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「原子力発電におけるリスク管理」

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「原子力発電におけるリスク管理」
2010 年度 経済広報センター寄附講座
リスク管理と企業経営
「原子力発電におけるリスク管理」
慶應大学商学部
講師 関西電力(株) 久郷明秀
講義概要
1. 原子力の科学的意味
原子力発電の社会的意義の説明に先立って、①ウラン燃料の核分裂エネルギ
ーを取り出す原理、②核分裂エネルギーを電気エネルギーに変換する発電設
備の世界の情勢と日本の現状、③生産活動に必ず伴う廃棄物処分の現状の 3
つの視点から科学的事実、社会の現状を振り返る。
2. 原子力発電の社会的意義
地球温暖化抑制のために温室効果ガスの排出が少ない再生可能エネルギーの
期待が高まる中で、国のエネルギー資源確保の観点から安定感があり、温室効
果ガスの排出も少なくかつ安いコストで大量に発電できる原子力発電は、当分
の間エネルギー供給の中核的存在であり続けるだろう。しかしながらウラン燃料
調達から発電設備運用を経て廃棄物処分に至る核燃料サイクルの流れは、各
施設の稼動が必ずしも順調ではない部分もあり、社会の信頼を得るための経営
課題が山積している。
3. 原子力発電の本質的なリスク管理
原子力発電の運用において安全の確保は最優先事項であるが、これは原子力
発電が潜在的に持つ放射能の危害が公衆に及ぶ可能性を可能な限り低く保つ
ことである。本質的にはこれはリスク管理に帰結する。
すなわち原子力発電において「安全」とは「リスクが少ない状態」のことであるが、
この状態を保つには潜在的な危害が露見しないよう発電設備の故障を減らすと
ともに放射性物質の漏洩を防止すること、すなわちトラブルの発生確率を低く抑
えることである。
「リスク」 = 「ハザード(損害の大きさ)」 × 「発生確率」
ここで「安全」と「安心」を混同してはならない。「安全」とは客観的事実に基づく
判断、「安心」とは主観的な感覚に頼る判断である。
事業者のリスク管理は客観的な判断基準に基づいて対処することであり、このた
めには判断の指標が大切である。
原子力発電所の事故を扱うマスコミ報道では、放出放射能量(ベクレル;Bq)、
被ばく線量(シーベルト;Sv)などの用語が事故の大きさを測る指標として飛び交
うが、その意味をどこまで正しく把握できているだろうか?この意味を正しく把握
することは事業者の安全に対する取組を理解するためにも必要となる。
4. 放射能と放射線
市民がリスク認知する際に、客観的判断ではなく主観的判断を下し易い理由は、
情報不足が理由の一つであるが、「放射能」とか「放射線」のイメージに「怖さ」が
あるからでもある。
社会心理学におけるリスク認知の研究では、「未知性」と「恐ろしさ」の二つの因
子で様々なリスク認知が布置されている。原子力発電は、「恐ろしさ」因子(致死
的、制御困難、被害が拡大、将来世代への影響大…等)が大きく作用し、続い
て未知性因子(観察できない、曝されていることがわからない、新しい、科学的に
未解明…等)も作用するとされる。
そこで人々が怖いと感じ、良くわからないと感じる原子力発電所の「放射能」・「放
射線」を、自然界で日常的に存在する「放射能」・「放射線」と比較し、放出放射
能量(ベクレル;Bq)や被ばく線量(シーベルト;Sv)という客観的な指標の判断
基準を事業者の日常の取組と絡めて考察する。
5. 事業者の取組事例
(1)
耐震設計
設備の損壊に対する適切なリスク管理が行われれば、原子力発電所の安全性
は確保されるといって良いだろう。
地震が発電所を襲った時に、放射能・放射線が管理を逸脱して環境へ漏れ出な
いよう、原子力発電では土木・建築・機械・地質・地震学などの幅広い知見と技
術を集めて耐震設計がなされている。
柏崎刈羽発電所を襲った新潟県中越沖地震では、設備は設計どおり機能し、
原子炉は安全に停止した。公衆に被害を与えないとする目標を満足していたに
もかかわらず、報道された変圧器の火災映像や地震で揺さぶられた燃料プール
の水が海に漏れ出た事実が、国民の不安を招く事態となったことは、社会がハ
ザードの大きさとその発生の可能性からリスク認知する本来の姿を見失ったから
ではないか。
(2)
高経年化
社会が理性的にリスク認知していないが故に、原子力発電所の新増設が進まな
い。このことから必然的に既存設備の高経年化が進むことになる。
高経年化したプラント設備は故障が多く、信頼性が低いのではないか?との懸
念がある。これに対し事業者は、原子炉容器の中性子照射脆化や熱応力や塩
化物で耐性が変化してコンクリート構造物の強度が低下するなどの事象を評価
し、保全プログラムを策定することが義務付けられている。このプログラムは国の
技術検討委員会で有識者の客観的な確認を受けることになっている。
営業運転から 30 年を経過したプラントは、運転開始から60年を経過した時点を
想定して 10 年毎に性能が評価されており、適切な保守管理によって安全は確
保されていると言ってよいだろう。
6. まとめ
原子力発電所のリスク管理は、発電所施設が内蔵する放射能・放射線が外部環
境に影響を与えないことを目的として行われている。
社会が安全と安心を混同しないためには、自然や日常の状況と相対比較しなが
ら客観的に判断することが重要であり、事業者は透明性を高めてその判断基準
をわかり易く提示することが大事である。
以上
問い合わせ先 :久郷 Eメールアドレス:[email protected]
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