作物は、りんご、とうもろこし、わさびであ らの支援は特に受けていない。 る。これらで合計1千万円の出荷額の目標を達成し 当初の参加者にフェリー事業者も加わった。この SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 会社には、台湾の有力者とネットワークを持つ社員 将来の目標は、この割合を3割まで高めることであ がおり、2011年は月に1回程度、組合長と台湾への る。そうすれば農家も所得増の実感が出てくるだろ セールス活動を行っている。 うと考えている。 組合の事業は、組合員の商品を仕入れて輸出する ものであり、その他、青森港に来る豪華客船の乗客 消費地に直接乗り込む を対象に、岸壁にテントを張って青森県産品の販売 同社は、りんごの栽培方法等の説明可能な者が消 なども行っている。 費地に乗り込むことが重要と考えている。割高と評 将来的に、同組合としては、青森県産品としてあ 価される日本の農作物だが、食味、質、安全性の向 る程度の量をまとめ、航空若しくは海上コンテナ貨 上にどれほどの手間がかるのか、消費者に説明し、 物で輸出したいと考えている。 納得させる必要があると考えるからである。山野社 その中で、同社では、様々な課題があるものの、 長は「特に中華系の人は、割高な理由に納得し、試 十分な価格と販路、 そしてパートナーが得られれば、 食しておいしくなければ買わない」と指摘する。 わさびの輸出も検討していく。例えば、岩手県に同 したがって、販売でもいきなり小売店に接触する 社と同じ方式でわさびを栽培する会社が2社あるの 方法を採用している。小売店側からりんごを要求さ で、これらと組んである程度の量が確保できれば、 れれば、先方が使用する貨物便に混載させるか、若 具体的な対応も可能と考えている。 しくは取引のある業者などを指定してもらう。つま り荷の流れは後の話である。社長は「小売と直に交 ⑾ 産地コーディネーターとしてマッチング 名称:山野りんご㈱(青森県弘前市) 概要:輸出の先駆けとして有名な片山りんご㈱の 渉した方が話が早い場合がある。農家の取り分を確 保する意味からもこの方法が望ましい」と述べてい る。 販売部門。スイス、仏領タヒチ、中国、ド バイなど世界各国に輸出 特徴:産地に軸足を置いた産地コーディネーター として、国外消費地のコーディネーターと 消費者に近いところで需要を創造する 例えば、産地側でりんごを輸出することを考えた 連携しながら輸出入業務をマッチングさせ とき、通常は大手商社への依頼を考える。商社は大 ている。 規模な取引をするので、量を確保するために産地か これを青森メソッドとして確立する予定で ある。 ら大量に集めることとなる。その結果、商社は在庫 リスクを抱えてしまうので、安く売りさばこうとす りんごの販売組織を立ち上げ3割の輸出が目標 る。これでは結局、コストのしわ寄せが農家に転嫁 山野りんご㈱は、りんごの販売会社である。同社 されることになる。 「日本人はまじめなのでこの順序 は、約70人の農家から構成される津軽りんご組合か で考えるが、逆である。生産農家の手取り向上、維持 らの受託販売や、 市場からの仕入れ販売を行うほか、 拡大なくして輸出は成り立たない。先に需要を創造す 高品質なりんごジュースを製造している。 る取組が重要なのではないか」と社長は指摘する。 輸出先は、スイス、仏領タヒチ、中国、ドバイな 消費者に近いところで需要が巻き起これば、物は自 ど世界各国に広がる。目的は、輸出を増加させて農 然と流れるのである。 家手取りを増やすことであり、あくまでも産地に軸 足を置いている。海外売上げの比率は、現在5∼ 青森メソッドの確立に向けて 10%であるが、 輸出単独でも採算は成り立っている。 「ITを活用すれば、個人でもかなりの事業ができ SRI 2012.3 No.106 161 静岡県の未来戦略 る時代だ」と社長は指摘する。同社を中心に、シン プルに産地のコーディネーター、消費地のコーディ ネーターが連携して輸出入業務をマッチングさせる ⑿ 農の弱みである販売力・発信力を支援 名称:㈱エムスクエア・ラボ(静岡県菊川市) 概要:創業時は、機械設計、解析コンサルティン ことを試みている。 グなど企業の技術開発を支援していたベン 産地コーディネーターは、同社のような生産、販 チャー企業。工業で培ったものづくりのノ 売が密接に結び付いた組織が担う。将来、資金力と ウハウとIT技術の強みを活用して、静岡 労力が整えば、りんごのみでなく、他の品目と荷の 県内農業者と国内外購買者のビジネスマッ 混載も可能となる。消費地コーディネーターは、現 チング等の経営支援を行う。 地の輸入会社等であり、荷を受けて直接小売店に流 通させていく。 特徴:足で稼いだ県内農業情報を多言語で世界に 発信するウェブサイトを運営。 青森では、JETRO青森の指導・支援の下、この 静岡県内にも農業支援のベンチャーが生まれた 方式に挑戦している。最初に、JETRO青森の会員 ㈱エムスクエア・ラボは、機械設計、解析コンサ がコンソーシアムを組む。そして、複数の業者から ルティングなど企業の技術開発部門を支援する業務 商品を集め、輸出に伴う煩雑な手続をJETROの指 を行うために、2007年、加藤百合子社長が設立した 導・支援で解決し、混載貨物でロサンゼルスに発送 ベンチャー企業である。2009年、社長の静岡大学農 した。現地では、JETROの紹介で結びついた消費 業ビジネス講座受講を機に、農業ビジネスマッチン 地のコーディネーターを介して現地小売店に流通さ グ、農業関連サイトの企画・運営など、農業ビジネ せ、最終的に青森県産品フェアを開催、販売するこ スの支援事業を開始した。 とができた。 この事業では、「出来る限り生産者・製造者が店 生きた旬の情報を多言語で世界に発信 頭に立って販売する」という合意がなされ、各事業 農業事業においては、2010年の静岡県の委託事業 者の代表を米国に出張させた。参加者は、直接現地 を契機に、生きた県内農業の現場、食の物語、旬の の空気を感じ、消費者の声を聞くことで、今後の生 イベント情報を、日・英・中・仏・ポルトガル・韓 産・製造・輸出への意欲も高めることもできた。 の多言語で世界に発信するウェブサイト「アグリグ 地方の農家やメーカーが海外に作物や商品を輸出 ラフジャパン」を運営し、IT活用及び多言語での できない主な理由として、①一社では輸送コストが 情報発信を強みとして県内農業のビジネスマッチン 割高となる、②輸出方法と手続が分からない、③販 グを展開している。 売方法が分からない、④販売の見込みが立たないと いう問題が挙げられる。青森では、コンソーシアム 安心・安全情報の発信から海外販促まで進化 を組み、リスクを分散することにより、この問題の さらに、次のステップとして、2011年からは、静 解決に成功した。 岡 県 の 委 託 事 業 で あ る「 ふ じ の く にWorld Wide 社長は、 「志を同じくする者が自発的に一致団結 Farmプロジェクト」を推進している。同プロジェク し輸出に取り組む事例は、他の地域では例がないの トでは、農業ビジネスサポートとして、販路開拓支 ではないだろうか。これを今後、青森メソッドとし 援、商品開発支援などを行っているが、海外販路開 て確立したい」と語っている。 拓という意味から海外輸出サポートも行っている。 また、トレーサビリティの実現のために、静岡県 内の13のほ場の協力を得て生育状況ライブ配信やほ 162 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 場環境測定、栽培履歴管理などを行っている。 に限らず世界各国から問い合わせがある。 加えて、農業プロモーション活動では、海外向け 今後の輸出の可能性としては、お茶、コメ、わさび、 農業PRや、PRサイトの企画運営を行っている。な メロンが考えられる。コメは新興国の需要が増えて お、海外プロモーションに関しては、2011年10月27 おり、小麦離れもあって人気が上がっている。東日 日∼ 29日の3日間、シンガポールで行われた「が 本大震災の影響はあるが、海外における日本食の人 んばろう!日本 Taste of Japan」に出展したほか、 気は高く、同社ではその食材としてコメのニーズが 独自に10月26日∼ 11月9日、台湾高雄市の大統百貨 あると考えている。 