...

日本感性工学会企画セッション 国際市場を前提とした服飾造形と

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

日本感性工学会企画セッション 国際市場を前提とした服飾造形と
日本感性工学会企画セッション
国際市場を前提とした服飾造形とテキスタイルの設計提案
第4回 GTMB 研究会を、以下のよう日本感性工学会企画セッションとして、あわせて科研ファッシ
ョン体系の研究集会を兼ね開催致します.お繰り合わせの上,ご来会をお待ちしております.
【日時・場所】
9月4日(日)
15:30~19:30(終了予定)
東京都新宿区西新宿 1-24-2
工学院大学・新宿キャンパス A762 教室
工学院大学新宿キャンパス地図
【ご入場にさいして】
日本感性工学会の受付にお立ち寄りください。
なお、まことに恐縮とは存じますが、お名刺を 2 枚ご用意ください。
【テーマ】国際市場を前提とした服飾造形とテキスタイルの設計提案
【内容】
C31 垂直的ファッション・ビジネスモデルの進化過程:テキスタイル・コンバーターの進化過程の 5
段階説を中心にして
菅原正博(宝塚大学)
C32 日本のテキスタイルの国際市場進出事例
大谷毅(信州大学)
C33 ホワイトカラーが支えた日本の繊維ビジネスのモノづくり枠組みの限界…製品差別性・ロッ
ト・価格・納期・企業規模の問題…
寒川雅彦(㈱東レ経営研究所)
、足立俊樹(㈱東レ経営研究所)
C34 ファストファッションに想定しうる製品設計プロセス 「ZARA」を事例として
宮武恵子(共立女子大学)
C35 クチュールメゾンからみた「H&M」の製品と推定しうる設計過程
矢野海児(杉野服飾大学)
C36 「GAP」の製品と設計過程
柳田佳子(文化学園大学)
C37 テキスタイルの製品属性と情報化の技術的問題点…グローバルビジネスの促進に向けて…
乾滋(信州大学)
、森川英明、
(信州大学)、高寺政行(信州大学)
【コメンテータ・話題提供】
内田隆夫(フジチギラ㈱)
安留勝敏(公益財団法人
やまなし産業支援機構)
滝澤愛(和洋女子大学)
【解題】
科研ファッションアパレルではパリ・ミラノのクチュールメゾンの事業スキームを追跡してまいりま
した。今回のファッション体系では、ファストファッションの経営事情を研究テーマに加え、たとえ
ば、ファストファッション A 社とクチュールメゾン B 社の製品の類似性に関する議論、ファストフ
ァッションA社の設計過程・製造工程の特徴などを解明しつつ、テキスタイル領域をも含めようと思
います。たとえば日本のテキスタイル製造業者が、パリ・ミラノのクチュールメゾンや、ヨーロッパ
やアメリカのファストファッションとの取引を推進するうえでの問題を探究しようと思います。そし
て、繊維工学、あるいは繊維情報学的な考察を加え、ヨーロッパにおけるテキスタイル・アパレル設
計技術のデジタル化技術やその R&D なども話題にいたしたいと存じます。
記・森川英明(信州大学)
,大谷毅(信州大学)
垂直的ファッション・ビジネスモデルの進化過程:
テキスタイル・コンバーターの進化過程の5段階説を中心にして
The Evolution about the Models of the Vertically Fashion Business
(キーワード:垂直的ファッションビジネス、テキスタイルコンバータ、高感度,5段階説,競争優位戦略)
(KEYWORDS: Vertically Fashion Business, Textile Converter, High Taste, Five Stage, Competitive Advantage)
○菅原正博(宝塚大学),大谷 毅(信州大学)
1.問題提起
これまで、アパレル企業を対象にしたテキスタイル開発は、
供給体制を確立してきている。
今後、日本のテキスタイル・コンバーターが、低価格を武器
最終のファッション消費者の購買行動と着装生活の進化によ
にした大手ファスト・ファッションに対応していくためには、
って大きく影響を受けてきた。テキスタイル・ビジネスは、ま
ファッション・リテーラーが、ファスト・ファッションの提供
だ既製服化が進んでいない家庭洋裁の時代から「反物販売」と
する価格戦略よりも一格上の価格ゾーンで、しかも、差別化戦
いう形でスタートしている。ただ、テキスタイル・ビジネスが
略としてファッション感度の高い商品を提供できるようなコ
急成長をし始めたのは、既製服商品として小売店を通じてマス
ンバーティング機能を提供することが重要になってくる。
流通され始めた頃からである。つまり、アパレル産業が急成長
し始めた1970年代ころから、テキスタイルビジネスが、服地卸
からテキスタイル・コンバーターへと大きく変容を遂げ始めた。
3.研究方法
こういった競争優位戦略をテキスタイルコンバーターがど
それから40年経過した2010年にいたるまで、テキスタイル・コ
の程度、保有しているのか、という点を把握するために、日本
ンバーターは以下のような5段階にわたって進化してきた
及び海外のテキスタイル・コンバーターのビジネスモデルを、
◇第1段階:マス・ファッション消費とナショナルブランドの
2次情報及びヒアリング調査をおこなった。
時代(1970年代)。◇第2段階:高感度ファッション消費とDC
ブランドの時代(1980年代)。◇第3段階:低価格ファッショ
ン消費とSPAストア・ブランドの時代(1990年代)。◇第4段階:
4.研究結果
予備調査段階では、日本のテキスタイル・コンバーターには、
グローバル高質ファッション消費とニュー・ラグジュアリー・
低価格ゾーンを武器にしているファスト・ファッション同じよ
ブランドの時代(2000年代)。◇第5段階:グローバル・高感
うな商品供給ができる体制を持っている企業は少ない。つまり、
度ファッション消費とファスト・ファッション・ブランドの時
日本のテキスタイル・コンバーターは、中ないし高付加価値の
代(2010年代)
ファッション商品を望む消費者を対象にしたテキスタイル開
発を志向している、ということが明らかになった。
2.研究目的
歴史的進化過程を前提におきながら、本研究の目的は第5段
階のグローバル・高感度消費とファスト・ファッション・ブラ
ンド時代におけるテキスタイル・コンバーターの競争優位戦略
のあり方について検討する。グローバル市場から見て、ファス
ト・ファッションの代表的企業として注目されているZara, H&M,
The Gap などは、原糸・原料から紡績,織・編、染色、縫製、
店舗といった繊維流通を垂直的に管理するファッションビジ
ネスモデルを開発することに成功し、多様な国々でグローバル
展開をして高収益体制を確立してきている。
これらのファスト・ファッションの競争優位性を支援してい
る戦略的要因は、短サイクルでしかも高感度なファッション商
品を直営ショップに供給するビジネスモデルを確立している
点にある。そのサプライチェーンを支えているテキスタイル面
本研究は11-13年度科研(基盤研究A)23240100国際市場を前提
では、自国内の企業だけではなく、各国に分散した供給先
としたファッションのマーケティング・設計・製造過程と工学
(Sourcing Center)を活用して、市場の変化に対応した商品
的体系化に依拠している。
連絡先:宝塚大学 http://www.takara-univ.ac.jp/、菅原 [email protected]
信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/ 大谷 [email protected]
日本のテキスタイルの国際市場進出事例
Examples of the Japanese Textile on the Promotion to International Market
(キーワード:クチュールメゾン,ファストファッション,在庫,納期,行商)
(KEYWORDS: couture maison, fast fashion, stock delivery time, peddling )
○大谷毅(信州大学)
本稿は、パリ・ミラノのクチュールメゾンに納入実績のある
の基本であるからだ。
とされる日本のY・D・N・Aなどの事業者を想定し、また、パリ・
ミラノで収集したエピソード(輸出取引成功失敗談)を念頭に
そこでこのテキスタイル担当はバックオフィスなのか、設計
主務者の指揮下にいるのか。これは意外にわからない。
置きまとめる。
牽制関係からいうとバックオフィスに属するべきなのだが、
しかし、生地の採否は設計主務者が決める。外から見ると、若
1.問題の端緒
日本のシルクはほとんど絶滅に近いが、世界の市場ではシル
干ながらincoherentである。いくつかのエピソードから、たぶ
ん以下のように処理しているのではなかろうか。
クは人気がある。Premiere Vision Parisのシルクのブースは
すべてが天然ではないので一概には言えないが、会場の20%く
①見込生産のヌーベルクチュールは、事前に本生産用の材料
確保なしに、納期遵守の製造はできない。
らいはシルク関連である。ということは、パリ・ミラノのファ
②クチュールメゾンといえども年2回のランウエィショーや
ッション製品(たとえばpret a porter de luxe)でいえば、
展示会ですべての型が新規になるわけではない。ベースとなる
シルク風も含めかなり使われていることを推定させる。
定番売れ筋がある。
日本のシルクは高品質で外国にもって行っても…のような
③したがって、材料のアイテムにおいても、a)定番売れ筋と
話が、産地の自慢話みたいにささやかれたが、これは、いま通
その対極のb)番外見せ筋があって、両者はcontinuumを形成し、
用するとしても、和服(つまりは民族衣装)の材料としてのこ
在庫リスクもこの尺度に比例する。つまりb)になるほどリス
とであって、そのまま国際取引にはつながらない。
クが高くなる。
かって日本の生糸は世界にかんたる地位にあったが、しかし、
④一方、設計主務者は著名になるほど(6か月ごとのゲーム
糸の供給が得意なのであって、洋服用の絹織物の輸出が盛んで
を経験するほど)、みずからが1次設計した製品がどの程度売
あったかどうかは定かではない(かなり悲観的である)。化合
れるか、極論すると、地球上に住む60億人の誰と誰が買うのか、
