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企業年金規制監督システムの法社会学的考察

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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
生命保険論集第 186 号
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
髙﨑
亨
(京都産業大学法学部特約講師)
1.序:企業年金受給者の保護
企業年金は労働者にとって公的年金とならぶ老後保障の支えであ
る。とくに近年、公的年金(国民年金、厚生年金)は、その支給開始
年齢が引き上げられ、給付額も頭打ちとなっている。この公的年金機
能の補完・代替機能が企業年金には期待されている。
しかし、バブル崩壊以降の市場環境の悪化により、当初予定利率
5.5%を割りこむ企業年金が続出し、結果、母体企業が多額の追加拠出
を余儀なくされた。企業年金の代表格である厚生年金基金1)の代行返
上が続出し、本業を圧迫するほどの膨大な年金コスト負担に耐え切れ
なくなる企業も散見されるようになった。
1)ひとくちに厚生年金基金といっても設立形態によって①単独型、②連合型、
③総合型の3種類がある。①は設立時加入員規模が1000人以上の場合に設立
が認められ、1つの企業が単独で設立できる。②は①と同じく設立時加入員規
模1000人以上で、企業グループなど企業相互間に有機的連携性がある場合に、
共同で設立ができる。③は設立時加入員規模が5000人以上で強力な組織母体
を中心に共同設立できる。すでに健康保険組合を同じ方法で設立している場
合に利用され、同業の中小企業が参加することを想定している。なお、企業
年金連合会編(2005)77ページ。
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
これに伴い、企業年金の減額や企業年金管理者の法的責任を問う訴
訟が多く提起されている。裁判例の積み重ねによって、いわゆる判例
法理の形成がなされている途中であるが、一方で、企業年金特有の脆
弱さも明らかになりつつある。その理由は、1991年のバブル経済崩壊
に端を発する日本企業の経営難に伴うものであるが、他方で企業年金
の受給を退職後の生活保障の柱として考えていたサラリーマンにとっ
ては、その受給がなされなかったり、大きく減額されたりするという
事態に陥っている。
企業年金関連訴訟における論点として、企業年金受給権の保護(あ
るいは企業年金給付の持続性担保)のための公的規制の役割について
のものがある。すなわち、たとえば厚生年金保険法(以下、
「厚年法」
と称す。
)139条4項によれば、事業主は年金基金への掛金納付義務を
負うが、これに違反した事業主は、同法182条3項の規定に基づいて6
か月以下の懲役または50万円以下の罰金を課されることになるが、こ
の規定は法秩序の維持としてはともかく、年金受給(権)者の生活維
持という観点からはなんら益あるものではない。
企業年金はその性質上、社会的・経済的影響を大きく受ける。とく
に資金拠出者である事業主の経営状況は企業年金の存廃に直結する。
企業年金の生活保障機能への期待(公共性)を強調するならば、私企
業の存在にのみ依存する現在のしくみはハイリスクすぎる。
平成14(2002)年に施行された確定給付企業年金法(以下、「確給
法」と称する。
)は、こうした課題に対する回答のひとつである(確定
拠出企業年金法はその前年に施行)
。
この法律は企業年金受給権の保護
を目的としたものであり、代行返上後の旧厚生年金基金や、平成24
(2012)年末で廃止された税制適格年金(以下、単に「適年」と称す
る)の移行受け皿として利用されている。
確給法は母体企業の財務状況が悪化した場合であっても企業年金
の給付を保護するために、事前積立義務(法律上は責任準備金保有義
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生命保険論集第 186 号
務2))を採用した。この準備金積立については厚生労働省による財政
検証の対象3)とされている4)。
本稿では、上述の企業年金の状況を与件として、企業年金給付を持
続するための積立金保護の問題を考察する。
企業年金法の制定により、
企業年金の健全性を守る制度は整ったが、この制度を効率的かつ公平
的に運用し、
企業年金給付を持続するための積立金を保護するために、
だれがどのように行動しなければならないか、を検討する。本研究に
おいては、まず現在のわが国の企業年金規制状況を概観する。すなわ
ち、主体を政府(あるいは国)に設定し、企業年金を守るためにどの
ように行動しているかを紹介する(第2章)
。そのあとで英国の企業年
金保護の状況を特に規制監督の観点からとりあげ(第3章)
、これを踏
まえて現在までのわが国の企業年金裁判の状況を総攬し、わが国の企
業年金の抱える課題を整理し(第4章)
、これから検討すべきトピック
を論じる(第5章)こととする。
2.リスクマネジメントの観点から見た企業年金法規制
企業年金に対する規制監督主体は、現在、厚生労働大臣である。も
ちろん実際には、厚生労働省年金局企業年金国民年金基金課が、厚生
年金基金と確定給付企業年金の指導監督を担当している。主な規制内
容として法定化されているものは、以下の通りである。すなわち①厚
生年金基金の設立認可
(厚年法111条)
、
確定給付企業年金の規約承認、
設立認可(確給法3条)
、②規約変更の認可(厚年法115条2項)
、承認
(確給法6条)等の一般的監督、③掛金と保有資産の検証。これらの
2)基金令39条の22項、確給法60条1項。
3)基金財政運営基準3-1、4-1(3)オ、確給法61条。
4)なお、
「非継続基準」による財政検証義務についても同様の規定がある(基
金令39条の3、確給法60条3項)。
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
監督については、
厚年法第109条の9および確給法第104条にもとづき、
全国8か所に設置されている地方厚生局5)がその任に当たる。各地方
厚生局では、厚生労働省組織規則によって厚生年金基金、国民年金基
金、企業年金(企業型確定拠出年金を含む)の指導監督については同
局健康福祉部年金課の所掌事務と定められており(同法707条81号、同
82号)
、国民年金、厚生年金本体とはそれぞれ別個に監督にあたる。厚
生労働大臣は、厚年法178条、確給法101条、同102条に基づき、事業主、
基金等に対して実地検査を行うことができる。現実の運用としては、
各地方厚生局で定期的に各年金基金を実地検査しているという6)。検
査に当たっては、あらかじめ「厚生年金基金に対する実地指導監査に
ついて」あるいは同別紙「監査における主な指摘・指示事項について」
が、各地方厚生局から管轄の企業年金へ通知され、あるいはホームペ
ージで公表するというかたちで、企業年金の規制遵守を促すようにな
っている。検査対象基金の選定にあたっては、特に財政状況を重視し
ているともいう。
わが国の企業年金の性質については、①功労報償説、公的年金の上
乗せとしての②生活保障説、③後払賃金説があるが、いずれの考え方
でも雇用契約に伴う労働条件の一種としてとらえている7)点に変わり
はなく、言い換えれば雇用主である企業と被用者である労働者との間
の利益調整を考えたものである。
国家による法規制を考えた場合、こうした労働条件については、労
働基準法あるいは労働契約法による規律がなされている。これにくわ
えて企業年金法は各企業年金に対して財政健全性―積立金の水準―を
5)7つの地方厚生局と1つの厚生支局(四国厚生支局)
。
6)近畿厚生局へのインタビュー調査による。なお、九州厚生局ではおおむね
3年に1回のペースで企業年金の実地検査が行われるように工夫しているよ
うである。
7)後述する事件番号3(名古屋学院事件)が典型である。
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生命保険論集第 186 号
求めているのはなぜであろうか。法規定やガイドラインからうかがわ
