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射程拡大したサブリース法理(1)

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射程拡大したサブリース法理(1)
大阪経大論集・第60巻第1号・2009年5月
37
射程拡大したサブリース法理(1)
松
田
佳
久
目
次
Ⅰ はじめに
Ⅱ サブリース問題の整理
1.判例の分析・検討
サブリースに関する一連の最高裁判決前における下級審判決の分析・検討
(以上,本号)
下級審判決の分析・検討のまとめ
①サブリース契約の法的構成
②家賃増減請求権と自動増額特約の関係
2.サブリースに関する一連の最高裁判決の分析・検討
最三小判平15・10・21民集57・9・1213,判タ1140・68(センチュリータワー対住友
不動産事件【64
)
最三小判平15・10・21判時1844・50, 金法1700・97 (住友不動産対横浜倉庫事件
65
)
最一小判平15・10・23裁時1350・6,判時1844・54,判タ1140・79,金法1700・88,
金商1187・21(個人対三井不動産販売事件【66
)
最二小判平16・11・8
判時1883・52(三和リール事件【69
)
サブリース契約における最高裁判決の考え方
A.最高裁判決の考え方
B.借地借家法32条1項の強行法規性とサブリース契約との関係(以上,第60巻第2号)
Ⅲ サブリース法理の借地への適用事案から判断されるサブリース法理の射程拡大
1.
63】最一小判平15・6・12判時1826・47の分析
事案と判決
63】判決に基づく地代家賃等自動改定特約と地代家賃等増減請求権との関係
2.
68】最三小判平16・6・29判時1868・52の分析
3.
63】最一小判平15・6・12と【68】最三小判平16・6・29との関連
一元的理解の主張
二元的理解の主張
最高裁の判断に整合する理解
4.一元的理解における既存学説と私見の検証
松並説の検証
①相当地代・家賃額の判断
A.相当地代額
B.相当家賃額
38
大阪経大論集
第60巻第1号
②要件充足の判断
③整合性を有しない松並説
平田説,清水説の検証
5.最高裁がサブリース法理の射程を広げた理由と【63】判決の修正
射程拡大の理由
63】判決の修正
6.サブリース法理の適用事案と射程の拡大
適用事案
サブリース法理の適用事案(以上,第60巻第3号)
−概要−
サブリース契約は,1980年代後半のバブル経済の時期に登場した。それは事業者が建物
所有者から転貸を予定して建物の一括借り上げをするものであり,その際,賃借人となっ
た事業者は,賃貸借契約の中に,事業収支予測に基づき,賃料自動増額改定特約等を付し,
収支予測に見合った賃料が建物所有者に確保されるというものである。事業者はこれらの
特約により賃料変動のリスクおよび入居者不在のリスクを引き受けているのである。
ところが,バブル経済崩壊により地価の大幅な下落とともに市場の賃料水準も大幅な低
下をみ,事業者は一括借り上げ賃料額の支払を維持できなくなったことから,借地借家法
32条1項による家賃減額請求をする事例が頻発した。このような事業的性格の強いサブリ
ース契約に借地借家法の規定が適用されるのかが主要な争点となったが,サブリースに関
する一連の最高裁判決(64】最三小判平15・10・21民集57・9・1213,判タ1140・68(セ
ンチュリータワー対住友不動産事件),【65】最三小判平15・10・21判時1844・50,金法
1700・97(住友不動産対横浜倉庫事件),【66】最一小判平15・10・23裁時1350・6,判時
1844・54,判タ1140・79,金法1700・88,金商1187・21(個人対三井不動産販売事件),
【69】最二小判平16・11・8 判時1883・52(三和リール事件))は次のように判断した。
すなわち,①サブリース契約も建物賃貸借契約であり,借地借家法が適用される,②借地
借家法32条1項は強行法規であることから,家賃自動増額特約等の合意によってもその適
用を排除できない,③家賃減額請求の当否および相当家賃額を判断するにあたっては,当
事者間の衡平の見地に照らして,契約締結前事情をも十分に考慮すべきである(以下,こ
れをサブリース法理という)。
一方,建物賃貸事業目的の借地事業においても,【68】最三小判平16・6・29判時1868・
52(地代自動増額改定特約を有するが別途協議条項の存しない事案)においてサブリース
法理が適用されている。しかし,そのわずか1年前に類似の事案につき借地借家法11条1
項の地代増減請求権が修正なしに適用されたされた判例(63】最一小判平15・6・12民集
57・6・595,判時1826・47:地代自動増額改定特約を有するが別途協議条項も有する事案)
があり,しかも,【68】は,サブリースに関する一連の最高裁判決である【64】とともに
【63】を先例として引用している。また,【64【65【66】は【63】を先例として引用し
ていない。
射程拡大したサブリース法理(1)
39
以上のことがらは次のことを表しているものと思われる。つまり,サブリースにおける
一連の最高裁判決が出された時点では,別途協議条項を有する賃料自動増額特約付きの借
地契約は,賃料変動のリスクを賃借人が負担すべきものとする契約ではない,つまりサブ
リース事案とは別の事案であるとして,これを射程外と考えていた。ところが,【68】が
出された時点でそうは考えなかった。まったく同様の事案ではないにしても,サブリース
法理を適用すべき類似の事案として別途協議条項を有する賃料自動増額特約付きの借地契
約についても,借地借家法11条1項を修正適用し,契約締結前事情を総合考慮することに
よって,より衡平な解決を図ることができると考え,これを射程内としたのである。言い
換えれば,サブリース法理の射程を広げる必要があったために【63】を先例引用したもの
という理解である。したがって,この理解によればサブリースにおける一連の最高裁判決
の【64【65【66】の時点では,【63】と【68】はまったく別の事案であるとする二元的
理解を採っていたが,【68】の時点では【63】と【68】は類似の事案であるとする一元的
理解を採るものと考えを改めたということになる。
サブリース法理の,別途協議条項を有する事案への射程拡大は【76】最二小判平20・2
・29判時2003・51が証明している。射程の拡大はそれだけではなく,オーダーメイド賃貸
(
71】最一小判平17・3・10判時1894・14)にまで拡大されている。このことは,サブリ
ース法理が,不動産の賃貸借契約事案で,事業収支予測に基づき,賃料自動増額改定特約
等を付し,賃借人が賃料変動リスクを引き受けるといった事情が存在するすべての事案に
ついて適用される可能性を示している。
<判例番号と判例の対応表>
地代に関する最高裁判決
【63】最一小判平15・6・12民集57・6・595,判時1826・47(第一審【52
,控訴審【54
)
【68】最三小判平16・6・29判時1868・52(控訴審【60
)
地代に関する下級審判決
サ
ブ
リ
ー
ス
関
連
判
例
【52】東京地判平13・5・18(東京地裁平11(ワ)17075号,17192号)
(控訴審【54,上告審【63
)
【54】東京高判平14・1・31(東京高裁平13(ネ)3233号,3814号)
(第一審【52,上告審【63
)
【60】大阪高判平15・2・5(大阪高裁平14(ネ)1151号)(上告審【68
)
サブリースに関する一連の最高裁判決
【64】最三小判平15・10・21民集57・9・1213,判タ1140・68
(第一審【37,控訴審【45
)(センチュリータワー対住友不動産事件)
【65】最三小判平15・10・21判時1844・50,金法1700・97
(第一審【38,控訴審【44
)(住友不動産対横浜倉庫事件)
【66】最一小判平15・10・23裁時1350・6,判時1844・54,判タ1140・79,金法1700・
88,金商1187・21(第一審【53
,控訴審【56
,差戻審【70
)
(個人対三井不動産販売事件)
40
大阪経大論集
第60巻第1号
【69】最二小判平16・11・8 判時1883・52(第一審【55
,控訴審【61
)
(三和リール事件)
サブリースに関する一連の最高裁判決後の判決
【59】東京高判平14・9・11(東京高裁平14(ネ)578号)(上告審【71
)
【71】最一小判平17・3・10判時1894・14(控訴審【59
)(オーダーメイド賃貸)
【72】大阪高判平17・10・25(大阪高裁平16(ネ)3454号)(上告審【76
)
【73】東京地判平18・3・24金判1239・12(控訴審【74
)
【74】東京高判平18・10・12金判1265・46(第一審【73
)
【75】横浜地判平19・3・30金判1273・44
【76】最二小判平20・2・29判時2003・51(控訴審【72
)
サブリースに関する下級審判決
サ
ブ
リ
ー
ス
関
連
判
例
【25】東京地判平 4・5・25判時1453・139
【28】東京地判平 7・1・24判タ890・250
【29】東京地決平 7・10・30判タ898・242
【30】東京地判平 8・3・26判時1579・110
【31】東京地判平 8.・6・13判時1595・87(控訴審【40
)
【32】東京地判平 8・10・28判時1595・87
【33】東京地判平 9・6・10判時1637・59(控訴審【39
)
【35】東京地判平10・2・26判時1661・102(控訴審【41
)
【36】東京地判平10・3・23判時1670・37
【37】東京地判平10・8・28判時1654・23(控訴審【45
,上告審【64
)
【38】東京地判平10・10・30判時1660・65,判タ988・187(控訴審【44,上告審【65
)
【39】東京高判平10・12・3 金法1537・55(第一審【33
)
【40】東京高判平10・12・25金商1071・36(第一審【31
)
【41】東京高判平11・2・23金商1071・36(第一審【35
)
【42】東京地判平11・4・20(公刊物未搭載)
【43】東京地判平11・7・26判タ1018・267(控訴審【51
)
【44】東京高判平11・10・27判時1697・59(第一審【38
,上告審【65
)
【45】東京高判平12・1・25判タ1020・157(第一審【37
,上告審【64
)
【46】東京地判平12・6・23金法1610・99
【47】東京地判平12・6・27金商1118・37(控訴審【50
)
【50】東京高判平12・11・2 金商1118・34(第一審【47
)
【51】東京高判平13・3・28判タ1068・212(第一審【43
)
【53】東京地判平13・6・20判時1774・63(控訴審【56