店にて静岡物産展を企画・開催している。 2 ヒアリング調査のまとめ 農の弱みである販売力・発信力の支援 これまで、県内外の様々な事例を見てきた。これ 社長は、 「国内農業も他産業と同様に空洞化が深 らの取組と団体ヒアリングで指摘された6つの検討 刻になっている。土地の制約から規模拡大できず、 課題との対応関係を整理したのが図3−1である。 危機感を持った優秀な生産者が海外に出て、日本に 先行事例の多くがこれらに対応していることを読 逆輸入しているケースもある」 と指摘する。さらに、 み取れるだろう。また、ヒアリングを通じて、特に 「日本の農業の強みは生産管理が徹底されているこ JA全農山形の例にあるように、 「継続的取組」の必 と。弱みは販売力と発信力であり、当社はこの弱み 要性が新たに浮き彫りになった。 の部分を支援したい」と述べている。 今後、本県の農作物等の輸出促進を更に良い方向 に進めるとするならば、これらの検討課題に沿った 世界からの思わぬ反響に手ごたえ 政策の方向が求められるだろう。 多言語発信を行った結果、商談の問い合わせが予 想以上に多くある。また、中国発のビジネスマッチ ングサイトであるアリババに出展したところ、中国 図3−1 事例と検討課題の関係図 出所:ヒアリングを基に、当財団にて作成 SRI 2012.3 No.106 163 静岡県の未来戦略 第4章 海外消費者アンケート調査 第2章において、日本食レストラン向け及び加工 2 調査結果の分析 ⑴ 日本料理について ア 日本料理のイメージ(MA n=各都市500) 品も含めた日本産食材の可能性が指摘されたため、 この視点を中心にアンケート調査を行った。 本章では、その概要を紹介し輸出を想定する国・ 日本料理のイメージは、「おいしい」が上位で共 通している。一方、ソウルでは、「不安」(19.2%) というイメージもある。 地域の消費者ニーズを探ることとする。 都市別に見ると、上海では「おいしい、健康によい」 1 調査の目的と内容 (それぞれ75.8%、68.0%)、ソウルでは「値段が高い、 ⑴ 調査目的 おいしい」(それぞれ86.6%、75.8%)、台北では「お 中国・韓国・台湾の市民を対象として、日本料理 いしい、値段が高い」(それぞれ80.4%、74.2%)が 及び日本産食材に関する消費実態などを調査した。 多い。全体では「おいしい」というイメージで共通 している。 ⑵ 調査対象 質問項目別に見ると、上海では「健康によい」が 中国(上海500人、杭州300人)、韓国(ソウル500 68%と他都市に比べ高い。ソウルでは「不安」が 人) 、台湾(台北500人) 19.2%と高く、「安全で安心」が28.8%と低い。 ⑶ 抽出条件2 図4−1 日本料理のイメージ 上海及びソウル、台北は訪日旅行経験を有する者 杭州は訪日旅行又は海外旅行経験を有する者 ⑷ 調査方法 インターネット調査 ⑸ 調査期間 2011年7月29日から8月9日まで ⑹ 回収結果 表4−1のとおり。 表4−1 アンケート回収結果 出所:当財団にて作成(以下、本章の図表は全て同じ) 2 当財団が行った「訪日旅行の現状と展望に関する意識 調査」に設問を追加する形で実施したためこのようになっ ている。 164 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 イ 日本料理を初めて食べた時期(SA n=各都市 500) ウ 日本料理を食べた頻度(SA n=上海500、ソ ウル・台北各497) 日 本 食 を 初 め て 食 べ た 時 期 は、 台 北、 ソ ウ ル 日本料理を食べた頻度は、全ての都市で、「1か で、「10 年以上前」が最も多く、それぞれ 56.0%、 月に1回」が最も多く、およそ3割。ソウルでは「1 52.6%を占める。上海では、「1∼5年以内」が 週間に1回」が 20.5%存在する。 31.2%と最も多い。 都市別に見ると、ソウル、台北、上海に共通し 都市別に見ると、台北、ソウルでは、 「10年以上前」 て「1か月に1回」という人が最も多い(それぞれ からが最も多く(それぞれ56.0%、52.6%)、上海で 36.8%、34.6%、31.0%)。 は、 「1∼5年以内」が31.2%と最も多い中で、「10 「1週間に1回」という頻度の高い人がソウルで 年以上前」は13.0%と多くない。 は20.5%、上海では17.4%であり、上海においては、 ま た、 ソ ウ ル で は、76.0 % の 人 が、 台 北 で は 「ほぼ毎日」という非常に頻度の高い人が3.0%存在 66.4%の人が、5年以上前( 「5∼ 10年以内」と「10 する。 年以上前」の合計)から食べている。 また、ソウルでは57.5%の人が1か月に1回以上 ソウルでは食べた時点が過去であるほど、その割 (「ほぼ毎日」「1週間に1回」「1か月に1回」の合 合は多い。 計)日本料理を食べたと回答し、この値は、上海で また、ソウルでは「3か月前から」という最近食 は51.4%、台北では45.1%となっている。 べ始めた人が2.6%と少ない一方で、上海、台北で なお、上海では「数年に1回」が3.6%であるの は、この割合が、それぞれ17.4%、14.8%と少なか に対し、杭州では10.8%を占める。 らず見られる(なお、杭州では「3か月前から」が 21.3%) 。 図4−2 日本料理を食べた時期 図4−3 日本料理を食べた頻度 SRI 2012.3 No.106 165 静岡県の未来戦略 エ 好きな日本料理(MA n=上海500、ソウル・ オ 今後食べたい頻度(SA n=各都市500) 台北各497) ソウルでは、43.0%の人が「1週間に1回」日 好きな日本料理は、共通して「寿司」が最も高い。 本料理を食べたいと回答。台北・上海では「1か月 これ以外に、いわゆるB級グルメも好まれるが、好 に1回」が最も多く、それぞれ 38.8%、29.8%を みは国によって異なる。 占める。 都市別に見ると、ソウル、台北、上海で共通して 都市別に見ると、ソウルでは、「1週間に1回」 「寿司」がもっとも高く、それぞれ77.1%、72.4%、 食べたいとする人が43.0%と高く、台北、上海で 66.0%である。 は、「1か月に1回」食べたいとする人が、それぞ 質問項目別に見ると、台湾では、 「ラーメン」「味 れ38.8%、29.8%と高い。 噌汁」 「すき焼き」が他都市と比較して高く、ソウ ソウル、台北では、 「ほぼ毎日」という頻度の高 ルでは、 「そば」 「焼そば」が高い。一方、上海では い人が、それぞれ4.4%、4.2%いる一方、台北では、 「お好み焼き」が低い。 「いつかわからない」という人が7.4%存在する。 なお、上海では、「刺身」が好まれるのに対し、 また、ソウルでは81.2%の人が、今後、1か月に 杭州では「焼き魚」も好まれる(刺身=上海55.0%・ 1回以上( 「ほぼ毎日」 「1週間に1回」 「1か月に 杭州44.8%、焼き魚=上海33.4%・杭州44.8%)。 1回」の合計)日本料理を食べたいと回答し、この 割合は台北で68.6%、上海で55.2%となっている。 図4−4 好きな日本料理 なお、 「いつかわからない」は上海の5.6%に対し、 杭州では14.0%となっている。 図4−5 今後食べたい頻度 166 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 ⑵ 日本産食材について ア 購入したことのある日本産食材(MA n=各都 イ 今後購入したい日本産食材(MA n=各都市 500) 市500) ほとんど全ての品目において、今後の日本産食材 購入したことのある日本産食材は、上海では「調 の購入を希望する割合は減っている。特に、ソウル 味料」 (52.2%)、ソウル・台北では「お菓子類」がトッ では 37.0%が「購入したくない」と回答 プ(それぞれ 62.6%、73.0%)である。 全体として、上海の「農産加工品」 (18.4%)を除き、 購入したことのある日本食材のトップ3は加工品 全ての品目において、 「今後の希望割合」はアで伺っ が中心である。 た「過去の購入割合」に比べて減少している。 