れることは企業年金の給付持続性を維持するための規制手法として、
資源効率的であるとの認識が立法者にあったのではないか、と考えら
れる。企業年金の存在が労働条件のひとつであるならば、労働法上の
―訴訟を通じた私人による法執行による―効果が期待できるが、私法
上の損害賠償を実行させるためには相手方(この場合は企業年金資金
拠出者である事業主)の資力を要する。企業年金が破綻したり、給付
が減額されたりといった事態に至っているということは、多くの場合
で母体企業の経営が悪化しているということであり、司法を通じた受
給者の救済は見込みが薄いのではないかと考えられる。とくに支払保
証制度が不十分な現行の制度では、その恐れが大きい。こうした状況
を見るならば、わが国の企業年金給付の持続性を保持するための方向
としては、事業主の負担を抑制するために追加拠出が必要になるよう
なハイリスクな運用等の行動を規制8)し、他方で給付水準を維持する
ための積立金を継続的に拠出させる、ということになる。そうでない
と法目的を達成できないからである。
以上のように考えた場合、国家による企業年金規制は、いかなる運
用がありうるであろうか、私人による企業年金統制を前提として、公
的規制はどのようにかかわるか、行政当局はどのような行動が望まし
いか、を考える必要がある。本研究では、同様の問題に直面した英国
の事例を紹介し、示唆を得ることとする。
3.英国の企業年金規制監督の静態と動態
英国における企業年金に対する規制監督システムについては、すで
8)実際問題としては、近代ポートフォリオ理論に反するハイリスクな集中投
資が問題というべきであろう。
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
に別稿9)でも論じているところであり、詳しい紹介は割愛する。英国
特有ともいえる信託制度を基礎とし、企業年金監督当局は、信託財産
である年金原資の積立水準を設定し、年金管理者である受託者(多く
の場合、
事業主の役員が兼任する)
に対してその水準を維持するよう、
目を光らせる。万が一、年金給付が滞るような事態が起こった場合に
は、支払保証制度によって積立不足額の9割と損失額の9割とを比較
して、その少額のほうを給付することで、最低限の給付保証を実現し
た。
英国の企業年金法システムにおいて特徴的な点は2点ある。ひとつ
は、企業年金監督当局である年金監督官(The Pension Regulator)に
対して、受託者の解任を含む強権を付与したことであり、もうひとつ
は法執行の場面において効率性を重視したこと、そのための手法とし
てリスクマネジメントプロセス(リスクベースアプローチと呼称され
る。
)を導入したことである。その全体像を、主として英国会計検査院
(National Audit Office)の報告書(NAO report)を参考にまとめる
と概略下図のとおりである。
【図】英国の企業年金監督・指導体制
企業年金基金
年金監督官
●設立登録
→
定期報告・照会
←
○リスクの確認・分析・評価
●積立水準の評価
→
再建計画
←
○支援・強制介入
●受託者等の法令遵守
→
違反等の通報
←
○情報提供・教育・研修等
出典) National Audit Office(2007)等から筆者作成
9)髙﨑(2008)
、井上=髙﨑(2009)
。
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生命保険論集第 186 号
これまで行っていた書面による年金報告を改め、ウェブを通じた報
告徴収に改めた。データを入力するだけの簡便な方法であり、年金受
託者の負担軽減につながったほか、年金監督官自身の行政資源の節約
にも寄与した。さらにここで集めた情報は、再入力等の手間を経るこ
となく、データベース化され、いわゆるリスクマップを自動的に作成
することができるようになった。年金監督官は、このリスクマップを
もとに、どの企業年金に、どの程度の介入が必要であるかを検討する
のである。英国の企業年金基金の多くが小規模で、かつローリスクで
あることを考えると、
これまでリスクの認知に要していた行政資源を、
介入を必要とする年金基金に集中投入することが可能となり、効率性
が向上したと報告されている。
4.企業年金規制監督の問題:裁判例47件からの検討10)
わが国の裁判例における企業年金問題は、これまでのところ給付事
例に限られる。言い換えれば、ここの企業年金管理者の不正等の問題
も、企業年金本体の破綻・給付減額等の局面に集約されて(つまり原
因事実として)論じられ、判断されている。これはつまり、訴訟当事
者が受給者等の私人であり、行政当局が司法判断を仰いだことはない
ことを意味する(ただし、NTT事件の例外がある)
。
企業年金にまつわる裁判例を収集して明らかになったのは、まずそ
の少なさである。
事件番号1でさえ、
昭和59年であることを考えると、
企業年金そのものが、そもそも法律上の問題にならなかったことがわ
かる。事件番号5以下、いわゆるバブル経済の崩壊によって母体企業
の経営が悪化、倒産し、それに連続する形で企業年金の給付がなされ
10)判例の検索、要約についてはTKC及びLexis AS ONEの判例データベースを利
用した。判旨の要約においても同様に引用している。
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
なくなったことが問題となってからであった。この時期は、幸福銀行
事件(事件番号5以下)やエヌ・エス・ケイ事件(事件番号13、同15)
のように、年金加算部分の給付を求める事件が目立つが、特徴的なの
が日本紡績厚生年金基金事件(事件番号6)である。本邦初の厚生年
金基金破綻事例であり、
しかもその原因が投資運用の失敗等ではなく、
加入者の減少による責任準備金の不足であったこと、受給者らによる
理事らへの責任追及が「みなし公務員」規定によって不可と判示され
たことは、法的にもより深い検討を要するものである。
最近の傾向としては、事業主が経営破綻する前に、コスト削減を目
的として企業年金11)を減額しようとして争いになる事例が散見される。
松下電器事件(事件番号18、同24等)
、NTT事件(事件番号23)
、早稲田
大学事件(事件番号42)
、りそな銀行事件(事件番号43)がそれにあた
る。これらに共通する事項として、厚生年金基金や確定給付企業年金
ではなく、上乗せの私的年金であることがあげられる。自社年金は厚
年法等、企業年金法上の積立規制が及ばないので、労働条件の一環と
して扱われ、労働法上の不利益変更要件が充足されていることを理由
に受給者らの勝訴には至っていない。企業年金の受給権が脆弱である
ことも明らかとなった。
1.昭和59年4月13日岐阜地方裁判所高山支部(第一審)判決
保険契約者が中途退職者への退職金の支給に関心を持っている場
合において、企業年金保険契約は、勤務3年以上で定年に達しない中
途退職者に対して保険金を給付するには本契約の他に中途脱退年金特
約を結ぶ必要があるがあるにもかかわらず、保険会社の外務員の不適
切な説明により、保険契約者は特約がなくとも中途退職者が給付金の
11)厚生年金基金、確定給付企業年金に加え、これらの法律の射程外にある自
社年金を総称したものとして使用している。
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生命保険論集第 186 号
支給を受けうるものと誤信して本契約のみが締結したときは、当該保
険契約は、意思表示の重要な部分に錯誤があり無効であるとした。
2.昭和62年7月31日名古屋地方裁判所(第一審)判決
その約款が解約権を行使しうる者は「保険契約者」であると規定す
る企業年金保険契約について、保険契約者たる会社が倒産した当該保
険契約が従業員の退職年金等の給付を確実にするために締結されたも
のである等の事情があるときには、従業員は保険会社に対しその固有
の権利として契約を解除して解約返戻金の支払を求めることができる
と判示した。
3.平成3年5月31日名古屋地方裁判所(第一審)判決(名古屋学院事件)
私立学校における年金規程に基づく職員の年金制度が同学校の経
常収支から分離された基金を設け、学校および職員の双方が金員を拠