繊のないころ、婦人用靴下の生糸を造らせたら世界一であった
固有名詞がすべて上がるわけではないが、およその見当がつい
時期がたしかにあるが、あとは民族衣装で付加価値を実現して
ている。
有卦に入っていたのである。
よって、絶滅が明確になっても、洋装用の付加価値を稼ぐ例
したがって、b)がどの程度売れる、売れるかもしれないとい
うことも見当がついている。
は稀にしかないようだ。スカーフやネクタイが最後まで頑張っ
⑤a)についてはメゾンのgoodwillそのものなので、バックオ
ていたが、ほとんどがパリ・ミラノのラグジュアリブランドの
フィスと設計主務者のあいだに齟齬が発生する余地はない。仮
OEMらしいので、前世紀末までに中国に攫われてしまったよう
に齟齬があれば、もはやメゾンの存立基盤が疑われる。
だ。シルクは、もともと、ことにご婦人方が欲しがる国際商品
⑥したがって、バックオフィスと設計主務者の見解の差異は、
なので、特定産地一か所がいつまでも栄える図式は成り立たな
b)について、バックオフィスが設計主務者以上に強気ないし
い。豊かとはいえない中山間地の事業者といえども、国際競争
弱気に出たときにincoherentが生まれる。ただし、こうした問
の枠外で無リスクの主張はできない。
題の解決方法もルーチンであると推定される。
⑦生地担当は平素の設計主務者とアシスタントデザイナー
2:クチュールメゾンの生地購買
クチュールメゾン(以下メゾン)についてはいささか調査を
かさねてきたが、すこしわかってきたことは、メゾンにはテキ
の行動から、どのような生地が必要なのかを知っている。展示
会は無論、また、納入業者の持ち込み品も含めて、設計主務者
に供覧するものをそろえておく。
スタイル担当(布帛のみならず糸・付属品一式を購買する)が
2-3名程度いるらしいということである。
メゾンは設計主務者がStudio部門とatelier部門を仕切るが、
ただし、バックオフィスとは牽制関係にある。これは設計主務
⑧コレクション(ランウエィと展示会)で、直営店舗からの
内部発注の数字が予測と合致しがたい場合は、a)でもb)でも発
生しうる。それは設計主務者にとってもバックオフィスにとっ
ても新規な出来事で学習が必要になる。
者が創業者であってもこの関係を維持する。それがメゾン存続
連絡先:信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/
⑨この場合、不確実性を回避するには、コレクションよりも
大谷 [email protected]
前倒し(front loaded)して受注を取る。かなり内輪の展示会
で感性に依存する。日本のテキスタイル事業者のメゾン参入に
を開催する。
は、メゾンの設計主務者の要求に合致する提案を必要とするの
だが、まずは、生地担当の目に留まらなければならない。
3:生地の採否
設計主務者の手元には、自らの1次設計にもとづく指示で作
6.日本もテキスタイルメーカーのミラノでの定評
成させた成果である2次設計(デザイン画)が相当数ある。相
ミラノでの予備的な調査で以下のようなエピソードを聞き
当数というのは、コレクション展示数(ランウエィショーの型
出した。これら諸点が、成約への阻害要因となる可能性が高い
数や展示会の展示数+予備数)である。
ことが判明している。採算をとりながら、これらの条件をどう
数あるデザイン画について、1次予選がアシスタントデザイ
クリアするかが問われる。
ナーが描いた数から捨てられずに残ったものとするなら、2次
①メゾンニーズの把握
予選は残ったものから実際にコレクション展示に該当するも
売る商品があるのか。また、メゾンの次期展開商品の予想が
の、3次予選がコレクション展示に該当するものに材料をマッ
つくほどに、当該メゾンを研究しているか。本稿の考察の基礎
チングさせパスしたもの、4次予選がマヌカンに着せて設計主
となったY・D・N・Aなどの事業者は特異な商品を持っていた。
務者がOKを出したもの…である。
②仏伊スイスなど地場業者との差別性
掲記のスキーマの場合、3次予選通過時点で、コレクション
用の生地の発注がある。問題はこの時点からはじまって、仮に
それはパリ・ミラノの近くでも売っているか。わざわざ東洋
から買うべきものか。
コレクションではじめて受注が決まるよう場合、生地の製造が
③小ロットの取引(多種少量)
間に合うかどうかである。
間に合わなければ採用はない。また、そのようなテキスタイ
単価は高い場合があるが、クチュールメゾンの需要量は少な
い。
ルメーカーが取引の対象になりがたい。そこで在庫の問題が問
④定番製品の在庫維持
われる。
当該テキスタイルメーカーの定番とする商品に在庫がない
ようでは、日頃のあきないが薄いと判定され、取引が難しい。
4.日本のアパレルメーカーとのパリ・ミラノのメゾンのマー
⑤納期厳守
ケティングの差異
これは決定的である。よほどの場合を除き、メーカーの生産
①アパレルのマーケティングはマーケットイン(標的市場の
日程に合わせて買うということはない。
要望を製品化)傾向に対して、メゾンはプロダクトアウト(設
⑥日本・欧州間の輸送費
計者のコンセプトで製品化)傾向である。
②アパレルは足元の世界第二位の日本市場で広範な顧客を
当然にヨーロッパテキスタイルメーカーから見るとハンデ
になる。
リピートさせ成長したが、メゾンは仏伊のパリ・ミラノという
⑦仏伊の関税
相対的小規模市場で、メゾンの設計者の支持者に販売する。
前掲に類似。ECのみならずFTA(Free Trade Agreement)も
③メゾンは支持者を求め市場を世界の主要都市に拡張した
計算に入れて競合先を研究する。
が、アパレルは日本の国内に止まった。
⑧コネを探し
④メゾン設計者の創造費用を支持者が負担しあう。日本のア
インフォーマルな情報交換が必要になる。
パレルメーカーでは本来創造費用に充当する付加価値を、一般
⑨行商
管理費に充ててしまった。
いまさらpeddlingはいささか酷だが、あきないの初心に返る
よって、日本オアパレルのビジネススキームを、そのまま、
必要がある。寒川・足立両氏が触れるので、ここでは触れない
欧州服飾市場に適用することは、かなり難しいことを示唆して
が、大手メーカーのホワイトカラー式取引があまり参考になら
いる。
ない(取引量が小さすぎる)。
⑩仏伊英語学力の習得
5.テキスタイルのリバースエンジニアリング
むろん通訳を使うのも実力のうちである。
パリ・ミラノのあるメゾンの商品をベンチマークに、リバー
・・・・・・・・・
スエンジニアリングを試み、「本試料に酷似する生地が日本で
製造可能か」を検証した。
試作見本は、
なお、本ペーパーは、11-13年度科研(基盤研究A)23240100「国
際市場を前提としたファッションのマーケティング・設計・製
造過程と工学的体系化」の研究の一端である。
①相当な学習が必要、
また、文献や関連事項については、つぎの研究紹介用ホーム
②ある程度の学習で可能、
ページ「グローバル・テキスタイル&モードビジネス研究会
③日本で製造…との3種の結果を得た。
(GTMB)」をご参照いただきたい。
メゾン採用テキスタイルは差別性が高く、採否は設計者裁量
http://gtmb.shinshu-u.ac.jp/
連絡先:信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/
大谷 [email protected]
ホワイトカラーが支えた日本の繊維ビジネスのモノづくり枠組みの限界
製品差別性・ロット・価格・納期・企業規模の問題
On the Limit of Manufacturing Schema by White-Collar in Textile & Apparel Business in Japan
Product differentiation, Production Lot, Price, Delivery and Corporate scale in Textile Business
(キーワード:ホワイトカラー生産性,間接部門,一般管理費,適応,GIE)
(KEYWORDS: white-collar productivity, back-office section,
administrative expenses, adaptability, Globally Integrated Enterprise)
○寒川雅彦(㈱東レ経営研究所)、足立俊樹(㈱東レ経営研究所)、大谷毅(信州大学)
1:規格品とGIE
が担当する。現代の商社はかならずしも実務はしない。事業ご
アパレルメーカーはテキスタイルメーカーにとって需要家で
とに子会社・関係会社を設置し配当あるいは当該子会社群にか
ある。アパレルメーカーの業態は多様である。これは別途に整
かる商権により収益を確保する傾向がある。グローバルポート
理しよう。
フォリオ経営である。実務上の問題は現場の担当であって、ホ
さて、高度に差別性された製品でも、なお膨大な需要がある
ワイトカラーは間接部門5を担当し、「収益-費用」の結果の
というケースは稀に生起する。この種の製品は取引が進むにつ
利益をマネジメントする。つまり、利益が減少したとき、ホワ
れて規格化され定番化する。特許等の制約があれば類似の製法
イトカラーの取り分を維持するならば、現場にしわよせがいく。
が、なくなれば同一の製法により、複数のメーカーが製造する。
需要家(消費者)が購入するなら、それは正当化されるが、あ
規格化され売り手買い手多数ならば現物の仲間取引が恒常化
るいは反発こともある。ちなみに百貨店の売上の長期低下傾向、
し、また先物含めた定期の市場が成立、国際間でも価格は一元
パリ・ミラノのクチュールメゾンの存在はその一例かもしれな
化される。メーカーは自社製品の販売価格についての裁量はか
い。それにしてもGIEのようなレベルで見ると間接費が多すぎ
なり制約される。規格品ゆえに最新鋭の機械をフル稼働させれ
るかもしれないが、それでも投資銀行のトレーダーとそれを管
ば最も低い製造原価が達成され、不利なメーカーは市場が放逐
理する役員の報酬を見れば、まだまだ序の口である。
するはずだから、勝ち抜いたメーカーで寡占化でき、そして一
定の利益を生むはずだ。いささか乱暴なモデル化だが、A国のX
メーカーは利益を得て存続し、B国のYメーカーは損失となり撤
3:意匠問屋の機能
かつて意匠問屋6がアパレルのニーズと生地サプライヤーの