上海では、 「調味料」 (52.2%)「魚類(48.8%)「ア 上海のトップ3は、 「調味料」 (40.6%) 「お菓子類」 ルコールを除く飲料」及び「お菓子類」 (45.2%で同 (32.2%)「アルコール類」(31.0%)で「魚類」が外 率)の順となっている。 れた。「購入したくない」人が12.8%いる。 ソウルのトップ3は、 「お菓子類」 (62.6%)「アル ソウルのトップ3は、 「お菓子類」(27.8%)「ア コール類」 (47.6%) 「茶葉」 (35.8%)である。 ルコール類」 (23.6%)「茶葉」 (16.2%)であり、順 台北のトップ3は、 「お菓子類」 (73.0%)「調味料」 位の変化はない。今後の購入希望割合の減少が著し (58.6%) 「アルコールを除く飲料」 (54.2%)である。 く、「購入したくない」人が37.0%と非常に多いの 質問項目別に見ると、ソウルでは「茶葉」が他都 が特徴的である。 市と比較して高く、 上海では「魚類」が高い。また、 台北のトップ3は、 「お菓子類」(57.2%)「調味料」 トップ3には入っていないが、台湾では「果物類」 (40.0%)「アルコールを除く飲料」 (30.8%)と、順 が高い。ソウルは全体的に低く、「購入したことが 位の変化はない。「購入したくない」が8.0%いる。 ない」人が11.6%いるのが特徴的である。 図4−6 購入したことのある日本産食材 図4−7 今後購入したい日本産食材 SRI 2012.3 No.106 167 静岡県の未来戦略 ウ 日本産食材の購入先(MA n=上海483、ソウ ル442、台北486) エ 東日本大震災後の購入量(SA n=上海483、ソ ウル442、台北486) 日本産食材の購入先は、上海・台北では日系、ソ 東 日 本 大 震 災 後、 上 海 で 74.9 %、 ソ ウ ル で ウルでは日系外が多い。ソウルでは、「通信販売・ 68.1%、台湾で 59.2%の人が日本産食材の購入量 インターネット」も多い。 が減ったと回答。一方、台北では 38.7%が「変わら ない」と回答 上海では、「日系スーパー」が51.6%と最も多い。 次いで「日本食材専門店」(37.7%)「日系百貨店」 (37.1%)の順となる。他都市に比べ、多様なチャ ネルにおいてバランスよく購入されている。 台北では、 「日系スーパー」が63.2%と最も多い。 ソウルでは、「かなり減った」人が43.7%と最も 多い。 上海では、 「少し減った」人が44.7%と多い一方で、 「かなり増えた」人が2.3%いる。 次いで「日系百貨店」 (60.3%)「日系外スーパー」 台北では、「変わらない」人が38.7%と最も多い。 (28.0%) の順となる。 「日系」 中心であり、 「通信販売・ 購入量が減った人(「かなり減った」と「少し減っ インターネット」(15.6%)が少ないのも特徴的で た」の合計)は、上海が74.9%と他都市に比べて最 ある。 も多く、次いでソウル(68.1%)、台北(59.2%)の ソウルでは、 「日系外百貨店」が46.2%と最も多い。 順となる。 次いで「通信販売・インターネット」 (30.1%)「日 一方、増えた人( 「少し増えた」 「かなり増えた」 系外スーパー」 (25.1%)の順となる。「日系外」及 の合計)は、上海で5.2%と目立つが、これは東日本 び「通信販売・インターネット」が他都市に比べて 大震災直後の駆け込み需要が原因と思われる。 多い。 図4−9 東日本大震災後の購入量 図4−8 日本産食材の購入先 168 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 オ 今後の購入予定(SA n=上海500、ソウル315、 台北500) 3 アンケート調査のまとめ アンケートから日本食のイメージは「おいしい・ 高い」という共通のイメージが得られた。また、好 今後、日本産食材の購入は、「1か月以内に購入」 する予定という回答が最も多く、ソウルで 37.8%、 きな日本食として、伝統的な高級和風料理のみなら ず、いわゆるB級グルメ類も深く浸透していること 上海で 32.0%、台北で 29.0%を占める。 も推測される。 都市別に見ると、ソウル、上海、台北とも「1か 3 日本産食材の購入経験としては、お菓子類、調味 月以内に購入する」人が最も多く、 それぞれ37.8% 、 料が高く、調味料は貿易統計を裏付ける結果となっ 32.0%、29.0%となる。 たが、一方でお菓子類も高かった。今後もこれらを 「1週間以内に購入する」と答えた人が、上海に 購入したいとする人の割合が多い結果であったこと 12.0%、台北に6.8%存在するが、ソウルでは、1.9% から、団体ヒアリングで指摘された「スイーツ」の と少ないのが目立つ。 可能性が検証されたといえよう。 一方、「購入する予定はない」と答えた人が、台 冒頭でも述べたが、アンケートの目的は、日本料 北で8.0%、上海で7.4%、ソウルで7.3%存在する。 理及び日本産食材に関する消費実態を探るというこ とであり、今回、国・地域ごとにおおよその結果が 図4−10 今後の購入予定 得られたと考える。ただし、設問数の制約や自由意 見の設問を設けなかっため、消費の実像、実態まで 踏み込むことができなかった。この点については、 第5章の海外現地調査で確認していくこととした い。 3 すべての人に回答を求めているが、ソウルでは、イで「購 入したくない」と答えた人がこの設問に答えておらず、注 意を要する。 SRI 2012.3 No.106 169 静岡県の未来戦略 第5章 海外市場調査∼台湾∼ 表5−1 調査の項目 第4章のインターネットによるアンケート調査で は踏み込めなかった消費の実態を確認し、流通及び 物流の状況を把握するため、 海外市場調査を行った。 本章では、現地の消費者及び関係者から直接聞き 取った内容を述べ、第6章の提案につなげたい。 1 調査の目的と内容 ⑴ 対象地域の選定 本調査では、 台湾(台北)を選択することとした。 台湾は、第1章でも述べたとおり、日本の農林水産 物・食料品の輸出先として米国、香港に次ぎ第3位 の主要な輸出市場である。 出所:当財団にて作成 表5−2 調査対象一覧 台湾経済が順調に成長する中で、一人当たりの GDPも伸びており、実需を掘り起こせば、今後の 輸出拡大の可能性は十分考えられる。 また、台湾人は、親日的である一方、社会の成熟 化が進み商品の選択に厳しい目を持っており、率直 な意見が聞けると考えた。 加えて、アンケートでは、日本の菓子の人気が高 いことを確認したが、中でも台北の数値が突出して 出所:当財団にて作成 高く、その可能性を確認する場としても適当であっ た。 さらに、東日本大震災後も日本産食材の購入量が ⑷ 調査期間 変わらなかった人の割合が最も高かったのも台北で 2011年12月18日から12月22日まで あった。 以上の理由から、海外市場調査を台北で行うこと 2 台湾の市場特性 とした。なお、2012年の春には、静岡と台湾を結ぶ ⑴ 人口・面積 定期航空便も開設される見込みであり、今後の更な 表5−3のとおりである。 る経済交流が期待できる。 表5−3 人口・面積 ⑵ 目的 目的とその達成手段は表5−1のとおりである。 ⑶ 調査対象 調査対象は表5−2のとおりである。 170 SRI 2012.3 No.106 出所:台湾内政部 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 ⑵ 基礎的経済指標 図5−3 消費者物価上昇率の推移 台湾のGDP(実質)は、図5−1にあるとおり、 2001年以降、年率4 ∼6%の成長を続けていたが、 2008年のいわゆるリーマン・ショックから低下し、 2009年には−1.9%に転じた。2010年には急速に回 復し10.8%の成長率を達成している。 図5−2にあるように、 一人当たりのGDP(名目) は、緩やかに上昇し、2010年には、約1万8,000ド 出所:台湾行政院主計処 ルとなった。 消費者物価上昇率は、図5−3にあるとおり、 図5−4 失業率の推移 2004年以降緩やかに上昇してきたが、2008年の3.5% の急上昇を境に一旦下落した。2010年には約1%の 上昇となった。 失業率は、図5−4にあるとおり、4∼5%と ほぼ横ばいであったが、2009年に5.9%と上昇し、 2010年には5.2%となっている。 