出し積み立てる形式をとっている場合において、同規程に基づく年金
受給権は、20年以上勤続した者が受給権を有し、年金資金からの支払
が不能になった場合は右学校が無限定の支払責任を負うものとされて
いることなどに照らし、独立の年金契約によって発生するものと解す
ることはできず、労働契約において、その内容の一部として合意され
たことにより発生するものであり、労働条件の1つであるとした。
私立学校における、職員の年金制度を廃止し、一定の時点に退職し
たものとして年金一時金を算出し、退職時に返還すること等を内容と
する就業規則の改廃につき、右改廃の必要性および改廃内容の合理性
が認められ、その改廃手続も相当であるから、右改廃によって労働者
が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお法的規範性を是認
できるだけの合理性を有するものと認められ、右改廃に同意しない労
働者に対してもその効力が及ぶとした。
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
4.平成7年7月19日名古屋高等裁判所(控訴審)判決
上記3事件の控訴審。
私立学校において、私立学校教職員共済組合規約による年金制度の
ほか、同学校独自の年金制度をも採用し、就業規則上の制度として位
置付け、就業規則の細則である年金規程の定めるところに従って年金
の拠出金の積立てをしていた場合において、教職員採用時に学校と教
職員らとの間に労働契約とは別に個別年金契約が締結されたことを認
めることができないことや、年金制度が就業規則に取り込まれた経緯
等に照らすと、学校独自の年金の受給権は、個別年金契約に基づくも
のではなく、労働契約においてその内容の一部として合意されたこと
により発生する労働条件の1つであって前記年金規程に基づくもので
あるとした。
5.平成10年4月13日大阪地方裁判所(第一審)判決(幸福銀行事件)
退職金規定に規定された額の約3倍の退職年金が従来支給されて
いたが、バブル経済崩壊後の経営環境の悪化を理由に規定額に減額す
る措置がとられたことから、退職者およびその相続人である原告らが
右減額措置は許されないとして、従前支給に係る退職年金額との差額
につき未払分ないし将来分の支払を求めたのに対し、規定額の約3倍
の額を支給する労使慣行の存在を認定する一方、年金通知書に記載さ
れた年金額の改訂条項の存在から、右慣行は退職年金支給開始後に被
告がその額を減額しうることが前提とされているとし、本件減額措置
はその留保された権限の行使であり、かつその行使に年金通知書記載
の事情に準ずるような合理性ないし必要性があるとして、本件減額措
置を有効とし原告の請求を棄却した。
6.平成10年6月17日大阪地方裁判所堺支部判決
(日本紡績厚生年金基金事件)
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生命保険論集第 186 号
厚生年金基金の設立事業所であった原告らが、解散した厚生年金基
金の常務理事・理事長であり、清算人である被告らに対し、債務不履
行または不法行為に基づき、最低責任準備金の不足額の負担分相当額
の支払を求めた事案において、基金の理事長および常務理事と設立事
業所との間に直接の契約関係を認めることはできず、基金の業務執行
機関である理事長および常務理事が、その職務として、解散に向けて
積極的に行動することは、公共団体の公権力の行使に当たる公務員が
その職務を行う行為ということができ、かりに基金の解散を促さなか
ったことが、被告らの故意または過失による違法な行為であるとして
も、公務員である被告ら個人は原告らに対してその責任を負わないと
して、請求を棄却した。
7.平成12年1月31日東京地方裁判所(第一審)判決
(アサツーデイケイ事件)
原告は昭和46年3月8日に雇用期間を1年とする技術契約社員と
してAに雇用され、
以後毎年契約を更新し、
昭和60年7月1日付けで、
原告とAは原告をAの一般社員として雇用する契約を締結したが、原
告は平成10年12月末日をもって同社を定年退職したので、原告が、退
職金の一部が未払であるとして、平成11年1月4日にAを吸収合併し
た被告に対し、未払退職金を請求した事案において、原告の退職手当
金の算定において原告の勤続年数は13年7月ということになり、原告
には退職年金は支給されないことになる等として、
請求が棄却された。
8.平成12年12月20日大阪地方裁判所(第一審)判決
幸福銀行(年金打切り)事件
バブル経済崩壊後経営破綻し、金融再生法による破綻処理を受けた
被告銀行を退職したもと従業員が、被告銀行が退職年金の支給を一方
的に打ち切った行為は違法であると主張して、その支払を求めた事案
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
で、被告が原告らの退職年金受給権を喪失させる解約権を有していた
とは認められず、また、事情変更の原則に該当する事情が存したとも
認められないから、本件支給打ち切りは違法であるとして、請求の一
部を認容した。
9.平成12年12月20日大阪地方裁判所(第一審)判決
幸福銀行(年金打切り)事件
金融再生法が適用され破綻処理中の被告を退職したもと従業員で
あった原告らが、被告から退職年金の支給を打ち切られたため、この
措置を違法であると主張して退職年金の支払を求めた事案において、
原告らの退職年金請求権は、すでに支給要件を満たしたことによって
具体的かつ確定的に発生した金銭債権であり、少なくとも通常の金銭
債権に対すると同等の要件による保護が認められなければならず、金
融再生法における費用最小化の要請をいかに重視したとしても、事情
変更の原則を適用して支給打切を正当化することはできないとして、
当該支給打切が違法であり無効とされた。
10.平成14年3月5日東京地方裁判所(第一審)判決
菱宣破産管財人事件
破産会社から解雇された原告らが、破産手続きにおいて退職金を破
産債権として届け出たのに対し、
破産管財人が本件退職年金規定は
「経
済情勢の変動」により廃止されており、原告らの退職金債権はその発
生の根拠を失ったとして異議を述べたため、原告らが破産債権の確定
を求めた事案につき、原告らは本件退職年金規定の廃止により著しい
不利益を被るのに対し、破産会社は、従業員に対し不利益を緩和する
ための措置を一切講じておらず、その廃止のための従業員に対する説
明や意見聴取も行っていないなど、本件退職年金規定の廃止は、高度
の必要に基づいた合理的な内容のものといえず、原告らにその効力を
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生命保険論集第 186 号
及ぼさないとした。
11.平成15年6月4日大阪地方裁判所(第一審)判決
アイワ製作所事件
被告会社の従業員であった原告が、適格退職年金契約の解約により
発生した解約返戻金並びに特定退職金共済契約の解約により発生した
解約手当金がいずれも原告に帰属するとして、これらを取得した被告
に対し、不当利得の返還を求めた事案で、本件解約返戻金および解約
手当金が原告に帰属することは明らかであるが、
被告会社においては、
退職金規定が存在し、原告は同規定に基づき退職金等の支給を受けて
いるから、それらの返還を請求するためには、当該返戻金および手当
金と退職金等が併給であることが認められなければならないとした上
で、本件では被告会社にそのような意思があったとは認められないか
ら、原告は退職金等を全額受給した以上、本件解約返戻金および解約
手当金を受領していないとしても、不当利得における損失はないとし
て、請求を棄却した。
12.平成15年9月9日東京地方裁判所(第一審)判決
ボーセイキャプティブ事件
原告会社が被告に対し被告の占有する企業年金保険の解約払戻金
が原告に帰属することを理由に不当利得返還請求または不法行為に基
づく損害賠償を求め、他方、被告が原告のなした懲戒解雇が無効であ
ることを理由に未払賃金、退職金不足分および不法行為に基づく損害
賠償を求めた事案において、企業年金の払戻金は被保険者たる従業員
が受け取るものであり、被告が本件払戻金を取得したことは不当利得
にも不法行為にも該当せず、本件払戻金の不返還を理由とする懲戒解
雇は無効であるとして原告の請求を棄却し、他方、本件解雇が無効で
