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大学生の死生観といのちの教育の影響に対する期待との関連
大学生の死生観といのちの教育の影響に対する期待との関連 福岡未紗 問題と目的 現代では,核家族化により死に直接触れる機会が減少し,映画などのバーチャルな死が溢れ,青年たちは死 について真剣に考える機会が持てずにいる。生と死,命についての学びを各家庭に頼ることは難しくなってお り,学校教育に期待されている現況である。 多くの小・中学校の教育現場では,生や死,あるいはいのちを題材とした実践を行っている。近藤(2003)は, こうした実践を仮に「いのちの教育」と呼称し,いのちのかけがえなさ,大切さ,すばらしさを実感し,それ を共有することを通して,自分自身の存在を肯定できるようになることを目指す教育的営みと定義した。 近藤(2009)は全国の小中学校を対象にアンケート調査を行い, 「いのちの教育」の実態調査をした。これによ り,いのちの教育の実態及び,教師の意識や児童生徒の反応は明らかになった。しかし,それは教師生活の上 で培われたものであり,教師になる以前に準備された価値観や経験,態度というものは分かっていない。学校 教育におけるいのちの教育の推進が求められている今,教員歴に関係なく,いのちの教育は行われなければな らない。9 年という短い義務教育の期間で子どもにいのちの価値観を身に付けさせるには,教壇に立つ以前から の思考態度も重要になってくると考える。 いのちの教育には,教師の生や死に対する捉え方,すなわち死生観が重要になってくる。近藤(2009)の調査に よれば,その人なりの死生観の確立が大切だと感じている教師は 6 割近くいる。教師と言っても,新任の多く は青年期であり,大学を出たばかりである。齋藤・小林・丸山・花屋・柴田(2001)によれば,大学生を縦断的に 検討したところ,恐怖の対象でしかなかった「死」を自分の生きる意味や生死の観点から主体的に考えられる ようになり,死生観としてのまとまりを見せるようになったという。青年期において死を主題に扱うことは, その後の人生に対する基盤を形成することにも関連し(丹下, 1999),教師を志す大学生においては,いのちの教 育に向かう姿勢となるものであると考える。 教育は目標があるからこそ行われるものであり,それはいのちの教育も例外ではない。赤澤(2005)によれば, いのちの教育を行う多くの教師が,いのちの教育とは目先の効果を求めるものではないと述べており,死を見 据え,考えさせる授業をしたいと語っている。また,いのちの教育は子どもたちに多くの影響を及ぼす。赤澤 (2005)の研究では,いのちの教育を行うことで,子どもにポジティブな反応とネガティブな反応の両方が見られ ることが明らかになっている。教育による影響は子どもたちが学び,考えるものによって個人差があるが,そ こには必ず教師の意図があり,それはいのちの教育においても同じである。しかし,先行研究には,いのちの 教育前後の子どもの変化の研究は多々あったが,教師側が期待するいのちの教育の影響に関する研究は見られ なかった。 以上のことから本研究では,いのちの教育の影響に対する期待を測定する尺度を作成し,将来教師を目指す 大学生を対象に死生観といのちの教育の影響に対する期待との関係について検討していく。 方法 教員養成系の大学生が考える「いのちの教育」の影響についての尺度を作成することを目的として,愛知教 育大学の学生 53 名(男性 3 名,女性 50 名;平均年齢 20.70 歳;標準偏差 0.61)に,予備調査を行った。①いの ちの教育のイメージについて,②いのちの教育の影響についての 2 項目を設置し,自由記述で回答させた。② の回答を基に KJ 法によるカテゴリー分類をし,「自分を大切にしよう」,「自分以外を大切にしよう」,「前 向きに生きよう」,「『いのち』について考える」,「死への恐怖」,「死への不用意な興味」の 6 カテゴリ ー27 項目からなる「いのちの教育の影響尺度」を作成した。 1 次に,教員養成系の大学生を対象に,死生観といのちの教育の影響に対する期待との関係を調べることを目 的として,愛知教育大学の学生 142 名(男性 61 名,女性 81 名;平均年齢 19.38 歳;標準偏差 1.07)に本調査を 行った。 