,上告審【66
,差戻審【70)
【55】大阪地判平14・2・6(公刊物未搭載)(控訴審【61,上告審【69)
【56】東京高判平14・3・5 判タ1087・280,判時1776・71(第一審【53,上告審【66,
差戻審【70)
【58】東京地判平14・7・16金法1673・54
【61】大阪高判平15・2・14(公刊物未搭載)(第一審【55
,上告審【69
)
【62】東京地判平15・3・31判タ1149・307
【67】東京地判平16・4・23金法1742・40
射程拡大したサブリース法理(1)
41
【70】東京高判平16・12・22判タ1170・122(第一審【53,控訴審【56,上告審【66
)
借家人からの更新拒絶により終了した場合,通常の賃貸借であれば,賃貸人はその終了を
当該転借人に対抗できるものであるところ,信義則に反するとして,賃貸人は転借人に対
し当該賃貸借の終了を対抗できないとしてサブリースの特殊性を反映した最高裁判決
【57】最一小判平14・3・28民集56・3・662,裁時1312・2
地代家賃増減請求権が強行規定であるとする最高裁判決
【1】最三小判昭31・5・15民集10・5・496(家賃)
【12】最二小判昭56・4・20民集35・3・656(地代)
地代家賃自動増額改定特約等に関する判決(サブリース以外)
【13】東京高判昭56・10・20判タ459・64
【14】大阪高判昭57・6・9 判タ500・152,金商682・22
【18】大阪地判昭62・4・16判時1286・119
【19】神戸地判平元・12・26判時1358・125
【27】東京地判平 6・11・28判時1544・73
相当地代額算出において契約締結前事情を考慮すべき旨示した最高裁判決
【5】最一小判昭44・9・25裁集民96・625,判時574・31
サブリース以外の賃貸借に関する判決
【2】横浜地判昭42・1・18下民集18・1 2・3
そ 【3】大阪地判昭42・8・17判時506・50
【4】大阪地判昭43・4・10判タ226・171
の 【6】東京地判昭47・11・14判例タ298・388
【7】東京高判昭49・10・29判時767・39
他 【8】東京地判昭54・6・19判タ397・92
【9】東京地判昭54・10・23判時965・88
【10】東京高判昭55・6・9 判時971・58
【11】東京地判昭56・2・13判タ416・153
【15】東京高判昭58・5・16判時1081・65
【16】東京高判昭61・8・27判タ639・173
【17】東京高判昭62・3・31判時1238・90
【20】東京地判平 3・6・24金判897・36
【21】東京地判平 3・6・27判時1413・73
【22】東京地判平 4・1・23判タ832・127
【23】東京地判平 4・2・24判時1444・92
【24】東京地判平 4・3・16判時1461・95
【26】東京地判平 6・2・7 判時1522・111
【34】東京地判平 9・10・23判タ986・293
【48】東京高判平12・7・18金判1097・3
【49】東京高判平12・9・21判時1800・10
42
大阪経大論集
Ⅰ
は
第60巻第1号
じ
め
に
2007年以降,都心における新築賃貸事務所ビルの建築ラッシュが下火になったが,それ
までの新築ラッシュ時には,新築事務所ビルに大量に優良な借家人(テナント)が移転し
た。これにより移転元である新築ではない事務所ビルでは建物賃料(以下,家賃という)
水準を下げなければ新たな借家人が入居しない状況となっている1)。したがって,新築事
務所ビルにおける家賃はこれまでの家賃水準以上を維持しているのに対し,優良な借家人
が退去した事務所ビルでは家賃水準の低下が続いており,都心での家賃水準は二極分化し
ている。また,高級分譲マンションも都心部においては供給過剰になっており,この過剰
供給に需要が追い付かず,マンション価額は下落している。マンション価額が下落すれば
マンション販売業者は利潤悪化に陥ることから,新たなマンション供給を控える。これは
マンション用地の購入量を抑えるということであり,不動産の買い控えであり,地価下落
の一因につながる2)。
さらに,長期スパンでみた場合でも,家賃のみならず,地価も下落傾向にある。すでに
現時点で我が国の住宅ストックは世帯数を大きく上回っている。そして,晩婚化・非婚化
の進行がそれにさらに拍車をかける。すなわち,家賃の上昇がないため,親が住宅を有し
ていれば借金をしてまで住宅を購入しない。子自らは親から住宅を相続等で譲り受ける,
あるいは親と一緒に住む時まで借家に単身として住み続けるのである3)。
このように家賃水準の低下と地価の下落は,1993年以降のバブル経済崩壊後にも見られ
た。家賃水準の低下は,借家人から賃貸人に対する賃料減額請求(借地借家32条1項)の
増加をもたらした。特にサブリース契約
事業者が建物所有者から転貸を予定して建物
の一括借り上げをするものであり,その際,賃借人となった事業者は,賃貸借契約の中に,
事業収支予測に基づき,賃料自動増額改定特約等を付し,収支予測に見合った賃料が建物
所有者に確保されるというものである4)
においても借地借家法32条1項が適用になる
1) 井上明義氏はこのような家賃水準の低下している事務所ビルでの地価水準も下落の一途を辿ってい
るものと指摘する( 土地の値段はこう決まる』25頁(朝日新聞社,2005))。私が推測するに,近
年の不動産購入価額は収益還元方式によって算定された評価額をもって決定するのが主流となって
いる。収益還元方式は収受する家賃に基づき評価額を算定する方式である。したがって,家賃水準
の低下しているビルについては当然に当該ビルの存する土地の評価額は下落することになる。また,
江副浩正氏は賃貸住宅についても次のように空室が増加していると指摘する。すなわち,「郊外や
地方の公営賃貸住宅の空室は増加している。民間でも生産緑地法の改正で宅地を選択し,貸家を建
てた人たちも借家人が出て行き,経営は苦しくなっている。」( 不動産は値下がりする!』173頁
(中央公論新社,2007))。
2) 井上・前掲注 1)29頁。江副氏も次のように指摘する。すなわち,「10年先にはよいロケーションマ
ンションは値上がりしている可能性がある。しかし,全体を見れば需要より供給が多いため値下が
りしている。前回のバブル崩壊時とボリュームはほぼ同じなので,金利が上昇すれば不良債権が大
量に出る可能性がある。」(前掲注 1)167頁)。
3) 江副・前掲注 1)176頁以下
4) 内田貴『民法Ⅱ債権各論』201頁(東京大学出版会,第二版,2007)。しかし,サブリース契約の定
射程拡大したサブリース法理(1)
43
かが争われたが,サブリースに関する一連の最高裁判決5) によって適用が肯定された。サ
ブリース契約には家賃自動増額特約が付される場合が多いが,これらサブリースに関する
一連の最高裁判決以降は,これら判決に基づき,サブリース契約において家賃の増減につ
き,賃貸人・借家人間での協議条項を設けたり,周辺家賃水準等の低下があるときは約定
家賃を減額する旨の条項を設けたりしているようである6)。
一方,地価の下落は地代水準の低下をもたらす。地代の額は不動産鑑定評価基準(以下,
鑑定基準という)によれば,新規地代については,「積算賃料,比準賃料及び配分法に準
ずる方法に基づく比準賃料を関連づけて決定するものとする。この場合において,純収益
を適切に求めることができるときは収益賃料を比較考量して決定するものとする。」7) とさ
れ,継続地代については,「1.継続中の宅地の賃貸借等の契約に基づく実際支払賃料を
改定する場合の鑑定評価額は,差額配分法による賃料,利回り法による賃料,スライド法
による賃料及び比準賃料を関連づけて決定するものとする。」8) とされている。つまり,新
規地代については積算賃料が,継続地代については利回り法による賃料が地価を反映する
方式となっているからであり,借地借家法11条1項自体も「土地に対する租税その他の公
課の増減9) により,土地の価格の……低下……により……不相当となったときは,」とし
義はここでの定義以外に他の論者がさまざまに定義している。すなわち,建物をサブリース事業者
が建物所有者から賃貸借契約を締結することによって借り受けるものであるが,建設工事請負契約,
賃貸ビルのノウハウ提供に関する契約などさまざまな契約の複合契約であると解するもの(加藤雅
信「不動産の事業受託(サブリース)と借賃増額請求権」NBL568・19以下 (1995),同569・26以
下(1995)),いくつかの異なる契約の性質を兼ね備えた混合契約と構成するもの(澤野順彦「サブ
リースと賃料増減請求」NBL554・36以下 (1994))などがある。なお,澤野氏は,サブリース契
約をさらに次の3類型に分類している。1つには,用地の確保,建物の建設,建物賃貸借の管理ま
で一貫してデベロッパー等に委託されるもので,「総合事業受託方式」という。2つには,用地の
確保,建物の建設は建物所有者側が行い,不動産業者がその完成した建物を一括して借り上げ,ビ
ルの賃貸事業についてのノウハウを提供し,最低賃料を保証するもので,「賃貸事業受託方式」と
いう。3つには,不動産業者が建物所有者から建物を一括して賃借し,自ら使用するが他にも転貸
することができるもので,「転貸方式」という。
5) サブリースに関する一連の最高裁判決とは次の判決をいう。【64】最三小判平15・10・21民集57・9
6)
7)
8)
9)
・1213,判タ1140・68(センチュリータワー対住友不動産事件),【65】最三小判平15・10・21判時
1844・50,金法1700・97(住友不動産対横浜倉庫事件),【66】最一小判平15・10・23裁時1350・6,
判時1844・54,判タ1140・79,金法1700・88,金商1187・21(個人対三井不動産販売事件),【69】
最二小判平16・11・8 判時1883・52(三和リール事件)
約1,100社の賃貸住宅会社を会員として擁する財団法人賃貸住宅管理協会にて聴取した。当協会で
は協議条項を設けたサブリース原契約書式を作成している(日管協 サブリース協議会編『日管協
・応用編 用途別サブリース原契約書式集』7頁(日本賃貸住宅管理協会,改訂版,2006))。
国土交通省「平成14年7月3日全部改正 不動産鑑定評価基準」各論第2章第1節Ⅰ
国土交通省「平成14年7月3日全部改正 不動産鑑定評価基準」各論第2章第1節Ⅰ鑑定基準第2
部各論第2章第1節Ⅱ
土地の公租公課とは土地に関する固定資産税および都市計画税を意味する。これらは地価の上下動
によりその額が変動する。すなわち,それぞれの税率を乗ずべき固定資産税評価額は地価の変動に
比例し変化するのである。
44
大阪経大論集
第60巻第1号
ていることから,地価の下落が地代の額および地代水準の低下をもたらすことを認めてい
るのである。