あることにつき原告に故意または過失があったとはいえないとして、
―95―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
被告の未払賃金請求のみを認容した。
13.平成15年10月23日大阪地方裁判所(第一審)判決
エス・エヌ・ケイ厚生年金基金事件
従業員兼務役員であった原告が、厚生年金基金である被告がその規
約に基づきした厚生年金基金の加算適用開始年月日の修正の取消しを
求めた事案で、本件修正は取消訴訟の対象とはならないとした上で、
厚生年金基金の加算適用加入員の範囲は当該厚生年金における規約の
定めにゆだねられているところ、本件規約の定めによると、本件従業
員兼務役員は被告の加算適用加入員の資格を有しないとして、甲事件
の訴えを却下し、乙事件における請求を棄却した。
14.平成15年10月24日国税不服審判所裁決
厚生年金基金の解散に伴う残余財産の分配金について、当該分配金
には将来支給を受ける加算年金の額が含まれているが、当該加算年金
の額は一時所得であるとした。
15.平成16年6月16日大阪地方裁判所(第一審)判決
(TWRホールディングス事件)
原告らが、従前勤務していた更生会社に対し、就業規則に基づき、
解散した厚生年金基金の規約による加算年金選択一時金債権と同額の
退職金債権を有するとして、その債権が退職金債権として優先的更生
債権であることの確定を求めた事案で、本件基金の設立の動機が更生
会社の退職金の一部を移行することであったとしても、設立された本
件基金は更生会社とは別の法人であって、独立して本件基金規約を運
用するものであることにかんがみると、本件基金からの給付が行われ
ない場合、更生会社がその債務を負担するということはできないとし
て、請求を棄却した。
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生命保険論集第 186 号
16.平成16年7月28日大阪地方裁判所(第一審)判決
(テザック厚生年金基金事件加算年金清算金等請求事件)
被告厚生年金基金の加入員であった原告らが、会社退職の際に老齢
年金給付のうち加算年金につき年金で受け取るとの選択をしていたと
ころ、被告基金の解散により、一時金を選択した者より少ない支給額
となったため、被告基金およびその理事らに対し、加算年金受給権に
基づく被告基金の財産の清算および優先的な残余財産の分配を求める
などした事案で、基金が解散した場合、基金は、上乗せ給付として行
われる加算年金部分についても、
厚生年金保険法146条によりその支給
に関する義務を免れるというべきであり、老齢年金給付は、退職金の
支払とは法律上別個の権利関係を構成するものであるから、このよう
に解しても憲法および労働基準法の趣旨に反するものではないとし、
また、本件のような事態も、原告らの自由な選択の結果というべきで
あり、加算年金受給権者が優先的な残余財産分配を請求し得る権利を
有する法的根拠は認められないなどとして、
原告らの請求を棄却した。
17.平成16年11月26日国税不服審判所裁決
適格退職年金契約の解約により生命保険会社から支払われた一時
金は、請求人の退職により支給された一時金ではないから、所得税法
34条並びに同法施行令183条2項および3項3号の規定により一時所
得に当たるとされた。
18.平成16年12月6日大津地方裁判所(第一審)判決
(松下電器産業(年金減額)事件)
会社が私的に運営する福祉年金制度に加入していた退職者らが、会
社の行った年金支給額の減額は年金契約に違反し無効であるとして提
訴した、改定前の額の年金支払請求のうち、事実審の口頭弁論終結時
―97―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
までに履行期が到来した部分については、会社の給付義務の性質や内
容、過去の給付における履行状況および本件訴訟における会社の態度
を併せ考えれば、減額には相当性があり、そのための相当の手続も経
ているとして、請求を棄却して、履行期が未到来の部分については、
将来給付にかかるもので、
「あらかじめ請求する必要がある」場合には
該当しないとして、不適法却下された。
19.平成17年3月30日大阪地方裁判所(第一審)判決
(ティ・アンド・ディ・フィナンシャル生命保険事件)
被告保険会社と厚生年金基金保険契約を締結していた訴外厚生年
金基金が、確定給付企業年金法に基づき厚生年金基金から企業年金基
金に移行するにあたり、被告が、更生計画により定められた早期解約
控除制度に基づき、解約返戻金の一部につき、その16パーセントを控
除した残額を支払ったため、上記厚生年金基金の権利義務を承継した
原告が、本件の場合早期解約控除の規定は適用されないと主張して、
上記控除額の支払を求めた事案で、本件解約は、早期解約控除の適用
除外対象である「団体の解散、合併、営業譲渡および被保険者の転籍
ならびに厚生年金基金の解散等、契約者の意思によらずやむを得ない
事由により契約の全部または一部を解約する場合」に該当し、早期解
約控除は適用されないとして、請求を認容した。
20.平成17年5月20日大阪高等裁判所(控訴審)判決
(テザック厚生年金基金事件(上記16事件の控訴審))
厚生年金保険法に基づいて設立された法人たる厚生年金基金は、公
共組合たる性格を有するところ、それが解散すると、加入員に対する
年金給付義務を免れる一方、加入員が基金に対して有する掛け金支払
義務も消滅する以上、基金の解散によって、加入員と基金との間の権
利義務関係が当然に変動することが法律上予定されていることになる
―98―
生命保険論集第 186 号
から、基金がその解散に関して行う行為は公権力の行使にあたり、し
たがって、基金の業務を執行する機関たる理事等の役員個人が、基金
の解散に関して行った行為につき、個人として損害賠償責任を負う余
地はないとした原審の判断を維持した。
21.平成17年7月6日横浜地方裁判所(第一審)判決
(特別掛金賦課処分無効確認等請求事件)
厚生年金基金から脱退した設立事業所の事業主が、同基金が、その
規約に基づき、前記脱退に際し同基金の積立金の不足分のうち前記事
業所に係る部分についてした特別掛金の一括納入の告知処分が、厚生
年金保険法の規定に反するなど、前記処分は重大かつ明白な瑕疵があ
るとして、その無効確認を求めた請求につき、厚生年金基金から設立
事業所が脱退した場合においても、厚生年金基金は、規約で定めると
ころにより、当該事業所の加入員および元加入員に対し、年金等の給
付を支給する義務を負うものであるから、当該事業所の加入員および
元加入員に対する年金等の給付のために必要な積立金が不足している
のであれば、当該事業所に対して、財源の不足の補てんを求めること
は、基金の設立の趣旨、目的およびその給付債務の性質に適合するも
のというべきであるから、その内容や徴収方法が法令の規定に反する
ものでない限り、
厚年法115条1項10号の掛金およびその負担区分に関
する事項として、規約において定め、その定めに基づいて徴収するこ
とができるところ、前記特別掛金の一括徴収は、同法138条2項の規定
になじみにくい性質のものではあるが、設立事業所が当該基金から脱
退するに際して、当該事業所について、その加入員および元加入員に
係る年金等の給付のための財源の不足の補てんを求めるという前記特
別掛金の目的に基因するものであるから、同基金にかかる法令の趣旨
に反するものとはいえないとして、前記請求を棄却した。
―99―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
22.平成17年8月31日東京地方裁判所(第一審)判決
(解散認可取消請求事件)
厚生年金保険法106条のA厚生年金基金の解散を被告が認可したた
め、同基金を組織する事業主(=母体企業)のうちの1人である原告
が、
「A基金被害者の会」を結成した上で、上記認可の取消しを求めて
異議申立てをしたが、被告がこれを棄却する旨の決定をしたため、上
記認可の取消しを求めた事案で、原告は、本件送付書および本件異議
決定書を受領しこれらを読むことによって、
「A基金被害者の会」では
なく原告を名宛人として本件異議決定がされたことを知ったものと認
