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財務諸表の拡張と監査実務の対応
Title Author(s) Citation Issue Date 財務諸表の拡張と監査実務の対応 檜山, 純 經濟學研究 = ECONOMIC STUDIES, 52(3): 125-131 2002-12 DOI Doc URL http://hdl.handle.net/2115/32268 Right Type bulletin Additional Information File Information 52(3)_P125-131.pdf Instructions for use Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP 経 済 学 研 究 52-3 北海道大学 2 0 0 2 .1 2 財務諸表の拡張と監査実務の対応 檎山 1.問題の所在 純 改訂が行われている。しかし,会計基準を改訂 しでも,それを適用する企業の経営者に会計操 2 0 0 1年末のエンロン破粧を契機に,米国では 作への動機があり,適切な企業統治が行われず, 企業不祥事,とりわけ会計不正の発覚が続出し 監査が有効に行われていなければ,株式市場に ている。一般に認められた会計原期 l こ違反ある 。 、 おける信頼は由復されな L いは悪用した「腐ったりンゴ」への不信は企業 関係者が各々の責任を適切に果たすことが求 会計への不信となり,企業の公表する業績は信 められているが,実際には監査人が不正発覚後 用されなくなっている 特に,企業質収の際 の賠償責任を転嫁されている。米国の会計事務 に重用された EBITDAを指標に用いる企業の 所は,不正を看過した際に株主集団訴訟により 株価は軒並み急落した 2)。 巨額な損害賠償を支払わされるリスクを常に抱 企業会計への不信の矛先は,会計基準の設定 主体である F ASB,財務報告書を監査した公認 会計士,監査基準の設定主体となる AICPA, えている。監査実務関係者にとって実務の改善 は緊急の課題である。 財務報告において報告書と監査実務の関係を ,さらには中立である 証券市場を監督する SEC 睦史的に概観すると,資金調達の主な源泉の変 べき証券アナリストなど,財務報告に伺らかの 化に伴って財務報告書に求められるものが拡張 形で関与した者すべてに向かっている。財務報 され,それに伴い監査の範盟も拡張されてきた 告制度全般の信頼性が失われた結果,株式市場 といえる九米国では,エンロン事件が発覚す から債券市場へ資金がシフトするなど,株式市 る以前から, リスク・アプローチに基づく 場そのものを敬遠する動きすらみられている。 実務の不備と,現行の監査基準書である S AS これに対して,米国では,いち早く会計基準の 第8 2 号「財務諸表監査における不正の検討Jの 限界が指擁されていた。これに応じて,エンロ 1)たとえば,会計疑惑が生じたタイコ・インターナショ ナノレと悶様の食業矯迭であるというだけで, GEま で不正が疑われた。 2 ) EBITDAとは, E a r n i n g sB e f o r eI n t e r e s t .T a x e s . D e p r e c i a t i o nandA m o r t i z a t i o n (利払い前・税引 き前・償却前利益)の略である。金利や税率,会計 基準の格違の影響が最小になるとみなされるため, EBITDAに対して企業価値(負債+株式時価総額) が{阿倍にあたるかを計算した EV/EBITDAが利用 ン事件直後にはなってしまったが, SAS第四 号の改訂公開草案が公表されている。これに対 0 0 2年にわが国で公表された新監査 し,開じく 2 基携は,米国型のリスク・アプローチの徹鹿を 目的としている 41。現在の会計・監査がおかれ る厳しい現実と日米各々の監査基準の設定の動 きを麓みるとき,米国のリスク・アプローチの された。米国では通信関連の企業の収益力比較に多 用されたが,ワールド・コムが販売管理費に計上す べき費用を設備投資とみなして EBITDAの利益か さ上げを行ったことから, EBITDAの数値の信頼 が失われている。 3)拙稿[ 2 0 01 ]0 4 )r~談会致資基準の改訂をめぐって J rJICPAジャー 6 0 号 , 2 0 0 2年 , 1 12 5頁。 