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雇用面からみた成長戦略の評価

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雇用面からみた成長戦略の評価
 日本経済
雇用面からみた成長戦略の評価
アベノミクスの第三の矢「日本再興戦略」では、健康医療などの成長分野で2020年ま
でに 269 万人の雇用増を見込む。一方、人口減に対応するため就業率引き上げ目標を
掲げるが、達成しても20∼64歳就業者数は2020年までに152万人減少する。成長
分野の労働需要を満たすには労働移動促進が不可欠だが、現時点の政策では力不足だ。
7 月 21 日の参議院選挙で与党が大勝したことで非
ら規制緩和に至るまで政策資源を一気通貫で集中
改選議席を合わせた自民・公明与党議席数は過半数
投入」しようとするものである。将来の雇用規模は、
に達し、衆参ねじれ状態はようやく解消した。6 月 14
①∼③の分野合計で 2020 年時点に 403 万人(現状の
日に閣議決定された安倍政権の成長戦略「日本再興
134万人から+269万人)、2030年時点で623万人(同
戦略」は金融・資本市場で厳しい評価を受けたが、安
+489万人)が見込まれている。また、①∼④(農業を
定政権の下、日本経済再生を目指す政策推進が本格
除く)合計でみると、2030 年時点で 706 万人(現状の
化するのはこれからといえよう。
安倍首相は「進化し
159万人から+547万人)の雇用規模が想定されてい
続ける成長戦略」として「日本再興戦略」の内容を柔
る(図表1)。
軟に見直していく方針を表明している。
具体的に、今
後どう「進化」させていくべきなのか。以下では雇用
面に着目し成長戦略の問題点を探る。
「戦略市場創造」が想定する雇用増は
2020年までにプラス269万人
まず、
「日本再興戦略」でどの程度の雇用創出が想
就業率が 5%上昇しても、20 ∼ 64 歳就業
者数は2020年までに152万人減少
生産年齢人口の減少に直面する日本では、成長分
野の開拓・創造という需要拡大策だけではなく、将来
●図表1 「戦略市場創造プラン」が想定する雇用者数
(単位:万人)
定されているか確認しよう。成長分野の開拓・創造に
雇用者数
ついては 3 つのアクションプランのうち「戦略市場
2020年
2030年
創造プラン」にまとめられている。同プランは世界や
テーマ① 国民の「健康寿命」の延伸
73
160
223
日本が直面する社会課題(エネルギー制約、健康医療
テーマ② クリーン・経済的なエネルギー
需給の実現
55
168
210
など)のうち、
「日本が国際的に強み」を持ち、かつ「グ
テーマ③ 安全・便利で経済的な次世代
インフラの構築
6
75
190
ローバル市場の成長が期待」でき、
「一定の戦略分野
が見込めるテーマ」という観点から、①国民の「健康
寿命」の延伸、②クリーン・経済的なエネルギー需給
の実現、③安全・便利で経済的な次世代インフラの
構築、④世界を惹きつける地域資源で稼ぐ地域社会
の実現、という 4 つのテーマを選定し、
「研究開発か
現在
テーマ④ 世界を惹きつける地域資源で
稼ぐ地域社会の実現
(a)農業
(b)観光(訪日外国人消費)
40 代以下の従事者を 20 万人
から10年後に40万人に拡大
25
―
83
テーマ①∼③合計
134
403
623
テーマ①∼④(農業除く)合計
159
―
706
(資料)
「日本再興戦略−JAPAN is BACK−」
よりみずほ総合研究所作成
3
日本経済
予想される労働供給不足をいかに解決していくか
それでも 25 ∼ 44 歳女性の就業者数でみると 2020 年
という視点も欠かせない。
「日本産業再興プラン」の
には現在より115万人減少する計算となる。
「雇用制度改革・人材力の強化」の項には「働き手の
数(量)の確保と労働生産性(質)の向上」の実現が掲
げられている。具体的には 20 ∼ 64 歳の就業率(就業
就業者の減少を補う労働生産性向上の鍵は
「労働移動の促進」
者数÷人口× 100)を現在の 75%から 2020 年までに
80%に高めることを目標に、大学改革や労働移動の
20 ∼ 64 歳の就業率を、過去最高水準(1992 年の
促進、若者・女性・高齢者等の活躍機会の拡大により
76%)を上回る 80%に引き上げることが現実的かと
供給力を強化する目論見のようだ。
いう議論もあろうが、目標どおり就業率が上昇した
ただし、目標どおり就業率を上昇させることに成
としても、就業者数の減少は避けられない。
したがっ
功したとしても、労働力不足の問題が解決するわけ
て「雇用制度改革・人材力の強化」に掲げられたとお
ではない。国立社会保障・人口問題研究所の「将来推
り、
「働き手の数(量)の確保」だけではなく「労働生産
計人口」
(2012 年、出生中位・死亡中位推計)によれ
性(質)の向上」を実現しなければ成長目標は達成で
ば、20∼64歳人口は2012年から2020年にかけて632
きない。就業者数が緩やかに減少する下で政府が目
万人減少する(2012 年比▲ 8.5%)。その下で就業率
標とする「今後10年間の平均実質GDP成長率2%」を
が 2012 年から 2020 年にかけて 5%ポイント上昇し
達成するには、2000 年以降平均 1%程度の伸びにと
たとしても、2020年の就業者数は5,442万人と、
2012
どまっている労働生産性(実質 GDP ÷就業者数)上
年に比べて 152 万人減少する計算になる(2012 年比
昇率を、年平均 2%強まで大幅に引き上げる必要が
▲ 2.7%)
(図表 2)。就業率が上昇すれば、就業者数の
ある(図表3)
。
減少ペースは人口減に比べて抑制されるものの、現