めるのが相当であり、本件訴えは、出訴期間を経過後に提起されたも
のとして不適法であるとして、本件訴えを却下した。
23.平成17年9月8日東京地方裁判所(第一審)判決
(NTTグループ企業(規約型企業年金)事件)
被告会社らが、従前実施してきたいわゆる適格退職年金を確定給付
企業年金に移行させた後、その規約の変更をしようとしていることに
ついて、
適格退職年金制度の下で被告らを退職した原告が、
主位的に、
その規約変更について厚生労働大臣に承認申請をすることの差止めを
求め、予備的に、原告らの受給権の内容を変更することができないこ
と等の確認を求めた事案で、かりに被告らと原告らとの間で、年金給
付額の減額をしないという合意もしくは契約関係を破壊しないという
合意が成立し、または、被告らに信義則上契約関係を破壊してはなら
ない義務があるとしても、原告らの主位的請求が導かれるものではな
いなどとして、請求をいずれも棄却した。
24.平成17年9月26日大阪地方裁判所(第一審)判決
(松下電器産業グループ(年金減額)事件)
被告またはそのグループ会社の元従業員であり、その退職にあたり、
―100―
生命保険論集第 186 号
被告との間で、退職金を原資として年金契約を締結した原告らが、被
告が、上記契約締結後、原告に対して支給する年金の給付利率を下げ
る決定をし、原告らに従来より少額の年金を支給したことにつき、本
件決定は原告らとの間で効力を生じないとし、引下げがなければ支給
されたであろう金額と、実際に支給された金額との差額の支払を求め
た事案で、本件利率改定は、強い必要性が認められ、その内容におい
て相当であると認められるのであり、その手続も不相当とまでいうこ
とはできないのであるから、本件利率改定は本件改廃規定の要件を充
たしているとし、請求を棄却した。
25.平成17年11月24日大阪高等裁判所(控訴審)判決
(解約返戻金返還請求控訴事件)
控訴人(生命保険相互会社)と厚生年金基金保険契約を締結してい
た両厚生年金基金が確定給付企業年金法に基づき厚生年金基金から確
定給付企業年金基金に移行する(代行返上)にあたり被控訴人らの成
立と同時に消滅し、被控訴人らが本件両厚生年金基金の権利義務を承
継したが、控訴人が被控訴人らに対し早期解約控除の規定に基づき解
約返戻金の一部につき、その16パーセントを控除した残額を支払った
ところ、被控訴人らが本件のような代行返上では、上記厚生年金基金
保険契約の約款12条4項の「法(厚生年金保険法)145条に基づき基金
が解散したとき」に該当して当該厚生年金基金保険契約が終了し、前
記約款13条により解約返戻金返還請求権が発生するが、これには早期
解約控除の規定は適用されない旨主張して、上記控除額の支払いを求
めて提訴し、原判決がこれを一部認容したところ、これを不服として
控訴人が控訴した事案で、原判決同様、控除額の支払を認容し、控訴
を棄却したが、遅延損害金の起算点につき「訴状送達の」ではなく「支
払期限の」翌日からに変更した。
―101―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
26.平成18年2月24日東京地方裁判所(第一審)判決
厚生年金保険法(平成16年法律第104号による改正前のもの)に定
める厚生年金基金に加入し、同基金から退職に伴う年金の支給を受け
ていた原告が、同基金の解散に伴って、残余財産の分配金の支払を受
けたところ、被告八王子税務署長が、分配金に係る所得は一時所得に
当たるものとして所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定
処分を行い、更に、被告国税不服審判所長が、これらの処分を適法と
する裁決をしたことから、原告が、分配金に係る所得は退職所得に当
たるなどと主張して、各処分の取消しを求めた事案において、分配金
のうち、選択一時金の金額に相当する部分については、選択一時金に
準ずる一時金として、所得税法31条2号所定の退職手当等とみなされ
る一時金に該当し、その余の部分は、退職手当等とみなされる一時金
には該当しないなどとして、請求が一部認容された。
27.平成18年7月12日国税不服審判所裁決
所得税法30条および同法31条の立法趣旨等を踏まえれば、厚生年金
保険法第9章の規定により定められた厚生年金基金規約に基づき厚生
年金基金から受ける一時金のうち、退職金としての性質を有している
一時金、すなわち元の雇用主が払い込んだ掛金、保険料が給付の原資
の大部分を占めているものであり、かつ退職金規程に定められた退職
金に含まれる年金制度からの一時金であるなど、給与所得者であった
者が退職日以後に過去の勤務に基づいて支給される一時金で加入員の
退職に基因して支払われたと認められるものは、所得税法31条2号に
規定する一時金で「加入員の退職に基因して支払われるもの」に該当
し、税法上、退職所得として取り扱うものと解するのが相当である。
そして、厚生年金基金から支払われる年金のうち退職金としての性質
を有している一時金に相当する部分は、加入員、雇用主および厚生年
金基金の合意の下、一定年齢に達した際に、加入員の老後の生活の糧
―102―
生命保険論集第 186 号
とするために、厚生年金基金に委託することにより、退職金の性質を
持つ金員を年金という形式で加入員に分割して支払われるものとみる
こともできることから、一時金相当部分については、原則、退職時に
おいて退職所得としての権利が確定しているとして課税を行うべきも
のとみることもできるが、所得税法は、当事者の意思および分割され
年金として支払われる支払実態などにかんがみ、同法35条2項および
3項の規定において公的年金等として雑所得である旨規定し、一時金
相当部分は、それが分割され年金として支払われている限りは退職所
得として課税せず、年金として支払われた年分において雑所得として
課税するという、年金としての課税を行うものであると解される。そ
うすると、現に厚生年金基金から、退職金としての性質を有する一時
金の一部を年金として支払を受けていた者が、自らの意思に基づき、
今後年金として支払を受ける権利に代えて一時金として受け取ること
を選択した場合にあっては、前述した老後の生活の糧とするために分
割して受け取るという当事者の意思および分割して支払われる支払実
態など、年金として課税すべき考慮要素が消滅するから、当該一時金
の本来の性質に基づき、退職所得として課税することが相当であると
解される。したがって、所得税法31条2号に規定する「加入員の退職
に基因して支払われるもの」とは、退職金としての性質を有する一時
金が退職時に支払われた場合のみならず、この一時金の一部を年金と
して厚生年金基金から支払を受けていた年金受給者が、自らの意思に
より、今後年金として支払を受ける権利に代えて一時金として受け取
った場合も含まれると解するのが相当である。
28.平成18年7月12日国税不服審判所裁決裁決事例集72集132頁
本件の事実関係によれば、本件一時金は、A厚生年金基金規約に基
づいてA厚生年金基金から支給される加算年金に対応する終身までの
年金給付の総額に代えて支払われたものであり、また、加算年金の掛
―103―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
金は事業主(=母体企業)が負担したものであり、さらに、本件一時
金は、勤務先を退職し、加算年金の給付を受けている者しか受け取る
ことができず、審査請求人が自らの選択により一時金として受け取っ
たものと認められることからすれば、本件一時金は、所得税法31条2
号に規定する退職手当等とみなすものとして、退職所得であると認め
るのが相当である。そして、本件一時金は、審査請求人が平成7年に
B社(現A社)を退職したことに伴い受け取った退職一時金と同一の
勤務先における過去の勤務に基づいて支給されたものであり、一の支
払者から二以上の退職手当等の支払を受けるのと同様の事情があると
認められるから、同法施行令77条の規定により、請求人の退職日の属
する年分である平成7年分の退職所得と認めるのが相当である。
29.平成18年10月20日長野地方裁判所松本支部(第一審)判決
(中部カラ―事件)12)
被告を退職した元従業員である原告が、被告に対し、変更前の就業