退する。もはや規格量産品の時代ではない1という。先進国で
シーズ折り合わせていた。往年の、キング、ロンシャン、丸増、
規格品を製造しても意味がないとも解されるが、はたしてそれ
セルマーなどが有名である。
は製造原価、とりわけ労務費格差の問題なのであろうか。ある
いは為替差損益、主消費地までの物流費用であろうか。
たとえばGIE2のような理念に依拠するなら、事業の諸機能は、
地球上で最も有利なところで果たせばよい。となればA国・B国
は余計であって、さらにその労務費や物流費格差は意味がなく、
しかし、1960年代から既製服化が進み、既製服を製造卸売す
るアパレルメーカーが登場、テキスタイルメーカーのビジネス
スキームはアパレルメーカーに即応し、つれて意匠問屋のビジ
ネスに変容もしくは退場を促した。
若旦那生地ログ第323回「悲しき服地問屋」によれば、「既製
XメーカーvsYメーカーとなり、どちらが格差のない事業スキー
服時代になる前には、意匠問屋と称する、自社独自のデザイン
ムを仕組んだかの、あるいは地球という市場を過不足なくセグ
力で勝負する服地問屋が多く存在していた」という7。
メントとして、いかに自社にとって好都合なターゲットを設定
したかの問題に帰着するのではなかろうか。
「既製服化は、洋装店(消費者に服地を用尺を切って売る)、
洋裁店(消費者が注文する服を作る)、テーラー(紳士服を作
る)、百貨店の服地売り場から多くの客を奪う」
2:一般管理費と商社
ただしどこまで一般化できるかどうかは未知だが、日本の大
手アパレル(製造卸)の一般管理費は、小売りの分を考慮して
も、LVMH(製造小売)のそれに比して、いまも高い可能性があ
「これらのお店や売り場は意匠問屋にとって主な得意先だっ
たが、コレを契機にアパレルメーカーへと得意先を移してい
く」
「これまでは消費者の好みが強く反映されたが、今度は、ア
3
パレルメーカーのデザイナーやマーチャンダイザー、経営者の
あるアパレルでは製品の販売以外の機能を商社4に丸投げし
ビジネス上の思惑によって選択されるようになった」
る 。
てしまう。設計も製造も、主材料のテキスタイルの購買も商社
「パリコレ、ミラノコレなどで発表された服を模倣したり、
連絡先 ㈱東レ経営研究所 http://www.tbr.co.jp/ 寒川 [email protected]
信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/ 大谷 [email protected]
足立 [email protected]
向こうのデザインを導入する服が多くなっていく」「それに伴
とと、国内市場のパイの大きさと市場の成長性が著しく大きか
い、意匠問屋には、使用している服地や向こうの(パリやミラ
ったことがあげられる。ファッション市場を見極めるプロの眼
ノなどファッションの最先端と言われる生地)服地を模倣する
力を持った人が(とくに権限を持った意思決定者として)業界
事が求められるようになった」
内にひとんどいない(存在していたとしても僅か)。だから、
「このようなヨーロッパへの追従は、意匠問屋が創作する服
地を無駄とした」
多段階構造のサプライチェーンが形成される一つの大きな要
因はこうした状況下でのリスク分散と考えられる。
「こうして意匠問屋と呼ばれる人達は創作を諦め、ヨーロッ
パのトレンドに合わせた服地作りへと転換せざるを得なくな
った」
5.高いロス率によるホワイトカラー救済
学校時代も企業に入ってからも、ホワイトカラーはこの業界
「それは、それぞれの服地問屋のユニークさを失わせ、似た
に必要な体系立った専門教育を受けていない。いわば半玄人が
り寄ったり化をもたらし、多数の服地問屋の存在を無用とさせ
多段階構造のサプライチェーンの各段階の意思決定者になっ
る事になってしまった」
た。その分、日本の繊維アパレルのビジネスは効率的とはいい
これら若旦那氏の指摘は正鵠を得ている。ただし「多数の服
がたい。それでも存続できたのは、高学歴社会になる前に存在
地問屋の存在を無用とさせる」のは、アパレルの生産・企画の
していた優秀な「実務専門員(いわばMaster Sergeant)」ゆ
商社丸投げが本格的に進む時期である。若旦那氏流の視点でい
えである。彼らの役割が大きかった。現在、繊維アパレルのビ
えば、おそらくは意匠問屋の機能が変化したと解するべきであ
ジネスが国際競争力を持てないのは、優秀な実務専門員が不在
ろう。
にもかかわらず、これまでと大きく変わらないシステムで事業
を続けていることと、優秀な実務専門員に代替する新しいタイ
4:過大なgeneralist費用
プの人材の育成ができてないことがあげられる。
多くの日本アパレルの企画責任者・担当者もホワイトカラー、
日本には、非効率な多段階構造のサプライチェーン、百貨店
原糸メーカーのファッションテキスタイル部門の営業・開発責
をはじめとする消化仕入、返品・未引き取り等の業界慣習が定
任者もホワイトカラー、つまり文系大卒者で一般事務向きの人
着している。2003年『繊維ビジョン』で想定された「日本の衣
材である。
料品産業の商品ロス率」は40%であった11。全盛期のトヨタで
一般事務というのは雑駁な表現だが、専門化の原則にもとづ
さえ新車の4割を捨てていたら、黒字経営は出来ないであろう。
く分業と統制の論理で、割り当てられた職務を遂行する。どの
高いロス率はホワイトカラー救済の対価であるが、その代償
ような機能に属する職務で、それも事務の範囲なら、おおむね
として、日本のファッションビジネスの国際プレゼンスを希薄
は遂行できる能力の持ち主である。ここに事務とはdesk jobに
化させているともいえよう。また、テキスタイルビジネスの製
してoffice routine workである。
品差別性・ロット・価格・納期については、ホワイトカラーが
8
Management(他者を介して遂行するような職務 )もまた、
その職務の機能を問わず(極端にいえば製造や研究開発であっ
9
扱える範囲ということになる。
もっとも好ましいのはmanagementが容易であること、つまり
ても)事務となる可能性がある。ゆえにgeneralist と呼称さ
コントロール可能な範囲にあること、したがって変化が少ない
れるが、なんでもできるかというと、学校時代も企業に入って
こと、たとえ変化があっても周期的であることである。よって、
からも体系立った専門教育は受けていないゆえに、ファッショ
たとえば、最新鋭の大型生産設備をフル稼働させて、旺盛な需
ン市場を見極めるプロの眼力を持った人、つきなみだが
要がある定番規格品を量産するようなビジネススキームが好
specialistではない。このような専門家は多段階構造のサプラ
まれる。このようなビジネススキームをすでに実現している規
イチェーン内でキーマンとして存在すべきだが払底である。こ
模の大きな企業にとって、差別化された小ロットの高品質なテ
のように日本の繊維アパレルは過大なgeneralistを抱えて効
キスタイルを、短納期で納入するビジネススキームは、まさし
率的とは言い難い10。それでも回っていた(毎期存続に足りる
く好ましいスキームの対極にある。
利益を出していた)のは、意匠問屋の存在と役割が大きかった。
したがって、ファッションビジネスを進めるにしても、クチ
現在、国内ビジネスにおいて十分な利益を上げている日本の
ュールメゾンよりはファストファッション、職人気質を好むヨ
繊維アパレル事業者は少ない。いわばわずかな例外を除きどこ
ーロッパよりは、人口3億人ながら名目GDP14.2兆USD(同4.7万
も儲かってない。そして画期的な新製品が生まれない。その一
USD)の70%を占める消費力を有するUS、さらにそれよりも、
因を往年の意匠問屋を代替する新しい機能が生まれていない
名目GDPは4.4兆ドル(人口当たり3300USD)だが、なんとって
ことに求めることもできよう。ファッション市場を見極めるプ
も人口13.4億人で成長力10%の中国の定番規格品の潜在消費
ロの眼力を持った人が、多段階構造のサプライチェーン内キー
力はホワイトカラーにとって垂涎の的になる12。
マンとしてあまりいない。
要すれば、
日本の繊維産業が盛んであった昭和30-40年代を彷
それにもかかわらず日本の繊維アパレルビジネスが、非効率
彿させる。いささかうがちすぎだが、そのノウハウはいまだ社
的ながらも回っていたのは、競争の次元が国内だけであったこ
内の上層部の記憶にあるので、おそらくは稟議が通りやすいか
連絡先 ㈱東レ経営研究所 http://www.tbr.co.jp/ 寒川 [email protected]
信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/ 大谷 [email protected]
足立 [email protected]
もしれない。
先の知価社会に逆行はするが、むろんホワイトカラーを抱え
る粗利を産めるのであれば、それはそれで良いということには
なる。
6:ひとつの推論
日本の繊維アパレルメーカーは、あるいはそのホワイトカラ
ーたちは、市場の変化に経営を適応させるのではなく、かって
培ってきた(いまも残る)経営のノウハウにあった市場を探す
図式で生き残るのであろうか。中小規模であってもサプライチ
ェーンに組み込まれているとなると、類似のことが指摘できる
かもしれない。そうなるとつぎのように推論しなければならな
い。たとえばいまの銀座の顧客はヨーロッパやアメリカのファ
ストファッション、パリ・ミラノのクチュールメゾンに流れ、
日本の繊維アパレルメーカーはかっての銀座に存在した顧客
に匹敵する市場を地球に探すというグローバルビジネスにな
る。銀座には現地法人の販売店があるので、得意のライセンス
やインポートは後退せざるを得ない。
われわれの当面の研究課題「国際市場を前提としたファッシ
ョンのマーケティング・設計・製造過程と工学的体系化」の解
題においても、この点は十分な吟味が必要である。
なお、この研究の一部は、11-13年度科学研究費補助金(基盤
研究A)23240100「国際市場を前提としたファッションのマー
ケティング・設計・製造過程と工学的体系化」に依拠している。
たとえば堺屋の知価革命。堺屋太一『知価革命: 工業社会
が終わる・知価社会が始まる』PHP 研究所,1990 .
