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エネルギー使用合理化海洋資源活用システム開発 周辺動向調査
エネルギー使用合理化海洋資源活用システム開発 周辺動向調査 平成14年1月25日 株式会社 東レ経営研究所 1 目 次 1.本開発プロジェクトの位置付け 1.1 最近の経済環境の動向 1.2 わが国を取り巻くエネルギー環境 1.3 わが国のエネルギー政策との整合性 1.4 新エネルギー導入の実績と政府の目標 1.5 本プロジェクトの目的と開発目標 2.国内外関連プロジェクト・実用化検討の状況 2.1 深層水の取水の歴史と特長 2.2 海洋温度差発電の歴史 2.3 日本の深層水温度差エネルギー利用 2.4 水産庁プロジェクトの概要 2.5 日本の地域におけるエネルギー以外の深層水利用 2.6 海外の深層水利用 3.本プロジェクトによる波及効果 3.1 開発事業によって想定される技術的波及効果 3.2 実用化・普及によって想定される経済的波及効果 4.本プロジェクトの具体的有効性と課題 4.1 NEDO による開発関与の意義 4.2 想定される競合技術との競争力評価 4.3 想定される課題 5.ヒヤリング調査結果 5.1 三浦 DSW(株)訪問 5.2 主要電力会社メールインタビュー 6.新聞記事・特許・論文等の公開状況 2 6.1 新聞記事関係 6.2 出願特許関係 6.3 論文・雑誌記事関係 参考文献 3 1.本開発プロジェクトの位置付け 1.1 最近の経済環境の動向 (1)GDP成長率の推移 過去10年間のわが国における GDP 成長率の推移を図表1に示す。 図表1 わが国のGDP成長率の推移 日本の経済は 1991 年のバブル崩壊後、全体的に長期的な景気後退期に入っている。 2000 年度の実質成長率は 1.0%であったが、日本政府の財政構造改革の推進および米 国経済の後退の影響を受けて、2001 年度は、−1.0%のマイナス成長の見通しであり、 2002 年度も−1.0%∼−2.0%のレベルに低迷するという見通しが強い。 (2)経常収支の推移 過去 10 年間のわが国における経常収支の推移を図表2に示す。 図表2 わが国の経常収支の推移 経常収支のトレンドは、概ね為替レートの変動を反映したものになる。1999 年以 降、米国経済の後退による米国向け輸出の減少、および中国を中心としたアジア諸国 からの輸入の増大傾向を受けて、わが国の経常収支の黒字幅は縮小する方向にある。 2002 年度もこの傾向は続き、経常収支の黒字は、10 兆円を割り込むこともありうる という予測となっている。 1.2 わが国を取り巻くエネルギー環境 (1)原油価格の推移 過去 10 年間の原油価格の推移を図表3に示す。 図表7 原油価格の推移 1973 年 10 月に勃発した第4次中東戦争は、OPEC による石油禁輸措置に続いて、 原油価格の大幅引き上げ強行を誘発し、1974 年1月には、それまで2∼3ドル/バ 4 レルであったものが 12 ドル/バレルに急騰した。これが第1次オイルショックであ る。また、1978 年 12 月に開催された OPEC のアブダビ総会では、4段階引き上げ方 式が決議され、1979 年1月から 1981 年 10 月にかけて、原油価格は、それまでの 12 ドル/バレル台から 36 ドル/バレル台に急騰した。これが第2次オイルショックで ある。その後、先進国を中心とする省エネ努力や石油代替エネルギーの開発・導入に よる石油需要の減少、非 OPEC 地域における原油生産の増大等により、1990 年8月 のイラク軍によるクエート侵攻に端を発した湾岸戦争の突発現象を除けば、原油価格 は比較的緩和基調で推移してきた。1998 年度に入るとそれまで 15∼20 ドル/バレル で低迷していた NY 原油先物相場は、イラク原油の輸出再開の影響で一時 15 ドル以 下に低下したが、OPEC 諸国の反動を招いて上昇に転じ、1999 年末には再び 30 ドル /バレル台を記録した。 しかし、昨年9月に勃発した米国の同時多発テロ事件は、米国経済の停滞を誘発し それが世界経済の成長率低下につながる様相となり、原油需要の先行き鈍化の懸念か ら原油価格は、再び 15∼20 ドル/バレルゾーンに戻りつつある。OPEC 諸国の希望 価格も 20 ドル前後であり、2002∼2003 に向けても 15∼20 ドルゾーンの緩和安定期 に入ると見られる。 石油代替エネルギーは、いつの時代も、原油価格との相対的競合関係似合って、 促進されたり停滞したりしてきた。15∼20 ドルゾーンは、原油の価格競争力が強く、 石油代替エネルギーの開発は停滞する傾向にある。 (2)一次エネルギーの総供給量 わが国の、一次エネルギー総供給の推移を、図表4に示す。総供給は 1995 年まで、 単調に増加してきたが、その後、経済成長の鈍化や省エネルギー活動の進展を反映し て、原油換算6億 kl レベルで横ばいになっている。 図表4 わが国の一次エネルギー総供給の推移 エネルギー資源をもたないわが国の一次エネルギー供給政策は、70 年代から「石 油依存の圧縮」「石油代替エネルギーの開発」に力点が置かれ、エネルギー供給のリ スク分散・バランス調整を大きなテーマとしてきた。 70∼80 年代に、「石油代替エネルギー」の主役を担ったのは原子力であり、その基 本方針は 90 年代になっても維持されていたが、その間に世界各地で原子力関連の次 のような深刻な事故、 5 1979.3 米国スリーマイルド島原子力発電所の炉心溶融事故 1986.4 旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所の臨界超過/破壊事故 1999.9 茨城県東海村㈱JOC の核燃料加工工場臨界事故 が起こり、原子力発電所立地の困難性が高まって、従来の原子力政策は見直しを迫ら れるようになった。 また、世界的な炭酸ガス(CO2)排出抑制に向けた関心の高まりの中で、火力発 電の増設も困難な状況になってきており、純国産の新エネルギー開発への取り組みは 国策とした益々重要になっている。 (3)わが国エネルギー環境の課題 以下に、わが国を取り巻くエネルギー環境の中で主要な課題について述べる。 課題1.日本のエネルギー安全保障は、依然として先行きが不透明 世界の主要国は、それぞれの国策に基づいたエネルギー政策を展開している。 各国の一次エネルギーの供給構造をまとめたのが図表5である。 図表5 主要国の一次エネルギー供給構造(1998) 上部の棒グラフは、供給源の構成を示している。この主要7ケ国で、世界のエ ネルギーの 40%強を消費していおり、それぞれの国の供給構造の特徴をまとめる と次のようである。 (a)アメリカ、イギリス、ドイツは石油/石炭/天然ガスを主力とし、それらのバ ランスをうまくとっている。 (b)カナダは、石油と天然ガスを基軸としているが、水力発電の割合も大きい。 (c)フランスは、原子力と石油を基軸としている。 (d)イタリアは、日本の事情に類似している。 日本は、石油依存度が 51.1%(1999 年度 52%)、石油、石炭および天然ガスを あわせた化石燃料依存度が 79.4%(1999 年度 82%)であり、そのほとんどすべて を海外からの輸入に頼っている。原子力の 17.0%(1999 年度 13%)を国産エネル ギーと位置づけても、日本のエネルギー安全保障は大きな課題を抱えているとい える。原子力発電の新規立地が困難な現状にあって、「石油代替」となりうるエネ ルギーとして現在想定しうる一次エネルギー供給源は、化石燃料の延長である天 然ガスと新エネルギーが中心となるが、新エネルギー開発・導入は、まだ1%程 6 度の微々たるものである。しかし、新エネルギーはクリーンな国産エネルギーで あり、その開発・導入は、わが国のエネルギー政策のとって、中長期的課題とし て重要である。 (注)一次エネルギーとは? 化石燃料、核エネルギー(濃縮ウラン)、自然エネルギーなどのエネルギー源を一次エネ ルギーと呼び、一次エネルギーをもとに消費者向けに加工されたエネルギー、たとえば電 力、ガソリン、燃料用ガス(都市ガス、LPG)などを二次エネルギーと呼ぶ。 課題2.化石燃料の枯渇が迫っている 化石燃料は、地球が太陽の恵みを受けて、何十億年という長い歴史の中で地中 に蓄えてきたものであるが、人類は、18 世紀に勃発した産業革命以降、技術革新 の波にのって、化石燃料の大量消費をベースとして社会生活の発展と豊かさを追 求してきた。