規則および就業規則の委任を受けた退職年金規定に従って計算した退
職金額と支給された額の差額の支払を求めて提訴した事案で、労基署
への届出が行われなかったことにより就業規則の効力発生が妨げられ
るものではなく、変更後の就業規則は実質的に周知されていたものと
認定して、
変更後の就業規則の有効性を認め、
原告の請求を棄却した。
30.平成18年10月23日東京地方裁判所(第一審)決定公刊物未搭載
確定給付企業年金法による規約型確定年金給付企業年金の事業者
が提起した年金規約変更不承認処分取消訴訟において、前記処分の取
消判決がされると権利を害されるとして、同年金の受給者および受給
を据え置いている受給権者がした行政事件訴訟法22条1項に基づく参
12)判時1992号145頁
―104―
生命保険論集第 186 号
加申立てが、認容された。
31.平成18年11月28日大阪高等裁判所(控訴審)判決判時1973号75頁(松
下電器産業(年金減額)事件)
被控訴人(会社)は、被控訴人がその退職者である控訴人らに対し
年2回年金を支払うとの本件各年金契約において、控訴人らの同意な
く、年金支給額をそれぞれ各回分9万5千円ずつ減額する(本件改定)
との意思表示をしたところ、控訴人らがこの意思表示は無効であると
して、従前の年金額と実際に支払われた新年金額との差額の支払いを
求めて提訴したが、原判決はこれを認めなかったため、控訴人らが控
訴した事案において、本件改定当時、規程中の「経済情勢に大幅な変
動があった場合」との要件に該当すると解することができ、本件年金
制度の給付利益を一律2パーセントに引き下げる必要性があったとも
認められ、また、本件改定は本件年金制度の目的を害するものとまで
はいえず、被控訴人は相当な手続を経ているから、本件改定について
は相当性もあったと認められるとして、原判決を支持して、控訴を棄
却した。
32.平成18年11月28日大阪高等裁判所(控訴審)判決判時1973号62頁
松下電器産業グループ(年金減額)事件
被控訴人が私的に運営する福祉年金制度に加入して被控訴人との
間でそれぞれ年金契約を締結していた控訴人らが、被控訴人の行った
年金支給額の減額は、上記各年金契約に違反し違法無効であり、被控
訴人は減額前の年金額を支払う義務がある旨主張して、被控訴人に対
し、上記各年金契約に基づき、減額前の年金額と既払額の差額の支払
いを求めた事案で、被控訴人の制定した福祉年金規程中の本件改廃規
定の規定する経済情勢、社会保障制度に大幅な変動が存することが認
められ、利率改定内容の必要性、相当性、本件利率改定手続の相当性
―105―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
はいずれも認められるから、本件改廃規定に基づく本件利率改定は有
効であるとして、原告の請求を棄却した。
33.平成19年9月28日東京地方裁判所(第一審)判決
(業務上横領、背任被告事件)13)
酒販組合中央会の事務局長であった被告人が、同会の年金資産の運
用の一環として、
「チャンセリー債」なる金融商品の購入を推進したこ
とについて、背任罪に問われた事案において、被告人は、中央会の年
金資産の運用に関する企画の立案およびその実行等を含む年金共済事
業を統括する地位および実質的な権限を有していたものであり、他人
のために事務処理をする者にあたるとし、また、被告人が投資対象の
分散を図るべき任務に違反したことおよびその旨の認識が被告人にあ
ったことは明らかであるとし、年金資産の運用対象として、商品の仕
組みやリスク等を把握していない金融商品を組み入れ、なおかつ、そ
の単一の金融商品の組入比率を年金資産の7割以上とすることは、経
済的見地から評価した場合に全体として年金資産の財産的価値を棄損
するものといわねばならず、これを財産上の損害と評価できる等とし
て、被告人に懲役7年を宣告した。
34.平成19年10月19日東京地方裁判所(第一審)判決
(NTTグループ企業(年金規約変更不承認処分)事件)
原告会社らが実施している規約型企業年金について、受給権の内容
等に関する年金規約の変更のために、厚生労働大臣の承認を求めたの
に対し、厚生労働大臣が、上記変更は給付の減額に該当するところ申
請内容は必要とされる要件を満たしていないとして、原告らに対し当
該規約の変更を承認しない処分をしたことから、その取消を求めた事
13)本件(事件番号33)と同47については、高崎(2012)参照。
―106―
生命保険論集第 186 号
案で、確定給付企業年金法施行規則5条2号および3号の要件は、法
の委任、再委任の範囲を越えるものではなく、現行の給付率が適用さ
れている受給権者等にとっては、本件規約変更で給付額が増額される
可能性はなく、大幅に引き下げられることは確実であったと認定し、
本件規約変更は同規則5条2号所定の経営状況の悪化にも、同じく3
号所定の給付を減額しなければ掛金が大幅上昇して事業主(=母体企
業)が拠出困難となると見込まれる場合にも該当しないとして原告ら
の主張を退け、請求を棄却した。
35.平成19年10月25日東京地方裁判所(第一審)判決
厚生年金保険法に基づいて設立された厚生年金基金である原告が
その設立事業所の事業主(=母体企業)らに対して規約に基づく特別
掛金の納入告知をしたところ、同事業主(=母体企業)らがその取消
しを求めてそれぞれ審査請求をし、裁決行政庁が、本件特別掛金は不
服申立ての対象となる国税徴収の例による徴収が認められる厚生年金
保険法第9章第1節の規定による徴収金には該当しないとして、本件
各審査請求をいずれも却下するとの本件各裁決をしたことから、原告
が、本件特別掛金は上記徴収金に該当し、その納入告知は審査請求の
対象となる処分に当たるから、本件各裁決には厚生年金保険法の解釈
を誤った違法があるとして、本件各裁決の取消を求めた事案で、原告
は、本件各裁決の取消を求めるにつき「法律上の利益を有する者」と
いうことはできず、本件各裁決の取消訴訟を提起する原告適格を肯定
することはできないとして、訴えを却下した。
36.平成19年10月30日東京高等裁判所(控訴審)判決
被控訴人を退職した元従業員である控訴人が被控訴人に対し、変更
前の就業規則および就業規則の委任を受けた退職年金規定に従って計
算した退職金額と支給された額の差額の支払を求めて提訴した事案の
―107―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
控訴審で、控訴人の請求を棄却した原判決を変更し、就業規則の変更
について労基署への届けがなくても実質的に周知されていれば変更は
有効と解する余地があるが、本件変更は、経営会議、全体朝礼におけ
る説明により控訴人を含む従業員に対し実質的周知がされたものとは
いえず、被控訴人の休憩室の壁に掛けられていた就業規則には、退職
手当の決定、計算について定められておらず、これによって実質的周
知がされていたともいえないので、就業規則の変更は無効であると認
め、控訴人の請求を一部認容した。
37.平成20年3月26日東京地方裁判所(第一審)判決
原告Aらおよび亡Hの相続人である原告Iが、厚年法上の厚生年金
基金であった訴訟被承継人R基金の規約変更の効力を争って、訴訟承
継人被告R基金については、老齢年金給付を支給する旨の契約による
年金受給権等に基づき、また、被告R銀行に対しては、原告等と各勤
務先であった銀行との労働契約による年金受給権に基づいて、本件減
額による変更前の老齢年金給付の支給額と実際の支給額との差額等の
支払い等を求めた事案において、本件規約変更による年金支給額の変
更については、本件変更は相当性・合理性を有しているため有効であ
る等として、
原告らの老齢年金給付の支給額の減額を有効とし、
また、
被告銀行に対する請求については、本件老齢年金給付の支給根拠は、
原告らとその使用者である各銀行および被告銀行との労働契約に基づ
くものではないとして、原告らの請求を棄却した。
38.平成20年5月20日東京地方裁判所(第一審)判決
(バイエル・ランクセス(退職年金)事件)
被告Aに雇用されていた原告が、同被告との間に、退職金を終身年
金の方法で支払うことを約束した後、同被告を退職したところ、同被
告が原告の在籍していた部門を被告Bに譲渡し、
B社は退職年金制度を
―108―
生命保険論集第 186 号