ナ ノ レJ第 5 也 1 2 6( 4 1 0 ) 経済学研究 背景と変化の方向性を再分析しておくことは重 要であると考えられる。 本稿は,手J I 用目的の変容とそれに伴う報告書幸 5 2 3 財務諸表監査への移行初期,貸器対照表監査 の頃求められた資産の実在性に関する監査実務の 不備がマッケソン・ロビンス会社事件により の拡張 l こ対応すべき監査実務の対応を分析する した 6)。その後会計基準の不備が揖題となるたび ものである。 に基携が改訂された。複数存在する会計方法で 行われる期間損益計算は,見積もりを含むために 2 .財務報告書の拡張と監査実務の対応 経営者の窓意的な裁量の余地が残存せざるをえな い。そのため,一般に認められた会計原則と経営 米閣では, 2 0 t 世紀初頭,企業の主たる資金調 者の選択した方法が合致するか否かに関して一般 達を金融機関からの短期措入で行っていた。金 に認められた監査基準に携拠した監査が行われる。 融機関は信用能力を示す財産自録,すなわち貸 監査人は,一般に認められられた監査基準に準 錯対照表の提出を要求したため,監査実務にお 拠して監査を行っていさえすれば,後に財務諸表 いては貸借対照表監査が行われてきた。 中に不正が発見されでも免責された。しかし, 1 9 2 0 年代半ばから株式市場を通じた直接金融 1 9 6 0 年代後半から,監査人には監査基準の準拠 の割合が増したため,企業への資金提供者は金 を理由にした免貰が認められなくなり,不正発 融機関から一般投資家へとシフトした。投資家 見を監査人に期待した大衆から莫大な損害賠償 は,企業のアカウンタピリティに加えて,投資 を請求されるようになったのである。このこと 意思決定に有用な情報としての期間損益計算を は,財務報告書の拡張に監査実務が追いつかな 重視した。そのため,企業の財政状態をあらわ かったことに主な原因があると考えられる1)。 す費措対照表に企業の経営成績をあらわす損益 1 9 6 0 年代後半以降,投資家の中でも機関投資 計算書を加えた財務諸表の公表を企業に求めた。 家が台頭した。機関投資家は,買収の擦の投機 米国株式恐慌後に法定監査となった財務諸表監 的意思決定の判断資料として財務諸表を用いた。 査では,一般に認められた会計原則と,経営者 そこでは,財務諸表のうち,株式時価総額と帳 が選択した会計処理方法とが合致しているか否 簿価額との差額をより重視する。ここでの企業 かについて意見表明が行われることとなった。 とはそノである。機関投資家は,企業費収によっ ここでの監査報告書は,独立した職業専門家で て儲かるか否かを判断するために企業価値の湖 ある公認会計士による保証の役観を担うことに なる。 会計監査実務では,監査の主題となる報告書 の拡張に対して適時かっ適切に対応することが 求められる O 監査実務が報告書の変化に追いつ かない場合,期待ギャップが表面化する 5)。そ れは端的には監査人への訴訟としてあらわれる。 5)期待ギャップは,監査人の責任委員会の報告書(通 称コーエン委員会報告書)によって公式に明らかに されたものである。期待ギャップの中には,監愛人 に賓任を転嫁したものや,過剰で不適切なものも存 在する C C o h e nR e p o r t [ 1 9 7 8 ],p p. 1 -2;[訳書]2-3 頁)。本穏においては,期待ギャップと称されるものの うち,監査実務に合理的に向けられたものに限定して 論じている。 6) マッケソン・ロビンス会社事件は,法定監査成立後 初の大がかりな不正事件として有名である。槻卸資 産の実在性が問題となったが,担当していた会計事 務所プライス・ウォーターハウスはさ当時の監査基準 に準拠した霊長査手続を行っていたと認定され,基準 上の不備が爵われた。この件は,財務諸表監査への 号、表監査に 移行が遅れたのではなく,従前の貸借対R おいても必要な実務が整備されていなかったことに よる。このように,濫資実務に対する期待ギャップ は,財務報告書の変化への対応の遅れと,変化以前 の監褒実務上の不備の 2つが原因となると考えられ る 。 7)その他の理由としては, 1 9 6 6年の連邦民事手続治2 3 条の修正もあげることがで‘きる。これにより株主集 包訴訟を容易に起こすことが可能となり,弁護士が 積極的に訴訟事件を引き受けるようになった。 2 0 0 2 .1 2 財務諸表の拡張と監査笑務の対応檎山 1 2 7( 4 1 1 ) 定を求めたのである。