そして歴史的時間から見ると極めて短期間にあたる 200∼300 年で使 い果たそうとしている。 現在のペースでエネルギーの消費を続けると、石油が 40∼70 年、天然ガスが 60 ∼100 年、石炭が 220 年前後で枯渇するといわれている。 次に、中国のエネルギー事情を述べる。中国は石炭中心の国であるが、モータ リゼーションの急速な進展にともない、石油の消費量が増加しており、90 年代半 ばから原油の輸出国から輸入国に転じた。中国の石油の国内消費量は 1999 年度約 1億tであり、そのうち 20%の約 4,000 万tが輸入された。20 年後には、輸入割 合が 50∼60%になると想定されている。わが国としては、このような状況に対処 する観点からも化石燃料依存度を低下させていく必要がある。 課題3.地球温暖化防止に向けた国際間の公約が存在する 1997 年に京都で開催された気候変動枠組条約締約国会議(以下、COP3 と略称) で、わが国はCO2の排出量を 2008∼2012 年の目標期間までに、基準年度(1990 年)の 94%(6%削減)とすることを公約した。今後ともCO2排出に対する国際 的な規制が強まることは確実であり、この点でもCO2の発生源となっている化石 燃料を代替するエネルギー資源の開発・導入を強力に推進する必要がある。COP3 「京都議定書」の第2条には、締約国は、数量目標を達成するため、エネルギー 効率の向上の措置を行うことも定められた。 更に、各国のCO2削減義務を達成するためにCO2排出権の国際的な取引を可能 7 とする制度(排出権取引、クリーン開発メカニズム等)も盛り込まれているが、 その中で海洋がCO2の吸収源として非常に大きな役割を担っていることに注目す る必要があり、CO2の海洋固定に資する技術をわが国として保有することは重要 である。 海洋は、エネルギー資源、鉱物資源、生物資源等、多種多様な資源を豊富に包 蔵しており、四方を海に囲まれたわが国において、その開発利用は、エネルギー・ 環境・経済の三者バランスのとれた持続可能な成長を図る上で極めて重要である。 また、海洋関連分野は、「経済構造の変革のための行動計画」(平成9年5月閣議 決定)においても 15 分野のひとつとして、今後のわが国の成長産業として大きな 期待が寄せられている。 2001.11 にモロッコのマラケシュで開かれたCOP7において、京都議定書の運 用ルールについて国際的な合意がなされた。米国を除いた参加各国は、今年9月 に南ア・ヨハネスブルグで開催される「環境サミット」での議定書の発効を目指 し、議定書の批准に向けて動き出すことになった。 1.3 わが国のエネルギー政策との整合性 1978 年の第2次オイルショック以降、わが国政府はエネルギー政策の強化に積極 的に取り組んできた。その流れをまとめたのが図表6である。 図表6 日本のエネルギー政策の流れ 最近、原油価格の先行き不透明性、原子力発電の立地難など、わが国のエネルギ ー安全保障を取り巻く環境は厳しさを増しており、化石燃料資源が皆無に等しいわ が国にとって、新エネルギーの開発・導入に向けた取り組みが益々重要性を帯びて きている。 日本のエネルギー政策の基本理念は、「3つのE」の同時達成にむけて、省エネ対 策および石油代替エネルギーの開発・導入を一層強化することにある。 E1.経済成長 (Economic Growth) E2.エネルギー安全保障の確保(Energy Security) E3.地球温暖化防止 (Environmental Protection) (1)新エネルギーの定義(新エネ法)と深層水の関係 8 1997 年4月公布の新エネ法は、1980 年5月公布の代エネ法の中の特別法として制 定された。そのため、新エネ法における新エネルギーの利用等の定義は、「代エネ法 でいう石油代替エネルギーのうち、経済性の面における制約から普及が十分でないも のであって、その促進を図ることが石油代替エネルギーの導入を図るため特に必要な ものとして政令で定めるもの」と規定されている。石油代替エネルギーの定義をまと めると図表7のようである。 図表7 石油代替エネルギーの定義 石油代替エネルギーには、自然エネルギー、原子力、可燃性廃棄物の他、化石燃料 としての石炭や液化天然ガスも含まれる。要するに、原油または原油から派生するエ ネルギー源以外のもの全てを包含する。深層水のエネルギー利用は、図表7の「(2) 石油を熱源とする熱に代えて使用される熱」に該当する。 新エネルギー利用等の具体的形態(全 11 種)は、新エネ法を受けて制定された施 行令(政令第 208 号)に規定されており、それをまとめたのが図表8である。 図表8 新エネルギー利用等の定義 新エネルギーは、大きく分けると次のA∼Cのような3つのタイプがある。 ①再生可能な自然エネルギー(太陽光発電、太陽熱、風力発電等) ②これまで無駄に捨てられていたエネルギーのサーマルリサイクル型 (廃棄物熱利用、廃棄物発電等) ③従来型エネルギーの新利用形態 (クリーンエネルギー自動車、コジェネレーション、燃料電池等) 新エネルギーには、いわゆる自然エネルギーに限らず、リサイクル型エネルギー や、従来型エネルギーの新利用形態も含まれる。自然エネルギーであっても、実用化 されて普及している水力発電や地熱利用は新エネルギーの対象とはなっていない。深 層水のエネルギー利用は、図表8の「(4)温度差エネルギー」に該当する。 新エネルギーの中で、自然エネルギーやクリーンエネルギー自動車は化石燃料に比 べてまだまだ高価であるうえ、風力発電は風が止まれば発電が止まる、太陽光発電は 曇れば極端に効率が低下し、夜間はストップするなどの制約があるため、それらの利 用は、現状では低い水準にある。当面は、天然ガスコージェネレーションが主導的役 9 割を果たすと。 (2)国の関与の必要性と制度への適合性 深層水の利用は開発途上にあり、特に本プロジェクトが目標とする発電所等での冷 却利用を考えたエネルギー開発はこれまで全く行われていない。発電所等での冷却利 用を実用化するためには、比較的大規模な水量を常に安定して供給することが必要不 可欠であり、300∼600mの大水深からの大量取水技術を確立することが前提となる。 日量 100 万t/日の取水は、現在実用化されている内径 20∼30cmφのパイプより一 桁大きな内径2mφ級のパイプが必要であり、民間企業では研究投資リスクが高く単 独で取り組むことは困難である。さらに、大量取水に関しての経済性評価等は行われ ておらず、将来の普及予測の困難性から、現状では民間主導では技術開発の促進は望 めない。加えて、大量の深層水の汲み上げおよび環流が、環境に与える影響に関する 評価手法も確立されていないことから、国として公平な立場での評価手法の確立およ びそれを用いた環境影響評価を行うことは必要である。 また、深層水の大規模取水およびその有効利用は、国家的海洋開発課題の一つとし て位置づけられ、実用後の公益性は高く、新規産業の創出活動の基盤となりうる開発 テーマで有る。「産業技術政策の今後の方向」における事業の類型では、実用化開発・ 実証支援に関するものとして位置付けられる。 1.4 新エネルギー導入の実績と政府の目標 新エネルギー導入の実績(1999 年度)と政府の目標(2010 年度)をまとめたのが 図表9である。 図表9 新エネルギー導入の実績と政府の目標 新エネルギー導入の実績は、1999 年度で1次エネルギー総供給量の 1.2%にしかす ぎない。政府はこれを 2010 年までに3.2%までもっていくという目標を立てている。 新エネルギーの導入が停滞している最大の要因は、経済性の制約、すなわち導入コス トが高いということである。 政府では、コスト高になっているエネルギー源については自立普及が可能になる までの間、様々な助成制度等を整備して需要を創出し、量産効果によるコストダウン を図っていこうとしている。 10 図表9(2)の中の「未利用エネルギー」には、次のようなものが含まれる。 ①温度差エネルギー 年間を通じて水温が安定し、昼夜の温度差が少ない水源の温度と気温のわずか な温度差を利用する ・海水・河川水・地下水・下水 ②排熱類 ・工場等からの高温排熱 ・超高圧地中送電線からの排熱 ・変電所排熱 ・地下街・地下鉄排熱 ・清掃工場からの排熱等 ③冷熱類 ・雪氷冷熱(寒冷期の雪氷を貯蔵して、季節間移動で活用する) ・寒冷外気等(寒冷期の寒冷期の冷気で氷片を製造して貯蔵し、季節間移動で 活用する) これらの熱は、熱交換器やヒートポンプを使って、給湯や冷暖房等の地域熱供給 のほか、さまざまな活用方法が考えられている。