質問項目(1)では,予備調査①の結果を基に「いじめ」,「自殺」,「虐待」,「薬物依存」,「生命の誕生」, 「生命の終わり」,「自分の生き方」の 7 項目を選出し,自分のいのちの教育のイメージ一番近いものから 1 位から 5 位まで順位づけること,同順位は付けないことを指示した。 質問項目(2)では,「いのちの教育の影響尺度」を使用した。項目がいのちの教育を受けた人に与える影響と してあるかどうかを 5 段階で評価するよう指示した。 質問項目(3)では, 「青年期における死に対する態度尺度(丹下, 1999)」から一部表現を修正して使用した。こ の尺度は「死に対する恐怖」 , 「生を全うさせる意志」 , 「人生に対して死が持つ意味」 , 「死の軽視」 , 「死後の生 活の存在への信念」 , 「身体と精神の死」の 6 つの下位尺度から構成された。項目数は 38 項目であり,これらの 死の捉え方について,5 段階で評価するよう指示した。 結果と考察 1.尺度の検討 「いのちの教育の影響尺度」の 27 項目について因子分析を行っ た(Table1)。 第Ⅰ因子は,自分の生を喜び, 他者の存在を意識すると考える 因子として「いのちへの感謝」と 命名した。第Ⅱ因子は,死への恐 Table1 いのちの教育の影響尺度項目における因子パターン(主因子法・プロマックス回転後)及びα係数 質問項目 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅴ いのちへの感謝(α=.90) 質問番号 h2 15 親など,自分の周りの存在に感謝する .76 .04 .07 -.21 .06 .55 20 自分が生きていることへの喜びを感じる .73 .04 .05 -.10 .05 .55 18 当たり前だと思っている自分のいのちに感謝し,大切に思う .69 -.07 .23 .04 -.06 .68 11 精一杯生きるようになる .67 -.01 .16 .07 -.09 .59 17 人に限らず,いのちあるものを大切に思う心が育つ .64 -.10 .06 .09 .00 .51 07 他者の事を考えられるようになる .62 .06 -.31 .09 .17 .43 14 自分の生がどれほど奇跡的なことか理解する .62 .14 .16 -.07 -.02 .51 08 毎日を大切にしなければならないと感じるようになる .50 -.01 .30 .08 -.10 .50 25 いのちの重みを知る .39 .03 .28 .01 .17 .52 死の意識化(α=.79) 怖を感じたり,死に対して興味を 19 子どもの死への恐怖を増長させる -.07 .86 -.03 -.15 .00 .67 24 様々なものの死について必要以上に興味を抱く -.03 .75 -.08 .08 .03 .59 抱いたりすると考える因子とし 27 死ぬことが怖くなる -.06 .66 .32 -.20 .11 .51 12 不必要にいのちを奪う行為の発端になってしまう .31 .53 -.32 .08 -.14 .42 05 死への恐怖を与えてしまう -.15 .50 .32 .13 .04 .42 06 死に対して不用意に興味を持つ .16 .41 -.11 .25 -.16 .33 て「死の意識化」と命名した。第 Ⅲ因子は,いのちについて思考し, 生を大切にする意識を持つと考 える因子として「いのちの大切さ いのちの大切さの認識(α=.80) 09 自分の生を大切にしようという意識が芽生える .32 .05 .65 -.03 -.09 .68 10 いのちを考えるきっかけとなる .10 -.12 .62 .09 .03 .54 04 いのちには「終わり」があるからこそ大切にしたいと思う .06 .03 .52 .12 .04 .42 13 いのちについて見つめ直すことができる .32 -.11 .42 -.14 .20 .51 -.17 -.03 .22 .84 .04 .75 .09 -.05 -.04 .65 .01 .46 -.02 .17 .15 .51 .17 .55 の認識」と命名した。第Ⅳ因子は, 自殺を防いだり,いじめが減った りすると考える因子として「自 自殺・いじめ防止(α=.78) 01 自殺を防ぐ 21 自殺を思いとどまるようになる 02 いじめが減り,いじめ防止意識が高まる 自他に向き合う(α=.79) 殺・いじめ防止」と命名した。