地代にあっても【68】最三小判平16・6・29判時1868・52が,サブリースに関する一連
の最高裁判決と同様の法理を採用している。すなわち,地代等自動増額改定特約を有する
借地契約についても,借地借家法11条1項の適用が肯定されるが,【68】は地代の要件充
足判断につき契約締結前事情を考慮するとし,また,【63】最一小判平15・6・12民集57・
6・595,判時1826・47は別途協議条項を有する地代等自動増額改定特約に対し借地借家法
11条1項は通常適用されると解している。この関係をどのように解釈すべきかが問題とな
る。
なぜならば,【68】は,【63】を先例とし,サブリースに関する一連の最高裁判決ととも
に引用しているからである。
サブリース問題に対する学会の論争は下火となったとはいえ,現実に家賃・地代の低下
が生じており,今後ますますその状況が激しさを増してくることが予想される中,サブリ
ース問題およびその関連問題が再燃される可能性を有していることから,解決が図られて
いない,特にサブリースに関する一連の最高裁判決と借地地代との関連問題について解答
を得ておく必要がある。
本稿は,サブリース問題を振り返り,これを整理した上で,サブリースに関する一連の
最高裁判決と借地地代との関連問題について解答を得るものとする。
Ⅱ
サブリース問題の整理
サブリース契約(以下,サブリース契約における家主を賃貸人,借家人を賃借人という)
が通常の建物賃貸借契約と異なる点のもっとも重要な点は,賃貸借の期間にわたっての賃
料保証である。つまり,サブリース契約には,最低賃料を保証する固定型,一定期間経過
後に定期的に賃料を増額する旨の賃料自動改定条項(たとえば,3年ごとに賃料を3%増
額する)であった(自動増額型)り,または賃借人が転貸によって得られる転貸賃料額の
一定割合を賃料とする旨の条項が付されている(転貸賃料連動型)ことである10)。
ただし,通常の建物賃貸借契約でも賃料増額特約等の賃料自動改定条項が付されている
場合もあるが,サブリース契約が建物一括借り上げを内容とし,さらに建設工事請負契約
等の複合契約である場合も存する点が異なっている。
その他,契約が通常の建物賃貸借(2年程度)に比して中長期(3ないし5年∼15年)
から超長期(15年∼)であること(賃貸期間中の中途解約不可(不可抗力による建物損壊
などが生じた場合を除いて)の特約つきのものもある),敷金あるいは建設協力金等の名
目で,かなりの高額(建築費相当額)の提供が賃借人から賃貸人へなされること11),建物
10) 稲葉威雄=内田勝一=澤野順彦=田尾桃二=寺田逸郎=水本浩編『新借地借家法講座・第3巻
借
家編』373頁以下〔野村豊弘〕(日本評論社,1999),大野喜久之輔「継続賃料鑑定評価を再考する
コンセンサス形成に向けて
<下>」鑑定42・1・29(2005)29頁以下
11) 大野・前掲注10)29頁以下
射程拡大したサブリース法理(1)
45
賃貸借契約と建物建設請負契約とが密接に関連している場合が少なくないこと12),から事
業的性格が強いということがいえる。はたしてサブリース契約に対し借地借家法が適用さ
れるのか,という問題点が存する13) が,サブリースに関する一連の最高裁判決は借地借家
法の適用を肯定している。
そして,借地借家法32条1項は強行規定であることが認められる14) が,賃料自動増額特
約の効力を否定するものではない15)。
ここでは,これまでの判例16) を振り返り,サブリース法理を整理するものとする。
1.判例の分析・検討
判例にはサブリース契約の本質を十分に考慮することなく,サブリース契約が建物賃貸
12) 稲葉他編〔野村 ・前掲注10)374頁
13) 適用肯定説としては,道垣内弘人「不動産の一括賃貸と借賃の減額請求」NBL580・27以下 (1995)
(賃貸借の要素を「建物の使用・収益」と「それに対する対価の支払い」と解し,このような事業
受託契約にもこれらの要素がある以上,当然に借地借家法が適用されるとする),加藤・前掲注 4)
568・23頁(基本契約たる事業受託契約あるいは下部の契約の規定が民法の任意規定の適用を排除
していない限り,民法の規定が適用されるとともに,借地借家法の規定も当然に適用されるとする),
適用否定説として,澤野・前掲注 4)38頁(「総合事業受託方式」と「賃貸事業受託方式」について
は,契約的正義と建物賃借人の保護の必要性とのバランスのもとで決せられるべきであるとし,借
地借家法はこれらの契約に適用されないとする)がある。なお,サブリースにかかわる第三者(テ
ナント,転借人,銀行など)の保護をいずれの学説も提言していないが,北村実氏は,サブリース
のリスクを第三者に転嫁すべきではないとして,次の説を提唱する。すなわち,サブリース契約は,
共同事業を目的とする複合型契約であり,オーナー対サブリース会社の関係は賃貸業務委託を中心
とする共同事業関係,テナントとの関係ではサブリース会社はオーナーの代理的地位であり,むし
ろテナントとの関係に民法の賃貸借規定や借地借家法の適用がある,と構成すべきであり,オーナ
ー・サブリース会社間の共同事業契約にあっては,強行規定による「公平・社会正義」よりも合意
した利益・リスク分配の基準が遵守されるべきである,とする(同「サブリース契約に関する諸問
題
合意か強行規定か
」阪経法53・4・3 (2002))。
14) 借地に関しては【12】最二小判昭56・4・20民集35・3・656,【63
,【68】が借地借家法11条1項を
強行規定であるとしており,借家に関しては【1】最三小判昭31・5・15民集10・5・496がある。
15) 特約の効力を否定する説として道垣内・前掲注13)28頁以下,近江幸治「サブリース契約の現状と
問題点」早法76・2・104 (2000) がある。近江氏は,サブリースといっても,当事者が「賃貸借」
契約類型を選択しているのであるから,それに従って解釈がなされるべきことは当然であるとする。
ただし,サブリース契約として,共同事業委託契約や組合契約が選択されたのであれば,それにし
たがった解釈がなされるとする(同「 サブリース問題』再論」早法80・3・23 (2005))。肯定する
説として,加藤・前掲注 4)568・24頁以下,吉田克己「サブリース契約と借地借家法32条に基づく
賃料減額請求」清水誠先生古稀記念論集『市民法学の課題と展望』323頁以下(日本評論社,2000),
松岡久和「建物サブリース契約と借地借家法32条の適用」論叢154・4=5=6・131以下 (2004),が
ある。
16) サブリース契約に関する判例に関しては,清水俊彦氏(同「サブリースにおける賃料増減額(上)
∼(下)」判タ999・76(1999),1001・55(1999),1003・49(1999),同「続・サブリースにおける賃
料増減額(上)(下)」判タ1038・56(2000),1039・30(2000),同「続々・サブリースにおける賃料
増減額(上)∼(下)」判タ1105・74(2003),1106.29(2003))が詳細に整理・分析を行っている。
46
大阪経大論集
第60巻第1号
借の形式を採ることから,借地借家法が適用されるものとした【25】東京地判平 4・5・
25判時1453・139,【32】東京地判平 8・10・28判時1595・87がある17)。はたしてこのよう
に単純に判断できるものであろうか。
まずは,サブリースに関する一連の最高裁判決(64【65【66【69)前における下
級審判決の動向についてみてみる。
サブリースに関する一連の最高裁判決前における下級審判決の分析・検討
28】東京地判平 7・1・24判タ890・250
本件は,土地所有者が銀行より融資を受けて建設業者でもある賃借人が建物を建築した
建物建築型のサブリース契約事案である。
本判決は,サブリース契約に借地借家法を適用することにつき何ら理由を示すものでは
ないが,借地借家法32条1項における家賃減額請求権の事由の判断において,後述するよ
うに本件サブリース契約の特徴を考慮に入れ勘案がなされていることから,契約の本質を
把握した上で,借地借家法の適用を判断したものと考えられる。その根拠としてはおそら
く本件サブリース契約が基本合意に建物賃貸借契約をも含むものであることが挙げられる。
本事案の特約は自動定率増額特約であり,内容は次のとおりである。すなわち,賃料は,
3年ごとに1回見直しを行い,諸物価の変動,公租公課(消費税を含む)の増減,テナン
トが賃借人に支払う賃料の額,その他の経済情勢の変動を考慮して当事者協議の上取り決
めるものとする。ただし,いかなる場合でも各期の賃料はそれぞれ直前の期の賃料に対し,
第4年目以後第6年目までは110%以上,第7年目以後第9年目までは106%以上,第10年
目以後第12年目までは103%以上とする。
当該特約は強行法規性を有する借地借家法32条1項に違反するものではないとし,特約
の前提条件である経済事情の変動によっては,借地借家法32条1項の家賃減額請求事由に
なり得ると解することもできるとし,家賃減額請求の認容の可能性を示唆している18)。
ところが,本判決は本件サブリース契約が基本合意の内容に当事者を拘束する性質を有
する契約であることを理由とし,家賃減額請求を否定している。すなわち,次のとおりで
ある。イ.本件基本合意は,本件請負契約と本件賃貸借契約(12年間の収益保証を前提と
する賃料増額の特約付)を予定しており,賃借人においては,本件建物を第三者に転貸し
てサブリース事業をすることを予定しており,マンション建設業者及び賃貸業者としてそ
17) 25】は,本件賃貸借契約の実質的目的が賃料収入又は賃料収入の差額の確保の点にあることは当
事者間に争いのないところであるが,その目的を達成するためには,種々の法形式を採り得るとこ
ろであって,原告も自認するごとく,本件においては,両当事者の自由な選択により,原,被告間
の賃貸借契約及び被告の転貸借契約方式が採られたものである。そうである以上,原則としては,
両当事者の選択した法形式に従った契約法理を適用すべきは当然であるというべきである,とする。
18) 借地人は事情変更の原則を主張したが,要件に該当しないものとされた。しかし,借地借家法32条
1項の要件は事情変更の要件とは異なる上,緩く要件が定められていることから,借地借家法32条
1項の要件には該当することがありうることを,本判決は示唆しているものと思われる(同旨を清
水・前掲注16)判タ1001・65の注46)。
射程拡大したサブリース法理(1)
47
の営業利益の確保を目的としたプロジェクトであったこと,ロ.土地所有者は,右の収益
保証を前提として,銀行から多額の融資を受けて本件請負契約を締結しており,その意味
で,本件基本合意,本件請負契約及び本件賃貸借契約はそれぞれ牽連性を有していること,
が認められる。以上の,本件賃貸借の成立に関する経緯諸般の事情を斟酌すると,前記の