すでに温度差エネルギーを利用した 地域冷暖房システム( DHC)の導入が都市部を中心に進められているが、その導入実 績は、1999 年度で原油換算 4.1 万 kl に留まっている。2010 年度の導入目標 58 万 kl の達成に向けて、(社)日本熱供給事業協会を中心に都市部における積極的な開発計 画が立てられているが、負荷変動の大きい空調・給湯の需要に対応するためには、排 熱類のきめの細かい回収活動に加えて効率よく温度差エネルギーを活用するために、 高性能蓄熱槽の開発・導入が必要になる。 深層水の低温性は、エネルギー関係に商業的に活用している実例はなく、2010 年 度の政府の目標にもカウントされていない。 1.5 本プロジェクトの目的と開発目標(事業原簿から抜粋) (1)目的 本事業は低温性、清浄性、水質安定性(恒常性)といった特性をもつ海洋深層水 (以下、深層水と略称する)をエネルギー利用に活用するものであり、既存稼働施 設(取水1万t/日レベル)の 100 倍程度(100 万t/日レベル)の大量の深層水 を安全で安価に取水できる施設を提案するものである。その上で、深層水を火力発 11 電所の冷却水やガスタービン吸気冷却などへの利用、オンラインまたはオフライン による冷熱供給システムの開発などを行う。また、エネルギー活用後の深層水を海 域へ放水した際の海洋環境への影響の少ないことを立証するとともに、植物プラン クトンや海中植林によりCO2の固定量を評価することも目的の一つになっている。 100 万t/日の深層水は概ね 60 万 kW 級の火力発電所の冷却水量に該当する。 1980 年代後半から開始された深層水に関する研究は、これまでその特性把握およ び水産養殖や食品加工を対象とした小規模かつ個別的な利用に関するものが主で、 その研究成果は、現在のところ中小企業レベルの町おこし的商業規模でしか実用化 するには至っていない。深層水の有する低温性、清浄性、富栄養性等の特性を十分 に活用して本格的な実用段階に入るためには、大量取水した上で多目的・多段階(カ スケード)利用によって経済性の向上を図ることが必須となる。本プロジェクトは、 カスケード利用の第1段階として深層水の低温性を最大限に活用した高効率エネル ギー利用を検討する。 本プロジェクトは、第2段階の活用としてエネルギー利用後の深層水を海域へ還 流して、海域環境の修復・保全、CO2削減に役立たせる検討も行う。また、国内 沿岸域における深層水利活用の実用化適地は数多く存在するが、地点ごとに自然条 件、既存周辺インフラ条件等の相違が認められるので、立地条件に最適な取水方法、 利用形態の提案についても検討する。 (2)開発目標 既存稼働施設の 100 倍程度の大量の深層水を取水し、深層水の低温性をエネルギー の使用合理化に適用して効率的なシステムを開発する。さらに、使用した深層水を海 域に還流した際の海域への影響を最小にするとともに深層水のもう一つの特性であ る富栄養性を生かして植物プランクトンの大量培養や藻場の造成を行うなどにより、 CO2の固定に有効なシステムを開発することを目標とする。具体的な開発・実証課 題は次のとおりである。 ①深層水を大量かつ効率的に取水する技術 ②深層水を資源としてあるいはエネルギーとして効率的に利用する技術 ③利用後の深層水を海域へ環流した場合のCO2固定等の環境影響評価技術 ④立地条件に応じた最適取水方法および最適利用形態の提示 ⑤それらを統合した最適システムの設計と LCA 評価 12 (3)研究開発内容 研究開発のステージは、A.モデル実証研究とB.基盤研究に分けられる。 A.モデル実証研究 ① 深層水取水技術の開発研究 高効率化、低コスト化、メンテナンスフリー化を目的に適用可能な各要素技術 (材料、動力源、構造、設置技術等)の比較検討を行い、代表的/汎用的システ ムについてモデル実証試験を実施し、その定量把握を行う。また、自然条件、利 用形態等に応じた最適な取水システムを検討し、設計にフィードバックする。 ② 資源・エネルギー利用技術の開発研究 深層水の保有する低温性、清浄性を活用し、長期使用においても伝熱性能の低 下がなく、かつ通年で安定した冷却特性を有する高効率でメンテナンスフリーな 冷却システム技術を確立し、発電所や冷凍倉庫に適用する際の性能評価や実機実 証等を行う。また、冷熱を経済的に広範囲に供給するためのオフライン熱供給シ ステムの要素実証研究およびシステム運用研究等を行い、深層水の有する冷熱を 活用することによる省エネ効果の可能性を定量的に明確にする。 B.基盤研究 ① 環境影響評価技術等の研究 既存の取水設備等を活用した含有元素、生物連行等に係わる実態調査および深 層水放流による藻類成長パラメーター取得等のための基礎実験等を通じ、深層水 取・放水の環境影響評価手法の確立、深層水を利用した海域肥沃化技術の確立を 行う。 また、クリーン開発メカニズム等への国際的展開への提言を行う。 「クリーン開発メカニズム」とは? 「京都議定書」の中で柔軟性措置として盛り込まれたもので、先進国の資金・技術支 援により開発途上国において温室効果ガスの排出削減等につながる事業を実施し、その 事業により生じる削減量の全部または一部に相当する量を先進国が排出枠として獲得し、 その先進国の削減目標の達成に利用することができる制度。 ② 立地条件別最適システム設計・評価の研究 地形、地質、海象等の深層水取水を巡る自然条件、陸域における産業構造等の 深層水利用を巡る既存周辺インフラ条件等を総合的に勘案した実用化適地の立地 13 条件を調査し、その類型化(モデリング)を実施しつつ、予備的な最適システム の設計とその評価方法について検討する。 (4)評価スケジュール 以上の研究成果をもとに実用化イメージ(省エネ効果、CO2固定効果、産業創出 効果、技術そのものの波及性、経済性等のいわゆる全体目標)を明確にし、中間評価 において取水、環境、利用研究の成果を評価する。 中間評価以降、取水、環境、利用研究成果のフィードバックによるモデル別最適シ ステム設計と LCA 的評価手法を確立し、最終評価を行う。 14 2.国内外関連プロジェクト・実用化検討の状況 2.1 深層水の取水の歴史と特長 (1)深層水取水検討の歴史 深層水取水の歴史と実用化の状況を図表10に示す。 図表10 海洋深層水取水の歴史と実用化状況 深層水をエネルギーを目的として最初に取水したのは、1930 年のフランス人クロ ードであるが、本格的な検討は、第1次オイルショックを契機として 1974 年に設立 された「ハワイ州立自然エネルギー研究所」でスタートした。その後まもなく日本で も検討が開始された。1981 年には、東京電力/清水建設がナウル共和国に海洋温度 差発電実証施設として約 33,000t/日の取水施設を完成させた。1982 年には、九州 電力/飛島建設/東京久栄が、鹿児島県徳之島に 12,000t/日の取水施設を完成さ せた。1985 年には、海洋科学技術センターの支援を受けて「高知県海洋深層水研究 所」が活動を始めた。ノルウエーでは、1989 年頃からベルゲン大学が中心となって、 清浄な深層水をフィヨルドに導いてサケの養殖の検討を行ったと言われている。 日本における実用的な取水は、高知県、富山県、沖縄県が先行し、次いで北海道、 神奈川県(相模湾)、静岡県(駿河湾)などが続いている。 (2)深層水の特長 わたしたちの住む地球は、約 70%が海で覆われている。そして北極海から北大西 洋北部(主として北大西洋グリーンランド沖)まで張り出した海氷域では、真水部分 を結氷分離して高塩分となった表層水は、比重を増して沈降している。この沈み込ん だ水塊は南下する深層流となり、1500∼2000 年の長い時間をかけて地球を循環(海 洋大循環)している。これが再生循環する深層水の源となっている。 大陸棚より沖合で太陽光が届かない水深およそ 200m以深にある海水を深層水と いう。海の平均水深は 3,800mなので、単純にいえば海水の 95%が深層水ということ になる。水深 200m以深では、太陽光線が十分に届かないため、植物性プランクトン の繁殖などの生物活動は小さくなる。有機物はもっぱら分解が進んで消滅し、無機栄 養塩類が次第に蓄積される。その結果として、深層水は以下のような5つの特長をも っている。 A.深層水の特長の第1は低温性である。年間を通じて水温が低く一定している。海 15 水の 90%以上は、5℃以下の低温であり、熱帯の海でも水深 1,000mまでいくと 5℃以下になる。