第 03 自分の行動を見直す機会になる -.09 .04 .01 .05 .81 .64 23 他者と関わる時,思いやりを持って接することができる .28 -.07 -.06 .10 .57 .58 Ⅴ因子は,自分を見つめ直し,他 22 自分の心に向き合う .32 -.09 -.02 -.01 .54 .53 者を思いやるようになると考え 26 「死ね」などの心ない言葉を口にしなくなる .31 .24 .02 .20 .08 .40 16 いのちは大切にしなければいけないと思う .37 -.06 .60 .10 -.17 .68 .21 .57 .58 .52 .13 .34 .13 .42 .48 る因子として「自他に向き合う」 因子間相関 Ⅰ Ⅱ と命名した。 Ⅲ Ⅳ 「青年期における死に対する .38 態度尺度(丹下, 1999)」については,丹下の提唱した下位尺度を使用した。それぞれの下位尺度でα係数を求め たところ, 「死への恐怖」が.86, 「生を全うさせる意志」が.73, 「人生に対して死がもつ意味」が.71, 「死の軽 視」が.54, 「死後の生活の存在への信念」が.81, 「身体と精神の死」が.54 であり,一部のα係数の値は高いと は言えなかった。 2 2.いのちの教育のイメージについての検討 いのちの教育のイメージを順位づけ,その有意差を検討す るため,フリードマン検定を行った(Figure1)。その結果,そ れぞれにおける平均ランクは, 「自殺」が 5.23, 「生命の誕生」 が 5.03, 「いじめ」が 4.48, 「生命の終わり」が 4.07, 「自分 の生き方」が 4.01, 「虐待」が 2.85, 「薬物依存」が 2.34 であ Figure1 いのちの教育のイメージ項目の平均 った(χ2(6)=180.02, p<.01)。 また,項目間の有意差を検討するため,ウィルコクソンの符号付順位和検定を行った。その結果,以下の項 目間において有意差が見られた(p<.01)。 ・自殺>いじめ>虐待>薬物依存 ・自殺,生命の誕生>生命の終わり,自分の生き方>虐待>薬物依存 3-1.青年期の死生観といのちの教育の影響に対する期待との相関関係との検討 Table2 青年期の死に対する態度尺度といのちの教育の影響尺度の相関係数 いのちの大切さの いのちへの感謝 死の意識化 認識 自殺・いじめ防止 自他に向き合う 青年期の死生観といの いのちの教育の影響尺度 ちの教育の影響に対する 期待との 2 因子間の相関 関係を検討するため,それ 青年期の死に対する態度尺度 死の恐怖 生を全うさせる意志 人生に対して死がもつ意味 ぞれの下位尺度を変数に 相関係数を算出した (Table2)。 死の軽視 死後の生活の存在への信念 .28 ** .34 .23 * .15 .40 ** -.10 .37 ** .23 * .31 ** .41 ** .13 .30 ** .19 * .32 ** -.23 ** .03 -.13 -.14 -.19 * .34 ** .08 .18 .09 .20 * -.10 -.16 -.18 -.10 -.16 身体と精神の死 **p <.01 *p <.05 ** .15 3-2.青年期の死生観といのちの教育の影響の対する期待とのパス解析 青年期の死生観といのちの教育の影響に対する期待との関係を検討するため,構造方程式モデリングを用い たパス解析を行った(Figure2)。 死への恐怖 (1)「死の意識化」への影響 「死への恐怖」が高まると「死の意識 生を全うさせる意志 .21 .29 .29 化」も高まる影響が見られた。松下・尾 方(2007)は,死の不安が高い場合,死は 人生に対して死がもつ意味 いのちへの感謝 -.39 R 2 =.22 死の意識化 .23 R 2 =.19 .22 素晴らしい生を奪い,有限性を与えるネ いのちの大切さの認識 .26 ガティブなものと捉えると述べている。 死の軽視 現代社会は死から逃避し,死を遠ざけよ R 2 =.09 自殺・いじめ防止 うとする人が多い(藤原, 2012)。それは, 死後の生活の存在への信念 R 2 =.17 自他に向き合う 死に触れることが,自らの死の恐怖を呼 身体と精神の死 び起こすためだろう。故に,いのちの教 育の影響として,子どもが死などに近づ R 2 =.30 .51 Figure2 青年期における死に対する態度尺度といのちの教育の影響尺度のパス解析の結果 くことで,死に対する恐怖や興味が生じてしまうことを心配しているのではないかと考える。 一方で, 「生を全うさせる意志」が高まると「死の意識化」は弱まる影響が見られた。