2 Globally Integrated Enterprise の略語。
2007 年に IBM の
CEO に就任した S.J. Palmisano が提唱した
http://www-06.ibm.com/services/bcs/jp/solutions/sc/gie/pdf/g
ie.pdf 参照。
出澤研太「21 世紀型の企業である GIE を目指すビジネス・
モデルのイノベーション」特集イノベーションを産み出すD
NA…日本IBM創立 70 周年記念特集…マネジメント最前
線。
http://www-06.ibm.com/ibm/jp/provision/no54/pdf/54_mng1
.pdf
3 一般化は未知だが、LVMH とオンワード+三越の 2006 年
度決算で試算したところではその可能性が高い。
参照:営業利益を食べる一般管理費、繊維トレンド ,
(71):61-65 2008(Jul.)Author:大谷毅。
持ち株会社制による場合は、有価証券報告書の損益計算書で、
売上原価が開示されない。したがって、この方法に拠る計算
はできない。
4 商社とその子会社・関係会社あるいは alliance の態様も
様々だが、ここでは総合商社の子会社を想定しよう。子会社
の社長ら幹部は本社から出向し、実務は現地雇用の従業員が
行う。むろん人件費に格差がある。
5 ホワイトカラーでも営業部門に所属すれば間接部門とは言
1
い難い。ただそれが管理者である場合は、管理者の態様によ
り、直接部門のなかの間接部門にカウントされる可能性があ
る。一般には測定され難いとされる「ホワイトカラーの生産
性」問題に帰着する。
6いまは死語にちかいといってよい。
それほど実態がなくなっ
てしまった。想いで話しのなかの存在といってよいかもしれ
ない。
7文体などの一部を改変して紹介してある。
http://ameblo.jp/boite-a-couture/entry-10080435683.html
「若旦那氏」は筆名と思われる。
8 Management の定義はいくつかあるが、
ここではいわゆる
管理過程論、古典的な発想による。M.Weber の官僚制モデル
に端を発し、組織は職務権限責任の体系という割り切り方で
ある。文献は省略する。なお、現代のファストファッション
の組織は flat なところに特徴があるという。これは別の機会
に論ずることになろう。
「H&M 全員力の奥義」日経ビジネス、2010 年 11 月 19 号、
pp.42-29.など。
9 本来はある事業分野・ある製品について、計画から生産・
販売、財務・労務など全職能について経験があり、熟知する
人材を言う。したがって、ここでいうホワイトカラーは本来
の generalist には該当しないかもしれない。ホワイトカラー
が得意とするのは management である。
10 日本的雇用慣行は美徳視され維持できたのは、
人口構成に
ボーナスがあったからである。職能資格制にもとづき
management を配置しても、年功制で人件費が安価であった
ため、かなりの generalist の維持費用を吸収できた(製品を
介して市場で正当化できた)
。
11 1980 年代半ば、衣料品の輸入急増に直面した米国の繊維
産業は、国際競争力回復を目指し、KSA(Kurt Salmon
Associates)社が、アパレル企業の競争力をいかに強化する
視点から調査し、そのなかで「長いリードタイムのため、見
込み生産を余儀なくされ、3 つのロス(売れ残り、見切り=
マークダウン、欠品=機会損失)が発生し、ロスの総計が全
売上の 26%に達していること」と指摘している。これは日本
化学繊維協会の資料による。
http://www.jcfa.gr.jp/fiber/word/category.html
12 数字は、
おおむね、眞銅竜日郎「米国オバマ政権下の経済・
通商政策展望」日本貿易振興機構(Jetro)
、2010 年 3 月によ
る。
http://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/
連絡先 ㈱東レ経営研究所 http://www.tbr.co.jp/ 寒川 [email protected]
信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/ 大谷 [email protected]
足立 [email protected]
ファストファッションに想定しうる製品設計プロセス
「ZARA」を事例として
(キーワード:ファストファッション,民主化,サスティナビリティ、リバースエンジニアリング)
(KEYWORDS: Fast Fashion, Democratic, Sustainability, Reverse Engineering)
○宮武 恵子(共立女子大学)
1.ファッションの民主化
ブランドを展開している。(例:「DOLCE & GABBANA」、「D&G」)
ファッションの発祥地フランスは、王室を始めとする特定階
どちらも価格帯に応じ、製品の品質を落とさぬように顧客の要
層のためのオートクチュール(高級注文服)の世界で、クリエ
望をくみ取るという意味においては、ファストファッション・
イティブな物作りの特徴を継続しており、またビジネスとして
ブランドと同様に、「ブランドの民主化」と言える。しかしな
はプレタポルテを展開している。
がら、プレタポルテ・ブランドは、客層及びプレステージ面に
世界を席巻しているファストファッションの代表的ブラン
おいてはグレード感が高い。イタリアのプレタポルテ・ブラン
ドのZARA(Spain)、H&M(Sweden)、TOPSHOP(England)、Forever21
ドは、幾つかの要素が確立していなければブランドとして成功
(USA/Los Angeles)のビジネス戦略は、ファッションを特定
しないとされている。その中の一つに「商品に対しての絶対的
階層のためだけのものではなく、「デモクラティック(民主的)
な価値を落とさないことを持続可能(sustainability)にして
言い換えればファッションの民主化」を提言している。具体的
いくという概念」がある。これは言い換えれば「クリエイティ
には、ファストファッション・ブランドの製品設計発想は、ラ
ブと技術の融合」である。技術は、素材力、パターンや縫製で
グジュアリー・ブランドの商品のデザイン性を巧みにアイディ
表現される (図1)。
アとして採用し、同じ時期に店頭展開する。製品設計について
も民主化にふさわしい見栄えのための工夫がなされている。
ファストファッションの強みは「低価格でトレンドをくみ取
った商品設計にあり、素材力、パターンや縫製は、プレタポル
2008年から2010年の「国際市場を前提とした服飾造形とテキ
テ・ブランドの概念と反して粗雑」である。具体的には「縫製
スタイルの設計提案に関する技術的経営的研究」で研究を進め
始末の工程を少なくしたり、ミシン目が粗かったり少々の難に
たミラノ・プレタポルテ・ブランドは、マーケティングに力を
はこだわらない。見た目重視」なのである。
入れ、市場に合わせてファーストラインブランドからセカンド
図1.イタリア・プレタポルテ・ブランドの成功要素
連絡先(共立女子大学
〒101-8437, 東京都千代田区一ツ橋 2-2-1, 03-3237-2496, 03-3237-2496, [email protected])
2.研究目的
を持っている。デザインのアイディア・ソースは、ファッショ
これらの背景を受けて本研究では、国際市場をターゲットと
ンショー(世界中)、雑誌、ディスコ、店舗から上がってくる
しているファストファッションの成功事例として「ZARA」
「H&M」
多くの顧客の声等様々な情報である。デザイナーの業務内容は
をベンチマーク・ブランドとし、その製品設計の実態を調査す
来シーズンのデザインに加えて今シーズンの製品の手直しも
ることを目的とする。
同時に行われている。
特に本発表では「ZARA」の商品企画、デザイン、パターン等
の一次設計について掘り下げていく。
「ZARA」のデザイン組織と業務フローは(図2)のようにまと
めることができる。どの製品でも同じプロセスを経ることが、
ZARAの製品群に一定のスタイルを維持するのに役立っている。
3.研究方法
デザインができると、コンピューターで型紙を作り、次に、コ
研究方法として、3段階で分析をしていく。第一に文献調査
ンピューターで布地の型取りをする。どの製品を、どのタイミ
また先行研究から「ZARA」の実態を調査する[1] [2] [3] [4]。
ングで、どのくらいの分量で作るかは、通常、デザイナーと市
第二にフィールド調査を行い売り場の商品構成・展開、商品
場動向の専門家、バイヤーが一緒になって決定する。いったん
の詳細について分析を行う。定点観測店を新宿の「ZARA」とし
決まると、材料の調達から製造、倉庫に置く在庫量の調整まで、
て、毎週の店頭商品の推移をデータ化する。調査開始は、2010
その後のすべての工程をバイヤーが管理する。「ZARA」はほぼ
年6月14日とした。
50%の製品を、スペイン国内にある22カ所の自社工場(そのう
第三に製品のリバースエンジニアリング、すなわち製品を解
ち18工場がラコルーニャ近辺にある)で製造している。縫製に
体して分析を行う。ここでリバースエンジニアリングする商材
ついては協力会社も使っている。残り50%の製品は約400社あ
は、2009年2月にミラノでフィールド調査をした際の「ZARA」
る外部のサプライヤー(協力会社)に生産を委託している。協
の製品について着目した。2009-10シーズンは、80年代イメー
力工場400社のうちの70%はヨーロッパにあり、残りはアジア
ジがトレンドとされていた。80年代イメージの表現としては、
にある。ヨーロッパにあるサプライヤーの多くは、スペインと
肩の形状に特徴があるとメディアで発信されていた。このトレ
ポルトガルという至近距離に拠点を構えている。拠点までの距
ンドをマス・マーケット向けに翻訳してデザイン設計したのが
離が近いというメリットを利用して、「ZARA」はこうしたサプ
ミラノで購入した「ZARA」の商品であると言える。肩に特徴の
ライヤーには最新の季節商品を〝クイック・レスポンス〞で生
ある商品は日本でも展開されており、日本で展開されていた商
産させている。一方、リードタイムが長くかかるアジアのサプ
品を今回の研究サンプルとしてリバースエンジニアリングを
ライヤーからは、生産スケジュールがあらかじめ決まっている
行った。
〝定番商品〞を調達する。
アジアのサプライヤーは、品質の高さと低コストに定評がある
4.研究結果
からだ。大量で安定した注文を出す「ZARA」は、多くのサプラ
4-(1).文献調査また先行研究の結果
イヤーから得意先とみなされている。
ファストファッションの強みは3つある。(1)トレンド性の高