出所:台湾行政院主計処 図5−1 実質GDP成長率の推移 ⑶ 台湾の商業動態 台湾の卸・小売市場の売上高は、 2000 ∼ 2007年ま で年平均約6%の伸び率で推移し、リーマン・ショッ 出所:台湾行政院主計処 ク以降、マイナスまたは低成長となったが、2010年 になって大幅な回復を見せ、商業売上高、卸・小売、 図5−2 一人当たりの名目GDPの推移 飲食業とも過去最高の売上高となった(表5−4) 。 表5−4 台湾の商業動態の推移 出所:IMF「World Economic Outlook Database」 出所:台湾経済部(2010) 「商業動態調査」 SRI 2012.3 No.106 171 静岡県の未来戦略 ⑷ 台湾小売業界の概要 で仕入れる。貿易会社の商品は大量購入のメリット 台湾では、家族経営の小規模零細店舗が数多く存 を追求しており、マージンが上乗せされても安価で 在するのが特徴である。また、大規模な企業は外国 ある。 系企業と提携している場合が多い。特にコンビニエ ンスストアやデパートは日系企業と提携している。 台湾の消費者は価格と表示を重視 1970年代後半からコンビニエンスストアの開店が進 台湾は農作物が豊富。値段の問題もあって、台湾 み、90年代初頭にはPOSシステム、後半には保冷輸 人はまず地元のものから選択する。 送システムなどの導入が進んでいる。 販売するにはNET重量表示が重要。台湾でも食の 台灣連鎖暨加盟協會の調査によれば、 百貨店では、 健康志向が進んでおりカロリー表示も大切である。 主要な40店舗中、新光三越が18店舗、太平洋SOGO 日本製は高いので小袋で安価にした方が売りやす が8店舗を占め、両者の売上高で全体の7割を占め い。 るなど他を圧倒している(店舗数2010年、売上高 2009年値) 。 円高と放射能問題はあっても加工品は低下せず スーパーでは、 PXMARTが572店舗、頂好Welcome 円高も大きいが、やはり放射能の影響から日本産 が286店舗を展開し、主要なスーパー 1,192店舗中の りんごは人気があってもなかなか売れない。 7割を占め、この両者の売上高で全体の8割を占め 一方で、加工品の売れ行きは低下していない。お る(店舗数2010年、売上高2009年値) 。 菓子のような加工品は可能性があるのではないか。 コンビニエンスストアでは、セブンイレブンが 2010年時点で4,750店舗、ファミリーマートが2,450 消費者へ直接PRして消費拡大する策は有効 店舗で、主要なコンビニ店舗の8割を占める状況で 過去の日本のキャンペーンは、りんごが多い。 ある。 同社は、こだわりの商品として、台湾の地方とも 連携している。例えば、高雄市の農政局とのキャン 3 調査結果の概要 ペーンをDM 4でPRして行った。また、日本のご当 ⑴ 松青スーパー本社(現地系小売業者) 地ものをDMに掲載するケースもある。 ア 会社概況 青森のりんごとも連携している。なお、2∼3年 松青スーパーは、台湾全土において81店舗を展開 前、岩手からの提案で青森と合同でPRした。結果 し、51億台湾元(2012年2月末では、1元2.7円で約 は悪くなかったが、1回限りだった。やはり、4∼ 138億円)の売上げで、シェア約7%を占める。主 5年継続しなければマーケットは創造できない。 要スーパーの中では、店舗数及び売上高において第 DMだけなのか、ブース販売を使うのか、そのス 3位の位置にある(店舗数2010年、 売上高2009年値) 。 ペースはどの程度なのか、条件により異なるが、産 客層は地元ミドル層中心で、住宅街やデパートの 地側にも応分の費用負担が必要である。消費者に直 地下に出店を増加させている。 接アピールし需要を起こし、消費を拡大する方法は 有効である。 イ バイヤーのコメント内容 仕入れは全て商社経由 同社の仕入は全て貿易会社からである。在庫リス ク低減のために、売れ筋商品を複数社から小ロット 172 SRI 2012.3 No.106 4 顧客へのダイレクトメールのこと。 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 台湾でもご当地ものがブーム ⑶ 消費者グループインタビュー 大手ブランドではないが、一番人気のご当地もの ア 概 況 を販売していこうという考え方があり、静岡県とも 対 象 連携できる可能性はある。 30 ∼ 40歳代の台湾人女性(30歳代3名、40歳代 2名)。 メロンの旧正月ギフト販売に可能性あり 概 要 日本産は高価なので普段使いよりもギフト中心で お菓子等の商品を試食・試用してもらい、お互い ある。実績として、 夕張産メロンの限定販売があり、 自由に感想を語りながら、アンケート票に基づいて 過去、静岡産も少量の実績がある。 商品別に5段階での採点を依頼した。併せて、自分 新規出店の際は、目玉商品でギフト用メロンの販 なら何元で購入するのか記載させた。 売をする。また、台湾の旧正月に合わせたギフトの 最後に、店舗において消費者に対して行ったイン キャンペーンもある。こうした機会を捉えて販促す タビューと同じ項目の質問を行った。 ることが考えられるだろう。 今後、インターネット販売を更に加速していく方 針であるため、ここでの可能性も考えられる。 結 果 表5−5に示すとおり、①「みかんラスク」と④ 「メロン・ラング・ド・シャ」の得点が最も高かった。 理由は、味、パッケージなど商品完成度が高いとの ⑵ 松青スーパー天母店 意見が多かった。また、購入希望価格と実価格の差 ア 店舗の概況 では、④「メロン・ラング・ド・シャ」の差が最も 外国人学校及び外国人居住地域にある高級店の一 少なく、この中では最も売れる可能性が高いという つ。売場面積は700坪で客層の30%が日本人である。 結果になった(表5−6)。 店内にはオーガニック野菜のコーナーもあり、通常 より30%高い値段で販売している。 表5−5 商品の平均点とその順位 イ 店舗内消費者インタビュー 対象者 台湾人女性(30歳代1名、40歳代2名、50歳代1 名)及び日本人女性(30歳代2名)の合計6名。 概 要 出所:当財団にて作成 店舗の性格から、全員に日本産農作物の購入経験 があった。 「安心、良い、おいしい」という好意的 表5−6 購入希望価格の平均と実価格の比較表 な意見が多い一方で、高い、バリエーションが少な いとする意見もあった。 自家消費用が購入目的の中心であるが、 「友人へ の軽いプレゼントに」という意外であるが納得でき る回答も複数あった。なお、放射能の影響を気にす る人はいなかった。 出所:当財団にて作成 SRI 2012.3 No.106 173 静岡県の未来戦略 <グループインタビューの様子(その1)> <グループインタビューの様子(その2)> イ 参加者のコメント等 参加すれば良い。 日本産ではりんごを多くの店で見かける インターネットの通販も皆経験している。ブログ 三越、シティ・スーパー、ジェイソン、高級果物 情報も参考にする。専門のブロガーの情報を参考に 専門店で、りんごを最も多く見かける。その他、ぶ して、店で直接確認して購入するか、そのままイン どう、メロン、みかんがある。 ターネットで買っている。ブログの力は大きい。新 商品が出たらブロガーに無料で試食させ、情報発信 お年寄りを喜ばせ、家族で食べるために購入 してもらうと効果が大きいのではないか。いずれに りんごを食べたという人がほとんど全員。メロ せよ口コミが大事である。 ン、とうもろこしを食べた人もいた。 また、日本の柿はおいしいという意見があった。 日本産は高い・美味・高質・天然・自然 特に、干し柿は高いが甘くておいしく、お年寄りに 値段が高い、しかしおいしい。質が高い。その他、 好まれるとの指摘があった。お年寄りは日本のもの 「天然・自然」というイメージ。 が大好きで、彼らを喜ばせるために、皆で買ってき 日系のデパート、スーパーで見かけるだけで、高 て家族中で食べるという消費スタイルがイメージさ くて気軽に買えない。 れる。 台湾でも健康志向から、有機やオーガニック野菜 その他、日本の農作物はパッケージがきれいであ が人気で、3割程の高値で売っている。一方で、台 るとの意見があった。 湾の有機無農薬作物を信じていない人も多い。日本 産であれば信じる。4割程度の高値までなら許せる キャンペーンやブログ情報を参考に購入 だろう。