企業価値の測定では,期 9 8 4年の SAS第 4 7号 「 監 査 を 実 施 す の概念は, 1 間損益もさることながら,再び資産が注目され る擦の監査リスクと重要性Jによって定義された。 ることとなった。ただし,同じ資産であっても, 監査リスクとは,監査人が誤った意見表明を 1 9 2 0年代の金融機関が担保価値を重視したもの 行 う リ ス ク で あ る 誤 っ た 意 見 表 明 に は2 種 とは異なる o f 毘庇があっては閤るために,虚偽 類が存在する。より重大な誤りは,意思決定に 記載が含まれていないという保証を監査人に求 影響するほどの重要な虚偽記載が財務諸表中に めることとなった。 存在しているにもかかわらず無眼定適正意見を 意思、決定を誤るほどの虚偽記載が存在する財 表明することである。試査の告Ij約により監査リ 務諸表で損害を被った機関投資家は,監査人の スクはゼ、ロにはならないが,社会的に許窓可能 主張する一般に認められる監査基準の準拠を理 である合理的に低い水準にまで下げるよう 1 へ 由にした不正の看過を納得しなかった。彼らは 監査計画を立案し,監査業務を実施することに 虚偽記載の中でも不正の発見を監査人に要求し 第4 7号 は 重 要 性 と の 関 連 か ら 規 定 なる。 SAS た。不正の発見は第一義的な責任ではないとい されたものであるが,呉体的なリスク・アプロー う監査人の主張は認められず,訴訟による負担 9 8 8 チ対応、の実務指針ではなかった。このため 1 だけが増加した。 年 , しかし,試査による監査ではすべての不正を 9つの SASが公表された印。これらにより 従来の伝統的内部統制アプローチは放棄され, 発見することは不可能である O 監 査 報 酬 は 増 加 戦略的かっ効率的に監査を行うリスク・アプロー しないため,精査はコストにあわない。監査人 チが主体に据えられたのである山。 は隈られた時間とコストの制約の下で虚偽記載 リスク・アプローチでは,財務諸表の作成過 を発見せざるをえない。財務諸表の利用呂的の 程を分析し,)$y偽表示の生じる可能性の大きい 0数 年 , 監 査 実 務 で は 虚 偽 拡張から遅れること 1 領域へ効率的に監査資源を投入する。リスク・ 記載に対臨したリスク・アプローチと呼ばれる アプローチにおける掴有リスクと統制リスクは, 手法が導入されたのである九 監査プロセスと独立に決定する。 1 )スク・アプ ローチにおいて,監査人は,監査リスクを適正 3相リスク・アプローチの導入 リスク・アプローチは, リスク概念の導入によ る効率的な監査実務である九 AICPA のリスク・ アプローチの原型は, 1 9 8 1年の SAS第 四 号 「 サ ンプリングJといえるヘ根底をなす監査リスク 1 9 2 9王 手 の AIA r 財務 諸表の検証J以降,内部統制の有効性に依拠した監 査実務であった。 8) リスク・アプローチ以前は. 9)リスク・アプローチは,通(J~,以下の式で説明され ている。 AR=IRxCRxDR AR:a u d i tr i s k C 駁査ワスク) IR :i n h e r e ntr i s k(国有リスク) CR:c o n t r o lr i s k C 統制リスク) DR:d e t e c t i o nr i s k C発見リスク) 詳細は, SAS第4 7号を参照されたい。 1 0 )監査の効率化については,さらに 1 9 6 2年の「統計サ な範囲に収めるために発見リスクを求め,算定 ンプリングと独立公会計士」までさかのぼることが できる。 1 1 ) SASでは,監査リスクは 2種類に分類されている。 財務諸表全体のレベルにおけるものと,側々の勘定 残高または取引の種類のレベノレにおけるものである。 1 2 ) 5%程度が日擦となることが多 L、。主基準J 二は「口一 レベル」という言葉で説明されている。 1 3 )SAS第5 3号から第 6 1主ままでをさす。具体的には不 正および違法行為に穏する監査人の賞任,標準監変 報告書の文面,分析的手続,継続企業の存続性に関 する評価などについての基準である O 1 4 ) 従来試変の範闘を決定するために行ってきた内部統 制i の評価を,統制 1 )スクの評価,すなわち内部統制 で虚偽記載が発見されないワスクを考慮するための 内部統制の評錨へと変えた。