廃止したため、原告が、被告らに対し、退職金を終身年金の方法で支
払う義務があることの確認を求めた事案において、本件のような制度
変更については、会社が経営的に苦境にあるかいなかという必要性の
みで制度の合理性の有無を検討するのは困難というべきであるとし、
手続の経緯および変更された内容の相当性の検討がなされるべきであ
るとし、
本件年金廃止は、
事業主が経営危機にあるわけではないので、
必要性は非常に強いとはいい難く、制度廃止は合理性があるというこ
とはできない等として、原告の請求を認容した。
39.平成20年7月9日東京高等裁判所(控訴審)判決
(日本電信電話年金規約変更不承認処分取消請求控訴事件)
控訴人らが、確定給付企業年金法に基づく規約型企業年金について、
受給権の内容等に変更を生じる規約変更のために厚生労働大臣の承認
を求めたところ、本件変更は給付の額を減額する場合に該当するとこ
ろ、減額が認められる要件を満たしていないとして、承認しない旨の
処分をしたことから、控訴人らが取消を求めて提訴した事案の控訴審
において、請求を棄却した原判決を支持し、確定給付企業年金法は事
業主(=母体企業)が約束した給付の減額については実質的理由をも
要件として付加することを予定し、具体的には基金設立認可基準通知
における理由要件を施行令または規則で定めることを想定していたと
解されるから、減額について規則5条2号および3号の要件を定める
ことは法の委任および施行令の歳委任の範囲内であり、また、規則5
条2号は企業年金を廃止する事態を避けるための次善の策として減額
もやむを得ないといえる程度に経営状況が悪化した場合をいう等と判
示して、控訴を棄却した。
40.平成20年9月10日東京地方裁判所(第一審)判決
被告の元従業員であり、被告の税制適格退職年金制度による年金受
―109―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
給者である原告らが、
被告に対し、
被告には本件制度を違法に廃止し、
また適正な清算金の支払いをしていない債務不履行があるとして、同
金額分および遅延損害金の支払いを求めた等の事案において、
被告は、
本件年金基金の運用実績が低迷して予定利率を大きく下回り、それが
好転する見通しも認められず、
被告の本件年金基金に対する拠出金が、
年金給付の財源不足を補うための追加拠出金を含め、相当多額に上っ
ているという事情を踏まえ、現役社員との公平を考慮して廃止したも
のであり、本件規程の経済情勢の変化等の要件を満たしていると認め
られるから、
本件廃止は有効であるとして、
原告らの請求を棄却した。
41.平成20年9月11日東京地方裁判所(第一審)判決
訴外厚生年金基金が解散業務の一環として分配金にかかる数理計
算業務を被告会社に委託したところ、数理計算の結果に誤りがあった
ため、損害が生じたことにつき、原告が、訴外基金から損害賠償請求
権の譲渡を受けたとして、被告に対して損害賠償を請求した事案にお
いて、原告の主張する損害は基礎データの誤りから発生したものであ
り、
訴外基金と被告との間で締結された本件委託業務契約においては、
基礎データの作成は、基金の事務処理について専門的知識を有する訴
外基金が、その責任において行うことが予定されているのであって、
被告の役割は提供されたデータを利用して必要な数理計算を行うこと
に止まる等として、被告の瑕疵担保責任を否定し、また原告による被
告の善管注意義務違反の主張を斥けて、原告の請求を棄却した。
42.平成21年3月25日東京高等裁判所(控訴審)判決
控訴人らが、被控訴人基金に対しては、主位的には本件各裁定によ
り締結されたとする老齢年金給付を給付する旨の契約に基づいて、予
備的には同各裁定に基づく公法上の年金受給権に基づいて、被控訴人
銀行に対しては、控訴人らとその各勤務先であった被控訴人銀行およ
―110―
生命保険論集第 186 号
びその前身の各銀行との間の労働契約に基づく年金受給権に基づいて、
それぞれ連帯して本件減額により減額された金員相当額およびこれに
対する遅延損害金の支払等を求めた事案の控訴審において、本件各裁
定に係る年金受給権が個別契約に基づくものとは解されないから、控
訴人らと本件各基金との間の年金支給契約の存在を前提とする控訴人
らの主位的請求は理由がないとし、受給者の被る不利益の内容、程度
を考慮しても、本件規約変更には合理性があり、R基金の団体的意思
決定として有効であるから、本件規約変更の効力は、控訴人らにも及
ぶとして予備的請求を斥ける等して、控訴を棄却した。
43.平成21年10月28日東京高等裁判所(控訴審)判決
(バイエル薬品ほか事件)
控訴人会社Aに雇用されていた被控訴人が、同控訴人との間に、退
職金を終身年金の方法で支払うことを約束した後、同控訴人を退職し
たところ、同控訴人が被控訴人の在籍していた部門を控訴人会社Bに
譲渡し、B社は退職年金制度を廃止したため、被控訴人が、控訴人ら
に対し、退職金を終身年金の方法で支払う義務があることの確認を求
めた事案の控訴審において、被控訴人の請求を認容した原判決を取消
し、本件年金規約は就業規則の一部をなすものであるが、年金制度が
非常に長期にわたることが予定されていることから改廃条項には必要
性があり、本件改廃条項は改廃事由を限定していて合理性があると認
定した上で、控訴人と被控訴人の退職金給付に関する合意内容は年金
一時金請求権に変更され右請求権は供託により消滅したとして、被控
訴人の請求を棄却した。
44.平成21年10月29日東京高等裁判所(控訴審)判決
(早稲田大学(年金減額)事件)
控訴人が退職者やその遺族を支給対象者とする普通年金および遺
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
族年金の支給額を減額する旨の本件改定を行い、平成16年12月支給分
から、普通年金および遺族年金を減額したことから、これらの受給者
である被控訴人らが、本件改定が違法無効であると主張して、本件改
定前の従前の年金額を受給する権利を有することの確認を求めた事案
の控訴審で、本件年金規則28条1項は、本件年金制度の維持のために
必要な合理的な範囲内であれば、年金額の減額変更も許容しているも
のと解されるとし、本件改定について、必要性および相当性が認めら
れると認定したほか、控訴人は、本件改定を行うに当たり信義則上要
請される相応の手続を履践したものと認められるとして、本件改定に
よる給付額の減額は有効であって、被控訴人らについてもその効力が
生じたものということができるとして、原判決を取り消し、被控訴人
らの請求を棄却した。
45.平成22年4月15日最高裁判所第一小法廷(上告審)決定
(りそな銀行事件)
原告らが、被告に対しては、主位的には本件各裁定により締結され
たとする老齢年金給付を給付する旨の契約に基づいて、予備的には同
各裁定に基づく公法上の年金受給権に基づいて、
被告銀行に対しては、
申立人らとその各勤務先であった被告銀行およびその前身の各銀行と
の間の労働契約に基づく年金受給権に基づいて、それぞれ連帯して本
件減額により減額された金員相当額およびこれに対する遅延損害金の
支払等を求めた事案の上告審において、本件を上告審として受理しな
いとした。
46.平成22年6月8日最高裁判所第三小法廷(上告審)決定
(NTT年金規約変更不承認処分取消請求事件)
上告人兼申立人らが、確定給付企業年金法に基づく規約型企業年金
について、受給権の内容等に変更を生じる規約変更のために厚生労働
―112―
生命保険論集第 186 号
大臣の承認を求めたところ、本件変更は給付の額を減額する場合に該
当するところ、減額が認められる要件を満たしていないとして、承認
しない旨の処分をしたことから、上告人兼申立人らが取消しを求めて
提訴した事案の上告審において、本件上告を棄却するとともに、本件
を上告審として受理しないとした。
47.平成23年7月25日大阪地方裁判所(第一審)判決
(酒販組合年金(損害賠償事件))
被告中央会が営む私的年金制度の加入者である原告らが、被告中央
会の事務局長の地位にあった被告Aが被告中央会の理事会等に諮るこ
となく、被告中央会の年金共済基金の約8割に相当する金員を被告B
の持ち込んだ仕組み債に投資したところ、同仕組み債が詐欺的な商品