倍では買わない。 スーパーのDM、 店内にフリーで取れるチラシで情 174 報を入手。 DMは店の会員であれば定期的に送られて ⑷ 龍(外食事業者-居酒屋-) くる。 ア 店舗概況 高級なデパート、例えば高島屋のキャンペーンに 龍居酒屋は単独店舗で、日本料理店や居酒屋の密 出掛けて買う。 集する林森北路エリアに立地する。 SOGOで年一回、全日本の物産展があり、非常に 日本の居酒屋と同じ造りで、広くはないが、純和 有名で人気が高く多くの人で賑わう。静岡の業者も 風の落ち着いた雰囲気を醸し出している。なお、客 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 層の80%が日本人である。 図5−5 物流の流れイメージ図 イ 料理長のコメント内容 大手水産業者からの仕入で鮮度は全く問題ない 魚、カキなど多くの種類の水産物を富帆貿易有限 公司から大半仕入れている。同社は日本食材を取り 扱う台湾でトップクラスの商社である。冷凍・冷蔵 倉庫を持っており、水産物に強い。 その他、しょう油、ダシ、トンカツソース、パン 出所:ヒアリングを基に、当所にて作成 粉などを日本の商社から一部仕入れている。 この2社で居酒屋に必要な食材はほとんどそろっ カーである。輸入に当たっては、日本メーカーとの てしまう。 間に日本の貿易会社が関与している。 配送は、週2回であり、博多港からコンテナで輸 なお、同社は、日本の物産展にも協力している。 入される。例えば、夜間着岸する便であれば、翌日 には店に届けられる。鮮度は全く問題ない。 イ 責任者のコメント内容 台湾産の野菜は信用度が低く、生で食べられるも 全て日本の貿易会社経由で輸入 のが少ない。また、バリエーションも少なく新規メ 小売業者に対しては、直接商品を供給し、レスト ニューを創作したいのだが、その余地がない。 ランには卸売業者を経由する(図5−5)。 基本的には、小売側から受注し、これを日本の貿 わさびドレッシングに興味あり 易会社に発注する。それを輸入して小売に卸す。つ 和食事業者から多くの要望があれば、商社が輸入 まり店舗側からの注文がなければ商品は流れない。 する可能性もある。業務用で大きなサイズがあれば 日・台双方の間に入る業者のマージン率は、概ね 良い。 10%である。 生わさびは地元産を使用 台湾側で需要を掘り起こせばモノが流れる 台湾の家庭では、ほとんど生わさびは使わない。 販促としては、メーカーが小売側にお勧め商品を 地元の阿里山産の岡わさびが1キログラム800元 (約 提案する場合がある。この場合、日本の貿易会社を 2,160円) で購入できる。生わさびは高級食材であり、 通すケースとメーカーが直接台湾の小売のバイヤー 使うか使わないかは店の判断となるだろう。 に提案するケースがある。 東京・大阪の貿易会社に対して、静岡の中小企業 ⑸ 太冠國際開發事業有限公司(食品輸入業者) が売り込みに行っても難しい。そのため台湾側に直 ア 会社概況 接提案して需要を掘り起こし、輸出を促していく流 同社は20年の歴史を持つ日本食材専門の輸入業 れを作るしかないだろう。 者。台湾では、 新光三越、 SOGOなど主要百貨店・スー パーに卸しており、合計1,000社の小売・レストラ 90%以上が大手メーカー製品 ンと取引がある。日本側は、味の素、AGF、ハウ 放射能の心配は沈静化しているものの、円高が問 ス、 ネスレ、 はごろもフーズなど90%以上が大手メー 題である。 SRI 2012.3 No.106 175 静岡県の未来戦略 台湾のデパート、スーパーでは90%以上が大手 始した。現在、軌道に乗り始めたばかりで、それほ メーカーの商品である。日本の地方農産物を店頭 ど収益には貢献していない。 コーナーで販売したこともあるが、あまり成績は良 自ら健康を回復した体験から日本の日田天領水と くなかった。ましてや、棚に置くだけで説明抜きに いう天然水を台湾に広めようと思い立ったのが輸入 販売しても売れない。 の始まりである。 大手メーカーなら大量生産でコストダウンが可能 販売方法は、日本のメーカーから直接輸入して消 であるし、 パッケージも美しい。ローカルなものは、 費者の自宅に直接届けるシステムである。 少量生産なので値段が高い場合が多い。 受注は、FAX、電話、インターネット、メール 売りにくいのは「お茶」 。台湾人は、健康に良い で行い、港の倉庫に宅配業者が集荷に来てそのまま ということを知らない。アピールが足りないのが原 配送される。支払いは宅配事業者の代金引換システ 因の一つであるが、やはり値段が高い。健康に関心 ムで行う。また、カード払いも可能である。 のある人は、オーガニック専門店などで購入するだ 現在の台湾においても、日本とほぼ同様の宅配シ ろう。 ステムが発達し、受注してから全国津々浦々に概ね 今、売れているのはカレー、めんつゆ、そばであ 1日で配送できるシステムがあることが確認でき る。これらは台湾の人が購入する。 た。なお、台湾にもクール便が存在する。 特別な日のギフトに可能性あり イ 社長のコメント内容 日本産品を売るには、台湾の旧正月や中秋節、母 5 コールドチェーン は大手なら問題ない の日などが良い。こうした特別な日の前に、デパー 台湾では、きちんとした物流業者、例えば、冷蔵 トでのおすすめ商品として展開すれば売れるかもし 倉庫の許可を持っている企業あるいはそれと取引し れない(実際、日本の地方の農産品・名産品が三越 ている者であれば、品質管理上全く問題ない。 のお歳暮カタログに掲載されている。静岡産はゼロ だった) 。 日本と同じ宅配システム 届け先によって複数業者を使い分けている。自前 産地にこだわる料理店に可能性あり のトラックで運ぶ場合もある。 もう一つの方法として、レストランの業務用が考 必ず代金回収を行ってから商品を引き渡すように えられる。店の特別なメニューの食材として静岡の している。 農林水産物を提供するのである。 例としては少ないが、店側が客に対してこだわり ⑺ 三井餐飲事業集團(外食事業者) の原材料をアピールするために「広島のカキ」など ア 会社概況 産地指定で提供する場合もある。 1992年に4人で始めた小さなレストランが、現在 では、7店舗まで拡大し、台北で一番有名な日式レ ⑹ 台ᷣ活र企業有限公司(水の輸入・通信販売業 者) 企業に成長した。 ア 会社概況 高級日本料理の型にはまったスタイルを捨て、お 同社は、元々ケミカル系の原材料輸入業者。現在 5 も収益の柱は同事業である。水輸入は5年前から開 176 ストランと称され、400名の社員を抱えるグループ SRI 2012.3 No.106 生鮮食品などを生産・輸送・消費の過程の間で途切れ ることなく低温に保つ物流方式。低温流通体系とも呼ぶ。 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 客の要望に合わせて調理し、高級食材を産地から直 ログラム程度に荷物がまとまれば可能性もあるだろ 接仕入れて値ごろ感のある価格で提供することを基 う。 本としている。 台湾には日本のサクラエビを取り扱う店はないの 店は、それぞれ内容・料金が異なるが、全体とし で、他のレストランと差別化が図れるかもしれない。 ては、 「和モダン」という統一的なコンセプトでデ ザインされている。台湾人の富裕層に人気で、店舗 4 海外調査のまとめ 数が少ない頃は、数か月先まで予約が取れない時期 ここでは、第1章から第4章までに述べた内容に があった。 関して、台湾市場調査において確認できた点を⑴か また、レストランのみならず、「直接輸入」とい ら⑵において整理するとともに、⑶以降では新たに う仕入れ力を生かして水産物の卸・小売まで事業領 気がついた事項を整理し、次章での提案につなげた 域を拡大している(スーパー2軒、セントラルキッ い。 チン1か所。2010年12月、「浜江魚市」という市場 型店舗がオープン) 。 ⑴ 地道に継続して直接PRする重要性の再確認 なお、日本の三井グループとは資本関係はない。 グループインタビューの場で「最も見かける日本 の農作物」の一番であると指摘があった「りんご」 イ 責任者のコメント内容 に関して、「青森産」だけはどこでも目についた。 