富山県滑川市氷見沖の例では、海面 31℃の時でも水深 200mで は8℃、水深 290mでは年間を通して2℃で安定している。 B.第2の特長は安定した無機質富栄養性である。海洋の深層は無光層であり植物性 プランクトンや海藻の基礎代謝に伴う栄養塩(いわゆる肥料成分)の消費がない ため、硝酸態窒素(NO3−)、リン酸態リン(PO43−)、ケイ酸態ケイ素(Si O44−)などの無機質栄養素を表層水の数倍から数十倍の濃度で含んでいる。また、 無機炭素(HCO3−,CO3−−)も表層水の 10%増しである。 C.第3の特長は清浄性である。深層水は、細菌(例、大腸菌)などの微生物含有量 が表層水の 10 分の1から 100 分の1と無菌状態に近く、魚介類の養殖に利用する 際にすぐれた衛生性を示す。その上に、ゴミがほとんどなく微粒子状懸濁物濃度 も小さいので、深層水を大量に工学的にハンドリングする際に、(a)ろ過装置やオ ゾン殺菌装置が不要であることに加えて(b)生物付着対策などの輸送配管系のメ ンテナンスがフリーになる。高知県海洋深層水研究所の取水ラインの運転例では、 12 年間ノートラブル、ノーメンテナンスで稼働している。 D.第4の特長は豊富なミネラル分を含有していることである。人体にとっての必須 微量元素をはじめ数十種類の微量の無機質元素をイオンの形態でバランスよく含 んでいる。 E.第5の特長は安定した熟成性である。30 気圧以上の高水圧下で長い年月をかけ て形成されたものであり、性質が均一で安定している。 2.2 海洋温度差発電の歴史 海洋温度差発電の歴史を図表11に示す。 図表11 海洋温度差発電の歴史 海洋温度差発電は、海洋の表層部の温海水(表層水)と深層部の冷海水(深層水) との僅かな温度差( 15∼25℃)を利用して発電するシステムで、昼夜にかかわらず安 定して発電できる。 この海洋温度差発電の原理そのものは一世紀以上も前の 1881 年に、フランス人科 学者のダルゾンバール(J. D'. Arsonval)が最初に考案した。その後、1970 年代の 石油ショックをきっかけに、アメリカと日本を中心として本格的な研究が行われるよ 16 うになった。日本では、特に佐賀大学が、これまでに 11 基の実験プラントを建設す るなど中核的な役割を果たしてきた。 検討の初期段階では、エネルギー変換効率が悪いため、深層水を汲み上げる動力に 発電した電力の大半が食われてしまうという代物であったが、1981 年のアンモニア /水混合液を作動液とするカリーナサイクルの発明、1993 年の佐賀大学上原教授に よる発電効率を飛躍的に向上させる「ウエハラサイクル」の発明などの進歩があり、 経済性が著しく向上して最近実用化のための実証検討が開始されようとしている。イ ンドの活動については、2.6.3項で補足する。 海洋温度差発電は、温度の高い表層水(25∼30℃)で作動液(沸点の低いアンモ ニア/水混合液)を気化し、そのガスでタービンを回して発電する。作動液として当 初フロンも検討されていたが、最近環境問題からその利用は難しくなっている。ター ビンから排出されたガスは、水深 800∼1,000mから汲み上げる深層水(4∼6℃) で冷却して元の液体に戻す。温海水と冷海水の温度差が 15℃以上あれば、経済性の ある発電が可能になるといわれている。 わが国では、表層水の代わりに温泉水を使うという技術開発も進んでおり、この 方式であれば北海道でも海洋温度差発電が可能になる。 2.3 日本の深層水温度差エネルギー利用 2.3.1 経済省(NEDO)の活動(本事業) 「エネルギー使用合理化海洋資源活用システム開発」 (1999 年度から5ケ年計画) 100 万t/日および 10 万t/日の深層水を揚水することを前提として、第 1段で火力発電所の冷却などに活用し、第2段で昇温した深層水を海域に環流させ、 植物生産を増加させてCO2の吸収(固定)を促進することをねらいとし、そのため の要素技術の開発が進められている。また、昇温深層水からリチウムなどの鉱物資源 を取り出すことも計画されている。 深層水を火力・原子力発電所の復水器冷却に活用する場合、これまでの表層水を 利用する方式に比べて低水温のために運転効率が数%向上するといわれている。さら に深層水のもつ清浄性のために配管に生物が付着したり、汚れがつくことがないため 熱ロスも小さく、海水の輸送配管系のメンテナンスがほとんど不要になる。ただし、 栄養価の高い深層水を大量に海域に放出することになるので、環境影響評価が必要に なる。 17 2.3.2 海洋温度差発電実用化の動き、ウエハラサイクルについて (OTEC:Ocean Thermal Energy Conversion) 日本の海洋温度差発電の歴史は、図表12の中の佐賀大学の「ウエハラサイクル」 の活動に集約される。ウエハラサイクル発電装置の概念図を図表12に示す。 図表12 ウエハラサイクル発電装置の概念図 このシステムは、作動流体にアンモニア/水混合液を用い、作動流体の蒸発器と 凝縮器に独特のプレート式熱交換機を用いる海洋温度差発電システムで国内外12 カ国の特許が確定している。 「ウエハラサイクル」は、世界的に高い評価を受けており、実用化に向けて米国、 インド、パラオなど 50 カ国・地域以上から技術協力の引き合いが来ているとのこと である。佐賀大学では、2000 年1月に、「ウエハラサイクル」の専用実施権を酒造プ ラントメーカーである里見産業(株)(兵庫県明石市、2001 年に㈱ゼネシスと社名変 更)に移転した。 2.3.3 冷房への利用 深層水の低温性を利用した冷房は、高い省エネルギー効果があるが、経済的に成 立するためには、年間を通して一定規模以上の冷房負荷量と冷房負荷密度が必要で あり、亜熱帯・熱帯地域のホテル群を対象とした展開において実用化の可能性が生 まれる。わが国でこの2つの条件を満たす地域は限られている。たとえば、沖縄県 においては、リゾートホテル群を対象とした地域冷房の可能性が期待されている。 わが国の冷房利用実験は、次の図表13に示すような事例があり、高知県海洋深 層水研究所では、従来の空気熱源式冷凍機による冷房システムと比較して、およそ 40%の省エネ効果が得られたとの報告がある。 図表13 日本における深層水による空調の実験例 沖縄県商工部は、亜熱帯に属する久米島において、深層水をパイプ配管して土壌 を冷却し、温帯性の葉菜類、花き類、果樹類の高温障害を回避して周年安定生産を 目指す取組みを始めている。 18 2.4 水産庁プロジェクトの概要 水産庁外郭団体(社)マリノフォーラム 21(2000 年度から5ケ年計画) ホームページ http//www.maff.go.jp/koueki/suisan/180/180.htm 深層水に関わる水産庁のプロジェクトは2つあり、以下にその概要を示す。 (1)「深層水活用型漁場造成技術の開発」(図表14参照) 図表14 深層水活用型漁場造成技術の開発計画(水産庁) 洋上で大量の深層水を揚水し、その含んでいる肥料(無機質栄養素)で海域を肥沃 化して漁場を形成する。2001 年度から相模湾で「人工漁場」をつくる実験が計画さ れている。水深 200mから深層水を汲み上げ、これを日光が届く水深 20∼30mの水域 で放流して植物性プランクトンを増殖させ、それを食べる動物性プランクトンを増や す。それらを追うアジなどの小さな魚や、マグロといった大きな魚を集める。10 万 t/日の深層水を汲み上げ、半径 20km 程度の漁場形成を見込んでいる。植物性プラ ンクトンの増殖過程で大量の炭酸ガスを吸収することも期待されている。 (2)「環境保全型水産技術の開発」(図表15参照) 図表15 環境保全型水産技術の開発計画(水産庁) 資源エネルギー有効利用技術の開発のうち、深層水の特性を生かした効率的な種苗 生産・養殖などへの応用技術の開発を行うことをねらっている。 2.5 日本の地域におけるエネルギー以外の深層水利用 深層水の利用に関する検討が、高知県をはじめ各地の取水ポイントを中心に活発に 展開されている。その主な分野をまとめると図表16のようである。 図表16 海洋深層水利用の主な検討分野 温度差エネルギー利用分野については2.2で記述した。以下、エネルギー関連以 外の代表的なものについて紹介する。 19 (1)メンテナンスが簡単な海水淡水化・造水への利用 深層水は、その物理的清浄性が優れているため、逆浸透膜方式による海水淡水化 や電気透析機によるミネラル水の製造において、前処理装置(膜の機能劣化やモジュ ール性能の低下を防止し、寿命を延ばすための対策で、濾過装置、オゾン殺菌装置、 紫外線殺菌装置など)が不要、かつ無薬注で1年あまり連続運転が可能となる。 