いファッションを独自で企画開発し生産していること。(2)多
品種を低価格で提供していること。(3)マーケットの動向に対
応して、短いリードタイムで店頭に送り込むオペレーションを
確立していること。である。加えて、ヨーロッパのコレクショ
ンのランウェイ(ファッションショー)に登場するハイ・ファ
ッション並のトレンドをいち早く商品企画に取り入れ、しかも
誰もが気軽に買えるボリューム価格帯で商品化を行い、素早く
マーケットに送り出すことを強みにし、それをビジネス・モデ
ルとしているファッション業態である。特に、「ZARA」はハイ・
ファッションの廉価版を志向し、そのコンセプトは最新ファッ
ションを安く、早く顧客に提供していると言われている。
「ZARA」の製品設計の要である商品のデザインは、コマーシ
図2.デザイン組織と業務フロー
ャル・チーム(約300名)と称されるチーム構成で業務がおこ
なわれているとされている。年間40.000アイテムをサンプルア
ップしてそのうち約10.000アイテムが店頭商品として展開さ
れる。デザイナーの平均年齢は26歳、デザイナーにはスターは
4-(2).フィールド調査の結果
ここでは事例として2011年6月14日の新宿店の分析結果を記
載する。(図3)
作らない方針である。デザイナー達は、トップクラスのファッ
マーチンダイジング(MD)構成は、4つのカテゴリーに分かれ
ション学校を卒業して、コレクションを創ることができる能力
ている。「ZARA Basic」「ZARA Woman」「ZARA Collection」
連絡先(共立女子大学
〒101-8437, 東京都千代田区一ツ橋 2-2-1, 03-3237-2496, 03-3237-2496, [email protected])
「TRAF ALUCE」である。それぞれのカテゴリーの特徴とコンセ
多くのデザイナーのコレクションで提案されていた形状では
プトは、(図4)に示すように分析できた。
特に
「ZARA Collection」
なく、過去にその形状は存在していたとしても、このシーズン
に関しては、金額ベースで要になっているカテゴリーであると
では、このデザイナーの創りだした形状である。(図7)は2009
推察している。また、同じ日に「H&M」新宿店をファールド調
年9月にミラノの「ZARA」で購入したジャケットである。
「ZARA」
査して、「ZARA」「H&M」の製品生産地の比較をしてみた (図
の商品と(図6)の商品の肩の形状は同じような形をしている。
5)。「ZARA」はヨーロッパ中心に生産拠点があるが、「H&M」
はアジアの生産地が多いと分析できた。
(図8)は日本で購入した「ZARA」の商品で、肩の形状は(図
6)(図7)よりおおげさではないが、同じパワーショルダーと称
されるディテールである。この商品をリバースエンジニアリン
グした結果が(図9)である。デザインはハイ・ファッションを
参考にしているが、生産については、コスト面を考慮した工夫
が随所にみられるという結果に至った。
図3.「ZARA」新宿店
図4.「ZARA」新宿店/MD分析
図6.プレタポルテ・コレクションのスタイル
図5.「ZARA」/「H&M」製品生産地
4-(3).リバースエンジニアリングの結果
(図6)は、2009-10年秋冬にあるブランドのプレタポルテ・コ
レクションで発表されたスタイルで、そのシーズンは80年代イ
メージがトレンドとしてメディアに出ていた。この型の形状は、
連絡先(共立女子大学
図7.ミラノで購入の「ZARA」の製品
〒101-8437, 東京都千代田区一ツ橋 2-2-1, 03-3237-2496, 03-3237-2496, [email protected])
図9.リバースエンジニアリング
図8.日本で購入の「ZARA」の製品
5.考察
ファストファッションの戦略は、わずかな流行の気配を感じ
ると即座にその情報を基に新商品をデザイン化し、店頭に並べ
る。ファストファッションのターゲットは流行に敏感であり、
商品は低価格であるため、即座に購入すると推察する。商品提
供は、生産から販売に至るまでに最短12日しかかからないとも
言われている。また、商品は少ない生産量で提供されるため同
じデザインの商品は少ない。数量限定になるためにファッショ
ン消費者は購買意欲をかられる。商品は毎週投入されて、売れ
残った商品が再度店頭に陳列されることはない。
今回事例として挙げた「ZARA」のデザイン設計の戦略はラ
グジュアリー・ブランドのデザイン力を有力な情報として翻訳
してデザイン設計をして、品質にこだわらないことで低価格志
向の消費者のトレンドニーズを満たしていると換言できる。デ
ザイン設計は、ハイ・ブランドが発表した最新デザインや世界
中をフィールド調査することで収集したスタイルを解析して
デザインをおこす。ファストファッション・ブランドの競争は
激しく、売れる商品にデザインする正確な分析力と判断力が求
められている。デザイナー達は、トレンドを予測して短時間で
様々な新デザインを提案しなければならない。デザイン設計の
手法に関して、「The Copycat Fashion Brand」と称されて、
模倣であるとしている論評もあるが、ターゲットに応じて売れ
る商品をデザイン設計できる力があると換言することもでき
る。
参考・引用文献
[1]「Journal of Fashion Marketing and Management」
Vol.13
No2,2009
[2]「サプライ・チェーン・フォーラム」誌 2003年第2号
[3]「世界中を虜にする企業 ZARAのマーケティング&ブラ
ンド戦略」2010年11月
[4]「ファストファッション戦争] 平成21年12月
連絡先(共立女子大学
〒101-8437, 東京都千代田区一ツ橋 2-2-1, 03-3237-2496, 03-3237-2496, [email protected])
クチュールメゾンからみた「H&M」の製品と推定しうる設計過程
Product of H&M & Estimated Design Process of the Fast Fashion on Couture Maison Viewpoint
(キーワード:クチュールメゾン,設計主務者,ファストファッション,ロット管理,分割生産)
(KEYWORDS: couture maison, chief designer, fast fashion, lot control, divided production)
○矢野海児(杉野服飾大学),大谷毅(信州大学)
クチュールメゾン(Couture Maison以下メゾンと略称するこ
とがある)の製品と設計過程はある程度調査済であるので、こ
トなどを説明する。縫い子の能力により、ベテランのプルミエ
とその次のスゴンドに格付けし、組織化する。以下略。
i
こでは紙幅にあわせ省略する 。そこで、典型的なファストファ
ッションである「H&M」の製品から、その製品の設計過程・製
造工程を推定していく。本稿はその出発点での試論である。
1.クチュールメゾンでの設計過程
4.サンプルの制作
サンプルはatelier部門で制作する。スケジュールが立て込
むとアパレルメーカーに外注し、あるいはメゾンの方針で最初
すでにクチュールメゾンの設計過程および製品については
から家庭にいる縫い子の内職に依存する。このサンプルはラン
調査を試みてきた。それはstudio部門とatelier部門からなり、
ウエィショー(しばしコレクションという)でマヌカンが着用
設計主務者(チーフデザイナーなど呼称はメゾンにより異な
し、また、展示会で陳列される。生地の裁断はatelierチーフ
る)の権限にもとづくライン型組織によって、独特の分業が行
とプルミエが立会う。前中心と後ろ中心の柄だしと、脇の柄合
われ設計過程を構成し、それが製造工程のオペレーションに対
わせには特に注意を払う。中略。こうした作業をランウエィシ
し基準を指示している。studioのメンバーは設計主務者1名に
ョーに必要なだけ繰り返していく。以下略。
対して、3~5名のアシスタントデザイナーがいる(メゾンの
規模により異なる)。それぞれの役割は①タイユール担当(ス
ーツ類)(中略)⑤生地担当などに分かれる(メゾンの規模に
よっては兼務する)。以下エピソードをまとめる。
5.ランウエィショー(コレクション)
コレクション当日、スタッフは、朝7時に会場に集合する。
前日運び込まれた衣装を、各モデルごとのハンガーラックに分
け、出番順に並び替え、シワの有無をチェックし、アイロンが
2.studio部門
プルミェールビジョンやイデアコモ(Mirano UNICAを構成)
けを行い、靴やアクセサリー、帽子、サングラス、スカーフな
どを確認する。一方、モデルはそれぞれの楽屋で鏡の前に座り、
の開催期に、アシスタントデザイナーは次シーズンの情報収集
ヘアーデザイナーのヘアメイクを受けながら自分の顔の化粧
とサンプルを収集する。パリ・ミラノの会場でブースを回る。
を進める。デザイナーによっては、出場モデル全員に同じメイ
多数のブースで2~3日かけて、自分の感覚の吟線にふれた素
クとヘアースタイルを設定する。本番3時間前、設計主務者・
材を集めていく。そしてstudioに持ち帰り、壁面いっぱいのボ
モデル・ヘアーデザイナー・音響関係者・atelierスタッフな
ードにジャケット、スカート、パンツ、コート、ブラウス、ド
ど関係者全員が集まり、リハーサルが始まる。設計主務者は舞
レス等アイテムごとに、またはコーディネートの組み合わせを
台出口の裏に立ち舞台監督に変身する。音にあわせて出て行く
考え生地を貼り付ける。以下略ii。
モデル一人ひとりの衣装・アクセサリー・ヘアースタイル・靴、
歩き方・ポーズなどをチェックし、所要の指示をだす。営業担
3.生地担当
当は会場入口に集まり、その日の特定顧客(VIPやスター等)・
生地担当は仮決定にもとづき各生地メーカーにサンプル生
バイヤ・ジャーナリスト・スポンサーと打合する。不審者に注
地を発注する。アイテムや組み合わせによるが、5mから15m程
意を払い、時間が来れば上得意客から案内する。つまりはラン
度である。生地メーカーはパリ市内にエージェントがある。電
ウエィショー(コレクション)とはファッションビジネスにお
話で発注し翌日にメゾンに配達される。以下略。
ける販売促進の一翼を担う行事なのである。
3.atelier部門
6.ファストファッションの経緯
到着した生地はatelierに運ばれる。atelierチーフは生地と
クチュールメゾンがオートクチュールからプレタポルテ(高
デザイン画を見て、いままで使ったことのあるパターンを少し
級既製服)へと、ビジネスの方向拡大を始めた1960年代から
変更すれば良いものと、新規のものとを峻別する。新しデザイ
1970年代にかけて、アメリカの「GAP」、スエーデンの「H&M」、
ンの場合はトワルで形を作っていく。縫い子にデザインポイン
スペインの「ZARA」などが、母国でのオープンから世界各国へ