経済事情の変動を考慮しても,現時点においては,賃借人主張の借賃減額請求を正当とし
て是認することはできない,とする。
本判決はサブリース契約の法的性質を建物建築請負契約と賃貸借契約とが牽連性を有す
るものとしているが,サブリース契約という事業契約が混合契約であるのか複合契約であ
るのかについては判断を示していない19)。なお,サブリースの主要な特徴として第三者へ
の転貸事業を挙げており,その他(12年間の)収益保証,賃料増額特約,土地所有者によ
る金融機関からの多額の借入を挙げている。
通常の建物賃貸借契約との相違を十分に認識し,サブリース契約の特徴である当事者拘
束性の強さを判決に反映させたものといえる20)。
29】東京地決平 7・10・30判タ898・242
本件は,既存建物の一部に関するサブリース契約の事案である。また,本判決ではサブ
リース契約を,賃借人である不動産賃貸借業者によるビルの一括賃借と,自己の採算をも
ってする他への転貸という実態と経済的機能を有するものとしている。さらに家賃自動増
額特約を有する点が特徴となっているものの家賃最低保証については何ら述べるところが
ない。
本判決では借地借家法の適否について検討はされていないが,借地借家法32条1項の適
用を認容しているものと判断されることから,肯定しているものと思われる。本決定は家
賃減額請求を認容し,減額決定をした21) が減額幅は賃借人の請求する減額幅よりも制限さ
19) 混合契約であるか複合契約であるかの差異は単に理論構成の差異にすぎず,実質的な差異を示すも
のではない(野村・前掲注10)372頁)。いずれにしても,本判決は,サブリース契約を純粋な賃貸
借契約とはみなしていない。
20) 原田純孝「民法判例レビュー52 不動産」判タ901・51以下 (1996) は,本判決は,特約の原則的
な有効性を強調するとともに,事情変更の程度の問題を指摘して特約の効力を肯定したものとみる
ことができるとし,そうだとすれば,実質的には家賃減額請求の具体的妥当性の有無の判断を重視
して
したがって,「基準の相当性」に関する抽象的判断よりも,特約の「適用結果の具体的相
当性」を重視した判決
であるとしている。ただし,特約は失効したが,家賃減額請求は信義衡
平の原則,権利の濫用などにより認められないという理論構成を採る余地もあると指摘する。
21) 本事案では,家賃減額に伴い敷金の一部返還を求めている。しかし,本来敷金は,賃料債務その他
の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付され,賃貸借終了まで返還を要しない性質の金員
であるから,賃料が減額されたからといって,その全部又は一部が当然に賃借人に返還されるべき
性質のものではないうえ,本件契約書においても,敷金の返還時期を賃貸借終了時点と定めている
ことが認められる。したがって,本件契約が継続している現時点において本件敷金を返還すべき法
的根拠は見出せないから,申立人の主張は採用できないとしている。ところで,本決定については
次の批判がある。すなわち,賃借人は大手デベロッパーであり,地価の下落の予見可能性がないと
48
大阪経大論集
第60巻第1号
れた。
30】東京地判平 8・3・26判時1579・110
本件は賃貸人らによって共同で銀行借入れで建設されたマンションの数部屋たる専有部
分およびこれに付随する駐車場の一括借り上げたるサブリース契約の事案である。判決は
賃借人からの家賃減額請求につき,本件サブリース契約の特徴を勘案し,棄却しているも
のの,サブリース契約への借地借家法の適用を否定していない。なお,賃貸人らによって
家賃自動増額特約に基づき賃料の増額請求がなされていたが,これも棄却されている。
本件サブリース契約の特殊性としては次の点を挙げる。①一括借り上げ契約であり,こ
れは賃貸人らにとっては,毎月一定の収入が安定的に保証されること,それによってロー
ンの返済原資や生活費を得ること,賃借人の募集・目的物の維持管理・退室時の清算など
賃貸借の管理を行うことの煩わしさから逃れること,空室の危険を回避すること等の利益
を受け,その反面として,礼金の収受,敷金の運用益の取得,賃料相場が上昇した時の賃
料差額の取得といった利益を放棄したものといえ,賃借人にとっては,礼金の収受,敷金
の運用,賃料相場の上昇の際の賃料差額の取得などの利益を得る一方,空室の発生,賃料
の値下り等による危険を引き受けたものである。②賃借人から賃貸人らへの家賃改定請求
を明示的に許す旨の規定は存在しない。本件賃貸借契約の賃料が将来にわたって上昇する
であろうことを前提として契約を締結したものであることが推認される。このことは,賃
料相場の上昇による利益を受けることを放棄し,その上昇による利益を賃借人が取得する
ことを許したものと理解することができる。そして,賃料の減額については契約上明示的
に触れられていないが,賃料の上昇による利益を第一次的に賃借人において取得すること
が許されていることからすれば,その下落による危険は,賃借人において負担することを
承認したと理解すべきものといえる22)。③契約期間が4年間と短く,賃貸借期間中の中途
解約条項はない。これは中途解約を許さない趣旨であると理解される。賃貸借期間が比較
的短期間であるということは,賃借人が契約関係から離脱する機会を与えたものと理解さ
れることから,契約期間中は,事情変更を理由とする契約条項の変更は原則として許され
ないと理解される。④当初3か月間は,家賃額が低額に抑えられている。これは本件賃貸
借の目的が転貸にあるため,賃借人の転借人募集等の期間を考慮し,賃借人の利益を確保
することを目的としたものということができる。その反面として,この期間が経過した後
はいえないし,事情変更の原則が適用されるほどの事情変更があったとはいえず,当事者は業界を
代表する大手企業であり,裁判所の後見的な関与はさほど必要ではなく,契約自由の原則からすれ
ば,減額特約に思い至らなかった者が危険を負担すべきであり,本決定の論旨は説得的とはいえな
い(内田勝一「民法判例レビュー54 不動産」判タ918・49以下 (1997)),というものである。
22) このように賃料の上昇率は約定されているが,それ以上の家賃相場の上昇があっても,増額するこ
とはできず,また,反対に家賃相場の下落があっても賃貸人に定率に上昇する賃料が保証されるこ
とから,このような事実をして,不増額特約の存在を理由に家賃最低保証を推認したものと見る見
解があり,このような家賃最低保証の認定は家賃減額請求を否定する上で必要な論理構成であった
とも捉えている(清水・前掲注16)1001・65以下)。
射程拡大したサブリース法理(1)
49
は,賃借人において責任をもって賃貸人らに家賃の全額を支払うことを約束したものとみ
ることができる。⑤家賃の動向は,賃借人が最もよく予見できるものであり,転貸料が賃
借料を下回ったことは賃借人の予測に誤りがあっただけであり,その非をもって賃貸人ら
の利益を害するべきではない。したがって,転貸目的の賃貸借においては,賃借料と転貸
料の比較はそれほど重視すべき事項ではなく,むしろ賃貸人らの安定的継続的収入確保と
いう点に,一般の賃貸借にはない特色があるということができる。本判決は,以上の特殊
性は重視されるべきものとして,鑑定評価によれば10%の減額が相当ではあるとするもの
の,賃借人からの家賃減額請求を棄却している。
一方,賃貸人らからの反訴請求である家賃自動増額改定条項(2年ごとに4%増額)の
有効性についても,次のとおり棄却された。すなわち,当該特約は家賃が将来において上
昇するであろうことを前提として規定されたものであり,その実質は,賃借人において,
原則として家賃の増加分を取得できる趣旨のものである。そうすると家賃相場の動向が,
当初の予想とは逆に,かなりの程度で低下しつつあることを前提とすると,当該家賃改定
条項は,それを適用する前提たるべき事実が異なっており,公平の見地からしても,これ
を現在のような前提を欠く状況の下では,適用できない,とする。借地借家法32条1項と
の関係を一切考慮することなく,当該自動改定特約の効力を否定している。
31】東京地判平 8・6・13判時1595・87(控訴審【40
)
本件は既存建物の一括借り上げ期間を10年とするサブリース契約の事案である。家賃自
動増額特約は,平成4年10月10日から2年毎に改定前の家賃より5%の割合で増額すると
いうものであるが,本判決のスキームは,当該特約を事情変更の原則23) によって否定し,
その結果,借地借家法32条1項による家賃減額請求が認められるとしたものである。サブ
リース契約について借地借家法適用の是非の判断をすることなく,当然に借地借家法が適
用されるものとの認識を前提として,いきなり特約の有効性の判断がなされている。
なお,家賃自動増額特約の有効性については,一般論として次のように述べられている。
すなわち,一定の合理性があり,それ自体は賃借人に一方的に不利なものとして直ちに無
効なものと解すべきではなく,当該特約を適用することがその後の経済事情の変動の程度
や近隣の家賃水準との比較において著しくかけ離れた不合理な結果になるような場合には,
事情変更の原則により,適用されないとする。
32】東京地判平 8・10・28判時1595・87
本件は土地所有者が,所有地に賃貸用オフィスビルを建設し,賃借人が一括賃借する賃
貸借期間10年のサブリース契約に関する事案である。
23) ここにおける事情変更の原則は,借地借家法32条を背景とするものであり,一般の事情変更の原則
とは異なる。ただし,サブリースについては減額請求は原則として認められないという立場に立つ
場合には,「事情変更」があるから減額請求は認められるものとなり,この場合には一般の事情変
更の原則と解する余地もあるとする(清水・前掲注16)1001・65の注47)。
50
大阪経大論集
第60巻第1号
まず,サブリース契約への借地借家法の適用を肯定し,借地借家法32条1項の家賃減額
請求を認容する。すなわち,家賃自動増額特約は家賃最低保証をした結果とはなっている
が,保証特約が付加されたサブリース契約といえども,家賃を対価として建物の使用収益
をさせることを目的としており,その本質は賃貸借といわざるをえない。ただし,相当家
賃の算定にあたっては,サブリース契約の特徴(10年間一括貸借,賃料増額の特約の存在)
を考慮すべきであるとする。
また,預託保証金の返還については,これを否定する。預託保証金は,通常,賃料を重
要な要素として定められることが多いが,借地借家法32条1項による家賃の増減額が認め
られたからといって,当然に増減すべき性質のものではないからである。
なお,サブリース契約への借地借家法の適用を肯定することにより,家賃自動増額特約
の効力が判断されるべきであるが,裁判官はこの点につき明確に判断を示していない。し