深層水取水費用を除けば、このシステムの設備費は従来の標準型海水淡水化設備 の 25%減になると試算されている。 しかし、理由は明確になっていないが、深層水には強い酸化力を内在しているた め、金属を腐食させる力が強いことが知られており、その効果は、RO 膜を通した後 も減少しないと言われる。そのため、深層水の大量ハンドリングに当たっては、ポリ エチレンでライニングした配管などは問題ないものの、ポンプや熱交換器については 材質の長期耐久性に注意を払う必要があるとされている。 得られた淡水には、各種の元素イオンが微量に透過混入しているため、そのまま でもミネラルウオーター飲料水として用いる場合もあるが、さらに外部から追加のミ ネラル成分を添加して成分調整しているタイプもある。現在市場でヒットしている商 品は後者のタイプである。また、酒、化粧品、パン、うどん、豆腐、蒲鉾をはじめ様々 な分野での利用に有効に働き、特徴ある商品が次々と開発、事業化されている。 (注)逆浸透膜法とは? セロファン膜、酢酸セルロース膜、各種ポリアミド系膜などの半透膜(水は通すが イオンや大きい分子は通さない膜、ただし微量のイオンは漏洩する)で容器を仕切 り、その一方に海水を、他方に真水を入れて放置すると、真水が膜を通過して海水 側を薄めようとする作用が働き海水面が上昇する。その均衡状態では、海水側で膜 にかかる圧力が真水側より高くなる。この圧力を浸透圧という。一方、ポンプなど で浸透圧を上回る圧力を海水側にかけると、逆に海水中の水のみが半透膜を通って 真水側へ移り、海水から真水がとれる。この操作を逆浸透膜法という。離島や船舶 における飲料水用の海水淡水化や果汁の濃縮に、また電子工業や製薬工業における 一般淡水を原料とした超純水の製造などにも実用化されている。 (2)高級魚介類の養殖 高級魚という言葉は、行政でも水産業界でも明確な定義は行われていないが、一 般に市場に出して値の張る魚を高級魚という(普通のサバやアジは大衆魚であるが、 関サバ、関アジは高級魚になる)。 20 深層水の活用については、たとえば、高知県海洋深層水研究所では、ヒラメ、ト ラフグ、富山県水産試験場では、トヤマエビ、サクラマス、マダラ、近畿大学水産研 究所富山実験場では、フグ、ヒラメ、オコゼ、マツカワ、ホシガレイなど、各地の取 水地の特性に合わせた魚種を選択して種苗生産・養殖の試験が行われている。 陸上施設において魚介類の種苗生産・養殖に深層水を利用すると、目的とする寒 冷・深海魚種に生息環境(圧力を除く)そのものを提供できるという利点がある。た だし、適水温が 20℃前後のヒラメを養殖する場合は、深層水の加温が必要になる。 その他、次のようなメリットが確認されている。 (a)ランニングコストは海水を汲み上げるポンプの電気代ぐらいで、しかも海水は水 圧でポンプ室近くまでは自力で上がってくるので比較的省エネ型である。 (b)優れた清浄性のために取水管内に付着生物が繁殖することがなく、また浮遊物や 懸濁物が少ないことと関係して、濾過槽の定期的な清掃や保守もほとんど必要ない。 (c)プランクトンや病原性微生物が少ないため感染症問題がない。 (3)ヒット商品が生まれたスキンケア化粧品 深層水の化粧品分野への活用には2つの方法がある。1つは、深層水を原水とし て逆浸透膜法で淡水化した透過水を用いる方式であり、もう1つは従来の精製水に、 深層水をそのまま5%程度混合して用いる方式である。 深層水由来水を用いた化粧品は、次のような効果をもっていることが実証されてお り、今後多くの化粧品に広がると期待されている。含有されている各種のミネラル成 分が皮膚細胞内の酵素を活性化させる効果をもっているらしい。 (a)肌がしっとりする (c)肌あたりが柔らかい (b)なじみがよい (d)皮膚クレームの発生が少ない (e)保湿力に優れており、肌あれや乾燥肌の改善がみられる 高知県とタイアップして、いち早く深層水化粧品分野に進出した(株)シュウウエ ムラ化粧品は、年商 40 億円のヒット商品の事業化に成功している。 21 (4)人にやさしいタラソテラピー(海洋療法) (注)タラソテラピー(海洋療法)とは? 「海洋性気候や海の環境、海水、海藻、海泥、海砂などを厳密な管理および医学的な監視下で、ヒトの健 康のために活用するシステマティックな自然療法」をタラソテラピー、海洋療法という。 1994∼1996 にかけて、高知医科大学を中心に「海洋深層水を活用したアトピー性 皮膚炎治療臨床応用研究」を行い、高いレベルでの有効症例結果を得た。深層水をペ ットボトルに詰めて、患者宅へ宅配便で配送して利用することができる。また、アレ ルギー性鼻炎や血中コレステロール値の緩和に有効であるとう知見も得られている。 富山県深層水研究施設の深層水の利用活動を展開している(株)WAVE 滑川は、 1998.10 に深層水体験施設「タラソピア」をオープンし、深層水そのものを 33∼40℃ に加温した温浴療法を事業化しており、ビジネスとして成立している。 (5)日本の特異分野、発酵食品生産への利用 清酒醸造では、深層水を適度に添加することにより深層水のバランスのとれた栄養 素成分が作用して酵母の増殖が活発となり、雑味が少なく、すっきりした、香り豊か な清酒が得られる。また、醤油醸造において通常の水/食塩の代わりに深層水を仕込 むとアミノ酸、アルコール、乳酸の生成が多くなるなど醸造が促進される。パンの製 造でも、通常の水/食塩の代わりに深層水を仕込むとイースト菌の発酵が旺盛になり、 ふっくらとしたソフトなパンができる。ビール醸造への応用も進み、昨年、アサヒビ ールが深層水を利用した発泡酒を発売した。 22 2.6 海外の深層水利用 2.6.1 米国「ハワイ州立自然エネルギー研究所」 (NELHA:National Energy Laboratory of Hawaii Authority) NELHA は、1974.1 に勃発した第1次オイルショックを契機として設立された。 ハワイ島コナに 870 エーカー(約 350 万m2=107 万坪、その内約 1/3 の 322 エー カーが研究施設用地、その他が共通管理の「ハワイ海洋科学技術パーク( HOST Park)」)の土地にテナント数 29、深層水取水管9本(7本使用中止、1本稼働中、 1本バックアップ用)を敷設し、廉価なテナント料/深層水料金で深層水関連産 業の振興を図っている。 ハワイ州政府は、1998 年度、NELHA に一般会計から 100 万ドル弱の予算を割り当 てたが、テナント群からの税収だけでその約2倍を生み出している。テナント企 業群全体の収益は年間 1,000 万ドル(約 12 億円)を超えている。 NELHA は、現在州政府の事業経済開発・観光省( DBEDT:Department of Business, Economic Development and Tourism)の傘下に位置づけられている。 (1)歴史 1974 ハワイ州議会の決定に基き、石油代替エネルギーおよびその関連技術 の研究開発を目的として設立。 1976 海洋温度差発電(OTEC:Ocean Thermal Energy Conversion)の実 験験研究に着手。 1979 小型の海洋温度差発電装置(Mini-OTEC)を設置し、50kW の海洋温度差 発電に成功。 1984 ハワイ州議会の認定を得て、ビジネスインキュベータとしての活動を 開始。その後、民間の起業家たちが次々とテナントに入ってくるように なった。 1985 ハワイ海洋科学技術パーク(HOST Park:Hawaii Ocean Science & Technology)設置。 HOST は、NELHA の研究成果に基づいた事業化、商業化を目指す企 業育成団地の役割を果している。 (2)取水施設 ①深層水(冷水)取水管 23 NELHA は、1981 年に第1号管(水深 583m、内径 30cmφ、6,000t/日、水温 6℃)を敷設以来合計9本の取水管を稼働させたが、現在本格的に使用してい るのは1本(水深 675m、内径 100cmφ、72,600t/日、水温6℃)だけで7本 は使用を中止している。他の1本はバックアップ用である。 現在、2001 年末完成を目標に次の仕様の1本を新設中である。 水深 915m、内径 140cmφ、156,000t/日 ②表層水(温水)取水管 NELHA は、1980 年に第1号管(水深 15m、内径 30cmφ、8,600t/日)を敷 設以来合計3本の取水管を稼働させたが、現在1本は中止している。 