本研究も丹下(1999)と 同じく, 「生を全うさせる意志」が「死への恐怖」と比較的強い正の相関をもった。しかし,自我発達レベルや 自己受容度とは有意な正の関係が示されている(丹下, 1999)。したがって, 「生を全うさせる意志」とは,死を 恐れながらも,自己を受け入れ,確立するものであると言える。故に,いのちの教育の影響について,死を恐 れたり面白がったりするものより,自らが生きていることを喜び,自らを見直す影響の方がより子どもに現れ ることを期待しているのではないかと考える。 3 (2)「いのちへの感謝」 , 「いのちの大切さの認識」 , 「自他に向き合う」への影響 「生を全うさせる意志」及び「人生に対して死がもつ意味」が高まると, 「いのちへの感謝」 , 「いのちの大切 さの認識」 , 「自他に向き合う」が高まる影響が見られた。 「生を全うさせる意志」や「人生に対して死がもつ意 味」が高まることは,生と死の両方を重く受け止め,死を生との関わりという視点から捉えることを表す(丹下, 1999)。故に,死を思考することは大切なことであると考え,自ら死について思考を深めることもあるだろう。 石井(2013)は,死を考えることは,時間的有限性の気づきや現在の生に対する充実,また,人と人との出会いの 素晴らしさや生きることのかけがえのなさにも気づくとしている。それ故,いのちの教育によって,子どもが 生や死について思考することで,いのちの大切さや他者との関係の素晴らしさ,現在を生きている感謝を感じ る影響があることを期待すると考えられる。 (3)「自殺・いじめ防止」への影響 この尺度には,どの変数からも影響がなかった。しかし,いのちの教育のイメージでは, 「自殺」が最もイメ ージの強いものであり, 「いじめ」のイメージも高かった。この尺度がいのちの教育の影響に対する期待の中で も重要な観点であることが分かる。 影響が出なかった原因として, 「青年期における死に対する態度尺度(丹下, 1999)」を用いたことが挙げられ る。この尺度は本人が自己の死もしくは一般的な死に対して抱いている態度を扱っている(丹下, 1999)。 「自殺・ いじめ防止」では,自殺やいじめを抑える影響が求められている。それは,自殺やいじめに対して考えた際に 引き起こされる反応であり,自己の死や一般的な死などを考えた際に引き起こされる反応ではない。故に,死 生観から「自殺・いじめ防止」の間に影響が見られなかったのではないかと考える。 今後の課題: 本研究では,将来教師を目指している大学生の死生観といのちの教育の影響に対する期待との関係を検討し た。その結果, 「生を全うする意志」と「人生に対して死がもつ意味」からの影響が見られた。これらの死生観 を深められれば,いのちの教育の影響に対する期待はより高まるだろう。死生観教育による実践の効果につい ての検討は今後の課題である。一方で, 「自殺・いじめ防止」に対しては死生観からの影響が見られなかった。 子どもの自殺やいじめは社会問題にもなっており,その防止は,いのちの教育の影響の中でも,とても重要な 観点である。よって, 「自殺・いじめ防止」に影響を及ぼす死生観についての検討が必要である。 引用文献 赤澤正人 (2005). 学校現場におけるデス・エデュケーションの実践内容 生老病死の行動科学, 10, 35-46. 藤原芳朗 (2012). 死を通して生の大切さを学ぶ意味 川崎医療短期大学紀要, 32, 27-32. 石井 僚 (2013). 青年期において死について考えることが時間的態度に及ぼす影響 教育心理学研究, 61, 229-238. 近藤 卓 (2003). いのちの教育――はじめる・深める授業のてびき 実業之日本社 近藤 卓 (2009). わが国におけるいのちの教育――全国実態調査の結果から 現代のエスプリ, 499, 45-52. 松下姫歌・尾方 綾 (2007). 青年期における死の不安と「死」 ・ 「生」 ・ 「自己」のイメージ――DAS と SD 法を 用いて 広島大学心理学研究, 7, 325-337. 齋藤和樹・小林寛幸・丸山真理子・花屋道子・柴田 健 (2001). 看護学生における人生の意味・目的意識の変 化について――PIL のパート A の縦断的分析 日本赤十字秋田短期大学紀要, 6, 9-18. 丹下智香子 (1999). 青年期における死に対する態度尺度の構成及び妥当性・信頼性の検討 心理学研究, 70, 327-332. 4