連絡先 杉野服飾大学 http://www.sugino-fc.ac.jp/ 矢野 [email protected]
信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/ 大谷 [email protected]
の進出を図り、日本においても1994年にギャップジャパン社設
立、1997年ザラ・ジャパン社設立、2007年にエイチ・アンド・
l) 縫製仕様書も生地のカラーやボタンなどデザインの変わ
った部分を書き込む。
エム へネス・アンド・マウリッツ・ジャパン社設立となった。
クチュールメゾンが始めたプレタポルテ、一般既製服事業者
m) ステッチや縫い代の始末、ヘムのあり方などは、既存の
縫製仕様書をかえない。
は、当初、必ずしも製造小売・製造卸ではなく、企画・生産・
n) 生地の手配は最初にMDが100-500m程度を見込み発注する。
販売が分離していた。しかしながら、ファストファッションは
o) ロット規模は店舗数に比例させ確保する。生産技術の核
スタート時点からいう企画・生産・販売を同一事業として実施
心はこの大ロットの分割生産・分割納品にある。事実上は小ロ
した。いわゆる製造小売(日本ではSPAと略称される)方式を
ット・多頻度納品である。リードタイムが短い割に品質管理が
採用したのである。
可能である。
p) 材料で上限を設定し、上限を超える追加生産はしない。
6.クチュールメゾンとの利害
したがって材料の在庫リスクは受容しなければならない。
価格帯やコンセプトからみて、本来はクチュールメゾンとフ
q) 自社工場生産中心。あるいは国内工場を使う。
ァストファッションはターゲットも異なる。また、商品のポジ
ショニングも異なるのだが、クリエーションという点では、微
r) 相対的地理的近距離立地。細かな指示や変化する指示の
全てに短時間で対応する。
妙な関係にある。ファストファッションの生産リードタイムが
s) 工場で検品、工場から店舗に直接納品する。
短い、したがって工程のサイクルタイムも短いため、クチュー
t) 顧客の要求にはすばやく対応する。
ルメゾンがコレクションを開催し、一か月後に自社店舗で陳列
u) 常駐派遣員、テナント共同派遣員により、試着後の直し
販売するべく、次期商品をランウエィで披露する。しかし披露
(丈出し・袖つめ等)に2時間以内で対応する。
した瞬間、ファストファッションの情報員がキャッチし、即座
に企画生産に入り1週間後に世界の自社店頭で販売する。
v) CRMを活用し、RFM事項のほか、タンス在庫。好みの色を
データベースに蓄え、メールで勧誘しご来店を促す。
ファストファッション事業者のコンセプトが、流行を先取り
し、ラグジュアリブランド(ハイブランド)感覚のファッショ
w) 顧客希望商品に在庫がない場合は僚店の在庫を確認し取
寄せる。処理条件(交換・内部仕入)は交渉による。
ンを装う、アイテム毎のTPOを意識した商品、しかも手の届く
価格帯での提案にある。さりとて、多額のクリエーション費用
x) デザイン部門は店舗で収集した顧客希望情報を検討し採
否を決め設計に組み込み、さらに販促に使う。
を負担するメゾンからすれば間尺に合わない。パリコレクショ
ンの主宰者(フランスオートクチュール・プレタポルテ連合協
y) ファストファッションでは設計・製造への投資が不可避
で固定費化するので多店舗化は必至である。
会)がコレクションにプレタポルテ(ヌーベルクチュール)に
z) クチュールメゾンは特有の人間関係もとで職人技を必須
必要ないという2009年の問題提起も故なしとはしない。
とするが、習得を希望する後継者が減少する。
7:推定されるファストファッションの設計過程・製造工程
ァストファッションの設計過程を推定した。
以上、H&Mの製品と若干の予備調査ならびに2次資料から、フ
クチュールメゾンのStudio部門を中心に展開される設計過
なお本ペーパーは11-13年度科研(基盤研究A)23240100国際
程・製造工程からみて、異なるであろう推定されるファストフ
市場を前提としたファッションのマーケティング・設計・製造
ァッションの設計過程・製造工程を以下に列挙する。
過程と工学的体系化によった。
a) 各国からデザイナーを集めデザイン部門を構成する。
b) デザイン部門でアイディアを出し互いに刺激し合う。
c) 世界のファッション都市や、民族衣装の残る地方に出か
けて市場調査、情報収集する。
d) 地球上に存在する相当数の店舗の販売員からストリート
の状況が本社デザイン部門に伝えられる。
e) 販売員は売れるとする商品をデザイン部門に提案する。
f) デザイン部門・店舗間のデザインや企画に関するコミュ
ニケーションはWebを駆使して安価に推進できる。
g) 見本の制作を省略するなど、不要なステップは除去する。
h) サイクルタイムを向上させ、リードタイムを短縮する。
i) コンピュータCADに数十万種のパターンを記憶させ、必要
に応じて引き出す。
j) ダーツやギャザーなど人体の基本の部分は変えない。
i
以下の文献を参照。
バリ・ミラノで販売可能な“プレタポルテ"の設計生産実験、
日仏量産見本の制作と評価、繊維トレンド , (85):36-42
2010(Nov.)Author:池田和子,大谷毅
バリ・メソン P の設計製造過程(2)-工レガンスという情報の服
飾造形による表現、繊維トレンド,(84):32-39
2010(Sep.)Author:鈴木明,大谷毅
パリメゾンP の設計製造過程と東京進出一百貨店A とのライ
センス契約でパリとおなじものができるのか-繊維トレンド ,
(83):37-44 2010(Jul.) Author:矢野海児,大谷毅
ミラノ=プレタポルテ"の設計工程とカルタモデロ(パターン)
の機能,繊維トレンド , (82):59-65 2010(May) Author:宮武
恵子,大谷毅ほか。
ii この部分は前掲論文等をご参照いただくほか、フルテキス
トは別途用意する予定である。なお下記参照。http://gtmb.
Shinshu-u.ac.jp/
k) ディテールを少し変化すれば必要なパターンが整う。
連絡先 杉野服飾大学 http://www.sugino-fc.ac.jp/ 矢野 [email protected]
信州大学繊維学部 http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/ 大谷 [email protected]
「GAP」の製品と設計過程
A product and design process of "GAP"
(キーワード:SPA,ファストファッション,マーケティング,設計製造)
(KEYWORDS: SPA, fast fashion, marketing, design production)
○柳田佳子(文化学園大学)
1.背景
から情報分析し企画し,特に販売に関しては百貨店などに委託
先行研究において[1],国際市場を前提としたクチュールメ
して行われるため,在庫問題が常に付きまとっていた.これに
ゾンのマーケティング・設計製造過程についての報告がなされ
対してSPAは,自社内で企画から製造,販売まで全てを一貫し
ている.それらの調査結果を受け,本研究においては,近年,
て行う業態である.図表1は李雪氏の論文より引用したSCMと
ファッション市場を議論する上で欠かすことのできないファ
SPAの概念図である[2].李氏いわく,『GAPは新しいIT技術を
ストファッション業態を取り上げ,そのマーケティング・製品
利用して情報の流れをコントロールし,生産と販売の同期化を
設計・製造工程の調査を目的としている.
はかり,需要変動に迅速にかつ柔軟に対応する仕組みを構築し
ファストファッションとは,言うまでも無く,流行を採り入
た.また中間業者を省き,流通コストを削減し,リーズナブル
れつつ低価格に抑えた衣料品を大量生産し,短サイクルで販売
な価格を実現した』としており,このことからも,SPAの登場
するブランドやその業態のことであり,安くて早い「ファスト
は,長年アパレルの常識であった水平分業から垂直統合へ,そ
フード」になぞらえた造語である.ファストファッションの戦
の生産方式が一気に逆転し始めた転機であったことがわかる.
略は,低価格とトレンド性を併せ持つ商品展開,グローバルな
このことはアパレル市場にも影響を及ぼし,百貨店なども,大
世界統一展開であり,さらにファストファッションのマイナス
量商品投入と低価格戦略のSPAに対抗するかのように多種多様
イメージ脱却と乱立する同業態ブランドとの差別化の狙いか
なアイテムを扱う方向に傾倒していった.しかし結果として,
ら,デザイナーとのコラボなどによるイメージ戦略が促進され
消費者ニーズに合わせるマーケットインを促進することで百
ていくと考えられ,現に多くのファストファッションブランド
貨店としてのブランドイメージを失墜させ,さらには製造原価
が打ち出している.そして,これらの戦略を支えているのがSPA
を抑える為に生地・品質を落として目先の売りに走った結果が,
という業態である.日本のブランドとしては,ユニクロ,g.u.,
現在のような状況を招いたきっかけでもあったと考えられる.
しまむら,海外ブランドではGAP(米国),フォーエバー21(米国),
ファストファッション,言い換えればSPA業態の設計製造の
H&M(スウェーデン),ZARA(スペイン),TOPSHOP(イギリス)な
リードタイムは明らかにラグジュアリーブランドのクチュー
どが代表といえる.
ルメゾンにおける製造設計とは一線を画すものであることは
想像に難くない.しかし破竹の勢いでファッション市場を席巻
2.SPAの概要
していたファストファッション,SPAも様々な課題を抱えてい
SPA(Specialty Store Retailer of Private Label Apparel)
ることも周知の事実である.
とは「製造小売業」と訳され,GAP inc.の創業者ドナルド・フ
そこでファストファッションの事例研究として米国SPAの先
ィッシャー(Donald Fisher)氏が,1987年に自社が開発したモ
駆ブランドである「Gap」を取り上げ,マーケティング,設計
デルを“Specialty Store Retailer of Private Label Apparel”
製造工程を調査・研究することで,クチュリエメゾンの先行研
と称したことから始まっている.従来型の小売業とは異なり,
究の一連の調査結果との比較を行いながらファストファッシ
デザイン,生産,販売までを一貫して行うことで低価格で商品
ョンのものつくりに迫りたい.本報告はその導入としてのもの
を提供でき,さらに店頭での演出や商品構成においても,一貫
である.
したコンセプトでイメージ訴求ができることが特徴で,消費者
にブランドイメージを伝えやすい点もこの業態が急成長した
要因の1つとされている.