かし,鑑定が当該増額特約の無効を前提とする相当家賃の評価を算出したのに対し,これ
について不合理性を指摘していないことから,裁判官の判断は当該特約の効力を否定する
ものであることが読み取れる。
本件鑑定では,A.増額特約が有効である場合(借地借家法32条1項の適用がない場合),
B.特約の存在を前提とするが,家賃を改定することが相当である場合,C.特約が不存
在または無効である場合,とに分けて算出がなされており,結論として不動産鑑定士はB
を選択判断している点は注目されるべき点である。そして,評価にあってはサブリース契
約の特殊性,家賃増額特約締結の事実を考慮しており,裁判官も合理性を認めるところで
あるが,家賃減額請求額に対し,減額幅は制限された。
33】東京地判平 9・6・10判時1637・59(控訴審【39
)
本件も土地所有者等が,所有地に賃貸用オフィスビルを建設し,賃借人が一括賃借する
賃貸借期間20年のサブリース契約に関する事案である。【32】と同様,完成した建物を20
年間一括して借り上げて第三者に転貸するというサブリース契約の特徴と家賃自動増額特
約の合理性を十分に認識しながらも,実質は賃料を対価として建物を使用収益させるとい
う本質において,賃貸借契約として評価,解釈されるべきものとして,借地借家法の適用
を肯定する。また,本件サブリース契約では,最低家賃額を保証する旨の明示の条項はな
いことから,賃料不減額特約には当たらず,借地借家法32条1項に違反し無効となるもの
ではない。したがって,当事者が予期し得なかった著しい変動があるなどして,契約前提
となる事実を欠き,家賃自動増額特約をそのまま適用することが著しく不合理な結果とな
るため,事情変更の原則24) によって,当該特約は効力を有しない。それゆえ,借地借家法
32条1項に基づく,家賃減額請求権を行使することができるものと判示した。
なお,本件家賃減額請求権の行使に基づく相当家賃の鑑定にあっては,本件家賃増額特
24) ここでの事情変更の原則は,一般の事情変更の原則とは異なり,あくまでも借地借家法32条を背景
とする事情変更の原則である(清水・前掲注16)1001・58)。
射程拡大したサブリース法理(1)
51
約の存在を含むサブリース契約である旨の諸事情を考慮してなされた旨示すものの,本判
決からは具体的考慮内容を伺うことはできない。
35】東京地平10・2・26判時1661・102(控訴審【41)
本件は,当初より土地所有者が,所有地に賃貸用オフィスビルを建設する計画を有して
おり,デベロッパーである賃借人が当該建物を一括賃借する期間20年のサブリース契約に
関する事案である。
本判決は,借地借家法が対象とする賃貸借に関し何ら限定を設けていない点を重視して
おり,サブリース契約も建物を貸し渡し,賃借人はその使用収益の対価である家賃を支払
うというものからすれば,まさしく賃貸借契約といい得るとし,借地借家法の適用を認容
している。さらに本件は賃料保証および増額保証の合意がなされていることが認められ,
その後,家賃の減額合意がなされている点をみれば,当該合意はこれら保証の撤回の合意
と解釈されるとする。一方,借地借家法32条1項は片面的強行法規性を有することから,
当該減額請求が禁反言の原則ないし信義則違反とはならないとの判断も示している。
借地借家法32条1項に基づく家賃改定は,事情変更の原則の要件を緩和して明文化した
ものであると解釈し,一定の経済事情の変動があり,それにより家賃が不相当となったと
きに認められるものであり,その増減は本来一定の経済事情の変動を原因として生じた不
相当分を是正するものであって,それ以上の家賃額の是正を原則として意図するものでは
ないとする。したがって,サブリース契約といった個別的事情が反映された家賃は借地借
家法32条1項によって改定されても当該個別的事情が捨象され,相場家賃と同等になるも
のではない。あくまでもサブリース契約等の個別的事情が反映された状態での家賃に改定
されるのである。また,本件サブリース契約では賃借人は賃貸人と同等ないしは優位な立
場であるから,実質的に本件契約関係は双方の自由な意思によって決定されたものといえ
る。このことは,契約自由の原則を重視して,個別的事情を勘案したとしても,借地借家
法の趣旨に反し賃借人に不当な結果を生じるものとはいえないとしている。
なお,改定家賃については,鑑定結果がサブリース契約といった個別的事情を一切捨象
して算出されたものであり,裁判官はこれをベースにサブリース契約に関する個別的事情
および本件における特殊事情等を勘案し,現行家賃額と鑑定結果との中間額とした。本判
決では,賃借人は次の点で現行家賃と相場家賃を反映した鑑定額との差額の一定額の負担
を甘受すべき帰責性があるとしている。すなわち,A.賃借人が家賃およびその値上げ率
を保証するため,賃貸人には高額の収入が長期間保証され,危険負担は全くない旨説明し,
家賃の値上げ率はバブル経済の崩壊といった場合でも保証する旨を約束していた。B.そ
れにもかかわらず,賃借人による一方的な減額家賃の支払や再三の要請によって,賃貸人
は減額合意し,その結果,本件契約による合意家賃が一度も支払われることなく,40%近
くの減額となった。C.賃借人は同業他社よりも高額の条件を提示して契約を締結した。
D.減額合意においては当初契約家賃額を早期に上回るように転貸条件の向上に誠意をも
って努力する旨が併せて合意されている。
52
大阪経大論集
第60巻第1号
これに対し,賃貸人も次の事由から賃貸ビルの家賃下落による不利益分を負担すべき責
任があるとしている。すわなち,E.本件建物はそのほとんどが賃貸人の裁量により建築
されたものであり,賃借人の関与はなかった。F.賃貸人も本件サブリース契約を締結し
なければ,自ら賃貸するなどして家賃下落の不利益を甘受すべき地位にあった。
以上,これら賃借人,賃貸人の帰責性が,現行家賃と相場家賃を反映した鑑定額との差
額の中間値,すなわち半額ずつ負担するものであるとの判決につながったのであるが,い
ずれをより保護すべきかという基準からすれば,中間値を採ることははたして妥当であろ
うか。
中間値ということは両者の帰責性が同程度ということである。賃借人が大手のサブリー
ス会社であり,契約時に各種保証を主張し,賃貸人の危険負担がまったくない旨を必要以
上に強調している点,賃貸人の借入金返済負担,親の看護扶養費用の捻出等の事情を考慮
すれば,賃借人には賃貸人以上の帰責性が認められ,その結果,家賃減額の利益は判決以
上に抑えられるべきであると思われる。
36】東京地判平10・3・23判時1670・37
本件は,わが国最大手の不動産会社 Y1 がA.事業の企画から資金の調達,建物の建築,
賃貸・管理業務まですべてを引き受けるシステムであり,B.建築する建物は賃貸人の所
有とすること,C.建物は Y1 の100%子会社である Y2 が一括して借り受けること,D.
Y1 は最低家賃を保証すること,等を内容とするサブリース契約である。
本判決のスキームは,いわば信義則スキームである25)。すなわち,Y1・Y2 からの家賃
減額請求に対し,ア.本件サブリース契約に借地借家法(借地借家法32条1項)の適用を
認める(借地借家法32条1項は適用範囲につき除外規定を設けていないこと,本件建物の
賃貸借契約書では同条の適用を排除していないこと,を理由とする),イ.家賃最低保証
の合意は不減額の合意に該当し,無効である,ウ.経済事情の変動が借地借家法32条1項
における家賃減額請求の要件を満たし,現行家賃は一応不相当となったものと認めること
ができる,エ.しかし,本件サブリース契約の特殊性からすれば,家賃減額請求は信義則
違反として無効となる。
信義則違反となる事由としては,減額請求にかかる金額に改定されると事業収支自体が
成り立たないこと,本件事業計画が当初に提案された時期においてすでにバブル経済の崩
壊,不動産価額の下落が始まっていた時期であること,最低保証家賃が月額坪当たり2万
2,000円と合意され,これを当初の家賃額と定めた賃貸借契約が締結された時期は不動産
価額の下落がかなり鮮明になっていた時期であること,契約期間も約10年であること,
Y1 は日本で最大手の不動産業者であること,である。そして,これら事由からすれば賃
貸借契約の締結から2年余りで本件事業の収支が成り立たなくなるような借賃の減額請求
25) 升田純「建物のいわゆるサブリース契約の効力」私法判例リマークス1999<下> 別冊法律時報19
43頁以下 (1999) は信義則スキームを相当であるとして支持するものである。
射程拡大したサブリース法理(1)
53
をすることは信義則に反するとし,最低保証家賃の支払いを履行すべきであるとした。
本判決では,信義則のうち,禁反言の原則に反するものと判示されたものといいえる。
つまり,家賃最低保証の合意は不減額の特約として無効であることから,本来は賃借人側
がこれに従う法的義務はない。ただし,賃借人側はバブル経済崩壊といった経済変動を十
分に予測できる能力を有する者である以上,家賃最低保証の合意は十分に保持できるもの
との態度を示したものといえる。そうである以上,合意額を自ら破棄する家賃減額請求権
の行使は,まさしく禁反言の原則に反するものといえ,その結果,当該請求権の行使は否
定されるのである。
しかし,賃借人側がバブル経済崩壊といった経済変動を十分に予測できる能力を有する
者であるということからすれば,家賃減額請求権の行使要件自体を充足しないのではない
かと思われる。つまり賃借人側が事情変更を十分に予測できることから家賃の不相当性に
ついても十分に推測可能であるため,家賃減額請求で提示した家賃額は当該減額請求権を
行使せずとも当初の契約時あるいは家賃最低保証の合意時において賃貸人に示し,合意を
することができたはずである。そもそも家賃減額請求権は当事者が予見しえなかった事情
変更があった場合になされるものであり,賃借人側が事情を予見しえた本件では当該要件
を充足しない。よって,賃借人側は信義則を持ち出すまでもなく家賃減額請求権を行使し
えないのである。その結果,賃借人側は,当該合意に基づく家賃支払いの履行が義務付け
られるのである。
一方,賃借人側が経済変動の予測能力を有しない者である場合は,家賃減額請求権が認
められる可能性を有しているものといえる。
なお,Y1 は賃貸借契約の当事者ではないが,本件契約においては名実ともに当事者で
あり,当該合意に基づいて最低保証家賃の範囲で連帯して保証するべきものと解されてい
る。
37】東京地判平10・8・28判時1654・23(控訴審【45
,上告審【64
)
本件も【36】と同様,わが国大手の不動産会社による総合事業受託方式たるサブリース
契約である。
本判決も家賃減額請求を否定するものであるが,A.借地借家法32条1項の適用を排除
する,B.よって家賃自動増額改定特約が不減額特約として無効とされることはなく,C.