であって、全く元本償還を受けられないことにより、原告らが被告中
央会から年金掛金の返還を受けることができなかったと主張して、被
告らに対し、不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案において、被
告中央会の年金共済事業を統括する実質的な権限を有していた被告A
は、取引履歴がなく、格付機関による評価もされていない新規開発の
私募債である本件仕組み債への集中投資が、安全かつ安定的に運用す
べき年金資産の運用としては明らかに不適合であることを熟知してい
た等の事情の下では、被告Aが本件仕組み債を購入した行為は、原告
らとの関係でも不法行為を構成する等として、請求を一部認容した。
5.結:企業年金法システムの展望
上記の企業年金関連訴訟の争点と結論(判旨含む)から、現在のわ
が国の企業年金をとりまく問題を検討すると、以下のようにまとめら
れる。
まず、受給者・加入者側からの訴えによるものがほとんどを占めて
―113―
企業年金規制監督システムの法社会学的考察
おり、受給者・加入者側が「企業年金=労働条件」と観念しているこ
とがわかる14)。争点がこのとおりであるので、裁判所も企業年金を労
働条件の一部としてとらえ、判断している。おそらく、検討した企業
年金訴訟の大半が給付減額・給付打切りを争うものであるためであり、
その意味で当事者たる受給者が訴訟を起こすことは当然であるといえ
る。
一方で、
(上述の点に関連するが)受給者側からの訴えが多い15)こと
から、必然的に「企業年金=労働条件」あるいは「企業年金=契約」
の図式に陥る訴訟が多い16)。そのため事件番号8~9や事件番号10の
ように事業主の経営破綻による企業年金の継続困難性に言及する裁判
例もあるものの、本来、企業年金が破綻・給付減額せざるを得なくな
ったであろう原因事実にあたる「逆ザヤ」17)現象や事業主による積立
拠出の困難といった論点について、基本的に裁判所は触れていない。
さらに付け加えるならば、多くの裁判例で企業年金が破綻・減額し
ているが、
そのリカバリーが認められたものはない
(事件番号23等)
)
。
「ない袖は振れない」のであるから、当然の判断ではあるが、他方で、
企業会計法上、損金算入されていたはずの積立金は適正水準ではなか
14)前述したように事件番号3以下、裁判所は労働条件のひとつと考えている
ようであるので、提訴する際にそれが考慮されるのであろう。
15)前述したように事件番号6は事業者らが基金理事らを訴えた事件であり、
同16、同20は、加入者らが基金理事を訴えた事件である。
16)年金規約を契約約款のように解した45事件などは、これにあたるものと考
える。年金受給者と年金制度との間に直接の契約関係がないこと等を勘案し
て、生命保険契約とパラレルに考えたものであろう。
17)①売り値が買い値より安いというように、値段の開きが本来あるべき状態
と反対になること。②相場で、銘柄を比較したときに当然高いはずのものが
安く、安いはずの銘柄が高いこと。③中央銀行の公定歩合が市中銀行の貸出
金利を上回ること。また、その差(三省堂『大辞林(第3版)』)。本論文
では保険会社の場合と同じく、投資運用利益が予定利率(保証利回りとも)
5.5%を下回っている場合を指す。
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生命保険論集第 186 号
ったのではないかとの疑念も生じる18)。そして、企業年金関連訴訟を
渉猟した結果、行政当局の監督責任を争ったものはない19)。司法アク
セスの問題から「勝ち目がない」との現実的な判断も働いているだろ
うが、
「そもそも期待していない」という受給者等の諦観はないだろう
か。
もちろん、事件番号38や同46のように、加入者・受給者側の利益が
認められた判決もある(どちらも自社年金事件)
。しかし38事件は、事
業譲渡に基づく年金制度改廃の合理性が争われた事件であり、43事件
にあるように、控訴審で判断が覆っている。46事件は規約変更の不承
認処分を争う事件であり、訴訟当事者が厚生労働省である点を考えて
おかねばならない。厚生労働省は企業年金減額給付について、要件充
足性を厳格に判断する。裁判所もその判断を尊重する、といっている
にすぎない。
第4章で検討した結果、現行のわが国の企業年金制度は損害賠償を
中心とした事後救済の民事法的手法にはなじまず、当事者の救済に有
用でない、
と本稿では結論付けたい。
厚生労働省の判断に従うならば、
企業年金を減額するときは、事業主に余力がないときで、企業年金が
破綻するときは、事業主も破綻するとき、と考えられるからである。
事業主は、経営破綻ぎりぎりまで年金減額には手を付けられず、受給
者は減額が打診された時には、
「減額」か「破綻」かを迫られることに
なる。
本来であれば、英国のように年金再保険を利用して、ある程度の保
障を講じる、ということになるが、それがない現在20)では、社会的影
18)この点は、会計基準を簿価で考えるか、時価で考えるか、継続基準で算定
するか、非継続基準で算定するかによって異なってくるところであり、慎重
な検討が必要である。
19)NTT事件が希少な例外である。
20)厚生年金基金の場合には、一部ありうる。
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企業年金規制監督システムの法社会学的考察
響を考えても、
とにかく破綻させないという手法を採らざるを得ない。
そして、破綻予防的手法に、しばしば強権的政策がとられる21)ことを
考えると、当局によるリスクコントロール的規制監督に大きく依存せ
ざるを得ない22)。行財政改革が懸案となっている近年の政治過程を考
えると、企業年金の規制監督に割ける行政資源は減ることはあっても
増える可能性はなく、これまで以上に効率的で実効的な企業年金規制
監督システムが必要となる23)。
企業年金の性格を労働条件の一部ととらえるか、金融商品類似の契
約ととらえるか24)はともかく、企業年金の現状は厚生労働省による積
極的な関与が必要である。現行の法制度を与件として、昨今の行財政
改革の方向性に従いながらも25)、企業年金の破綻を予防し、労働者が
「メリハリ」のついた規制
安心して働けるような26)、公平で効率的な、
監督27)が必要である。
21)銀行等の金融機関において、ある特定の企業に対して過度の貸し付けを行
うことを禁止している場合を想起されたい。
22)事件番号46が典型である。
23)髙﨑(2010)参照。
24)前述の日本酒販組合年金事件(事件番号6)を参照。
25)企業年金の保護を理由とする省庁利権の肥大化を抑制しながら、という意
味である。
26)よく取り上げられる確定拠出年金は、一種の投資信託的性格を有し、年金
としての所得保障機能を期待することはできないと考えている。
(あくまでも
直観だが)被用者への労働インセンティブになっていないのではないだろう
か。
27)社会的コストを考えても、
「強力で厳格」な規制監督は行いにくいであろう。
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生命保険論集第 186 号
参考文献
企業年金連合会編(2005)
『企業年金に関する基礎資料平成17年10月』
企業年金連合会。
住友信託銀行年金信託部編(2004)
『企業年金の法務と実務』金融財政
事情研究会。
森戸英幸(2003)
『企業年金の法と政策』有斐閣。
井上恒男=髙﨑亨(2009)
「英国における企業年金ガバナンス強化と指
導監督機関」
『同志社政策科学研究』11巻1号139頁。
髙﨑亨(2008)
「英国企業年金政策の展開」
『保険学雑誌』604号125頁。
髙﨑亨(2010)
「確定給付企業年金規制におけるリスク・スコアリング・
システム」
『生命保険論集』173号149頁。
髙﨑亨(2012)
「企業年金を取り巻くリスクとその管理政策」
『保険学
雑誌』616号130頁。
[追記]
本論稿は、財団法人生命保険文化センターの平成24年度の研究助成
による研究成果である。このような助成を行なって頂いた同財団法人
にここに改めて御礼申し上げたい。
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