現在、深層水取水管と同様に 2001 年末完成を目標に次の仕様の1本を新設中 である。 水深 24m、内径 140cmφ、220,000t/日 (3)海洋温度差発電 1976 年には、沖合海域での浮体構造物を利用した海洋温度差発電の実験研究に 着手し、3年かけて、1979 年に世界初の Mini-OTEC を設置し、稼働させた。 OTEC プロジェクトの政府研究開発費は、1980∼1981 に年間約 4,000 万ドルでピ ークの水準となった。1980 年に成立した法律では、1999 年に 10,000MW(原発 10 基分相当)の商用能力の実用化を目標にしていたが、レーガン大統領(1981∼1989) の時代に入ってレーガノミックス経済政策の影響を受けて、海洋温度差発電への 研究予算が縮小に向かい、実現には至っていない。 1993 年にエネルギー省が海洋エネルギー開発プログラムを段階的に停止するま でに、米国政府は OTEC に合計2億ドル(約 240 億円)を投入した。その中には、 広義の OTEC(海洋エネルギー変換技術)である波力、海流、塩分差などからエネ ルギーを抽出する研究技術開発費 4,000 万ドルも含まれる。 (4)深層水の冷房への活用 ①NELHA は、1980 年代半ばから、深層水の低水温性を利用した冷房への活用の検 討を始めた。NELHA のヘッドオフィスでは、今も水深 600mから取水した6℃の 深層水を冷房に利用しており、月間 4,000 ドルの電力料金の節約になっている。 従来使用していた空気熱源式圧縮冷凍機のシステムと比べて電力消費量が1/ 10 で、非常にコスト低減効果が高い利用法であると評価されている。 24 ②テナント企業の一つである ONOTAKE は、シイタケなどの栽培室の温度調節に深 層水の低温性を活用して、キノコ類の収穫量最適化の研究を行っている。 (5)テナント企業群の主な事業 ・微細藻類の大量培養(シアノテック社) ・海藻研究プロジェクト ・タツノオトシゴ飼育 ・水族館の飼料用エビの飼育 ・養殖の研究訓練センター ・アワビの産卵・育成場 ・海水中トリウム検出研究 ・魚類産卵場、育成場 ・シイタケ栽培 (6)テナント企業の成功例:シアノテック社(Cyanotech Corporation) シアノテック社は、微細藻類の大量培養によって NELHA 系列で最大かつ最も商 業的に成功したテナント企業である(2001 年度売上高約 10 億円)。同社は、広さ 90 エーカー(約 36.4 万m2=11 万坪)に設置したレースウエイ型の培養槽に深層 水を導入して太陽光線の下でスピルナをフル生産している。最近、スピルナ由来 の栄養剤"BioAstin"を開発して連邦政府食糧薬品局の認可を獲得し、本格的な販 売にのり出している。 (注)健康食品・色素類を生産する微細藻類とは? 地球上に微細藻類は3万種以上知られているが、有用なものは数種で案外少ない。ド ナリエラ、スピルリナ、クロレラなどの微細藻類には、色素としてのβ-カロチン、高 付加価値脂肪酸としてのドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸、健康食品や医 薬品の原料となる多糖類(バイオポリマー) 、良質のタンパク質など有用なものが豊富 に含まれている。 シアノテック社が生産品種にスピルリナを選択した理由は次のような点にある。 (a) 陸 上 植 物 よ り 増 殖 が 速 く 、 細 胞 特 性 を 最 大 限 に 利 用 し た 増 殖 条 件 を 設定しやすい (b)一様な細胞構造をしているため、産物の抽出がしやすい (c)ビタミンやその他の栄養素、天然色素、医薬などを豊富に含んでいる 25 生産したスピルリナは、用途に応じて粉末、タブレットおよびフレークに加工 され、健康飲料用添加物、パスタやサラダ用添え物、その他食材の原料などに利 用されている。最近栄養剤としても政府の認可を獲得した。 (注)β-カロチンとは? ニンジン、トウガラシ、カボチャなど自然界に広く存在する赤色カロチノイド系炭化水素類の総称 で、動物体内で酸化されてビタミンAに変換する。 (注)スピルリナとは? 約 35 億年前に地球に誕生した世界最古といわれる栄養豊富な海苔(微細藻類)の一種で、クロレ ラと同じ藻類の仲間である。大きさは、幅5∼8ミクロン、長さ 300∼500 ミクロンと微細で緑色から 青緑色をしている。 2.6.2 米国のジャイアントケルプの栽培 米国では、驚異的な成長力を有するジャイアントケルプをベースとしたエネルギー 変換や、有用な生理活性物質の抽出、飼料への活用などの研究が行われている。ジャ イアントケルプは、体長が 20∼70mにもなる大型コンブ目の総称で、一度刈り取ら れてもすぐ再生し、数ヶ月のうちに復元するので、1年で何回でも収穫できる(成体 では、1日で 50∼60cm も伸びるといわれている)。米国カリフォルニア州沿岸の実験 では、深層水を散布することによって、ジャイアントケルプの生産量が通常の2倍ま で高められるということが確認された。この植物は、アルギン酸、マンニトール(分 子中に6個の水酸基をもつ直鎖状アルコール)やタンパク質などを中心とした生理活 性有機物を 60%程度含有しており、これらの有用物質を抽出して健康食品や医薬品 の原料に活用することが可能である。 2.6.3 インド「国立海洋技術研究所」 (NIOT:National Institute of Ocean Technology) インド海洋開発省の傘下にある NIOT は、佐賀大学の技術支援を受けてインド南端 に近い Tuticorin に 1,000kW(1MW)の海洋温度差発電(OTEC)実証プラント(洋上 型クローズドランキンサイクル式)を 2001 年度完成/運転開始を目標に建設中とい われている。しかし計画は大幅に遅延しているようで 2001 年末の時点でまだ明確な 26 見通しが発表されていない。今後の予算措置方針も不透明のようである。 インド政府の試算では、1MW 実証プラントの発電コストは 21.2 円/kW 時で、100MW の本格的プラントになれば 7.6 円/kW と火力発電や原子力発電と競争できるとして いる。 このプラントの運転によって経済性および技術面の実証が進めば、OTEC プラント をベンガル湾のアンダマン諸島、ニコバル諸島、インド洋のラッカジブ諸島に段階的 に導入する計画としている。NIOT が実施監督機関であるが、実行面では国立造船研 究所が実質的役割を担っており、ゴアの Dempo Shipyard 社, バンガロールの Turbotech 社 がそれを支えている。 2.6.4 ノルウエー ノルウエーでは、1989 年から王立科学工業研究会議やベルゲル大学が中心となっ て、フィヨルドの数十m以深の低温で清浄な海水(通常の「海洋深層水」と区別して 「フィヨルド深層水」と呼ばれる)を利用して、重要な輸出産業である大西洋サケの 水槽養殖の検討が行われた。フィヨルド深層水は、一般の深層水と比べると深度がず っと浅い。しかしフィヨルド表層水に比べると低温性、清浄性、富栄養性などが優れ ており、30mのフィヨルド深層水を使うと、サケの寄生虫であるサケジラミの発生が 押さえられることおよび大西洋サケの成長が促進され年間で 30∼40%の体重増加が 見られることが証明された。 しかし、フィヨルド深層水の汲み上げコストが価格競争の激しい大西洋サケの養 殖事業には合わないこと、また、フィヨルドは海水交換が起こりにくい構造(場所に よっては、海水交換に数 10 年かかる)をもっており、長期にわたって大量取水する 場合には、環境への影響が懸念されることから、今のところフィヨルド深層水の大量 利用は実現していない。 (注)フィヨルドとは? 下流部が沈水して海に覆われた氷食谷で、峡湾とも呼ばれ、幅に比べて距離が長く、ノルウエー のソグネフィヨルドは全長 205km にもおよぶ。太古の時代にフィヨルドを埋めた 2,000∼3,000mの 厚さの谷氷河が海水を押しのけて前進したため海面下深くまで氷食谷ができた。深さ 1,000m以上 のくぼみが作られていることが少なくない。この氷河による浸食は約 14,000 年前に終わった。 27 3.本プロジェクトによる波及効果 3.1 開発事業によって想定される技術的波及効果 本プロジェクトは、その具体的な開発・実証課題に対応して次のような技術的波及効 果をもたらす。 (1)日本全体としての深層水取水技術が大幅に向上 現行取水地は地方自治体主導型が中核となっているため、取水地間で海水ハンドリン グ技術に関する情報交換がほとんど行われておらず、日本全体としての取水技術の共有 化によるブラッシュアップが行われていない。本プロジェクトが進展して、先 端的大量 取水技術を国家レベルで公開しつつ、既存設備の蓄積技術を吸収していけば、日本全体 としての深層水取水技術が大幅に強化されることになる。 内径2mφの大口径取水管を前提とした取水技術は、耐食性大口径パイプの材料技術、 加工・製造技術、連結技術、海水の大量送水技術、送水機器の耐久性向上技術、大規模 海洋土木技術などに多大の波及効果をもたらすと期待される。 その際、深層水の品質および機能に関わる評価技術の開発は、先行する民間の深層水 応用展開製品の品質管理や標準化に多大の貢献をする。 (2)深層水をエネルギー資源として効率的に利用する技術 熱交換器やポンプ類の小型化、耐久性向上技術は、環境対策機器を含めた各種の化学 プラント機器の高性能化のための基礎技術としての波及効果が期待される。 (3)深層水の海域還流の環境影響評価技術の進展が国の海洋開発を促進 深層水の環境評価技術が確立すると、深層水の海域放流による生物的CO2固定のた めの大型藻類の大量培養や漁場形成など本格的な大型水産資源活用技術の開発が促進 されるようになる。 深層水の放流に伴う環境影響評価方法を開発し、その影響の程度を定量化する技術を 確立することは、今後の国家的海洋開発において国民の信頼感を醸成する基礎データを 提供することができるようになる。 3.2 実用化・普及によって想定される経済的・社会的波及効果 (1)深層水コストの大幅ダウンと民間事業の促進 これまでの取水規模と比較して格段に大きい、日量 100 万t規模の大量取水技術を開 発することにより、深層水単位量あたりの取水価格が大幅に低下する。その結果、エネ ルギー利用を含めて図表16に示したような幅広い用途展開・事業展開に安価な原料を 28 提供できるようになり、新しい再生循環型企業群の創生に拍車がかかり、日本のみなら ず、海外を含めた地域産業の振興に大きく貢献できる。 (2)日本のエネルギー供給に貢献 四方を海洋に囲まれているわが国にとって、海洋資源を有効に利用することは将来の 資源・エネルギー問題にとって重要な課題である。特に、深層水の恒常的な低温性や清 浄性を海洋温度差発電、火力発電所の覆水器冷却など日本の自前エネルギーの調達や省 エネルギーに貢献することが期待される。また、大量取水は、低温庫や空調システム、 シャーベット氷の製造等、地域産業のニーズに応じた省エネルギーシステムを提供する。 (3)海洋型大規模水産養殖事業の誘導 深層水をエネルギー利用に続いて海洋へ環流した場合には、深層水の富栄養性により、 植物プランクトンの増殖および藻場の造成が促進され、結果として放流海域での生物的 CO2吸収による温暖化対策も期待される。 (4)海洋国家としての国際貢献 日本の海洋開発技術は世界でも最先端をいっており、本開発事業はそれを強化するの に役立つ。開発された技術は、開発途上の海洋国家群に提供すれば、各国の経済発展に 大いに貢献することができる。 29 4. 4.1 本プロジェクトの具体的有効性と課題 NEDO による開発関与の意義 深層水は再生循環型のエネルギー環境資源であり、また資源密度が低いため、本 プロジェクトが実用化につながるためには、深層水のもつ多元的資源性を十分に利用 し尽くすカスケード利用システムを構築することが必須となるが、そのためには深層 水の取水、カスケード利用、廃棄を総合的に研究することが求められ、産官学の総合 力を結集する必要がある。本プロジェクトはその第一段階と位置づけることができる。 また、本研究は実用化を念頭に置いたものであることから、国立研究所、大学のみ では、経済性の実証等を行うことは不十分であるが、歴史的にこれまで深層水の研究 開発は、もっぱら国、大学、自治体を中心に行われてきたという経緯があり、技術蓄 積の少ない民間企業だけで行うことも困難である。 さらに、本研究の成果により、エネルギー環境資源としての深層水の利用価値が高 まり利用量が増えるほどシステム全体の経済性が向上し、さらなる応用展開が促進さ れるという好循環が期待でき、それに応じて省エネルギー効果、環境保全効果も増大 していくことから、成果の公共性は極めて高い。新規産業育成の基盤技術整備の一環 として国が取り組むのが適している。 4.2 想定される競合技術との競争力評価 本プロジェクトは、取水、多段活用、廃棄がセットで完成してはじめて経済的実 用化の道が開ける性格のものであり、たとえば廃棄の経済性が全く不透明な中で火力 発電所の復水器冷却の経済性のみを議論してもあまり意味をなさない。 しかし、環境対策のプラス面/マイナス面を含めた多段活用および廃棄過程が将 来経済的に成立するようになるという前提に立って、本プロジェクトの直接的に目的 としているエネルギー活用面のみに注目して、各種の純国産の再生循環型新エネルギ ー技術類との比較をマクロ的に試みると次のようである。 まず、代表的な新エネルギーの経済性試算例を示すと、図表17のようである。 図表17 代表的な新エネルギーの経済性試算例 図表17には、参考までに海洋温度差発電に関わるインドの試算例も掲載した。 図表17の中でもわかるように、未利用エネルギー(温度差エネルギー及び廃棄物熱 30 利用)および海洋温度差発電は、潜在的に強いコスト競争力を持っている。未利用エ ネルギーの定義については、上記1.4を参照されたい。 深層水の取水に要するランニングコストは、海水を汲み上げる電気代とポンプな どの機械装置のメンテナンス費用であが、深層水は水圧でポンプ室近くまで自力で上 がってくるので本質的に省エネ型であること、および清浄性のためメンテナンスフリ ーでハンドリングできることから、深層水取水のエネルギーコストは、スケールメリ ットを追求していけば図表17の未利用エネルギーや海洋温度差発電試算例のコス トレベルに近づくと予想される。 4.3 想定される課題 (1)深層水の経済性確保のキーポイントは多段階(カスケード式)活用 第2章で示したように深層水の特性を生かした様々な用途開発が進んでいるが、本 格的に実用化するに当たっては、その低密度のエネルギーや低濃度の資源性をいかに 効率よく回収し、深層水のもつ多様な資源性を余すところなく利用する多段階(カス ケード式)活用システムの構築が重要になる。その例を図表18に示す。 図表18 海洋深層水の多段活用フローチャート例 深層水(冷水)でまずエネルギー活用を行い、第2段階としてその温排出水で深 層水の持つその他の資源性をフル活用する。海草類の大量栽培ではバイオマスを得る と同時にCO2の固定が行われる。バイオマスからは有効成分を抽出回収し、その残 査をメタン発酵してバイオマス発電を行う。発酵残査からは肥料原料や飼料原料が生 産できる。 (2)大量排水の環境アセスメントが必須 深層水は、その保有エネルギーや含有物質が低密度なため、活用の経済性を追求する ことはすなわち大量取水が前提となる。使用済み深層水を近傍海域に単純に放水すると、 豊富に含まれている栄養塩類によって微細藻類が大量発生して海域表層の生態系のバ ランスを崩すという懸念があり、環境アセスメント評価が重要な課題となる。 (3)深層水の本質についての科学的基礎研究が不足している 各種の商品化検討が地域を中心に進んでいるが、それぞれの利用分野において「なぜ 深層水が良好な効果をもたらすのか」について、まだ作用機構などの科学的検証データ 31 が少なく、解明されていないことが多い。今後、各種の基礎研究と応用研究をバランス よく進展させることが重要になる。 32 5.ヒヤリング調査結果 5.1 三浦DSW(株)訪問 (1)三浦DSW(株)の会社概要 ・所在地:神奈川県三浦市三崎町小網代 ・設立日:2001(H13)年3月1日 ・給水開始日:2001(H13)年6月1日 ・出資会社:(株)京急油壺マリンパーク(持ち株比率 51%) 大成建設(株)、エヌ・エス・アール(株)、三井物産(株) ・事業内容:海洋深層水の取水・脱塩処理および販売ほか (2)三浦DSWの事業概要 A.事業の概要: 三浦半島・油壺沖合約5km(組み上げ配管距離約 5.5km)、水深約 330m付近の 相模湾から、海洋深層水を 24 時間運転で定常的に汲み上げ、製品原料として利用企 業に販売する。 B.事業用地:㈱京急油壺マリンパーク敷地内(約 3,000m2) C.設備の概要 (a)取水設備: ・深層水最大取水量 1,000m3/日 取水点海中温度6∼7℃、汲み上げ地点陸上温度 11.7℃ ・水族館では、別途表層水を 2,000m3/日汲み上げている。 (b)取水管の構造: 鋼帯鎧装ポリエチレン管(内径:198mmφ、外径:約 230mmφ) 三井金属エンジニアリング製 [取水管材料の構成] (最内側)・高密度ポリエチレン管(厚さ約 20mm) ・アラミド織りテープ ・鉄線コイル巻き(5mmφの鉄線) (最外側)・低密度ポリエチレン管(厚さ 5mm) (c)取水速度:5.5km を4時間半かけて上がってくる。 5,500m/(4.5×60 分)=約 20m/分 (d)脱塩設備: 33 イ.電気透析脱塩装置 200m3/日 最大処理能力(生成量) ロ.逆浸透膜(RO)脱塩装置 コスモエンジニアリング/TOYO Aqua Tech 社製、モジュール商標<Code Line> (e)貯水タンク: 24m3 ・深層水原水中間タンク 350m3(7基合計) ・製品タンク (f)顧客向け給水設備: UV 殺菌装置付き自動計量給水スタンド 5基 D.生産工程および製品の種類 海洋深層水を原水として、次の5種類の製品が生産されている。 (製品1)ミネラル水 電気透析 (製品2)塩水 海洋深層水 (製品3)ミネラル塩水 RO (製品4)淡水 (製品5)原水 (3)質疑応答事項 Q1.設備費(イニシャル)の競争力は? 他の取水施設より次の理由で 30%程度安くできていると考えている。 ①大成建設が過去に蓄積してきた海洋土木関係の汎用資材を最大限に活用した。 大成建設は、海底の凹凸をジェット流で均す技術を持っている。 ②取水管にも海底の起伏に自由に対応できる工夫を加えた。 ③他の先行取水地は、半独占的であったので、過剰強度になっている嫌いがある。 Q2.汲み上げに必要なコストおよびポンプなどのメンテナンス費用は? ポンプや脱塩装置の電気代はどの施設も差がない。まだ、安定操業に入っている とは言えないので、正確なコストデータは整っていない。 Q3.深層水事業進出の動機と用途開発状況 34 ①マリーンパークの再活性化の起爆剤とする。(京急の地元還元活動) 事業は、赤字にはしたくないが、儲かるものではない。 ②用途開発は、地元の商工組合が中心になって研究中で、企業機密の部分が多い。 三崎地域の特産品の付加価値を上げる課題が多い。ラーメン、饅頭など。 Q4.三浦立地のメリット ①水族館に併設することによって、海水ハンドリング技術、海水取水権が活用で きる。 ②相模湾は,深層水の湧昇が海岸近くまで迫っている。 ③京急の地域振興熱意 ④大都市圏の消費地を控えており、純民間事業として、県単位の制約を超えて幅 広いユーザーに供給できる。 ・全国規模で、民間からの問い合わせが多い。とりあえず研究したいという申し 込みが多い。(公的機関主導でないと研究できないという分野にもサンプルが出 荷できる) ・三浦 DSW は、学者・技術屋集団は抱えていないので、他の機関との共同研究は しない。各取水ポイントとの間で情報交換は行っており、自治体間の橋渡し役は 果たしている。 Q5.現在の問題点について ①先行取水地が、失敗技術を公開していないので、各地の取水地のハード、海水 ハンドリング技術が共有化されず、全体として未熟な面が多い。もっと情報公開 を進めるべきである。 ②この分野は、地方自治体主導で出発したこともあって、地域エゴの弊害が強く 出ている。 ③民間活力・技術をもっと有効に活用して、深層水取水事業全体の技術力を組織 的に向上させる必要がある。海水移動技術。輸送技術。品質管理技術等。 ④先行取水活動機関で製品品質のノーチェックのところが多い 取水地点による出荷製品の品質の差は、現在の利用分野について言えば、温度 差以外ほとんど実用上問題のない範囲に収まる(同じ場所でも、多少の年間変動 がある)。国として統一した品質基準をつくることが可能であるが進んでいない。 三浦 DSW では、毎日品質検査と UV 殺菌を実施して品質保証を行っている。 ⑤深層水の機能がまだ十分には解明されていない。 いずれ深層水は、ムードでなく機能そのもので売れるようにならなければなら 35 ない。 ⑥深層水は、金属を腐食させる力が強い(酸化力が強い) 理由はよく分かっていない。RO を通過した水でも酸化力が強い。配管そのもの はあまり問題が出ていないが、ポンプや熱交換器の材質には注意を払う必要があ る。(チタン材を使えばよいが高価) Q6.大量取水(100 万t/日)の課題 ①湧昇流からの取水であれば、取水そのものが問題になることはない (太平洋側の室戸、相模湾、駿河湾、沖縄など) 日本海側(富山湾など)のような固有水からの取水は、問題がでるのではない か ②エネルギーを先取りした温排水の放出については、十分な環境評価が必要 漁場への放出は、表層水と同じ温度で排出することが基本になる。 ③冷熱利用の目的のためには、取水揚水経路での熱ロスをミニマイズすることが 課題となる。 5.2 主要電力会社メールインタビュー 主要電力会社のホームページに対して、「海洋深層水による火力発電所の復水器 冷却に関する技術検討」についてご意見を伺いたいとの呼びかけを行った。5社から ほぼ一致して次のような内容の回答を得た。 ・「海洋深層水による火力発電所の復水器冷却に関する技術検討」は、知識としては 知っているが、技術部門で検討は行っていない。また、近い将来も検討する計画はな い。 ・発電所冷却水には大量の水が必要なことから、深層水の活用が経済的かどうか疑問 であり、現在のところ活用は困難と考えている。特に、大量の深層水の汲上げおよび 放流による環境への影響が不透明なことが大きな問題である。 36 6.新聞記事・特許・論文等の公開状況 深層水に関係する公開文献を過去 10 年分について調査し、話題性の分野別分布状況を調 べてみた。分野別出現状況を調査するに当たって、その分野分類を、図表16の用途分類 5項目に、「取水関係」および「その他」を追加して図表19に示す7分野を設定した。そ の他は、海洋深層水の解説、総説、事業企画、展示会、シンポジウムなどの一般項目であ る。 図表19 6.1 海洋深層水関係文献調査の分野分類 新聞記事関係(図表20参照) 新聞記事としてに目立つようになるのは 97 年からで、その後の出現件数は毎年倍増 の勢いで増加している。 記事の内容としては、食品・飲料水の分野が約 30%で、ヘルス&ビューティケア関係 が12%でこれに続く。エネルギー、資源・環境関係に関係するものは合わせても1% にすぎない。 新聞記事は、一般の関心事に合わせて日常的な身近な話題が中心になっていること を示している。その他が 45%と多いのは、深層水を起爆剤として地域産業を振興しよ うとする活力のエネルギーの高さを象徴している。 図表20 海洋深層水関連文献調査(その 1)新聞記事件数解析 6.2 出願特許関係(図表21参照) 特許の出願件数では取水関係、水産関係、ヘルス&ビューティケア関係、食品・飲 料分野の4分野がそれぞれ全体の 20%∼25%を構成している。短期的事業性追 求を反映しているといえる。エネルギー、資源・環境関係は合わせて7%と少ない。 図表21 海洋深層水関連文献調査(その2)出願特許件数解析 6.3 論文・雑誌記事関係(図表22参照) 論文・雑誌記事については、出現件数が取水関係、エネルギー関係、水産関係、 食品・飲料水資源・環境関係、ヘルス&ビューティケア関係の順になっているが、い ずれも4∼15%の間に入って、偏りの少ない分布になっている。ここでも、その他が 37 38%と多い。新聞記事の場合と同様に、ビジネスチャンスを求めた活動が活発である と言える。 図表22 海洋深層水関連文献調査(その3)論文・雑誌記事件数解析 参考文献 1)月刊『海洋』、総特集「海洋深層水−取水とその資源利用―」号外 22 号、(2000.8)海 洋出版 2)高橋正征他、日本海水学会誌、54(4)、287-315「海洋深層水特集」(2000) 3)TRIGGER、18(1)、97-105「利用広がる海洋深層水」(1999) 4)谷口道子、化学工学、(3)、68「室戸岬海洋深層水、最近の研究・利用について」(1999) 5)綾敏彦、経営センサー、2000.6,p,20「加速する新エネルギー普及促進の動き」(2000) 経営センサー、2001.10,p,26「海洋国家日本の恵み、海洋深層水」(2001) 6)資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会、新エネルギー部会編 『新エネルギー部会報告書∼今後の新エネルギー対策のあり方について∼』(2001.6) 以 38 上