また一般の事情変更の原則の適用も排除する,以上の結果,賃借人は約定家賃の支払いを
余儀なくされることになるというスキームである。
このスキームの根底にある考えは,両当事者の不均衡の是正にある。すなわち,仮にオ
フィス賃料相場の下落時に家賃減額請求が認められるとしたならば,家賃自動増額改定特
約は不減額特約として借地借家法32条1項に基づき無効となり,賃貸人は家賃の増額をな
しえないのに対し,賃借人は家賃減額請求をなし,減額を図ることができる。反対にオフ
ィス賃料相場が上昇時には,賃貸人は約定家賃を収受するのみであり,家賃上昇分はすべ
て賃借人が享受してしまうことになる。以上のように賃借人は経済事情の変動による賃料
54
大阪経大論集
第60巻第1号
相場の下落によるリスクをほとんど負担することなく,賃料相場の高騰による利益を独り
占めできることになる一方で,賃貸人は賃料相場の高騰による利益を原則的に享受できず,
相場下落の危険のみを負担することになってしまい両当事者間に不均衡が存する。
また,一般の事情変更の原則の適用を勘案した場合であっても上記不均衡は存する。す
なわち,賃借人は借地借家法32条1項の要件を充足する程度の経済事情の変動がありさえ
すれば,家賃減額を図ることができるのに対し,賃貸人は一般の事情変更原則が適用され
る程度に達する経済事情の変動がないかぎり,家賃増額を図ることができないのである。
これら両当事者間の不均衡を是正,つまり,相場上昇時には賃貸人側も一定の家賃増額利
益を享受でき,相場下落時における家賃下落リスク負担を減らすためには家賃自動増額改
定特約を有効とする必要がある。そのためには借地借家法32条1項の適用を排除すること
が必要であった。
ところで,本件家賃自動増額改定特約に関連して,経済事情が著しく悪化し,転貸オフ
ィス賃料が激減するような事態が生じた場合には,当事者間で賃料値上げ率を協議により
調整することができるとされている。これは合意により値上げ率を0%とすることも可能
ではあるが,そうなった場合であっても当初の約定年額家賃の支払いが確保される仕組と
なっているものである。この点は賃借人が家賃保証を行っている以上当然のことであると
し,家賃相場値下りのリスクは家賃保証を行っている賃借人が負担すべきものとされる。
本判決は当該家賃保証の側面を重視し,これを前提とした利益調整の合理性,当事者間に
おいて借地借家法32条1項の適用の余地を排除していること,社会的弱者としての賃借人
保護という要請が働かないこと等をもって借地借家法32条1項の適用を排除する根拠とし
ている。
なお,借地借家法全体の適用が排除されるかについては言明されていないが,本判決は
「サブリース契約に借地借家法の適用を肯定しつつ,賃料の最低保証条項がある場合には,
借地借家法32条1項の適用が制限されるとする」説26) に近いものといえる。
なお,【38】東京地判平10・10・30判時1660・65,判タ988・187は本判決とほぼ同様の
理論構成の判旨を示す27)。
39】東京高判平10・12・3 金法1537・55(第一審【33)
本件は,【33】の控訴審判決である。第一審は,家賃自動増額特約による家賃額増額を
賃貸人が確認請求したところ,賃借人が反訴として家賃減額請求にかかる家賃額の確認を
26) 加藤・前掲注 4) NBL568・19以下,同 NBL569・26以下。このほか,サブリース契約について,
総合事業受託方式,賃貸事業受託方式,転貸方式に分類した上,転貸方式以外のものに関して借地
借家法の適用を否定する説(澤野・前掲注 4)36頁以下),サブリース契約にも借地借家法の適用を
肯定する説(道垣内・前掲注13)27頁以下)がある。
27) 石黒清子「平成10年度主要民事判例解説 事業受託方式によるサブリース契約において,借地借家
法32条の適用を排除し,賃借人が,賃貸人に対し,賃料減額請求をすることはできないとした事例
東京地裁平成10年10月30日民集第16部判決」判タ1005・84 (1999)
射程拡大したサブリース法理(1)
55
請求したものであったが,判決は本訴請求,反訴請求をそれぞれ一部認容したため,賃貸
人が控訴し,賃借人が附帯控訴した。
本判決は,原審の判決内容をほぼ踏襲する。すなわち,借地借家法32条1項は強行規定
に類する面を有することから,契約によって家賃増減請求権を全く否定することはできな
い。とはいっても契約自由の原則を前提とするものであるから,当事者の意思を考慮すれ
ば家賃自動増額特約の効力も否定されるものではなく,一定の合理性および当事者間の衡
平性維持28) のためにも,まず第一に適用されるのである。しかし,当該特約が事情変更の
原則29) により失効した場合には,当然に強行規定に類する面を有する借地借家法32条1項
が適用されるのである。いわば限定強行法規説に立っている30)。
なお,事情変更の原則が適用され,特約が失効する場合とは,①契約の当事者にとって
予見することができず,②当事者の責めに帰することのできない事由によって事情の変更
が生じ,③家賃増額特約をそのまま適用することが著しく不合理な結果となる場合,であ
る。
本件は,賃貸借契約締結当時,家賃の値下げについて具体的に検討したことはなかった
こと,本件賃貸借には,最低家賃額を保証する旨の明示の条項は設けられていないこと,
本件賃貸借契約では,急激なインフレ,その他経済事情に激変があったときは,協議によ
るとはいえ,本件家賃増額特約を超える家賃の増額を認めており,本件家賃増額特約を絶
対的なものとはしていないことも特約の効力判断においては考慮されるべきものであると
し,賃借人がわが国有数の不動産業者であることを考慮しても賃貸用オフィスビルの賃料
水準の急激な下落とその継続という著しい事情の変更が生ずることを予見することができ
たということはできない31) とし,それは当事者の責めに帰すべきものではない。さらに,
本件家賃の第1回の改定期における特約どおりの増額家賃額と鑑定額との差は約7%程度
28) 一定の合理性とは,将来発生するおそれのある家賃額をめぐる紛争予防の効果であり,当事者間の
衡平性維持とは,賃貸借契約自体がなお存続するのに,その一部である家賃増額特約のみを一挙に
無効とすることが,当事者の予想に反するということである。なお,ここでは公平と衡平を意識的
に区別して使用している。「衡平」とは,具体的妥当性に基づいて,法の厳格さを緩和する原理で
ある。つまり,法律は一般性を特質とするがゆえに,複雑な現実に対応できず,個別具体的ケース
において正義に合致する解決を与えないことがあり得る。そのような場合に,法律がその役割を正
しく果たすために,法律の形式的な適用を排除して,具体的正義を実現する原理である(吉田克己
「サブリース契約と衡平の原則」銀法629・4 以下(2004))。本事案では,裁判官が借地借家法32条
1項の形式的一般的適用では当事者間において正義が実現しないと判断したことになる。
29) ここでの事情変更の原則も,原審と同様,一般の事情変更の原則とは異なり,あくまでも借地借家
法32条を背景とする事情変更の原則である(清水・前掲注16)1001・58)と思われる。
30) 山本敬三氏は借地借家法32条1項と家賃自動増額特約の効力との関係に関する学説を「単純強行法
規説(道垣内・前掲注13)28頁以下,近江・前掲注15)92頁以下)」と「限定強行法規説(吉田・前
掲注15)323頁以下,松岡・前掲注15)131頁以下)」とに区分する( 民法講義Ⅳ
1 契約』617頁以
下(有斐閣,2005))。
31) この点は高裁レベルの裁判所にて,はじめてバブル経済崩壊による急激かつ継続的家賃減額予測の
不可能性を認定したものとして価値を有するものといえよう。
56
大阪経大論集
第60巻第1号
であり,第2回の改定期では約40%の差があること等を勘案すれば,第2回の改定期にお
いて当該特約は失効したものといえると判示した。
そして,第1回の改定期においては特約どおりの増額改定を認容し,第2回には,第1
回家賃額に第1回と第2回の鑑定額の比率を乗じた形で,つまり減額幅を制限した形で家
賃減額を認容した。
40】東京高判平10・12・25金商1071・36(第一審【31)
本判決は,【31】の控訴審である。一審では,賃貸人から当初の約定家賃額の支払請求
がなされ,反訴として賃借人から家賃減額請求権行使に係る家賃額の確認請求がなされた。
一審判決では鑑定額よりも若干高い家賃額をもって相当家賃額と認定され,減額請求権の
一部が認容されたため,賃借人から控訴があり,賃貸人からも附帯控訴がなされたのであ
る。本判決はほぼ一審判決の理論を受け,相当家賃額を原判決と同額とし,控訴および附
帯控訴ともに棄却した。
すなわち,家賃自動増額特約は,将来の家賃に関する当事者間の紛争を回避するための
基準として一定の合理性を有することから,賃借人に一方的に不利なものとして,特約自
体を直ちに無効と解すべきではない。しかし,賃貸借契約締結後の経済事情の変動の程度
により,家賃自動増額特約を適用した場合に,近隣の家賃水準との比較等において著しく
かけ離れた不合理な結果をもたらすようなときは,家賃自動増額特約を機械的に適用すべ
きではなく,事情変更の原則32) により,適用されなくなるものと解するのが相当である。
家賃自動増額特約は,地価または家賃水準の増加傾向の継続を前提とするものであるから,
当事者の合理的意思としても,家賃水準が低下し,その傾向が客観的長期的に継続する状
況が生じた場合になお,機械的に家賃増額を継続使用とする合意ではないと解される,と
の一般論を展開し,具体論として,(大手不動産賃貸業者による)バブル経済崩壊による
急激かつ継続的家賃減額予測の不可能性を認定し,特約適用結果は,同種ビルの家賃水準
と著しくかけ離れた不合理な結果を来たすものとして,事情変更の原則による特約の失効
を認定した。その上で,サブリース契約といえども,業務委託契約や請負契約ではなく,
あくまでも建物を賃貸借して賃借人がこれを転貸するものである。したがって,契約の解
釈運用にあたって,サブリース契約の実態および経済的機能は考慮に入れるべきであるが,
その法的性格は建物の賃貸借契約であって借地借家法が適用されるものと解されるとし,
借地借家法32条1項の適用を認定する33)。
なお,本判決では,サブリース契約の特色として次の点を指摘する。すなわち,A.賃
借人である不動産賃貸業者がビルを一括して賃借する,B.これを自己の採算をもって他
に転貸するという実態と経済的機能を有する,C.賃貸人には契約の管理の負担を免れる
32) ここでの事情変更の原則も,原審と同様,一般の事情変更の原則とは異なり,あくまでも借地借家
法32条を背景とする事情変更の原則である(清水・前掲注16)1001・58)と思われる。
33) なお,本件賃貸借契約において,契約の解釈適用に疑義を生じた場合には借地借家法等の定めると
ころにより協議する旨の条項が置かれており,この点も重視された。
射程拡大したサブリース法理(1)
57
等の利益がある,D.賃借人には新規にビルを建築して賃貸する場合に比して建築費の負
担を免れるなどの利益がある,である。
41】東京高判平11・2・23金商1071・36(第一審【35
)
本判決は,【35】の控訴審である。事案は,賃借人による家賃減額請求権行使に係る家
賃額の確認とそれに伴う過払家賃の返還を求めるものである。一審判決は合意家賃額と鑑