承知の通り,多くの製造業ではSCMというマネジメント手法
が取られている.SCMは,サプライチェーン・マネジメントの
略で,アパレルの場合で言えば,原料の調達から企画,デザイ
ン,製造,販売をそれぞれ別のメーカーが担当する分業型構造
で,それぞれの段階ごとにメーカー間でのやり取りが行われ,
いわゆるマージンといわれるコストがかかり,さらに企画から
図表1 SCMとSPAの概念図(李雪氏文献より引用[2])
販売までに相当の時間がかかる。シーズン商品を1年半以上前
連絡先(〒151-8523, 東京都渋谷区代々木 3-22-1
TEL・FAX 03-3299-2352 E-mail
[email protected]
3.GAPの概要
ンブランドが直面している問題でもあり,ここから脱却するた
GAP inc.はアメリカのカジュアルウェアの最大手であり,創
業は,1969年アメリカ,サンフランシスコのジーンズ専門店を
起源とする.その後,企業の拡大とブランドイメージの変容,
めの新たな戦略に転換している企業も多い.その代表がユニク
ロであるが、本報告では割愛する.
GAPについては,2007年にパトリック ロビンソンがデザイナ
柔軟な顧客ターゲットの変容方針などの戦略により衣服,アク
ー兼上級副社長(シニア・バイスプレジデント)に就任し,ベー
セサリー,子供服とそのラインナップを増やしていった.GAP
シックな路線からファッション路線へとブランドイメージの
inc.の傘下ブランドとしては,プライベートブランド(PB)の
転換を打ち出した.新鋭デザイナーとの限定コラボレーション
GAPの他に,1983年 GAP社に買収され,GAPの商品価格帯よりも
ライン「Gap Design Editions(ギャップ・デザイン・エディ
高価格帯の商品展開で「カジュアル・ラグジュアリー」と呼ば
ションズ)」をスタートさせドゥーリー,サクーン,ロダルテ
れる洗練された上質カジュアル路線のバナナリパブリック
とのコラボ,2008年には3.1フィリップリム,バンド オブ ア
(Banana Republic)や,もともとはGAPのアウトレットであっ
ウトサイダーズ,マイケル・バスティアン,スリー・アズ・フ
た「GAP Warehouse」を名称変更させ,よりローエンドの顧客
ォー,フィリップ・クランジとコラボレート,2008S/Sシーズ
を狙った,低価格ファミリー対応でサイズ対応を強化したオー
ンには,ピエール アルディとコラボレーションでシューズの
ルド・ネイビー (Old Navy)という,ヒップホップを意識した
カプセルコレクションを発表するなど[4],そのイメージ戦略
ブランドなどがある(オールド・ネイビーについては今まで日
は現在のSPAブランドのイメージ戦略の先駆けになったとも言
本の正規取扱店がなかったが,2011年3月にジョン・アーマテ
われている.さらに2009年,「ギャップ・デザイン・エディシ
ィンガー社長が「オールド・ネイビー」を,銀座に国内最大店
ョン・プロジェクト」にてアレキサンダー ワン,アルバトス ス
舗をオープンさせ日本でも展開する方針を明らかにしている).
ワンポエル,ヴェナ カヴァらCFDA(Council of Fashion
特にバナナリパブリックは,もともと旅行用品やサファリ・グ
Designers of America=アメリカファッション協議会)のアメ
ッズを扱っていたが,高級ブランドに転換させるという新たな
リカ・ヴォーグ・ファッション・ファンドのファイナリストと
戦略のもと,1989年にデザイナーのタシャ・ポリズ-によって
のコラボレーションを発表し,さらに同年,ステラ マッカー
斬新な商品展開が行われ成功した.GAPよりも日本で売られて
トニーとのコラボレーションで子供服を発表するなどの動き
いるものについては,商品やサイズも日本人向けに調整されて
を見せた.このような動きが可能となった要因は,デザイナー
おり, 商品のクオリティ基準も米国市場のものより高く設定
のパトリック ロビンソンの経歴にも起因していると考えられ
されているといわれている(商品のクオリティの判断はさらな
る.パトリックロビンソンはパーソンズ・スクール・オブ・デ
る調査が必要であると考える).
ザインを卒業し,クチュールメゾンの「Giorgio Armani(ジョ
これに対して,GAP inc.のPBであるGAPのコンセプトは「ク
ルジオ・アルマーニ)」ホワイトレーベルのデザイン・ディレ
リーン,オールアメリカン,シンプル,グッドデザイン」で,
クターを経験した後,
「Anne Klein(アン・クライン)」や「Perry
トレンドに左右されないベーシックデザインにある.展開ライ
Ellis(ペリー・エリス)」,「Paco Rabanne(パコ・ラバン
ンは,1986年に子供をターゲットとした「Gap Kids」,1990年
ヌ)」などのメゾンを経て,2007年5月にGap Inc..副社長に就
にベビー用品を扱う「Baby Gap」,1992年に靴を扱う「Gap Shoes」,
任し,「クリーン,オールアメリカン,シンプル」といったGAP
1994年に浴室用品を扱う「Gap Scents」,1996年に大人の女性
のマス・ファッション・デザインコンセプトに,デザイナーズ
のためのリラクシングウェアを扱う「Gap Body」など,ライフ
ブランドのトレンドを感じさせるファッションエッセンスを
スタイルなどの統一したイメージを作り出し,ライフスタイル
加え,ブランドのイメージ訴求を行ったのである.
提案型というコンセプトを強固なものにするラインナップと
なっている.
4. GAPの商品展開
しかし,これらのブランドコンセプトに関しても,競合ブラ
ンドの台頭によるブランドの独自性の喪失や,ベーシック商品
GAPの最大の魅力は,
豊富なサイズ展開に関わらずSPA特有の
トータルコーディネイトに基づく物作りがなされていること
の大量生産に伴う不良在庫リスク,消費者の商品飽和による顧
客離れなどにより,時代の流れの中で数度にわたる戦略転換を
余儀なくされている.小島氏によれば[3],『ベーシック回帰
で好転して拡張し,飽和感から頭を打つとファッション化路線
に走って不調に転落するというプロセスを繰り返している.そ
の好不調の波は,好調期間が長ければ不調期間も長く,好調期
間が短ければ不調期間も短く,好調期とその後の不調期はほぼ
同期間になっている』と言われている.差別化の出来ない画一
的になった商品の氾濫は,消費者が敏感に反応して敬遠される
為にさらなる値下げ競争へと向かうのである.これはGAPのみ
の問題ではなく,今現在多くのSPA企業,ファストファッショ
連絡先(〒151-8523, 東京都渋谷区代々木 3-22-1
図表2 サイズ展開表(GAPジャパン公式HPより[5])
TEL・FAX 03-3299-2352 E-mail
[email protected]
である.図表2は,GAPジャパン公式HP[5]に掲載されている商
作りは,現状のような垂直軸の縦割りとなった服作りの関係で
品サイズ展開である(レディスのみ).サイズは,レディス
はなく,テキスタイル・デザイナー・パタンナー・工場などの
が3~15号の7サイズが基本で,メンズは,ウエスト69cm~
服作りに携わる各パートのプロが情報を共有し,リスクも利益
96cmの11サイズ,キッズが身長84cm~150cmまでの9サイ
もシェアするようなフラットな関係・良好なパートナーシップ
ズ,ベビー7サイズと,どんな体型の顧客にも客にも対応でき
でなければ実現しないと思います.その情報を共有するアイテ
るようになっている.日本人サイズのデーターベースは,かな
ムは一つだけ,それは「パターン」です.デザイナー・パタン
りの精度で構築されていると思われる.
ナーの思い描く3次元のイメージ・フォルムを,一旦2次元の
また,売れ筋商品については生産数をすぐに増加させ,店頭
パターンに変換して,そこから工場が意図・こだわりを理解し
にはフルサイズや豊富なカラー展開の商品が売り切れること
ながら忠実に立体化(3D化)する.この変換作業の基となるパ
なく補充され,欠品が出ないように社内で在庫のコントロール
ターンは,工場サイドに近ければ近いほど効率よく,且つ円滑
が行われている.商品が売れず在庫が残ってしまったら,自社
に進行します.理想形は,イタリアのように「工場がパターン
で全て引き受けなければならず,そのための対策を色々と講じ
機能を持つ」という事になりますが,外部のパタンナーの方と
ている.1つがアウトレットやウエブサイトでの商品の販売で
も意思疎通が図れれば,チームとして服作りを進める事が可能
ある.シーズンを過ぎて売れ残ってしまった商品は,アウトレ
になります。さらに突詰めれば,パタンナーはフォルム追求に
ットやウエブサイトで安く売ってしまう.店舗でセールにする
注力して,工場はノウハウを生かした展開を加えて工業パター
時よりもずっと高い値下げ率で,とにかく売り切ることを目指
ン化するという明確な作業分担で効率化を図る事です.現在は,
す.アウトレットでは時に70%,80%,90%引きの商品まで登
この「パターン展開」が双方の作業ロスと誤解の種となってい
場している.2つ目がPOSによる徹底した情報の管理である.複
ますので,この部分をクリアすればさらに効率化される事と思
数ある直営店舗のどこにどの商品がどのくらい余っているの
います.』と述べている.奇しくも先行研究[1]で,イタリア
かを絶えずチェックし,全体的な管理を行っている.中には,
の工場がデザイナーと対等な立場である種「デザイン・設計」
1週間単位で各店舗での在庫数を細かく見直し,商品をこまめ
にまで携わるものつくりを行っており,そのことがヨーロッパ
に移動させているところもある.いつどの場所でどんな商品が
のもの作りの特徴でもある,ということが述べられている.ク
売れるのか,タイムリーで正確な情報を把握し,共有している
チュールメゾンとファストファッションブランド間(今回は
のである.情報に基づいた販売計画を実行しているので,在庫
GAPを対象とするが)の商品クオリティの違いについては(そ
が残る危険性は低い.リスクを背負わないための努力が日常的
もそもクオリティに差があるのか否かも含めて),特に製造・
に行われているのである[6].