コンテナ単位で大量に日本産品を直輸入 おそらくないだろうと予想した庶民的な市場にも陳 水産物は新鮮な間に早く運びたいため、東京・北 列されていた。 海道から週3回空輸で輸入している。1回に500 ∼ 第1章で触れた青森りんごの輸出の歴史が今も 1,000キログラムを運ぶため、週に1.5 ∼3トン空輸 脈々と生き続けている。やはり、多くの事例から学 する計算になる。中身は、冷蔵で刺身用の魚、生き んだとおり、地道な継続が実績につながるのである。 ているタラバカニ、毛ガニなどもある。スチロール この実践をどのような手法で進めるかについて 等で梱包され、新鮮な状態で運ばれるため、コール は、台湾の複数の事業者から、直接出向いて消費者 ドチェーン上問題はない。 例えば、 月曜日にオーダー に近い場所でPRし、需要を創造することが重要で すると、翌日の火曜には日本業者が手配を完了し、 あるという指摘があった。 水曜日の午後2時発の飛行機に載せることができれ ば、その日の午後9時には入荷される。 ⑵ スイーツの可能性 また、1∼2か月単位で海上コンテナを1本立て 第4章のアンケートにおいて、台湾では今後も購 て乾燥物・調味料などを輸入している。 入したいと考える日本食材ではお菓子が突出して高 かった。台湾のバイヤーは、 「東日本大震災後も加 混載で荷がまとめれば静岡にも可能性あり 工品の売上げは低下していないので可能性がある」 わさびは、阿里山産のものを使用している。これ とこれを裏付ける指摘をしている。やはり、生鮮品 は「岡わさび」であり「沢わさび」ではない。わさ にはまだ抵抗感があるのであろう。 びは、 週60キログラム位の使用量と多くはないため、 今回、お菓子の試食は全体として好評であり、日 航空便となりコストがかかってしまう。したがって 本産の菓子の人気が確認できた。しかし、輸入業者 輸入としてはあまり考えられない。 が指摘するように、 ローカル製品は少量生産のため、 例えば、静岡で他の作物と混載して300 ∼ 500キ コスト高が課題である。そのため、その削減や小袋 SRI 2012.3 No.106 177 静岡県の未来戦略 化といった対応が求められるだろう。また、グルー の理由が分からなかったが、グループインタビュー プインタビューでは商品の完成度が求められた。特 での意見から、「インターネットの情報なども含め に、パッケージの工夫が必要であり、商品内容が見 た口コミ情報」を重視しており、 「事前に情報を た目ですぐにわかるような表示が求められるという チェックして実物を購入する」という賢い消費者と ことがわかった。 しての行動が推測される。また、ブログによる口コ また、干し芋も概ね好評であったが、干し柿の人 ミの有効性がわかったため、こうした点を積極的に 気も指摘され、こうした伝統的なスイーツも可能性 活用する方向で検討したい。 がある。これらを「天然・自然」といったイメージ で販売する工夫が重要であることがわかった。 ⑸ コールドチェーン普及の確認 さらに、原料としては、ペースト状に加工したも 外食事業者の「三井餐飲事業集團」と「龍(居酒 のがあり得る。こうした中間製品を輸出し、後は、 屋)」は、仕入方法及びルートが異なるものの、両 台湾人好みの製品に仕立ててもらうという方向も求 者の事例によって、水産品等が日本から鮮度・質を められるだろう。 保ちながら確実に台湾に輸出されている事実が確認 できた。 ⑶ 日本産食材の消費イメージの確認 台胺活氧企業有限公司の陳社長が言うように「冷 店舗の消費者インタビュー及びグループインタ 蔵倉庫の許可を持っている企業あるいはそれと取引 ビューから、 「大切な人を喜ばせ、自分も喜ぶ」と している者であれば、品質管理上全く問題ない」と いうシーンが浮かび上がった。具体的には、前者で いうことである。 指摘されたように「親しい友人へのちょっとした手 土産」として、また、後者で指摘されたように「大 ⑹ 産直仕入のトレンドの確認 切な日に、お年寄りを喜ばせながら家族とともにお 事前の文献調査によれば、台湾の伝統的な流通は いしく味わうために」といった生活シーンであり、 複雑で難しいということであった。 ここで日本産食材が活躍している。 しかし、このような複雑な流通を省略する流れが、 こうした食べ方を消費文化の一つとして積極的に 台湾の最先端のレストラン側で起きつつあることが 提案し、消費者に訴求し需要を掘り起こしていくこ わかった。つまり、日本でも起きたように料理店の とがポイントであるといえよう。 産直仕入の流れが見受けられた。これは、流通経路 を少なくし、顧客に対して産地にこだわった料理を ⑷ インターネット販売の普及とネット口コミの重 要性 輸出する側からすれば、複雑なルートに対してど 台湾における通信・インターネット販売での宅配 こにアクセスするのか悩むよりも、このような価値 と代金回収システムは日本とほとんど同じ環境にあ 観をもった事業者と直接結びついた方がわかりやす ることがわかった。 く即効性があるだろう。また、こうした流通革命を 台湾のインターネット人口は、国家通訊伝播委員 進める事業者をパートナーとして、その成長を取り 会の「電信類重要参考指標」によれば、2009年時点 込みながら進める方が、輸出を拡大できる可能性が で1,580万人であり、人口の7割近くに相当する。第 高いのではないだろうか。 4章のアンケートでは、他都市と比較して「台湾に おけるインターネット購入」の少なさが目立ち、そ 178 値ごろな価格で提供し、 満足度を高める商法である。 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 第6章 静岡県農作物等の輸出に向けた新たな展開 本章では、これまでの結果を踏まえ、第3章で得 られた検討課題に沿った政策として、本県農作物等 団体とも積極的に連携してPRしている。また、観 光と食・農の関係一体性については、第3章で紹介 できなかった他の事例からも多く指摘されている (図6−1)。 の輸出に向けた新たな展開を提案したい。 政策2: 日系から中華系富裕層にシフトする 1 7つの政策パッケージで進めよう 政策1: 単なるモノの輸出から観光とセットで の売り込みに転換する 中華系の富裕層は、世界中に拡大しており、日系 人よりも数多く存在する重要なターゲット層であ る。また、彼らは、大陸とのつながりが強く、中国 観光にしても輸出にしても、単に人を呼び込むだ に向けた販路拡大につながる可能性がある。 け、単にモノを売るだけでは一過性のもので終わっ このように、より規模が大きい中華系を明確な てしまう。地域への波及効果を高めるには、この二 ターゲットとして、中華系好みの商品展開やPRを つをセットで売り込む。この明確なコンセプトが求 する方向が求められる。 められる。単なるモノの輸出という発想を超えて、 しかし、ターゲットを明確にするということを明 観光とセットでのPRに転換し、本県のブランドイ 確に実践している事例は多くない。ましてや商品開 メージを形成していく方向が求められるだろう。 発から販売まで一貫して取り組み、かつ成功してい その際、日本を象徴する「ふじのくに」を前面に る例はわずかである。 出し、恵まれた「自然・天然」の中で育まれた食材 その意味で、人口1万6千人という小規模な町の の王国というイメージに加え、国内有数の観光資源 生き残りをかけた板柳町の取組が目を引く。彼らは、 である伊豆・南アルプス・浜名湖と結びつけて訴求 一貫して富裕層を狙い、日系から成長著しい中華系 していくべきである。 社会の富裕層にターゲットを転換し、中華系好みの 先行事例からも多くの示唆があった。特に、㈱沖 販促活動を行っている。 縄県物産公社では、 「物産と観光は車の両輪」とい さらに、中華系の富裕層へのアプローチは、他の うコンセプトを明確にして、これを共有しながら他 事例からも指摘するコメントがある(図6−2)。 図6−1 観光と食・農の関係一体性を指摘する意見 出所:ヒアリングに基づき、当財団にて作成 SRI 2012.3 No.106 179 静岡県の未来戦略 図6−2 中華系の富裕層へのアプローチを指摘する意見 出所:ヒアリングに基づき、当財団にて作成 政策3:一過性のフルセット型から、継続的・ 集中的PRへ転換する 政策4:スイーツ、美をキーワードに業務用向 け素材の開発を進める 多くの県で行っているような「一過性の物産展な これまで述べてきたように、輸出は加工品が中心 どのイベント」 におけるフルセットの展開ではなく、 となる。