定額との差額を賃貸人と賃借人とが平等の割合で負担すべきものであるとして,その中間
値をもって相当家賃額としたが,賃貸人から控訴があり,賃借人も附帯控訴し,本案とな
った。本判決は一審判決の判断枠組みを概ね維持しつつ,賃借人の方が賃貸人よりもリス
クを負担すべき事由があるとして,差額を賃貸人が3,賃借人が7の割合で負担すべきと
して,減額幅を一審判決よりも少ない額とし,原判決を変更した(控訴一部認容,附帯控
訴棄却)。
賃料保証の合意ある本件サブリース契約においても借地借家法32条1項の適用があり,
そうである以上,家賃減額請求権を行使することは可能である。ただし,相当家賃額算定
において,本件契約が賃料保証の合意を含む契約であることは考慮すべき事情になる。そ
して,家賃減額請求権行使の要件である不相当性は,家賃額合意後の,賃貸事務所の家賃
の下落およびその他の経済事情の変動により判断がなされている。
42】東京地判平11・4・20(公刊物未搭載34))
事案の概要は次のとおりである。すなわち,ビルの一部の区分所有者が賃貸人であり,
賃借人との間に期間を約10年としその間の最低家賃が保証される転貸目的の賃貸借契約が
締結された。他の区分所有者も当該賃借人との間で同様の契約を締結した。賃借人は家賃
の減額請求をしたが,賃貸人はこれを拒否した。賃貸人は最低家賃保証に従い家賃を支払
うことを求めて提訴し,賃借人は家賃の減額を求めて提訴したものである。
本判決は,借地借家法32条1項の適用を否定した。したがって,家賃減額請求は棄却さ
れた。
43】東京地判平11・7・26判タ1018・267(控訴審【51
)
本事案は,土地所有者が借入れをして,新築建物を建築し,これを賃借人に一括して賃
貸するサブリース契約の事案である。本件サブリース契約は5社が競合したものであるが,
いずれの提案もA.営業用賃貸物件として第三者に転貸する,B.建物一括借り上げ,建
物管理一括受託,C.契約賃料は最低保証形式とする,ものである。なお,決定された賃
借人と合意された契約は,転貸目的の賃料保証特約付きの建物賃貸借であり,賃貸人が賃
借人に対し賃貸目的物の転貸につき事前に包括的承諾をするのと引き換えに賃料の最低保
証の合意がなされている。
34) 清水・前掲注16)判タ1105・75を参照した。
58
大阪経大論集
第60巻第1号
判決は,賃料の最低保証特約が合意されていても,本件サブリース契約は,賃貸人が目
的物を賃借人に使用収益させ,その対価として賃借人が賃貸人に対し賃料を支払うことに
ついての合意という民法の賃貸借契約の要素を含んだ建物の賃貸借であることについては
疑いがないとして,借地借家法32条1項の適用が認められるとした。そして,借地借家法
32条1項ただし書の反対解釈として,家賃減額請求が認められる限りにおいては,賃料保
証の合意は失効するとしている。
さらに,家賃減額請求権行使につき,信義則違反について判断がなされているが,本件
では信義則違反はないものとされている。
ところで,借地借家法32条1項適用にあたっての不相当性の判断にあっては,契約内容,
契約締結を巡る諸事情等についての斟酌を妨げるものではないとし,さらに,相当家賃の
決定についても,サブリース契約としての種々の特殊性,契約締結における諸事情等をも
考慮するのが相当であるとしている。本判決において初めて契約締結時(前)の事情を,
相当性判断,相当家賃決定について考慮することの妥当性が示された。
本件において考慮された契約締結時(前)の事情は,本件予約契約が,本件建物の着工
前に,賃借人が実際に本件賃借建物の引渡しを受ける前に(サブリース事業が完全に開始
する以前の段階に)おいて締結されたものであり,将来の交渉によって契約内容が変わる
可能性を内包した契約であった,という点である。
また,本件における鑑定評価にあってはサブリース契約の特殊性を何ら勘案していない。
つまり,サブリース契約ではなく通常の賃貸借契約であることを前提として評価がなされ
ている。したがって,相当家賃の判断は裁判官が個別事情を判断し,減額幅が制限された。
その他の点として,敷金額についても減額が請求されたが,これは,借地借家法32条1
項に定める減額請求は何らこれに影響を及ぼさないとして本件約定どおりの敷金額が判断
された。また,本件(予約)契約書には賃貸借条件を当事者協議の上,改定することがで
きるとの規定が存したが,これは借地借家法32条1項とは異なる規定であり,形成権では
なく,当事者間の合意で家賃を改定できる旨を定めたに過ぎないとした。ただし,当事者
の一方的な意思表示によって賃貸借条件を改定できる旨の形成権を創設することについて
合意がなされていた場合には当事者はその条項に従うべき旨の判断が示されている。
44】東京高判平11・10・27判時1697・59(第一審【38
,上告審【65
)
本判決は,【38】の控訴審である。原判決は家賃減額請求を否定するものであり,A.
借地借家法32条1項の適用排除,B.家賃自動増額改定特約は不減額特約として有効,C.
一般の事情変更の原則の適用排除,以上の結果,賃借人は約定家賃の支払いがなされるべ
きとの判断であったが,本判決では,まず,借地借家法32条1項の適用を認めるものの,
当事者は最低賃料保証の合意に縛られるのである。しかし,その合意も契約締結時の基礎
となっていた経済事情に著しい変更がある場合には,当該合意は失効し,借地借家法32条
1項に基づく家賃減額請求が可能となる。もちろん請求権の行使は信義則(あるいは禁反
言の法理)違反のないことが必要である,とし原判決を変更した。
射程拡大したサブリース法理(1)
59
また,契約締結の経緯,賃借人が繰り返し家賃保証の約束をしたとの事情は,相当家賃
を定める際に考慮すべき事情であるとしている。
本判決も家賃減額請求権行使を可とする結論を導くにあたり,スキームとしては【43】
と同じであるようにみえるが,本判決は,当事者が単なる経済事情の変動があっても,借
地借家法32条1項の家賃減額請求によっては双方の利益調整を図らないという借地借家法
32条1項適用排除の合意をしたと認定し,その合意は当事者が経済的合理性を具備した企
業であることを要件として有効性が認定されるとしているものであり,この有効な合意が
著しい経済事情の変動によって失効するまでは借地借家法32条1項の適用を排除する意味
である点で異なっている35)。
45】東京高判平12・1・25判タ1020・157(第一審【37,上告審【64
)
本件は,【37】の控訴審判決である。原審は借地借家法32条1項の適用を排除し,約定
家賃の支払いを認容したものであった。また,高裁レベルの判決では,【39
,
40
,41,
44】のいずれも借地借家法32条1項の適用を肯定し,家賃減額請求を認容しているのに
対し,本判決は借地借家法の全面適用を否定する。すなわち,当事者間の契約(特約)に
よって借地借家法32条1項の家賃増減請求権は修正され,手続や請求権の行使の効果など
限定された範囲でのみ適用があると解するのが相当であるとしているのである。
そしてサブリース契約の意義とその法的形態として,土地所有者が建築した建物を賃貸
ビル業者(サブリース業者)が一括して借り上げ,自らの採算でこれを個々の転借人(テ
ナント)に転貸し,所有者に対してはその種々の形式で定められた基準による家賃を支払
うものであり,その事業全体をサブリース業と称するとする。契約形態は,転貸を前提と
する賃貸借契約,ビル管理契約等の各種の契約がその事業目的のために統一的に組織され
て締結される複合契約であり,しかも本契約は,賃貸人と賃借人とがそれぞれの欠点を相
補って,いずれもが効率的に収益獲得のために本件共同事業に必要とされる組合的(組織
的)関係を形成する一環として,共に収益を目的とする企業同士が共同して行う収益事業
としての目的達成のために,一方の経営能力等を他方が利用する方法として成立させた契
約である。そのため,典型的な賃貸借契約とはかなり異質な性質のものであり,重層的法
律関係にある各当事者間(賃貸人と賃借人間,転貸人と転借人間)には,その各目的の達
成にそれぞれ適した法律関係が形成されるように解すべきである。したがって,本件契約
は実質的機能,契約内容にかんがみると,建物賃貸借契約とは異なる性質を持った事業委
託的無名契約の性質を持ったものと解すべきものであるとする。そのため当然に借地借家
法の全面的適用はなく,本件契約の目的,機能,性質に反しない限度においてのみ適用が
あるものと解すべきものとしている。
なお,借地借家法の全面適用を排除する要因として,事実上の家賃保証36) も挙げられる。
35) 清水・前掲注16)判タ1039・33も同旨である。
36) 事実上の家賃保証とされる理由は,本件が家賃自動増額条項と転貸料と賃料とが関連しない仕切方
式を利益分配方法として選択している点,経済事情の変動によって値上げ率の変更はあり得るとの
60
大阪経大論集
第60巻第1号
それではどの点が修正適用されたのであろうか。それは当事者間の契約条項で経済変動
における値上げ率変更の意思表示が,借地借家法32条1項の修正適用によって形成権と解
され,値上げ率が0%と判断された点である。よって建物所有者による家賃増額請求が認
められなかったことになり,この点では原審の判断が変更された。
46】東京地判平12・6・23金法1610・99
事案は土地所有者から信託を受けた信託銀行から本件建物(倉庫・事務所)を賃借人が
第三者に転貸する目的(本件は配送センター)で一括借入するものであり,契約期間は20
年,その後は5年ごとに合意更新すること,家賃は3年ごとに7%ずつ増額するものとの
自動増額特約が存し,さらに「土地・建物に関する価格その他の経済事情,近隣建物等の
賃料相場等に著しい変化が生じた場合」は,賃貸人の側で「賃料を改定することができる。」
と規定されているが,賃借人の側で家賃を減額する旨の規定は存在しない。
当該事案に対し,判決は,本件契約は「長期賃料安定保証システム」による家賃保証を
重要な内容とし,家賃減額規定の不存在と賃貸建物の建築が賃借人主導により建築された
ものであることといった契約の特質を重視し直ちに借地借家法32条1項による家賃減額請
求はできると解するべきではないとする。したがって当事者間の合意が適用されるわけで
あるが,著しい経済事情の変動が存する場合は減額請求も可能であるとする。本件は,著
しい経済事情の変動が認められるため,減額請求は可能と判断された。そして約定家賃額
と鑑定家賃額との差を考慮した上で減額請求における不相当性要件を具備したものと判断
され,減額請求が認容された。しかし,相当家賃額の判断においてはサブリース契約の特
質から,減額幅を限定すべきものとされた。
借地借家法が適用され,著しい経済事情の変動が存する場合には合意の範囲外であるこ
とを根拠として,家賃減額請求を認容した判決に【39】と【44】があるが,本判決もまず
第一に合意を優先している点で,これらと同類の判決事案であると思われる。
なお,鑑定にあっては,サブリース契約ではないとして算定された適正家賃額よりもサ
ブリース契約における適正家賃額は10%低いものとして算定がなされている。
47】東京地判平12・6・27金商1118・37(控訴審【50)
本件は,地権者であった賃貸人が大規模再開発ビルの権利変換によって取得した2階部