とりわけ SAS第5 3号で, 企業の内部統治j に依拠することで試査の制約を補う 姿勢が改められ,経営者の誠実性と内部統制に依拠 しない歎資実務が取り入れられることとなった。 1 2 8( 4 1 2 ) 52-3 経済学研究 された発見リスクによって監査を計画し,監査 な影響を与える虚偽記載,すなわち不正と誤謬 を実施することになる。その際,分析的手続に のうち,不正の発見がより重要損された。そし よる数値の利用も行われる O 試査による経営者 て,新たに, の見積もりや判断といった不確定な要素の検証 )ス 用いて実務の改善を試みたのである。不正 1 I 不正 1 )スク要国Jという概念を 可能性が残存せざる には,必然、的に麗偽記載の 1 ク要国は,不正な財務報告による)虚偽記載と資 をえなし、。しかし,虚偽記載の可能性の大きい 産の横領による虚偽記載に分類され,実務上の ところに重点的に監査資源を投入することによ 対応がなされた。 り,監査の失敗は減少すると考えられた。一連 しかし, SAS第 8 2号は,監査人の責任を軽 の基準書はリスク・アプローチの導入により期 減しなかった。 ASBが初めて財務諸表監査に 待ギャッフ。の縮小が意留されたことから,期待 おける監査人の不正発見責任を肯定的に受け止 ギャップ基準書と呼ばれている O しかし,期待 め,監査の対応を変更したにもかかわらず,監 キ、ヤッフ。は縮小ど、ころか拡大し,監査人はディー 2号の実施後も 査人は敗訴し続けた。 SAS第 8 プ・ポケットとみなされ,提訴され続けた。 不正は減少せず,社会問題となっていた。財務 その一因は,多くの監査人がリスク評価の判 諸表の利用自的が変化し,会計計算が拡張され 断の結果に注意を払わず,実証性テストによる たにもかかわらず,監査実務の対応、が再び遅れ 監査実務を行 L、続けてきたことにあるへさら たからである。 3号は, に , SAS第 5 もっとも期待された不正 の発見に関して監査人の対応の具体性に欠けた 4 . リスク・アブローチの離界 基準であった。不正,とくに経営者が関与した 9 8 8 年以降もたびたび発覚した。 1 9 9 3 年 , 不正は 1 POBは 不 正 問 題 に 関 す る 勧 告 を 行 っ た O 株式市場では, 1 9 8 0年代から,機関投資家の 中でも年金基金の株式保有割合が伸張した。企 AICPAもようやく SAS第 5 3号では不正による 業の株式市場を通じた資金調達は,年金基金が 虚偽記載を発見することが不十分であることを 加入者から受託した莫大な資金によって行われ 9 9 7年 2月 , ASBはSAS第 認識した。そして, 1 るようになった。現代の大規模株式公開会社は, 8 2号を公表したのである。 所有と経営が分離する出。その結果,経営に疑 SAS第 8 2号では,監査人に対し,財務諸表 義のある株主のとることのできる手段は,株主 中に誤謬や不正による重要な車偽記載が存在し 総会で発言するか,保有株式を売部するかのい ていなし、かどうかについて,合理的な保誌を得 ずれかである。ところが,年金基金は,あまり るために監査を計麗し,実施する責任があると にも保有株式が多くなりすぎた。大量に売却し 規定されたヘ監査人が負うべき責任の範囲を, た場合に損をするのは年金基金自身である。年 監査上の不正概念,監査証拠の性質と不正の性 格に基づく不正発見の合理的な保証,および職 業的専門家としての正当な注意の点から考察し, 監査人の不正発見責任の水準と限界を明確にす るアプローチが採用されたヘ意思決定に重要 的懐疑心をもって正当な注意を払って監査を実施し でも一定の限界を免れないことを明記している。ま た,不正の性格放に,監変言十酒や実施が適切になさ れたとしても,重大な虚偽記載が発見されない場合 があるという表現て、鹿資の限界を述べている。向日寺 に二重愛 f 壬の際目J Iについても明記し,経営者の財務 1 5 )P O B [ 2 0 0 0 ],A p p e n d i xA ;[訳書], 2 6 3 2 6 4賞。 1 6 ) SASN o . 8 2,p a r .1 なお, SAS 第8 2号についての箆査人の主主任につい ては,地稿[19 9 9 ]で論じている。 1 7 ) 不正の賂語も f f r a u d Jへと変愛された。なお,職業 諸表作成笠任も明記した。詳しくは第8 2 考により改 訂された SAS 第 1号 ( AUS e c .1 l0 lを参照されたい。 