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(保険毎日新聞 2012 年 10 月 26 日より引用) 保険・金融業界「リスクの行方
(保険毎日新聞 2012 年 10 月 26 日より引用) 保険・金融業界「リスクの行方」④ ソシエテジェネラル証券東京支店 酒井重人氏 時価会計や規制の下で長期投資に制約 長期低迷を続ける経済環境の中、日本の保険・金融業界は、国家財政の赤字幅の拡大に伴う国債暴 落リスクや、巨大地震等の大規模自然災害リスク、アジア周辺諸国との領土問題に起因する地政学的リ スクなど、日本の社会や経済に甚大なネガティブインパクトを与えるリスクに取り囲まれている。ソシエテ ジェネラル証券東京支店の酒井重人氏は「想定され得るそれぞれのリスクへの対応を考えなければい けない一方で、それらのリスクが連続して起こるシナリオもありうる。そうしたリスクは個社レベルでの対応 には限界があるが、国家レベルでの政策対応の議論がもっと必要であり、またそうした政策対応を読み 込んだシナリオを作成することも必要ではないか」と強調する。保険・金融業界へのERM導入や、経営 レベルでのストレスシナリオへの取組み等で、実務的な議論を長年行ってきている同氏に、現在の日本 の金融機関・保険会社が置かれているリスクの状況や今後の展望などについてコメントを求めた。氏は 現在、日本保険リスク学会副会長、日本アクチュアリー会ERM委員会アドバイザー等を務める。 ――現在の日本の保険・金融業界をめぐる状況は。 酒井 金融業界ではバーゼル3、銀行業務範囲制限、ボルカールール、債権破たん処理計画(RRP)、 OTCデリバティブ規制、シャドーバンキング規制など、規制強化の流れが加速している。システミックリス クが顕在化を避けるための規制の下で、特に欧米の銀行のビジネスモデルは制約を受けつつあり、リス クのより少ない、ある意味で同質的なビジネスモデルへの転換が求められてもいる。それに対し、邦銀、 特にメガバンクの資本水準はリスクプロファイルに比し相対的に良好な水準にあるとみられ、海外でのプ ロジェクト融資等を活発化させてきている。一方、ALM 上の資金調達ギャップの課題もありえよう。 保険業界では、ソルベンシー2の導入に向け、保険負債評価の割引率にかかわる議論が交わされてい る。これらは基本的には経済価値ベースの経営の強化のための議論と考えられる。一方で、保険監督 者国際機構(IAIS)は、金融安定理事会(FSB)の枠組みの下で、「グローバルなシステム上重要な保険 会社」(G-SIIs)の選定に関する市中協議文書を公表し、銀行と同様に、保険会社の活動が、システミッ クリスクの顕在化につながることを避けるため、より高い資本水準や非保険的なリスク等の規制導入を議 論してきている。生命保険会社の場合は、低金利下で、国債への集中投資がなされる一方、社債や外 国債券への分散化の程度はまだ限られている。時価会計の制約の下で、長期資金の供給者としての機 能は、十分には発揮されていないかもしれない。 ――金融業界での規制枠組みの動向について。 酒井 リーマンショックから欧州債務危機への過程で、金融危機の再発防止に向け、現在のバーゼル 2・5から来年に予定されているバーゼル3への移行が大きな道筋になっている。バーゼル3では、自己 資本比率、流動性基準、レバレッジ比率に関する規制適用の概要やタイムラインを既に定めており、ま た、グローバルなシステム上重要な銀行(G‐SIBs)の特定や追加的な資本チャージなども決定事項に なっている。一方で、トレーディング勘定にかかる自己資本比率の見直しや、定量的影響度調査(QIS) を踏まえた流動性基準とレバレッジ比率、国内基準行への適用ルールなどについてはこれから決めて いくことになる。 ――大手金融機関の財務の健全性について。 酒井 9月 20 日にバーゼル委員会は 昨年 12 月末時点でのQISの結果が公表した。それによると、 バーゼルⅢの定義で定量化した場合、対象となった209行のうち、グループ1の上位102行では、普通 株式等Tier1比率の平均が7・7%、また、残りの107行の平均が8・8%だった。また、グループ1の流 動性カバレッジ比率(LCR)は平均で 91%、安定調達比率(NSFR)が 98%と、対応が進んでいるように も推測される結果だった。 ――保険業界での資本規制強化の影響について。 