設計のカテゴリーにおいては,まだ不透明である.しかし,水
商品企画はGAPニューヨーク支部で行うが,商品の製造はア
谷氏が述べている「テキスタイル・デザイナー・パタンナー・
ジア各地にある工場で行われている.1981年頃すでにPBのGAP
工場などの服作りに携わる各パート」の関係の中に,その要因
商品の調達は米国の他にも香港,シンガポール,中国,韓国,
が見て取れるのではないか,と考えている.
フィリピン,タイ,インド,プエルトリコ,ハイチ等の工場と
取引を築き,13%の商品を海外から直接仕入れていた[2].香
港に原材料の物流センターがあり,納入業者は25か国にまたが
6.まとめ
GAPは,CSR活動が高く評価されているアメリカの大手企業の
っているといわれている.物流センターはヨーロッパ全体に向
中の1社である.GAPはCSR活動,または社会的貢献活動の財務
けて配送する拠点がオランダに,日本の場合は富士ゼロックス
的メリットを,「企業ブランドの維持・向上」「製品の質の向
に委託している[2].
上」に置いている.すなわち,企業ブランドを維持することで,
製品ボイコットなどのリスクを減らすとともに,労働環境の改
5. 研究の狙い
善や,原料の改善から,製品の質そのものが向上することを,
製造については,GAPに限らずいずれのアパレル企業も,そ
全社利益への貢献と定義しているのである[8].また,Gap Inc.
の生産拠点は90%以上が海外,その中でも東南アジアにシフト
のHPで,2011年5月5日に,Gap Inc..は,Gapブランドのアダル
しているのは周知である.東南アジアに生産拠点をシフトする
トおよびボディのグローバルデザインを率いるエグゼクティ
のは言うまでもなく人件費の安さから生産コストを抑えられ
ブ・バイスプレジデント,パトリック・ロビンソンが本日付で
るメリットが大きい.しかし,往々にして海外生産による商品
退任したことを発表した.『この3カ月間,ニューヨークでク
クオリティの低下が取りざたされるのも事実である.
リエイティブチームと共に業務に取り組み,Gapアダルトのデ
いわゆるクチュールメゾンの商品であっても現在はその生
ザインチームに変革をもたらすことを決定しました.』と,ニ
産拠点の多くは東南アジアに移行しており,必ずしも海外生産
ューヨークにあるGapグローバル・クリエイティブ・センター
がクオリティに直結するというわけでもない.問題はその生産
のヘッドを務めるパム・ワラックは述べている.Gap Inc.は直
現場のクオリティであり,さらには素材(原材料)によるもの
ちに後任の選定に入り後任が決定するまでの期間は,ワラック
である.この製造現場がクオリティに影響を及ぼすことについ
がデザインチームのマネージメントを担い,またワラックは,
て,株式会社ケーエム縫製の水谷 浩睦氏は[7],『魅力ある服
キッズとベビーのデザインを担当するシニア・バイスプレジデ
連絡先(〒151-8523, 東京都渋谷区代々木 3-22-1
TEL・FAX 03-3299-2352 E-mail
[email protected]
ント,ジェニファー・ジアンガラーノに移行期間中のアダルト
デザインの統括を委任した.ロサンゼルスにあるGapブランド
のデザインオフィスを率いるロゼラ・ジュリアーニは引き続き
Gapの1969デニム商品ラインを統括し,ワラックにレポートす
る,としている.Gap Inc.会長兼CEOのグレン・マーフィーは
「新しいGapグローバルクリエイティブセンターを率いるリー
ダーたちは,世界の市場で競争し結果を出すために必要なステ
ップに取り組んでいます」と述べている.このように,この数
か月でいくつかの組織変更を発表するなど,企業イメージの変
革と新たな企業戦略に打って出ている感のGAP inc.であるが,
そのことが本来のファッションブランドの本質である「商品」
「品質」にどのように反映されていくのか,反映されているの
かを,商品企画・設計・製造という視点でアプローチすること
が本研究の狙いである.
このペーパーは、平成23-25年度科学研究費補助金(基盤研究A)
23240100「国際市場を前提としたファッションのマーケティン
グ・設計・製造過程と工学的体系化」の一環として作成された
ものである。
[1]大谷毅他;ファッションアパレルの設計・生産・マーケテ
ィングと国際競争力に関する調査研究,平成20・21・22年度科
学研究助成金基盤研究
[2]李雪;アメリカにおけるSPAモデルの生成と発展―GAPの事
例研究,早稲田商学大420・421号合併号,2009年9月
[3]小島健輔;GAP,無印,ユニクロが復活する時,ファッショ
ン販売,2003年5月号,商業界
[4]FASHION PRESS;http://www.fashion-press.net/
[5]GAP公式HP;http://gap.co.jp/
[6]打ち寄せるファストファッションの波;
http://www.fastfashion-market.com/
[7]水谷 浩睦;これからの服作りの在り方について,
http://www.apc-net.net/pdf/mizutani.pdf#search='ファス
トファッションの製造現場'
[8] 夫馬賢治;CSRが高く評価されているGAP.Inc.,WORLD
ARRANGEMENT GROUP LLP,2011年2月27日
連絡先(〒151-8523, 東京都渋谷区代々木 3-22-1
TEL・FAX 03-3299-2352 E-mail
[email protected]
テキスタイルの製品属性と情報化の技術的問題点
- グローバルビジネスの促進に向けて Technical problems of product attributes and informatization of textiles- for promotion of global business (キーワード:テキスタイル,オンライン,感覚代替,シミュレーション)
(KEYWORDS: Textile, Online, Substitution of sensation, Simulation)
○乾滋(信州大学),森川英明(信州大学),高寺政行(信州大学),大谷毅(信州大学)
1.はじめに
現状では日本のテキスタイルが世界的に用いられていると
4.感覚の代替
より現実的には触覚を視覚で代替することが考えられる.
いう状況ではかならずしもない.このことの要因を探るために
視覚的な情報を用いて触覚に関する情報の伝達を試みる必要
我々はヨーロッパの一流ブランド等で用いられているテキス
がある.このような感覚の代替は,機能に障害がある場合に
タイルと,日本で作成されるテキスタイルの相違点を明らかに
それを補完することが主目的である.そのため視覚を触覚で
することを試みてきた.また,国産のテキスタイルが用いられ
代替することは広く行われているが,逆の例は見られない.
るようになるためには目に触れる機会を増やす努力も必要で
5.実在のテキスタイルの場合の代替
あると考えられる.
テキスタイルには引張,せん断,曲げ等の基本的な力学特
近年オンライントレードが登場して著しい伸びを示してお
性に加え,それらの非線形性や変形回復性,表面粗さ,表面
り,様々な種類の商品がネット上で流通している.日本のテキ
摩擦,熱伝達特性,通気性などの様々な特性がある.人間は
スタイルを世界に流通させる方法のひとつとして,このオンラ
これらの特性を,テキスタイルを触ることによって複合的に
イントレードを活用することが考えられる.現実世界での
感知していると考えられる.これまでには評価の用語とテキ
Milano UNICAなどのテキスタイルの見本市は定期的に開催され
スタイルの特性を統計的に関連付ける研究が行われている.
るが,オンラインの場合には開催時期,期間,規模などは自由
ここではテキスタイルの特性を視覚によって効果的に提示
に設定することが可能である.このような機会を常に設けてお
するための方法を考案することが必要である.次に被験者に対
くことでビジネスチャンスの拡大を計ることが期待される.
してテキスタイルを触覚と視覚の両方での提示を行い,その結
2.テキスタイルトレードのオンライン化
果の検証を行うことにより有効性の判定する,という手順によ
現実の世界での見本市をそのままオンライン化することは
当然不可能であり,オンラインでは非常に大きな制約を受ける
ことになる.実際にテキスタイルをネット上で展示するような
る手法の開発が必要であると考えられる.
6.現実には存在しないテキスタイルの場合の代替
このような手法を構築することができれば,各テキスタイル
サイトは存在するが,そこでは単にテキスタイルの画像を表示
メーカーの手持ちのテキスタイルについて視覚のデータを作
しているにすぎない.最大の問題はテキスタイルの評価には実
成し,それらを集積してバーチャル見本市を構成することがで
際に手で触ることによって感触を確かめることが必要不可欠
きる.テキスタイルの情報を蓄積しておけば,在庫が無くても
であるが,オンラインではこれが非常に困難であることにある.
注文に応じて製造することも可能となる.さらに,バーチャル
以下この問題に対するアプローチについて検討を行う.
なテキスタイルから視覚情報を生成することで評価を行い,そ
3.感性産業触覚センサ利用による事例
れが実際に求められる場合は,変更に応じた製品を製造する,
コンピュータ上の仮想的な物体について,触覚に働きかけ
るような装置を使うことによって,仮想的な物体を現実の物
体のように認識させるための様々な研究が行われている.
EU のプロジェクトとして HAPTEX と名付けられてプロジェ
というような使用法も将来的には可能となると考えられる.
テキスタイルの色合いや視覚的な風合いの変更については,
現実の視覚データに,変更する色合いや風合いを合成すること
で表現可能である.また,糸の力学特性と織編構造からテキス
クトが実施され 2007 年に終了した.このプロジェクトはテキ
タイルの構造や特性を予測するシミュレーションの研究が行
スタイルの触感に関するプロジェクトであり,その一環とし
われており,糸の変更については,このようなシミュレーショ
てテキスタイルの触感を模擬するハードウェア並びにソフト
ンが可能となれば,その結果を用いることで実物に対応したバ
ウェアが開発された.
ーチャルな情報の提示が可能となることが期待される.そのた
しかしこのような方式は現在のところ高度なハードウェア
めにはCG技術や,テキスタイルシミュレーションの高度化が必
とソフトウェアが必要である.テキスタイルのオンライン取引
要であり,それらの発展が期待される.
のために用いるには,各ユーザがこのような装備を用意するこ
本件は11-13年度科研(基盤A)
「国際市場を前提としたファッションの
とが必要で,実用的とは言い難い.
マーケティング・設計・製造過程と工学的体系化」の一部である。
連絡先(〒386-8567, 長野県上田市常田 3-15-1, TEL 0268-21-5525, FAX 0268-21-5511, E-mail [email protected]
Fly UP