1 8 )狭義には「所有と支配の分離j であるが,本穏にお いてはパー I } &ミーンズ以来の所有と経営の分離の 概念、を通称的に照いている。 2 0 0 2 .1 2 財務諸表の拡張と監査実務の対応治山 1 2 9( 4 1 3 ) 金基金は,従業員が委託した資産の運用と維持 るかを評価するものである。そして,統制リス に責任があるため,容易に売却損を計上するわ クは,実務上国有ワスクと結合して評価される けには L、かない。また,売却先も他の年金基金 ことが多い。閤有リスクと統鶴リスクの評価の ほどの規模に限られるため,年金基金は長期保 結果,実証性テストの実施時期と範簡が決定さ 有者とならざるをえなくなったのである。長期 れる。この意味では,会計と監査は一体である。 保有者となった年金基金は,株主総会において ところが,財務諸表は公正価値計算を含めて 発言をすることでコーポレート・ガパナンスの 作成され,伝統的な会計実務を越えたリスクを 一翼を担うこととなった。彼らが企業に求める 含むものに変化した。しかし, SAS第 8 2号は ことは,長期の安定成長である。長期的成長を リスク・アプローチの徹震によりあまりにも従 判断するための意思決定の資料として,彼らは 来の歴史的財務諸表の監査に密接に結び付いた 財務諸表の中に将来キャッシュ・フローを判断 ために,それ 、外の情報に適応できず,変化に することのできるものを求めた。その結果,財 対応しきれなかった 19)。たとえば不正リスク要 務諸表は公正価値を含んで作成されるものとなっ 因という概念を導入したにもかかわらず,閤有 たのである。 o リスクおよび統制ワスクの概念の中に不正リス 公正価値会計による財務諸表作成の端緒は, 1 9 8 5 年の新しい退職給付会計基準の導入であろ クを明確に含まなかった。また, ビジネス・プ ロセスやそれに関連するリスクの評価も必要と う。退職給付会計の計算においては,予定利率 しなかったのである。このような SAS第 8 2号 や予定昇給率などの算定が必要である。これは は,経営者不正の発見には不十分とみなされ f こ 却 ) 。 経営者によって統制することが不可能な将来の 外的経済環境についての見積もり計算である。 同様に,不正な慰務報告全米委員会後援組織 算からでは導き出されえない数値が含まれる。 F 不正な財務報告:1 9 8 7 1 9 9 7 年 米 自 公 開 会 社 の 分 析Jでも, ワスク・ たとえば予定昇給率の算定の場合,将来の物仮 アプローチの問題点が指摘された。すなわち, 従来の麗史的原価に基づく過去の数植による計 委員会の委託報告書 水準の変動や,酒々の従業員の将来の給与水準 これからの監査人には,企業の属する産業に特 の見積もりが必要とされる。 有なリスク,経営者の事情,外圧,および内部 このようにして作成される財務諸表は,将来 統制を理解するために財務諸表の領域を越える の景気変動や企業を取り巻く経済環境,産業特 調査が必要であり,かっ様々な源泉から情報を 有のリスクが考慮された数値を含んで作成され 検討しなければならず,さらに企業統治が脆弱 るO 資産・負債の変動は公正価値で測定される な場合には 21)J:り大きな潜在的監査リスクの存 ことが求められ,公正{高値による評価には将来 在を考慮するよう求められるとしている。 キャッシュ・フローの現在価髄の測定が必要と )スクの分析や経営者による株価 産業特有の J された。 このような変化に対して,監査はまたもや適 時に対応できず, リスク・アプローチの眼界を 露呈させた。伝統的な財務諸表は,生じた経済 事象のうち会計上の認識すべき事象を抽出し, 測定,記緩を経て作成される。 1 )スク・アプロー チはこれらの過程に沿って行われる。圏有リス クの評価は,個々の勘定残高や取引の穣類,経 営者の主張についてどの程度虚偽記載が発生す 1 9 ) SAS第 8 2号は財務諸表の作成過程における拡張 l こ は対応できなかったがスク・アプローチの徹底 により,註 6でいうところの現行の実務上の不備に 対する期待ギャ y プの解消が試みられたことは評価 できょう。 2 0 )P O B [ 2 0 0 0 ]の第 2j撃に詳し L、。はお. SAS第8 2号の 底資人の:意識,訴訟リスクに穏する事後謁査につい a k u b o w s k i . e ta l .[ 2 0 0 2 ]を参照されたし、。 