酒井 銀行業界では、システミックリスクを回避するためにリスクを過小評価せず、より厳格な基準で十 分な資本要件を求めていることから、金融業務では短期的な資金供給が中心になり、各銀行のビジネ スモデル自体が似通ってきてコンバージしてしまう傾向になる。一方、保険業界ではソルベンシーⅡの 議論が続けられているが、同時に時価会計やリスクを基準とした資本要件の導入が進められているため、 やはり、保険会社や年金基金が長期投資を行う上での制約が強くなっている。時価評価の下では、フェ アバリュー(公正価値)がその時々の時価をベースにしているため、結果的に短期的な市場での評価の ブレに晒されてしまう。当然、各期損益に影響を与えてしまうため、保険会社などの機関投資家は、(国 債等以外の)長期投資に手を出しづらくなり、国債や長期のデュレーションにマッチした社債などに限 定されてしまう。 財政赤字+巨大自然大災害+地政学的リスクの「ジャパン・リスク」 政策対応読み込んだシナリオ作成を ――今後の保険・金融業界で想定されるリスクシナリオは。 酒井 現在、日本の金融機関や保険会社は、国家財政の赤字幅の拡大に伴う国債価格の暴落の市 場およびソブリンリスクに加え、地震などの巨大自然災害リスク、さらには地政学的リスクも具体的に抱え ている。しかも、これらはたまたま連続して起こる危険性も孕んでおり、そうしたかなりディープなシナリオ も含めて、「ジャパン・リスク」を総合的に想定しておく必要があるのではないか。仮にこれらのリスクが連 動した場合のリスクレベルは、個社レベルというよりは、国家レベルでの政策対応の議論がもっと必要で あり、国レベルでの政策対応まで読み込んだシナリオを考慮するべきであろう。例えば、何らかの要因 で信任が崩れ、あるいは他のリスクと連動して国債が一斉に売却されると、中長期金利の上昇、国債利 払い上昇、さらに国債を大量に保有する銀行や保険会社の信用不安、そして資本逃避、円安、インフ レ懸念と繋がっていくと想定される。一方、政策当局が、国債の流動性サポートや、金利政策、為替・資 本政策、さらに時価会計制度等に関し、どのように対応するかが、重要なシナリオの分かれ道にもなる。 金融機関はそうしたシナリオも具体的な想定として読み込んでおく必要がある。個人的には、民間金融 機関の経営レベルが、個社内の議論だけではなく、リスクシナリオに関する議論を定期的に率直に交わ し、在り得べき事態に備えておくことが重要だと考えている。 ――現在の政治状況もリスクになるか。 酒井 政府・担当各官庁では、さまざまなリスクへの対応を考えていると認識しているが、現在のような 状況のもとでは、我が国の抱える重要なリスクについて総合的、長期的に、かつ戦略的に取り組めるよう な体制には必ずしもなっていないのかもしれないと危惧(きぐ)している。自然災害リスクについても、仮 に首都圏直下型地震で首都機能の多くが喪失するようなことがあれば、関西をはじめ首都圏外の経済 圏とのつながりが長期に遮断されるリスクは非常に大きい。また、地政学的なリスクについても、仮に一 方が強硬的手段に訴える事態になれば、経済的なネガティブインパクトは計り知れず、世界恐慌のトリ ガーにすらなりかねない。「囚人のジレンマ」の状況に入りつつあるかもしれない。こうした想定したくな いリスクも想定しなければいけない(し防いでいただきたい)。「ジャパンリスク」には、こうした国レベルの 「ガバナンス・リスク」を付け加え真剣に考えるべきかもしれない。 ――保険業界のERMの浸透度合いについては。 酒井 先ごろ、金融庁が公表した保険会社のERMのヒアリング結果によると、特にストレステストにつ いては、単なるストレスシナリオや過去の事象をベースにしたヒストリカルシナリオだけでなく、今までに 起こったことがないイベントについての仮想シナリオを用いたテストを実施しているという先進的な例も見 られた、しかし一方で、ストレステストの結果をどう活用するのかが課題になっているという声が多く、今 後は、結果に基づくリスク選好を明示して経営判断につなげていくことが必要になってくるだろう、という ことであった。、個人的な見解としては、ストレスシナリオに経営レベルがより関与を強め、想定し得る、 そして蓋然性があるすべてシナリオを議論し、対応策を積み上げていくというPDCAサイクルをうまく回 す必要がある。そのためには、個社内だけではなく、経営レベルで、業界を超えて議論の共有等がされ た方が良いと考える。ストレスシナリオ研究会等を通じてそうした努力をしてきているが、ERMの実効性 の向上のため、さらに議論を重ねていきたい。