加工という手間を加えれば、グラム1円の 絞り込んだ商品を対象に、継続的、集中的なPRの 農作物が、グラム10円、100円に価値が高まる。 方法へと転換する方向が求められる。 本県では、マグロ、カツオ等の豊富な水揚げのあ 本県の農作物の強みは多様である反面、一品で る清水港、焼津港とその後背地から産出されるみか PRし難いところであったが、この発想を変え商品 んがあり、缶詰工場等の食品関連産業が立地してい を絞り込まなければならない。 る。そのため「食品関連」の製造品出荷額は全国1 農作物単品の候補としては、まず荷傷みしない作 位であり、また、西部地区は輸送用機械などが集積 物で、全国・本県においてシェアが高いもの。さら する全国屈指のものづくり県である。 に、高品質という本県の強みを象徴する作物で、か こうした本県の強みを生かして、技術開発を促進 つ販路が未開拓の商品であろう。 し、自国で付加価値を得ながら新しいジャンルの商 なお、先行事例としては、同一店舗で地道に試食 品供給を促進していくべきである。そうすれば、単 販売を6年間続け、信頼関係を継続しながら実績を 独では輸出に適さない農作物も、中間製品・製品と 残しているJA全農山形の取組が注目される。 して可能性が高まってくる。 また、福岡県は一過性のイベントに終わらせず、 事例の中には、様々な発想や創意工夫、努力によっ 現地商流をつかむために独立した商社を設立し、P て付加価値の向上を実現し、販路を海外に求めてい R活動を香港・台湾等で行っている。 るケースがあった。 さらに、抹茶を戦略商品と位置づけて、店頭での 肉の卸売業でありながら、みかんをまるごとペー 実演販売を継続しながら、短期間でイギリスから台 スト状に加工する技術を開発し、ケーキ材料やみか 湾まで幅広く販路開拓した㈱流通サービスもある。 ん由来のアロマオイル、香料などを開発し、海外に も視野を置いた6次産業化を進める㈱フードランド 180 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 の取組。誰にも真似のできない冷凍えだ豆の製造ノ いうことであった。 ウハウを確立し、色・食味の優れた商品として米国 その意味において、特徴があるのは、日本食ブー などに組合長自らが売り込んでいるJA中札内の取 ムに乗って、北米向けの緑茶輸出を大手ノリメー 組である。 カーと組んで拡大した㈱やまま満寿多園の取組。さ 特に、多くの指摘があったとおり、女性が好むス らに、中小の家族経営だからこそ「小回りが利く」 イーツ・美をキーワードに、業務用向けの素材とし という強みを生かして積極的に動き、時には家族ま て、付加価値のある加工品や技術を開発していく方 で同伴させて実演販売を行う中で、人脈を広げてい 向が重要であろう。 る㈱流通サービスの取組が挙げられる。 政策5:梱包、輸送技術の開発で、国内外の競 争力強化につなげる このような成功事例を積極的に紹介するととも に、異業種間の交流の場を通じ情報共有を図ってい く必要がある。 輸出には様々なハードルがある。 その一つとして、 政策7:ビジネス経営体の支援と民間主体の緩や 長距離輸送する農作物の鮮度をどのように保つのか かな連携で∼地域に商社的機能を確立∼ という問題がある。こうした点について、産地側で も意識して輸送システム・技術の開発を進めて行く 農作物等の輸出には、どうしても商社的機能が求 方向が重要である。 められる。農業者が直接輸出を行う例はきわめて稀 本県には、国際貿易港である清水港周辺に物流関 6 であり、その代表例が農事組合法人和郷園 である。 係事業者が集積している。 こうした優位性を活用し、 これは、企業的農業が販路を海外に求めるという意 物流関係者と連携して、農作物の質を保つための梱 味で、一つの目指すべき姿であり、本県としても、 包、輸送技術の開発を促進していくことが求められ 将来このような事業者が現れるようビジネス経営体 る。こうした取組が国内外の競争力強化につながる の取組を更に支援していくべきであろう。 はずである。 一方で、商社的機能の確立として、大手商社では この問題を生産者と研究機関が共同で解決し、よ なく、産地に軸足をおいた地域商社として、北海道 り大きな効果を上げているのがJA新いわての安代 の㈱ホクレン通商や、事例でも取り上げた福岡県の りんどうの事例である。 福岡農産物通商㈱、㈱沖縄物産振興公社がある。し りんどうの質を維持しながら輸送するための出荷 かし、本県が今の時代にこのような組織をつくるの 技術・ノウハウが蓄積され、これが国内にフィード は現実的でない。 バックされ、他産地のりんどうより日持ちするとい このような中、まだ緒についたばかりではあるが、 う評価を得ている。国際競争への挑戦が、国内の競 嶽開発㈱や山野りんご㈱、㈱エムスクエア・ラボの 争力強化につながっているのである。 取組に見られるように、民間主体の動きがある。む 政策6:成功のポイントは、人脈・信頼関係に あり∼国内外のネットワークを形成∼ しろ、こうした取組を後押し、地域商社的機能の確 立を促進していくことが求められる。また、茶商が 自ら海外事業部門を持つなど商社的機能を持ってい 成功のポイントは、人脈・信頼関係にあり、この る場合がある。このような既存の機能を活用してい 形成を促す方向が求められる。いずれの事例におい く方法が考えられるだろう。 てもネットワーク形成の重要が指摘され、さらに、 6 どのような事業者・人とどう結びつくのかが重要と 正確に言うと、㈱和郷という別組織を設立して行って いる。 SRI 2012.3 No.106 181 静岡県の未来戦略 2 農の融合産業化 うのである。なお、プラスアルファとして、体験し ∼成熟国型農業への転換に向けて∼ てもらう、泊まってもらう、買ってもらうという行 ⑴ 食と農・観光の一体的プロモーションから始め 動もある。このような良い循環の流れを創造してい よう 1で述べた政策の方向を一つの図にまとめてみた これは、農作物等の販売と観光の連携・結合とい のが図6−3である。 う観点から良い循環の流れを創造し、関連産業を巻 輸出には入口と出口が重要である。ここで言う入 き込んでいくということであり、こうした連携を支 口とは、供給サイドであり、出口とは販売サイドで 援しながら、前述の(1)から(7)までの政策をパッ ある。この両方が整わなければ成立しない。これを ケージで進めていくことが求められる。 つなぐのが、 国内外のネットワークであり、 このネッ これが、「はじめに」で述べた国際的ビジネスを トワークを形成しつつ、現地の中華系富裕層にター 視野に入れた農商工連携・6次産業化のフレーム ゲットを絞って、まずは食と農プラス観光の一体的 ワークである。 なプロモーションを継続的、集中的に行うというこ これらを推進することが、成熟国型農業への転換 とである。 に向けた「農の融合産業化」のプロセスであり、そ 食を観光の動機として、国外から来てもらい、食 の延長線上に、本県が目指す姿である「食の都静岡」 べてもらい、帰国して追体験で輸入して食べてもら 形成があるものと思われる。 図6−3 新たな展開の概念図 出所:当財団にて作成 182 くことが求められる。 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 図6−4 川下に向けたプロモーション概念図 出所:当財団にて作成 ⑵ 短期戦略∼質・量とも優位性のある、みかん、 メロン、わさびを戦略商品に∼ いく。このようなことが考えられる。 これらの戦略商品に特化させて、 「川下」の現地 ここでは、輸出の戦略商品として、質・量とも全 消費者に向け集中的に、食と農・観光も含めて一体 国トップクラスであり、かつ荷傷みしにくい「みか 的なプロモーション活動を行っていく。 ん、メロン、わさび」を提案する。一方、本県の基 最終的には段階的に品目を増やしていく方向であ 幹的な農作物であるお茶は、既に民の力で海外販路 る(図6−4)。 が開拓されているため、特別なものとして第7章2 で提案する。 ⑶ モデルケースとして ちなみに、みかん、メロン、わさびについては、市 ∼台湾におけるギフト戦略∼ 場経由で東京や博多などの仲卸等から、一部輸出さ 台湾のグループインタビューにおいて確認された れているが、それは産地側が仕掛けたものでない。 「大切な日に、お年寄りを喜ばせながら家族ととも 本提案は産地から仕掛け、消費地の需要を創造し においしく味わう」という生活シーンを消費者に訴 ようという取組である。 求する骨子を図6−5のとおり示す。 例えば、青島、寿太郎などのブランドみかんを清 あくまでも骨子レベルであるため、現地流通事業 水港から低コストの船便で輸出する。 者と協議・調整して実現レベルまで高めていく必要 また、中華系の旧正月に合わせたギフト商材とし があるが、進め方として、行政が大筋で方向性を示 て、メロンの店頭の試食販売を集中・定期・継続的 しながら、出展料等、ある程度の負担を行い、民間 に進める。 の企画提案を募って進めていく方法が良いと思われ さらに、わさびを和風あるいは和とのフュージョ る。 ン(融合)料理の高級食材として、一流のシェフに 使われるよう現地のシェフの会などにアピールして SRI 2012.3 No.106 183 静岡県の未来戦略 図6−5 台湾におけるギフト戦略骨子 出所:当財団にて作成 第7章 長期的課題 ぐるみで着実に進めていくべきであろう。 ちなみに、板柳町のりんごは、福島第一原子力発 これまで、比較的短期から中期で取り組むべき政 電所の事故に際しては、栽培履歴及び徹底した検査 策を念頭に述べてきたが、本章では、長期的な課題 の公表により、風評被害はほとんど受けておらず、 を検討したい。 このような危機的な状況のときに普段の備えが利い てくることが実証された。 1 安全・安心の確保 食の安全・安心の確保は、大前提であり最も重要 2 お茶の産業政策をけん引する人材の育成 な課題として、早急に取り組むべき事項であるが、 本県のお茶は、古来、民間の力で世界各国に輸出 簡単ではない。 されている。その中で、行政は、茶文化の普及や消 事例で触れた板柳町では、過去、一部の農家の無 費拡大という部分を担い、本県はこれまで積極的に 登録農薬の使用により風評被害を受けた経験から、 推進している。今後ともこの役割分担の中で、政策 「りんごまるかじり条例」を制定して、生産者の97% 184 を進めるべきである。 と協定を結び、地域ぐるみで適正な農薬使用と栽培 一方、団体ヒアリングにおいては、国際的な会議 履歴の管理・公表を行っている。 で交渉できる人材の必要性が指摘された。例えば、 また、中札内村のえだ豆では、農家は、年5回の 日本茶のうち、抹茶や玉露はカテキンなどの含有量 栽培研修を受け、農薬と肥料の適正使用を行ってい が少なく、ISOの緑茶の定義から除外されそうにな る。2011年には、北海道HACCPの認証も受け、近 り、交渉の末、なんとか脚注付きで除外を免れた。 郊の24農協で研究施設を設置して、収穫と工場出荷 「誰もこのことに気が付いていない。ルールを自 時の残留農薬の検査を行っている。また、パッケー 分たちの有利な方向にという発想が静岡にはない」 ジから生産者・栽培履歴等の追跡調査が可能である。 という厳しい指摘がある。 人口1万6千人の板柳町、人口4千人の中札内村 本県においては、茶の栽培、効能等に関する研究 というコンパクトなまちであるがゆえに可能であっ が進んでいるが、流通マーケティング、文化に関す たことかもしれないが、静岡県内においても、まち る知が分散化しているといわれる。本県の基幹的作 SRI 2012.3 No.106 農作物等の輸出をきっかけにした地域産業の活性化策 物であるお茶の将来のため、 分散化した知を統合し、 めるべきである。 活用することが求められ、そのための核となる機関 これまで国は、例えば、検疫等に関する他国交渉 が必要である。この機関が中心となり、茶産業の政 においては一定の評価を得てきた。今後、国として 策に精通し、産業政策の立案や様々な場面における は、関税・検疫等の規制緩和の国家交渉に対し、輸 交渉の場で、本県にとって有利な方向でネゴシエー 出をリードする産地団体等と連携しながら、交渉に ションできる人材を豊富に輩出する必要がある。 注力すべきであろう。 そのために、例えば、県内大学に茶の流通マーケ 一方、輸出政策がTPP問題の不満と懸念の解消を ティング・文化に関する学科等を設置することが考 狙う策として、一時的な大規模予算を得て一過性の えられるだろう。 取組で終われば、また過去の繰り返しとなるだろう。 先にも述べたとおり、輸出先の市場では、し烈な争 3 国外の農業・農村問題解決への貢献 いが生じている。山野りんご(株)の山野社長の言 例えば、栽培、営農、地産地消システムなど日本 葉を借りれば、「輸出は陣地取りであり、経済戦争」 の進んだ取組を海外にソフトとして輸出することが である。もし、中途半端に戦うのであれば、それこ 考えられる。 そ無駄な予算と努力になってしまうだろう。 韓国においては最近、中国においても将来、過疎 これは本研究を通じて感じた最も懸念する点であ 化、農山村の高齢化など、日本で生じているのと同 るため、ここで申し述べておく。 様の問題が懸念されているところである。こういっ た、国外の農業・農村問題の解決が地域貢献につな 最後になるが、本研究に際し、関係機関及び多く がるのではないかと思われる。これは本県の推進し のヒアリング先の方々には、貴重なお時間を頂戴し ている地域外交の理念にも合致するであろう。 多大なる御協力をいただいた。皆さまに対して、こ の場をお借りしてお礼申し上げるとともに、都合に おわりに 2011年、農林水産省は、円高及び東日本大震災の より事例として御紹介できなかった方々にお詫び申 し上げたい。 (のむら こうじ) 影響を踏まえ、 新たな輸出戦略として「農林水産物・ 食品輸出の拡大に向けて」を策定した。ここでは、 「ジャパンブランド」として一本化し市場開拓する 方針を打ち出し、 「品目別等の輸出促進団体の構築」 を進めている。これが、もし仮に地方において現存 する品目別全国団体とは別に、中央に新たな団体を 設置するのであれば問題である。 これまで述べたように農作物等の輸出は、安全で 高品質な作物を安定・継続して供給するという信頼 関係の中で行われてきたものであって、その中心は 「産地側」にある。したがって、これからの輸出促 進については、国内シェアの高い産地・県に予算・ 権限を任せてけん引させ、他産地との広域連携で進 SRI 2012.3 No.106 185 静岡県の未来戦略 共同研究者 主任研究員 片岡達也 研究員 鶴田洋介 参考文献 FAOSTAT(http://faostat.fao.org/site/342/default.aspx)2012/1/5 大泉一貫(2009) 『日本の農業は成長産業に変えられる』洋泉社 岡本重明(2010) 『農協との30年戦争』文藝春秋 ㈱沖縄県物産公社(2008)『沖縄県産品海外展戦略構築事業実施報告書』 栩木誠ほか(2010) 「国産農水産物輸出拡大目標の策定と問題点」『九大農学芸誌』第65巻,第2号 pp.107-119 経済産業省(2010) 「工業統計調査」 経済産業省(2011) 「工業統計調査速報」 財団法人交流協会(2009)『台湾の経済DATA BOOK』 静岡県(2010) 「静岡県の産業」 静岡県(2011) 「静岡県の産業ハンドブック」 静岡県(http://www.pref.shizuoka.jp/j-no1/index.html)2012/1/19 下渡敏治(2011) 「日本の農産物・食品輸出とアジア市場への挑戦」『JOYO ARC』2011.3,pp.6-13 台湾行政院主計処(http://www.dgbas.gov.tw)2012/1/19 International Monetary Fund「World Economic Outlook Database October 2010」 (http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2010/02/weodata/weoselgr.aspx)2012/1/19 台湾国経済部(2010)「商業動態調査」 財部誠一(2008) 『農業が日本を救う』PHP 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