ては. J 2 1)この場合の企業統治とは,取締役会および監査委員 会による統治をさしている。 1 3 0( 4 1 4 ) 52-3 経済学研究 維持の庄力について監査人が検討すべきである OBその他から警告され, とP ビジネス・リスクとは,企業組織の目的の達成 SAS第 8 2号 の 改 に影響を与える広範なリスクをさす。組織外部 訂が勧告されていたにもかかわらず,監査実務 の戦略的なリスクもあれば,組織内部のプロセ の対応は立ち後れていた。さらに,機関投資家 スに内在するものもある O また,企業では統制 はない,企業の経営者自らによる費収も 不可能なリスクもある。それらを総合的に評価 多発しはじめた。年金基金は, 1990年代初頭ま することが監査人には求められるのである加。 で経営者の交替を頻繁に行ってきた。短期的利 監査計画の際,企業のビジネス環境について 益をださなければ報酬に影響し,地位が失われ 広範に検討するように実務が変化しはじめてい ると感じた経営者は,企業費収によって好業績 るo SAS第四号の改訂公開草案は, POBが 解 にみせようとしたのである。高株価に維持され 散してしまったため,どのように受け継がれる た買収の繰り返しは,株式を元手に企業が自ら かは不明である。新たなリスク対応が盛り込ま 資金源泉となることを意味していた。これらの れ,すでに実務として展開しつつあるビジネス・ 結果が,冒頭で述べたエンロン事件以降の会計 ) 1スク・アプローチが適切な対応となりうるの 不正の看過の続発といえる。 か否か,今後の監査実務の動向に注意が必要で ある。 5 .結びに代えて:新しい監査アブローチの導入 参考文献 1980年代,監査実務はリスク・アプローチを 導入して財務報告書利用者の虚偽記載発見の期 待に応えようとした。しかし,財務諸表作成の 際の数値は, 1985年以降,公正価値とよばれる • AIA(Americ 且nI n s t i t u t eo fAccount旦n t s ),V e r i f i c a t i o n0 /FinancialStatement,GPO,1 9 2 9 . 一 一 一 , “E x t e n s i o n s o fA u d i t i n gP r o c e d u r e, " J o u r n a l0 /Accou口tancy,Jun. 1939,pp.3433 4 4 . 司 将来のリスクを含んだ、数値が含まれるように変 • AICPA(American I n s t i t u t eo fC e r t i f i e dP u b l i c 容した。かかる拡張は,米国投資家,具体的に t a n d a r d sB o a r d ), A c c o u n t a n t s ),ASB(AuditingS は年金基金の求める会計 情報として饗するはず J であった。しかし,将来キャッシュ・フローを 指向した経営は,一方で 1990年代末期,経宮者 “A u d i t Sampling," S t a t e m e n t s on A u d i t i n g ,1 9 8 1 S t a n d a r d sN o . 3 9 -一一一一,一一一, “O mnibus S t a t e m e n t on A u d i t i n g l こ高株価維持の誘因を生じさせ,財務報告の関 "S t a t e m e n t so nA u d i t i n gS t a n d a r d s S t a n d a r d s, Tバ ブ ル に 踊 る 結 果 を 生 み 出 し た 。 企 係 者 がI No イ3 ,1 9 8 2 業不正は継続的に生じており,これに対してリ -一一一一 “A udit R i s k and M a t e r i a l i t yi n こした監査は必ずしも スク・アプローチを中心 l C o n d u c t i n ganA u d i t, "S t a t e m e n t so nA u d i t i n g 有効に機能しているとはいえなかった。現在, S t a n d a r d sN o . 4 7 ,1 9 8 3 . 監査人には,監査の実施にあたり,財務諸表の -一一一一,一一 " T h eA u d i t o r 's R e s p o n s i b i l i t yt o 作成過程を越える広範なリスク評価を行うこと " D e t e c tand R e p o r tE r r o r s and I r r e g u r a l i t i e s, が求められてきている。