分の持分を自由に第三者に転貸することによって収益を上げるサブリース契約につき,賃
借人から家賃減額請求がなされた事案である。ここでは,当事者間で家賃保証の合意がな
されたものであるかが焦点になった。つまり,借地借家法32条1項は,契約自由の原則を
前提としながらも,賃貸人と賃借人の継続的な関係に鑑み,事情変更に応じ家賃の増減請
求権を認めたものであるとし,これは強行規定に類する面を有する。しかし,当該規定を
適用すると不合理な結果が生じる場合等特別の事情のある場合には適用が排除されるとす
文言と賃料額は当初合意賃料を下回ることはないとの合意からである。
射程拡大したサブリース法理(1)
61
る。本件の場合は,家賃保証の合意の証拠はなく,これは特別の事情には該当しないとし
て,借地借家法32条1項の適用を認容した。ただし,鑑定結果に従って相当家賃額が決定
されているが,それによれば,申請減額幅を縮小して家賃額が認定されている。なお,判
決文からは当該鑑定がサブリース契約の特殊性を考慮して相当家賃額を決定したかについ
ては判然としない。
50】東京高判平12・11・2 金商1118・34(第一審【47)
本判決は,【47】の控訴審判決である。賃借人が保証する家賃保証,つまりそれは一般
の家賃相場の変動等による家賃増減のリスクを賃借人が負担する一種の保険であり,サブ
リース契約はその保険を目的とする契約であり,そのリスクに対し対価が支払われている
とする。そして,サブリース契約に該当するには家賃保証の合意の存在が絶対条件であり,
この場合は借地借家法の適用外であるとしている。また,サブリース契約に該当するには
家賃の据置保証,自動増額改定特約などに関する合意の存在も附帯条件として必要である
としている。
原審は,本事案について家賃保証の合意を否定するが,本判決も同様に否定し,借地借
家法32条1項の適用を肯定する。
51】東京高判平13・3・28判タ1068・212(第一審【43)
本判決は,【43】の控訴審判決である。原審は,賃料の最低保証特約が合意されている
サブリース契約であっても,賃貸借契約の要件を具備することから借地借家法32条1項の
適用があるとして,家賃減額請求権を認容した。家賃減額請求が認められる限りにおいて
は,賃料保証の合意は失効するとし,また,家賃減額請求権行使につき,信義則違反もな
いものと判断した。
これに対し,本判決は,そもそも家賃減額請求権の行使がなかったものと認定し,原判
決を変更して賃借人の請求を全部棄却した。したがってサブリース契約につき,借地借家
法32条1項の適否を実質的に判断したものとはいえない37)。
53】東京地判平13・6・20判時1774・63(控訴審【56
,上告審【66
,差戻審【70)
本件は,不動産賃貸等を業とする専門の事業者である賃借人が,地権者と共同事業の形
態をとり,賃貸人にも相当の出資をさせた上で,賃貸人所有の土地等を敷地として建物を
建築し,建築された建物の専有部分中賃貸人が所有する部分を賃借人が一括して家賃保証
の上で借り上げ,これを第三者に転貸するというサブリース契約において,賃借人が家賃
減額請求権を行使し,その適否が争われたものである。
本判決はまず一般論として,家賃保証の合意のあるサブリース契約であるといえども賃
37) 本判決について,松岡・前掲注15)141頁は,法律問題を避けて事実認定に焦点を絞ることにより,
最も強固に減額請求を否定した判断だと考えられる,としている。
62
大阪経大論集
第60巻第1号
貸借契約そのものであるから借地借家法の適用がある。よって,借地借家法32条1項も当
然に適用になる,とする。次いで,借地借家法32条1項による家賃減額請求権行使の要件
充足につき,サブリース契約の特殊性,特に長期間における家賃保証の合意の存在を重視
し,要件充足を否定した。
借地借家法32条1項の適用要件は法文上,契約締結後の経済事情等の変動によって判断
されるべきであるが,サブリース契約の特殊性を要件適否の判断要件に入れるものであり,
そのためにはどうしても契約締結の経緯,家賃保証および家賃保証期間等の合意に至った
経緯等の契約締結前の事情を考慮しなければならず,これは借地借家法32条1項を修正適
用するものであるといえる。
56】東京高判平14・3・5 判タ1087・280,判時1776・71(第一審【53,上告審【66,
差戻審【70
)
本判決は【53】の控訴審である。原審はサブリース契約への借地借家法32条1項の適用
を肯定した上で,サブリース契約の特殊性から家賃減額請求権を否定したものであったが,
本判決では原審では認定されていなかった事実認定がなされ,この認定事実が本件サブリ
ース契約における借地借家法32条1項の適用を左右する判断要因となっている。すなわち,
転貸を目的とする賃貸借契約の終了時における転借人の使用継続が,賃貸借当事者間の合
意で保証されている場合には,終局的な建物使用者である転借人の使用が保護されるから,
単に収益を得るだけに過ぎない賃借人を統制法規である社会立法で保護すべきいわれはな
く,このような場合には借地借家法28条における正当事由が肯定されるとする。借地借家
法28条の正当事由制度による自由な解約権の制限と借地借家法32条1項による家賃抑制は,
いずれも統制法規であり,相互に補完しあいながら借家関係を規律しているものである38)。
したがって,正当事由が肯定され,当事者が自由な解約権を有する場合には,当然に借地
借家法32条1項は不適用となるのである。本件はまさにその事案である。よって,統制法
規の適用のない場合で,家賃保証のある本件サブリースの場合,当事者間の合意が両当事
者を拘束するのである。また,契約上の減額請求の合意(たとえば家賃固定の程度を緩和
し,事情変更を織り込んだ減額等を可能とする合意がされている場合や明示の合意がない
が,当事者意思の推定として認定される場合等)がある場合は当然に私的自治・契約自由
の原則により減額請求は認められるが,本件は賃貸人の合意がなく,認められない。さら
に家賃保証等の合意につき事情変更の原則も適用がないとした。
本判決の理論からすれば,賃貸借契約の終了時における転借人の使用継続の保証がない
38) 清水・前掲注16)判タ1106・31以下は,賃料増減請求権行使の可否と契約期間ないし解約制限との
間の関係の存否は,これまで意識されて論じられたことはないようであり,新しい問題提起である,
とし,同一の法律上の条文間の問題であり論理的には成り立ちうるが,それぞれの条文上にはこの
点に関する直接の手掛かりはないので,実質的・目的的に考えていくほかないとする。なお,本判
決では賃借人がいつでも解約できることが,直ちに一般的に減額請求を否定する理由になり得るか
は疑問であるとしている。
射程拡大したサブリース法理(1)
63
サブリース契約の場合は,借地借家法32条1項が適用されることとなる。
58】東京地判平14・7・16金法1673・54
複数の土地所有者が,不動産の賃貸,管理および仲介等を目的とする会社との間で事業
委託契約等を締結した上,本件建物を建築し,当該建物を共有とした。本件は,当該会社
が第三者に転貸することを目的として共有者である建物所有者から一括して賃借し,自ら
の計算で当該建物を第三者に賃貸して事業を行う事業受託方式によるサブリース契約に関
する事案である。本判決は,当該サブリース契約といえども借地借家法の適用がある賃貸
借であり,賃借人からの家賃減額請求権の行使も可能であるとした。本件では減額請求権
を認容したが,当該サブリース契約において家賃保証の面は強調されていないし,判決で
も問題とされていない。
なお,サブリース契約の場合,建物共有者の権利内容は家賃収受権のみであるといって
も過言ではなく,家賃の減額変更は共有者の権利に対して重大な影響を与えるものと考え
られ,また,A.賃貸借の中途解約権が契約上否定され,その反面,賃貸人は存続期間中
一定額の家賃を得ることを期待しうる地位にあること,B.家賃の変更については「賃料
は,租税公課の大幅な改定,その他経済情勢に著しい変動があった場合,この契約締結後
3年経過するごとに,地権者及び賃借人が協議の上改定できる」と定められており,これ
は家賃変更の合意については,賃貸人である共有者全員の同意を要するとの内容を示した
ものと解すべきであるとし,これらのAB要件を当該サブリース契約が有していることか
ら,家賃減額は変更行為であるとし,共有者全員の同意を必要とする(民251条)とした。
一方,賃貸人による借地借家法32条1項に基づく家賃増額請求権の行使は管理行為であ
るとし,共有者の持分の過半数によるもの(民252条)と解されるとしている。
61】東京地判平15・3・31判タ1149・307
本事案は,受託者が,建物の転貸事業を行う目的で,委託者のサブリース事業による事
業収支の採算性,建物建築資金の借入れ,ローンの返済方法を提案すると共に,用地の確
保,建物の設計,建築資金の融資の紹介などを行い,完成した建物について転貸事業を行
う目的で一括して借り上げるという総合事業受託方式によるサブリース契約における事案
である。家賃については空室の場合にも一定額の支払を保証する仕切り方式が採用されて
いる。
本判決は,本件サブリース契約も賃貸借契約であり,借地借家法の適用があるとする。
また,家賃自動増額特約の合意が借地借家法32条1項によって無効であるか否かについ
ても争点となったが,これについては,借地借家法32条1項は強行規定であると解されて
おり,その趣旨は,同項が直ちに家賃にかかる特約を無効とすることにあるのではなく,
家賃にかかる特約が,同項の適用を排除することができないことにあるにすぎない(
12
)
とする。したがって,賃借人が家賃減額請求をなしうる場合とは,当事者間の家賃に関す
る合意が無効である場合であり,無効であるといえるためには,同項所定の諸事由,家賃
64
大阪経大論集
第60巻第1号
が増額される時点の経済事情および従来の賃貸借関係(特に当該賃貸借の成立に関する経
緯)その他諸般の事情を斟酌し,当該合意の内容が当事者間の公平を著しく害するか否か
という基準で決すべきとしている。
本件は,A.本件サブリース契約では賃貸建物を賃借人が施工者となって建築している
ところ,賃貸人は賃借人に対し,建築請負代金全額を支払済みであること,B.契約締結
時の平成7年はバブル経済崩壊後,家賃相場の下落を予見できる状況であったこと,C.
本件家賃合意は半年近い当事者間の協議を経て,契約締結当初から賃借人に転貸による逆
鞘が発生することを見越した上で,賃貸人の事業収益を考慮して締結した経緯があること
等の事情から,本件家賃合意は当事者間の公平を害するとはいえないとし,当該合意は無
効ではないとした。
さらに,相当家賃額は,同項所定の諸事由によることなく,請求当時の経済事情および
従来の賃貸借関係,特に当該賃貸借の成立に関する経緯その他諸般の事情を斟酌して,具
体的事実関係に即し,合理的に定めることが必要である(相当地代額の算出事案であるが
【5】最一小判昭44・9・25裁集民96・625,判時574・31を引用する)とする。それは裁
判所によって定められる場合を除き,家賃が当事者の合意によって定められたものである
以上当然であり,鑑定基準をも例に挙げ,この点を強調している。
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