在の就業者数を維持するには至らない。
労働生産性向上の方策として、
「日本再興戦略」で
は「労働移動の促進」が重視されている。過去の成長
また女性については、待機児童対策などによって
戦略と代わり映えしないとみられがちだが、この労
25∼44歳の就業率を2012年の68%から2020年には
働移動の重要性を示したことは、前民主党政権の「新
73%と 5%ポイント上昇させるとしている。しかし、
成長戦略」
(2010 年 6 月閣議決定)との大きな違いで
●図表2 20∼64歳就業率の政府目標値
●図表3 労働生産性上昇率の推移
(万人)
6,000
5,900
5,800
5,700
5,600
政府目標値
就業者数
就業率(右目盛)
(%)
(前年比、%)
85
6
80%
80
「日本再興戦略」
の想定値
5
4
75%
75
5,594
万人
5,442
万人
70
2
1
65
5,500
5,400
3
60
0
▲1
▲2
5,300
55
5,200
1990 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10 12 14 16 18 20
50
(年)
(注)2020年の就業者数は、
「将来推計人口」の20∼64歳人口より算出。
(資料)総務省「労働力調査」、国立社会保障・人口問題研究所「将来推計人口」など
よりみずほ総合研究所作成
4
▲3
労働生産性上昇率
後方10年移動平均値
▲4
▲5
1980 83 86 89 92 95 98 2001 04 07 10 13 16 19
(年)
(資料)内閣府
「国民経済計算」、総務省「労働力調査」
よりみずほ総合研究所作成
ある。
「新成長戦略」も「日本再興戦略」も就業率を20
だろう。労働移動の数値目標にしても、今後 5 年間で
∼64歳で80%、
25∼44歳女性は73%まで上昇させ、
転職入職率(在籍者に対する転職入職者比率、パー
それでも就業者数が減少する分を労働生産性の向
ト除く一般労働者)を過去最高の 9%(2005 年実績、
上で克服するという点は同様である。だが、
「新成長
2011 年は 7.4%)まで引き上げるとしているが、就業
戦略」が労働生産性向上を実現するためにイノベー
率の上昇とともに就業者数が増加していた過去と異
ションや働き方の改革を挙げるにとどまっていたの
なり、就業者数の減少を前提に高成長を遂げるには
に対し、
「日本再興戦略」はそれらに加えて、
「労働移
従来以上に成長分野への労働移動を促進する必要が
動支援」を打ち出している。労働供給(就業者数)が減
あろう。
少する中で労働生産性向上を目指すには、低成長分
そもそも、現時点で挙がっている労働移動促進策
野から高成長分野への人のシフトが不可欠となるの
は「労働移動しようとする人(労働移動予備軍)」の移
は言うまでもない。
動促進(ミスマッチ縮小策)に偏っており、
「労働移動
とりわけ、今後は共働きや高齢就業者の増加に伴
しようとする人」自体を増やすという視点が欠けて
い賃金以外の条件(地域限定など)を重視する労働者
いる。事前の議論で検討されていた解雇規制の緩和
が増えるとみられ、労働市場の価格調整機能が十分
(解雇条件の明確化)は、事業再編を促して「労働移動
に働かない(高賃金を提示するだけでは雇用を確保
予備軍」を増加させようとする政策であったが、雇用
することが出来なくなる)可能性もある。そうした中
不安を強めることを懸念する声もあり、導入が見送
では政策的に労働移動を促進する必要性が高まろ
られた。同じく事前の議論で話題になった「限定正社
う。
員」
(あらかじめ定められた業務が事業再編などによ
り整理されれば雇用契約も終了となる形態)は「『多
不十分な労働移動促進策
様な正社員モデル』の普及・促進を図る」という形で
残され、今後、労働政策審議会で詳細が検討される予
ところが、肝心の労働移動促進の具体策として提
定である。限定正社員も「労働移動予備軍」を増やす
示された政策メニューは、十分とは言い難い。
「日本
ことに資するとみられるが、同時に安易な解雇を招
再興戦略」には、①労働移動支援助成金の拡充、②雇
くとの見方もあることから、労働者団体などの反発
用保険制度の見直し(非正規雇用者の教育訓練促
が予想される。
進)、③公益財団法人産業雇用安定センターの機能強
しかし、
成熟分野の事業再編
(新陳代謝)
が速やかに
化、④民間人材ビジネスの活用、
⑤トライアル雇用奨
進まなければ、
成長分野へ人をシフトさせて労働生産
励金の拡充などが盛り込まれた。民間人材ビジネス
性向上に結びつけることはできない。
労働移動が促進
の活用については、
ハローワークの求人・求職情報の
されなければ、
成長分野の担い手となるべき雇用を確
民間機関への提供などによってジョブマッチングが
保できないことになる。その意味で、労働移動の促進
促進され、労働移動の際の失業が減少(失業期間が
は「日本再興戦略」全体の成否の鍵を握っているとも
短期化)することが期待されるものの、それ以外の
言える。
限定正社員に関する今後の議論が注目される
政策の実効性には疑問符がつく。労働移動支援助成
とともに、
それ以外にも労働移動を促す政策のあり方
金の2012年度予算は2.4億円、公益財団法人産業雇用
を再検討していくことが望まれる。
安定センターの就職斡旋実績は年間8,000∼9,000人
程度、トライアル雇用奨励金の 2012 年度支給対象者
みずほ総合研究所 経済調査部
は5.6万人と、これまであまり企業に活用されていな
エコノミスト 大和香織
い。予算拡充や現在挙げられている対象の拡大策程
[email protected]
度では利用実績が劇的に上がることは期待できない
5
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