会計事務所では, S t a t e m e n t so nAuditingS t a n d a r d sN o . 5 3 ,1 9 8 8‘ どジ ネス・リスク・アプローチに移行しつつある 2 2 ) Iピジネス・リスク・アプローチ J に関する公の定 義はな Lo KPMGでは IBMP 監査 J . アーンスト& ヤングでは「監査革新 J( A u d i tI n n o v a t i o n ),アー サー・アンダーセンでは「ヒ、ジネス監査J と呼ばれ l i f s e n, e tal . [2 0 0 1 J,p . 1 9 4 )。 るものがそれにあたる(Ei 、 わが国ではこれらを総称してビジネス・リスク・ア プローチと呼ばれており,本稿もそれに倣っている。 2 3 ) 前設のように, ビジネス・ワスク・アプローチは実 務上はじまったばかりであり,会計事務所潤で統一 されていない。一般的な説明として,ヱド稿では Kne c h e l [ 2 0 01]を参考にした。 2 0 0 2 .1 2 1 3 1( 4 1 5 ) 財務諸表の拡張と監査実務の対応檎山 • AICPA , ASB,‘,A n a l y t i c a lP r o c e d u r e s, "S t a t e m e n t s “E m p l o y e r s 'A c c o u n t i n gf o rP e n s i o n s, " FASB ,1 9 8 8 o nA u d i t i n gS t a n d a r d sN o . 5 6 , 19 8 5 S t a t e m e n tN o . 8 7 “C o n s i d e r a t i o no f Fraud i n “ E m p l o y e r s 'A c c o u n t i n gf o rS e t t l e m e n t s 丘 F i n a n c i a l S t a t e m e n t A u d i t . "S t a t e m e n t s o n and C u r t a i l m e n t so fD e f i n e dB e n e f i tP e n s i o n 9 9 7 A u d i t i n gS t a n d a r d sN o . 8 2,1 o rT e r m i n a t i o nB e n e f i t s, " FASB P l a n s 丘nd f S t a t e m e n tN o . 8 8,1 9 8 5 “A u d i t i n gF a i rV a l u eMeasurements is c l o s u r e s, "E x p o s u r eD r a f t ,P r o p o s e d and D ・Knechel,W.R . , A u d i t i n g A s s u r a n c e and R i s k ( 2 n dE d i t i o n ), South Western C o l l e g eP u b l i s h - S t a t e m e n t so nA u d i t i n gS t a n d a r d s,2 0 0 2 ・AICPA , POB(Public O v e r s i g h t B o a r d ), The P a n e l o n Audit E f f e c t i v e n e s s R e p o r t and 0 01 . i n g,2 ・檎山純「財務諸表監査における責任分担の構造一米国 SAS第8 2 号が監査人に与える影響-j,r 経済学研究J Recommendations,2 0 0 0:山減久奇襲ま訳児島隆・ 小津康俗訳『公認会計士監査米国 POB:現状分析 と公益性向上のための勧告 j,白桃書房, 2 0 0 1年 。 •B e a s l e y,M . S .,F r a u d u l e n tF i n a n c i a lR e p o r t i n g .S .P u b l i cCompanies, 1 9 8 7 1 9 9 7AnA n a l y s i so fU COSO,1 9 9 9 (~ヒ海道大学),第 49巻第 l号, ・ 1 9 9 9 年 , 6 3 8 0 頁0 ,r 米霞株式会社における会計監査の展開 j, 6巻第5 号 , 2 0 0 1 年 , 1 8 3 1 9 0 頁 。 『税経過信j,第 5 -石燦俊彦 r 1 )スク・アプローチ監資論 j,中央経済社, 1 9 9 8 年 。 u d i t o r ' sRe • CohenR e p o r t,TheCommissiononA e p o r t ,C o n c l u s i o n s andRecoms p o n s i b i l i t i e s,R 会計原目Ijと監査基準j,中央経済社, 1 9 5 5年 。 ・岩田巌 f • Jakubowski,S t e p h e nT .,P a t r i c i aB r o c e,J o s e p h m e n d a t i o n s,1 9 7 8 ;鳥羽至英訳 f アメリカ公認会計 S t o n e,C a r o l y nConner,“SAS8 2 's E f f e c t son 士協会,監査人の責任委員会,コーエン委員会報告 o u r n a l,F e b .2 0 0 2p p . Fraud D i s c o v e r y, CPA J 書 財務諸表監査の基本的枠絡み j,白桃言書房, 4 3 4 6 • Mancino, Jane,“ The A u d i t o r and Fraud, " 1 9 9 0 年 。 •D a v i d,Mcnamee,“ T a r g e t i n gB u s i n e s sR i s k, " I n t e r n a lA u d i t o r ,O c t . 2 0 0 0,pp. 4 6 5 1 ・De Bedts, Ralph F., The New Deal' s SEC T he J o u r n a lo fAccountanり , A p r . 1 9 9 7,p p . 3 2 3 6 The N a t i o n a l Commission on F r a u d u l e n t F i n a n c i a lR e p o r t i n g, R e p o r to ft h eN a t i o n a l n i v e r s i t yP r e s s, F o r m a t i v eY e a r s, Columbia U CommissiononF r a u d u l e n tF i n a n c i a lR e p o r t i n g, 1 9 6 4 . AICPA,1 9 8 7 ;鳥5J5J至英・八回進二共訳『アメリ P r i c e , W a t e r h o u s e& C o .i n カ公認会計士協会・アメリカ会計学会・財務担当経 Americaah i s t o r yo fap u b l i ca c c o u n t i n gf i r m -, 営者協会・内部激変人協会・全米会計人協会,不正 CometP r e s s,1 9 5 1‘ な財務報告全米委員会トレッドウェイ委員会報告書 .W • DeMond, C 川 •E i l i f s e n, W. Aasmund,R o b e r tK n e c h e l,andP h i l i p W a l l a g e,“ A p p l i c a t i o no ft h eB u s i n e s sR i s k A u d i t Model "A c c o u n t i n g A F i e l d Study, H o r i z o n s,S e p .2 0 0 1,p p . 1 9 3 2 0 7 . •F A S B ( F i n a n c i a lA c c o u n t i n gS t a n d a r d sB o a r d ) . 不正な財務報告 ,自桃望書房, 1 9 9 1年 結論と勧告 J ・山浦久笥 f 監変リスク・モデルの光と絵 0 実態監査 (不正の発見)機能の向上に対する新たな動き-j, f 会計プログレス j (創刊号), B本会計研究学会, 2 0 0 0 年 , 1 1 5 1 2 4 頁 。